あまりにも私的な少女幻想、あるいは束の間の光の雫。少女少年・映画・音楽・文学・絵画・神話・妖精たちとの美しきロマンの旅路♪


by chouchou
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 ゴールデン・ウィークなので久しぶりに旅行や帰省される方々...皆様それぞれの過ごし方をされているのでしょうね。私はというと、特に遠出の予定もないのですが借りたい書物や資料があるので近所の図書館に行こうかと思っています。

 時間は瞬く間に過ぎゆくけれど濫読は続けています。映画はしっかり観るのでそれなりに時間の確保が必要ゆえに観ようと思って録画した映画は溜まる一方。音楽も基本的にアルバム一枚を通して聴くことが多いのですが、レコードだと小さなシングル盤も好きなのでターンテーブルに載せることも多いです。読書は装丁重視の性質ですが知らないうちに文庫や新書も本棚を占めています。どこからでも読める短編集やエッセイ、殊に詩集が大好きな傾向も変わることはないようです。

 ブログの方が性に合っているのか、SNSって使ってはいるけれどあまり相性が良いとは思えない。次第に馴染んで来るのかな。長文を読むのが面倒な人達も多いそうです。確かに短文の方が機能的な時もあります。検索もインターネットで色々教えて頂ける。でも、どうしても、本を手にして頁を捲る、あの感じが好きでしようがない。人それぞれの愉しみ方がある時代。性に合った愉しみ方を臨機応変に選べば良いのだと思います。手間のかかる作業はその過程ならでは発見や学びがあって楽しいものです。たとえ少数派でも私はこんな調子でこれからも生きて行くのだろうと思えます。

 そんな事を考えながら、「今日のマイラブ」をメモ風に時々綴っておこうと思います(追記:画像のマイラブ・コレクションとしては「ガラスの城★私の王国あるいは夢幻の青い花」を設置いたしました)。ふと手にしたのは柳田国男の『こども風土記 母の手毬歌』でした。随分と時を経た古い岩波文庫の並ぶ本棚から。下手な写真もさっと机の上で撮ってみました。お寺が好きなこともあり「寺と椿の花」という鎌倉時代の手毬歌を。どんな風に歌い、どんな風にお遊戯するのだろう...♪

 其のつゥばきだァてのつゥばき
 御寺へもォててそォだてた
 日が照ェればすゥずみどォころ
 あァめが降ゥればやめどころ

 雨が降っても日が照っても、この椿は土地の人たちのように、ほかに出て歩くことはできないというので、椿の美しさをいつの間にか人のように取り扱っているのである。また戦国時代のお寺は身分のある人の娘や小さな子供が、暫くあずけられて居た処でもあったそうです。


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by Claranomori | 2015-05-02 21:14 | 想い・鑑賞・読書メモ
 
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 前述の記事を書きながら、「八百万の神」と云いながら、はて、それはどこから来たのだろう?自然と共に生きてきた日本人には、漠然とこのような想いは多く共通するものだと想います。今全国で桜の季節の折、ちょっと思い出した桜のお姫様(女神)のこと。日本最古の書物である『古事記』より以下引用させて頂きます。

我が女ニたり並べて立奉りし由は、石長比売を使はさば、天つ神の御子の命は、雪零り風吹くとも、恒に石の如くに、常はに堅はに動かず坐さむ。また木花の佐久夜毘売を使はさば、木の花の栄ゆるが如栄えまさむと誓ひて貢進りき
古事記 

 1200年以上も昔の『古事記』の漢字や仮名遣いは、現代国語に慣れた私達には読み辛い。今も文字を打ちながら変換出来ずに時間がかかりました。けれど、そんな面倒な作業の中にも多くの学びと愉しみを感じてもいます。我が女二たり(わが娘二人)の我がとは父親の大山津見で、二人の娘とは「石長比売」《いはながひめ》と「木花之佐久夜毘売」《このはなのさくやびめ》。ニニギが笠沙の岬で出会った美しい乙女に求婚する。乙女は自ら返事をすることはできず、父がお答えいたしましょう、という流れで、たいそう喜んだ父は姉のイハナガヒメを添えて献上した。ところが、ニニギは美しいサクヤヒメだけを傍におき、醜い姉のイハナガヒメは送り返してしまった。このことを父は恥じ、「もしも二人の娘と結婚していたら、あなたの命は石のような不動性と、花のような繁栄を同時に手にすることができた。けれど、サクヤヒメだけを留めたので、天つ神の御子の寿命は花のように短くなるでしょう」と云う。

 醜い姉とされるイハナガヒメがお気の毒に想いながら、この美しい乙女サクヤヒメとの対比は石と花。石も美しいと想うけれど、花は美しいが短命、というイメージがあるので分かり易いです。コノハナノサクヤヒメの「サク」は「咲く」であり、「ヤ」は感動を示し、「咲く」には「栄え」「盛り」「酒」などと同根の、内なる生命力が外に向かって放たれる意味があるという。その象徴的なものが満開の桜であり、サクヤヒメという名に桜を想起させる。「サクラ」の「サ」は早乙女の「サ」と同様に神威の現れとし、「クラ」は神の寄りつく場所だとされ、木の花に宿る精霊、花の精なのだろうと想えます。大山津見にはもう一人の娘「コノハナノチルヒメ」がいるそうで面白いです。咲き誇る花と同様に、また散りゆく花にも神威を見たのですね。日本人には古来からこのような、木々、草花には神が宿るという、森羅万象の風土があると想います。それはやはり八百万の神であり、多神教の国日本を象徴しているようにも。またこのような観念から日本人は一神教であろうと他の神々、他の宗教にも寛容であるのではないでしょうか。ケルト、北欧、エジプトの神々などにも通ずるように想います。そんな神話、精霊と共に生きる世界観、愛らしく美しく、また儚げなお花たちの物語が私はとても好きです☆

 ●今日の読書、調べものは『古事記の読み方 - 八百万の神の物語』(著:坂本勝)を参照させて頂きました。

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by claranomori | 2014-04-05 14:52 | 神話・お伽噺・妖精譚・伝承
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 ブロニスワフ・マリノフスキー(Bronisław Malinowski:1884年4月7日~1942年5月16日)は、ポーランド生まれでイギリスに渡り人類学者として活動したお方。特にブロニスワフ・マリノフスキーについて詳しいわけではないのですが、『神話と社会』(1926年:1941年邦訳)という御本の中にとても気になる指摘がありましたので覚え書き。

神話という神聖な伝統がいかに根強くメラネシア人の日常生活のなかに入り込み、
いかに力強くその道徳的な行為や社会的行動を支配しているか
ブロニスワフ・マリノフスキー 『神話と社会』
 
 この自然的かつ社会的過程が集落や共同体として実体化されてきた。よく「私達」とか「我ら」とか「我々」と使っている言葉は「仲間」を意識化するもので私は好きです。けれど、はてな...と思いました。今では都会ではその共同体が崩壊してゆくなか、地方や田舎の地域ではまだこの共同体精神のようなものが存続している。その素晴らしさは助け合いや連帯としての美しい姿でもあると、東日本大震災での大変な状況の中での、東北の人々の美しいお姿から痛感したものです。

 ところが、「村八分」という言葉があるように、その村社会からはみ出すこと、禁忌という概念が発生する、ごく自然なかたちとして。家族があり、社会があり、国家がある。慣習から倫理へという中で生まれ、道徳となり人々の関係が安定化され、円滑な保証ともなる。ヘーゲルの云う所の「客観的精神」ながら、この自然発生的な共同体精神の問題は、その規範のようなものからはみ出してしまう者たちの疎外感。そこから仲間はずれ、差別も生じてゆき、イデオロギーと結びついた折に改革や革命へと向かう力学さえ孕んでいるのではないでしょうか。

 人は一人一人、家族内でも性格や個性が異なる。共同体の中でどうしても逸れてしまう人が居ても不思議とは思わないのですが、「私達」や「我等」という外に出てしまう人は、その共同体から疎外視される。私は人は一人で生きてはゆけない、家族や隣近所の人々と何か困った事が起きた折は力を出し合い、助けを受けながら生活しているものだと思っています。出来れば、嘗てあったこのような共同体、連帯の精神を呼び起こすことを望んでいます。地域によって様々な差異があり、日本には外国人の人々も住み生活している。

 日本に限らず、今、世界的な随所で起こっている民族的闘争が惨劇を生んでもいる。慣習や宗教の違う人々が同じ国、社会で生きてゆく中で生まれる友好な交流もあれば、やはり民族区別としての意識が生じ、高じて問題化してゆくことも何も不思議とは思わないのです。「人類みな兄弟」は素晴らしい。けれど、各民族の伝統や誇りを同化してしまうことは不可能であり、そのような甘い幻想の時代では無くなっているのだと、イギリス、フランス、スイス、スウェーデン...もう世界各国での最近の民族問題、また日本国内でも問題があちらこちらと生まれている現実を想うのです。

 自民党は成長戦略の方針の中に、遂に移民政策を打ち出しました。1000万人移民受け入れを先の選挙公約に掲げてもいましたので、懸念していましたことです。労働不足を補うため、日本で働くことを望む外国の人々を歓迎するのは良いと思います。けれど、同時に日本人労働者の雇用や賃金低下、また反日教育の隣国(中国や韓国)による歴史に関する諸問題が噴出し、プロパガンダ政策で世界に吹聴され続ける中、各国で起こっているような宗教、慣習の違いによる人種間での惨劇が生じないよう、対策をしっかり検討しなくては大変な事になる。留学生や研修生待遇も良いことだと思いますが、経済的理由で進学を諦めなくてはならない日本国民の若者も多いです。それは、日本人の優秀な才能の芽を潰す事にもなり、極端に云えば「逆差別」に繋がるとも想えます。また、巷に氾濫する中国語や韓国語表記は日本人には混乱を招きます。読めない日本人の方が多い筈です。先日も銀行のATMで主婦の方が困っておられました。後ろに並んでいた私に訊かれたので、日本語を選択するようにお伝えしました。実は私も最初は戸惑い一瞬画面をうろうろしたものでした。日本語と英語併記で良いと思うのですが...。

 日本人にとって不自由な状況がこうした生活の一場面でも見られるのです。国粋主義や排外主義ではなく、異国の人々、異国の歴史や文化を尊重しながら、その差異からの学びが愉しいと想える私は、米国の様に多民族国家ではない神話の国日本では、所謂「多文化共生」はあまり馴染まないものだとも想えます。ただ、長年日本で生活されている外国籍の人々、また外国で生活されている日本国籍の人々も居られます。なので、政府の打ち出す移民政策と一括りには出来ないし混同は避けて考えています。国民が不安に陥る政策が続々と...難しい問題ゆえにこそ、国民の代表である政治家の先生方にはしっかり議論して頑張って頂きたいです。

 愛国教育ではなく、私達が自然と本来持っている祖国愛はイデオロギーに左右されるものではない、とも想います。そんな風に色々と考えていると、やはり八百万の神、神話の国である日本は特殊だなあ、と想います。異国の人々が日本に魅せられる所以、また日本が誤解される所以でもあるのでしょうけれど、そんなわが国日本が大好きです。「日本が好き」「日の丸って美しい!」と云えない、なんとも奇妙な空気だった私の少女時代からの疑問。そんな窮屈な想い、日本の素晴らしさの再認識は、実は世界の国々、民族、言語、文化、慣習...等からの学びとも云えます。ゆえに、差異は愉しく尊きもの!差異は誇るべきもの!そんな風に生きているお陰で、自虐史観に深く陥る危機から逸れながら今に至っているような、ちょっと複雑な想いで今日もポジティヴ・シンキング☆

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by claranomori | 2014-04-03 14:59 | 想い・鑑賞・読書メモ
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 NME誌の表紙を飾るデヴィッド・ボウイです。2013年10月9日号のリニューアル第一号です。少し前になってしまったのですが、この表紙を拝見して泣いたり、色々な想いが巡っていました。今もですが、この表紙のアート・ディレクションはボウイご自身によるものだそうです。ボウイは表現主義ですね、やはり。この表情、そして幾色もの折鶴が舞っています。折鶴は日本の江戸時代から続く文化の一つで、平和や祈りなどの気持ちを形にしたもの。ボウイは少年時代から日本や東洋文化に影響を受けて来られたお方。大の三島由紀夫ファンでもあります。この折鶴に込められたボウイの伝えようとするものは何だろう?桜の季節の日本が大好きなボウイ。そんな日本で起こった未曾有の自然災害と原発事故。また、英国人であるボウイにとってシリア情勢も無関心な筈は無く。もう、ボウイの復活はないだろう、とも云われていたけれど、10年ぶりに復活された。心臓の大手術をされたボウイなので、私はその半引退状態をボウイがお元気であれば、と意識的に受け入れようとしていました。勝手な想いですが、ボウイの復活に、東日本大震災が何らかの要因にあるのではないだろうか...と、今回のこのボウイの舞う折鶴たちとの表現を拝見して想いを強くしています。

 ボウイは紋切型の平和主義者ではないところも好きなのです。米国に対する不信感のようなもの、中国の侵略によるチベットの置かれている悲惨な現状にも、安易な甘い言葉を発するのではなく、ボウイ流の表現主義で曲にしました。キリスト教徒ですが、仏教徒、また中東に対する理解もあるように感じています。米ソ冷戦時代の70年代はナチスに傾倒していた時期で、英国メディアにも叩かれた事もある。「ヒトラーは最初のロックスターだ」という語録もあります。ミック・ジャガーもヒトラーの映像を数多く鑑賞している。ロックスター、それも世界最高峰のロックスターたちにとって、何か得るものがあるのだろう。私は子供の頃からユダヤに対するナチスの非情な行為を嫌悪してきたので戸惑った時期もありました。でも、大歓迎していたのはドイツ国民です。それは何故だろう?と色々読んだり、観たりしては今も考えています。ある側面からだけ眺めては見逃してしまうこともある。物事には多様な側面がある。なので、多様な人々の主義、主張、意見、想いに耳を傾けながら、日本は一党独裁国ではないので、国民一人一人の声として語り合える社会になれば良いのになあ、と想う日々です☆


★チベット風の衣裳を纏って「SEVEN YEARS IN TIBET」を歌うボウイです♪


 中国共産党政府は今、テロ組織を叩くためと称し、先日、北京、天安門で起きた事件をウイグル人によるテロだと表明。言論統制のお国が、何故か、今回は公示が早いですね。もう世界の人々は知っています。今世紀に入って、未だに侵略、虐殺行為によって領土を拡大している中国という覇権主義の姿を。言論の自由の無い中国の多くの貧しい人々がお気の毒です。今回の動き次第ではイスラム圏との軋轢も生じるかも?早く、一党独裁の共産主義体制が崩壊すれば、真の日中国交正常化に向える日が来るのでは、とも想います。

 ●関連記事:『セヴン・イヤーズ・イン・チベット』という曲について
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by claranomori | 2013-11-01 14:11 | 想い・鑑賞・読書メモ
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 スージー&ザ・バンシーズ(Siouxsie & The Banshees)の「DEAR PRUDENCE」(1983年)というビートルズのカバー曲があります。シングルでも発売され、下の画像は12インチのレコード・ジャケットです。当時はまったく知りませんでしたが、やはりボウイの影響でドイツ表現主義などの絵画に興味を持ち始め、幾年か経た後に、この日本の表現主義作品、田村榮の「白い花(White Flower)」(1931年)を知り得ました。この「白い花」は絵画的ですが写真です。スージーはこの作品に限らず、東洋的なるもの、オリエンタルな世界に興味を抱き何らかの影響を受けて来られたお方だと想います。私が幼い頃から、西洋の世界に魅了されて今に至るのも、何も政治思想などではなく、西欧的なるものに単純に感覚的に惹かれてのこと。スージーはファッションやメイクなども含めたアートに精通したお方。西欧人が感じる東洋的なもの、それらを作品を通じて知ることができる。素晴らしい文化交流だと想います。

 田村榮(1906年:明治39年9月17日~1987年:昭和62年7月22日)は、大正から昭和の日本戦前期に活躍した、芸術写真系統の写真家、写真編集者、写真評論家。田村榮について詳しくないもので、他に気になっている事柄もあるのですが纏まらずにいます。いつか、お詳しいお方にご教示願いたいので、此方の記事に綴ってみたいと想っています。「表現主義」と云っても、しっかりとした定義があるわけでもないようですが、やはりドイツ表現主義の影響は日本でも大きく、大正から昭和初期頃に、各分野で表現活動をしていた方々の作品や記録が残っています。中でも日本の表現主義としての写真表現は「視覚的表現」を目指し、「写真の表現主義」と名付けられたそうです。

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 表現主義は印象主義と対照的で、ドイツだけでなく他のヨーロッパにも表現主義はありますが、不穏で暗いです。でも生命力に溢れてもいます。そんな心象風景に魅せられます。日本では第一次世界大戦、関東大震災を経た時期です。第一次世界大戦はヨーロッパに於いては第二次世界大戦よりも、ある意味大戦争だったのではないでしょうか。敵味方関係なく、戦争や紛争によって多くの人々が傷つき、不安に陥る。そうした社会や生活を表現する。生きる時代や国を誰も選べない。その運命を受け入れながら人々は生きてゆく。素晴らしいです!


★ギターは一時期、バンシーズのメンバーでもあったロバート・スミス(ザ・キュア―)です♪



★スージー&ザ・バンシーズの多くの美麗写真で構成されています。
途中、日本の旭日旗を背景に漢字が描かれた和装姿のスージーも。
旭日旗は日本の自衛隊旗であり勝利祈願、応援の旗です。
いちいち変な事を云って来る、不思議な友好国なる隣国を憂いますが、デザイン的にも「ライジングサン・フラッグ」として海外では人気が高いのです♪

 
 ●追記●
 日本は大国米国と戦い負けました。戦争をしながら映画も撮っていた余裕の米国にです。でも、そんな日本を友だと想えるのも、また米国なのかもしれない...そんな気もしています。やや嫌米なのですが、米国の文化や人々に対してではなく。そういう意味で、昨今の中国や韓国の抗日、反日の政府方針を嫌悪。政治に関心の無い人でも嫌でしょう!日本も相変わらず自国の意志表示が出来ない政府で、国内、国民に対しては説明なしで公約違反を邁進。複雑な想いの日々ですが、長い歴史の中で、常に自然災害と共に生きて来た日本人ならではの連帯。イデオロギーを超えた、日本人特有の精神のようなものはそう容易く失われるものではないと想っています。受け継ぐものは形になったものだけではなく、もっと尊く崇高なものでもあると。そして、この様な日本人の精神的なものに美を感じる異国の人々もいる。

 どの国の民族にも誇りがある。愛国前提の右派左派を諸外国から教えて頂きました。日本では愛国=右翼、反体制=左翼のような世代ゆえに。誤解されている方が多いですが、尊敬しております石原慎太郎氏は保守ながら左派(国防に於いてはタカ派)という稀有なるお方。その上、政治家云々では捉えきれない。何よりも揺るぎない日の丸が刻まれた愛国者であるのは間違いない。愛国者の何が悪くて、左翼や右翼の何が悪いのだろう。直ぐに正義とか悪で片付けようとする米国の統治政策の賜物かもしれない。友人が「自民党の批判をすると左翼だと云われた。」と語っていました。なんでしょう?!翼には左右必要。どちらかに偏ると危ないです。今ではそんな安易なレッテル貼りが嘘だと分かり心は晴れ晴れ!そして、多様な意見に耳を傾け、理解出来なくても異国の其々の文化や歴史を尊ぶ寛容さをも大切にしたいと想います。発展途上国と云われる国々も文化や歴史、宗教や慣習を持つ人々にとっての大切な祖国。何も経済大国が一番だとは想えないのです。経済より大切なものもある、と☆
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by claranomori | 2013-10-31 17:05 | 想い・鑑賞・読書メモ
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 決定しましたね!2020年のオリンピックの開催地は東京!日本で開催されるのです。都民でない私だってずっと望んでいたし、この決定の瞬間の晴れ晴れとした気持ちは言葉になりません。もやもやした閉塞感に爽やかな風が吹き、希望への道が。東日本大震災、忘れるはずはありません。あんなに大きな未曾有の自然災害、そして原発事故。あの折は「絆」という言葉の下、みんなが一丸となって「頑張ろう!日本」と。東北の被災地の人々のお気持ちに寄り添いながら。日本の首都、東京でオリンピックが開催されるのです。問題も山積みの状況ですが、素直に嬉しいです。招致活動に携わったすべての皆様の尽力に敬意を表します。ありがとうございます!

 けれど、悲しいことに、決った直後から「他にすることがあるだろう」「被災地を見捨てるのか」「どうして東京なのだ」等々。この日まで、多くの人々が誘致活動に尽力された。賛同できない方がいるのは仕方ないとしても、特定の隣国による妨害工作に劣らない足を引っ張ろうとする人々が国内にもいる。今回に限らないけれど。被災地も聖化リレーや会場施設にもなるのです。福島の子供たちだって喜んでいると思います。運動会を体育館で開催しなくてはならなかった。そのニュースを観ながら涙が出ました。そんな状況でも愛らしい笑顔でお話していた子供たちは美しかったです。7年後、今小学生や中学生の少年少女たちに、やっと朗報ではないでしょうか!

 オリンピックは政治的でもありナショナリズムと結びつく、と煙たがる人も。実際、世界各国そうでしょう。偏狭なナショナリズムは望みませんが、オリンピックの時は紛争している国々も、スポーツの場で競い合う。それも世界中のトップアスリートたちの祭典として。先のロンドン・オリンピックで領土問題を掲げ、マナー違反をするお国もありましたけれど。

 1964年に日本で初めてオリンピックが開催された。東京では二度目。当時の記憶、想い出が今も鮮明に残っている人々も多いです。私は昭和の記録映像で幾度か拝見していますが実際の記憶がありません。それ故に、待望していたのかもしれません。また、「もう一度、あの感動を!」と願う人々。今はピンと来なくても、「やっぱり嬉しくなって来た」という人々も。

 今回の五輪招致の立役者、大功労者の石原慎太郎前東京都知事の大英断(まだ、ロンドン・オリンピック前で批判の声の大きい中でした)を忘れてはならないと思います。以下、東京都知事時代に主導した五輪招致が実現したことについての今日のコメント。そして、副知事時代から受け継いだ猪瀬東京都知事、安倍首相のコメントを素直に受け止めたいです。前回は民主党政権で鳩山首相でした。今回の安倍首相の精力的活動とは雲泥の差でした。そして今月81歳になられる、文壇登場時から時代の閉塞感を突破する存在であり、58年間走り続ける石原慎太郎氏には、どうか2020年のその日を、いつまでもお元気でいて頂きたいです☆
 
「たいまつの火を消さずによかった」
 石原慎太郎 (前東京都知事、現日本維新の会共同代表)

 「子供たち、被災地に希望を創り出していきます」
 猪瀬直樹東京都知事

 「安全で確実な五輪を提供できると期待していただいた。
日本の首相として、その責任をしっかりと果たす」

 安倍晋三首相

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●more●
 上の「日本の首相として、その責任をしっかりと果たす」という言葉は重いです。「完全にブロックされている」には正直なところ、仰け反ってしまいました。でも、素直に2020年の東京オリンピックの開催決定を喜んでいます。復興に繋がるべく、あらゆる叡智を結集して取り組んで行かなくてはならないのだと思います。現場で日々取り組んでおられる方々まで非難されるかのような、何でも反対反対は、風評被害を煽ることにもなり兼ねないので冷静に、と思います。首相の発言は国際公約にもなったので、自民党の重い腰が上がることに期待し、前向きに7年後のオリンピックが素晴らしいものになることを願いたいです☆
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by Claranomori | 2013-09-08 19:04 | 想い・鑑賞・読書メモ
b0106921_14532712.jpg★豊島与志雄は(1890年:明治23年11月27日~1955年:昭和30年6月18日)は、福岡県朝倉生まれの小説家、翻訳家、仏文学者、児童文学者。殊にユゴーの『レ・ミゼラブル』やロマン・ローランの『ジャン・クリストフ』の翻訳家として有名なお方。大正期から作家として活躍していた豊島与志雄は、自然主義やリアリズムや私小説な形式に飽き足らず、実験性に富んだ作風で知られていたが、戦中から「近代説話」と称した説話体に象徴的、或いは神秘的な物語をはめ込む小説話法を試みていた。敗戦後の1946年、一気に鬱積していたものを発散するかのように、毎月「近代説話」の副題の短編を発表してゆく。この『白蛾』はその中の一つで代表作でもあると思います。初出は1946年2月、生活社より刊行。けれど、作家としてだけでは生活できず、教師としても働き、長年困窮生活であったそうです。

『白蛾』は一種の焼け跡小説であり、豊島与志雄ならではの幻想文学でもあると思います。焼け跡の菜園に東京の農村化をみる。村育ちの少年時を中年期の今、焼け跡暮らしに幻視する。比較的空襲の被害の少なかった谷根千(谷中・根津・千駄木)の谷中墓地にまだ五重塔があった(後に放火により焼失)。この五重塔の下で主人公の岸本と美津枝は逢引きをし一夜を過ごす。美津枝は岸本が通勤の折に見かけ惹かれていた女性である。一週間後に再会の約束をするが彼女は現れない。

浅草で空襲に逢い、良人やその両親を失い、自分も危うく死ぬところでしたが、不思議に怪我一つしないで助かり、今は知人の家に間借りして、兵隊として南方に行ったまま消息不明の弟を待っている

美津枝の境遇はこのように語られている。この当時の日本での間借り生活は普通のことで、二家族三家族が雑居生活の家はざらであったのです。待っても現れないので、その彼女の間借りの家を男性は訪ねる。そこの善良そうな老人は語る。

「まったく、籔から棒の話で、私共でも驚きましたよ。もっとも、あのひとは、ここが少し・・・。」
老人は人差し指で額を叩きました。
「少し変でしてね、時々おかしいことがありましたよ。静岡へ行く少し前など、毎日、ひどくおめかしをして出かけましたが、或る晩は、夜更けに戻ってきて、なんだかしくしく泣いているようでした。それが、ふだんは正気なもんで、はたからは何のことやらけじめがつきませんでね。元からあんなじゃなかったんでしょうが、いろいろ不幸が続いたもんですから・・・・・気の毒でしてね。」

この女性は戦災で頭がおかしくなった白痴美のお方で、今の境遇から連れ出してくれる人を毎日五重塔の下で待っていたのです。白蛾は女性の神秘的な比喩としての描写でしょうか。嘗てお世話になったお千代という女性と美津枝が重なり合う幻視的な心模様。戦中戦後の激動の中で生きた人々の姿を想うことが好きな私は、この美津枝さんが好きです。また自責の念に捉われ、さらに美津枝さんをいとおしく思う岸本さんの心も。

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●戦後GHQ占領期日本● 
(昭和21年:1946年2月) 覚え書き

第一次農地改革を実施
軍人恩給停止(53年に復活)
マッカーサーがGHQ民放局に憲法草案の作成を指示
(三原則は象徴天皇、戦争放棄、封建制度の廃止)
天皇陛下の全国巡幸が開始される
タバコ「コロナ(10本入り10円)」が発売
東京宝塚劇場を「アーニーパイル劇場」と改称
玄洋社など45団体に対し、軍国主義・超国家主義として解散命令
東京の山手線でGHQ専用車両の運行開始
公職追放令公布
アメリカ映画「春の序曲」「キュリー夫人」が、戦後はじめて封切られる。
(入場料10円 *邦画は3円)

※日本の歴史に於いて、初めて、唯一の、この7年弱(昭和20年:1945年8月~昭和27年:1952年4月)と云う連合軍(GHQ)による占領下という時代。この時期は検閲も厳しい中、作家たちは貧しい紙に筆を走らせた。その中から得られるものは尊いと思います。「戦後体制」は未だに続いている。脱却するにはやはり当時の事を知りたいのです。戦後68年、決して遠い時代のことではない。その時代を体験している方々もまだまだご健在です。日本の近代史、現代史を学ぶこと無くして、今の鬱積した国内の問題、これからの日本、諸外国との関係などを考察することはできない、そのように感じます。なので、自分の器内で読んだり観たり聞いたりして、考えてゆきたいと思います。
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by claranomori | 2013-05-04 15:33 | 愛の花束・日本の抒情・文学
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★川端康成(1899年:明治32年6月14日~1972年:昭和47年4月16日)の『美しい日本の私』 という講談社新書から引用させて頂きながら日本を憂う日々です。この川端康成の『美しい日本の私』は1969年に刊行されたもので、前年1968年にノーベル文学賞を受賞された折の講演文です。なのでそんなに長い文ではないのですが素晴らしいのです。日本の美を作品の中で描き続けて来られた文豪の晩年は、1970年の三島由紀夫の死とも呼応するかのようで感慨深いものがあります。

一輪の花は百輪の花よりも花やかさを思はせるのです。開き切った花を活けてはならぬと、利休も教えてゐますが、今日の日本の茶でも、茶室の床にはただ一輪の花、しかもつぼみを活けることが多いのであります。冬ですと、冬の季節の花、たとえば「白玉(しらたま)」とか「侘助(わびすけ)」とか名づけられた椿、椿の種類のうちでも花の小さい椿、その白をえらび、ただ一つのつぼみを生けます。色のない白は最も清らかであるとともに、最も多くの色を持ってゐます。

引用: 川端康成 『美しい日本の私』 より

川端康成は、この九年間座り続けながら思考沈黙の果てに悟りの境地に達したとされる、達磨大使の道歌を例えに無念無想の境に入り、「我」をなくして「無」になる修行に触れています。この「無」は西洋風の虚無ではなく、寧ろその逆の、万有が自在に通う空、無涯無辺、無尽蔵の心の宇宙なのだと。思索の主はあくまでも自己、さとりは自分ひとりの力で開かねばならなず、論理よりも直観です、とも。

問へば言ふ間はねば言はぬ達磨どの
心の内になにかあるべき
一休

もうひとつ一休の道歌を例えに道元や、日本の花道や庭園の「枯山水」に触れています。「山水」といふ言葉には、山と水、つまり自然の景色、山水画、つまり風景画、庭園などの意味から、「ものさびたさま」とか「さびしく、みすぼらしいこと」とかの意味まであり、茶道が尊ぶ「わび・さび」は勿論、寧ろ心の豊かさを蔵してのことであり、却って無辺の広さと無限の優麗とを宿しているのだ、と述べています。

心とはいかなるものを言ふならん
墨絵に書きし松風の音
一休

そして、最初に引用させて頂いた『美しい日本の私』 での川端康成の言葉。私はとても好きです。この「色のない白は最も清らかであるとともに、最も多くの色を持ってゐます」とは何とも日本人的美意識でしょう!けれど、今の日本はこの美学からかけ離れ、きっといつの日にかこのような日本は失われてゆくのではないだろうか、と懸念を抱く今日この頃なのです。以前に岡倉天心の 『茶の本』と日本の美を考えていた折からさらに、この憂国の念は深まるばかりです。進歩と変化は必要だと想うのですが、戦後アメリカによる日本解体の威力はやはり大成功であったのだ。アメリカン・ドリーム、ましてや北朝鮮の地上の楽園などは嘘だったのに、何かを信じながら戦後焼け野原になった日本を、ここまで立て直してくださった先輩方に敬意を表する気持ちと重なり合う複雑な想いが募ります。

●追記●
「美しい日本」と安倍首相がおっしゃる。先の衆議院選挙での自民党のポスターはどう書いていたのか?「ウソつかない」「TPP断固反対」「ブレない」「日本を耕す」と。でも先日TPP参加表明されました。よく分からない会見のまま突き進むことに懸念。川端康成の云う「美しい日本」とは「かつての日本」、「かつてあった日本」なのではないでしょうか。「TPPの交渉参加に反対!」「比例代表は自民党へ」と云いながら、まるでペテンのようなTPP交渉参加、そして日中韓FTAの交渉も今月26日から開始されると報道。日本は世界に開かれているではないですか。私は決して反米ではないのですが強国アメリカに追従の道は、もうそろそろ軌道修正する時ではないのだろうか、と想うのです。自国を守ることすら出来ない日本、伝統や文化を守ることが出来ない今の日本を、先人たちはどう想われるでしょう。あゝ、憂国の日々☆

b0106921_1264344.jpgb0106921_1262022.jpg嘘ばっかり!TPPも日中韓FTAも反対です。もっと説明と議論を!・・・でも邁進の道のようですね。日本が再び経済バブル?希望の光だとか。違う気がします。「美しい日本」っていったい何?

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by Claranomori | 2013-03-20 23:57 | 愛の花束・日本の抒情・文学
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VELVET MOON presents
『Salon de Velvet』
美と芸術を愛する友の会
 

●発足記念・第一弾●
「幻の黄金時代 オンリーイエスタディ80's」
~西村幸祐さんをお迎えしてのトーク・イベント~
何と!幸祐先生の大阪初となるトークライブです!

~イデオロギーを超えて~
尖閣、竹島、だけでない日本の危機!
日本の危機を80年代から透視する。


2012.10.13.(土) 
会場:MAMBO CAFE (マンボ・カフェ)
場所:大阪市北区大淀南1ー1ー14 2F TEL:03-5464-7411
開場:15:30 開始:16:00~
入場料:前売り2000円 当日2500円 (別途1Drink)
西村幸祐先生&Velvet Moon制作 レジュメ 付
そして、ご予約の方限定 Salon de Velvet Selection CDプレゼント♪

●当日会場にて西村幸祐先生のサイン付御本の即売コーナーもございます●

出演:西村幸祐(批評家) 
特別ゲスト:西村眞悟(元衆議院議員) 石平(評論家) 
藤井聡(京都大学教授) 一色正春(元海上保安官) 他

yamaten et chouchou (Velvet Moon)
主催:RECORD&CD SHOP VELVET MOON

●ご予約は上記のマンボ・カフェさん か
VELVET MOONのこちらへ ↓ 以下の件名でお願いいたします。
件名 「サロン・ド・ヴェルヴェット」・「幻の黄金時代 オンリーイエスタディ80's」イベント予約

満員御礼!前売りご予約が定員数に達しましたので、前売りご予約&当日チケット共に締め切らせて頂きました。10/13(土)当日、どうぞ宜しくお願い致します!

★「サロン・ド・ヴェルヴェット」発足記念の第一弾となる、豪華ゲストの先生方をお招きしてのトーク・イベントです。私chouchou主宰『BRIGITTE』の発展形のようなものになるかと思います。音楽や映像なども交えながら。

美とは?私の永遠の問いのようです。広義の芸術が好きですが、それらを中心に政治、思想を足したようなもので、日本を軸に世界を眺め色々な想いの方々との交流、会話の場になれば、と思ってます。堅苦しくなくて気楽に其々の想いや活動をされている方々が繋がる。「日本が好き」で何が悪い!愛国なるものは教わるものではない。けれど、愛国という言葉さえタブーの如き時を経て来た気がしています。

世代によって差異はあるのでしょうが、あまりにもグローバル社会、多文化共生を是と生きて来た感があります。イデオロギーを超えて、日本を軸に見渡し、歴史や文化を尊ぶことに心を傾けながら生きてゆきたいと思います。島国日本は長い歴史と文化が継承されています。でも解体勢力も。反日という内外の敵とは?!世界の国々には素晴らしき文化と人々がおられます。世界の文化に触れながら、決して国粋主義ではないけれど、もう少しわが国日本のことを考えたい、考えなければならないと思っています。経済的に豊かな日本に生まれ育ちました。それは先代の方々のお陰です。けれど今だけではなく、次世代へと継承される美しき日本について、実はよく知らない。

どうも中国や韓国は反日意識が強く、反日プロパガンダで国が纏まるのだと知った折はショックでした。今、世界的に民族、移民問題が起きています。個人的な交流と国家としての友好は分けて考えないといけない。誤解される方もおられますが、冷静に視点を変えると、今や日本で生きる日本人の方が逆差別を受けているかのように感じるのです。なぜでしょう。歴史のある、他に例のない民主国家である日本の美しさが失われてゆくのに、なるがままで良いとは思えないのです。

今回は西村幸祐先生の最新の著書である『幻の黄金時代 オンリーイエスタディ'80s』を中心に各先生方とのお話をお聞きしたり、質問したりしたいです。オープニングでは幸祐先生と私で少し、このトークイベント実現の経緯などに触れ、そして後は私もお話をお聞きして勉強させて頂きたいと思います。出会いや繋がるご縁に感謝いたします。堅苦しいイベントではございませんので、どうぞお気軽にお越しください。よろしくお願いいたします!
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by claranomori | 2012-09-09 10:44 | イベントのお知らせ
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★老いてこそ人生!私の人生に於いて最後のヒーローとも云うべきお方、石原慎太郎氏の文壇登場から57年。こんなに賞讃と批判のお方も珍しい。三島由紀夫氏がおっしゃったように、それは石原氏がエトランジェであるからだろうと、その意味合いも分かるようになりました。戦中、戦後派文学の中でも、やはり異色の存在。その上、大政治家でもある。思えば、ロマン主義の時代から文学者が政治の世界へも向かわざるをえない状況が度々あった。偉大なるゲーテ然り、シャトーブリアン然り。政治的イデオロギーを超えて、石原慎太郎氏を中心に、その時々を辿りながら日本を、世界を見つめてみようと想います。友人曰く、私は文化保守的人間だそうです。けれど、どちらかというとかなり左派の傾向も強いのです。右派左派と政治的スタンスで線引きできる現実ではありませんし、どちらが良いとかも想いません。ただ、日本人でありながら日本が好きだ、という意志表示がまるでタブーの如き日々を過ごしてきたことに疑問を抱き始めたのです。愛国という言葉がイコール右翼ですか?私はフランスという国や文化が好きで幼い頃から影響を受けて今に至ります。好きな男優のお一人でもあるイヴ・モンタンは奥様のシモーヌ・シニョレと共に、フランス共産党支持者でした。リベラル、左翼党です。けれど、その党のスローガンには「愛国主義」と謳われていました。本来、右も左も自国を愛する、という根本があったはずです。一党独裁国のようなお国は別でしょうけれど。

そんな訳で、今後は大まかなイメージですが、此方の「クララの森・少女愛惜」では母権的、少年少女、柔和。新ブログ→「石原慎太郎・憂国のエトランジェ」では父権的、実存文学や美学、ストイシズムのようなものを見つめ標榜できると良いと想っています。石原氏の書物は膨大ですが読破ものんびり目指したいです。映画の脚本も何十本も手掛けておられ、それらの映画も観たいのですが、ソフト化されていない作品も多数です。お芝居の脚本も仲良しだった寺山修司氏とは表現世界が異なりますが読んだりすると、わくわくします。私の年齢も人生の曲がり角を過ぎたとも云え、回帰し行き着く先はやはり少女時代からの憧れや好きな世界と繋がるのです。それがはっきりと、石原慎太郎氏という存在、その言葉たちに出会うことが出来ました。なので、難解な御本も読んだりしていますが、心は晴れ晴れと、快活に過ごしてゆけそうな気分を愉しんでいます。いつも、更新を待ってくださっている方々や気にかけてくださる方々に感謝しています。ありがとうございます!今後ともどうぞ末永くお付き合いください。

※上の画像は、今日更新した読書メモで、「セーレン・キェルケゴールの青年時代の覚え書き 『キェルケゴールの生涯と作品』 著:フリチオフ・ブラント」というものです。そちらにも、どうぞお気軽にコメント等にお越しくださいね。ブロブ名の「石原慎太郎・憂国のエトランジェ」のエトランジェは三島氏のお言葉から頂きました。
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by Claranomori | 2012-06-05 22:03 | 19世紀★憂愁のロマンと美