ヴィクトリア女王:QUEEN VICTORIA
2007年 10月 24日

私の興味はこの豊饒な繁栄の陰の労働者階級(下層階級)の人々の生活にも。同じ時代でも食べる穀物も違えばお肉の種類も違う。先述のディケンズの小説やそれらを元にした映画を観るとそんな事が気になって仕方がない。しかし、歴代の英国女王(王室)の中で最も生真面目さと厳格さを保ち続けたとされるヴィクトリア女王にも興味は尽きない。中産階級~ブルジョワと呼ばれる人々の模範であり憧れの対象でもあったように思う。1861年に最愛の夫アルバート(ゼクセン=コーブルク公子)が42歳で死去された。女王は悲嘆に暮れ2年間公の場に姿を現さなかったという。9人の子女と夫、仲の良い家庭を維持し続けた、女王という立場と家庭の維持。昨今のスキャンダルの多い王室とはどうも違う。王女時代からドイツ語(母方の母国)、ギリシャ語、ラテン語、フランス語、イタリア語に親しみ、オペラや日記、そして乗馬を愛したヴィクトリア女王。故に、その寛大な芸術に対する愛が多くの優れた作家や画家、作品を後世に残すことができたのだと思う。有名な言葉「君臨すれども統治せず」に従い議会制民主主義を貫き、イギリス君主の形式を確立したお方と言える。子供たちをドイツを中心に各国に嫁がせ、その広がった子孫を調べると脅威的でもある。「ヨーロッパの祖母」と呼ばれるに至る所以である。しかし、女王自身が血友病の因子を持っており、ロシア皇太子アレクセイを始めとする男子が遺伝し発病し、お気の毒なことに男子は全員死に至り子孫は残していない。
物質的主義価値観が主となれば、それに反抗する者も現れる。私の大好きなオスカー・ワイルドはそんなヴィクトリア朝時代を生き、その価値観に対して唯美主義を唱えた第一人者であり、英国とフランスの文化の橋渡しのようなお一人であったと思う。その他、多くの好きな芸術の宝庫のような大英帝国女王の時代の光と影。エポック・ド・パリと並んで興味の尽きない時代であり、あまりにも濃厚。大きな意味で個人的な英国趣味とフランス贔屓はこの濃厚さに隠されているのだろう。
(参考資料:嘗て読んだ英国文学と歴史文献より)





































































































































































































































