人気ブログランキング | 話題のタグを見る

あまりにも私的な少女幻想、あるいは束の間の光の雫。少女少年・映画・音楽・文学・絵画・神話・妖精たちとの美しきロマンの旅路♪


by chouchou
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30

時が止まったままの私の想い出の少女 ★ おじいちゃんのことから巡り想い出す裏庭での少女との出会い

 私は戦後生まれ、それも高度経済成長期に子供時代を過ごし、思春期は超バブル大国日本であった。こんなことを書くと決して若くない年齢を露呈してしまうのだが事実だからどうしようもない。幼き頃からの想い出としての嘗ての日本の時代、戦後に対して戦前とか、昭和、大正、明治時代を想うことが好き。祖父は明治生まれであったので、私の明治、大正への憧憬のようなものがあるとすると、大好きだったおじいちゃんの姿になるのかもしれない。両親の兄姉たちは大正生まれか昭和一桁生まれ。そして両親たちの昭和10年代初頭という時代を想うことが好きでしかたがない。小学生から思春期の頃、学校で教わる授業で好きだったのは国語と社会と美術(図画工作)。まったく今もそんな感じで生きていると苦笑してしまうけれど、いつの間にかそこに音楽が加わった。それも学校での音楽はあまり好きではなく成績も大して良くなかった。高校では選択することが出来たので、音楽ではなく美術を選び、日本史より世界史を選んだ。ゆえに、日本史、殊に近代、現代史は学習として深く得ていない。何故だか、子供の頃から舶来嗜好だったので世界史の時間はわくわくして先生のお話を聞いていた。国語は現代国語も古文も大好きだった。英語と理科の科学は割と好きだった。ずっと好きではなくて苦手だったのは算数であり数学。殊に数学はどうにか赤点を取らないために基礎問題で点数を取ろうと努めた。応用問題になればなるなるほど、ちんぷんかんぷん。けれど点数は大きい。なので少しでも解き出し僅かな点数を頂き、追試を免れていたという姑息さ。嫌いな科目の追試を受けることほど嫌なことはない、と想っていたので結構必死でもあった。

 私は真面目な生徒であったと想う。でも何か違っていた。一度も立候補などしたこともないのに、小学二年生から大学に入っても学級委員のような役目を担わされた。高校時代は生徒会の書記なるものまで。生徒会活動はまったく向いていなかった。皆、優等生ばかりで私のようにデヴィッド・ボウイやルキノ・ヴィスコンティ映画、シャーロット・ランプリングの美しさを大真面目で友人たちに語る者の居場所ではないと強く感じた。早く学期が変わり他の係りに移りたいと想いながらの10年強。けれど、その中で学んだことも多いのだと想う。出来るだけ自分たちのクラスをまとめたいと想っていた。意地悪をする人を無視できなくて、ある男子に泣かされたこともある。懐かしい風景が色々浮かぶ。

 好きで楽しくその係りを務めたのは図書係と保健係だった。最初の図書係は小学四年生。あの図書カードを整理したり本棚の整理など最高に楽しかった。読んだことのない本たちがいっぱいあり、その背を眺めているだけでも楽しかった。保健係は中学三年生の頃に務めただけ。でも下級生の女子や男子の手足の傷を消毒してお薬を塗る。バンドエイドか軽い包帯までだったけれど。保健室は馴染みのある場所であった。元来、貧血症の私は朝がとっても苦手で朝礼、それも日差しの強い季節の朝礼は辛かった。後半になると一人、二人...と保健室に向かう人たちがいた。私もその一人で常連でもあった。保健の先生は女性で「また、倒れたか」と半ば呆れながらも笑顔で迎えてくださり、いつの間にか仲良くなっていた。

 初めての保健室の想い出はちょっと不思議。小学三年生だった。参観日で母の父兄の会が終わるまで学校の裏庭で待っていた。本物ではないと想うけれど、ロダンの「考える人」の像や池のある場所で母を待っていた。いつも一緒に帰るお友達はその時は先に帰っていたのか私は一人だった。すると、一年生の女の子がお腹を出しながら泣いて歩いてくる。「痛い、痛い」とお腹をさすっていた。名札を見ると小学一年生。まだ入学して間もない小さな少女だった。私は一年生の校舎が何処かも分からず、その少女が何処から歩いて来たのかも分からなかった。その少女も学校内で迷ったようで一人で泣いている。先ず、近くにあった職員用のおトイレを勝手に使わせて頂くことにしてその少女を待った。まだ痛みは治まらず泣いている。そして、職員室に一緒に行き、保健室で手当をして頂き、私は母と帰宅した。その少女との時間がどのくらいだったのだろう。今も憶えているのは、その少女の小さな手である。ついこの間まで幼稚園に通っていた女の子。生意気にも小学三年生の私なのに結構冷静であったように想う。ただ、その少女の小さな泣いている姿、小さくて柔らかい手を繋いだ時に想ったあの気持ちは「かわいい」だった。変な意味では無くて「愛おしい」のだった。何故かまた涙が溢れます。偉そうに云っても、私の手だってまだ小さかったのに、もっともっと優しく無垢な手だった。あの髪の短い小さな少女の名前は覚えていないけれど、あの可愛い手はいつまでも私の心に刻まれている。時が止まったままの私の想い出の少女の一人である。
by claranomori | 2012-02-18 04:59 | 想い・鑑賞・読書メモ