中原中也 『サーカス』 (『山羊の歌』より) ~『中原中也詩集』 神保光太郎編~
2008年 08月 23日
サーカス
幾時代かがありまして
茶色い戦争ありました
幾時代かがありまして
冬は疾風吹きました
幾時代かがありまして
今夜此処での一と殷盛り
今夜此処での一と殷盛り
サーカス小屋は高い梁
そこに一つのブランコだ
見えるともないブランコだ
頭倒さに手を垂れて
汚れ木綿の屋蓋のもと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん
それの近くの白い灯が
安値いリボンと息を吐き
観客様はみな鰯
咽喉が鳴ります牡蠣殻と
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん
屋外は真ッ闇 闇の闇
夜は刧々と更けまする
落下傘奴のノスタルヂアと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん
- 『中原中也詩集』 神保光太郎編より-
★先述の『白夜の時を越えて』から巡る私の絡まる頭と心の断片たちは、きっと私にとって大切なものなのだろうと想う。明治40年(1907年)4月29日に山口県で生まれ、その後、転々と移り住み、昭和12年(1937年)10月22日、小町の鎌倉養生院にて永眠。享年30歳。この『山羊の歌』は昭和6年から7年(1930年~1931年)にかけて制作されたもの。こうしたブログでは横書きとなるので、この行間から感じられるもの、紙の手触り、仮名使いの妙...本を手に取る方が遥かに好きだ。私はこの詩が好きで他の作品と同様に奇妙な寂しさとあたたかさを感じる。中原中也という詩人は好きなのだけど、時に涙に溢れ心が穏やかどころかこの純粋さ、正直さ故、生き苦しい日々だったのだろうと想うので心臓に悪い。世の中とはそういうものだと言われても...。私の好きな詩篇はシャンソンである。日本語であろうとフランス語であろうと。中原中也はヴェルレーヌやランボーに傾倒し翻訳作業も多くされている。時に語るように歌う...”ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん”...なんて!優しい音律だろう。生前その直後よりも、今なお私たちの心に届く歌を歌える数少ないお方だったのではないだろうかと想う。”咽喉”は”のんど”と読むのだけれど、このような響きがたまらない。”茶色い戦争”という言葉が重く感じられるのは私だけではないと想う。