あまりにも私的な少女幻想、あるいは束の間の光の雫。少女少年・映画・音楽・文学・絵画・神話・妖精たちとの美しきロマンの旅路♪


by chouchou
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タグ:戦争による悲劇 ( 35 ) タグの人気記事

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★「なぜ?」と問いながら生きてゆく。それが人生なのだと想いながら、ふと懐かしいフランス映画が脳裡に蘇り、深夜観返していました。多分3度目ですが、前回観た折は超平和ボケの頃で、ただただ少年同士の友情や別れに号泣するばかりでした。けれど、今回は細部の台詞や時代背景などを注意しながら観ることが出来、戦中戦後、現在の日本の状況とも重なり合う部分が多々あることに気づき想いもさらに。

前々から、フランスに親近感を抱いているのですが、そんなお話を友人にすると、私が長年フランス贔屓なので日本との親和性を見つける脳になっているのでは、という愉快な会話。自分でもそうかもね...と想うので、出来るだけ冷静に鑑賞してゆきたいです。けれど、やはりシンパシーを抱きます!フランスは戦勝国ながらドイツ、ナチス占領下にありました。日本は敗戦後GHQ占領下にありました。お国柄も人種も異なりますが、この『サンドイッチの年』の中で描かれる幾多の共通項故に。主人公はヴィクトール少年(演じるトマ・ラングマンはクロード・ベリの息子さん)と彼を雇い面倒をみてくれるマックス小父さんとも云えます。共にポーランド系ユダヤ人で家族を失っています。マックスはクズ屋(字幕に依る)を営んでいるけれど、戦後のどさくさで闇市商売をしている人々、GI(アメリカ)、フランスのキリスト教者たちに対して距離を置いて生活している、やや頑固な小父さん。近隣の人々が戦後すっかりGI及びアメリカ製、英語、米国という異国に憧れを抱いている様子とは対照的なユダヤ系フランス人で、ユダヤ人としての誇りを強く持ち続けて生きているのですが、異教である十字を切ることも出来る。
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日本ではユダヤ人ということでの排他的気運からは離れて来たものの、イラン、イラク、イスラエル、パレスチナへの姿勢はアメリカに倣え。朝鮮戦争もあり二つに分かれた韓国と北朝鮮との関係もねじれたまま、根本的な問題を棚上げにしながら混沌化。白洲次郎氏の「アメリカは食料だけはくれた」というような記述を読んだ事があります。日本を奴隷制度にしなかったアメリカは、嘗てのフランスやイギリスのアジア諸国で強いていた植民地制度とは異なり良かったと想います。今想うのはやはり異国、異教徒の人々との共生は言葉では「お互い寛容に」と想いながらも、そんな言葉も薄っぺらいものに過ぎず、分からないものは分からない。けれど、異なる国家や文化に対してお互いが理解を示そうと歩み寄る対話は拒絶してはならないように想うのです。それらを戦後日本はお金で解決しようとばかりして来たのではないでしょうか。故に、隣国(中国、北朝鮮、韓国、ロシアと地政学的に大変ピンチな状況!)との摩擦が生じたまま解決策も見いだせないまま今日に至るような。

陽がまた昇る限り いい日も来る。
今年のような年は、ハムの薄切れのようなものだ。
2枚の厚いパンの間にはさまって、つまり、サンドイッチの年だ。
そういう時はよく噛みしめなきゃならん。
カラシが一杯で涙が出ても 全部食べなきゃならんのだ。
全部だ、いいな。

このように終盤、ヴィクトールにマックスが語ります。ここで込み上げてくるように涙が溢れました。嗚呼、美しくも儚く過ぎゆくけれど、決して失われはしない10代の風景!兎に角、再確認できた事の一つはマックス役のヴォイチェフ・プショニャックはやはり素晴らしい俳優だ、という事です。ポーランド(現在はウクライナ)出身の、アンジェイ・ワイダ監督作品に欠かせないお方であり、大好きな『コルチャック先生』でヤヌシュ・コルチャックを演じていたお方です。歳を重ねる毎にアンジェイ・ワイダ監督や石原慎太郎氏が好きになってゆく私ですが、色々と合点!因みに、この主人公のヴィクトールの年齢は15歳(石原慎太郎、浅利慶太、大島渚は皆ヴィクトール少年と同年齢)。この『サンドイッチの年』での舞台となる年は1947年7月~8月。第二次世界大戦中と戦後を、サンドイッチの年として現体験している世代の方々なのです。これは逃れようのない運命とは云え、その体験から来る想いは書物で詰め込んだ歴史観、国家観よりもずっしりと重く響くようです。日本を想い社会と共闘して来た先輩方にイデオロギーや思想の差異はあれど、私の世代などには希薄な何か連帯、仲間という意識が強く心に刻まれているのだと想え、憧憬のような気持ちも抱きます☆

サンドイッチの年 / LES ANNEES SANDWICHES
1988年・フランス映画
監督:ピエール・ブートロン
製作:フィリップ・デュサール
原作:セルジュ・レンツ 脚本:ピエール・ブートロン、ジャン=クロード・グルンベルグ
撮影:ドミニク・ブラバン 音楽:ロマン・ロマネッリ
出演:トマ・ラングマン、ニコラ・ジロディ、ヴォイチェフ・プショニャック、ミシェル・オーモン、クロヴィス・コルニアック、フランソワ・ペロー

【あらすじ】 1947年7月、15歳の少年ヴィクトール(トマ・ラングマン)は、両親がナチスに連れ去られて以来、初めてパリに戻ってきた。地理に不案内な彼は地下鉄構内で、伯父さんの仕事を手伝うためにパリに到着したばかりの金持ちの息子フェリックス(ニコラ・ジロディ)と出会い、すっかり意気投合する。彼の案内でかつて住んでいたアパートを訪ねるヴィクトールであったがそこにはもう彼の知る人は誰も住んでいなかった。途方にくれて街を彷徨い歩いているうちに古物商の戸に貼られた求人広告を見つけ、行く宛のない彼は店主のマックス(ヴォイツェフ・プショニャック)に雇ってくれるように頼み込み、やがて屋根裏部屋に住み込みで店の手伝いをする事になったヴィクトールは、おこりんぼで皮肉屋、一筋縄ではゆかない偏屈者、しかしユーモラスで傍若無人の頭の裏には温かい心が隠されている複雑な人柄をもつマックスにあたふたと振り回される日々と、親友フェリックスとの心躍る出来事に満ちた楽しい休日の中で生活してゆくことになる。ところがそんな時に、闇取引をしている少年ブブル(クローヴィス・コルニヤック)と接し、その取引の場に首を突っ込むことになった二人は、予期せぬ事件からフェリックスが大怪我をうけたことにより、彼の家族から交際を禁じられてしまう。すっかり落ち込んでしまうヴィクトールに、マックスは静かに穏やかに、そして優しく温かく彼をなぐさめるのだった。だれの人生にも“サンドイッチの年”がある。人生の中で最も中味の濃い時期、噛めば噛むほどに味わい深くなる人生のちょうどつなぎの年、ヴィクトールにとって今がその“サンドイッチの年”なのだ、と……。(参照:MovieWalkerより)
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by claranomori | 2013-03-21 10:36 | 銀幕の美少年・少年映画
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静かな風景さえも、鳥の飛び交う草原や、刈り入れ時の畑、あるいは緑の燃え盛っている草地でさえも、車が通り、農民や恋人たちが歩いている道さえも、朝市がたち、教会の鐘楼の見えるヴァカンスを過ごす村さえも、ごく簡単に、絶滅収容所に通じているかもしれない。
ジャン・ケロール

★『夜と霧』という映像を観たのは偶然テレビでだった。これほどのドキュメンタリー映画の衝撃は、その後もいまだに私にはない。アラン・レネの要望で実際に収容所に収容された体験のある作家ジャン・ケロールによって、この危険を伴う作業は進められたという。このアウシュビッツの生々しい映像ドキュメンタリーを初めて観た時から随分時が経つけれど、今も甦るのは凄まじい恐怖の歴史と哀しく美しいミシェル・ブーケのこのナレーションの印象。戦争の恐怖、人が人を虐殺するという残虐な殺戮、けれど逃れることの出来ない時代の大きな渦の中に巻き込まれる歴史に是非はないようにも思います。私はホロコースト映画をも見逃すわけにはゆかないのです、なぜだか。これもまた人間の姿であるという悲劇。ナチス・ドイツの姿は何も遥か彼方の歴史ではない。そして、隣国の一党独裁体制下の中国共産党の侵略は、今もなお続いています。日本もその標的であることの脅威...!

夜と霧 / NUIT ET BROUILLARD
1955年・フランス映画 
監督:アラン・レネ 製作:アナトール・ドーマン
原作・脚本:ジャン・ケロール 
撮影:ギスラン・クロケ、サッシャ・ヴィエルニ
音楽:ハンス・アイスラー ナレーション:ミシェル・ブーケ

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この本は、人間の極限悪を強調し、怒りをたたきつけているが、強制収容所で教授が深い、清らかな心を持ち続けたことは、人間が信頼できるということを示してくれた。この怖ろしい書物にくらべては、ダンテの地獄さえ童話的だといえるほどである。しかし私の驚きは、ここに充たされているような極限の悪を人間が行ったことより、かかる悪のどん底に投げ込まれても、人間がかくまで高貴に、自由に、麗わしい心情をもって生き得たかと思うことの方に強くあった。その意味からフランクル教授の手記は現代のヨブ記とも称すべく、まことに詩以上の詩である。
引用野上弥生子 『夜と霧』 書評 より
『夜と霧』 1997年新装版 著:V.E.フランクル 訳:霜山徳爾

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by claranomori | 2012-10-24 23:58 | 文学と映画★文芸・史劇
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★昨日に続き、アレクサンドル・ソクーロフ監督映画かニキータ・ミハルコフ監督映画のことにしようかと想ったのですが、今日は初めて観たロシアのことにします。初めて観たと云っても映像の中での出会いで、イタリアの名匠ヴィットリオ・デ・シーカ監督の『ひまわり』(1970年)という名作です。ソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニ、イタリア映画に欠かせない名優のお二人が主役。このコンビ映画は多数ありどれも好きです。殊にマルチェロ・マストロヤンニは私の好きな男優のベスト5に入るお方で大好きです。このイタリア映画である『ひまわり』は初めてソ連でのロケを許可された海外作品でもあります。この映画が好きなのは、すべてが素晴らしいと想えること。ソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニ、そしてもうお一人、リュドミラ・サベリーエワの憂い漂う美しさが初めて観た折から今も印象強く残っています。そして、ヘンリー・マンシーニの主題歌もまた耳にというか心の中に深く残っています。美しくも哀切なメロディーが映像と一体化し名場面を哀愁を伴い蘇らせるのです。
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私は戦争を描いた作品が好きですが、戦闘場面よりもその状況下で生きる人々の姿を描くことでの、声高く反戦を叫ぶのではなく、静かに訴えかける作品が好きです。そういう意味でも、この『ひまわり』は良質の反戦映画の一つだと想います。誰も悪くはない。戦争さえなければ引き裂かれることのなかった男女。けれど、逃れることのできない運命もまた人生だと考えさせられます。ひまわりが一面に咲く場面は圧倒的映像力です。ソフィア・ローレンの名演にも心打たれますが、あのひまわりの下には戦争で亡くなった兵士たちが眠っている墓地であること、あの鮮やかに咲き誇るひまわりと多くの死者たちの眠り。ヴィットリオ・デ・シーカの作品の多くが好きなのは、美を映し出しながらも人生の悲哀や運命をも描く上等さというようなものだろうか。

他にも色々印象強く残っている場面のこと、想いがあるのですがあり過ぎるのでまたの機会にと想いますが、2つだけ。出演者のカルロ・ポンティ・ジュニアとは、カルロ・ポンティとソフィア・ローレンのお子様で赤ちゃんが登場しますがその方です。そして、アントニオとマーシャの娘である少女がジョバンナに"ボンジョルノ"と挨拶する場面。大人たちの事情を知らない無垢な少女の一言と、哀しい現実を受け止めなくてはならないジョバンナの心。幾度観ても泣いてしまいます。


●映画『ひまわり』でのヘンリー・マンシーニによる哀愁の主題歌です♪

ひまわり/I GIRASOLI
1970年・イタリア映画
監督:ヴィットリオ・デ・シーカ
製作:ヴィットリオ・デ・シーカ、カルロ・ポンティ
脚本:チェザーレ・ザヴァッティーニ、
トニーノ・グエッラ、ゲオルギ・ムディバニ
撮影:ジュゼッペ・ロトゥンノ 音楽:ヘンリー・マンシーニ
出演:ソフィア・ローレン、マルチェロ・マストロヤンニ、リュドミラ・サベリーエワ、アンナ・カレナ、ジェルマーノ・ロンゴ、グラウコ・オノラート、カルロ・ポンティ・ジュニア
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【あらすじ】 貧しいお針子のジョバンナ(ソフィア・ローレン)と電気技師のアントニオ(マルチェロ・マストロヤンニ)は、ベスビアス火山をあおぐ、美しいナポリの海岸で出逢い、恋におちた。だが、その二人の上に、第二次大戦の暗い影がおちはじめた。ナポリで結婚式をあげた二人は、新婚旅行の計画を立てたが、アントニオの徴兵日まで、一四日間しか残されていなかった。思いあまった末、アントニオは精神病を装い、徴兵を逃れようとしたが、夢破ぶられ、そのために、酷寒のシベリア戦線に送られてしまった。前線では、ソ連の厳寒の中で、イタリア兵が次々と倒れていった。アントニオも死の一歩手前までいったが、ソ連娘マーシャ(リュドミラ・サベーリエワ)に助けられた。年月は過ぎ、一人イタリアに残され、アントニオの母(アンナ・カレナ)と淋しく暮していたジョバンナのもとへ、夫の行方不明という、通知が届いた。これを信じきれない彼女は、最後にアントニオに会ったという復員兵(グラウコ・オノラート)の話を聞き、ソ連へ出かける決意を固めるのだった。

異国の地モスクワにおりたった彼女は、おそってくる不安にもめげす、アントニオを探しつづけた。そして何日目かに、彼女は、モスクワ郊外の住宅地で、一人の清楚な女性に声をかけた。この女性こそ今はアントニオと結婚し、子供までもうけたマーシャであった。すべてを察したジョバンナは、引き裂かれるような衝撃を受けて、よろめく足どりのまま、ひとり駅へ向った。逃げるように汽車にとびのった彼女だったが、それを務めから戻ったアントニオが見てしまった。ミラノに戻ったジョバンナは、傷心の幾月かを過したが、ある嵐の夜、アントニオから電話を受けた。彼もあの日以後、落ち着きを失った生活の中で、苦しみぬき、いまマーシャのはからいでイタリアにやってきたとのことだった。まよったあげく、二人はついに再会した。しかし、二人の感情のすれ違いは、どうしようもなかった。そして、ジョバンナに、現在の夫エトレ(ジェルマーノ・ロンゴ)の話と、二人の間に出来た赤ん坊(カルロ・ポンテイ・ジュニア)を見せられたアントニオは、別離の時が来たことを知るのだった。翌日、モスクワ行の汽車にのるアントニオを、ジョバンナは見送りに来た。万感の思いを胸に去って行く彼を見おくるこのホームは、何年か前に、やはり彼女が戦場へおもむく若き夫を見送った、そのホームだった。 (参照:goo映画より)

●追記です●
★映像の中での"初めて観たロシアのこと"は、この『ひまわり』が最初で当時ソ連時代でしたが、そのソ連の街や風景を観れたものとしての最初です。ロシア(旧ソ連)の最初の映像体験は学校で観た『戦艦ポチョムキン』でした。一人の先生が短く解説してくださったのですが、資料のようなものは配られず、15歳の私にはほとんど理解出来ず。年月を経てDVD化されたもので再度観直しました。ロシア映画に於いて、重要な作品であることを知りました。年月が必要な映画は数多いです。殊に、歴史劇や社会派ドラマなどは、その時代背景を少しでも知るとある場面がくっきりしてくる、そして再度感動に至る。やはり、映画は最良の娯楽であり学びの宝庫です☆
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by claranomori | 2012-02-03 07:58 | キネマの夢・シネマ万華鏡
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★今日も怖い夢で目が覚めた。明日で新年1月も終わり2月となり3月を迎える。あの3月11日から間もなく1年。戦後生まれの者にとって忘れられない大震災が日本で起こった。その上に原発事故で今も復興ままならぬ状態が続く。この日本の大災害がなければ3月20日未明(日本時間)に始まったリビア戦争が新聞のトップを飾る出来事だっただろう。英仏米による多国籍軍とリビア、カダフィー政権との戦い。戦争は世界中でいつも起こって来たし起こり続けている。世界の平和を願う人々の気持ちがいくら大きくとも。ガンジー思想を理想と心に掲げてもそんな日は来ないだろう。中東諸国の原油生産量が多い土地柄は幸か不幸か。今、最も大きな中東問題はイランがホルムズ海峡を封鎖すると声明したことだろう。日本にとっても大きなこと。何年前だったか中東情勢をテレビで観た折の小さな体には大きすぎる銃を持った少年兵たちの姿が脳裏に焼き付いている。勇んで気を吐く少年も居れば、怖がっていた少年も居た。それでも彼らは祖国のために戦場に向かわねばならない。運命という逃れられないものがいつも誰にもある。戦争に悪も善もないのだろう。今回のイランに対しては日本は立場的に欧米に歩調を合わせるしかないのだろう。言語も宗教も肌の色も違うことは長い歴史の中で今も紛争の要因だとも想う。どちら側か一方の視点だけで正義も悪もあったものでなはい。私が「戦争による悲劇」と想う折は、その国々の子供たち、少年少女たちを直ぐに想う。それがどうしてか、私の中のどこから其処に向かうのかは自分でも分からないけれど。

2001年のアメリカ製作の『プロミス』というドキュメンタリー映画を想い出す。主な舞台となる場所はパレスチナで、パレスチナ・イスラエル問題を現地の子供たちの姿と共に観る者に問題提起した映画だと想います。公開前に東京の友人にこの映画のことを教えて頂いた。監督はジャスティン・シャピロ、B・Z・ゴールドバーグ、カルロス・ボラドの三人でボストン生まれのアメリカ人ながら少年時代をイスラエルで過ごしたB・Z・ゴールドバーグ監督が提案者。パレスチナとイスラエルの長い対立の中で、今も昔も戦争と隣り合わせの日常を過ごす子供たち。家族や友の命を奪われても、それでも彼らはその地で生きてゆかねばならない。B・Z・ゴールドバーグは、そんな紛争と和平の狭間にいる子供たちの声が聞きたくなったという。1997年から2000年の和平交渉の時期に撮られた映画で、パレスチナとイスラエルの子供たち7人(8歳から12歳の少年少女たち)を取材したもの。お互いほんの20分足らずの場所に住んでいるのに、彼らはお互いの事を知らない。ユダヤ人の双子の少年ヤルコとダニエルはパレスチナ人の少年ファラジの写真をB・Z・ゴールドバーグ監督に見せてもらい、彼に会いたいと想う。反対する子供もいるけれど、彼らは初めてファラジが中心となり会合を開く事になる。難民キャンプを訪れ、食卓を囲みサッカーをして遊ぶうち距離は縮まってゆくが、歩み寄りたい彼らの願いは叶わず、友情の約束は束の間の出来事として、その後もお互いの現実を生きてゆく。その遮断されたもの、壁は途轍もなく厚く強固である。7人の内、唯一の女の子サナベルの愛らしい姿と瞳がどうしても忘れられない。
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●7人の子供たち●
ファラジ
デヘイシャの難民キャンプに住む少年。イスラエル兵に殺された友達の仇をとりたいと想っている。
「いつか必ずこの土地を取り返してやる。いつか次の世代がパレスチナを開放し、故郷を取り戻してくれる」
ヤルコとダニエル
西エルサレムに住む双子の兄弟。関心事は陸軍、宗教、バレーボール。祖父はドイツのユダヤ人強制収容所の体験者である。
「イスラエルでは自分で自分を守らなければならないんだ。仲良く暮らせばよいのに」ヤルコ
「戦争やテロで人々が死んだと聞くたびに殺し合ってバカみたいだと感じる」ダニエル
サナベル
デヘイシャの難民キャンプに住む少女。ジャーナリストの父親は刑務所に2年も抑留されている。
「エルサレムはキャンプから10分なのに私はまだ一度も行ったことがないのよ。検問所のせいでね」
マハムード
東エルサレムに住み、ハマス(イスラム抵抗運動)を支持している少年。父親は旧市街のイスラム教徒地区で、三代に渡り香辛料とコーヒーを売るお店を経営している。
「ここは絶対アラブ人の土地さ。何をどう言おうと変わらない。ここで生まれ育ったのは僕らだ」
シュロモ
ユダヤ教徒地区に住み、1日12時間トーラー(モーセ五書)を勉強している。超正統派ユダヤ教徒なので兵役義務は免除され、国から給付を受け神学校に席を置いている少年。
「彼らの気持ちも分かる。50年前に土地を奪われて心細いんだと思う。でも、アラブ人とは友達になれない」
モイセ
歴史の古いベイト・エル入植地に住む少年。将来はイスラエル軍の最高司令官になり、アラブ人を一人残らずエルサレムから追い出したいと思っている。
「ここはユダヤ人の地だ。アラブ人と仲良くなんかしたら友達に臆病者扱いされちゃうよ」

★資料を基に打ちながら涙が出て止まりません。彼らの中で誰が間違っていて、誰が正しいとか想えないです。もうみんな二十歳を過ぎた頃ですが映像の中でしか知らないけれど、出会えて嬉しいです。

プロミス/PROMISES
2001年・アメリカ映画
監督・製作:ジャスティン・シャピロ、B・Z・ゴールドバーグ
共同監督・編集:カルロス・ボラド
撮影:イアン・バックビンダー、ヨーラム・ミロ
出演:B・Z・ゴールドバーグ
ファラジ、ヤルコ、ダニエル、サナベル、マハムード、シュロモ、モイセ
(実在の少年少女たち)
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※赤い丸で囲んだ辺りがホルムズ海峡です。

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by Claranomori | 2012-01-30 21:42 | 銀幕の少女たち・少女映画
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★猛暑がまだまだ続く中、相変わらず複雑な想いは常に傍らに。不安定な体調・・・どうにか心のバランスを保てますように!という日々を過ごしています。それにしても、凄いことになっている日本。ある意味、この時代を生きること、体験できることは崇高なる学びだとも想える。東北も梅雨明けしたそうなので暑いでしょうね。どうか頑張ってください!

 クロード・ドビュッシー(CLAUDE DEBUSSY:1862年8月22日~1918年3月25日)という、フランスの19世紀から20世紀初頭の生涯をふと想うことがある。偉大なる作曲家であり詩人でもあったお方。優れた好きな楽曲は多数あるのですが、今日は『もう家の無い子のためのクリスマス』あるいは『家なき子等のクリスマス』と題された、1915年のドビュッシーの残した最後の歌曲で作詞作曲共にドビュッシー自身によるものです。1915年のこの『もう家の無い子のためのクリスマス』は、第一次世界大戦の悲劇がドビュッシーの心を深く動揺させたとされ、ドビュッシーは癌という重い病と闘いながらも、フランスが敵軍に占領され、不安と恐怖に怯える荒廃した地方の子供たちに捧げられた悲痛な想いの詩でもあります。

もう家もない!
敵はみんな、みんな、みんな取ってしまった

僕たちの小さな寝床まで!
学校も先生も焼いた
教会もキリストさまの銅像も焼いた
動けなかった乞食のおじいさいも焼いた!

もう家もない!
敵はみんな、みんな、みんな取ってしまった

僕たちの小さな寝床まで!
そうだ!お父さんは戦争に行っている
お母さんはこんな目にあうまえに死んだ!

・・・

どうぞ毎日のパンを下さい。

キリストさま! きいてください。
もう小さな木靴もありません。
でも、フランスの子供に勝利を与えて下さい!

もう家の無い子のためのクリスマス 作:クロード・ドビュッシー
 
 音楽ジャンルに深く拘りはないし偏見もない。ただ心に響く曲、相性の良い曲を好んで聴いている気がします。クラシック音楽から見た歌曲は、これまた大好きなシャンソンとの繋がりは強いながらも敬遠されがちなようですが、私はそんなお堅い音楽論は苦手だしあまり興味もない。このクロード・ドビュッシーは、私の好きな音楽家たち(シャンソンでもロックでもポップスでも)のように、メロディーと詩のハーモニーが絶妙であり、前人未到の域のお方でさえあると想う。楽想と詩想、音楽と言葉というものを見事に融合し一つの作品(楽曲)と成し得ているのだから☆
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by claranomori | 2011-07-19 11:48 | 詩人・作家・画家・芸術家
 時々云っているかもしれないけれど、私は「岩波文庫」が大好き!初めて手にしたのは中学生の頃だけれど、それ以前にも岩波ジュニア新書という児童文学等の優れた作品群があるので、総じて子供時代から「読書は岩波育ち」と断言できる。梅田の紀伊国屋書店での購入が最も多く、当時は先ず岩波文庫のコーナーに向かった。今はデザインが新装されているけれど、あのベージュのシンプルなデザインと質感が好きで、今もやはり愛着がある。お友達と一緒に書店に行くと、岩波文庫を買うのは私だけだった。仲の良かった級友は当時人気だったコバルト文庫ものをいつも買っていた。私は岩波文庫の次に好きだったのは新潮文庫。高校生後半から白水社のUブックスを知り20代までに網羅は出来ていないけれどかなり読んだ。とても愉しい本との想い出。

 3月11日から3ヶ月以上を経過して遂に猛暑到来の季節になった。多くの方がこの東日本大震災でお亡くなりになり、多くのものが失われてしまった。その上、原発事故で命ある者までも不安な状態で、これは日本だけの問題ではないのでかなり深刻なこと。総理や東電の会見や責める声、反原発、脱原発、推進派の人々の様々な意見が毎日ニュースで賑わう。けれど、今も瓦礫は積まれ避難所生活の人々、全壊した家屋から新たな一歩を踏み出し始めた人々、放射能の危険にさらされながら作業されている人々...この大災害から助かった命ある人々を想う。家族を失った方も多いけれど、それでも生きて行かなければならない。漁業が出来なくなったから農業を始めるという60代の女性の姿をニュースで知った。60代になって今までまったく経験のないお仕事を始める。穏やかな語りのその女性はあまりにも強靭で尊い姿として私は涙が出てしまった。私にはそんな強さはないだろうから...。

 4月頃だったかな?『きけ わだつみのこえ』を読んだ。岩波文庫のワイド版で。私は数ある岩波文庫の中でこの『きけ わだつみのこえ』はなかなか読めずにいたもの。結局読んだけれど、やはり読んでいて辛いし、20歳前後の若き命、ただ一度だけの青春時代という時間を戦争に捧げるのだと想うと。でも、編集顧問の東大教授でフランス文学者の渡辺一夫氏による序文の中の詩がおぼろげに残っていたもので、再読ではっきりしてメモに取っておいた。4月頃のブログで書こうかと思いながら何となく戸惑いもあり今日になってしまった。その詩はフランスのレジスタンス詩人であるジャン・タルジューが、1943年の『詩人の光栄』という詩集に収められていたものだそうだ。ジャン・タルジューのこの詩は第二次世界大戦中に刊行されたというのも驚く。フランスは連合軍ながらアメリカやイギリス軍とは違って、ドイツとはかなり激しい戦いがあり、ナチスの占領下の時期も経ての勝利国というなんとも複雑な重い歴史を抱えている。ゆえに、その時代を描いた映画も多く今も作られ続けるのだろう。レジスタンスに身を投じ若き命を失った人たちは世界中にどのくらいおられるだろう。戦争なんて必要ないと想うのに太古の昔から今日も果てしなく続いている。私はガンジーを尊敬しているので反戦云々とも少し違う。日本がこの大震災に遭った時、フランスとイギリス(アメリカも)はリビア戦が過熱していた。ヨーロッパの闘いの歴史もまた凄まじいものでかなり複雑怪奇...学びと思考の日々は続く。

死んだ人々は、還ってこない以上、
 生き残った人々は、何が判ればいい?

 死んだ人々には、慨く術もない以上、
 生き残った人々は、誰のこと、何を、慨いたらいい?

 死んだ人々は、もはや黙ってはいられぬ以上、
 生き残った人々は沈黙を守るべきなのか?

 詩:ジャン・タルジュー 訳:渡辺一夫 1949年8月31日

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※「わだつみ」とは「わたつみ」、「海神」という意味の古語だそうですので、なんとも・・・。また、未見なのですが映画化もされているそうです。
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by claranomori | 2011-06-28 09:42 | 想い・鑑賞・読書メモ
b0106921_1129436.jpg『はなのすきなうし』
作:マンロー・リーフ
絵:ロバート・ローソン
訳:光吉夏弥
発行:岩波書店
初刊:1936年

★アメリカの児童文学作家マンロー・リーフ (Munro Leaf:1905年12月4日~1976年12月21日)の名作絵本『はなのすきなうし』の初刊は1936年。挿絵はマンロー・リーフの友人である同じくアメリカの画家ロバート・ローソン(Robert Lawson:1892年10月4日~1957年5月27日)が担当しています。

舞台はスペイン。主人公であるフェルジナンドは幼い頃からお花が大好きでひとり静かにお花の香りを嗅いで静かに過ごしている愛らしい牛。他の多くの牛たちは闘牛場で勇敢に闘うことを夢に見て過ごしている。そんなある日、闘牛探しにやってきた5人の男性。他の牛たちは自分をアピールするために唸ったり威勢が良い。愛しきフェルジナンドときたら、まったく興味もなくいつもの場所でお花のにおいを嗅ごうと草の上に座るのだけれど、運悪くそこにはハチが居てお尻を刺されてしまう。痛くて飛び上がって大騒ぎとなったフェルジナンドは、マドリッドへ連れて行かれることに。

闘牛場にひきだされたフェルジナンドは、闘牛士たちがいくら躍起になって挑発しようが、一向に闘う気配はない。けれど観客席には胸や帽子に芳しい花をつけたご婦人がたがいっぱい。フェルジナンドはその芳香をうっとりと嗅ぐばかり。闘牛としてまったく役に立たないフェルジナンドは無事、もとの平和な牧場に帰され、お花に包まれた静かなしあわせな生活に戻れました。ああ、良かったね!フェルジナンド君♪

初刊の1936年はスペイン内戦真っ只中であったために、かなりの論議を醸し出したそうです。発禁処分にも遭っていて、ナチスドイツにも燃やされてしまい、日本でも1941年(昭和16年)に『花と牛』という題で出版された折も、当時の軍国主義者たちから戦争を否定しているとして猛烈な攻撃を受けたという。けれど、いまなお、この作品が世界中で読まれ愛され続けている。お花を愛することは平和を愛することと繋がっていると思います。

人ぞれぞれの解釈がありますが、私は"武器よりお花を!"という性質なので、とてもこのフェルジナンドの気持ちが分かるようで、また人間世界に置き換えた場合でも、「女の子だからこうありなさい」「男の子なんだからもっと強く」「みんなと仲良く遊びなさい」「今の日本はこうでなければならない」...云々と大人たちは子供をある枠にはめようとすることも多い。他の人と違ってもいいじゃないのって子供の頃から思って生きて来た私はなおさら、このフェルジナンドが同士のようにさえ感じられるのです。この子牛のフェルジナンドのお母さんも寛容で素晴らしいです。我が子の感性や好きな世界、性格を優しく受け入れている。一人で遊ぶことの楽しさもあれば、お友達と遊ぶ楽しさもある。私は誘われないと外で遊ぶ子供ではなく、いつも一人でお人形遊びや少女マンガ(悲しいお話が子供の頃から好きでした)を読む時間を優先していたものでした...と回顧♪
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by claranomori | 2011-01-21 11:27 | 童話・絵本・挿絵画家
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★ロシアで父と暮らす貧しいユダヤの少女フィゲレ。この幼女役のクローディア・ランダー=デュークという少女がとても可愛かった!2005年に観た折のメモ書き程度の感想にも、やはりこの小さな少女子役クローディアのことを、「前歯が抜けている場面とか子供特有の動きにキュンとなる」などと書いていた。欲を云えば、この少女時代をもう少し観てみたかった...。

少女フィゲレはロシアからイギリス、フランスへと渡り、成長してゆく。少女フィゲレの成長後、この映画の主役のスージー(フィゲレ)役はクリスティナ・リッチ。チェーザー役はジョニー・デップで、少ししか出てこなくて台詞も大してないのだけれど、存在感を残していた。ジョニー・デップ・ファンの友人が多いのだけれど、私は熱狂的ではないけれど俳優として好きだと云える。作品によって様々な人物になるけれど、このチェーザー役のジョニー・デップは好き。クリスティナ・リッチは10歳位から子役として順調に演技力を身につけている。何かを感じさせる人だ。小さくて丸っこい体型と大きな瞳も個性に思う。残念ながら、その後は体型を変えてしまったけれど。私はこの作品の中では断然!ケイト・ブランシェットが好きなので彼女の鮮やかでしっかりとした存在感、巧さを感じさせる演技にうっとりするのだった。ケイト・ブランシェットが大きいのでクリスティナ・リッチと並ぶと凄い身長差。 ジョン・タトゥーロはナボコフ原作の『愛のエチュード』(チェスの名手役)でとても感動した。この『耳に残るは君の歌声』ではオペラ歌手の役ダンテ。アメリカ人ながらヨーロッパ映画にもよく出演されるのが何か分かる気がする...どことなく顔つきが暗く決して陽気な快活さではない。ナイーヴな繊細な演技の出来る俳優だと思う。ケイト・ブランシェットはとにかくカメレオン女優で本当に何を拝見しても上手だし素敵!その他、ハリー・ディーン・スタントンにオレグ・ヤンコフスキーと、個性派の俳優方を配しているのだけれど、少し物足らなさが残った。

けれど、音楽が素晴らしい!サリー・ポッター監督は元来音楽才能にも長けておられるので、この映画は音楽をとても重要としてして、ゆえに、出演者たちの台詞よりも眼差しや表情、流れるロマ(ジプシー)音楽やタイトル曲でもあるビゼーのアリア『真珠採り』、劇中クリスティナ・リッチが歌うシャンソン『暗い日曜日』(イヴァ・ビトヴァが歌っている)等がいつまでも印象強く残っているのだろう。 ジョン・タトゥーロ演じるダンテ役の歌う場面はサルヴァトーレ・リチートラの歌唱でうっとりする。また、オスヴァルト・ゴリジョフのスコアの演奏はクロノス・カルテットで、個人的に結構慣れ親しんでいるもので安心感もあり素晴らしいと思えた。この辺りもサリー・ポッター監督の人脈だろう。

映画の最後は幼い頃に離ればなれになったお父さんにやっと出会うことが出来るフィゲレ(スーザン)。でも、その時はもう病床であった。涙を流しながら美しい歌声で歌う...その静かな描写は父と娘の心の動きを優しく包んでいた。静寂な美しい映像と音楽で綴られる人間の運命と人生を想う。

耳に残るは君の歌声/THE MAN WHO CRIED
2000年・イギリス/フランス合作映画
監督:サリー・ポッター 製作:クリストファー・シェパード 脚本:サリー・ポッター 撮影:サッシャ・ヴィエル 美術:カルロス・コンティ 衣装:リンディ・ヘミング 編集:エルヴェ・シュネイ 音楽:オスヴァルト・ゴリジョフ 音楽プロデューサー:サリー・ポッター 演奏:クロノス・カルテット 
出演:クリスティーナ・リッチ、ジョニー・デップ、ケイト・ブランシェット、ジョン・タートゥーロ、ハリー・ディーン・スタントン、オレグ・ヤンコフスキー、クローディア・ランダー=デューク
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※この画像はノベライズである『耳に残るは君の歌声』 より♪

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by claranomori | 2010-10-19 11:56 | 銀幕の少女たち・少女映画
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★『少女愛惜』を始めた初期に大好きな少女映画(永遠の少女)として少し綴りました。とにかく、大好きな心に刻まれた古いモノクロームの美しくも哀しいフランス映画の名作のひとつです♪
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シベールの日曜日/CYBELE OU LES DIMANCHES DE VILLE 1962年 フランス映画
監督:セルジュ・ブールギニョン 原作:ベルナール・エシャスリオー 脚本:セルジュ・ブールギニョン、アントワーヌ・チュダル 
撮影:アンリ・ドカエ 音楽:モーリス・ジャール 
出演:ハーディ・クリューガー、パトシリア・ゴッジ、ニコール・クールセル、ダニエル・イヴェルネル、アンドレ・オウマンスキー

★関連記事:『シベールの日曜日』(セルジュ・ブールギニョン監督)
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by claranomori | 2010-06-12 11:56 | 銀幕の少女たち・少女映画
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★英国のイラストレーターであり児童文学作家であるレイモンド・ブリッグス(Raymond Briggs)の作品『風が吹くとき』(1982年刊行)の映画化。実写を交えたアニメーション映画で監督はジミー・T・ムラカミ。日本語版の監修・監督は大島渚で、主人公のジムの声は森繁久彌、ヒルダの声は加藤治子。主題歌はデヴィッド・ボウイでエンディング曲他をロジャー・ウォーターズが担当。その他にもジェネシス、ヒュー・コーンウェルなどの曲も使われていた。また、英語版での声優はジョン・ミルズ、ペギー・アシュクロフトと豪華。

私は最初は日本語版で鑑賞したもの。勿論、主題歌がボウイだということで観る使命を勝手に感じていたので。日本での公開は1987年。まだ米ソによる冷戦は終結していない時期だったと振り返る。日本はバブルな状況だった。ここ数日、また胃腸の調子が良くなくて不調な上に、何故だか「戦争」に関する作品にばかり遭遇している。この映画はそんな流れで意識的に観直そうと想って鑑賞した。当時の私と今の私では感じ方もかなり違う...。

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お話は、ロンドン郊外の田園地帯で長閑な暮らしをしている老夫婦のジムとヒルダ。ある日、ラジオから「3日以内に戦争が起こる(爆撃される)。」というニュース。国から配給された「核戦争に生き残るための手引書」に従い、屋内にシェルターを作る。食料やお水、紙袋に砂なども用意して。そして、「ミサイルが発射された」というニュースを受け、干したままのお洗濯物が気になるヒルダをジムは急いでシェルターへ。爆撃後のお家の中も外も、周りの自然もすべて真っ黒に焼けてしまった。政府からの救援隊が来ると信じながら二人は放射能に侵され日に日に衰弱してゆく・・・。

柔らかな絵と語り。ジムは第二次世界大戦の折のことも忘れていないのでごっちゃになったりしながらも英軍の勝利を信じているし助けが来ることも信じている。その「核戦争に生き残るための手引書」というマニュアルを信じて行動していたのだけれど、終末へと向かう生とは?と考えさせられる。緊急事態での老夫婦の会話の数々、ヒルダが庭先でたんぽぽの綿毛をそおっと吹くと妖精やお花が舞う...ヒルダの妄想ながらそんなヒルダが私は好き。けれど、すべて焼け尽くされ二人は衰弱してゆく姿は悲しい。

ボウイはこの原作者レイモンド・ブリッグスの『スノーマン』(1978年)の映画化の折も、ナレーション担当と少し出演もされていた。久しぶりにYouTubeよりデヴィッド・ボウイの歌うタイトル曲の『風が吹くとき』のビデオクリップを。最後に小林克也さんの語りも聞けます♪

風が吹くとき/WHEN THE WIND BLOWS
イギリス映画・1986年
監督:ジミー・T・ムラカミ 日本語監修:大島渚 原作・脚本:レイモンド・ブリッグス
音楽:ロジャー・ウォーターズ 主題歌:デヴィッド・ボウイ
声の出演:ジョン・ミルズ、ペギー・アシュクロフト
声の出演(日本語吹替版):森繁久彌、加藤治子

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by claranomori | 2010-04-17 13:31 | 童話・絵本・挿絵画家