あまりにも私的な少女幻想、あるいは束の間の光の雫。少女少年・映画・音楽・文学・絵画・神話・妖精たちとの美しきロマンの旅路♪


by chouchou
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by Claranomori | 2015-10-14 05:06 | わが麗しの夢幻音楽の旅
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by Claranomori | 2015-09-26 16:19 | わが麗しの夢幻音楽の旅
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 すっかり秋。今年の激猛暑はなんだったのだろう、と思う程。気象庁によるお知らせでは、秋が無く冬になり、寒波の厳しい冬になるそうです。私の大好きな季節、そんな秋は今年もあっという間に過ぎゆくようです。「秋」と云えば「芸術の秋」。久しぶりに「映画」のことも。「女優」というと、基本的に欧州の退廃的美しさを漂わせたお方が子供の頃から好きです。でも、可憐な少女性を残したファム・アンファンな女優さまも好きだし、「銀幕の華麗なる悪女」或いは「宿命の女(ファム・ファタル)」のような女優さまも好き。「少女」もそうですがやはり「女優」や「女性ヴォーカル」は幅広く寛容なようです。でも「フェミニスト」や「ジェンダー」ばかりを声高に叫ぶお方とも何か違う気がしています。

 20代半ば位まででしょうか?もっと後までかも?所謂「セックス・シンボル」と形容される世界的人気を誇る女優方を、ちょっと敬遠していました。先入観が如何に愚かであるのか、と反省する程の衝撃は「マリリン・モンロー展」。涙が出る程、愛らしくて可愛いお方。ハリウッドの映画産業による影響は日本でも大きいですね(占領下でしたし...今も属国的)。1946年(日本公開は1949年)のハリウッド映画で、リタ・ヘイワース主演の『ギルダ』という作品。ヨーロッパ映画を優先して鑑賞して来たもので、この名画を鑑賞したのは90年代に入ってからでした。フィルム・ノワールな作風で気に入りましたが、ファム・ファタルなギルダを演じる妖艶なリタ・ヘイワースが踊りながら歌う場面(アニタ・エリスの吹替え)は息を呑むようでした。今も大まかなストーリーしか思い出せないのですが、その場面はずっと焼きついています。またじっくり観直したいと思います。そして、ギルダが歌う「Put The Blame On Mame」という曲も。なかなか意味あり気な内容で、1906年のサンフランシスコの大地震、カナダでの銃による射殺事件・・・「それはメイムのせいなの」といった具合。

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 ジャン=リュック・ゴダール監督の『ゴダールの映画史』に、この『ギルダ』の名場面が登場した時、やはり嬉しかったです。そして、フランソワ・オゾン監督の『8人の女たち』の劇中、ファニー・アルダンの歌の場面(原曲シャンソンはニコレッタです)は、ギルダへのオマージュでもあります。ファニー・アルダン!カッコよくて素敵な女優さまで大好きです☆

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★リタ・ヘイワースは元々ダンサーだったそうで、独特の動きと雰囲気です♪



★フランソワ・オゾン監督の『8人の女たち』でのファニー・アルダン♪

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by claranomori | 2013-11-04 23:58 | キネマの夢・シネマ万華鏡
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★昨日に続き、アレクサンドル・ソクーロフ監督映画かニキータ・ミハルコフ監督映画のことにしようかと想ったのですが、今日は初めて観たロシアのことにします。初めて観たと云っても映像の中での出会いで、イタリアの名匠ヴィットリオ・デ・シーカ監督の『ひまわり』(1970年)という名作です。ソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニ、イタリア映画に欠かせない名優のお二人が主役。このコンビ映画は多数ありどれも好きです。殊にマルチェロ・マストロヤンニは私の好きな男優のベスト5に入るお方で大好きです。このイタリア映画である『ひまわり』は初めてソ連でのロケを許可された海外作品でもあります。この映画が好きなのは、すべてが素晴らしいと想えること。ソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニ、そしてもうお一人、リュドミラ・サベリーエワの憂い漂う美しさが初めて観た折から今も印象強く残っています。そして、ヘンリー・マンシーニの主題歌もまた耳にというか心の中に深く残っています。美しくも哀切なメロディーが映像と一体化し名場面を哀愁を伴い蘇らせるのです。
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私は戦争を描いた作品が好きですが、戦闘場面よりもその状況下で生きる人々の姿を描くことでの、声高く反戦を叫ぶのではなく、静かに訴えかける作品が好きです。そういう意味でも、この『ひまわり』は良質の反戦映画の一つだと想います。誰も悪くはない。戦争さえなければ引き裂かれることのなかった男女。けれど、逃れることのできない運命もまた人生だと考えさせられます。ひまわりが一面に咲く場面は圧倒的映像力です。ソフィア・ローレンの名演にも心打たれますが、あのひまわりの下には戦争で亡くなった兵士たちが眠っている墓地であること、あの鮮やかに咲き誇るひまわりと多くの死者たちの眠り。ヴィットリオ・デ・シーカの作品の多くが好きなのは、美を映し出しながらも人生の悲哀や運命をも描く上等さというようなものだろうか。

他にも色々印象強く残っている場面のこと、想いがあるのですがあり過ぎるのでまたの機会にと想いますが、2つだけ。出演者のカルロ・ポンティ・ジュニアとは、カルロ・ポンティとソフィア・ローレンのお子様で赤ちゃんが登場しますがその方です。そして、アントニオとマーシャの娘である少女がジョバンナに"ボンジョルノ"と挨拶する場面。大人たちの事情を知らない無垢な少女の一言と、哀しい現実を受け止めなくてはならないジョバンナの心。幾度観ても泣いてしまいます。


●映画『ひまわり』でのヘンリー・マンシーニによる哀愁の主題歌です♪

ひまわり/I GIRASOLI
1970年・イタリア映画
監督:ヴィットリオ・デ・シーカ
製作:ヴィットリオ・デ・シーカ、カルロ・ポンティ
脚本:チェザーレ・ザヴァッティーニ、
トニーノ・グエッラ、ゲオルギ・ムディバニ
撮影:ジュゼッペ・ロトゥンノ 音楽:ヘンリー・マンシーニ
出演:ソフィア・ローレン、マルチェロ・マストロヤンニ、リュドミラ・サベリーエワ、アンナ・カレナ、ジェルマーノ・ロンゴ、グラウコ・オノラート、カルロ・ポンティ・ジュニア
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【あらすじ】 貧しいお針子のジョバンナ(ソフィア・ローレン)と電気技師のアントニオ(マルチェロ・マストロヤンニ)は、ベスビアス火山をあおぐ、美しいナポリの海岸で出逢い、恋におちた。だが、その二人の上に、第二次大戦の暗い影がおちはじめた。ナポリで結婚式をあげた二人は、新婚旅行の計画を立てたが、アントニオの徴兵日まで、一四日間しか残されていなかった。思いあまった末、アントニオは精神病を装い、徴兵を逃れようとしたが、夢破ぶられ、そのために、酷寒のシベリア戦線に送られてしまった。前線では、ソ連の厳寒の中で、イタリア兵が次々と倒れていった。アントニオも死の一歩手前までいったが、ソ連娘マーシャ(リュドミラ・サベーリエワ)に助けられた。年月は過ぎ、一人イタリアに残され、アントニオの母(アンナ・カレナ)と淋しく暮していたジョバンナのもとへ、夫の行方不明という、通知が届いた。これを信じきれない彼女は、最後にアントニオに会ったという復員兵(グラウコ・オノラート)の話を聞き、ソ連へ出かける決意を固めるのだった。

異国の地モスクワにおりたった彼女は、おそってくる不安にもめげす、アントニオを探しつづけた。そして何日目かに、彼女は、モスクワ郊外の住宅地で、一人の清楚な女性に声をかけた。この女性こそ今はアントニオと結婚し、子供までもうけたマーシャであった。すべてを察したジョバンナは、引き裂かれるような衝撃を受けて、よろめく足どりのまま、ひとり駅へ向った。逃げるように汽車にとびのった彼女だったが、それを務めから戻ったアントニオが見てしまった。ミラノに戻ったジョバンナは、傷心の幾月かを過したが、ある嵐の夜、アントニオから電話を受けた。彼もあの日以後、落ち着きを失った生活の中で、苦しみぬき、いまマーシャのはからいでイタリアにやってきたとのことだった。まよったあげく、二人はついに再会した。しかし、二人の感情のすれ違いは、どうしようもなかった。そして、ジョバンナに、現在の夫エトレ(ジェルマーノ・ロンゴ)の話と、二人の間に出来た赤ん坊(カルロ・ポンテイ・ジュニア)を見せられたアントニオは、別離の時が来たことを知るのだった。翌日、モスクワ行の汽車にのるアントニオを、ジョバンナは見送りに来た。万感の思いを胸に去って行く彼を見おくるこのホームは、何年か前に、やはり彼女が戦場へおもむく若き夫を見送った、そのホームだった。 (参照:goo映画より)

●追記です●
★映像の中での"初めて観たロシアのこと"は、この『ひまわり』が最初で当時ソ連時代でしたが、そのソ連の街や風景を観れたものとしての最初です。ロシア(旧ソ連)の最初の映像体験は学校で観た『戦艦ポチョムキン』でした。一人の先生が短く解説してくださったのですが、資料のようなものは配られず、15歳の私にはほとんど理解出来ず。年月を経てDVD化されたもので再度観直しました。ロシア映画に於いて、重要な作品であることを知りました。年月が必要な映画は数多いです。殊に、歴史劇や社会派ドラマなどは、その時代背景を少しでも知るとある場面がくっきりしてくる、そして再度感動に至る。やはり、映画は最良の娯楽であり学びの宝庫です☆
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by claranomori | 2012-02-03 07:58 | キネマの夢・シネマ万華鏡
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★ジャンヌ・モローはフランスを代表する大女優であり名女優であることは誰もが認めることでしょう。お若い頃のあのへの字な口元は好き嫌いの別れる点でもあるようです。私はフランソワ・トリュフォー監督作品がとても好きで、嫌いな作品は一つもないのです。ジャンヌ・モロー主演映画で最初に観た作品もフランソワ・トリュフォー監督作品で『黒衣の花嫁』(随分以前にこのブログを開始以前に書きました)。今現在も国際女優として現役で活躍されていることがとても嬉しいです。知的で品格のある老女役が最近は多く、皺がいっぱいのあの笑顔を拝見すると、つい心が綻びます。恐縮ながら、"なんて!可愛いのだろう!"と。素敵なジャンヌ・モローです。そして、「歌う女優」というと、やはり、ジャンヌ・モローは直ぐに浮かぶお方です。映画の中で多く演じてこられた悪女の姿とは違った、軽やかで優しい歌声もまた大好きです。今日は1961年のフランソワ・トリュフォー監督の『突然炎のごとく ジュールとジム』の中で、ジャンヌ・モローが歌う名曲『つむじ風』(Le Tourbillon)を♪

『つむじ風のシャンソン』は撮影が始まる前からずっと好んで口ずさんでいたのです。非常に予算も少なく、また少ないスタッフで撮られましたので、録音技師もいませんでした。『つむじ風のシャンソン』を録音したときだけ、臨時で録音技師を雇ったぐらいだったのです。
by ジャンヌ・モロー



ジャンヌ・モローという女優に捧げられた映画であると同時に、ジャンヌ・モローという女優にトリュフォー監督の女のイメージのすべてを結晶させた映画でもある。トリュフォーは30歳、ジャンヌ・モローは34歳であった。
by 山田宏一

『突然炎のごとく ジュールとジム』という邦題はリバイバル公開時からのものです。日本での初公開時(1964年)は『突然炎のごとく』だったようです。
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by claranomori | 2011-12-22 20:30 | シャンソン・抒情と悲調の浪漫
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★ヴェルナー・ヘルツォーク監督の初めて観た映画は『アギーレ/神の怒り』で1983年。梅田の映画館に貼られていた大きなポスターは衝撃的で異様な力を発しており、引き込まれるかのように。そして、名優かつ怪優と謳われたクラウス・キンスキーにも圧倒された。そして、その映画と一体化していた音楽を担当していたのはポポル・ヴーだった。ジャーマン・ロックはタンジェリン・ドリームが好きで聴き始めていた頃のこと。

そして、ポポル・ヴーの音楽にも傾倒してゆき、1984年頃に発売されたキングレコードの日本盤『ノスフェラトゥ』を購入。フランスの音楽がますます好きになり輸入盤で注文をお願いして取り寄せて頂けるお店で、このフランス盤を見つけた。知識も無いくせに、既にジャケ違いなどが妙に気になるので購入した。当時のフランス盤(ヨーロッパ盤)のレコードはアメリカ盤に比べるとかなり高かったけれど。買ってから気が付いたことながら、収録内容も異なるのでした。日本盤として初めて発売された『ノスフェラトゥ』は『幻日の彼方へ』と題されたテイチク盤だと解説で知る。キング版のB面はかなりオリジナルのドイツ盤及びフランス盤とも楽曲が異なり、未発表曲などを含む内容で日本独自の企画盤的な内容。他にも幾種類かのポポル・ヴーの『ノスフェラトゥ』が存在するようです。
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クラウス・キンスキーが1991年に死去され、ポポル・ヴーのリーダーであったフローリアン・フリッケ(フロリアン・フリッケ)も2001年に死去された。絶妙なトライアングルで描かれていたあの映像美と圧倒的な観る者を惹きつける映画の力!80年代の多感な時期にヘルツォーク映画に出合え、ポポル・ヴ―という至高のバンドの音楽に出合えたことは忘れえぬ心の宝石のように想えます。



ポポル・ヴー:POPOL VUH
●代表作● (サントラ)

キンスキー、我が最愛の敵 (1999)  
コブラ・ヴェルデ (1988)  
フィツカラルド (1982)  
ノスフェラトゥ (1978)  
ガラスの心 (1976)  
アギーレ / 神の怒り (1972)

※上記の作品はすべてヴェルナー・ヘルツォーク監督映画です。
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by claranomori | 2011-08-14 20:52 | 耽美派少女の愛した音楽
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★クロード・ルルーシュ監督映画のファンである私は、10代から20代頃、よく映画のお話をしていた友人にからかわれたものです。甘ったるいメロドラマ云々ということでした。ところが、私は歳を重ねる毎にルルーシュ作品を愛好して行き今も大好きです。最も有名なクロード・ルルーシュ作品というと、やはり『男と女』(1966年)でしょう。テレビで観た折は10代なので、この大人の愛の物語よりも、美しく物憂いアヌーク・エーメにうっとりで、ジャン=ルイ・トランティニャンも素敵ながら作品を追うごとに好きになって行ったという感じ。兎に角、アヌーク・エーメに尽きる!という第一印象の映画でした。主題歌、挿入歌を歌い、映画にも出演していたピエール・バルーは、アヌーク・エーメとこの映画を機にご結婚。直ぐにお別れしたのですが、その事実(ご夫婦だった)を知った時は少し驚きました。
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私の洋楽に目覚めてからの嗜好は、大雑把に云うと「耽美系ロック」と「女性ヴォーカル」で、今も好きな心の音楽のルーツである10代の頃聴いていた音楽たちから多大なる影響を受けて来たのだと想います。この『男と女』のサントラを聴くのはさらに後のことですが、主題歌であった『恋のデュエット(UN HOMME ET UNE FEMME)』は印象強く残りました。歌っているのはピエール・バルーとニコル・クロワジール。楽曲はピエール・バルーとフランシス・レイによるもので、クロード・ルルーシュ映画に欠かせないお二人でもあります。其々、偉大な方々なのでまた追々に♪

ふたりの声は 
低く歌う
ふたりの心にうつるものは
しあわせの影
希望の光
ふたりの声はうたう
そしてふたりに信ずる心が生まれる
もう一度すべてが
はじまると
人生は再出発


★映画『男と女』のハイライトと共に♪

男と女/UN HOMME ET UNE FEMME
1966年・フランス映画
監督・製作:クロード・ルルーシュ 
脚本:ピエール・ユイッテルヘーベン、クロード・ルルーシュ
撮影:クロード・ルルーシュ、パトリス・プージェ 
編集:クロード・バロア 音楽:フランシス・レイ
出演:アヌーク・エーメ、ジャン=ルイ・トランティニャン、ピエール・バルー、ヴァレリー・ラグランジェ

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by claranomori | 2011-08-01 21:59 | シャンソン・抒情と悲調の浪漫
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★何からお話したら良いのだろう...もう、全てが大好き!そんな幸せな映画。1992年のサリー・ポッター監督作品『オルランド』。男性から女性に変わった主人公オルランドが、「同じ人間。何も変わらない、性が変わっただけ」と語る。サリー・ポッター監督はさらに天使がオルランドを迎えに来るという夢のような結末で描いている。原作はヴァージニア・ウルフの『オーランドー』。その原作を監督が何度も読み返しては書き繰り返したという。そして、主役のオルランド役にはこのお方しかいないだろう!というティルダ・スウィントン!この中性的な性別を超えた美しい存在。さらに400年もの時空をも軽く超えてしまう。何を着ても素敵なティルダですが、この映画の楽しさのひとつに各時代の様式がお衣装などでも堪能でき嬉しい。ルネサンス~バロック~ロココ~ヴィクトリア時代。このようなコスチューム・プレイの楽しみもあるので文芸や歴史劇が好きなのかも。エンディングの歌では、ジミー・ソマーヴィルとサリー・ポッターがデュエットしている。この曲『COMING』がまた幸福感を倍増するのだ。両性具有という言葉、あるいはアンドロギュヌスについて興味があり調べたりした時期があったけれど、今もこういうテーマは異常に好きなよう。何故だろう?まぁ好きなのだからいい。ヴァージニア・ウルフについても触れたいけれど、またの機会に。でも、ちょっと澁澤龍彦氏のお言葉を追記させていただこう♪

「そもそも、天使は男性であるか女性であるか。― しかし、今日では、この疑問には明確な答えを提供し得るはずであろう。すなわち、天使は男性でもなければ女性でもなく、第三の性、一箇のアンドロギュヌス(両性具有者)にほかならないのだ、と」 

澁澤龍彦 『夢の宇宙誌』より


※ジミー・ソマーヴィルというとファルセット・ヴォイス!そしてゲイであることを公言されているお方であり、80年代からブロンスキー・ビート~コミュナーズ(相棒はリチャード・コールズ)~ソロ活動と現在も独自の表現活動をされている。良い曲多いのですが好き嫌いの分かれるお方のようでもあります。それも個性ゆえ!最近のポップ事情には疎くなっていますが、80年代育ちの私としましては、80年代の男性デュオ(ユニット)って多かった気がします。それもゲイである方が多く、ジミー・ソマーヴィルは早くから歌の中でその問題を取り上げて来られた。今現在よりもクローゼットされていたあの時代に、と思うとますますジミー・ソマーヴィルは勇気と才能に恵まれた稀有なるアーティストのお一人に思えます。このお声を聴いていると心がほっこりするのはやはり美しいからでしょうね♪

オルランド/ORLANDO
1992年・イギリス/ロシア/イタリア/フランス/オランダ合作映画
監督・脚本:サリー・ポッター 製作:クリストファー・シェパード 原作:ヴァージニア・ウルフ 撮影:アレクセイ・ロジオーノフ 美術:ベン・ヴァン・オズ、ヤン・ロールフス 音楽:デヴィッド・モーション、サリー・ポッター、ジミー・ソマーヴィル 出演:ティルダ・スウィントン、シャルロット・ヴァランドレイ、ヒースコート・ウィリアムズ、ロテール・ブリュトー、ジョン・ウッド、ビリー・ゼイン、ジミー・ソマーヴィル

★以前書いたものに少し追記いたしました。映画と音楽、文学にアートが一体化して全てが大好きな作品なもので此方にも♪
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by claranomori | 2010-11-20 15:52 | 文学と映画★文芸・史劇
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★ダリダ(DALIDA)も先述の映画『日曜はダメよ』と同年の1960年に歌われている。ダリダの25cmアルバムに収録されています。またコンピレーション等でも聴けます。私がレコード盤で聴いたのは、メリナ・メルクーリ盤よりも先にダリダ盤でした。ダリダの本名はヨランダ・ジリオッティ(1933年1月17日~1987年5月3日)で、エジプトのカイロ生まれ。ミス・エジプトの美貌を持つので映画から歌手へと50年代にデビュー。波乱の人生!ダリダに魅せられるのは、その美しい妖艶な容姿や歌声と共に、生涯付き纏っていた「死の影」のような運命。美貌のスターであるダリダは恋多き女性でもあり、当然男性たちが常にいた。恋人たちがダリダとのロマンス(お仕事も絡み)の苦悩から自ら命を絶った。心痛のダリダはそれでも多忙で華やかにステージで歌う。1987年5月3日、"もう人生には耐えられない、私を許してください"と書き残し、ダリダご自身も命を絶ってしまった。享年54歳。今はモンマルトルの墓地に永眠されています。

このダリダの歌う『日曜はダメよ』の動画は1972年の華麗なものです♪

ダリダはフランス語での歌が主ですが、イタリア語、スペイン語、英語等も堪能。このギリシャ映画『日曜はダメよ』の同名主題歌を、ダリダはフランス語(曲名は『Les enfants du Piree』)で録音。この10インチ・アルバムの中の『ロマンチカ(ROMANTICA)』と共に当時大ヒットしたそうです。シャンソン・フランセーズ(シャンソンやフレンチポップス)の好きな楽曲や歌手は沢山の私。本業でもあるのでそれらのことも書いてゆこうと想ってはいますが脳内いっぱい状態なので整理しながら。また、ロックも大好き!

シャンソン・フランセーズとかシャンソン、フレンチ・ポップスというとお洒落な音楽のように響きますが、猥雑でけれど文学的なフレンチ・ロックも数多いです。最近分って来たことですが、私の好きな音楽は基本的にロックとシャンソンと映画音楽のようです。かなり映画との絆も深いです(シネ・ジャズやボサノヴァ等も)。音楽好きになったきっかけは、中学生の頃にビートルズからジョン・レノン、デヴィッド・ボウイ、ケイト・ブッシュとイギリスのロックから。そして、高校になってブリジット・フォンテーヌ、フランソワーズ・アルディ、ジェーン・バーキンのフレンチ・ポップスに出会いました。挙げたお方たちと途中からながら同じ時代を生きている私(ジョンの死だけは格別な想いが今もあります)で幸せです。80年代の音楽と平行してキャリアのあるお方のレコードを聴き始め、今もそんな日々が継続されています。ダリダを知ったのはアラン・ドロンとデュエットされた『あまい囁き(パローレ・パローレ)』(1973年)の曲でした。母が持っていたアラン・ドロンのレコードを今は私が持っています。愛しき両親からの授かりものも、いつまでも好きな世界と一緒に色褪せないのです。これも、私には心の財産だと感謝しています。イヴ・モンタンが歌手であることも母に教えてもらわなければ、もっと聴くのが遅かったかも。その母経由での私の最初のフランスの音楽は、実は歌手ではなくイージー・リスニング界の巨匠!ポール・モーリアです♪
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by claranomori | 2010-11-18 12:04 | シャンソン・抒情と悲調の浪漫
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★かっこいいお方!”ギリシャの太陽”。メリナ・メルクーリは歌う女優さまでもあるけれど、『日曜はダメよ』は同映画と共に代表作のひとつだと思う。監督はアメリカ人のジュールス・ダッシン。当時の赤狩りでヨーロッパで活動していた頃のもの。おしどり夫婦でメリナ・メルクーリが1994年に亡くなるまで活動を共にしていた。この映画はユーモラスな恋愛ドラマ。堅物の考古学者ホーマー(ダッシン)は粋な娼婦のイリヤ(メルクーリ)に恋をする。イリヤはギリシャの港町の人気者。日曜日だけは大好きなギリシャ悲劇を観に行くためにお仕事はお休み。そして、酒場で気に入った男性だけを招いてウーゾというギリシャのお酒を飲みながらパーティーを開く。この映画は冒頭からメルクーリの魅力に溢れているのだけれど、名場面のひとつは酒場で見られるグリーク・ダンスのシーン。ブズーキと呼ばれるギリシャの民族楽器をバックに、肩を組み上半身は動かさずに首と下半身だけで踊るもの。きっと難しいだろうなぁ~と思うけれど、観ていてとっても楽しい場面。イリヤは無学ながら数ヶ国語を話せる。それはお客の男性達から学んだものだと颯爽としている。対照的なホーマーは教養豊かながら人生を楽しめないアメリカ人。さり気なく母国の批判も見え隠れする。

b0106921_11542638.jpgジュールス・ダッシンの息子さんは、70年代のシャンソン界のスターであるジョー・ダッサン(先妻さんとの間の息子さんで、惜しくも1980年に42歳で他界されている)。あまり有名ではないけれど娘さんのジュリー・ダッサン(ブリジット・フォンテーヌの初期の作品にも参加されてる)もいらっしゃる。ややこしいけれど、監督はハリウッドで40年代から映画を撮っていて、赤狩りでヨーロッパに。ギリシャが軍事政権にあった時期はメルクーリ共にアメリカに一時渡米(亡命)。この映画はアカデミー賞にもノミネートされアメリカでもヒットしたので、世界的にアメリカ読みの父、フランス読みの息子たちとなったのだろう...。激動の時代をこのご夫婦は軽やかでいながらも一貫した意志の強さを感じさせる。それにしても、メルクーリの笑顔、大きな笑い声を聞くと元気になれる。

メリナ・メルクーリが歌う主題歌『日曜はダメよ』は、英国以外の外国映画では初となるアカデミー主題歌賞受賞の名曲で多くの方がカバーされている。今日は本家本元のマノス・ハジダキス作、メリナ・メルクーリの歌声を映像と共に!"月曜から土曜は商売商売、日曜はダメ、好きな人とすごすから"とギリシャの太陽メリナ・メルクーリがハスキーなお声で歌われる♪



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日曜はダメよ/POTE TIN KYRIAKI
1960年・ギリシャ映画
監督・脚本:ジュールス・ダッシン 
撮影:ジャック・ナットー 
音楽:マノス・ハジダキス
出演:メリナ・メルクーリ、ジュールス・ダッシン、ジョージ・ファウンダース、ティトス・ヴァンディス、デスポ・ディアマンティドゥ



※2007年1月6日に書いたものに動画等を追記いたしました。
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by claranomori | 2010-11-18 11:34 | キネマの夢・シネマ万華鏡