あまりにも私的な少女幻想、あるいは束の間の光の雫。少女少年・映画・音楽・文学・絵画・神話・妖精たちとの美しきロマンの旅路♪


by chouchou
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『C(セー)』 或いは 『セーの橋』 詩:ルイ・アラゴン 曲:フランシス・プーランク ★郷愁と愛国心を想う

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C(セー)』 或いは 『セーの橋
詩:ルイ・アラゴン

僕は渡った セーの橋を
すべてはそこに始まった

過ぎた昔の歌にある
傷ついた騎士のこと

堤に咲いた薔薇のこと
紐のほどけたコルサージュのこと

気のふれたの公爵の城のこと
お濠に群れる白鳥のこと

永遠に待つ花嫁が
踊りにくるという野原のこと

僕は飲んだ アイスミルクのように
ねじまげれらた栄光の 長い物語歌を

ロワールが僕の思いを押し流した
転覆した車もろとも

そして銃からは弾が抜かれ
そして涙は消えもやらず

おお わがフランス おお 捨てられた女
僕は渡った セーの橋を

訳:安藤元雄

★ルイ・アラゴンの『エルザの瞳』に所収の詩で、フランシス・プーランクによる作曲の歌曲としても有名です。岩波文庫版によると『C(セー)』と題されていますが、『セーの橋』としても読みました。アンジェに近いロワール川沿いにある町セーの橋。数々の戦場の場となって来た町だそうです。殊に1944年のドイツ占領軍との激戦で知られるというので、西部戦線及びパリ解放時の町や人々を想います。

ルイ・アラゴン(Louis Aragon:1897年10月3日~1982年12月24日 )はフランスの詩人で作家。ダダイズムからアンドレ・ブルトン等と共にシュルレアリスム文学を担い、1930年前後からはフランス共産党活動家でもあった。フランシス・プーランク(Francis Poulenc:1899年1月7日~1963年1月30日)はフランスの作曲家。フランス6人組の一人でもあり、声楽、室内音楽、宗教的楽劇、オペラ、バレエ音楽等、フランス歌曲史に於いて欠かせない音楽家のお一人。そのフランシス・プーランクがルイ・アラゴンの詩『C(セー)』或いは『セーの橋』に曲を付けた歌曲があります。この詩はすべての行でC(セー)と脚韻を踏んでいて、曲はその詩を郷愁というノスタルジーを込めて歌われる美しいものです。

●ルイ・アラゴンの詩にフランシス・プーランクが曲を付けた『セーの橋』の歌曲です♪

★いつも想うのは、愛国心とイデオロギーのこと。今も漠たる疑問があるのですが、その国々、そして其々の時代背景を混同しての左派・左翼、右派・右翼という呼称に対する疑問です。この場合はフランスの抵抗派詩人としてのルイ・アラゴンは共産党員でもあったのですが、この詩にあるように「おお わがフランス」と謡うのです。本来、右も左も祖国を想うがゆえの思想なり行動であり、核なるものは愛国心や愛郷心という強い想いがあってのことのはずです。右派の人々だって戦争を推進しているわけではない。どちらも極端な思想に傾けば過激になってゆく歴史もある。私は我が国や郷土を想う心は万国自然なことだと想うので、気になる書物や音楽等に触れる中でそれらの想いに巡り合うことはとても多い。祖国を想う気持ちは同じであるということは重要だと想えてならないのです。対立するだけではなくて。最も好きではないことは、祖国を裏切る行為、所謂スパイ的な存在や自分の利益の為の売国奴と呼ばれる人々、国賊的な人々が居ること。戦時中に於けるやむを得ない状況下での苦渋の選択はあったかもしれないけれど、今の日本は何か違う気がしてならないのです。そんな事を想いながら、戦争の歴史の中で多くの人々が命を落として行った。その戦争もまたその国々の忘れ難い歴史であること。ただ自虐史観先行で偏狭に感情的に声高に問うよりも、冷静に嫌な歴史を回顧することで学ぶことも大切だと想うのです。


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by claranomori | 2012-02-23 12:20 | 詩人・作家・画家・芸術家