あまりにも私的な少女幻想、あるいは束の間の光の雫。少女少年・映画・音楽・文学・絵画・神話・妖精たちとの美しきロマンの旅路♪


by chouchou
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『愛の歌』少女ルイゼットと少年トトール★著レオン・フラピエ(LEON FRAPIE)『女生徒』より(1905年)

b0106921_10185437.jpg★レオン・フラピエ(Leon Frapie:1863年~1949年)の1905年の短編集『女生徒(L'Ecoliere)』。表題の『女生徒』の他8篇の9つからなる小さな物語たち。邦訳初刊は1938年のようですが、私は1995年の復刊時に表題が気になり購入。共に岩波文庫からの訳者は桜田佐によるもので、この復刊時のものも初刊の折と同様だと思える旧仮名遣いで、このような風情が好きですが、読み辛いと思われるお方もおられるかもしれない。大体、変な感じですね...縦書きに書かれた文章を読むことが多いのですが、こうして想いを書き留めておく場合は横書きなのですから。詩情のようなものが旧漢字等の変換もできず損なわれますがご了承ください。

この『女生徒』の主人公も10歳の健気な少女の姿を描いたもので好きですが、最も印象強く残っているのは『愛の歌』というお話の中の、10歳の少女ルイゼットと、同じ建物に住む11歳の少年トトールの愛らしいお話。少女ルイゼットは金髪の痩せっぽちで青白く、ませた顔が妙におっとりした憂鬱さで淋しそうで、碧い眼は澄んで利口そう。蝶形に結ばれた青い編リボンの端が、左の耳の上、髪の毛の間から可愛らしくのぞいている。その彼女の護衛のような、また兄妹のような存在の少年トトールも金髪で帽子をかぶらず貧血症で、黒い手や墨だらけの顔は印刷屋の子供といった雰囲気で、悠々と鼻をほじくる。こんな様子で二人とも愛らしいのです。

少女ルイゼットの両親は別れていて母親と暮らしているけれど、週に一度、父親に会いにゆける。母のことづけの「お前、お父さんに、あたしあの人、好き・・・・・なもんかいつて云ひな。」という言葉をルイゼットは落ち着いて父に告げる。父も冷静な様子で沈黙が続くなか、外で待っている少年トトールの口笛が聞こえる。そろそろお暇しないといけない時刻。ルイゼットは、「ぢや、お母さんになんて云ひませうか?」と尋ねると、父は「同じ事を云っておくれ。私は母さんが好き・・・・・なもんかいつて。」

そうして、ルイゼットとトトールは家路へ向かう中、ルイゼットがトトールに教える。「お父さんとお母さんはもうぢき仲直りするわ。」と。そんな小さな二人も仲よく会話したりイライラしたりし合う。ちょっと険悪な空気になり、「今日はどうかしてるね!いゝかい、僕は、お前が好き・・・・・ぢやないつと。」「あたしもよ、いゝこと、あんたなんか好き・・・・・ぢやないわ。」暫くして、急に二人はにこにこする。もうぢき二人もいゝ仲になるだろう。

レオン・フラピエはパリ生まれの写実派の作家。この『女生徒』の訳者である桜田佐は以下のように序文で述べている。

「彼は日々のパンに追われているような貧民や労働者の生活を観察し、その家庭や勤め先に在る人達、親子、兄弟、同僚、殊に幼い者同志の間に通う幽かな心の陰影を捉えて、簡素な筆に託して行く。そして、その中に籠もるやわらかな同情と、あかぬけした風刺とは、微光のように読む者の胸へ流れ入るのを感ずるであろう。」
櫻田佐 昭和13年夏

レオン・フラピエの作品の邦訳は少ないようですが、1904年の長篇『母の手(La maternelle)』はゴンクール賞に選ばれた小説で、平凡社から邦訳刊行されていました。訳者の序では『保育園』と題されていますが、原題は同じで邦題が異なる場合もあるので他の出版社からも発行されていたのかもしれません。フランス版の表紙も素敵です♪
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同じタイトルの太宰治の『女生徒』も以前綴ったことを想い出しました。
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by claranomori | 2010-11-07 09:27 | 本の中の少女・少年