『君たちはどう生きるか』著:吉野源三郎★15歳の少年コペル君とおじさんのNoteで綴られた名著
2011年 07月 23日
お話の中で殊に好きなのは「水仙の芽とガンダーラの仏像」という章。仏像は東洋のものだと思い込んでいたコペル君の心がわくわくするのが伝わってくるので。仏像は仏教思想からだけのものではなく、古いギリシャ彫刻の技師、技術だけで生まれたものでもない。両方が結びついて生まれたものだと、叔父さんの説明で知る。
ギリシャから東洋の東の端までの遠い距離―二千年の時の流れ―生まれては死んでいった何十億の人々―
そして、さまざまな民族を通して、とりどりに生まれて来た、美しい文化!
それは、なんというすばらしい広大な眺めでしたろう。コペル君は、自分の胸がふくらんで来て、何か大きく揺すられているような気持でした。丁子の花の香を運んで来る、夜の風に吹かれながら、コペル君はしばらく黙りこんで、卓上電灯を見つめていました。
―昼間庭に立って感じた、あの延びてゆかずにいられないものは、何千年の歴史の中にも大きく大きく動いているのでした。
この世界の長い長い歴史が色んな所で繋がっていること、そんなことを想うのが大好きな私にも、似た心のときめきがこれまで幾度もありました。学校の授業の折も、映画や音楽を鑑賞していたり、古い絵画を眺めていたり、読書の中で知り感じたことたちが、ごちゃごちゃでも緩やかに頭の中で結びついてゆく、あの感じ!愉しい感動!
この『君たちはどう生きるか』は残念ながらコペル君と同じ年の頃には知らない御本でした。もっと成長してからの80年代の岩波文庫で。岩波文庫でも古典やヨーロッパの文学を優先して読んでいたことが機会を逃していたのだと思います。『君たちはどう生きるか』というタイトルはちょっと教訓めいたもののように最初は感じたものですが、そんなお説教がましいものではないのでした。作者のこれからを生きる少年少女たちへの愛のこもった問いかけのようです。
元々は1935年10月に新潮社から山本有三氏の『心に太陽をもて』という作品が刊行され、これは山本有三氏が編纂した『日本少国民文庫』全16巻の第12巻で最初の配本。そして、1937年7月に完結し、吉野源三郎氏の『君たちはどう生きるか』はその最後の配本だったそうです。当時の日本は、満州事変が起こり、日中戦争となり、ヨーロッパでもムッソリーニとヒトラー政権によるファシズムの脅威という時勢。この『日本少国民文庫』は、そんな時勢の中でも、少年少女に訴える余地はまだ残っており、少年少女たちこそ、次の時代を担う大切な人々であり、守りたいし希望はあると、執筆制限も強くなっていながらも刊行を計画し実行されたという歴史の背景を見逃してもならないと思います。幾度も再販されていて、ポプラ社の『ジュニア版吉野源三郎全集1 君たちはどう生きるか』もあります。その時代の風潮によって戦後版削除、訂正箇所も幾つもあったようですが、時代に拮抗する著者の強い信念、想いが『君たちはどう生きるか』の全編から柔和に、かつひしひしと感じられ、伝わるので長く読み継がれているのだと想います。私もまた読み返すと想います。
★『君たちはどう生きるか』 著:吉野源三郎 岩波文庫
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