あまりにも私的な少女幻想、あるいは束の間の光の雫。少女少年・映画・音楽・文学・絵画・神話・妖精たちとの美しきロマンの旅路♪


by chouchou
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by Claranomori | 2015-10-14 05:06 | わが麗しの夢幻音楽の旅
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★今も復興ままならぬ被害の大きな福島県いわき市に所縁のある美しいお話『安寿と厨子王』。幼き姉弟の強く結ばれた愛情に感動して泣いたものです。私もとても幼い頃に読み、殊に少女の安寿の一途で健気な姿が美しいと想ったものです。この絵(講談社版の「新・安寿と厨子王丸」)に少し似ている気がするのですが、その読んだ御本の題名は『安寿と厨子王』でしたので違うものでした。当時、森鴎外の『山椒太夫』のことは知らず、またこのお話がもっと古い時代からの伝承派生の作品だということもずっと後に知りました。この『安寿と厨子王』の伝承、伝説のお話は佐渡、津軽、京都にもあるのだそうですが、福島県いわき市の安寿と厨子王と母の三人の母子像も有名です。やはり民話のある国は幸せに想います。

この中世時代にまで遡る日本の伝承、説教節『さんせう太夫』を基に、森鴎外が大正4年(1915年)に小説化したのが『山椒大夫』で、次第に童話や児童文学としての読み物になり、1961年にはアニメーション映画としての『安寿と厨子王丸』も公開されたそうです。その映画は未見なのですが、私が知ったのは日本童話としての『安寿と厨子王』が最初でした。

安寿は母親と乳母に連れられ筑紫の父を訪ねる旅の途中、越後の海辺で人買いにだまされて弟の厨子王と共に由良の山椒大夫に売られ、奴婢として潮汲みをさせられる。母は佐渡に売られ、乳母は海に身を投げた。山椒大夫の家での過酷な日々。ある日、安寿は弟と一緒に芝刈りの仕事をしたいと伝えるが、その代わりに男のように髪を切れと命じられる。安寿の美しい髪は切られるが、安寿の顔は喜びに満ちていた。あくる朝、安寿は心配する弟の質問にも答えず山の頂を目指す。そこで、ようやく弟を逃がす決意を伝える。厨子王は自分が逃げた後に姉の身に振りかかる仕打ちを想い躊躇する。けれど、安寿は厨子王に大事にしていた守本尊を与え励まし、取るべき道を細かに論して逃がす。そして、安寿は沼に身を投げ命を絶つ。安寿15歳、厨子王12歳であった。

安寿と厨子王の歳は諸説あるようです。けれど、美しい黒髪を切り男のようになり自らの命を犠牲にして弟を守ろうとする少女の心、その安寿の姿は気丈で美しい。一身を投げ打つ姉の言葉が、弟の耳に神さま、仏さまの言葉に聞こえた。姉を想う優しい弟の幼き心にも胸を打たれる。本来、兄弟姉妹とはこういう姿であるのだろう。逃れた厨子王は母を探し佐渡へ渡る。その行方は容易に知れない。想い悩みながら畑中を歩いていると、ふと目にした百姓屋から女性の声が聞こえる。

安寿恋しや、ほうやれほ。厨子王恋しや、ほうやれほ。

その歌のようにつぶやく声は、視力を失い髪は乱れぼろを着、瞽女となった母の声であった。そして、母親の見えない目も安寿の大事にしていた守本尊のお陰で見えるようになり、二人はしっかり抱き合う。姉の犠牲と神仏を敬う気持ち。優しさとは気高き心である。細部をしっかり覚えているのではないけれど幾十年経て、こうして文字を打ちながら浮かぶ安寿と厨子王の姿。この御本を与えてくださった天国の両親にも感謝しています。


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by Claranomori | 2012-02-17 18:32 | 愛の花束・日本の抒情
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★『ばらになった王子』あるいは『バラの花びら姫』というクレメンス・ブレンターノ(Clemens Brentano:1778年9月9日~1842年7月28日)の19世紀の作品。クレメンス・ブレンターノはドイツ・ロマン派後期の詩人であり童話作家でもある。『ばらになった王子』はリスベート・ツヴェルガー(Lisbeth Zwerger:1954年、オーストリア・ウィーン生まれ)が絵を担当して、絵本として発売されたもの。初刊は1978年で、日本では1983年に冨山房より池田香代子訳で発売されました。

バラをこよなく愛し、美しく長い髪を大切にしているお姫様ロザリーナ。その妹をたいそう愛し可愛がっている優しき兄ロスミタール公爵。イムマーウントエーヴィッヒ公子を妹ロザリーナ公女に紹介する。けれど結婚を断ってしまう。イムマーウントエーヴィッヒ公子は魔法使いの伯母に相談する。ロザリーナ公女のために、バラに姿を変えた公子(ばらになった王子)の優しい気持ちに胸打たれる。バラの花びらを食べたロザリーナ公女は女の子を身籠る。その女の子はローゼンブレットヘン(バラの花びら)と名付けられる。ロザリーナはこのバラの花びら姫をたいそう可愛がっていたけれど、魔法使いの呪いにより、バラの花びら姫の頭に櫛がささって死んでしまう。ロザリーナはガラスの柩にバラの花びら姫を入れ、哀しみにくれた数年間を過ごす。死期の迫ったロザリーナは兄に、バラの花びら姫が入ったガラスの柩のある部屋の鍵を渡す。「絶対に開けないでください。」と・・・。

『バラの花びら姫』では、ローゼンブレットヘンは美しい14歳の少女に箱ごと成長していた。魔法使いによって、このお姫様は長い年月の間、生きたまま眠らされていたのである。けれど、公爵が留守の折に公爵夫人(美しいが心の良くない夫人)はその部屋を開けてしまう。その生きた美しいお姫様の存在は夫人を憤らせた。酷い仕打ちをし長い髪も切られみすぼらしい姿の少女は奴隷用の仕事着を着せられていた。最後はローゼンブレットヘンは高貴な王子さまのお妃となり、持参金としてロスミタール公国全土を与えられた。イムマーウントエーヴィッヒのバラの木も再び花をつけ、バラが甘く香るある夜のこと、ローゼンブレットヘンが夫君と窓際に寄ると、母と腰元たちがバラの木を跳び、イムマーウントエーヴィッヒの姿も見えた。

「お父様お母様!神の祝福がありますように!」とローゼンブレットヘンは大きな声で言った。すると窓の下の両親たちからも、大きな声が返ってきた。「ああ!いとしい子供たち!神の祝福がありますように!」と両親たちは空に消えてゆく。

後に、南瓜のような揺り籠を作らせ、可愛い公子を天から授けられる。という「眠り姫」や「白雪姫」のグリム童話のようなメルヒェン。大きな意味での「ファンタジー」や「メルヒェン」が大好きです!
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★この『ばらになった王子』あるいは『バラの花びら姫』のお話は、イタリアの詩人であるジャンバティスタ・バジーレ(Giambattista Basile:1575年~1632年)の『ペンタメローネ(五日物語)』という作品をクレメンス・ブレンターノが改作したものということです。その他にもブレンターノ童話の名作『ミルテの精』、『ヴィッツェンシュルツェルの話』、『のみの男爵』もこのバジーレの『ペンタメローネ』の中からの改作。ブレンターノの言葉遊びとユーモアは正しくファンタジー!突拍子もない事柄が楽しく軽やかに綴られてゆく。

このバラになった王子の名はイムマーウントエーヴィッヒ公子。イムマーウントエーヴィッヒ「immer und ewig」とは「いついつまでも」という意味が託されています。

『ばらになった王子』は、ドイツ語では「Das Marchen Von Rosenblattchen」、英語では「The Legend of Rosepetal」と題されています。『バラの花びら姫』版は1980年発行のメルヘン文庫のものです。現在は『ばらになった王子』のタイトルが通常のようですが、私は『バラの花びら姫』としてついつい浮かぶのです☆


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by claranomori | 2011-02-27 22:04 | 童話・絵本・挿絵画家
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★この絵本『白雪と紅ばら』(SNOW WHITE AND ROSE RED)の初出は1984年で、日本語訳としての刊行は1991年。お話はグリム童話の『白雪と紅バラ(白ばら紅ばら)』なので幾種類もの刊行物がありますが、これは「ワンス・アポンナ・タイム・シリーズ」のもの。絵はローラン・トポール(ROLAND TOPOR)で甘すぎずやや奇妙なメルヘン・ワールドです。

むかし、むかし・・・・・夫をなくした貧しい女性の小屋の前の庭に、小さなバラの木が2本植わっていました。1本は白いばら、もう1本は紅(くれない)のばらです。またこの女性にはばらの花のような二人の美しい娘がおり、一人は白雪、もう一人は紅(べに)ばらという名前でした。二人の娘は優しく気立ての良い、働き者でした。白雪はおとなしく穏やかで、紅ばらが牧場や野原を駆け回って、お花を摘んだり蝶を捕まえたりしている時も、白雪はお家に居てお母さんのお手伝いや本を読んであげるという対照的な性格。でも、二人はとても仲が良く、いつも一緒に手を繋いで出かけるのでした。

「わたしたち、いつもいっしょよ」と白雪がいうと、紅ばらはこたえます。 「いつまでも、いっしょよ」 そんなとき、お母さんはいいました。「なんでも、ふたりで仲よく分けあうんですよ」

この箇所がとっても大好きなのですが、この仲の良い姉妹の森でのできごと。小人との出会い、そして口のきけるクマとの出会い。実はこのクマは王子さまなのでした。このお話での小人は悪者で王子さまに魔法をかけてクマに姿を変え、宝を奪っていたのでした。王子さまはその小人をやっつけることができた時に、ようやく魔法が解けもとの凛々しい王子さまの姿に戻り宝石も取り戻せました。そうして、白雪は王子さまの花嫁に。紅ばらは王子の弟の花嫁に。宝も分け合い、年老いたお母さんも、2本のバラの木も一緒に王子さまのお城で幸せに過ごしました。そのバラの木はお母さんのお部屋の窓の外に植えられて、くる年、くる年、白と紅の、それはそれは美しい花を咲かせたのでした。...というようなお話です。

この絵本のローラン・トポール(1938年1月7日~1997年4月16日)はパリ生まれの画家であり作家。ポーランド系のユダヤ人でもあり、1964年の初の小説『幻の下宿人』、その原作を映画化したロマン・ポランスキー監督の『テナント 恐怖を借りた男』との類似のような直感から好きさが増したのは、1972年のルネ・ラルー監督との共同製作アニメーション映画『ファンタスティック・プラネット(野性の惑星)』を知った時。再見して知ったことにヴェルナー・ヘルツォーク監督の『ノスフェラトゥ』にも出演されていた。正に怪奇と幻想、ゴシック・ロマン香る私の好きな世界の繋がりの妙を想う。これらの映画のことについても感想などをまた綴ろうと想います。

(関連記事)
『テナント 恐怖を借りた男』 監督・主演:ロマン・ポランスキー原作:ローラン・トポール『幻の下宿人』を更新いたしました♪
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by claranomori | 2010-08-23 06:17 | 童話・絵本・挿絵画家
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★今日は12月25日。メリー・クリスマス!今月はあまり更新出来ずにいたけれど、クリスマスというので浮かぶ好きな童話を。アンデルセンの『マッチ売りの少女』はとても有名なので、どなたも一度は読んだり聞いたりされているのだと想う。私が子供の頃に読んだものは子供向けに書かれた内容だったので、後に読んだ悲惨な想いはもっと薄いものだった。でも、「かわいそう...」と想った。今でも、勿論「かわいそう」に想うけれど、もっと深刻な内容に心が赴く。

大晦日の日にマッチを売り歩く少女。貧乏なので綺麗なお洋服は持っていない。足は裸足。まず、この場面が脳裏に焼き付いている。おそらくまだ10歳に満たないくらいの小さな少女が大晦日の夜にマッチを売って歩いているのだ。裸足なのは死んでしまったお母さんの残した靴を履いていたけれど、歩く中で片方ずつ脱げてしまった。小さな少女には大きすぎたのだろう。この靴一足が唯一の少女の靴だった。エプロンをして美しく長いブロンドの髪の少女がマッチを売り歩く。けれど、誰も買ってはくれない。ひとつも売れない。だんだん寒くお腹も空いてくるけれど、家にこのまま帰るとお父さんに殴られてしまうから帰れない。

私がこの少女を好きなのは、心の清らかさと健気さだと想う。みすぼらしい服装だけれど、どこか清潔感を抱くのだ。きっと、少女がただ一人愛した(愛してくれた)今は亡きおばあさんの敬虔な教えが影響しているように想う。クリスマスの夜という内容のものもあるけれど、大晦日。日本と違ってヨーロッパではクリスマスから新年までを継続してお祝いするような風習があるので、この辺りは子供の頃は分からない事だった。

素足で歩く少女を想う。長い髪を束ねエプロンにマッチを入れて。誰も買ってくれない。この現実の厳しさは大晦日の夜の寒さを増徴する。そして、家に帰ると殴るという父親に憤る。母親が居ないので、この少女は家事全部を担っているだろう。帰ってもどうせ寒いのは同じだと少女は想う...何故!?屋根はあれども隙間風の吹く暖房もない寒い家。

足がどんなに冷たかっただろう!手は悴み、頬も赤みを超し青ざめていただろう!寒さのあまり持っているマッチを少女は4本壁で擦る、「シュッ」と。まるでストーブのように輝く光。でもすぐに消えてしまう。2本目、3本目と「シュッ」。ひとつは豪華な食卓の風景をガラス越しに見る。鵞鳥がナイフとフォークを刺して歩いてくる。また、クリスマスツリーが見える。綺麗な光と飾り付けをされたツリー。少女の心は一瞬楽しい光となり両手を広げ空を仰ぐ。けれど灯は消えてしまう。その時、クリスマスツリーの光は高い星になり、その中のひとつが長い尾を引いた流れ星となって落ちてくる。

星が落ちるときに、ひとりの人の魂が、神さまのみもとに昇ってゆくんだよ

この唯一人少女に愛の手を差し延べたおばあさんの言葉を想い出す。そして、4本目のマッチを急いで擦る。すると、おばあさんが優しく輝いて立っている。灯が消えるので束のマッチを全部擦る。おばあさんの姿を留めていたいがゆえに。マッチは赤々と燃え上がり明るくなり、おばあさんは少女を抱き、二人は、光と喜びに包まれて天に昇ってゆき、神のもとに召された。

けれど、大晦日の夜に、少女はマッチの束を持ったまま凍え死んでしまう悲しい結末。新年の太陽が昇り少女の亡骸を照らす。頬は紅色で口元には微笑を浮かべていた。この姿を見た人々は「この子は暖まろうとしたのだね」と云う。けれど、少女が光に包まれて愛するおばあさんと一緒に天国に昇って行ったことを、誰も知る人はいなかった。

このお話は、幼い少女の凍死という結末。けれど、少女は死によって新たな光に導かれ微笑むことが出来た。アンデルセン自身の困窮の経験や想いが重なるけれど、少女は救われたのだろう。なので、かわいそうだけれど、悲しい涙は溢れない。

1848年に書かれた『マッチ売りの少女』。1848年というと、フランスでは二月革命、ドイツとオーストリアで三月革命の年。1820年後半にイギリス人によって発明されたマッチ。時の混乱の中、社会が変革してゆく中、貧しい人々の生活が見える。そんな寒い家しかなく、自分の靴もない少女はどんな暮らしだったのだろう。このアンデルセン童話がただ子供向けに書かれたものでないのは云うまでもないけれど、優れた「童話」であり「メルヘン」であり「ファンタジー」である。子供は子供の心で、大人になれば大人の心でもう一度読み想うことが出来る。そして、各々が心に描き、考える。童話を子供の読み物と侮ってはいけないと想う。また、子供向けに書かれた読み物を大人が読むことで教えられることも多い。また、読んだ少年少女の感想や表情を得られるとなお喜びとなる♪
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by claranomori | 2009-12-25 11:34 | 童話・絵本・挿絵画家
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★ポール・ギュスターヴ・ドレ(Paul Gustave Dore:1832年1月6日~1888年1月23日)は19世紀のフランスの画家であり彫刻家。51歳という早世ながら多作なお方で、とりわけ挿絵画家としての作品は多数残されている。幼少の頃から描き始めていたそうで、その才能は早くから認められることになり、ダンテ、バルザック、フランソワ・ラブレー、ジョージ・ゴードン・バイロン、エドガー・アラン・ポーの書物に挿絵を描いている。また、イギリス版聖書も手がけさらに評価を高めたようで、ロンドンでの個展も開催されたという。勉強熱心なお方のようであったけれど、時代は普仏戦争。ドレも従軍していたので、祖国が敗れ郷土のストラスブールのアルザスは国土ではなくってしまう。その悲劇も作品となっている。また、彫刻家としてはアレクサンドル・デュマの記念碑が有名。親しい友人であったそうだ。ロマン主義の多くの作品たちは実にドラマティックでもある。惜しくも1888年1月23日に他界され、ペール・ラシェーズ墓地に眠る。

※今回の3点は前述の記事の流れからシャルル・ペローによる童話から。上から「シンデレラ」~「眠れる森の美女」~「赤ずきん」です♪
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by claranomori | 2009-10-01 01:52 | 童話・絵本・挿絵画家
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むすめは、塚のそばで休んで、荷物をそこにおくと、青白い美しい顔を森の方へ向けて、しずかに耳をすましました。それから空をあおぎ、海の方をながめたときは、目はきらきらと輝きました。それからむすめは手をあわせましたが、それは「主のいのり」をとなえたのだと思います。むすめは、じぶんの中をこのときつらぬいて流れた気持ちがなんであるか、よくわかりませんでした。でも、わたしは知っていますよ―これから何年かのちにも、この瞬間と周囲の自然とは、繰り返し繰り返し、彼女の思い出の中に、画家が特定の絵具で紙の上にかいた絵よりもずっと美しく、また真実に、浮かんでくるだろうということを。わたしはわたしの光で、朝の光がむすめのひたいに接吻するときまで、どこまでもむすめのあとをつけていったのですよ。

★デンマークの田舎町の貧しい靴直しの子どもとして生まれ、しかも早くに父を失い、小学校もろくろくやらず都コペンハーゲンに出て、苦労を味わい耐えぬき、世界的作家となったハンス・クリスチャン・アンデルセン(1805年~1875年)の生涯。あらゆる苦難の中にも、生来の無邪気な心で、神を信じ、人の善意を信じて、どこまでも希望を失わず、努力を続けたのであろう愛すべき作家のおひとり。お話の中で垣間見られるアンデルセンの分身のような少年少女たち。この『絵のない絵本』は童話というだけではなく、散文詩集のような作品。屋根裏に住む貧しい画家に、お月さまが夜々訪れてきて、自分の見たことを語る。そして画家がそれを書き留める。これはアンデルセンの貧しい学生時代の体験からのものだという。私もとてもお月さまが好き。あの優しい月光にこれまでどのくらい心慰められたことだろう...見えたり見えなかったりするけれど、いつも夜空を見上げる♪
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by claranomori | 2009-03-02 11:22 | 童話・絵本・挿絵画家
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この映画を最初に観たのはハッキリしないのだけれど、まだ幼かった。夜の洋画劇場ではなくお昼か夕方の放送で母と一緒に観ていた。母にとって多分古い名画なので何か想い出があったのかもしれない。私は何となく一緒に。ところが、だんだん引き込まれて行くのだった、主人公のヴィクトリアに。赤い靴を履いて踊り周る。踊り続ける。綺麗な映像と共にとても怖い気もした。最後は可哀相だし。当時こんなに古い作品には思えなかったのは、ジャック・カーディフのカメラワークのお陰だろう。うん、そうに違いない!何を観ても好きみたい。このバレエ映画の名作は元々はアンデルセン童話のお話を脚色したもの。そして、一流のバレエ・スタッフを集めて大成功したものだという。監督や出演者のお名前もずっと後で知るのだけれど、この映画の影響からバレエが好きになったと言える。それから後、少女漫画で有吉京子さまの 『SWAN』 の連載が始まり愛読していたのも懐かしい。そんな入り混じった記憶が今も忘れられずに蘇るのだから不思議。
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この『赤い靴』に登場するバレエ団の団長ボリス・レルモントフ(アントン・ウォルブルック)のモデルとなるお方は、バリエ・リュス(ロシアバレエ団)の主宰であったセルゲイ・ディアギレフなのだそうだ。勿論その活動は伝え聞くのみで観たことはないのだけれど(やっと観れました!)、かのニジンスキーやアンナ・パブロワを率いて、フランスを中心に世界中の注目を浴び、バレエ界の革新的な偉業を残すお方。何事もだけれど、何か運命を背負った者はそこから逃れることは出来ず、華麗に舞う姿の陰には常に血のにじむような日々が共にある。名バレリーナとなる代わりにヴィクトリア(モイラ・シアラー)は死ぬまで踊り続けなければならず、恋も許されぬという運命。赤い靴に魅せられ履いてしまう、その日から。美しさと残酷さが共存し、かつ現実と幻想を彷徨うかの如く夢の世界のようでもある。モイラ・シアラーは実際にプリマとしてロンドンで活躍していたところを抜擢されたという。続いて出演された『ホフマン物語』も好きなのでまたいつか♪

去年2月に「音楽と映画の宝石箱」で綴ったものに少し追記いたします。劇中、靴屋を演じるレオニード・マシーンは、弱冠21歳という若さで早くも世界中の舞台で振り付けを担当していたという。そんなレオニード・マシーンを見い出したのは、この映画のバレエ団長のモデルとなったセルゲイ・ディアギレフ。天才舞踏家のニジンスキーを育てたお方でもある。そして、ディアギレフの恋人としてもニジンスキーの後継者となったことは、当時、公然の秘密ごとでもあったそうだ。また、ディアギレフはジャン・コクトーとの親交も深かったのだから恐るべきお方なのだと、あれこれ想い巡るのでした☆

※映画ファンのお友だちがいてくださるのだけれど、意外なことに、あまりミュージカルや舞踏映画はお好きでないお方も多い。私は音楽も大好きなので嫌いなはずはない映画ジャンル。欧州映画を好んで観ていた私が”アメリカにはミュージカルがあるのだ!”と歓喜した、フレッド・アステアに魅せられし以降、今もバレエに限らず舞踏ものとなるとワクワクしてしまう♪

★『バレエ・リュス』やその他のバレエ・舞踏に関することも、追々(更新予定ばかりでのんびりですが、宜しくお願いいたします)♪

赤い靴/THE RED SHOES
  1948年・イギリス映画
監督・脚本:マイケル・パウエル、エメリック・プレスバーガー 撮影:ジャック・カーディフ 音楽:ブライアン・イースデイル 出演:モイラ・シアラー、アントン・ウォルブルック、レオニード・マシーン、ロバート・ヘルプマン、マリウス・ゴーリング、リュドミラ・チェリナ、アルバート・バッサーマン
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by claranomori | 2008-06-20 11:54 | バレエ・ミュージカル