あまりにも私的な少女幻想、あるいは束の間の光の雫。少女少年・映画・音楽・文学・絵画・神話・妖精たちとの美しきロマンの旅路♪


by chouchou
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映画の中の美少年
~ 瑞々しい美しさを持つ美少年 ~

【1】 銀幕の永遠の美少年タジオ!
ビョルン・アンドレセン
監督:ルキノ・ヴィスコンティ
1971年 イタリア映画

【2】 最強の愛らしさ、ダニエル少年!
マーク・レスター
監督:ワリス・フセイン
1971年 イギリス映画

【3】 優美な品性と陽光に香るブロンドの髪!
ジョン・モルダー=ブラウン
監督:マクシミリアン・シェル
1970年 西ドイツ映画


☆こんな感じです
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★「Tokyo graffti(トウキョウグラフィティ)」2015年5月号(4月23日発売)に寄稿いたしました。東京のカルチャー&ストリートの様子が満載の月刊誌(東京を中心とした本屋さんやコンビニなどで販売されているそうです。是非、お買い求めくださいませ)。今月号の特集は「映画」。映画を愛する方々がジャンル別にベスト3を選んで想いを寄せておられます。私(CHOUCHOU)も「映画の中の美少年」というカテゴリー内でご縁を頂きました。画像はDVDを掲載されるとのことで、既に国内でDVD発売されている作品から上記の美少年と作品を選ばせて頂きました。1位のビョルン・アンドレセンは何の躊躇もなく不動であることを再認識(幾度目かの!)できました。映画は幅広く好きなのですが、やはり少年少女が主人公の作品は名場面を思い浮かべただけでキュンとときめく様です♪

※送付頂きましたご本のページを携帯で撮ったのですが、なんとなく写真がぼやけておりますがご了承ください。

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by Claranomori | 2015-05-01 20:03 | 想い・鑑賞・読書メモ
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★「なぜ?」と問いながら生きてゆく。それが人生なのだと想いながら、ふと懐かしいフランス映画が脳裡に蘇り、深夜観返していました。多分3度目ですが、前回観た折は超平和ボケの頃で、ただただ少年同士の友情や別れに号泣するばかりでした。けれど、今回は細部の台詞や時代背景などを注意しながら観ることが出来、戦中戦後、現在の日本の状況とも重なり合う部分が多々あることに気づき想いもさらに。

前々から、フランスに親近感を抱いているのですが、そんなお話を友人にすると、私が長年フランス贔屓なので日本との親和性を見つける脳になっているのでは、という愉快な会話。自分でもそうかもね...と想うので、出来るだけ冷静に鑑賞してゆきたいです。けれど、やはりシンパシーを抱きます!フランスは戦勝国ながらドイツ、ナチス占領下にありました。日本は敗戦後GHQ占領下にありました。お国柄も人種も異なりますが、この『サンドイッチの年』の中で描かれる幾多の共通項故に。主人公はヴィクトール少年(演じるトマ・ラングマンはクロード・ベリの息子さん)と彼を雇い面倒をみてくれるマックス小父さんとも云えます。共にポーランド系ユダヤ人で家族を失っています。マックスはクズ屋(字幕に依る)を営んでいるけれど、戦後のどさくさで闇市商売をしている人々、GI(アメリカ)、フランスのキリスト教者たちに対して距離を置いて生活している、やや頑固な小父さん。近隣の人々が戦後すっかりGI及びアメリカ製、英語、米国という異国に憧れを抱いている様子とは対照的なユダヤ系フランス人で、ユダヤ人としての誇りを強く持ち続けて生きているのですが、異教である十字を切ることも出来る。
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日本ではユダヤ人ということでの排他的気運からは離れて来たものの、イラン、イラク、イスラエル、パレスチナへの姿勢はアメリカに倣え。朝鮮戦争もあり二つに分かれた韓国と北朝鮮との関係もねじれたまま、根本的な問題を棚上げにしながら混沌化。白洲次郎氏の「アメリカは食料だけはくれた」というような記述を読んだ事があります。日本を奴隷制度にしなかったアメリカは、嘗てのフランスやイギリスのアジア諸国で強いていた植民地制度とは異なり良かったと想います。今想うのはやはり異国、異教徒の人々との共生は言葉では「お互い寛容に」と想いながらも、そんな言葉も薄っぺらいものに過ぎず、分からないものは分からない。けれど、異なる国家や文化に対してお互いが理解を示そうと歩み寄る対話は拒絶してはならないように想うのです。それらを戦後日本はお金で解決しようとばかりして来たのではないでしょうか。故に、隣国(中国、北朝鮮、韓国、ロシアと地政学的に大変ピンチな状況!)との摩擦が生じたまま解決策も見いだせないまま今日に至るような。

陽がまた昇る限り いい日も来る。
今年のような年は、ハムの薄切れのようなものだ。
2枚の厚いパンの間にはさまって、つまり、サンドイッチの年だ。
そういう時はよく噛みしめなきゃならん。
カラシが一杯で涙が出ても 全部食べなきゃならんのだ。
全部だ、いいな。

このように終盤、ヴィクトールにマックスが語ります。ここで込み上げてくるように涙が溢れました。嗚呼、美しくも儚く過ぎゆくけれど、決して失われはしない10代の風景!兎に角、再確認できた事の一つはマックス役のヴォイチェフ・プショニャックはやはり素晴らしい俳優だ、という事です。ポーランド(現在はウクライナ)出身の、アンジェイ・ワイダ監督作品に欠かせないお方であり、大好きな『コルチャック先生』でヤヌシュ・コルチャックを演じていたお方です。歳を重ねる毎にアンジェイ・ワイダ監督や石原慎太郎氏が好きになってゆく私ですが、色々と合点!因みに、この主人公のヴィクトールの年齢は15歳(石原慎太郎、浅利慶太、大島渚は皆ヴィクトール少年と同年齢)。この『サンドイッチの年』での舞台となる年は1947年7月~8月。第二次世界大戦中と戦後を、サンドイッチの年として現体験している世代の方々なのです。これは逃れようのない運命とは云え、その体験から来る想いは書物で詰め込んだ歴史観、国家観よりもずっしりと重く響くようです。日本を想い社会と共闘して来た先輩方にイデオロギーや思想の差異はあれど、私の世代などには希薄な何か連帯、仲間という意識が強く心に刻まれているのだと想え、憧憬のような気持ちも抱きます☆

サンドイッチの年 / LES ANNEES SANDWICHES
1988年・フランス映画
監督:ピエール・ブートロン
製作:フィリップ・デュサール
原作:セルジュ・レンツ 脚本:ピエール・ブートロン、ジャン=クロード・グルンベルグ
撮影:ドミニク・ブラバン 音楽:ロマン・ロマネッリ
出演:トマ・ラングマン、ニコラ・ジロディ、ヴォイチェフ・プショニャック、ミシェル・オーモン、クロヴィス・コルニアック、フランソワ・ペロー

【あらすじ】 1947年7月、15歳の少年ヴィクトール(トマ・ラングマン)は、両親がナチスに連れ去られて以来、初めてパリに戻ってきた。地理に不案内な彼は地下鉄構内で、伯父さんの仕事を手伝うためにパリに到着したばかりの金持ちの息子フェリックス(ニコラ・ジロディ)と出会い、すっかり意気投合する。彼の案内でかつて住んでいたアパートを訪ねるヴィクトールであったがそこにはもう彼の知る人は誰も住んでいなかった。途方にくれて街を彷徨い歩いているうちに古物商の戸に貼られた求人広告を見つけ、行く宛のない彼は店主のマックス(ヴォイツェフ・プショニャック)に雇ってくれるように頼み込み、やがて屋根裏部屋に住み込みで店の手伝いをする事になったヴィクトールは、おこりんぼで皮肉屋、一筋縄ではゆかない偏屈者、しかしユーモラスで傍若無人の頭の裏には温かい心が隠されている複雑な人柄をもつマックスにあたふたと振り回される日々と、親友フェリックスとの心躍る出来事に満ちた楽しい休日の中で生活してゆくことになる。ところがそんな時に、闇取引をしている少年ブブル(クローヴィス・コルニヤック)と接し、その取引の場に首を突っ込むことになった二人は、予期せぬ事件からフェリックスが大怪我をうけたことにより、彼の家族から交際を禁じられてしまう。すっかり落ち込んでしまうヴィクトールに、マックスは静かに穏やかに、そして優しく温かく彼をなぐさめるのだった。だれの人生にも“サンドイッチの年”がある。人生の中で最も中味の濃い時期、噛めば噛むほどに味わい深くなる人生のちょうどつなぎの年、ヴィクトールにとって今がその“サンドイッチの年”なのだ、と……。(参照:MovieWalkerより)
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by claranomori | 2013-03-21 10:36 | 銀幕の美少年・少年映画
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★宮本輝の『泥の河』を映画化した小栗康平監督の1981年映画。原作は1977年に刊行され太宰治賞を受賞。作者である宮本輝の幼少年期に刻まれたものを回想し、滅び行く者たちの姿や風景を主人公の少年である信雄の眼によって描いている。原作で舞台は昭和30年の大阪であることがはっきり記されている。昭和10年代の名残りのある風景、馬車引きや水上生活者たちがいた頃、高度経済成長の始まる直前であり、そうした生活風俗の最後の時代を知ることができる。私は先に映画を観て、たいそう感銘を受けた作品です。そして直ぐに宮本輝の原作を読み、さらなる深い想いを抱いたものです。滅び行くもの、失われてゆく日本人の美徳を想う中、この大好きな日本映画のことを少しばかり。

モノクロームな美しい映像の中の二人の少年と一人の少女。そして、親たちや同じ街に住む人々の姿。見事な映画化で、日本の名優のお一人であった故、田村高廣の姿が今も浮かぶ。ご自身でも、出演された作品の中で最も好きな作品であると語っておられた『泥の河』。子役の三人、大人たちを演じる個性溢れる俳優方、すべて素晴らしい。初めは声だけで登場する夫を亡くし夜になるとその舟で男性の相手をして過ごす女性(母)を演じる加賀まりこも美しい。そうして娘と息子を辛うじて育てている(二人の子供は小学校に行っていない)、何とも云えぬ悲哀もまた焼きついている。この原作も映画もやはり「哀切」という言葉が相応しい。その哀切の中に見える「美」を想う。貧しさの中の美学だってある。以前触れた、『木靴の樹』というエルマンノ・オルミ監督のイタリア映画の、"貧しい者ほど、神に近いのだ"と語る母親の言葉も蘇る。綺麗ごとではなくて、やはりお金より心や志の方がずっと尊いと私は強く想う。貧しくて心まで荒んでゆく人々も多い。けれど、そうではないのだと、この『泥の河』が日本の嘗て確かに在った日本人の美徳を刻んでいる。人情であったり思いやり、また慎ましさや慈しみが誰に強制されることなく自然と家族内にもご近所の人達、地域に在った。それは私の子供の頃の情景としても憶えている。
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お米、温《ぬく》いんやで

お米がいっぱい詰まってる米櫃に手ェ入れて温もってるときが、いちばんしあわせや。
・・・・・うちの母ちゃん、そない言うてたわ

主人公の少年信雄の家に遊びに来て、調理場の米櫃に手を入れて語る、少女銀子がまた愛おしい。少年は、その少女の母親とはまったく違う二重の丸い目を見つめて、近所に住むどの女の子よりも銀子は美しいと思った。けれど、水上生活者である一家(母と少女と少年)は、信雄に別れも告げずに他に流れてゆく別れの場面で終える。一隻のポンポン船が舟の家を曳いてゆく。少年信雄は、同じくらいの年である少年きっちゃんの名を呼びながらその船の後を追う。「きっちゃん、きっちゃん」と川筋の道を小走りに上ってゆきながら大声で呼ぶ。「きっちゃん、きっちゃん」といくら呼んでも船の母子は応えてくれなかった。何本目かの橋にかかった折に、川波の中で何やら光るものを見る。いつぞやに見た「お化け鯉」。「お化けや。きっちゃん、お化け鯉や!」信雄は必死で叫ぶ。「きっちゃん、お化けや。ほんまにお化けがうしろにいてるんやでェ」と最後にもう一度声をふりしぼって叫び、とうとう追うのをやめる。熱い欄干の上に手を置いて、曳かれてゆく舟の家と、そのあとにぴったりくっついたまま泥まみれの河を悠揚と泳いでゆくお化け鯉を見つめる少年の姿で終える。お化け鯉は高度経済成長の影の姿でもあるのだろう。

★映画化されたのは1981年。既に日本は高度経済成長を続け、一億総中流の日本人となって行った。その私たちが忘れてしまったもの、失ってしまったもの、消えて行こうとするものたちの中に、生きてゆくことの哀しみと共にある日本人特有の美徳が確かに在ったことを忘れたくはない。そして、再び想い起こし考え取り戻すこともできると想う。朽ち行くものを解体及び破壊し、新たなものへ。それは私たちの生活が豊かになるのと同時に、何か心を悪魔に売り渡したようにさえ想う。それは、今回の原発事故によって大きな精神的衝撃を受けることで目が覚めたこと。アメリカ型の生活形態となってゆく過程は、今となれば「アメリカン・ドリーム」という妄想に翻弄されていた時代だったのだろう。でも、それを否定はできない。何故なら、戦後の焼け野原からの再構築に戦前戦後を生きた先人方の命がけの姿は尊いのだから。そんな時代も知らず、ぬくぬく育った私に何も云う資格はない。それでも、私たちの次の世代、その後の世代と続く。生きている私よりやはり日本が亡国になる危機感の方が強い。そうした気持ちが私の心の中にはっきり刻まれたこと、それは自然と共に常に生きて来た日本人の根幹とも云える豊かな土壌の東北での大地震と大津波、そして原発事故による、復興ままならぬ状況の今、再び想い起すべきものは何か。それは失われてゆく、まだ消え失せてはいない日本人の美徳なのではないかと想います。

泥の河
1981年・日本映画
監督:小栗康平 
助監督:高司暁 製作:木村元
原作:宮本輝 『泥の河』 脚本:重森孝子
撮影:安藤庄平 美術:内藤昭
編集:小川信夫 音楽:毛利蔵人
出演:田村高廣、藤田弓子、朝原靖貴、加賀まりこ、桜井稔、柴田真生子、
初音礼子、西山嘉孝、芦屋雁之助、蟹江敬三、殿山泰司、八木昌子


【あらすじ】 舞台は昭和三十一年の大阪。河っぷちの食堂に毎日立ち寄っていた荷車のオッチャンが事故で死んだ。ある朝、食堂の息子、信雄は置き去りにされた荷車から鉄屑を盗もうとしていた少年、喜一に出会った。喜一は、対岸に繋がれているみすぼらしい舟に住んでおり、信雄は銀子という優しい姉にも会った。信雄の父、晋平は、夜、あの舟に行ってはいけないという。しかし、父母は姉弟を夕食に呼んで、暖かくもてなした。楽しみにしていた天神祭りがきた。初めてお金を持って祭りに出た信雄は人込みでそれを落としてしまう。しょげた信雄を楽しませようと喜一は強引に船の家に誘った。泥の河に突きさした竹箒に、宝物の蟹の巣があった。喜一はランプの油に蟹をつけ、火をつけた。蟹は舟べりを逃げた。蟹を追った信雄は窓から喜一の母の姿を見た。裸の男の背が暗がりに動いていた。次の日、喜一の舟は岸を離れた。「きっちゃーん!」と呼びながら追い続けた信雄は、悲しみの感情をはじめて自分の人生に結びつけたのである。船は何十年後かの繁栄と絶望とを象徴するように、ビルの暗い谷間に消えていく。 (参照:goo映画より)
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by claranomori | 2012-02-15 14:37 | 文学と映画★文芸・史劇
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★私はイラン映画が好きなのですが、アッバス・キアロスタミ監督は中でもダントツに好きです。素人の子供たちを自然な感じで撮っているようで観ていて親近感を覚えるのです。この『友だちのうちはどこ?』はジグザグ道三部作の第一弾となるもので、もう、とってもとっても大好きな映画。主役のモハマッド少年がとにかく健気で可愛い!イランの人のお名前って覚えにくく、特にこの二人の少年の名は似ているので注意を払って。
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その二人の通う小学校の先生はとても厳しくてアハマッド君に"明日ノートに宿題をしてこなければ退学だ!"と注意する。泣きじゃくるアハマッド君も可愛いけれど、モハマッド君の心配そうなその時の表情とか、もう胸が締め付けられるくらいに可愛いのです。お家に帰ると兄弟達の世話やお母さんのお手伝い、そして宿題...ととってもハード。机もなく背を曲げて床で勉強する。今の日本の状況とは全く違う。

お家のお手伝いを終え勉強しようとふと見ると、アハマッド君のノートが鞄に入ってる。返さなければ彼は宿題が出来ないので退学にされてしまう。そこで思い切って、隣町のアハマッド君のお家を探しに行く決意をする。でも、なかなか辿り着けない。道中に登場する大人たち、最後に親切な老人に案内してもらうけれど間違っていたり、もう日が暮れ真っ暗。諦めて我が家に帰ると両親に叱られ晩ご飯も喉に通らない。そして、アハマッド君の宿題もしてあげることにする。何て優しいモハマッド君!翌日、学校に登校するがアハマッド君は遅れてやって来る。そして、さり気なく、"やってあるから大丈夫。"とノートを渡す。そして、先生は"よくできました。"と仰る。ああ、良かった!と私は胸を撫で下ろす。監督は「子供の為の映画ではない。子供についての映画です」と語っていた。よく知らないイランの子供たちの様子を少し知ることができる。当たり前ながら、子供たちの純粋さ、子供たちでも子供たちの心で考えて行動するのである、ということを再認識させられる。でもイランの子供たちの境遇は苛酷。両親や先生、目上の人の言う事は絶対!という一昔前の日本もそうだったのだろうけれど、厳しい社会である。モハマッド少年の心が台詞少なに動きや表情で伝わってくる。なので、もうハラハラしたり、イジイジしたりしながら彼の行動を見守るしかないのだけれど、"急がなきゃ!"とか"ちゃんと聞いてあげてください"等と心の中で呟いていた。でも、お友達が退学にならなくて良かった。

この『友だちのうちはどこ?』の感動を一行で云うと、「このモハマッド少年の瞳の美しさが語ってるいるものに感動していた」と、云える程に綺麗な瞳の少年が主人公の、大好きなイラン映画です☆

友だちのうちはどこ?/KHANE-YE DOUST KODJAST?
1987年・イラン映画
監督・脚本:アッバス・キアロスタミ
製作:アリ・レザ・ザリン 撮影:ホマユン・パイヴァール
出演:ババク・アハマッドプール、アハマッド・アハマッドプール、ゴダバクシュ・デファイエ、イラン・オタリ
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※5年程前に書いたものですが、その映画ブログは閉じましたもので、場面等を追記し再度掲載させて頂きました。
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by Claranomori | 2012-01-31 00:01 | 銀幕の美少年・少年映画
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さよなら子供たち / AU REVOIR LES ENFANTS
1987年・フランス/西ドイツ合作映画
監督・脚本:ルイ・マル 製作:ルイ・マル、マラン・カルミッツ 
撮影:レナート・ベルタ 音楽:フランツ・シューベルト、サン=サーンス 
出演:ガスパール・マネス、ラファエル・フェジト、フランソワ・ネグレ、フ
ィリップ=モリエ・ジェヌー、イレーヌ・ジャコブ

ぼくは、あの朝の涙を忘れない。
「その朝に起きたことこそ、自分の処女作の主題にすべきだった」
10年ぶりに母国へ帰還した名匠ルイ・マルが、その朝の記憶を、美しい映画にした。


映画チラシより

日本公開:1988年12月

関連メモ
「私はこの朝の出来事を死ぬまで忘れない。」
「私のキャリアの中で最も重要な作品。」 by ルイ・マル

★ルイ・マル自身の12歳の時の体験を描いた自伝的要素の強い作品。名作を幾つも残されましたが、この『さよなら子供たち』は後期の代表作であり大名作だと思います。ルイ・マル作品の日本公開作品はほぼ鑑賞しているのですが(80年代作品以前は後追いながら)、最も見返す作品はこの『さよなら子供たち』です。ジュリアンとボネの美しい少年たち、そして、「さよなら子供たち。」と云うジャン神父の姿が美し過ぎる映像と共に今も蘇ります。

関連記事:『さよなら子供たち』監督ルイ・マル主演:美しい二人の少年(ガスパール・マネスとラファエル・フェジト)
関連記事:銀幕の美少年★ガスパール・マネスとラファエル・フェジト:GASPARD MANESSE et RAPHAEL FEJTO
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by claranomori | 2012-01-27 21:16 | 映画広告芸術・資料箱
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前述のウィリアム・ゴールディングの『蝿の王』の原作をハリー・フック監督が映画化した1990年のイギリス少年映画。この映画を観直してから書こうかと想いながら、どうも気が進まず、脳裏に焼きついている美しいジャック少年役を演じるクリス・フュール君のお姿を眺めていました。こんなに美しい少年が悪のリーダーとなってゆくので、かなり衝撃でした。この映画(原作共に)を観ずに少年映画もないでしょうが、やはりヘヴィです。原作では舞台は近未来でしたが、ハリー・フック監督映画では舞台をアメリカに置き換え、陸軍幼年学校の生徒たちを乗せた飛行機が墜落し、漂流する24人の少年たちを描いています。やはり最後は救出されますが、少年ラルフの涙が観る者の心に焼き付いているのではないかと想います。
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この映画出演しか知らないブロンドの髪の美少年クリス・フュール君。ラルフ少年役のバルサザール・ゲティ君は成長した現在も俳優を続けている。この美しいジャック少年(原作を後で読んだものでこのジャック少年の姿はどうしてもクリス・フュール君となってしまいます)が次第に"蠅の王"を掲げる野性派のリーダーとなり残忍になる。『蝿の王』とは聖書の中に出てくる言葉。「ベルゼバブ」という大悪魔はヘブライ語で「蝿たちの王」となるそうです。なので、ジャック率いるグループは「悪魔」の象徴で、対して、ラルフ少年を中心に"ほら貝"を「秩序」の象徴ということのようです。最初は規則を作り助け合って共同生活を誓う少年たち。次第にジャックをリーダーに野蛮になってゆく。ラルフやジャックたちより年少の子供たちは豚のお肉が食べたいのでジャックのグループに入ってゆく。漂流生活を想像しただけで私のような者は直ぐに死に至るだろうと想う。大人が誰も居ない中で何とか生き延びなければならない。お腹も空くし食べなければ体力は維持できない。サバイバルの世界...ああ!苦手。死んでしまう少年たち。最後に救出されてもラルフ少年の涙が全てを物語っているかのように、やはり、「無垢の終焉、人の心の暗黒」を知ってしまった少年の心。以前は"戦争ごっこ"だったのだろうけれど、現実には遊びではないことを知ってしまった少年の心。けれど、このラルフ少年の涙に私は希望を見い出したい!と願う。彼がそこで助かって良かったと笑顔で終えるよりも、失ってしまったもの(あるいは内在している醜悪な人間の姿)、その喪失感が涙で噎ぶのだと。人間なんて所詮こんなものだ!とは想いたくは無い...。

蝿の王/LORD OF THE FLIES
1990年・イギリス映画
監督:ハリー・フック 製作:ロス・ミロイ、ルイス・アレン 
製作総指揮:ルイス・アレン、ピーター・ニューマン
原作:ウィリアム・ゴールディング 脚本:サラ・シフ
撮影:マーティン・フューラー 音楽:フィリップ・サルド
出演:バルサザール・ゲティ、クリス・フュール、ダニュエル・ピポリー、バジェット・デイル、ゲイリー・ルール、アンドリュー・タフト、エドワード・タフト、マイケル・グリーン

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by claranomori | 2010-11-24 00:50 | 銀幕の美少年・少年映画
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★ジュール・ルナール(Jules Renard:1864-1910)はジュウル・ルナアルとされているものもある。外国語の日本語表記は難しい。この自然主義文学とも作風は異なり、なんとも異色の作家と思えるジュール・ルナールの『にんじん』は私が生まれる以前から家の本棚に並んでいた。『少年少女世界文学全集』の「フランス編」の中に。私はというと、ジュリアン・デュヴィヴィエ監督の映画『にんじん』を観たことで、この作家の原作とようやく一致した。ジュール・ルナールの『にんじん』が刊行されたのは1894年。児童文学の中にも入るけれど、年少の子供たちがそのまま読むとかなり怖い場面も多い。暗鬱であり残酷なのは執拗に折檻する母親の姿や無味乾燥な家族の情景だけではなく、にんじんことフランソワ少年の姿にも。作者であるジュール・ルナールの半自伝的な作品ということながら、ルナールは自らの少年時を美化するでもなく描いている。でも、それらの子供たちの姿は普通なのだとも思う。子供は純粋ゆえに残酷なことをしたり云ったりする。

1887年から1910年頃に執筆されたという膨大な『日記』がルナールの死後発表された。これはフランス文学史を少しばかり受講していた折に知ったこと。その日記の全貌は知らないけれど、ルナールの実の父親が病を苦に自殺されたこと、母親もその後井戸に落ちて亡くなっている(事故か自殺とも定かではないようだ)。こうした「事実は小説より奇なり」なことに時々遭遇してはゾクっとする。ルナールの描き方は淡々としていて簡潔。けれど鋭敏な洞察眼が魅力。その視線を見事に、ジュリアン・デュヴィヴィエ監督は脚色し映像化されたと思う。

にんじんを演じるロベール・リナンも素晴らしい!レジスタンスという時代にリナン自身は身を投じ22歳の若さで死に至る。それまでに、『にんじん』以外でもジュリアン・デュヴィヴィエ監督作品の『我等の仲間』(1936年)、『シュヴァリエの放浪児』(1936年)、『舞踏会の手帖』(1937年)、またマルク・アレグレ監督の『家なき児』(1935年)にも出演されていた。『シュヴァリエの放浪児』と『家なき児』は未見なので観てみたいと思っているけれど...。

私は今のところ、やはりフランス文学とフランス映画を多く読んだり観たりしてきたよう。”フランス”だからと目くじらを立て読むのでもなく観るのでもない。そう云えば音楽もやはりフランスの音楽は好きである。意識しなくても気になるから興味があるから心が向かうのだろう。長い歴史のフランスという国の残した文化遺産のようなものたちに(英国やその他の国も同じように)。その中に、私の好きな「美」が山のようにあるのだから。知らないことだらけなので、まだまだ興味は尽きないけれど。

そんなことで、このルナールの同時代に同じジュールという名の作家がもうお二人浮かぶ。ジュール・ヴァレス(Jules Valles:1832-1885)とジュール・ヴェルヌ(Jules Verne:1828-1905)である。それぞれ勿論趣は異なるけれど、ヴァレスは自伝小説を書いている。小説家でありパリ・コミューンの闘士でもあったというお方。また、ヴェルヌは最も有名かも知れない。『海底二万海里』(1870年)や『80日間世界一周』(1873年)など、並外れた科学知識と空想力、ドラマティックなお話は人間ドラマであり文明批判をも含むもの。ルナールにしてもヴェルヌにしても、児童文学作家でもあるけれど、其処に留まるものではない。世界中の多くの優れた児童文学及び作家がそうであるように。

にんじん/POIL DE CAROTTE
1932年・フランス映画
監督・脚本:ジュリアン・デュヴィヴィエ 原作:ジュール・ルナール 
撮影:アルマン・ティラール、ティラール・モンニオ 音楽:アレクサンドル・タシスマン 出演:ロベール・リナン、アリ・ボール、カトリーヌ・フォントネイ、ルイ・ゴーチェ、クリスチアーヌ・ドール、コレット・セガル、マキシム・フロミオ、シモーヌ・オーブリ

前述の【『にんじん』 フランソワ少年と少女マチルド 監督:ジュリアン・デュヴィヴィエ 原作:ジュール・ルナール】にもう少し追記いたしました。
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by claranomori | 2010-11-23 06:53 | 銀幕の美少年・少年映画
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★上から『長くつ下のピッピ』『ピーター・パン』『にんじん』のことを 少年少女映画大好き!Cinema ChouChouに追記いたしました♪
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by claranomori | 2009-10-16 19:15 | 銀幕の少女たち・少女映画
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19世紀のフランス文学というと、「ロマン主義」から「レアリスム小説」、そして「自然主義文学」という大まかな流れがあり、エミール・ゾラやモーパッサンが先ず浮かぶ。モーパッサンは子供時代からショーペンハウアーの思想に傾倒していたそうで、生涯を通じて支配されていたような厭世観は殊に晩年の『水の上』の中で感じることができるように想う。そうした、時代の中で異色の作家と云えるジュール・ルナールの代表作の一つである『にんじん』(1894年刊行)。

私は今もとても古びた全集を納戸の最上段に並べている(取り出しにくい)。50巻あり、私が生まれる前から家の本棚に並んでいたもの。毎月、母が童話や伝記ものを定期的に並べてゆく家族用の本棚に既に並んでいた。また再読したいと想うのだけれど、その中の「フランス編」の中に『にんじん』があった。それは「世界児童文学全集」で子供向けに編まれたものだったけれど、私はあまり好きだとは想わなかった。ところが、時を経て、映画化されたジュリアン・デュヴィヴィエ監督の『にんじん』を観て何とも云えぬ想いを抱いたことで、再び原作を読み返した。読んだり観たりするタイミングによって大きく印象も感想も異なることはよくある。この『にんじん』のお話はどこから始めれば良いか迷う...。

すっかり夫婦仲の冷めてしまった後に生まれた次男のフランソワは「にんじん」と呼ばれている。赤毛でそばかすの多い少年ゆえに。母親は実子でありながら、この少年にだけ、愛情を持てない不幸な女性。長男のフェリックスを非常に可愛がり、長女のエルネスチヌにも優しい。不思議な位に「にんじん」を目の敵にしているのは、夫との愛情とのバランスからかもしれない。原作は特に淡々と簡潔な文体で、かつ鋭敏な観察眼で描写される。この小説はジュール・ルナールの体験(半自伝的)からのお話らしい。
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原作より出番の多い映画での少女マチルドとの場面が好き。「にんじん」ことフランソワとマチルドが結婚式ごっこをする場面。音楽を奏でるのは名付け親であるおじさん。このおじさんと少女マチルドは「にんじん」が好きだし彼の笑顔が見れる人たち。もう一人、女中アネットの存在も欠かせない。母親が少年を何度も打つ場面がある。「にんじん」の楽しみを次々と奪い取るし、彼にばかり用事を押し付ける。そんな様子を見兼ねてアネットは主人のルピック氏に真相を話す。これは正しいのだと思える。親が子を必要以上に体罰(折檻)を与えすぎると虐待となる。その様子を知る大人が見て見ぬふりをしてはならないと!村での人望は厚いルピック氏は家では存在感がなく、ろくに会話もしない。あの食卓風景がよく表現している。そんな家族をさらりと描く。ユーモラスにも想える軽妙さは素晴らしいのだけれど、終盤、「にんじん」は池で死のうと考える。少女マチルドに告げると、「池は汚ないし、冷たいわ」と。「結婚できないのは寂しいわ」と語るあの言葉にトキメク!なぜならば、小さなマチルドは”結婚”ということも、”死ぬ”ということも理解していない心で語るので。けれど、彼女に納屋で死ぬということを告げたので、マチルドはおじさんに話す。そして、ルピック氏は息子の死を救うことができた。何も分かっていない少女マチルドは天使のような存在である。二人が花冠をつけて遊ぶ場面はモノクロながら鮮やかに映る♪

そして、ようやく父と息子の心が通じ合う。父は「フランソワ」と呼ぶ。「にんじんは死んで生き返ったんだ」と。フランソワは父が好きだったけれど、母親が大嫌いであることを告げる。すると、ルピック氏は「わしがママを好きだと思っているのか?」と。その言葉を聞いたフランソワの眼差しは輝き、笑顔が表れる。「これからは二人は仲間だ」とお食事をし、フランソワは「ルピック氏」ではなく「モン・パパ」と云った。当たり前のことに想うのだけれど、複雑なこうした環境は多々あるだろう。

フランソワ少年を演じたロベール・リナンは、ジュリアン・デュヴィヴィエ監督の『我等の仲間』や『舞踏会の手帖』にも出演されている。『シュヴァリエの放浪児』、またマルク・アレグレ監督の『家なき児』は未見なのでいつか観てみたいと想う。けれど、22歳で死去されてしまった時代というのは運命なのか...。また、ルピック氏役のアリ・ボール、おじさん役のルイ・ゴーチェ共に素晴らしい俳優方であり、ジュリアン・デュヴィヴィエ監督の他の作品にも出演されている。※上の挿絵はフェリックス・ヴァロトンによるもの。

映画『にんじん』と原作者ジュール・ルナール等の事をもう少し追記いたしました♪
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by claranomori | 2009-10-06 23:55 | 文学と映画★文芸・史劇
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★『少年の瞳』という1984年のオーストラリア映画。この映画の主人公の少年はとびっきりの美少年というタイプではないけれど、やはり、あの足とお声は愛おしいもの。ビルという名があるのに皆から「PS」と呼ばれている6歳の少年。その小さな少年の視線で映し出される。なので、大人たちを見上げる背丈の少年と上半身がすべて映らない大人たちの場面などもあり愉快。私は前世余程愛に飢えた子供時代を過ごしたのでは...と思えるくらいに、「孤児」「私生児」「戦争による悲劇」というような少年少女たちのお話に敏感。観ずにはおられないという感じ。

この『少年の瞳』の舞台は1930年代のオーストラリア。元々は英国の植民地であった国。英国好きなので好きな俳優方は英国にわんさか。オーストラリアにも優れた俳優方が多く好きなお方も多いのは、そんな歴史が関係しているのかもしれない。あまり国籍や人種で区別はしないので色々観る中で感じていることだけれど。

この映画は日本では劇場未公開。オーストラリアでは各賞を総なめにした作品だそうだ。この少年役のニコラス・グレッドヒルの出演作はこの映画しか知らない。大人たちの会話を耳にし瞳をうるうるさせる愛らしい少年。最後までお話の真相が細かく分からないのは、すべてこの少年の視線で描かれているからだろう。ミーハー故に、私はこの映画のもう一人の主役とも言える美しい叔母ヴァネッサ役のウェンディ・ヒューズが好き。他の作品でも素敵だけれど、この1930年代という時代設定で裕福な役柄。纏われる美麗なお衣装や濃い目のメイクのそのお姿は麗しい。時折、大好きなナスターシャ・キンスキーにホープ・サンドヴァルを足して、メグ・ティリーの雰囲気も重ねたような...。最後は英国に戻る船が事故に遭い死んでしまうけれど、PS少年の父親と若き日になにやら関係があったということらしい。なので、他の姉妹たちのPSを見つめる姿とは異なる。今も愛している人(姉の夫なのでややこしい)の姿を小さな少年の中に見ている。主役はPS少年なのだけれど、私はこのヴァネッサという貴婦人の人生にも興味を抱きながら観ていた。

PSというあだ名は変だけれど、皆そう呼んでいる。叔母が確か4人いた。お産の後死んでしまった母親シンディの遺言の中に書かれていた言葉が由来。この子供は「自分の人生のPS(追伸)のようなもの」だというような...PSが可哀相に思えた。優しい伯母ライラがPSの後見人となり6年を過ごしていた。決して裕福な時代ではないオーストラリアの1930年代。伯母夫婦は質素な生活の中で我が子のように温かく育てて来た。PSも実の両親のように慕っている。そんな矢先に英国からもう一人の叔母ヴァネッサがやって来る。PSを引き取りたいと。6歳の少年はライラ夫妻とヴァネッサの家を往来することになる。まったく違う過ごし方。ヴァネッサはお金持ちなので綺麗なお洋服をPSに与え、乗馬やピアノ、ダンスと色々習わせる。名門の学校に入れられるけれど、そこで「私生児」だとからかわれたりもする。PSはライラの元に帰りたい。けれど、養育費はヴァネッサの方が楽にある。ライラの夫ジョージが失業してしまったことは大きかった。当時のオーストラリアの不況を垣間見ることができる。PSの父親ローガンが突然現れてはまた汽車に乗って行ってしまう。金鉱を手にして戻ってくるというような夢を抱いて。父ローガンは妻のお葬式にも姿を現さなかったという。なので、PS少年はまったく父親を知らない。突如目の前に父親を見た少年の気持ちはどんなだったろう!きっと、よく分からない、言葉にもできない感覚だっただろうから、深く描かれてはいないので、勝手に想像して泣いてしまった。

PS少年が”ぼくはビルだ”という場面は特に感動的だった。実の母親の死を知り、父とも再会(また別れ)、叔母の死を経て、この小さな少年はまた少し成長したのだろう。辛いことが多いけれど、彼等(子どもたち)の前途は光に満ち溢れているものなのだから。そうであらねばならないと想い続けている。

少年の瞳/CAREFUL, HE MIGHT HEAR YOU
1984年・オーストラリア映画
監督:カール・シュルツ 原作:サムナー・ロック・エリオット 脚本:マイケル・ジェンキンス 撮影:ジョン・シール 出演:ニコラス・グレッドヒル、ウェンディ・ヒューズ、ロビン・ネヴィン、ジョン・ハーグリーヴス、ジェラルディン・ターナー、イザベル・アンダーソン、ピーター・ホイットフォード

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by claranomori | 2009-09-17 06:36 | 銀幕の美少年・少年映画