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あまりにも私的な少女幻想、あるいは束の間の光の雫。少女少年・映画・音楽・文学・絵画・神話・妖精たちとの美しきロマンの旅路♪


by chouchou
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アルフォンス・マリア・ミュシャ(Alfons Maria Mucha:1860年~1939年)のサラ・ベルナールをモデルに描いた『トスカ』のことを4年程前に書きましたが、久しぶりに大好きなミュシャの作品を。好きな作品ばかりですが、今回から「私の好きな美少女・魅惑の美女を数珠繋ぎ的に、時折画集等から取り上げさせて頂きたいと思います。ミュシャ展には2度行きました、かなり前になりますが。美しさの中に漂う独特の神秘的な世界がとても好きです。美しい女性たちや草花、四季、音楽、演劇・・・といった私の好きな芸術世界に溢れています。19世紀末から20世紀初頭に、多くの作品を残してくださり、後世の私たちがそれらの美にふれることができる幸せに感謝したいです。

この『星』(Les Etoiles)と題された1902年のシリーズ作品は、『月光』(Clair de Lune)『宵の明星』(Etoile du Soir)『北極星』(Etoile Polaire)『明けの明星』(Etoile du Matin)からなるものです。中でも一等好きな作品が『月光』なのです。うら若き女性はまだ少女の面影を残しつつもどこか妖しげで、目が合うものでドキンとします。ミュシャの絵の外縁の草花はアール・ヌーヴォー芸術としても不可欠ですが、この色彩も華やかな色合いの作品とは違った魅力です。少女の仕草と背後の薄明かりな月光。青白い月光と夜空は詩的モチーフにピッタリです。神秘と幻想の淡き星空、そして美しい少女。

※まったく不規則な更新で申し訳ございません。ちょっと最近の近況を。当店(RECORD&CD SHOP VELVET MOON)のサイトがサーバートラブルに遭い、2週間弱反映されないアクシデントで落ち込んでいました。けれど、今は無事復旧しておりますので安心しています。そして、多分、年内に刊行されるフリーペーパーに執筆することになりまして、その原稿の締め切りがもう僅か!東京発のものですが、当店にも幾部か頂けると思いますので、また完成しましたらお知らせさせて頂きます。次号にも継続されるということで、私のコーナーのタイトルを真剣に考えているのですがどうも...。音楽と映画のコラムになりますが、敢えて少女や女性ヴォーカルに拘らずに作品を候補に上げているところです。私の思春期から青春期は紛れもなく80年代ですので、とりわけ音楽は80年代の作品に思い入れの強いアルバムや楽曲が多数あります。ちょっとマニアックなNew Wave作品(CD化されていないアルバム、DVD化されていない映画など)をとの事で進めています。有名なミュージシャンやアーティストの記事も掲載されるそうで、恐縮ですが私の器内で頑張りたいと思います。
by Claranomori | 2011-10-29 18:55 | 絵画の中の少女・女性
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イギリス・ロンドン出身の作家であり精神科医でもあるキャサリン・ストー(CATHERINE STORR)は児童文学を数多く書かれている。その中で私にまったく異なる作風として印象深く残っている、好きな作品である『マリアンヌの夢』(1958年)と『かしこいポリーとまぬけなおおかみ(ポリーとはらぺこおおかみ)』(1955年)のご本のこと。

このお話の主人公である少女マリアンヌは10歳。お誕生日を迎える前に病気で入院してしまうことになる。9週間もの間外出できない。ある日、ひおばあちゃんの裁縫箱から鉛筆を見つけ絵を描き始める。家を描くとそれが夢の中に現れる。男の子マークを描くと彼も夢に...。けれど、その自分で描いた家に入りたくても入れない。また、そのマークという男の子は現実に病気で外にでることができない。目のある岩(石)が不気味な存在で怖い。この夢の中のマークというのは実は病気の少女マリアンヌ自身である。現実の不自由さや鬱憤を投影しているのだろう。キャサリン・ストーはこうした作品をいくつか書かれていて、それらは「心理ファンタジー」と称されるもの。とても素晴らしい!
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『かしこいポリーとまぬけなおおかみ』は『マリアンヌの夢』と同一作者とは思えない程作風が異なる。こちらは児童文学と云ってもさらに年少向けに書かれたもののようながら、とっても面白い!グリム童話の『赤ずきん』の主題を逆転させたもの。なので、主人公は幼い少女ポリーと怖い狼。ところが、このお話での狼はまったくポリーちゃんを食べるどころか、食いしん坊の狼はいつもかしこいポリーちゃんに上手くかわされてしまう。差し出されたものを食べてお腹がいっぱいになる、どこかすっとぼけた感がある。決め台詞のように「きょうこそ、おまえを食べてやる!」と云うけれど、怪我ひとつしないし、ポリーちゃんが助けてあげることも。なんともまぬけな狼。でも、動物園の檻に入れられた狼が涙をこぼしながら、「おれは、一度でいいからかんげいされたかったんだ。」と少女に語ったりする。幼い少女にとってまぬけとは云っても獰猛な狼。けれど、なにかしら二人の間には不思議な関係で成り立っているものがある。なので、ポリーちゃんが食べられることはないと分かっているのだけれど、どうするのかな?って気になりながら愉快に読んでゆける。

私はヴィジュアルより活字をより好むのだと想う。「ファンタジー」という言葉の捉え方は一言では難しい。甥たちの時代にゲームやアニメーションは不可欠なもの。それもファンタジー世界。私はそれを否定する気はまったくない。けれど、できれば文字を読んで、お話を読み進めてゆく中のあの感動をも知っていて欲しいと彼等に願いながら、私の好きな児童書を手渡してみたりしてきた。冒険譚はやはり好きなので、読み出すまでは興味を持てなくても「面白かったよ!」と云ってくれるととても嬉しい。そんな彼等も大きくなった。私も毎年歳を重ねる。けれど、やはり活字好きらしい。映画も音楽も大好きだけれど、結局は同じようでもある。読んで心に描くもの、聴いて浮かぶ風景、美しい映像を観て、さらに思考することの意味は私には大きい。考えること、想像することってやはり何歳になっても止めたくはない。写真よりも絵の方がずっと好きなのは、そこにも「ロマン」を求める心が関係しているように想う。時空を超えるって大好き!今ばかりじゃ窒息してしまう。ある人は「童話」や「児童文学」というと幼稚に想われるかもしれない。そんなことはない。私は「子供の情景」が好き。なので、少女や少年が心から離れることはない。「ロリコン」と云われようがどうでもいい。私自身の人生の糧となっているのだから。私の心がいつまでもファンタジーを求めていてくれたなら、そんな幸せなことはないとも想える☆
by claranomori | 2009-10-07 23:50 | 本の中の少女・少年
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ジョセフ・ロージー監督のデビュー作である『緑色の髪の少年』(1949年)。60年も前の古い映画ながら色褪せない名作だと思う。私はジョセフ・ロージー監督は好きな監督を挙げると2番目か3番目には出てくる大好きなお方。この『緑色の髪の少年』を初めて観たのはずっと後で、英国人だとばかり思っていた。けれど、このデビュー作はアメリカ映画で、後に監督は”赤狩り”のためにイギリスに亡命したのだと知る。そんなことも想いながら観返すとさらに深い作品に感じるようになった。

ロンドンで暮らす裕福な少年ピーター君の丸坊主頭の姿から映画は始まる。児童心理学者のエバンズ博士との対話による回想...。クリスマスには大きな彩られたツリーがお部屋にあり、プレゼントに犬とおもちゃを貰ったと。そんな幸せな時間は短く、幼くして両親を戦争で亡くす。けれど、親戚の人々はまだ幼い少年にその事実を知らせることはできない。両親は外国に旅行に行っていると思うようにしていたようだ。子供心に両親が死んでしまったのだと感じていたけれど、まさか戦争で!とは思っていなかった。親戚中をたらい回しにされた挙句、優しいおじいさん(パット・オブライエン)と暮らすようになり、新しい学校へも通う。ある日、授業でドイツの戦争孤児たちの写真を見ることに。すると、級友が”君も戦災孤児だよ”と告げ喧嘩になる。両親は子供たちを救うために戦死したのだけれど、ピーター君には”他の子供を助けて、僕を捨てた”と思ったりする。町中で大人たちは戦争のお話ばかり。おじいさんは夜はお仕事で留守がちでピーター君は暗い夜を一人で過ごす日々。ベッドの横にはいつもバットを置いて...こんな状況で繊細で真心のある少年の心はどんなに恐怖だっただろう。

おじいさんの”明るいときには見えない、暗闇には見えるものがある”という言葉を信じて眠る。そんなピーター君は次第に夜の暗さが平気になってゆくけれど、多感な少年時代の想像力は豊かに働くのだろう。お風呂で髪を洗った後、髪が緑色になっていた。おじいさんと病院へ行くけれど、身体に異常はないという。例のないことだと。けれど、級友たちにはからかわれ、牛乳やお水のせいではないかと牛乳屋さんのおじさんも困ってしまう。本人が一番元の髪に戻りたいのに大人たちは髪を剃れば元に戻ると言って床屋さんで坊主頭にされてしまう。ピーター少年の幻想の世界。森の中であの授業で見た戦争孤児の少年少女たちに出会う。彼らはピーター君の緑の髪は”春の色、希望の色”だと言う。”戦争は子供を不幸にする”とも。そして、町の人々に戦争で地球が滅びること、愚かなことを告げて回る場面。軽やかな歌と綺麗な色彩の映像はとてもファンタジック。幻想的でメルヘン的とさえ感じるユニークな作風。ジョセフ・ロージー監督の秀逸な反戦映画!バーバラ・ヘイル扮する美人で優しい先生の存在も欠かせない☆
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緑色の髪の少年/THE BOY WITH GREEN HAIR
         1949年・アメリカ映画
監督:ジョセフ・ロージー 原作:ベッツィ・ビートン 脚本:ベン・バーズマン、アルフレッド・ルイス・レヴィット 撮影:ジョージ・バーンズ 音楽:リー・ハーライン 出演:ディーン・ストックウェル、パット・オブライエン、バーバラ・ヘイル、ロバート・ライアン、ドウェイン・ヒックマン
by claranomori | 2009-02-24 21:05 | 銀幕の美少年・少年映画
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★レコード盤が大好きです。でも今ではCDしか作られない作品が多くなっています。音楽が好きになったのは映画よりも少し遅れましたが、ジャケ買いに外れは一度も無いのです。CD化されたものを眺めていても綺麗な好きなジャケットは色々あるのですが、あの大きさのレコード盤に再会すると魅力はすっかりレコードに負けてしまいます。レコード世代だからかもしれないのですが、レコードの音が好きです。少々ジィジィ鳴る古びたものでも溝と溝の間で奏でる、楽曲を結ぶ優しさがあるようで♪上の3枚はどれもアーティストも楽曲もずっと好きなものたちです。特に一番上の少女が気になってしかたがないのです。Catchersという英国の男女混声バンド。キーボードとバックヴォーカル担当の女の子のお名前はアリス・レモンと云います。そのお方かなあ...とも想うのですがはっきり分かりません。俯き、天使の環が美しい短めの髪。少し少年ぽいので、男の子だと想像するのも愉しいです。あとは、80年代から今でもしつこく聴いている大好きなコクトー・ツインズとオール・アバウト・イヴです。ジャケットの少女たちはメンバーではありません。このような気になる女の子が映ったレコードが色々あり、手放さずに持っている理由がどうやら分かったような気がしています。場所をとるものたちに好きなものが多いです♪
by claranomori | 2008-10-15 23:17 | 私的少女音楽★愛しき歌姫
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               ♥ 『ダンサー』 (1896年)
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                ♥ 『童謡』 (1910年)
フランツ・フォン・シュトゥック(1863~1928)は19世紀末ドイツの象徴派画家のおひとりで、存命中に高い評価を得て、ミュンヘン美術学校の指導およびミュンヘン分離派の設立により、当時のバイエルン地方の主導を果たしたお方。古代神話を主題にしたものや幻想的な作品を多く残されている。破壊的というか悪魔的というか何とも不気味な作品も数多く、暗がりで鑑賞すると怖い。様々な女性を描かれているけれど、とりわけ印象深いお気に入りの『罪無きもの』(1889年)は後日改めて。ヴィルヘルム・トリュブナーやフリッツ・フォン・ウーデと共にミュンヘン分離派を結成したのは1892年。この前衛的なグループは外国の芸術家たちを幾人も招待し、毎年、展覧会を開催されていたそうだ。これらの活動は1898年に始動されるグスタフ・クリムトを中心としたウィーン分離派、1899年に設立されるベルリン分離派のモデルとなるもの。スフィンクスやオルフェウス、罪...と知り得る中での想いながら、ロマン派から象徴派という私の好きな流れを存分に汲んだ主題や美麗な世界に興味は尽きない☆
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               ♥ 『サロメ』 (1906年)

※前述のような現在の社会を映し出した作品たちから目を背けることは今はしない(嘗ては敢えて見ようとはしなかったので、友人から愛を込めた批判を受けた)。今の私は可愛い少女を見つめているだけでは何か納得がゆかないし満足できない。不快な気分になる少女に関するニュースや事件が蔓延している。『ミミ MIMI』を鑑賞しても彼女が心配で仕方がない...まるで勝手な不安であり妄想なのだけれど、現実に多くの子供たちが虐待を受けている。それは親権者であったり隣人であったり、戦争や社会の狭間で...とても深刻なこと。でも、心のバランスを保つために、このような安堵する世界へと逃げ込むことのできる私は身勝手な幸せ者に想う...☆
by claranomori | 2008-07-23 19:47 | 19世紀★憂愁のロマンと美
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『セリーヌとジュリーは舟でゆく』は大好きな映画!!嘗てルイ・マルは、”ヌーヴェル・ヴァーグとは、今もこうして生き残って、映画を撮り続けていることです。フランソワ・トリュフォーの死だけは、ほとんど不慮の出来事で、大きな損失でしたが・・・。”と語っていた。そのルイ・マルももうおられない。一時期のことではない、継続されるものって好き。お歳でいうと、エリック・ロメールの次に年長監督であるジャック・リヴェット。ジャン=リュック・ゴダールも健在だ。後追いながら同じ時代を生きているのだと思うと嬉しい。でも、リヴェット作品は最もお目にかかる機会が少ない日本。未公開作品も多いのでずっと不満でいる。おそらく『美しき諍い女』が最もヒットした作品ではないのだろうか?私が特に好きな傾向は文学作品とか演劇というような匂いのものが多い。なので、フランス映画に好きなものが多いのかもしれない。イギリス映画のあの屈折した美しさもあるけれど。
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限られた中で観る機会に恵まれたリヴェット作品の中で一等好きなのは即答でこの『セリーヌとジュリーは舟でゆく』。3時間以上の大作ながらワンダーランドなので時間等問題にならない程、楽しい。でも、好き嫌いは分かれる作品かも。基本的にルイス・キャロル好きの私は『不思議の国のアリス』や『鏡の国のアリス』のモチーフのあるものはすんなり入り込めるという体質。それも、リヴェット特有の魔法仕掛けのようなおとぎ話。好きな女優さまが揃っているのも嬉しい。特にジュリエット・ベルトとビュル・オジェは大好きな女優さま!ベルトの早すぎる死は惜しまれてならないけれど...。

図書館勤めのセリーヌがスカーフと眼鏡を落とす。それを公園のベンチで魔術書を読んでいたジュリーが拾い彼女を追いかける。白兎さながらの入り口。ここから奇妙な展開が繰り広げられる。魔法のボンボンを食べるとある館に行ける。そのお屋敷の領主は鰥夫で可愛い娘がいる。そしてソフィとカミーユという二人の美女と共に。セリーヌとジュリーはボンボンを食べないとそのお屋敷に入れないので試行錯誤が繰り返される。また元に戻ったり。しかし、一人の女性がその幼い少女を毒殺しようと企んでると知り、二人は少女を助け出そうとする。そのお屋敷がまた不思議で、ヴィクトリア朝時代風で幽霊屋敷のような佇まい。主人は監督でもあるバルベ・シュローデル(バーベット・シュローダー)。やたらとすぐに気絶する女性カミーユのビュル・オジェもここでも素敵過ぎ★少女の救出成功から船にのり漕ぎ出すのだが、そこでまた・・・。
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何とも不可思議な謎の多いお話ながら、現実と夢幻の往来するその世界は正しくファンタジイ♪セリーヌとジュリーのお二人が実に魅力的だし。こういうハッキリしない余韻を残す作風は大好き!リヴェット監督は特に変わった創り方をされるらしく、出演者の各人に結末などを知らせないそうだ。その場その場で創り上げていくような感じなので即興的な効果もあるのだろう。なので、役作りを十分して撮影に挑む必要もなく、逆にそのようなタイプの役者様はリヴェット映画には必要とされていないかのよう(サンドリーヌ・ボネールの「ジャンヌ・ダルク」は例外のようだけれど)。そういう自由さが不思議な魅力となるのだろう。脚本に出演者の名も共同で記されているのもそういうことだろう。とても、お芝居、演劇的な風景が浮かぶ。長い作品で1度だけでは進行を把握しにくいのだけれど、ハマルと愉快極まりない♪幻想的だし耽美とも言えるけれど、カテゴリーは「ファンタジイ」。それも最高級のファンタジー映画。アリスを描いた少女映画も多数あり、それぞれ好き。でも、このユーモラスな魔法の世界とはまた異なる魅力♪

セリーヌとジュリーは舟でゆく:CELINE ET JULIE VONT EN BATEAU      1974年・フランス映画
監督:ジャック・リヴェット 出演:ジュリエット・ベルト、ドミニク・ラブリエ、ビュル・オジエ、マリー=フランス・ピジェ、バルベ・シュローデル(バーベット・シュローダー)、ナタリー・アズナル

★2007年2月1日に『音楽と映画の宝石箱』に綴ったものに加筆・画像を追加致しました。この映画は”少女映画”という安易な括りでは留まらない(私の好きな映画はそのような作風が多いのですが)。夢と現実が交錯するユニークなファンタジー映画として、色褪せぬ名作の一つに想います♪
by claranomori | 2008-06-01 02:24 | 銀幕の少女たち・少女映画
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1991年のドイツ映画『マリーナ』は不思議な映画。幻想的で耽美とも言える。監督はヴェルナー・シュレーター!!なのでありきたりの作風とはならないのだけれど。僅かしか日本公開されていないこの監督作品。この『マリーナ』の他に『愚か者の日』『薔薇の王国』『愛の破片』と公開されたものは見ているようだ。此処では”少女映画”を取り上げているのだけれど、ずっと頭の片隅に残像がある。それは『マリーナ』の中でほんの少しだけ登場する女の子のこと。主人公の”わたし”という女性を演じるのは国際的演技派女優のイザベル・ユペール。そして、”マリーナ”役には大好きなマチュー・カリエール!そして、幼い少女はロリータ・ユペール(ロリータ・シャマ)で、劇中と同様に本名でイザベル・ユペールとロナルド・シャマとの間に生まれた長女。彼女は1983年10月生まれなので、この映画の撮影当時は7歳頃で驚いた表情をする場面とか可愛らしくて!この映画には親子出演しているけれど、他の作品は知らない。女優業の道へは進んでいないのかもしれない。好き嫌いの分かれる女優さまかも知れないけれど、私はイザベル・ユペールが好き!とっても。どんな役でも何か印象を残してくださる。最近はジュード・ロウの『ハッカビーズ』にも出演されていた。フランス女優さまながら、ドイツ、イタリアといったヨーロッパのみならずアメリカ映画にも以前から出演されている。マイケル・チミノ監督の『天国の門』も秀作だと想う。まだお若い頃、イヴ・モンタン、ロミー・シュナイダー、サミー・フレイの『夕なぎ』にも端役で出演されていたのを後で知った。よって、最初に観たユペール出演作は『夕なぎ』、大好きな映画のひとつ!
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      ♥あどけなさの残る1977年のイザベル・ユペール♪

★よく”色んな映画を観ているのですね”と言っていただく。でも全て繋がっていて色んな映画を観るべく広がってゆく、自然と。まだまだその過程にあると想っている。ある少女に気を取られながらも気に入った映画は幾度も観る。その度に新たな発見や感動がある。そうして、監督や原作や音楽、主役以外の俳優方や衣装デザインなど...限りなく愉しい。”ああ、可愛い♪”と言っておけば女の子らしくて良いなあ~と想うのだけれど、どうもこんな性分なよう。映画が大好き!まだまだ好きな映画たちが限りなく存在するので、死ぬまでこうしているのだろうか☆
by claranomori | 2008-04-24 02:31 | 銀幕の少女たち・少女映画
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ピーター・ジャクソン監督の映画『乙女の祈り』、実に印象的な作品だった。ケイト・ウィンスレットは『ある晴れた日に』で知り、有名になった『タイタニック』とこの『乙女の祈り』は遅れて観たもの。メラニー・リンスキーはこの作品で知ったお方。そして、ニコラウス・ガッターの小説、さらにこのお話は実話を基に描かれたものだと知り衝撃を受けた。また、ジュリエットはミステリー作家として生きているとも...。これらの交錯する中、今想うのは映画を先に観て良かったかな...という感じ。二人の多感な思春期の幻想と狂気を行き交う様子、そして親友からさらに深い関係となる辺りの描写、ファンタジックな映像の美しさが鮮明に焼きついている。イタリアのテノール歌手マリオ・ランザの「ドンキー・セレナーデ」を歌いながら自転車に乗って、冬の寒空の下二人は駆ける。歌い、笑い、ふざけたりしながら...幸せなひと時。しかし、此処から先はかなりグロテスクでもある。1950年代という時代、女学生同士の関係や世界観から精神疾患と見なされた。作家を目指す二人の少女は、ある日をきっかけに会えない状態にされてしまう。電気ショック治療なども受けるジュリエット。そして、二人を裂いた母を殺生という事件になってしまう。ポウリーン・イヴォンヌ・パーカー16歳、ジュリエット・ヒューム15歳、1954年6月22日(火曜日)有罪判決を受ける。事実を認めた二人は、後に釈放されるけれど、決して二人は再会しないという条件付きだった。そして、今も違う土地で生きるふたり...。

夢に浮かぶ面影は
かつて見た天使のよう
ぼくはただ叫ぶだけ
きみこそ愛する女と


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この映画は私には青春映画として残っている。親も周りの何ものも、また外気すらをよそに二人の少女の深まる刻、この衣服を脱ぎ捨てながら歓喜し合う瞬間は何も見えてはいなかったのだろう...疾走し加速化し暴走する思考は残酷小説さながらにとても大きな罪を犯してしまうのだけれど。

初老になったアン・ペリーことジュリエットは当時を振り返り語っていた。「常軌を逸していた、狂っていた」と反省し、三年間の獄中期にその夢から覚め、「確かにあの時は、そうするしか他はないと感じていたけれども。ポウリーンが自殺する恐れもあったし、病気に苦しむ自分を支えてくれた唯一の友のためなら、なんでもするつもりでした」と。”青春”とは時に狂気を伴うこともある熱病のようなものだとも想う...。


乙女の祈り/HEAVENLY CREATURES
    1994年・ニュージーランド映画
監督:ピーター・ジャクソン 脚本:ピーター・ジャクソン、フランシス・ウォルシュ 撮影:アラン・ボリンジャー 音楽:ピーター・ダゼント 出演:メラニー・リンスキー、ケイト・ウィンスレット、サラー・パース、クライヴ・メリソン、ダイアナ・ケント
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by claranomori | 2008-02-01 10:43 | 銀幕の少女たち・少女映画
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英国のバーミンガム出身のバンド:PRAM(プラム)が私は好きなのだけれど、最近すっかり定着した音楽ジャンルのような”エレクトロニカ”という括りで語られることが多い(多くないかな)。1990年に結成のこのバンドは初期から少しずつ変化している。今も好きだけれど、初期の作品はNew Waveの流れを汲むようなユニークさ。エレクトロニクスと生楽器の融合の具合とアヴァン・ポップな音世界に心地よく入り込めるように感じた。それは、ヴォーカルとキーボード担当の女性ROSIE CUCKSTON (ロジー・カクストン) のスウィートなお声が直ぐに気に入ったからだと想う。不思議な安堵感は何と言えば良いだろう...水中で泳ぐ感じ(泳げないけれど)、はたまた、お風呂の中から聞こえるような...うん...夢の世界へ浮遊する感じ。ドロ~ンとはしていないけれど、決して明るいものでもない。3分間ポップスのはじける世界とも異なる。STEREOLAB程洗練されていない彼らの初期の作品は、音響系のレインコーツのような気もしたもの。もう10数年のバンドキャリアなので徐々にPOPさも加味されてきたけれど、ロジーのヴォーカルの魅力は衰え知らず!どこかノスタルジックなロジーの歌声は甘く少女性を帯びていて、とても私には優しく響く。アルバムのアートワークも幻想的な絵写真で、聴く者が其々のイメージを描いているように想う。
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by claranomori | 2007-12-03 21:04 | 私的少女音楽★愛しき歌姫
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ダニエル・シュミット:DANIEL SCHMID
生年月日:1941年12月26日 山羊座 スイス生まれ 
没年:2006年8月5日

★スイスの大きなホテルを営む一家に生まれ、少年時代からホテル内の探索と映画や音楽に興味を抱いていたという。1962年にベルリン自由大学に入学。この時期、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーたちに出会い映画を志す。1968年にテレビ用の短編映画で監督デビューし、1972年の「今宵かぎりは…」で劇場映画デビュー。80年代には「青髭」「ルル」「シャモニーのリンダ」などオペラ演出家としても活動されていた。また「アメリカの友人」「ロベルトは今夜」などでは俳優として出演。残念ながら2006年8月5日死去。個人的に2006年の大切な悲しいニュースのひとつとなる。

追悼。決定的な映像が私に焼きついている数少ない監督。その虚構美とも言われる現実と幻想の境界線を超越したかのような映像。夢へと誘う至福の瞬間を映画館のスクリーンで体験出来た。あのイメージは今も忘れられない。ルキノ・ヴィスコンティの耽美、ルイス・ブニュエルの幻想美とも違った、魔法のような映像だった。静かで綺麗なロマネスク。また貴重な映画人がこの世を去ってしまったのだな...。この訃報を知り今もまだ上手く気持ちが言葉にならないでいる。

●代表作●
ベレジーナ (1999)
書かれた顔 (1995)
季節のはざまで (1992)
デ・ジャ・ヴュ (1987)
人生の幻影 (1984)
トスカの接吻 (1984)
ヘカテ (1982)
カンヌ映画通り (1981)
ラ・パロマ(1974)
今宵かぎりは… (1972)
by claranomori | 2007-02-02 06:44 | 大好きな映画監督