あまりにも私的な少女幻想、あるいは束の間の光の雫。少女少年・映画・音楽・文学・絵画・神話・妖精たちとの美しきロマンの旅路♪


by chouchou
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by Claranomori | 2015-10-14 05:06 | わが麗しの夢幻音楽の旅
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ノスフェラトゥ / NOSFERATU
1978年・ドイツ/フランス合作映画
監督・製作:ヴェルナー・ヘルツォーク
脚本:ヴェルナー・ヘルツォーク、F・W・ムルナウ
撮影:イェルク・シュミット=ライトヴァイン
音楽:ポポル・ヴー
出演:クラウス・キンスキー、イザベル・アジャーニ、ブルーノ・ガンツ、ローランド・トパー、ワルター・ラーデンガスト

愛されないことほど、苦痛なものはない。
ニュージャーマン・シネマの夜明けを告げた
ヴェルナー・ヘルツォーク監督のラブ・ファンタジー!


映画チラシより

日本公開:1985年12月


関連:『ノスフェラトゥ』 音楽:ポポル・ヴー(POPOL VUH) 監督:ヴェルナー・ヘルツォーク 1978年
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by claranomori | 2011-08-14 19:16 | 映画広告芸術・資料箱
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★この『世にも怪奇な物語』は何年かに一度観たくなる映画のひとつ。このような”また観たい”という作品の多くの印象強いシーンは幾度観ても新鮮に残る。そして、再発見もいつもあるので楽しい。そんな感じでこの1967年の3人の監督作品からなる映画『世にも奇怪な物語』。当初はアラン・ドロンとブリジット・バルドーの共演が観たくて。

この映画を既にご覧の方々はそれぞれの感想をお持ちで好きなお話もそれぞれだと思う。3つのお話からなるオムニバス作品で、私は順番通りに好きというのか強烈な怖さが残る。でも、どれも好きなのだけれど。原作はエドガー・アラン・ポーなので怪奇幻想なお話。それをフランス、イタリアを代表する名匠方が製作、さらに配役も豪華!
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原作:エドガー・アラン・ポー
第一話 『黒馬の哭く館』 監督:ロジェ・ヴァディム
出演:ジェーン・フォンダ、ピーター・フォンダ、フランソワーズ・プレヴォー
第ニ話 『影を殺した男』 監督:ルイ・マル
出演:アラン・ドロン、ブリジット・バルドー、カティア・クリスチーヌ
第三話 『悪魔の首飾り』 監督:フェデリコ・フェリーニ
出演:テレンス・スタンプ、サルボ・ランドーネ
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こんなに豪華な顔ぶれ。さらに撮影・音楽も監督のお馴染みの方々。ジェーン・フォンダはこの当時はヴァディムの奥様だったので、ブロンドに染めた美しき女性勇者のよう。実の弟さまのピーター・フォンダと共演。流石に美しい映像。次はルイ・マル監督で、アラン・ドロンとB.B.(ブリジット・バルドー)の共演は華やかで、でも怖いドッペルゲンガーもの。アラン・ドロンはここでも美しく、B.B.も素敵。さて、最後はフェリーニ監督でテレンス・スタンプ。私は暗がりとスピードという設定だけで恐怖なので、どうしてもこの最後のお話が怖くて怖くて...さらに、最後にぼんやり出てくる白いボールを持った美少女の幻影が輪をかける。この感覚は私には恐怖映画。そして、テレンス・スタンプは英国の素晴らしい男優さまなのだけれど、国際的に今も現役で活躍されている素敵な個性派。全くの個人的なイメージながら、イタリア映画との相性が良いように感じていて観たものは全て好き♪
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世にも怪奇な物語:TRE PASSI NEL DELIRIO
1967年・フランス/イタリア合作映画
監督:ロジェ・ヴァディム、ルイ・マル、フェデリコ・フェリーニ
撮影:クロード・ルノワール、トニーノ・デリ・コリ、ジュゼッペ・ロトゥンノ
音楽:ジャン・プロドロミデス、ディエゴ・マッソン、ニーノ・ロータ 
出演:ジェーン・フォンダ、ピーター・フォンダ、アラン・ドロン、ブリジット・バルドー、テレンス・スタンプ、サルボ・ランドーネ

※以前書いたものに少し加筆と画像を追加いたしました♪
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by claranomori | 2010-12-02 06:06 | 文学と映画★文芸・史劇
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★メアリー・シェリー(シェリー夫人)の本名は、メアリー・ウルストンクラフト・ゴドウィン・シェリー(Mary Wollstonecraft Godwin Shelley:1797年8月30日~1851年2月1日)で、イギリスのロンドン生まれ。ゴシック小説『フランケンシュタイン』(副題は『あるいは現代のプロメテウス』)を書いた女性作家。それも初刊(匿名なれど)は18歳構想の20歳の折のこと。この小説のお話と平行するかのように、このメアリー・シェリーというお方の生涯に付き纏う「生」と「死」もまた奇怪である。

メアリー・シェリーの父はウィリアム・ゴドウィンで、急進的な思想家でアナキズム思想の創始者。母はメアリ・ウルストンクラフトで『女性の権利の擁護』という本を書いたフェミニズムの創始者。けれど、母は娘メアリーを出産した10日後に死んでしまう。この母と同じ名を持つ娘メアリーは、16歳の折に英国ロマン派の詩人パーシー・ビッシュ・シェリーと恋におちる。けれど、シェリーには妻がいたので二人は駆け落ちをする。シェリーの友人のバイロンと共にスイスのレマン湖で過ごす中で、この『フランケンシュタイン』の構想が生まれたようでメアリーは18歳だった。完成初刊は20歳で、執筆時は妊婦で生まれた娘はクララという。けれど翌年死去。それまでにも、17歳で最初の娘を出産しているけれど未熟児で10日余りの命であった。18歳で男児を出産、名はウィリアム。三人目の子供となるクララの死後、一年も経たない間に息子ウィリアムも死去。22歳で出産した男児パーシー・フロレンスだけは健康に育った。けれど、メアリー24歳の折、夫のシェリーが僅か30歳の若さで水死(5人目の子供を流産してもいる)。そもそも不倫であった二人。シェリーの妻ハリエットが入水自殺をし、まだ20日しか経たぬ内に二人は結婚となった(メアリー19歳)。なんとも奇妙な死がメアリーの傍らには常に在るかのように...。

『フランケンシュタイン』(1818年)のお話。科学者ヴィクター・フランケンシュタイン博士が人造人間を生み出すことに成功するが、描いていた美しい姿ではなく醜悪な怖い容姿であった。けれど、この生み出された怪物の心は優しく人間と同じ言葉を話し(流暢にフランス語を話し、ゲーテなどの書物も愛好していた)、感情も持っていた。ただ醜悪な容姿が他者との距離を生んでいた。友達がほしいのに誰も彼に近寄らない。創始者であるフランケンシュタインへ、外見の醜さゆえに人から避けられ怖がられ嫌われることの悲哀を訴える。そして、そうした鬱積が憎悪となってゆく。果ては、ロシアの船の中フランケンシュタインを殺し自らも死へと赴く...。

色んな見方ができる小説に想う。ケン・ラッセル監督の映画『ゴシック』やゴンザロ・スアレス監督の『幻の城』、ケネス・ブラナー監督の『フランケンシュタイン』に、ビクトル・エリセ監督の『ミツバチのささやき』の挿話...これらの大好きな映画の場面たちが私には同時に浮かぶのですが、このメアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』は科学の進歩への警告とも感じられますが、副題にある『あるいは現代のプロメテウス』がまた妙なのです。神話に登場するプロメテウスは、泥土から人間を創造した職人で、神々に反抗的な傲慢な性格でもあった。ユピテルの厳命に背き鍛冶場から火を盗み人間に与えた。激怒したユピテルはプロメテウスを山の頂に縛りつけ、大鷲に肝臓をついばませる。けれど、肝臓は夜の間に元通りになるので永久の苦痛を強いられた。最後には英雄ヘラクレスが大鷲を退治しプロメテウスを救う。また、プロメテウスの最初に造った女性の人間はパンドラである。パンドラが天からの箱を開けるとあらゆる禍いが溢れ出し地に落ちる。慌てて蓋をし残っていたものは「希望」だけだったというお話。

そして、盗んだ火から苦しむことになるプロメテウスは、さながらメアリー・シェリーの姿にも想える。シェリーの妻の自殺で晴れてシェリー夫人となったこと。罪は罰として我が身に返って来るもの。まだ10代の若きメアリーはシェリーを愛していたのだし、後の禍いは運命だったのだろう。そして、その後の自身の運命を予期していたとも想えない。けれど、何かメアリーには母親の死から以後、生と死、人間が生まれるということに希望と同時に不穏なものをも抱いて生きていたのではないだろうか...とも想う。
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by claranomori | 2010-11-12 19:38 | 19世紀★憂愁のロマンと美
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★ロマン・ポランスキー監督の拘束というニュースが届いたりするけれど、私はポランスキー映画が大好き!日本公開、ソフト化された作品はいつの間にか自然とほぼ網羅していると作品データを眺め知る。ミア・ファロー主演の『ローズマリーの赤ちゃん』、ナスターシャ・キンスキー主演の『テス』で知り好きになり、様々な作品が壮絶かつ屈折した監督人生の中で製作されている。どれも好きなのだけれど、やはりカトリーヌ・ドヌーヴ主演の『反撥』にも似た空気を感じるけれど、主人公が追いつめられてゆく心理サスペンス的なお話となると、この『テナント 恐怖を借りた男』も素晴らしい名作だと思う。ポランスキー自ら主演で、とても主人公にピッタリ!と思ったもの。まだお若き頃のイザベル・アジャーニも出演されているのも嬉しかった。また、アパートの管理人役のシェリー・ウィンタース、同じ住人の少女役でエヴァ・イオネスコも少しだけ登場する場面も印象的。

私は個人的に一人暮らしの経験がないのだけれど、マンション生活という体験を得た中で、特に都会のど真ん中で約10年程の経験は今もなにかしら尾を引いているように思う。それまでの家族と一緒の家、隣近所の人たちとの生活に慣れていたせいか、一人でマンションに居る時、あるいは近くで大きな物音がしたり、間違ってチャイムを鳴らす方が居たり、挨拶をしても反応がなかったり、隣人方のお名前も知らないとか...こういうことは今は当たり前のようだけれど、私はとても嫌だった。幾人かの友人のお話でも、やはり大きな音を立てないように神経をピリピリさせながらの生活をされたことがあるという。この主人公トレルコフスキー(ロマン・ポランスキー)も新しく引越してきたアパルトマンで、謂れのない苦情や嫌がらせのようなことをされる。次第に神経過敏になるのは当然だろう!そして、この部屋の前の住人の女性は窓から飛び降り大怪我を負った上に亡くなったのだった。その女性の残したお洋服などもそのまま。奇妙なことに壁からはその女性のものと思われる歯が見つかったり...。窓から覗くといつも人の姿があるのもゾクっとする場面でゴシックホラーっぽくもある。次第にその死んだ女性に同化してゆく様、隣人達のあたかも舞台の観客のような道化の姿を嘲笑う声。妄想なのか現実なのか観ている私も曖昧になる。原作のローラン・トポールの『幻の下宿人』でも大筋は似ていたように記憶する...トレルコフスキーの女装し破滅に向かってゆく様、滑稽かつ緊迫した不条理な世界。未公開映画ながらポランスキーの70年代名作の一つだと思う。
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【あらすじ】
古びたアパートに空き部屋を見つけたトレルコフスキー(ロマン・ポランスキー)は、前の住人が窓から飛び降り自殺を図った事を聞かされる。彼はその女性-シモーヌを病院に見舞い、そこで彼女の友人と名乗るステラ(イザベル・アジャーニ)と知り合う。やがてシモーヌは死に、その部屋に越してくるトレルコフスキー。部屋にはまだシモーヌの痕跡がそこかしこに見られ、壁に開いた穴の中には彼女のものと思われる一本の前歯が隠されていた。そして、向いの窓には奇妙な人物の佇む姿もあった。不安な中で始まる新生活。わずかな物音でも隣人から苦情が発せられ、口うるさい家主(メルヴィン・ダグラス)と無愛想な女管理人(シェリー・ウィンタース)もトレルコフスキーにとって脅威となっていく。やがてタバコや飲み物といったトレルコフスキー自身の嗜好も変化し、彼は周囲の人々によって自分がシモーヌに変えられていく事を感じ始めていた。被害妄想は次第に膨れ上がり、ある夜、その妄想は現実と化す……。(引用:allcinemaの解説より)

テナント 恐怖を借りた男/LE LOCATAIRE
1976年・フランス/アメリカ合作映画
監督:ロマン・ポランスキー 製作:アンドリュー・ブラウンズバーグ 
原作:ローラン・トポール 『幻の下宿人』 
脚本:ロマン・ポランスキー、ジェラール・ブラッシュ 
撮影:スヴェン・ニクヴィスト 音楽:フィリップ・サルド
出演:ロマン・ポランスキー、イザベル・アジャーニ、メルヴィン・ダグラス、シェリー・ウィンタース、ジョー・ヴァン・フリート、ベルナール・フレッソン、リラ・ケドロヴァ、クロード・ドーファン、エヴァ・イオネスコ

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by claranomori | 2010-08-27 09:28 | 文学と映画★文芸・史劇
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★ブライアン・デ・パルマ監督の1973年映画である『悪魔のシスター』を先に観ていたので、リメイクされると知り楽しみにしていた。噂ではクローネンバーグ監督でというお話もあったよう(そちらを観てみたかった!)。でも、主演が10代の出演作から追っている好きな女優さまであるクロエ・セヴィニーとルー・ドワイヨン(ジェーン・バーキンとジャック・ドワイヨンの娘さまでジェーンによく似ている)で、劇場へは行けなかったのでこの春にレンタル屋さんでお借りして観たもの。端的に云うと、やはり『悪魔のシスター』の方が断然良かった。監督お得意の画面を二分割しての映像も多用され、主役の姉妹役であるマーゴット・キダーもとても可憐で素晴らしく、また怖くもあった。けれど、どちらも最後になんとも云えぬ物悲しい余韻を残すもので、少し感じ方は異なるけれど、やはり私はその余韻が悲しくも美しいものとして残っているので観て良かったと想う。
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主な登場人物の名前が異なっていたのでメモしておこう。デ・パルマ版の姉妹であるダニエラとドミニク(マーゴット・キダー)、女性記者グレース(ジェニファー・ソルト)、精神科医のエミール・ブルトン(ウィリアム・フィンレイ)。ダグラス・バック監督のリメイク版の姉妹のアンジェリクとアナベル(ルー・ドワイヨン)、女性記者グレース(クロエ・セヴィニー)、精神科医フィリップ・ラカン(スティーヴン・レイ)。この姉妹は腰の辺りで引っ付いているシャム双生児として生まれ過ごしていた。けれど、その姉と医師は恋仲となり結婚する。この医師がとても重要な役柄でかなりの変質的な人物で、その点も断然ウィリアム・フィンレイの方が不気味であった。この医師は姉妹を切り離す手術を施した人物でもある。後に、離婚しているけれど執拗に付き纏う辺りも気持ち悪いものだった。こういうマッドサイエンス的な様相はやはりデ・パルマ作品の方が色濃く凄みもあったように想う。手術後、妹は死んでしまうのだけれど、自分のために死んでしまった妹に申し訳ない気持ちを抱き続ける姉。傍目には、妹は生きていて、手術後精神を患い凶暴な性格となったことになっていた。それも医師による操作であり特殊な薬物を処方され飲んでいる。医師なりの偏愛なのだろうけれど。そのお薬が切れると凶暴な妹の人格が姉に移行するもののようだ。ちょっともう一度観ないと不明な部分も多いし、記憶も定かではなくなっている。デ・パルマ版の最後に、モノクロームの古い記録映像が流される。それは精神病院の模様で、その中に少女時代の姉妹(ふたりがくっ付いていた頃)の姿もある。いつも一緒に行動していたふたりの表情は普通に愛らしいと思えた。また、リメイク版の最後はルー・ドワイヨンとクロエ・セヴィニーがまるで姉妹であるかのように髪型もお洋服も同じで歩いてゆく後姿を映し出し終える。そんな現実と妄想世界が混合する中、何か物悲しさに美しさを感じた。私は姉妹ものが好きだということもあり、また、70年代のデ・パルマ映画に好きな作品が幾つかあるのは、すべて主演の女優さまに少女性を帯びたお方が多いという理由もかなり大きい。往還する女と少女♪
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※これはサントラ盤より。音楽はバーナード・ハーマンなので、やはり意図して作られたと想われるヒッチコックの引用(『サイコ」や『裏窓』)も見られる『悪魔のシスター』をもう一度また観たいと今想う。
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by claranomori | 2009-07-09 11:33 | 銀幕の少女たち・少女映画
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フランス・ロマン主義から想い巡りある古い映画を観返していた。1956年のジャン・ドラノワ監督の『ノートルダムのせむし男』。幾度も映画化され、バレエやアニメにもなっている名作。原作の『ノートル=ダム・ド・パリ 1482年』の作者はヴィクトル・ユゴー。フランス・ロマン主義を引っ張っておられたお方。『レ・ミゼラブル』以前の歴史小説でもあるけれど、”ロマン派”と言えどもフランスの場合はちょっと異なる。簡単な時代背景として、フランス大革命からナポレオン帝政、王政復古と目まぐるしく変容した社会情勢。革命と戦争の相次ぐ当時のフランス。文学者たちは既成の価値観に疑問を抱き、異議を唱え、”人間とは何か”と再び問い直し始める。そうして、ロマン主義文学運動も生まれたようだ。今も私はいつも思い葛藤することでもあるけれど、合理主義的な考えでは解決できない人間というもの。不合理、不条理なものを見つめ、幻想文学へとも誘う。ヴィクトル・ユゴーの描いた『ノートル=ダム・ド・パリ』は1831年。けれど、小説の中では七月革命に沸き立つパリの民衆を中世の世界に置き換えている。ゴチック(ゴシック)建築の華であるパリのノートルダム寺院を舞台に、暗黒の中世社会と群集たちを生き生きと描いている。真実の愛、高貴な魂とは・・・。

原作と映画の大筋は同じだけれど、私はジャン・ドラノワとジャック・プレヴェールによるコンビ作品を贔屓しているのでアメリカ映画やアニメ映画も観たけれど(未見作も多い)、やはりこの1956年版のフランス映画が特に好き。生まれつき骨格の奇なる醜い男性カジモド(アンソニー・クイン)は親に捨てられノートルダム寺院の鐘つき男として成長していた。美しく艶やかに躍り歌うジプシーの娘エスメラルダ(ジーナ・ロロブリジーダ)は民衆を魅了するだけではなく、聖職者フロロ(アラン・キュニー)の心を捉えてしまった。このフロロのかなり屈折した感情表現も素晴らしい!王室親衛隊長のフェビュス(ジャン・ダネ)は美男だが婚約者のいる身ながらエスメラルダとの逢引きをする不実な男性でもある。けれど、エスメラルダはこのフェビュスに恋をしている。嫉妬に狂うフロロはカジモドを利用してエスメラルダを誘拐させたりもする。名場面のひとつ!群集の前で両腕を後ろに繋がれ拷問を受けるカジモド。彼は耳も不自由で醜い容姿ながら心は美しく優しい。嘲笑の中、カジモドは”水をくれ”と懇願するが誰一人聞く耳すら持たない。そこにエスメラルダが現れ彼にお水を飲ませてあげる。カジモドは初めて優しさを体感したのではないだろうか。そして、この優しく美しい娘に心惹かれてしまう。しかし、主にこの4人の感情と絡み合いは上手くはゆかない。エスメラルダとフェビュスの逢引きを阻止しようと付けまとうフロロはフェビュスを刺して逃げる。彼の死は免れたけれど、その罪はエスメラルダに着せられる。エスメラルダをカジモドは助け出し寺院にかこまう。エスメラルダはようやく彼の美しい心に気づくのだけれど、心は美男のフェビュスにある。結局は悲しいエスメラルダの死(絞首刑)を知ったカジモドは彼女に寄り添うように自らの命を断つ。幾年か経て、その二人の遺骨は共に灰となる...。

均整のとれた美を古典主義とするのなら、美男の騎士フェビュスだろう。王権の象徴でもある。対して醜い怪奇なカジモドこそ、歪なゴシック建築の神秘の美。グロテスク美学である。カジモドはその象徴的存在であり、生命力あふれる民衆の力でもある。また、聖職者フロロは教会権力の象徴なのだろう。美しい娘エスメラルダを巡るこの図式はフランスの権力闘争の縮図とも云える。エスメラルダを取り戻そうとする民衆たちはノートルダム寺院を襲う。それは七月革命というパリの社会を重ねている。ユゴーは当時のフランス社会を歴史小説の中に潜入させている。そうした事柄が今だと少しは分かるようになり、さらに歴史と文学、そして映画の融合する中で私はなにかを感じ学ぶことができる。愉しい娯楽として鑑賞しながらなのでこれほど素敵な資料はない。今回の再見でまた愉快な発見があった。前半の僅かの場面だったと思う(もう一度確認しようと思っているけれど)、枢機卿役でボリス・ヴィアンが出演していた。また、シャンソン歌手のダミアが町の歌手のような役どころで歌を歌ってもいた。これだからやめられない☆
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ノートルダムのせむし男/NOTRE-DAME DE PARIS
         1956年・フランス映画
監督:ジャン・ドラノワ 脚本:ジャック・プレヴェール、ジャン・オーランシュ 原作:ヴィクトル・ユゴー 音楽:ジョルジュ・オーリック 出演:アンソニー・クイン、ジーナ・ロロブリジーダ、アラン・キュニー、ジャン・ダネ、ダミア、マリアンヌ・オズワルド、ボリス・ヴィアン、ヴァランティーヌ・テシエ
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by claranomori | 2009-06-17 03:25 | 文学と映画★文芸・史劇
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ジェシカ・ハーパーという女優さまを初めて知ったのは、ダリオ・アルジェント監督の『サスペリア』(1977年)だった。ところが、怖くて怖くて観返す勇気もいまだになく、ハッキリとお話を思い出せない。直視できない場面が多くとにかく怖かった。けれど、ゴブリンの音楽や、バレエ学校の少女たちやジェシカ・ハーパー扮するスージーのお顔は今も浮かぶ。そして、後に観た、ブライアン・デ・パルマ監督の『ファントム・オブ・パラダイス』(1974年)のフェニックス役のジェシカ・ハーパー。こちらはホラー映画ではなく音楽映画とも言えそうな楽しい作品だった。大筋は覚えているけれど、やはりこの作品でも可憐なフェニックスの姿がしっかり焼きついている。
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ダリオ・アルジェントとブライアン・デ・パルマ!一時はいくつもの作品がごちゃごちゃと絡まりながら記憶されていたものだ。たとえば、大好きなシシー・スペイセク主演の『キャリー』やマーゴット・キダー主演の『悪魔のシスター』、または、アーシア・アルジェント主演の『トラウマ 鮮血の叫び』...などなど。私は鮮血ホラーがとっても怖くて苦手なのに、それでもヒロイン(少女)役のお方が美少女だったり病的な美しさを漂わせていたりするので彼女たちが見たい...という大きな目的ゆえに観る。シシー・スペイセクを筆頭に、10代の少女役を実年齢はもっと大人なのにすんなり演じてみせる女優さまたちがおられる。このジェシカ・ハーパーも、フェニックス役、スージー役共に20代であるけれど、印象は少女役のヒロイン!華奢な体型というのも大きいのだろうけれど、本来持ち合わせている魅力と演技力や描き方などから、そのような印象を強く受けるのだと思う。
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ファントム・オブ・パラダイス/PHANTOM OF THE PARADISE
           1974年・アメリカ映画
監督・脚本:ブライアン・デ・パルマ  撮影:ラリー・パイザー 美術:ジャック・フィスク 音楽:ポール・ウィリアムズ、ジョージ・アリソン・ティプトン 出演:ポール・ウィリアムズ、ウィリアム・フィンレイ、ジェシカ・ハーパー、ジョージ・メモリー、ゲリット・グレアム

サスペリア/SUSPIRIA
 1977年・イタリア映画
監督・脚本・音楽:ダリオ・アルジェント 撮影:ルチアーノ・トヴォリ 音楽:ゴブリン 出演:ジェシカ・ハーパー、アリダ・ヴァリ、ジョーン・ベネット、ステファニア・カッシーニ、ウド・キア、ミゲル・ボゼ

★『ファントム・オブ・パラダイス』の美術担当はジャック・フィスクだったのだ!と今知ったところ。ジャック・フィスクはシシー・スペイセクのご主人である。こうした発見や繋がりを想うとこれまた愉しい♪
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by claranomori | 2009-02-16 23:23 | 銀幕の少女たち・少女映画
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1960年のウォルフ・リラ監督の英国映画『光る眼』の端正なお顔立ちの美少年デヴィッド君。原作はジョン・ウィンダムの『呪われた村』で、監督方が脚色して映画化されたもの。英国的な佇まいというものが好きで、所謂ホラー作品にも独特の雰囲気を醸し出すお国。1960年というのだからとっても古い作品なので、特撮と言っても派手なものではない。けれど、モノクロの映像と無機質なデヴィッド少年や仲間の少年少女たちはどこか怖い、眼が光ると!ずっと以前に観たもので、『回転』について綴ろうと想っているのでマーティン・スティーヴンス(Martin Stephens)君(マーティン・ステファンと憶えている)のこの作品をちょっと先にと思い出した。
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のどかなミッドウィッチという村で奇怪な事件が起こる。同じ日の同じ時刻にその村人たちが全て仮死状態となる。理由は分からない。彼らが蘇生して数ヵ月後、その村の女性たちが妊婦となる。喜ぶ教授夫妻もいれば、そんな覚えも無い可哀想な17歳の少女まで。そして、その子供たちは皆、お腹の中での成長は普通より早い。生まれてきた子供たちは、皆、絵に書いたような輝く金髪と風変わりな目つきをしている。そして、1歳の赤ちゃんの頃から大人並の知能を持っている。次第に成長した彼らは同い年位の子供たちと一緒に遊べない。彼らは集団で行動し、その中の誰かひとりがあることを学ぶと他の仲間にも即座に伝達される。そして、彼らは相手の考えていることも読み取ることができる。とてもIQ高し!色々と調査を進める大人たちの中でも彼らを抹殺してしまおうという動きが強くなる。同じ日に、世界中のあちこちで同じような事件が起こっていた。ある国では彼らが金髪であるが故に”悪魔の子”とされ抹殺されてしまったり、ソ連でも国家機関が彼らを抹殺してしまった。特殊な能力を悪用するからだと。デヴィッド少年たちはそれらの出来事を既に熟知していて生き延びるのだと固く誓っているようなのだ。デヴィッドの父親であるゴードン教授とアラン少佐は彼らをもう少し研究したいと願い出るのだけれど...。
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少年少女たちはほとんど台詞はない。デヴィッド少年だけはゴードン夫妻の息子であるので幾場面かで語るけれど、その語り方も冷静沈着で12歳位の子供なのに大人のようでもある。しかし、お声や半ズボン姿の脚を見ればその頃の少年であると分かるのだけれど。妙な映画で、ホラーとされているけれど、かなり異質。SF的怪奇ミステリーというのだろうか。怖がりの私も怖くは無い。ただ、彼らは何処からやって来たのだろう...と。この映画の続編もあるけれど、それは未見なので謎のまま。ミステリーは謎のままが良いようにも想う☆

光る眼/VILLAGE OF THE DAMNED
     1960年・イギリス映画
監督:ウォルフ・リラ 原作:ジョン・ウィンダム 脚本:ウォルフ・リラ、スターリング・シリファント、ジョージ・バークレイ 撮影:ジェフリー・フェイスフル 特撮:トム・ハワード 音楽:ロン・グッドウィン 出演:ジョージ・サンダース、バーバラ・シェリー、マーティン・スティーヴンス(マーティン・ステファン)、マイケル・グウィン、ローレンス・ネイスミス
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by claranomori | 2008-09-16 22:07 | 銀幕の美少年・少年映画
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これも大好きな映画であり、原作も大好きなヘンリー・ジェイムズの『ねじの回転』をマイケル・ヘイスティングスが脚本化した、1971年のマイケル・ウィナー監督による英国映画。原作とは赴きが異なるけれど、大人の世界と子供の世界が取り巻く周りの人々、社会、風習といったものとの絡みの中で幾重にも解釈することができる。此方では子供である姉弟(原作では兄妹である)を中心に少し感想をと想う。

20世紀初頭の英国、ロンドンから遠く離れたある田舎に広大な土地を所有する地主の邸宅がある。しかし、その主夫妻が交通事故で亡くなってしまう。残された幼い姉フローラ(ヴァーナ・ハーヴェイ)と弟マイルズ(クリストファー・エリス)、家政婦のグロース夫人(ゾーラ・ハード)、美貌の家庭教師ミス・ジェスル(ステファニー・ビーチャム)、そして、下男クィント(マーロン・ブランド)、他にも使用人はいるけれど主要な登場人物はこの5人。後見人の伯父役にはハリー・アンドリュース。原作では描かれていない世界を、人間の持つ心のあらゆる面を織り込めながら美しい森やお屋敷、音楽を伴いお話は展開される。
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粗野ながら色々なものを作ってくれたりお話してくれる下男クィントをフローラもマイルズもとても慕っている。お勉強や礼儀作法はミス・ジェスルが教えるけれど、馬乗りや凧に風船をつけてマイルズを宙に飛ばしたり、お人形や馬を作ってくれたり(クィントはとても器用な人)、彼らの大人の世界の疑問に彼なりの言葉をしっかり返してくれる。しかし、子供たちはその純白の心ゆえに、彼の言葉をすべて鵜呑みにして信じている。そして、クィントとミス・ジェスルは愛し合っているが、そこには複雑な心理の葛藤がある。けれど、まだ子供であるフローラとマイルズにはその愛や憎悪、女のサガというようなミス・ジェスルの心を読みとることはできない。そして、悲劇の結末へと...。でも、死によって愛する者たちが一緒に居られると信じている。

フローラとマイルズ役のふたりがとても可愛い。姉のフローラの目つきも妖しげで場面を印象づける。また、可愛い少年マイルズの屈託のない笑顔が多いなかでの終盤の行為はさらに強烈に心に残り、色々と考えさせられるものがる。素晴らしい子役たちだと想う。また、クィント役のマーロン・ブランドは『ゴッドファーザー』で知った私なので、その後にこの映画を始め、あのドン・コルレオーネのイメージとは異なる役柄が新鮮だった。あれから、私も出演作を観てゆく中、いつも感じること。マーロン・ブランドの演技はどんな役でもなにか安心感のようなものがある。とりわけ、この粗野で下男という身分、教養もなく馬小屋を与えられているクィントは魅力に溢れている。子供たちが慕うのは当然に想う。クィントの屈折した心や貧しい境遇、人間の持つ善と悪をとても寛容で大らかにあのお声と風貌で演じる。”包容力”というようなものをいつも感じる。なので、観ていて安心感があるのだろうか...。演技の外からの魅力でもあるのだろう。

「人間というものは本来、だれもが純真なままに生まれてくるものだ。それが、大人の世界の常識や規範に染まって、いつの間にかアカをつけていく。もちろん、純真無垢がいいか、わるいかは別問題で、この作品は、そのような子どもの世界と、大人の世界のはかり知れない落差を教えてくれるだろう。それはきわめてミステリアスな領域である...。」 
(マイケル・ウィナー監督)

★監督のお言葉などを少し追記致しました。また、原作に近い内容でカポーティが脚本参加した、美しきデボラー・カー主演の1961年作品、『回転』はもっとゴシックロマン溢れる怪奇さで怖いのですが好きなので、また感想をと想います。その他、関連する作品やヘンリー・ジェイムズ作品が巡り、奇妙な感じです☆
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妖精たちの森/THE NIGHTCOMERS
     1971年・イギリス映画
監督:マイケル・ウィナー 原作:ヘンリー・ジェイムズ 脚本:マイケル・ヘイスティングス 撮影:ロバート・ペインター 音楽:ジェリー・フィールディング 出演:マーロン・ブランド、ステファニー・ビーチャム、ヴァーナ・ハーヴェイ、クリストファー・エリス、ゾーラ・ハード、ハリー・アンドリュース、 アンナ・パーク
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by claranomori | 2008-08-31 14:55 | 銀幕の少女たち・少女映画