あまりにも私的な少女幻想、あるいは束の間の光の雫。少女少年・映画・音楽・文学・絵画・神話・妖精たちとの美しきロマンの旅路♪


by chouchou
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黒の美学 ★ 『アーサー王の死』 画:オーブリー・ビアズリー:AUBREY BEARDSLEY (1894年)

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★オーブリー・ヴィンセント・ビアズリー(Aubrey Vincent Beardsley:1872年8月21日~1898年3月16日)は、イギリスの挿絵画家(イラストレーター)であり詩人。英国ヴィクトリア朝の世紀末美術のイコンでもある。繊細な線描はこの細長い指先で描かれていたのかと19世紀末に夢を馳せます。黒の美学を愛するようになり30年を過ぎていますが、私の最も好きな色はやはり今も黒。またそろそろ知人の冊子に寄稿するために拙い想いを巡っているので、暫くそんな題材が多くなるかと想いますが、その日の気分にまかせて。
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オーブリー・ビアズリーのデビュー作は、1893年から1894年にかけて制作された、トマス・マロリー作『アーサー王の死』の挿絵及び装飾デザインとされている。まだこの頃はエドワード・バーン=ジョーンズやラファエル前派の影響が窺える、中世ロマンチシズム漂うものでファンタジックである。しかし、オスカー・ワイルドはこの頃のビアズリーのジャポニスムの雰囲気を嫌ったそうで、ワイルドの『サロメ』(1894年)の挿絵ではかなり印象が変わる。けれど黒と白、または線と面という構造はやはりビアズリーの美学に他ならないでしょう。『アーサー王の死』の挿絵はウィリアム・モリスとの剽窃論争も起こったとされ、先輩方から方々での批判が飛び交っていたようです。ワイルドの『サロメ』以降僅か4年間ながら社交界を席捲していたオーブリー・ビアズリーという名。しかし、学生時代から肺を患い病に伏しがちであったビアズリーは、結核により25歳の若さで息絶える。その夭逝はやはり惜しまれます。

肺病患者はきまって熱烈な、熱病のような才能の輝きを持っているものだ―本能的にそれが自分の悲しむべき分け前のであると知っている短い時間に出きるだけ沢山の人生を吸収しようと焦って。可哀そうなオーブリー! 彼は悲劇の人物だった。まるで神々がこう宣言したようなものだ―あと四年だけお前に与えよう。 だが、その四年の間にお前は他の人間が四〇年かけて学ぶことを経験するのだ。

これはビアズリーと同い年であった画家ウィリアム・ローセンスタイン(ウィリアム・ローセンシュタイン)の『回想の人々』の中の言葉です。ウィリアム・ローセンスタインによってビアズリーは日本の浮世絵や枕絵などの版画を知ったとされています。この19世紀末、英国のヴィクトリア朝時代の交流劇は私にとって夢のような絵巻でもあり英国の栄華なる時代です。
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by claranomori | 2012-02-22 04:51 | 19世紀★憂愁のロマンと美