人気ブログランキング |

あまりにも私的な少女幻想、あるいは束の間の光の雫。少女少年・映画・音楽・文学・絵画・神話・妖精たちとの美しきロマンの旅路♪


by chouchou
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

タグ:イングマール・ベルイマン ( 3 ) タグの人気記事

b0106921_85726100.jpg
イングマール・ベルイマン監督の1952年映画『不良少女モニカ』はいったい何だろう!!と私は衝撃を受けたもの。原題の『モニカとの夏』の方がノスタルジックでメランコリックだろうか。強烈なインパクトをモノクロームの映像と共に感じる。この作品で映画デビューしたハリエット・アンデション(ハリエット・アンデルセン)は撮影当時19~20歳頃。この17歳の少女モニカは自由奔放でわがまま、でも、今という刻の空気を全身で感じている、社会に反抗する象徴のようでもある。新しい女性、これからの女性!という感じでこの躍動感のようなものは途轍もなくダイナミック!そして、生き生きとした若さに溢れた圧倒的な存在感なのだ!
b0106921_858026.jpg
1955年にナボコフの『ロリータ』が、そして1956年にはブリジット・バルドーの『素直な悪女』が登場するけれど、それ以前の1952年のスウェーデンからこの17歳の少女モニカは登場していたのだ。両親は仲が良いけれど父親はいつも酔払っている。兄弟たちも多い家族でモニカは今にも家から飛び出したい様子。ある日、陶磁器の配達をしている19歳の青年ハリーと出会い恋をする。ハリーは母を亡くし病気の父との暮らし。ハリーはボートを借り、モニカの夢でもある旅に出ることにする。短い北欧の夏のひととき。二人は若い。モニカははすっぱな魅力に溢れた少女(不良という言葉も出てくる)、ハリーは真面目で今後のことを考えエンジニアになる勉学をする。そんな若い二人に子供が生まれる。お腹の中にいる頃は無邪気な様子で幸せそうだったモニカながら、いざ誕生すると家で毎日赤ん坊を抱いての生活などまっぴら!となってしまう。ハリーは三人で少しでも豊かにとお仕事と勉学に励んでいる。二人の心の距離は離れる一方。そんな折、モニカが他の男性と浮気をしているところをハリーは目撃してしまう。もう修復不能となり、さっさとモニカは出て行き、ハリーは残された赤ん坊を抱いて、あの幸せなモニカとの夏を回想する...。
b0106921_8574451.jpg
モニカに感情移入は全くできない私。でも、この存在感はなんだろう!!とずっと想っている。終盤、他の男性とデート中にジュークボックスから音楽が流れ、モニカの顔のアップが続く。最初は目が合うような感じでドキリ!と息を呑む程凄い...何?モニカが問いかけてくるかのようでもある。そして、モニカは”私はモニカ。これが私。”という毅然たる表明のようにも想える。また、ラストでハリーの顔のアップが鏡に映る...目の下にヤツレタ疲れが顕著で切ない。それでも回想する、あの夏の日を。ハリエット・アンデションの見事な演技力と存在感に圧倒される。ベルイマン一家のお一人として、また数々の難役を演じ続けている素晴らしい女優様として健在なり☆

不良少女モニカ/SOMMAREN MED MONIKA
       1952年・スウェーデン映画
監督・脚本:イングマール・ベルイマン 原作:ペール=アンデシュ・フーゲルストルム 撮影:グンナール・フィッシェル 音楽:エリック・ノードグレーン 出演:ハリエット・アンデルセン(ハリエット・アンデション)、ラーシュ・エクボルイ、オーケ・グリュンベルイ、ベント・エクルンド
by claranomori | 2008-06-28 09:40 | 銀幕の少女たち・少女映画
b0106921_035333.jpg
イングマール・ベルイマン監督の1982年作品である『ファニーとアレクサンデル』に出演していた可愛い少年バッティル・ギューヴェ!その妹役のファニーを演じていた少女ペルニッラ・アルヴィーン(Pernilla Allwin)も可愛い♪兄妹役ながら撮影当時11.12歳頃の同い歳のふたり。長い大作映画はヴィスコンティで慣れてはいるものの、これは凄い!でも、5時間強という長さなのだけれど最後まで魅入ってしまったのだから相性の良さを感じる。ベルイマン映画はどれも好きだと想っているけれど深いテーマや宗教的な色合いが濃いので幾度か観ては新たな発見や想いが巡るという繰り返しが続いている。劇場版の3時間強というものもあるそうだ。
b0106921_22215890.jpg
このアレクサンデル少年はベルイマンの少年時代ともいえるようで、父はプロテスタントの上級聖職者であったというので、この映画の中で主教を見つめるアレクサンデルと重なり合うようだ。また、ベルイマンは子供時代から人形劇がお好きで舞台装置なども作って遊んでおられたという...やはり並みの子供とは想えない。そんな場面も印象的に描かれている。私はセーラー服姿の少年少女たちが好き♪殊に少年のセーラー姿には異常に反応してしまう。そして、このバッティル・ギューヴェ君の顔立ちや瞳の愛らしさと共に、何ともいえぬ足の線の美しさが決定打!この映画でしか知らない少年だけれど大好きなのだ。
b0106921_2221056.jpg
大人たちもベルイマン作品の常連の俳優方を始め素晴らしいし、映像の美しさは全編を貫き澄み渡っていた。撮影はこれまた大好きなスヴェン・ニクヴィスト!!この幼いファニーとアレクサンデルが絶対服従の拷問を受けたりする。彼らを救うかの存在である骨董品店を営むユダヤ人のイサク・ヤコビという人物の存在。ユダヤ人の狂人イスマエルとアレクサンデルの幻視。キリスト教徒と異教徒のこと、美しい自然の景色、まるで不思議な夢の世界のよう。家族や人間ドラマを描いているのだけれど、愛や苦悩と共にどこかおとぎ話のようにも感じる。静寂で透明で美しい!さらに大好きな『叫びとささやき』は赤の色彩が印象的だけれど、この 『ファニーとアレクサンデル』は雪や森の風景、衣装や髪の色(美術)など...白と黒という色彩(特に白かな?)が私には強く残っているベルイマンのカラー作品☆

ファニーとアレクサンデル/Fanny och Alexander
b0106921_23273737.jpg1982年・スウェーデン映画
監督・脚本:イングマール・ベルイマン 撮影:スヴェン・ニクヴィスト  音楽:ダニエル・ベル 出演:バッティル・ギューヴェ、ペルニッラ・アルヴィーン、グン・ヴォールグレーン、エヴァ・フレーリング、アラン・エドワール、ハリエット・アンデション、レナ・オリン、クリスティナ・ショリン、アンナ・ベルイマン
by claranomori | 2008-03-19 23:37 | 銀幕の美少年・少年映画
b0106921_15233188.jpg
久しぶりに『叫びとささやき』を観た。初めて観たイングマール・ベルイマン作品は『ある結婚の風景』だった。でもまだ幼すぎて意味が分からず感動したとも何も感想が言えないのでまた観てみたいと思う。この『叫びとささやき』は20代になってから観たものでとても衝撃を受けた作品だった。何故今、またこの作品を再度観たくなったのかは分からないけれど、再びおののきと慈しむ心の尊さを痛感した。

屈指のお気に入りの女優様のお一人であるイングリッド・チューリンは長女のカーリン役。ルキノ・ヴィスコンティ作品で初めて知った女優様で一目で好きになった。この作品をここで先ず選んだのはあの言葉を押し殺したささやきと、姉妹間の情念、愛憎、愛の不毛を気高くいながら神経症的なまでに表現出来るお方は他にはいないと思うから。この作品は3姉妹と召使いの女性の4人の女性の心の描写をえぐり出すものだ。

冒頭の古い大小の時計が映し出されその音に”ハッ!”とする。次女のアングネス(ハリエット・アンデション)の死期が迫っている事や、その家族のこれまでの時を刻んできた証人でもあるのだろうか?とても印象的な冒頭だ。そして、舞台となる「お城」の室内の至る所に「赤」が在る。そして、カメラも「赤」がフェイドインとフェイドアウトを見せる。ベルイマンの製作前の幻想の「赤い部屋に三人の女性がいる。彼女たちのささやきは白い。」というイメージに基づいて製作されていったそうだ。私は世代的にベルイマンの作品はカラーから観る機会となったので、後に遡って白黒作品たちを観ても、どうしてもこの「赤の衝撃」が焼き付いてしまっている。ちなみに、ウディ・アレンはベルイマン・ファンで有名だけれどあの秀作!『インテリア』はこの作品からインスパイアされたと何かで読んだことがあり、「なるほど~!」と思う事が出来る。そう!私がベルイマン好きになったきっかけにはウディ・アレンの存在は欠かせない。

北欧の白く美しい自然風景の描写、19世紀から20世紀辺りの衣装や家具や装飾品にも見とれてしまうのだけれど、”うっとり”見つめる暇など無いのだ。癌に蝕まれ死期の迫るアングネスの痛みに耐える表情とあの叫び!その悲痛な叫びや嘔吐に姉妹は何も出来ないでいる。ただ一人、召使いの女性アンナ(カリ・シルヴァン)は静かに胸をアグネスの顔にやさしく当てる。まるで母の胸に眠る少女の様にアグネスは落ち着きを取り戻す。この作品にはベルイマン作品には書かせないそれぞれが素晴らしい3人の女優様が共演している。三女のマリーヤ(回想シーンで出てくる美しい母親役の二役)を演じるのはリヴ・ウルマンだ!イングリッド・チューリンとは対称的な個性そのままに役柄も対称的。最も母に愛されていたと姉妹たちは子供の頃から嫉妬していた。美しい母といつも笑い合っていた明るい性格のマリーヤ。そんな彼女もまだ愛に満たされてはいなかったのだけれど。

作品について色々書くととても長くなってしまう。ここに登場する4人の女性はどなたも素晴らしい存在感と演技力で息をのむ。ぼんやりと眺める余裕すら与えてはくれないヒリヒリした心理描写と美しい陰影で一気に見終えてしまうのだから。中でも絶対的に忘れられないシーンが再度観て私の胸に突き刺さった。それはイングリッド・チューリンならではの名場面!年老いた夫との倦怠的な愛にうんざりしていた。そんな気持ちと久しぶりに戻ってきた生家での滞在中での姉妹間の心に秘め続けてきた愛憎がピークに達したのだろうか?夫婦で晩食中、ワイングラスを倒してしまって割れてしまう。その割れた破片を一つだけ寝室に持ち帰る。「つまらない嘘よ!」と自分の性器にそのガラスの破片を突き刺すのだ!その痛みを堪えながらもそのある屈折した恍惚感の様な表情でベッドで夫を迎える。品の良い綺麗な白いネグリジェは出血で真っ赤...その血を手に取り自らの顔に付けて笑う。ただ、見ているだけの夫...こんなシーンの意味は初めて観た時は理解出来なかったのだ。そして、あの夫に向ける冷笑の毒々しい美しさはイングリッド・チューリンにしか出来ないと思えてならない。 壮絶なシーンである。ハリエット・アンデルセンの苦痛のシーンも凄まじいけれど、全編に「赤」を必要としたベルイマン。当然、赤には血というイメージも在るだろう。しかし、グロテスクさは微塵も感じられないのだ。人間の心の奥底に潜んだ情念や怨念の部分を映し出しながら、その心の迷いや闘いの果てには光が待っているのだから。それを決定的に印象付けて終わるラスト・シーン。涙すら忘れてしまっていたのに、とても穏やかな涙が溢れ出すのだった。優しい召使いのマリーヤは毎朝、亡き子の写真を前に神に跪き祈る。そのマリーヤがアグネスの形見として大切にレースに刳るんでしまっていた日記に記された言葉が流れた後のある活字。

「こうして、ささやきも叫びも沈黙に帰した。」と。

ある強迫感や心的圧迫による心の恐怖、孤独や苦痛ばかりではなく、輝ける穏やかな幸せもあることを教えてくれるのだ。それが人生なのだと。だからこそ、闇の持つ意味があると思えるのである。

叫びとささやき/VISKNINGAR OCH ROP
1972年・スウェーデン映画
監督・脚本:イングマール・ベルイマン 撮影:スヴェン・ニクヴィスト 出演:イングリッド・チューリン、ハリエット・アンデルセン(アンデション)、リヴ・ウルマン、カリ・シルヴァン

※2004年12月22日付にて、『阿呆船』に綴ったものです。
by claranomori | 2004-12-22 12:16 | キネマの夢・シネマ万華鏡