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あまりにも私的な少女幻想、あるいは束の間の光の雫。少女少年・映画・音楽・文学・絵画・神話・妖精たちとの美しきロマンの旅路♪


by chouchou
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 前述の記事を書きながら、「八百万の神」と云いながら、はて、それはどこから来たのだろう?自然と共に生きてきた日本人には、漠然とこのような想いは多く共通するものだと想います。今全国で桜の季節の折、ちょっと思い出した桜のお姫様(女神)のこと。日本最古の書物である『古事記』より以下引用させて頂きます。

我が女ニたり並べて立奉りし由は、石長比売を使はさば、天つ神の御子の命は、雪零り風吹くとも、恒に石の如くに、常はに堅はに動かず坐さむ。また木花の佐久夜毘売を使はさば、木の花の栄ゆるが如栄えまさむと誓ひて貢進りき
古事記 

 1200年以上も昔の『古事記』の漢字や仮名遣いは、現代国語に慣れた私達には読み辛い。今も文字を打ちながら変換出来ずに時間がかかりました。けれど、そんな面倒な作業の中にも多くの学びと愉しみを感じてもいます。我が女二たり(わが娘二人)の我がとは父親の大山津見で、二人の娘とは「石長比売」《いはながひめ》と「木花之佐久夜毘売」《このはなのさくやびめ》。ニニギが笠沙の岬で出会った美しい乙女に求婚する。乙女は自ら返事をすることはできず、父がお答えいたしましょう、という流れで、たいそう喜んだ父は姉のイハナガヒメを添えて献上した。ところが、ニニギは美しいサクヤヒメだけを傍におき、醜い姉のイハナガヒメは送り返してしまった。このことを父は恥じ、「もしも二人の娘と結婚していたら、あなたの命は石のような不動性と、花のような繁栄を同時に手にすることができた。けれど、サクヤヒメだけを留めたので、天つ神の御子の寿命は花のように短くなるでしょう」と云う。

 醜い姉とされるイハナガヒメがお気の毒に想いながら、この美しい乙女サクヤヒメとの対比は石と花。石も美しいと想うけれど、花は美しいが短命、というイメージがあるので分かり易いです。コノハナノサクヤヒメの「サク」は「咲く」であり、「ヤ」は感動を示し、「咲く」には「栄え」「盛り」「酒」などと同根の、内なる生命力が外に向かって放たれる意味があるという。その象徴的なものが満開の桜であり、サクヤヒメという名に桜を想起させる。「サクラ」の「サ」は早乙女の「サ」と同様に神威の現れとし、「クラ」は神の寄りつく場所だとされ、木の花に宿る精霊、花の精なのだろうと想えます。大山津見にはもう一人の娘「コノハナノチルヒメ」がいるそうで面白いです。咲き誇る花と同様に、また散りゆく花にも神威を見たのですね。日本人には古来からこのような、木々、草花には神が宿るという、森羅万象の風土があると想います。それはやはり八百万の神であり、多神教の国日本を象徴しているようにも。またこのような観念から日本人は一神教であろうと他の神々、他の宗教にも寛容であるのではないでしょうか。ケルト、北欧、エジプトの神々などにも通ずるように想います。そんな神話、精霊と共に生きる世界観、愛らしく美しく、また儚げなお花たちの物語が私はとても好きです☆

 ●今日の読書、調べものは『古事記の読み方 - 八百万の神の物語』(著:坂本勝)を参照させて頂きました。

by claranomori | 2014-04-05 14:52 | 神話・お伽噺・妖精譚
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 ブロニスワフ・マリノフスキー(Bronisław Malinowski:1884年4月7日~1942年5月16日)は、ポーランド生まれでイギリスに渡り人類学者として活動したお方。特にブロニスワフ・マリノフスキーについて詳しいわけではないのですが、『神話と社会』(1926年:1941年邦訳)という御本の中にとても気になる指摘がありましたので覚え書き。

神話という神聖な伝統がいかに根強くメラネシア人の日常生活のなかに入り込み、
いかに力強くその道徳的な行為や社会的行動を支配しているか
ブロニスワフ・マリノフスキー 『神話と社会』
 
 この自然的かつ社会的過程が集落や共同体として実体化されてきた。よく「私達」とか「我ら」とか「我々」と使っている言葉は「仲間」を意識化するもので私は好きです。けれど、はてな...と思いました。今では都会ではその共同体が崩壊してゆくなか、地方や田舎の地域ではまだこの共同体精神のようなものが存続している。その素晴らしさは助け合いや連帯としての美しい姿でもあると、東日本大震災での大変な状況の中での、東北の人々の美しいお姿から痛感したものです。

 ところが、「村八分」という言葉があるように、その村社会からはみ出すこと、禁忌という概念が発生する、ごく自然なかたちとして。家族があり、社会があり、国家がある。慣習から倫理へという中で生まれ、道徳となり人々の関係が安定化され、円滑な保証ともなる。ヘーゲルの云う所の「客観的精神」ながら、この自然発生的な共同体精神の問題は、その規範のようなものからはみ出してしまう者たちの疎外感。そこから仲間はずれ、差別も生じてゆき、イデオロギーと結びついた折に改革や革命へと向かう力学さえ孕んでいるのではないでしょうか。

 人は一人一人、家族内でも性格や個性が異なる。共同体の中でどうしても逸れてしまう人が居ても不思議とは思わないのですが、「私達」や「我等」という外に出てしまう人は、その共同体から疎外視される。私は人は一人で生きてはゆけない、家族や隣近所の人々と何か困った事が起きた折は力を出し合い、助けを受けながら生活しているものだと思っています。出来れば、嘗てあったこのような共同体、連帯の精神を呼び起こすことを望んでいます。地域によって様々な差異があり、日本には外国人の人々も住み生活している。

 日本に限らず、今、世界的な随所で起こっている民族的闘争が惨劇を生んでもいる。慣習や宗教の違う人々が同じ国、社会で生きてゆく中で生まれる友好な交流もあれば、やはり民族区別としての意識が生じ、高じて問題化してゆくことも何も不思議とは思わないのです。「人類みな兄弟」は素晴らしい。けれど、各民族の伝統や誇りを同化してしまうことは不可能であり、そのような甘い幻想の時代では無くなっているのだと、イギリス、フランス、スイス、スウェーデン...もう世界各国での最近の民族問題、また日本国内でも問題があちらこちらと生まれている現実を想うのです。

 自民党は成長戦略の方針の中に、遂に移民政策を打ち出しました。1000万人移民受け入れを先の選挙公約に掲げてもいましたので、懸念していましたことです。労働不足を補うため、日本で働くことを望む外国の人々を歓迎するのは良いと思います。けれど、同時に日本人労働者の雇用や賃金低下、また反日教育の隣国(中国や韓国)による歴史に関する諸問題が噴出し、プロパガンダ政策で世界に吹聴され続ける中、各国で起こっているような宗教、慣習の違いによる人種間での惨劇が生じないよう、対策をしっかり検討しなくては大変な事になる。留学生や研修生待遇も良いことだと思いますが、経済的理由で進学を諦めなくてはならない日本国民の若者も多いです。それは、日本人の優秀な才能の芽を潰す事にもなり、極端に云えば「逆差別」に繋がるとも想えます。また、巷に氾濫する中国語や韓国語表記は日本人には混乱を招きます。読めない日本人の方が多い筈です。先日も銀行のATMで主婦の方が困っておられました。後ろに並んでいた私に訊かれたので、日本語を選択するようにお伝えしました。実は私も最初は戸惑い一瞬画面をうろうろしたものでした。日本語と英語併記で良いと思うのですが...。

 日本人にとって不自由な状況がこうした生活の一場面でも見られるのです。国粋主義や排外主義ではなく、異国の人々、異国の歴史や文化を尊重しながら、その差異からの学びが愉しいと想える私は、米国の様に多民族国家ではない神話の国日本では、所謂「多文化共生」はあまり馴染まないものだとも想えます。ただ、長年日本で生活されている外国籍の人々、また外国で生活されている日本国籍の人々も居られます。なので、政府の打ち出す移民政策と一括りには出来ないし混同は避けて考えています。国民が不安に陥る政策が続々と...難しい問題ゆえにこそ、国民の代表である政治家の先生方にはしっかり議論して頑張って頂きたいです。

 愛国教育ではなく、私達が自然と本来持っている祖国愛はイデオロギーに左右されるものではない、とも想います。そんな風に色々と考えていると、やはり八百万の神、神話の国である日本は特殊だなあ、と想います。異国の人々が日本に魅せられる所以、また日本が誤解される所以でもあるのでしょうけれど、そんなわが国日本が大好きです。「日本が好き」「日の丸って美しい!」と云えない、なんとも奇妙な空気だった私の少女時代からの疑問。そんな窮屈な想い、日本の素晴らしさの再認識は、実は世界の国々、民族、言語、文化、慣習...等からの学びとも云えます。ゆえに、差異は愉しく尊きもの!差異は誇るべきもの!そんな風に生きているお陰で、自虐史観に深く陥る危機から逸れながら今に至っているような、ちょっと複雑な想いで今日もポジティヴ・シンキング☆

by claranomori | 2014-04-03 14:59 | 想い・鑑賞・読書メモ
前述のマリー・ローランサンからの私的な連想ゲーム癖で頭の中が混雑してしまった(偶に起こる)。なので、想いつくままに。古代ギリシャの女流詩人(閨秀あるいは抒情詩人とも呼ばれる)サッフォー(サッポー:Sappho)の詩を、エディット・ド・ボーモンが仏訳したものを刊行し、その中にマリー・ローランサンはいくつかの挿絵を描いている。1950年刊行で僅か180部というものだったそうだ。サッフォーというとエキゾチックなヴァリエテ・フランセの麗人サッフォー(Sapho)も浮かべば、英国のバイロンの詩、ローレンス・アルマ=タデマやギュスターヴ・モローの幾つかの絵画、小説や映画たちもあれこれと浮かぶ。そんな訳でどうしたものか...と想うのだけれど、19世紀フランスのロマン派画家テオドール・シャセリオー(Theodore Chasseriau)の描いたサッフォーの絵をなんとなく暫く眺めていた。
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サッフォー(サッポー)は紀元前612年頃にギリシャのレスボス島に生まれたとされる女性詩人。たいそう裕福な生まれのお方でご主人もおられた。しかし、シチリアへ移りそこで未婚の若い女学生ばかりを集め学校を開き、詩や音楽や舞踏などを教えていたとされている。また、女性結社の指導者ということ、その少女たちとの恋愛のお話も伝えられるけれど明らかではない。サッフォーの残されたものは断片的な詩作にも拘わらず、後世の芸術家たちに大きな影響を与え続けてきたのだから優れた才能の持ち主だったのだろうと想う。”そうだったのだろうなあ~”というような想いを巡らせるのは愉しい。女性同性愛者のレズビアン(レスビアン)という言葉もこのサフィズムとも呼ばれるように、サッフォーとレスボス島、女性教育...という伝説からの由来のようだ。また、ここであれこれと浮かぶものがあるのだけれどまた後で続けようと想う。

サッフォーの伝説の中でも、とてもドラマティックなものに美青年ファオーン(パーオーン)に激しい恋心を抱いていたというものがある。でも、その青年の心を得ることはできなかった。その悲しみからサッフォーはレウカス(レウカディア)の岬から身を投げたという。サッフォーは、その「恋人の身投げ巌」から飛び込んだ者が、もし体を損なうことなく水をうてば、その激しい恋も胸から消えるという迷信を信じてのことだったそうだ。”ギリシャの秋のある静かな夕暮れのことであった”とは、バイロンの「ハロルド卿の巡遊」より。遥か太古の女性詩人のお話が語り継がれてゆき、好きなものたちが繋がって想いを馳せる。ああ、素敵☆
by claranomori | 2008-03-28 08:50 | 19世紀★憂愁のロマンと美
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またもやジョン・ウィリアム・ウォーターハウスの大好きな絵を選んでしまう。1903年の『エコーとナルキッソス(Echo and Narcissus)』と題されたもの。私は音楽、中でもとても歌う方々のお声に様々な魅力を感じてしまう。自分で歌うことは苦手なので耳を傾かせては心癒されたり、ときめいたり、考えさせられたり...と。今もまだまだこの魅せられし心の漂流は続く、きっと死に至るまでのようにも...そして、ナルキッソスというと美少年の代名詞でもあり、私が好きな少女漫画から映画、音楽、文学や絵画...もうあらゆる中で遭遇するというのか、”好き”な世界に欠かせないもの。自分善がりで狭い私の好きな世界のことだけれど。

『ナルキッソス』というカラヴァッジオの作品も好きなのだけど、この『エコーとナルキッソス』はとても思い入れの強いもの。どちらも欠かせないものだから。エコーはお喋り好きのニンフ。しかし、ユノに恨まれてしまった。ユノはユピテルの正妻で最高女神ともされている、ギリシャ神話のヘラと同一視することもできる、ややこしいけれど、ユピテルの姉というお話もある。このユノは結婚生活や出産を司る女神として信仰される一方、とても猜疑心が強く嫉妬深い性格でもあった。エコーはユノにより、話しかけられる最後の一言を繰り返す意外は口が聞けなくされてしまう。そんな彼女が美少年ナルキッソスに恋焦がれてしまうのだけれど、お可哀相に愛の言葉が出ない。彼女の心中はさぞかしもどかしくお辛かっただろう...。そんなエコーが近づくと少年は逃げてしまった。絶望したエコーの体は消え失せてしまい声(山彦)のみとなる。神は冷酷なナルキッソスに罰を与える。水に写る自らの姿に恋をするように...それは決して実らぬ報われない恋。彼の涙が水面に落ちその像をかき乱す。やつれた彼は水鏡に別れを告げる、「さようなら」...と。それを見ていたエコーの声が森に響く、「さようなら」...と。力尽きたこの美少年は死して水仙(ナルシス)のお花に姿を変えた☆悲しくも美しい...どうしてもこんな世界が大好き!
by claranomori | 2007-11-18 18:18 | 19世紀★憂愁のロマンと美
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大好きな英国画家のおひとりである、ウォーターハウスの1900年の作品『オルフェウスの首を見つけるニンフ達(Nymphs finding the Head of Orpheus)』。セルジュの歌詞の中に出てきたのでこうして連想されてゆくことを気ままに綴っている。少女漫画で『オルフェウスの窓』(池田理代子さま)やジャン・コクトーやマルセル・カミュの映画なども浮かぶけれど。神話や妖精の世界は文学から絵画や映画、音楽、甥っ子達の楽しんでいるゲームの世界にも表れていたりするので、とても愉しい。

オルペウス、オルフェウス、オルフェ。エウリュディケ、ユーリディスは表記が違うけれど同じ。「オルフェウス伝説」のお話は最終的には冥界(黄泉の国)でふたりは幸せに暮らすというようなもののようだけれど、其処にゆくまでのオルフェウスは壮絶!ギュスターヴ・モローの美しい絵『竪琴でオルフェウスの首を運ぶトラキアの少女』も浮かぶ。詩や音楽の名手であるオルフェウスは毒蛇に噛まれて死んでしまった愛する妻エウリュディケを返してほしいと、冥界の王プルートに懇願する。王は”決して後ろを振り返ってはならぬ”という条件付きでふたりは露にけぶる冥界の坂道を登っていた。しかし、あともう少しというところで、妻が付いてきているかと心配になったオルフェウスは後ろを振り返ってしまう...妻エウリュディケはまた冥界にのみ込まれてしまった。その後のオルフェウスは一切女性に興味を示さなくなり、怒りに狂ったトラキアの女たちに八つ裂きにされて死を迎える。エウリュディケはトラキアの美しいニンフでもあったので、この辺りは女性の嫉妬や怨念のような恐ろしさを垣間見ることができる。不幸なオルフェウスはもう美しい音色を奏でることはできなくなった竪琴と共に流れ、ニンフ達が見つける様を描いたもの。湿った背景の色合いは冷たく少し怖いけれど、ふたりの可憐なニンフ達の面持ちや雰囲気がとても美しくて大好き。さぞかし、驚いたことだろう!こういう世界がずっと大好きでたまらない☆
by claranomori | 2007-11-07 09:53 | 19世紀★憂愁のロマンと美
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19世紀の英国文化に欠かせないお方、ウィリアム・モリス(1834年3月24日~1896年10月3日)。詩人であり工芸デザイナーであり、熱心なマルクス主義者としても有名な社会主義者。オックスフォード大学時代からの親友にバーン・ジョーンズやダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ等がいる。この絵はウィリアム・モリスが唯一残した油彩。

モデルとなるのはジェーン・バーデン(ジェイン・モリス)で、モリス25歳、ジェーン19歳の1859年にお二人はご結婚されている(厳格で裕福なモリス家は猛反対だった)。なので、ご結婚の前年の作品。しかし、ジェーンを取り巻く関係は複雑でもある。ラファエル前派の主要なモデルのお一人であったジェーンは、イギリス人的というよりも、ギリシャ的な容姿が魅力だったようだ。この、モリスは内気で純情なお気持ちでこの絵を愛情一杯に描かれたように思う。「トリスタンとイゾルデ」の中世騎士さながらに、労働者階級の若き娘ジェーンを王妃に喩え、ロマンス(夢物語)を作ったようだ。

ランスロットは、”本当に私を殺してください、そうすれば癒されるのです”と言い、王妃の前にひれ伏してしまう詩を残している。そして、この絵を描いている。ランスロットはモリス自らというところなので、なんとも、ロマンティックというかこの初々しいお心に感動さえ覚える(後に、その妻は不貞を犯すのに...)。

この絵(1858年)のタイトルは『Queen Guinevere (La Belle Iseult)』王妃グウィネヴィア(麗しのイズー)となっている。副題にフランス語を付けている。元々は『トリスタンとイゾルデ』はケルトからフランス、そしてドイツ...と渡ってゆき、リヒャルト・ワーグナーの曲やオペラ等の歌劇、そして、映画化と、今日も今後も様々なものとして残ってゆくものだろうから。アーサー王と騎士物語はオックスフォード時代からもっとも重要な主題であるとロセッティ達とも意見が合致していたそうだ。個人的には、クリスチャン・ヴァンデ(フランスのプログレ・バンド:マグマのリーダー)のソロ・アルバムなどを想起してしまうのだけれど。

最近も、映画『トリスタンとイゾルデ』が公開された。90年代の『トゥル-ナイト』という映画も結構好きだったりするので、そういう私もこのような主題、題材ものには滅法ヨワイようだ。不倫の夢物語、そして最期は死。悲恋の結末...。100年以上も前の絵、さらに古い伝承物語や詩などから、こうして21世紀に生きる私は何かを受け取ることが出来るのだと思うと嬉しくてしかたが無い☆
by claranomori | 2007-06-27 23:19 | 19世紀★憂愁のロマンと美
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エドワード・バーン=ジョーンズ(Edward Burne-Jones:1833~1898)の1895年作品の『プシケの結婚』(数ある好きな作品の中から追々)。この『プシケの結婚』はローマ・ギリシャ神話からのもの(他の作品もある)で、私はこのお話がとても好き。美しいプシケ(プシュケ)は三人姉妹の末娘。美の女神であるアフロディーテ(ギリシャ神話では。ローマ神話ではヴィーナス)の息子クピト(キューピットともエロスとも呼ばれる)、プシケの姉たちも絡んでのロマンティックかつ少し残酷ながらも美しい物語。

ある日、美の神アフロディーテは人々がプシケの美しさをあまりに讃えることに嫉妬し、プシケが醜い豚飼いに恋をするようにと息子のクピトに命じる(愛の神であるクピトは彼の矢で人を射ると、自由に人に恋をさせることができた)。ところが、命令を受けてプシケに近づいたクピトは、眠っているプシケのあまりの美しさに驚き魅せられてしまい、思わず自らの胸を矢で傷つけてしまう(素敵~♪)。こうしてプシケに恋をしたクピトは、自分の姿を決して見ないこと、暗闇の中でしか会わないことを条件に彼女と結婚し、宮殿に匿う(神と人間が結婚した場合、神は自分の姿を見られると、それを見た人間はタダゴトでは済まない故)こととなる。

ところが、ここでプシケの姉たちの悪仕掛け。幸福なプシケの結婚生活に嫉妬した姉たちが「クピトはもしやすると、とても恐ろしい怪物なのではないかしら」と告げる。その言葉に疑念を持ってしまったプシケは、夫クピトの真の姿を見たい衝動を抑えられなくなり、ある夜、夫が眠っている時に蝋燭の灯を点し、ついに夫の姿を見てしまう。するとどうでしょう!!その夫クピトは今までに見たこともないような美しい青年なのだった。プシケは夫の言葉を信じず、彼の姿を見てしまったことを後悔する。心を傷つけられたクピトは”信頼のない所に愛は存在しない”という言葉を残し彼女の元から姿を消してしまう。どうしてもクピトの許しを請いたいプシケは自ら美の神アフロディーテの許へ赴き許しを請うが、アフロディーテは苛酷な試練をプシケに課す。しかし、プシケは見事に耐え抜き、晴れてアフロディーテからもクピトの妻として認められ、夫との結婚生活を取り戻し、さらに神々の一員として迎えられる。という、何とも美しくも健気な乙女の姿に感涙してしまうお話。

私の場合、もうラファエル前派(大きな範囲での)は格別大好きなものなので、好きな作品群は膨大な数になる。題材となるものも神話やロマン派の詩人たちの作品も多いのも要因のひとつだと思う。一時期神話ばかり読んでいた時期があったけれど、最近は忘れてしまっていることも多い。なので、こうして好きな世界を綴ると思い出せたり、再発見できたりしてかなり楽しい。
by claranomori | 2007-05-15 23:11 | 19世紀★憂愁のロマンと美
「私はデカダンスというこの緋色にかがやく言葉が好きだ・・・・・官能的な精神と悲しい肉体と東ローマ帝国の目くるめくような輝きが混ざり合って出来ている言葉なのだ・・・・・侵略する敵のラッパの音を聞くうちに力尽きた種族が、猛美のなかに崩れ落ちる」
(ポール・ヴェルレーヌ)


この様な言葉にいちいち反応しては胸が高鳴る様だった高校生の私。現国の論文テーマに「頽廃」というものを書いたりした。拙すぎて読む価値も無いだろうが、それ程「デカダンス」という言葉が好きだった、今も。ジェーン・バーキンの曲にもある。不思議な様だけれどそれらの出会いはほぼ同じ時期なのだ。私の毎日が狂っていった。この言葉から多くの広がりが今は持てる様になったけれど、まだまだ知りたい好奇心は尽きない。ロマン派のデカダンよりも苦汁を帯びた世紀末デカダンにより興味がある様だ。

そんな時代を生きたクノップフやクリムトに直ぐに魅了された。この方達の題材は私の好きなテーマが多い。なので何から綴ろうか?直ぐに閃いたものに決めた。それがこの「ダナエ」。クリムトの数ある名画の中でも極めて大好きだと言えるもの。他にもバーン=ジョーンズ、ウォーターハウス、コレッジオ、やや異色のレンブラントの「ダナエ」も好き。でも、クリムトの「ダナエ」何故、幸せそうな恍惚の表情を漂わせているのだろう?あのクリムト事件の「哲学」「法学」「医学」の3部作から直ぐに製作されたと思われるこの「ダナエ」。(この絵のモデルだとされるアルマ・マーラーはまた別に綴りたいと思う。)

アルゴスの王アクシオスは「娘ダナエの子供に殺されるだろう。」という神託を受けた。その恐怖からダナエを青銅の塔に閉じ込めてしまう。しかし、美しいダナエはゼウス(ユピテル)の目に留まり男子を産む。英雄ペルセウスだ。苦悩した父アクシオス王は母子を殺すことは出来ず海に流す。漂流する箱船はセリポス島に辿り着き、成長した息子ペルセウスの競技で投げた円盤が祖父に当たり、神託が果たされる事になる。

この神話からさらに、神ゼウスによるダナエの懐胎は後に聖母マリアの受胎告知の予型とされたそうだ。なるほど...と。そして、この「ダナエ」の幸福感とも微笑を漂わせている様にも思える優美な表情。幽閉された美しいダナエ。そこに黄金の雨となって現れたゼウス。この様なクリムトの女性像に見られる内包される女性の心。美しいダナエは誰にも会うことも出来なかった。絶望の日々だったに違いない。そこにまさかの!神が現れるのだ。しかし、父を自分の産んだ息子が殺してしまう...こんな悲哀が好きなのだ。
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神話の中の美しきダナエから始めてしまった...この先、どうなるかも分からないけれど、徒然なるままに。

(追記)
このまったく趣味サイトの『BRIGITTE』の初期に綴ったもの(2004年8月8日付)。どこかに紛れてしまっていたので此方に。此処のカテゴリー『我が心の泉の畔の妖精たち』(『宿命の女捨遺』)も、そもそもはこの時から変わりはしないのだと想う。
by claranomori | 2004-08-08 03:21 | 19世紀★憂愁のロマンと美