あまりにも私的な少女幻想、あるいは束の間の光の雫。少女少年・映画・音楽・文学・絵画・神話・妖精たちとの美しきロマンの旅路♪


by chouchou
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★確定申告や風邪気味続きのバタバタした日々を送っているのですが、久しぶりに懐かしい想い出の映画のことを。ジム・ジャームッシュ監督の『ストレンジャー・ザン・パラダイス』という映画を先月観返していました。1984年作品ですが日本公開は1986年。80年代初頭辺りからヴィスコンティやフェリーニ等のイタリアの巨匠のリバイバル映画、トリュフォーやゴダールなどのヌーヴェル・ヴァーグ作品を後追いする日々がとても愉しかったものです。そして同時代の新しい映画も今よりずっと観ていました。このジム・ジャームッシュ映画に興味を抱いたのは、ジョン・ルーリーが出演されていると知った事が大きい。所謂〝NO NEW YORK”一派で、弟のエヴァン・ルーリーやアート・リンゼイ等によるラウンジ・リザーズというバンドの音楽が好きで、中でもジャケットに写るジョン・ルーリーが素敵だなあ、って。そんなミーハーな気分でこの『ストレンジャー・ザン・パラダイス』、『パーマネント・バケーション』、『ダウン・バイ・ロー』とジム・ジャームッシュ作品が一気に日本公開されたものでした。音楽は全てジョン・ルーリーが手掛けており、御大トム・ウェイツも出演していて歓喜!ジム・ジャームッシュはカンヌ映画祭で強い。本国アメリカより日本での人気の方が高かったとも云われていました。

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この『ストレンジャー・ザン・パラダイス』の劇中に、さり気なく小津安二郎監督の『東京物語』の事が出て来たり、ジム・ジャームッシュ監督の独特の表現手法の中に日本的な〝間”、ジャームッシュ解釈による日本の和の精神からの影響を垣間見ることが出来、また新鮮な想いを抱きました。かなり時を経る中で私なりに多少の薀蓄も積もる故の発見。当時の私の今作の印象は、ざらついた映像的な新鮮さ、淡々とした人物描写、飛行機、コミカルなロードムービー...そんな断片的な映像が残像としてこれまで漠然とあったに過ぎず。けれど、今の私の関心はやはり〝ストレンジャー”とは?或いは〝パラダイス”とは?に向う。ハンガリーからアメリカへやって来て10年になるウィリー(ジョン・ルーリー)と、アメリカにやって来たばかりの16歳の従妹エヴァ(エスター・バリント)によって、パラダイス=アメリカをシニカルに感じることが出来たという感じ。アメリカに馴染もうとする青年と、醒めた少女の対比と結末が面白い。

そこで〝ポストコロニアリズム”に再会する事になり、想えばかなり長年、この問題が気になっているのです。この映画のアメリカに住む異国人の主人公たちのみならず、世界中で今も問題はなかなか解決出来ず深い根を下ろすことになっていること。1984年というとまだ米ソによる冷戦状態で、この年の夏にはアメリカのロサンゼルス・オリンピックが開催された。けれど、ソ連を始め東側14か国が不参加でした。オリンピック競技では体操が一等好きな私はとても残念な物足らない大会だったことだけは憶えています。

ポストコロニアリズムとは、20世紀後半、第二次世界大戦後、世界が脱植民地化時代に突入すると、それまで植民地だった地域は次々に独立を果たしたが、こうした旧植民地に残る様々な課題を把握するために始まった文化研究のこと。
(参照:wikipedeiaより)

けれど、今一つ日本では馴染まないポストコロニアリズムなる理論なり運動な気がします。フランスでも然り。それはやはりこのポストコロニアリズムがアメリカ的だからではないでしょうか。ソ連の崩壊後、世界の中心は強国アメリカである。多文化共生、人類皆兄弟の思想は素晴らしい。けれど、今世界中で民族、宗教、文化の差異による諸問題は大問題となっています。差異を、権利を主張し過ぎると逆に際立たさせる事にもなる。日本でも在日外国人(殊に在日朝鮮人)問題が深刻化しているのは、日本で生活する人間同士として長く生きているのに、韓国や中国は国家政策として抗日、反日教育をして来た。日本の状況も複雑ながら、ヨーロッパもかなり複雑。陸続きの戦争の繰り返し、アメリカの肌の色の差異よりも、ヨーロッパは概して云えばユダヤ人やジプシー(ロマ)に対する排斥の方が根強いように感じます。戦争に良いも悪いも無く、また勝った国が善で負けた国が悪であるわけもなく。ただ大きな時代の流れ、歴史のうねりの中で逃れようのない運命のような。

幼稚園から高校まで一緒だった友人の祖父母が韓国人であった。日本で生まれ日本語を話し同じ学校に通っていた。家族同士も家が近いので仲が良く、今想起しても懐かしい風景しか浮かばない。ただ、小学四年生頃に、同じ級友がその少女に「○○ちゃん、朝鮮人やろ?」と云った。きっと幼いし深い意味も悪気もなかったのだと想う。けれど彼女は泣いてしまった。私は前後の会話も意味も良く分からず何故泣いているのかが気になった。結果として泣かしてしまった少女は帰ってしまい、私はその時、まだ泣いている友人が可哀想だと想い、今も時折想い出す。その時のその友人の小母さんの眼差しもまた。幼い私に向ってあんなに真剣な眼差しと口調で「おばちゃんも○○も日本人なんよ。」と。それ以後、その少女とは洋楽の情報交換などをして引っ越すまでお互いのお家を行き来していた。高校では一度も同じクラスにならなかったけれど、帰宅後、彼女の好きな米国音楽(ウエストコースト辺りの爽やかな)、私の大好きなデヴィッド・ボウイのレコードを抱えて一緒に聴いたり。紛れもない私の大切な想い出。今の韓国や中国の日本に対する抗日的態度はやはり残念!私はどうしても日本人であるとさらに自覚し日本を想う。けれど、あの小母さんの言葉はきっと一生忘れる事はないだろう。そして、保守だとか革新、右派左派というイデオロギーを超えて、どの国にも民族の誇りがあることを踏まえた上で、私なりにもっともっと考えながら生きてゆきたいと想います。


ストレンジャー・ザン・パラダイス / STRANGER THAN PARADISE
1984年・アメリカ映画
監督・脚本:ジム・ジャームッシュ
製作:サラ・ドライヴァー 製作総指揮:オトー・グローケンバーガー
撮影:トム・ディチロ 音楽:ジョン・ルーリー
出演:ジョン・ルーリー、エスター・バリント、リチャード・エドソン、セシリア・スターク

【あらすじ】 ウィリー(ジョン・ルーリー)は、10年来ニューヨークに住んでいる。ハンガリー出身で本名はベラ・モルナー。クリーヴランドに住むロッテおばさん(セシリア・スターク)から電話が入り、彼女が入院する10日間だけ、16歳のいとこエヴァ(エスター・バリント)を預かるこどになった。エヴァはアメリカで新生活を始めるため、ブダペストからやって来るのだ。やって来たエヴァに、TVディナーやTVのアメリカン・フットボールを見せるウィリー。彼にはエディー(リチャード・エドソン)という友達がいて、2人は、競馬や賭博で毎日の生活を食いつないでいる。エヴァの同居をはじめ迷惑がっていたウィリーも、彼女が部屋の掃除や万引きしたTVディナーをプレゼントしてくれるうちに、親しみを覚えていった。お礼に贈つたドレスを、エヴァはうれしそうにもらうが、気持ちだけ受けとって、その趣味の悪いドレスをゴミ箱に捨てた。彼女がクリーヴランドに発った直後、ウィリーとエディーは、いかさまポーカーで大儲けして、借りた車でクリーヴランドヘ向った。クリーヴランドは雪におおわれており、ロッテおばさんの家で暖まった2人は、ホットドッグ・スタンドで働いているエヴァを迎えに行く。エヴァと彼女のボーイフレンドのビリー(ダニー・ローゼン)とクンフー映画を見に行ったり、エリー湖に行ったりした2人。数日を過ごした後、ウィリーとエディーは、ニューヨークに帰ることにするが、いかさまで儲けた600ドルのうち、まだ50ドルしか使ってないことに気づき、エヴァも誘つてフロリダに行くことにする。サングラスを買って太陽のふりそそぐ海辺に向かう。2人分の宿賃で安モーテルにもぐり込む3人。翌朝、エヴァが起きるとウィリーとエディはドッグレースに出かけており、有り金を殆どすって不機嫌な様子で戻って来た。やがて競馬でとり返すと言って彼らが出て行き、エヴァは土産物店でストローハットを買うが、その帽子のために麻薬の売人と間違えられ大金を手にする。競馬に勝って勇んで帰って来た2人は、エヴァのおき手紙と大金を発見して驚く。飛行場に急ぐ彼ら。しかし、エヴアは、その頃、考え直して安モーテルに戻ることにするのだった。(参照:goo映画より)


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by claranomori | 2013-03-08 13:31 | キネマの夢・シネマ万華鏡
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マリアンヌ・フェイスフル様が大好き!なので、関連した映画も観ることになる。最も代表作で主役となると『あの胸にもういちど』。劇場公開の主演というと、とても久しぶりの『やわらかい手』(6月観に行く♪)も楽しみにしているところ。このサラ・ドライヴァー監督の『豚が飛ぶとき』(1993年)も重要な役で出演されているファンタジックで素敵な映画。このタケコプターのようなものを頭につけているお姿も愉しい!マリアンヌ・フェイスフルが演じるのはどこか寂しげな女性リリー。もう一人のおしゃまな可愛い少女ルーシー(レイチェル・ベラ)のお二人は幽霊なのだ。
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寂れた風情の港町の片隅に小さなアイルランド系のバー”エリンの薔薇”というお店がある。そこで働くダンサーのシーラ(マギー・オニール)が、一階に住む家主マーティ(アルフレッド・モリーナ)にお店の物置から持ち帰った古いロッキング・チェアをプレゼントする。マーティはあまり生気がなく、子供にジャズ・ピアノを教えてどうにか生活している男性。この古い椅子にリリーとルーシーの二人の幽霊が棲んでいるのだった。アンティークなドレスを纏った少女ルーシーとリリーはこの椅子の上で死に至り、今はマーティの家にやって来た。このリリーは嘗て”エリンの薔薇”のマダムで、お店も活気に溢れていた頃。マーティはこの嘗てのマダム、リリーは病気で死んだのだと聞かされていた。まあ、突然幽霊が現れて慌てふためくマーティながら、そうした繋がりから嘗ての友人や家族の姿が幻の如く現れる。そんな中、頑固者の父親の幽霊とも再会する。しかし、マーティは気づかない。二人の幽霊に誘われて散歩に出かけたりする。そんなお話をシーラにしても彼女は信じない。でも、二人が現れる!
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リリーは嘗ての”エリンの薔薇”が低俗なお店に成り下がったことを嘆き、霊力を使ってぐちゃくちゃにしたりする。嘗てのリリーの夫フランク(シーモア・カッセル)は暴力的な人で、熱病で先に死んだルーシーはそのフランクが妻リリーを殺すのを見ていたという。だんだんと事の真相が明らかにされるけれど年月が経っている。リリーは残した娘キャスリーンにせめてお金を贈りたいのだという。そうして、娘探しにを始めるマーティとシーラ・・・。このような”幽霊譚”をユニークでファンタジーの世界に描きながら何かしら伝わるものは何だろう!と想う。音楽を担当しているのはジョー・ストラマー!サラ・ドライヴァーやジム・ジャームッシュの音楽的センスにもいつも共感してしまう。また、不思議なのに自然な感じ、詞的にすら感じるこの映画は、エイズで亡くなったサラ・ドライヴァーの友人でもあったハワード・ブルックナー監督を偲んで撮られたものなのだそうだ☆

豚が飛ぶとき/WHEN PIGS FLY
    1993年・アメリカ映画
監督:サラ・ドライヴァー 製作総指揮:ジム・ジャームッシュ、デニス・ウィグマン 脚本:レイ・ドビンズ 撮影:ロビー・ミューラー 音楽:ジョー・ストラマー 出演:アルフレッド・モリーナ、マリアンヌ・フェイスフル、レイチェル・ベラ、マギー・オニール、シーモア・カッセル
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by claranomori | 2008-05-16 23:57 | 銀幕の少女たち・少女映画