あまりにも私的な少女幻想、あるいは束の間の光の雫。少女少年・映画・音楽・文学・絵画・神話・妖精たちとの美しきロマンの旅路♪


by chouchou
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『シャルル・ボードレールの肖像』 エティエンヌ・カルジャ(ETIENNE CARJAT)

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”フランス近代詩の父”と讃えられるシャルル・ボードレール(Charles Baudelaire:1821年~1867年)の最晩年の肖像写真を残してくださったエティエンヌ・カルジャ(Etienne Carjat:1828年~1906年)。

私は写真を撮るのも苦手で撮られるのも苦手。さらに、技術も知らないし得に大した知識もない。ところが、こうして好きな芸術家たちを通して知りえた写真家たち。こういう繋がりは年月の経過と共にますます今後も気づいたり教えて頂くのだと思うと嬉しくて仕方がない。カルジャは元々は新聞記者でフランス第二帝政期を生きたお方。私の知っていることは僅かながら、大好きなサラ・ベルナール、このボードレールにランボーの肖像写真を時折、見つめてきた(ランボーはポストカードをパリで買ってきたものがあり額縁に入れ飾ってあるので、毎日見ている)。カルジャの活躍した時期にはナダールが存在するので、ナダールの陰に隠れがちだったようだけれど、写真も1876年にはあっさりとやめてしまっている。特にポーズを要求するのでもなく、ただその人々を撮るという姿勢だったよう。きっと、肩書きや名声なども気にしないお方だったのだろう。

「われわれは群衆と芸術家たちの目を惹きつけるものすべてについて語るであろう」とボードレールは語っている。絵画なども特別な階級の人々だけのものではなく、もっと民衆と共に共有されるべきものだとしていたお方。多くの芸術が貴族やブルジョワ階級で生まれたとしても、後世に継承れていくのは民衆や名も知れぬ作家や愛好家の人々の目を通してなのだと思う。そういう事を、既にボードレールは心得ていた。元来美術批評家でもあり、裕福な富豪の息子でありながら晩年は借金に追われるという生き様も好き。お高くとまる文壇のお方でもなかったので、カルジャの身軽で気紛れな姿勢に対して畏敬されていたのかもしれない。このボードレールの肖像は1863年のもの。既に病に侵されていたボードレール(1867年死去)の肖像を見つめ、思考はめぐる。

私の初めて読んだボードレールの作品は『巴里の憂鬱』だった。文庫本だったのだけれど、ずっと以前にどこかに置き忘れてきたもの(全く思い出せない)。文庫はお安いのでまた購入して再読したいと思っている。また、ボードレールのお話は出てくるのだと思う。私の頭の中は複雑に絡まっているのでもう少し整理したいと思い、そのノートのようなものが此処や他のブログたちだと思っている。
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by claranomori | 2007-07-25 12:19 | 19世紀★憂愁のロマンと美