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あまりにも私的な少女幻想、あるいは束の間の光の雫。少女少年・映画・音楽・文学・絵画・神話・妖精たちとの美しきロマンの旅路♪


by chouchou
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タグ:抒情画 ( 9 ) タグの人気記事

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★高畠華宵(明治21年:1888年4月6日~昭和41年:1966年7月31日)は愛媛県宇和島市生まれの画家。大正から昭和初期にかけての広告絵や挿絵などで、新聞小説や少年・少女雑誌を中心に活躍された。とりわけ華宵風の美少女画は一世を風靡したという。華宵の描く美少女たちは高貴かつ妖艶でもあった。透き通るような肌、ぬれた眼差し、豊満な頬の彼女たちは「華宵好みの君」と流行歌にまでなり、一種の社会現象となる。昭和5年に村田社から発売された華宵便箋は、少女たちの熱狂的な支持を得、皇族の令嬢方もお忍びで買いもとめていたという伝説も生む。当時の華宵人気を窺うことのできるエピソードです。高畠華宵の描く少女たちの魅力はやはりあの眼差しに強く感じます。少年画も多く描かれているのですが、華宵の描く少女たちは時折ドキドキする程に中性的にも感じます。この2つの画は昭和初期に一世風靡したとされる美しい便箋より、上の画は「ばらの幻想」で、下の画は「カルメン」と題されたものです。これらの美麗な便箋が当時の少女たちの心をどんなに癒していたことでしょう。古き良き日本の浪漫にうっとりいたします♪
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by claranomori | 2012-02-24 15:41 | 愛の花束・日本の抒情
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★迎春!謹賀新年!新たな年を迎えました。年の瀬に不穏な出来事も起こる中、時間だけは流れてゆき2012年を迎えました。久しぶりに実家で大きくなった甥たちと元日を過ごしました。彼らの成長、彼らの笑顔が今の私の心に平穏を与えてくれるものの一つとして感謝しています。神社にお参りにゆき、おみくじは末吉でした。自ら何かしようとはせず、今の職を守り、家の中で勉強しなさい。という内容のお言葉が記されており、私の気持ちもそんな感じでしたので嬉しい想いでした。それにしても、こんなに沈鬱な気分の新年は父の死、母の死の間にお正月があったあの年以来のようです。今日は故郷に帰省されていた方々のUターンのピークの日だとのこと。浮かれた気分で新年を迎えることができないのですが、被災地で過ごされている少年少女たちの笑顔と希望を想像したいです。

戦後の傷痕の残る日本を想うことが好きです。中原淳一というお方の描かれた愛らしき少女たちの絵に託されたお気持ちを想像したりもします。新年最初の記事は久しぶりに大好きな日本の抒情画を掲載させて頂きたいと想います。中原淳一氏の『雪の音』という1949年の絵で、『ひまわり』1月号に掲載された作品です。1949年は昭和24年ですが、この『ひまわり』1月号ということはひまわり社の編集作業等は昨年末から進められ刊行された号でしょうね。その1948年末には東京裁判もあり、まだまだ日本はGHQ支配による状況下。そんな時代に生きていた少女たちを想う。資質による違いは大きなものでしょうし、少年少女と云えどもやはり年齢や環境によっても一人一人違って当然。この中原淳一氏による『雪の音』の愛らしい少女の表情にもやはり憂いを感じますが美しい少女画だと想います。大正時代の抒情画の流れを汲みながらも、これからの少女たちへの心の解放、光を与えようとする中原淳一氏のお気持ち、戦中戦後の日本を生きた少年少女たちは私の両親の少年少女時代でもあるので、そんな人々を想像する中でさえ、無言の言葉からの学びも多いです。

この『ひまわり』の「読者文芸欄」に寄稿されていた寄稿少女の中には、皇后陛下である美智子妃殿下のお名前もあったのだそうです。今年新年の天皇陛下の祝賀のお言葉を胸に、日本の国民一人一人が力を合せて良き年になるようにと願い祈ります。北朝鮮が日本の弔問等について非難したというニュースが今日ありました。言葉が出ないような気分になりました。野田首相の発言によるとこの春にも解散、総選挙がありそうな気配にもなり、問題山積みでいったいどうなるのだろうと不安だらけですが、一つずつ乗り越えてゆかなけばならない。それには一人一人の気持ちの結びつきが大切だと想います。寄り添うこと、日本がバラバラになってはいけない。難しい思想は分かりませんが、右も左も、日本で生きる人々はもっと寄り添い合うことで...「絆」という言葉もまた尊い日本語だと想います。

★こんな調子ではございますが、今年もどうぞ宜しくお願いいたします!
by claranomori | 2012-01-03 23:38 | 愛の花束・日本の抒情
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艶麗無比の現代の浮世絵師

林静一はペンをまるで細かい画相筆のようにしなやかに使ってみせる、艶麗無比の現代の浮世絵師。可憐な少女の細いうなじにゆれるおくれ毛、伏せたまつげをそよがせる風は、彼以外の誰にも彼以上に繊細に描けはしない。まして半びらきの唇にのぼる血の色などは・・・。
やなせたかし

★日本の女性あるいは少女を描き続ける画家、林静一の少女画と童画から一つずつ。上の少女画には『少女の想いは暮れなずむ』と記されており、下の童画は『雨あがり』です。端っこが上手にスキャンできずに残念ですが、暫く更新できずにいたのでそろそろ。先月後半から悲しい知らせ、暗いニュース、厳しい残暑、心のバランスまで崩してしまいました。

もう半年になりますね、東日本大震災。まだ瓦礫も残されたまま生まれた地に様々な想いを抱いて過ごしている人々。そして、今年8月の時点で過去最高の児童虐待件数だという。毎日、ニュースは伝える。罪のない幼い少年少女たちを親が暴力で怪我や死に至らせる。悲しくてしかたがありません!継父や継母だけではなく、実の我が子である親たちも多い。同世代の親たちも多い。小さな子供たちと私たち大人の言葉、コミュニケーションが上手くできないこともある。でも、小さな子供たちにだって言い分はある。その気持ちを上手く言葉に表現できないだけ。ましてや、暴力を振るわれて威嚇的な親の言葉や態度の前では。イライラしないで我慢強く子供たちの声(心の声)を聞いてあげることができたら良いのに・・・って毎日のように想っています。

殺伐と混沌の今、国難の日本に於いて、未来ある少年少女たちに私は夢と希望を感じていたいです☆
by Claranomori | 2011-09-04 11:01 | 愛の花束・日本の抒情
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★蕗谷虹児(明治31年12月2日~昭和54年5月6日)は日本の抒情画を代表するお方のおひとり(「抒情画」という言葉を作ったお方でもあるそうだ)。最初は晩年頃の絵で知り魅せられてしまった。関するものを少しずつ鑑賞したり読んだりしている中で、その80年の生涯の時代によって画風も異なり、さらに少女を描くあの優しくも儚げな世界がたまらなく好きになっている私が居ると気付いた。蕗谷虹児は美しい母を12歳の折に亡くしている(母は27歳という若さでの死であった)。そんな少年時代の母に対する憧憬が作品から感じられる。有名な歌『花嫁人形』の作詞も蕗谷虹児である。渡仏時期に曲がつけられ話題になってしまい困惑されたのだとも。子供時代に母を亡くし貧しさ故に父に丁稚奉公に出されてもいる。優美な画や文の中には苛酷な人生体験や様々な思いが込められている。

その父を 戦地にやりて あさ夕の 牛乳配りする をとめあはれ
 
この童画と共に女流歌人の若山喜志子(若山牧水の妻)の歌と解説が載っている。美しいお話で心洗われるもの。朝早くに門を開けにゆくと少女が駆け足で牛乳配達している姿に出会う。あまりの可愛らしさに言葉をかけその理由を聞いてみると、この少女のお父さんが出征したのでお兄さんとふたりでお母さんを助け、家業の牛乳配りをしていると。そして、その健気さにすっかり感心してしまい翌日から朝夕一本ずつ配達を頼み、幾分かでもそのお家の人々を助けてあげることにしたのだという内容が記されている。1938年とあるので日中戦争の頃のこと。戦地へ向かった人々と残された家族。そして、失われてゆく人の心のあたたかさを想う♪


by claranomori | 2009-11-24 07:26 | 愛の花束・日本の抒情
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★美といふものは意識することである。苦痛にも、災害にも、宿命にも、美とは快感のことだ。

★恋人達は、美しいところだけを見せ合って満足する。
夫婦はまた、悪いところばかり見せ合ふものだ。たまにやさしく呼びかけたい気持ちになつても、言葉にするのは嘘らしくて、つひ言はずにしまふ。どこまでいつても満足しない。永遠の平行線。


★「女は眼に見得るものしか愛しない」
さういふ独断的な言ひ方は許されないが、それを言つた人について考へる時、はじめてその言葉には深い味がある。


★憧憬なんて言葉は、今時の活字にはなくなつたやうだが、ふと近代辞典を見たら、ソフトフォーカスの美人写真のごときもの、とあつた。

★年をとるに随つて、過去のことばかり語るやうになるものだ。現在に語ることがないのではない、現在の事に感銘がうすくなつて来るのだ。

※竹久夢二は画家(童画や夢二式美人画と呼ばれるものもある)であり、作家・詩人でもあり、雑貨店を営んだお方でもある。大正ロマンの香しき風情はあらゆる作品の中にある。この晩年の短章集には未発表のデッサン(挿絵)が多数掲載されてもいる。数々の女性観を読むことができ興味深い御本。その中のほんの一部ながら。上の絵は有名な『黒船屋』(1919年・大正9年)で、夢二の生涯、作品に欠かせない存在であった女性”お葉”がモデルの物憂げな美しい画♪
by claranomori | 2009-02-02 22:09 | 愛の花束・日本の抒情
雨がふります。 雨がふる。
遊びにゆきたし、傘はなし、
紅緒の木履も緒が切れた。

雨がふります。 雨がふる。
いやでもお家で遊びましょう、
千代紙折りましょう、たたみましょう。

雨がふります。 雨がふる。
けんけん小雉子が今啼いた、
小雉子も寒かろ、寂しかろ。

雨がふります。 雨がふる。
お人形寝かせどまだ止まぬ。
お線香花火もみな焚いた。

★明治から昭和を生きた北原白秋は詩人でもあり、童謡作家でもあったお方。”雨”をうたったものがいくつもあるけれど、この『雨』(大正7年)は知らないうちに口ずさめる。母が歌っていたのだろうか...私は”雨”が好き。”ええ~!”と想われるお方ほど健康的ではないのかもしれない。そのうえ、わがままなことに雨の日の外出は嫌い。お家の中で遊んだり、窓の外の雨模様を見つめたり、雨の音を聞いたりするのが子供の頃からとても好きだった...今もそう。真夜中の雨、早朝の雨は特に好きで心が落ち着く。この詩の中の少女を想う。なんと愛らしいのだろう!

下の絵は須藤しげる画で『幼き友』(1929年・昭和4年)と題された作品。これまた、小さなお人形をおんぶしてまるで我が子のような少女。お履もきちんと揃えてお遊びしている少女たち。幼き日に”おままごと”や”お人形あそび”が好きだった私にはこの小さな少女が懐かしいようで、また愛おしい。一枚の童画、一曲の歌なれど。私はお仕事上、洋楽(英語やフランス語やドイツ語が多い、それも風変わりな曲を好む傾向強し)を聴く毎日なのだけれど、ふと、こうした古い日本の世界を求めてしまう。お陰で、不安定がちな心のバランスを保つことができるのかもしれない。
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by claranomori | 2008-11-19 22:03 | 愛の花束・日本の抒情
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            ♥過ぎた日の日記 (昭和26年)♪

        もしこの世の中に、風にゆれる「花」がなかったら、
       人の心はもっと、荒んでいたかもしれない。
        もしこの世の中に「色」がなかったら、人々の人生
       観まで変わっていたかもしれない。
        もしこの世の中に「信じる」ことがなかったら、一
       日として安心してはいられない。
        もしこの世の中に「思いやり」がなかったら、淋し
       くて、とても生きてはいられない。
        もしこの世の中に「小鳥」が歌わなかったら、人は
       微笑むことを知らなかったかもしれない。
        もしこの世の中に「音楽」がなかったら、このけわ
       しい現実から逃れられる時間がなかっただろう。
        もしこの世の中に「詩」がなかったら、人は美しい
       言葉も知らないままで死んでゆく。
        もしこの世の中に「愛する心」がなかったら、人間
       はだれもが孤独です。

            中原淳一 「中原淳一の世界」より

by claranomori | 2008-03-06 06:14 | 愛の花束・日本の抒情
優しい少女たちは・・・・・・

少女だった日・・・・・・
美しい一枚の絵を見ました
絵のなかの少女は
かすりの着物をきていました
恥づかしそうに静かに目を伏せていました
絵のなかの少年は
白いシャツ姿で、素朴なきりりとした
瞳をしていました
”千秋画”とその絵にはしるされていました
少女だった私は
その絵を眺め しあわせな、やすらかな
気持ちになりました

(中略)

私はいま 街を歩きながら思います
藤井さんの画のなかの少女たちは
どこへ行ってしまったのでしょうか
あの優しい少女たちは・・・・・・
帰ってきてください
帰ってきてほしいんです
ひっそりとした優しい少女たちに
帰ってきてほしいんです

エッセイ:吉永小百合 画:藤井千秋(昭和41年「女学生の友」 より)


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★私の母が大好きだった女優さま。吉永小百合さんのあのお声がこの優しい詩(エッセイ)と共に聞こえてくることに喜びを感じています。母は原節子さんの名と同じくらい、吉永小百合さんや八千草薫さんの名を出す人でした。私は岩下志麻さんや岸田今日子さん、岸恵子さんや浅丘ルリ子さん...が子供の頃から好きでした。テレビで古い映画が放送される時、連続ドラマ(嘗ては長く続いていました)をよく母と一緒に観ていました。そして、母は私よりさらにゆったりした口調で語るのですが、そんな折の母の幸せそうな表情とあの時の居間の風景なども甦りながら、この素敵な詩を書き写していました♪心穏やかに、そして少しほろりとしています...。

※私の好きな日本の情景のようなものは、昭和辺りで止まっているのかもしれません。今が嫌いなわけでもなく生きているのですが。さらに明治・大正という時代は、世界的に様々な好きな世界がいっぱいの私のベル・エポックな時に想えるのです。そのお国それぞれの美しさや情緒があると想いますので、どの国が一番!とは想いません。古き良き時代の美しく優しいものたちを愛し続けた方々が好きなのです。今の時代と逆行するようですが、このスピードと機能重視な社会に必死に付いてゆこうとするのは止めたようです(多分ずっと以前から)...そうしなくても今を楽しく生きてゆくことが出来るのだと教えてくださいます。勿論、悲しいことや辛いことの方が多いことも痛感しています。でも、それらを受け止めながら光をもとめて☆
by claranomori | 2008-02-23 10:53 | 愛の花束・日本の抒情
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大好き!尊敬しているお方のおひとりである美輪明宏さまから多くのことを学んできた。そして、今もその過程にある私。まだ老いてもいないけれどピチピチ若くもない。中途半端な年齢になっている。こうして個人的な想いや好きなアートについて綴ったりしているのは、私自身の心の辿りであり、好きなことでお仕事ができていることに感謝の気持ちを忘れたくはないから...ご覧下さっている方の中にはとってもお若いお方もおられるようで、私が”紹介する”これらが役立つとこの上ないお言葉を頂く。ありがとうございます!でも、私は”紹介している”(おこがましい気がします)つもりはないに等しく、ただ好きな世界を辿っている。そして何処かに同じようなお気持ちのお方がおられて出合う喜ばしさ♪まだまだ過程なので今後何処に向かい何処に辿り着くのか...は分からない。こうして綴ってみることで、私の中のもうひとりの私、どうしても避けては通れないものにぶち当たったりもする。もっと若い頃は、意識してかな...そんな自分の心を避けていた様にも感じられる。今はそうじゃない。心の赴くままに愛する世界を誇りに思い、それらを鑑賞しながら私の中で私なりに昇華していたいと願う。その為の苦があるのも覚悟のうえ。”苦しい”と思っても逃げない勇気を多くのお言葉(書物や音楽たち)から得てきたのだから♪

私は子供の頃からヨーロッパかぶれした子供だったけれど、今もそうだけれど日本が好き!好きではないところもあるけれど、多くの好きなものは日本の抒情のように想う。文学や絵画、ファッション...私は時代遅れかもしれないけれど、昭和が今でも大好き!戦後生まれの私は戦前の昭和、またはそれ以前の大正や明治時代の日本のモダニズムに魅せられる。流行には興味がないかも。だからと言って新しいものを否定したいのではない。居心地が良い世界、心が穏やかでいられる世界に生きていたいと願うだけ。美輪明宏さまのお歌の会やお芝居に嘗ては一緒に行ってくださる友人もいなかったので、一人で鑑賞しては感動で胸がいっぱいになり泣いていた。そして心豊かなエネルギーを頂いてお仕事にまた向かうことができた。今は美輪さまのファンのお友達も周りにいてくださるので、ご一緒に語らうことができて幸せ♪

『光をあなたに』はもう幾度も読んでいるのでこの画像では小口が分かりにくいけれど、結構古びている。でも、愛読書ほど、古びてゆくもの。そして、この朽ちてゆく外形が愛おしくも感じられる。美輪さまはこの序文に以下のように記されているので嬉しい☆

本書は、個人的な悩みに答えるという形にはなっていますが、私としては全てのひとに光が射し込むようなメッセージを込めたつもりです。装幀も、ページをめくるだけで気分がなごむような情緒豊かなものになりました。どうか枕許に置いて、幾度も読み返していただけるとありがたいと思っています。(美輪明宏)

表紙の絵、中のページにはお花のイラストが綺麗。それらは中原淳一氏によるもの。母達が女学生の頃に親しんだという古い乙女雑誌(母は「ジュニアそれいゆ」以前のことはよく知っていた)や映画雑誌...これらのページをめくるだけで嬉々とする心を感じられるなんて!

本は「心の糧」ともいわれています。私達の精神生活の上に大きな恩恵をもたらしてくれるものなどといったら少々大げさにもなりますが、色々な持物の中でも、一字一字たどって読んだ本には特に深い愛着を覚えるものです。青春のある時期に大そう感銘をもって読みふけった本、忘れ難い人から貰った本・・・・・。或る本の数行は暗誦しているほど好きな一節、或るものは幼い頃読んだ童話の本で、その頁の美しいさしえにまつわる思い出・・・・・等々、本棚に並んだ本を眺めると、それらの本に自分の心の遍歴をみるような気がします。(中原淳一)

このお言葉と同じように思う私は、こうして今書き写しながら幸福な想いで涙に溢れています☆
by claranomori | 2007-11-12 20:47 | 愛の花束・日本の抒情