あまりにも私的な少女幻想、あるいは束の間の光の雫。少女少年・映画・音楽・文学・絵画・神話・妖精たちとの美しきロマンの旅路♪


by chouchou
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 相も変わらず少年少女映画が大好き!なのですが、今日はちょっと懐かしい『ペーパー・ファミリー』という映画のことを。ドリュー・バリモアの映画デビュー作はケン・ラッセル監督の『アルタード・ステイツ / 未知への挑戦』(1979年)。その後『E.T.』で人気爆発。1984年には主役で『炎の少女チャーリー』と、この『ペーパー・ファミリー』、まだひと桁の幼き少女子役時代のドリューちゃんですが、既にかなり荒れた生活となっていたそうです。元々、映画一家のお嬢様で映画界への道は何の不思議もないお方ですが、子役スターの悲劇から復活され、現在もチャーミングな女優さまとして活躍されているのは嬉しい。お顔もあまり変わっていないですね。
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 9歳の少女ケイシー(ドリュー・バリモア)がなんと!「両親を離縁します。」との裁判場面から始まるお話です。1984年のアメリカ映画で日本公開は1988年。まだ幼い娘に裁かれる両親って?!どんな展開なのだろう、コメディ風な展開なのかと最初は思ったのですが、最後は何故かしんみりと泣いてしまいました。父アルバート(ライアン・オニール)と母ルーシー(シェリー・ロング)という配役も良かったです。ヒッチハイクで知り合ったアルバートとルーシーはその四日後に結婚。娘ケイシーが生まれ、小さなアパートで三人暮らし。歩く映画百科のようなアルバートは映画科の講師をしていたのだけれど、大物プロデューサーのデヴィッド・ケスラー(サム・ワナメイカー)に才能を買われ編集を任されることに。その映画『アメリカン・ロマンス』は大成功。二人は段々お金持ちになり、アパートから一軒家に。さらに大邸宅に住み、メイドを雇い、すっかり生活が変わってゆく。そんな日々をなんとなく淋しいと感じるルーシーも作家として成功したい夢がある。本来お料理上手なルーシーなのに、次第に娘の世話までメイド任せになってゆく。
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 二人の出会いは1972年という時代設定から9年間、この家族の経緯を回想しながら裁判は進む。裁判官や聴衆も呆れるほどの両親の身勝手さに言葉も出ない大人たち。少女ケイシーは裕福な生活でも心はひとりぼっち。最も懐いているのは世話をしてくれるメイドのマリア。マリアはスペイン系アメリカ人のようで、ケイシーは母親との会話でスペイン語を使うようになったり(小さな反抗)。虚ろな眼差しでテレビを観たり、9歳の少女が読むには過激な書物を読んだり。挙句の果てには父の浮気で両親は別居(浮気相手の素人女優役はシャロン・ストーン)。アルバートとルーシーは、喧嘩になると責任のなすり合い。孤独なケイシーの堪忍袋の緒が切れ、両親を離縁すると訴える羽目に。前代未聞の事でマスコミも駆けつけ大反響の渦中...。
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 アルバートは全財産を費やした『アトランタ』という映画が史上最低の不調作となり破産。一方、娘を連れて家を飛び出したルーシーは養育費はもらっているけれど、精神的にかなり疲労困憊。イライラしたり常に何か食べていたり(過食症)。ある日、スーパーで我が身の変化にハッとして奮起。アルバートとのこれまでの生活を基にした作品を一気に書き上げる。なんと、それがベストセラーとなり、今度はルーシーがアルバートの大豪邸を買い取ることに。なんだか、お話はテンポ良くコミカルながら実は深刻な問題が随所に見られる。それは都会の生活、仕事を持つ女性、両親と子供、また夫婦、メイドを含めた家族というもののかたち。9歳の少女は裁判の最後に自らの希望を告げる。「マリアの家族と一緒にくらしたい」と。「私は両親にとって犬(ペット)のような存在」と。マリアにも二人の子供がいる。こじんまりとした温かいマリアの家族たちとの暮らしを選ばなくてはならない9歳の少女って。ケイシーにはマリアという優しいメイドが長年居て良かった。メイドを雇えるアメリカ人は一部でしょうから。エンドロールで流れる曲は、フランク・シナトラの「You and Me」。その曲の意味(私なりの大意)は深いもので、ほろりとしてしまう。何かを得る代わりに何かを失う...。

 お互いの夢を掴んだけれど、
 小さな愛を失った

 後日、マリアの家族と暮らすことになったケイシーに週交代で逢いに行くアルバートとルーシー。失ってから大切なものを痛感した二人。ある日、ルーシーが面談日を間違え三人が顔を合すことになり、久しぶりに三人でのお食事。その時のケイシーは笑顔の輝く少女なのでした。アルバートとルーシーのお互いの心も完全に離れ切ってはいない。幸か不幸か、人生には色んなタイミングがある。一概にこの若き夫婦を非難できない。経済大国となった日本もよそ事ではなく家族崩壊が進む昨今、考えさせられる映画でもありました。

 所々笑える場面もありました。ライアン・オニールのアルバート役も良いのですが、ルーシー役のシェリー・ロングはやっぱりキュートなコメディエンヌ!同じ時期にベット・ミドラーと共演した『うるさい女たち』(1987年)もとっても素敵でした。ほっそりとしたスタイルとコミカルな動き(目や手の表現など)が実に愛らしい女優さまです。

ペーパー・ファミリー / IRRECONCILABLE DIFFERENCES
1984年・アメリカ映画

監督:チャールズ・シャイア
製作:アーリン・セラーズ / アレックス・ウィニツキー
製作総指揮:ナンシー・マイヤーズ
脚本:ナンシー・マイヤーズ / チャールズ・シャイア
撮影:ウィリアム・A・フレイカー
音楽:ポール・ド・セネヴァル / オリヴィエ・トゥーサン
出演:ライアン・オニール / シェリー・ロング / ドリュー・バリモア / サム・ワナメイカー
アレン・ガーフィールド / シャロン・ストーン / ルアナ・アンダース / ジェニー・ガゴ

●追記●
 エキサイト様のブログ機能が大きく変わり、ウロウロしています...機械音痴なので、慣れるまでもう少し時間が必要なようです。字体が表示と違うのはどうしてでしょう...ふむふむ。無料で使わせて頂いているので感謝しなくては☆

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by claranomori | 2013-11-19 00:18 | 銀幕の少女たち・少女映画
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★久しぶりに映画のこと、少女映画を。レオ・マッケリー監督の1945年映画で『聖メリーの鐘(セント・メリーの鐘)』。主演は名優のお二人で、ビング・クロスビーとイングリッド・バーグマンなのですが、少年少女たちのお話でもあります。同じくビング・クロスビー主演で同役柄のオマリー神父は前年の『我が道を往く』に続くものです。ビング・クロスビーは勿論、イングリッド・バーグマンの歌声(スウェーデンの唄で「It's Spring」)も聴けるのですが、兎にも角にもバーグマンの尼僧姿がお美しいのです!また少女パッツィ役のジョーン・キャロルはヴィンセント・ミネリ監督の『若草の頃』(1944年)に続く出演作でもあります。
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進歩的、革新的な思考の持ち主であるオマリー神父(ビング・クロスビー)と、心の強い美しいシスター・ベネディクト(イングリッド・バーグマン)は謂わば保守的で祈りで目の前の大問題を解決できると信じ、敬虔であるが楽観的でもある。この神父とシスターは子供たちの教育方針も異なるけれど、神父の寛容さもあり、次第に協力しながら教会の運営の危機を乗り越える。その一方で、家庭の事情から母親が13歳の少女パッツィ(ジョーン・キャロル)を教会に寄宿させるために連れて来る。この少女の成績が悪いことの視点も神父とシスターは異なる。また、使用人の息子エディ(リチャード・タイラー)が他の生徒との喧嘩で殴られてしまう事件も起こる。神父は男子の喧嘩にも寛容であるけれど、シスターは違った。けれど、このエディには防衛策としてのボクシングを教えることに。バーグマンが尼僧姿で少年にボクシング指導する場面は微笑ましく今も蘇ります。オマリー神父は教育に歌を導入し、少年少女たちの心も次第に朗らかになってゆく。パッツィも作文に才能を発揮するようになり、エディも頼もしくなってゆく。神父とシスターは理解し合えたけれど、シスターは病いの療養のために教会を去る日が訪れる。その姿を何とも云い難い気持ちでオマリー神父はみつめながら、お互い最後は安堵の気持ちでお別れする・・・。

オマリー神父とシスター・ベネディクトの考え方の違い、それでも窮地の教会を守るために協力してゆく過程には、意見が違えどもお互いを尊重し合うという心がある。教育の世界のみならず、どの職場でも学校でも通じる大切なことだと想います。この『聖メリーの鐘(セント・メリーの鐘)』は1945年のアメリカ映画である。その頃の日本は...などと想いを馳せながら、この素晴らしいクラシック映画を想い出すのでした。

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●あらすじ●
聖ドミニック教会を再建すると、雪の降るクリスマスの晩に、ひょう然と立ち去った神父オマリーが、赴任したのは聖メリーの教区であった。ここには学園が付属しているが、老神父オーガディには窮迫している教区の財政を建て直す能力はなかった。オマリー神父が来たのは、そのためでもあった。学園は尼僧長ベネディクト尼が、学園長として教育と経営の任に当たっているが、教育家としては申し分ないにしても、経営の方は円滑に行かないのは是非もないことだった。オマリー神父はベネディクト尼が余りにも若く美しいのにびっくりしたが、さすがに若くして尼僧長になるだけのしっかりした性格を持ていた。学園の隣には建築中の大きなビルディングがあった。そこは以前学園の運動場だったのを、実業家ボダーガスが買い取ったのである。ベネディクト尼は、それが完成したら、ボダーガスが学園に寄付するだろうと思って毎日そうなるように祈っているというのであった。オマリー神父は彼女が余りにも世間を知らなすぎるのに、かつ驚きかつ憂えるのであった。

ある日一見して夜の女であると思われる婦人が、オマリー神父を訪ねて来た。テレサ・ギャラガーという女で、12年前夫ジョウが家出して以来、一人娘のパッシーを抱え辛い世渡りをして来たが、娘が13になって母の職業を勘づいた様子なので、学園に寄宿させて頂きたいというのだ。神父が承知したので、彼女は翌日パッシーを伴って来た。オマリー神父は孤独な生活がパッシーの生活をひねくれさせていることを知ったが、ベネディクト尼は勉強嫌いでパッシーの成績が悪いのだと単純に思い決めているので、彼女の訓育について神父と尼僧長の意見は合わなかった。ボダーガスはベネディクト尼がビルディングを寄付をされたいと申し入れて来たのにびっくりして、憤慨したため持病の心臓病に障り病臥してしまった。オマリー神父が見舞いに行くと医師が来ていて、病気は心労のせいだと言った。神父は医師にボダーガス氏がビルディングを学園に寄付してしまえば心労がなくなるだろうにと言った。ところが医師から言われたと見え、数日後ボダーガスはベネディクト尼を訪れ、寄付を正式に申し出た。尼僧長は大喜びだったが、オマリーは彼女が肺を侵されていることを医師から聞くと、彼女をアリゾナの病院へ転勤させる手続きをした。

彼女はパッシーを卒業させないので、神父が意趣返しをしたのではないかと思っている様子だった。卒業式を終わると尼僧長は出発することになっていたが、オマリー神父はパッシーから自宅に帰るのがいやで、答案を下手に書いたという告白を聞いた。しかもテレサはジョウが帰宅したといって二人連れで、娘の卒業式を見に学園を訪れた。神父が困ったことになったと心配していると、尼僧長がパッシーも卒業させると言出し、彼女を式場に連れて行った。卒業式が終わるとベネディクト尼はあいさつして出て行った。それを見ると神父は堪らなくなって追いかけた。そして彼女がアリゾナに転勤になる理由は、彼女の健康のためであること、彼女の肺が少し悪いからだと、告げたのである。ベネディクト尼の顔は晴れやかに輝いた。神父に対する一片の疑惑の雲もなくなったからであろう。ベネディクト尼は健康を回復したら、また帰って参りますと言った。オマリー神父も再会のその日を待ちましょうと握手して別れた。
(参照:goo cinemaより)
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聖メリーの鐘 / THE BELLS OF ST. MARY'S
1945年・アメリカ映画
監督・製作・原作:レオ・マッケリー
脚本:ダドリー・ニコルズ 撮影:ジョージ・バーンズ
作詞:ジョニー・バーク 作曲:ジミー・ヴァン・ヒューゼン 音楽:ロバート・エメット・ドーラン
出演:ビング・クロスビー / イングリッド・バーグマン / ヘンリー・トラヴァース
ジョーン・キャロル / ウィリアム・ガーガン/ リチャード・タイラー

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by Claranomori | 2012-09-28 10:29 | 銀幕の少女たち・少女映画
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★マーティン・スコセッシ監督の『タクシー・ドライバー』を最初に観たのはテレビで多感な頃。何度か観ているのだけれど、何かがこの作品に対して残ったまま今日に至ってる気がしてならない。去年も再見し、今年も。年月が経過する中で病めるアメリカ、世界の大都市ニューヨークで生きる人々、街の光と影。時代への叛逆、若者の孤独と混沌としたものが不気味に胸に突き刺さるばかり。この頃のロバート・デ・ニーロの蒼白な顔つきは好きだけれど、ここでのトラヴィス役は何だろう...凄まじい。70年代のアメリカ、アメリカン・ニューシネマの名作に違いないのだろう。マーティン・スコセッシ監督はカンヌでパルムドール受賞作品ながら、本国アカデミーは候補に挙がりながら受賞を逃した。バーナード・ハーマンの珠玉のスコアも素晴らしいけれど、脚本のポール・シュレイダーは主人公トラヴィスに当時のご自分の内面を映し描いたという。またスコセッシ監督もその脚本に共鳴し、ロバート・デ・ニーロはトラヴィスを神憑り的凄さで壮絶なまでに演じきった。
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そのトラヴィスが恋心を抱く美しい女性ベッツィー役は前述のシビル・シェパード、街に立つ娼婦アイリス役は撮影当時12歳~13歳の少女子役時代のジョディ・フォスター。お若いハーヴェイ・カイテルは壮絶な最期を迎えるスポーツ役。スコセッシ監督もちょこっとタクシーのお客さん役として登場する。凄く豪華な脇役たちであると再確認、そしてやはりデ・ニーロは凄い。
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私はこの映画が好きか?と問われたなら、今もまだ答えられない。でも、この恐怖感は今を生きる私達にとてもリアルな感覚も持ち合わせているように思う。30年以上前の作品なのに。一見、英雄のように映るトラヴィス。そこが怖いと思うし、今日的な気がする。華やかな街のざわめきを照らすネオン。タクシーで徘徊しながらトラヴィスは不浄な世界が目に付き苛立ちと持って行き場の無い怒りと孤独が募る。ベトナム戦争から帰って来たというのも要因だろう。恋も実らず、ますますやるせない気持ちが狂気を伴っていく様から終盤へ...壮絶だ。見事過ぎて怖い!

この映画の公開後、ジョディ・フォスターは、あるジョディの熱狂的なファンによるレーガン大統領が襲われるという事件が起こり大きなショックを受ける。演技者として優れた才能は映画を離れても予期せぬ形で影響を与えてゆく。現実と妄想の境目が不安定になるというお方も多い。幸い、どうにか私は映画が大好きで感情移入し過ぎて時に暫く境界を彷徨う一瞬がある。それが魅力だとも思っているし、映画は最良の娯楽だと思っているので、美しい風景の中にいつまでもいたいと願う作品に感銘を受けても、また現実に戻ることができる。多くの映画好きなお方はそうだろうし、もっと細かい分析をされたり、かなり精神的な衝撃を受け深い思考に陥ることもあるだろう。何が言いたいのだろう...よく自分でも分からないけれど、デ・ニーロは優れた名優だけれど役柄のトラヴィスではない。そして、トラヴィスは結果的にアイリスを救ったけれど彼女のためという英雄劇ではなく、己との葛藤や憤り、都会の孤独や寂寥が痛ましいデス・コミュニケーション。この残像が30年以上経った今もリアルに色褪せないものとして伝わってくるように感じる。でも、少女子役時代のジョディ・フォスターの登場シーンは幾度観てもときめく。現在50代になったジョディ・フォスターは今も大好きで、出演作品を追うことはまだ続けています。
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タクシー・ドライバー/TAXI DRIVER
1976年・アメリカ映画
監督:マーティン・スコセッシ
製作:マイケル・フィリップス、ジュリア・フィリップス 脚本:ポール・シュレイダー
撮影:マイケル・チャップマン 特殊メイク:ディック・スミス 音楽:バーナード・ハーマン
出演:ロバート・デ・ニーロ、シビル・シェパード、ジョディ・フォスター、ハーヴェイ・カイテル、
ピーター・ボイル、アルバート・ブルックス、ジョー・スピネル、ダイアン・アボット、
ヴィック・アルゴ、レオナルド・ハリス、マーティン・スコセッシ

※2007年に綴ったものに画像と少し追記いたしました♪

少数派ブログながら参加してみました♪
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by claranomori | 2012-03-09 18:25 | 銀幕の少女たち・少女映画
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★チャールズ・ウォルターズ監督の1956年映画『上流社会』は、キャサリン・ヘプバーン主演の『フィラデルフィア物語』のミュージカル・リメイク。何ともうっとり~な気分に浸れる作品なので大好き!本当に美しいかぎりのグレース・ケリー最後の映画出演作となってしまったもの。
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グレース・ケリーは20代のお若く美しいお姿を僅か5年間に素敵な映画と共に残して下さった。モナコ王妃となられてからもヒッチコックは出演を希望していたという...まだまだ女優グレース・ケリーとしての作品をスクリーンで観たいと願った人々はどんなに多かっただろう!
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グレース・ケリー出演作品はどれも好きだけれど、この『上流社会』はミュージカルという事もあり、とにかく華麗で優雅。共演陣の顔ぶれ、流れる楽曲たち、全てが鮮やかな色彩と共に古き良きアメリカを感じさせてくれる。私はついついグレース・ケリーばかりを観ていたけれど、信じられない豪華キャストだと驚く!ビング・クロスビー、フランク・シナトラ、ルイ・アームストロングが居るし、セレステ・ホルムとシナトラの掛け合いの楽しい歌など...もう全編が素敵。コミカルな部分もそれぞれとてもチャーミング。トレーシー(グレース・ケリー)の妹キャロライン役のリディア・リードも可愛い少女。映画を観てうっとりと幸せな気分になれるのもいいなって想う。ハリウッド総出でグレース・ケリーの新たな道をお祝いしたかのよう♪

けれど、美し過ぎるお方は時にとても薄幸な人生だったりする。そんな事を考えながらも、ハリウッド最高の美女のグレース・ケリーを想う。

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上流社会:HIGH SOCIETY
1956年・アメリカ映画 
監督:チャールズ・ウォルターズ 原作:フィリップ・バリー 脚本:ジョン・パトリック撮影:ポール・ヴォーゲル 作曲:ソウル・チャップリン 音楽:コール・ポーター 音楽監督:ジョニー・グリーン 出演:グレイス・ケリー、ビング・クロスビー、フランク・シナトラ、ルイ・アームストロング、セレステ・ホルム、ジョン・ランド、ルイス・カルハーン、シドニー・ブラックマー、リディア・リード

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by claranomori | 2010-11-19 20:21 | バレエ・ミュージカル
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★秋の夜長になんとなく憂愁に包まれてしまう今日この頃。なので、軽い爽やか青春映画のことを。リアルタイムではないので遅れて観たのですが1980年の映画『リトル・ダーリング』。主演はお金持ちのお嬢様フェリス役のテイタム・オニールと母子家庭に育つ鼻っぱしの強い少女エンジェル役のクリスティ・マクニコルを中心に、ミドル・ティーンの女の子たち。
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お話は、小学生から高校生までの少女たちが「キャンプ・リトル・ウルフ」行きの専用バスに乗り、サマー・キャンプでの楽しい数週間を過ごす中での、仲間たちの交流、思春期の少女たちの異性への好奇心や体験がとても爽やかに描かれたもの。ミドル・ティーンの女の子たち、それぞれの個性があってみんな可愛い!彼女たちの好奇心の的となる男性が二人。一人はキャンプの運動コーチのキャラハン(アーマンド・アサンテ)と、同世代の男の子ランディ(マット・ディロン)。下町育ちで片意地を張ってる少女エンジェルは父親がいなくて母子家庭。そんなエンジェルとは対照的な上流階級のお嬢様フェリスの二人は同い年の15歳。ライバル意識を互いに持ち、キャンプに参加した女の子たちに派閥ができる(賭けをしたり大変!)。というのも、フェリスとエンジェルのどちらが先にひと夏の体験をするかというもの。そんな対決となったのは、既に14歳で経験したと鼻にかけたスーパーおませな少女シンダー(クリスタ・エリックソン)が発端。

シンダーに負けない耳年増で、時折シェイクスピアなどを引用するタナ(アレクサ・ケニン)、ヒッピー哲学に生きる少女サンシャイン(シンシア・ニクソン)、赤毛なので「キャロット」とあだ名で呼ばれるキャシイ(シモーヌ・シャクター)。そして最年少の小学生だけれど、同年たちは子供っぽいから!と上級生のキャビンに乗り込んできたペネロープ(ジェン・トンプソン)。この少女たちのおませな頭とまだ子供の心のアンバランスさを軽快に描いている。なので、少女エロス的な内容の作品にはない爽やかさ。

クリスティ・マクニコルはどこか少年ぽくて想っていたより可愛いお方だった(この映画が初見で『泣かないで』等も好き)。テイタム・オニールはもう少し小さい頃の『がんばれ!ベアーズ』が一等好き!シンシア・ニクソンは『セックス・アンド・ザ・シティ』シリーズで今もスレンダーで素敵に活躍中!コーチ役のアーマンド・アサンテはほとんどよく知らないまま今に至る。マット・ディロンは『ランブルフィッシュ』が初見(ダイアン・レインお目当てに観たもの)。この『リトル・ダーリング』時は15歳頃で、まだ長髪でとっても色白でかわいい少年だったのでビックリしたものだ。

フェリスとエンジェルは反発し合いながらも次第に友情が芽生える。日焼けした少女たちをバスが親元へ。フェリスを抱きしめる父。そして、エンジェルを出迎える母に「ママ、私の親友のフェリスよ」と紹介する。そうして、少女たちのドキドキのひと夏が過ぎ去ってゆくのだった。
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80年代の少女映画はやはり特別な思い入れがある。この『リトル・ダーリング』は1980年作品なので、まだ70年代の香りも残しているのも好き。今の時代の学園ものや思春期少女たちをコミカルに描いた映画も観てしまうのだけれど、やはり時代感というか時代の空気感は再現不可能だと想うので、その時代時代の好きなところを大切にしていたい♪

リトル・ダーリング/LITTLE DARLINGS
1980年・アメリカ映画
監督:ロナルド・F・マクスウェル 脚本:キーミー・ペック、ダレーン・ヤング 撮影:ベーダ・バトカ 衣装デザイン:ジョセフ・G・オーリシ 編集:ペンブローク・J・ヘリング 音楽:チャールズ・フォックス
出演:テイタム・オニール、クリスティ・マクニコル、マット・ディロン、アーマンド・アサンテ、マギー・ブライ、ニコラス・コスター、クリスタ・エリクソン、アレクサ・ケニン、シンシア・ニクソン、シモーヌ・シャクター、ジェン・トンプソン、アビー・ブルーストーン

※映画雑誌『スクリーン』の古いものが家に結構あったのは母が買っていたもの。その影響で古い映画の女優さまを知ることができた。80年代になると、私は自分で雑誌を買い始めていて母に見せてあげたり。買った号は全部残しているのだけれど、箱に入れたままなのでまた眺めてみたいと想う。少女子役スタートの80年代作品を残すアイドルスターたちを辿ると(生年月日順に)、年長からだとナスターシャ・キンスキー、ジョディ・フォスター、クリスティ・マクニコル、フィービー・ケイツ、テイタム・オニール、ダイアン・レイン、ブルック・シールズ、エマニュエル・ベアール、ソフィー・マルソー、トリニ・アルヴァラード、サンドリーヌ・ボネール、パスカル・ビュシエール、ジュリー・デルピー、ジェニファー・コネリー、シャルロット・ゲンズブール、ウィノナ・ライダー、アリッサ・ミラノ、ヴァネッサ・パラディ、ジュリエット・ルイス...そして、ぎりぎり80年代終盤に登場のロマーヌ・ボーランジェ、サラ・ポーリー...かな。この中だと、以前は、クリスティ・マクニコル、フィービー・ケイツ、テイタム・オニールの興味が薄かったのだけれど、今観返すとみんなとっても可愛いのでした☆
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by claranomori | 2010-10-20 06:02 | 銀幕の少女たち・少女映画
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★ロシアで父と暮らす貧しいユダヤの少女フィゲレ。この幼女役のクローディア・ランダー=デュークという少女がとても可愛かった!2005年に観た折のメモ書き程度の感想にも、やはりこの小さな少女子役クローディアのことを、「前歯が抜けている場面とか子供特有の動きにキュンとなる」などと書いていた。欲を云えば、この少女時代をもう少し観てみたかった...。

少女フィゲレはロシアからイギリス、フランスへと渡り、成長してゆく。少女フィゲレの成長後、この映画の主役のスージー(フィゲレ)役はクリスティナ・リッチ。チェーザー役はジョニー・デップで、少ししか出てこなくて台詞も大してないのだけれど、存在感を残していた。ジョニー・デップ・ファンの友人が多いのだけれど、私は熱狂的ではないけれど俳優として好きだと云える。作品によって様々な人物になるけれど、このチェーザー役のジョニー・デップは好き。クリスティナ・リッチは10歳位から子役として順調に演技力を身につけている。何かを感じさせる人だ。小さくて丸っこい体型と大きな瞳も個性に思う。残念ながら、その後は体型を変えてしまったけれど。私はこの作品の中では断然!ケイト・ブランシェットが好きなので彼女の鮮やかでしっかりとした存在感、巧さを感じさせる演技にうっとりするのだった。ケイト・ブランシェットが大きいのでクリスティナ・リッチと並ぶと凄い身長差。 ジョン・タトゥーロはナボコフ原作の『愛のエチュード』(チェスの名手役)でとても感動した。この『耳に残るは君の歌声』ではオペラ歌手の役ダンテ。アメリカ人ながらヨーロッパ映画にもよく出演されるのが何か分かる気がする...どことなく顔つきが暗く決して陽気な快活さではない。ナイーヴな繊細な演技の出来る俳優だと思う。ケイト・ブランシェットはとにかくカメレオン女優で本当に何を拝見しても上手だし素敵!その他、ハリー・ディーン・スタントンにオレグ・ヤンコフスキーと、個性派の俳優方を配しているのだけれど、少し物足らなさが残った。

けれど、音楽が素晴らしい!サリー・ポッター監督は元来音楽才能にも長けておられるので、この映画は音楽をとても重要としてして、ゆえに、出演者たちの台詞よりも眼差しや表情、流れるロマ(ジプシー)音楽やタイトル曲でもあるビゼーのアリア『真珠採り』、劇中クリスティナ・リッチが歌うシャンソン『暗い日曜日』(イヴァ・ビトヴァが歌っている)等がいつまでも印象強く残っているのだろう。 ジョン・タトゥーロ演じるダンテ役の歌う場面はサルヴァトーレ・リチートラの歌唱でうっとりする。また、オスヴァルト・ゴリジョフのスコアの演奏はクロノス・カルテットで、個人的に結構慣れ親しんでいるもので安心感もあり素晴らしいと思えた。この辺りもサリー・ポッター監督の人脈だろう。

映画の最後は幼い頃に離ればなれになったお父さんにやっと出会うことが出来るフィゲレ(スーザン)。でも、その時はもう病床であった。涙を流しながら美しい歌声で歌う...その静かな描写は父と娘の心の動きを優しく包んでいた。静寂な美しい映像と音楽で綴られる人間の運命と人生を想う。

耳に残るは君の歌声/THE MAN WHO CRIED
2000年・イギリス/フランス合作映画
監督:サリー・ポッター 製作:クリストファー・シェパード 脚本:サリー・ポッター 撮影:サッシャ・ヴィエル 美術:カルロス・コンティ 衣装:リンディ・ヘミング 編集:エルヴェ・シュネイ 音楽:オスヴァルト・ゴリジョフ 音楽プロデューサー:サリー・ポッター 演奏:クロノス・カルテット 
出演:クリスティーナ・リッチ、ジョニー・デップ、ケイト・ブランシェット、ジョン・タートゥーロ、ハリー・ディーン・スタントン、オレグ・ヤンコフスキー、クローディア・ランダー=デューク
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※この画像はノベライズである『耳に残るは君の歌声』 より♪

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by claranomori | 2010-10-19 11:56 | 銀幕の少女たち・少女映画
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★『少女愛惜』を始めた初期に大好きな少女映画(永遠の少女)として少し綴りました。とにかく、大好きな心に刻まれた古いモノクロームの美しくも哀しいフランス映画の名作のひとつです♪
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シベールの日曜日/CYBELE OU LES DIMANCHES DE VILLE 1962年 フランス映画
監督:セルジュ・ブールギニョン 原作:ベルナール・エシャスリオー 脚本:セルジュ・ブールギニョン、アントワーヌ・チュダル 
撮影:アンリ・ドカエ 音楽:モーリス・ジャール 
出演:ハーディ・クリューガー、パトシリア・ゴッジ、ニコール・クールセル、ダニエル・イヴェルネル、アンドレ・オウマンスキー

★関連記事:『シベールの日曜日』(セルジュ・ブールギニョン監督)
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by claranomori | 2010-06-12 11:56 | 銀幕の少女たち・少女映画
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★幾度も観ている大好きな映画『ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ』。原題にあるように、"ヒラリーとジャッキー"、この姉妹の子供時代からジャッキーが亡くなるまでの、お互いの人生と姉妹の確執が見事に演じられ描かれている。エミリー・ワトソンは本当に素晴しい女優さま。この『ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ』では20世紀最高のチェリストと絶賛されていた実在の人物を演じている。安易な役柄ではないと思う。そして、姉であるヒラリー役のレイチェル・グリフィスも地味ながらもいつも上手い!と思わせる素敵な女優さま。
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運命は残酷だ。幼い頃から姉はフルートの実力があったのだけれど、音楽家の道を断念し結婚し子供たちとの生活(ジャッキーからするとその姿はありきたりの平凡な主婦の姿だった)を選ぶ。妹の才能に幼い頃から嫉妬のような思いを抱いていたり、逆に幸せな家庭を持つ姉にジャッキーもある種の嫉妬を抱いていた。でも、結局はお互いに切り離せない血の絆を痛感しているし求め合ってもいるようだ。特にレイチェル・グリフィスの表情はいくつもの場面で感動的。

多発性硬化症という難病がジャッキーを襲う。日に日に思うように動かない身体、聴覚まで薄れていく、その悪化する中での葛藤と苛立ち。そして、エルガーの協奏曲の美しくドラマティックな旋律がさらにシーンを盛り上げるので、息が詰まる程の複雑な感動を受ける。

「何も心配しないでいいのよ。」という言葉。幼い頃二人で海岸で抱き合っていたあの光景は共に永遠のものだったのだろう。最も大切な人、ジャッキーが最期に本当に会いたかったのはヒラリーだったと思う。でも、その直後亡くなってしまう...。

弟と車での帰り道、カーラジオから妹の訃報を知る。その、あのヒラリー、レイチェル・グリフィスの繊細な演技の見事なこと(オーバーアクトではないのでさらに感動が込み上げる)。何度観ても涙に溢れる大好きな作品、心に響き過ぎ苦しいくらいに素晴らしい!

ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ:HILARY AND JACKIE
1998年・イギリス映画 
監督:アナンド・タッカー 製作:アンドリュー・ペイターソン、ニコラス・ケント 脚本:フランク・コットレル・ボイス 撮影:デヴィッド・ジョンソン 
音楽:バーリントン・フェロング
出演:エミリー・ワトソン、レイチェル・グリフィス、ジェームズ・フレイン、デヴィッド・モリシー、チャールズ・ダンス、セリア・イムリー

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by claranomori | 2010-04-09 11:21 | 往還する女と少女
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★80年代はやはり私には大切な時代だった。私が10代だった頃に同世代の可愛いアイドルたちに愛を込めて!となると、当時、フランスのアイドルはソフィー・マルソーだった。ジョディ・フォスターやナスターシャ・キンスキーは格別今でも大好きだけれど、既にデビューされていた。薬師丸ひろこが日本では人気で「私のライバルはテイタムよ」って語ったりしていたのだけれど、テイタム・オニールもリアルタイムではないのでちょっと私のアイドルという感じではなかった。映画『ラ・ブーム』(1980年・13歳頃)の日本公開は1982年。ソフィーは15歳頃で、とびっきり可愛くてトキメクのであった。翌年続けて公開された『ラ・ブーム2』共に懐かしい想い出。主題歌の『愛のファンタジー』もヒットしていて、ソフィーを讃える『ビバ!ソフィ』やハート型のレコードも今引っ張り出し眺めてスキャンしたりしていた。こうして長い間一緒に居るレコードやパンフレットって愛おしい。
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ソフィー・マルソーはフランソワ・ヴァレリーとのデュエット曲、あとはオスカルやパリジャン三銃士なる方々の歌が収録されている...いったいどんな経歴の方々なのか、いまだに不思議な存在。ソフィーの好きな本に『青い麦』とあった。嫌いな食べ物がほうれん草だったり、嫌いな科目が数学だったりというのも同じだったので、そうした事に感激していた。今の私はすっかりほうれん草も好きになっているのだけれど。コレットの『青い麦』は私も好きだった。ソフィーのデビューよりもさらに小さな少女ポレットとして『禁じられた遊び』でデビューされたブリジット・フォッセーが、映画『ラ・ブーム』での母親役というのも嬉しいものだった。今も素敵なお方。ソフィーの映画はこの『ラ・ブーム』から今なお追い続けている。あまり好きではなかった作品もあるけれど観てしまう。だんだん大人っぽくなる様子に戸惑いを感じながら観ていた時期もある。すっかり成長した豊満な肢体を見るとショックを受けたものだ...でも、今でもやはり好きでいる♪
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by claranomori | 2009-10-17 11:19 | 銀幕の少女たち・少女映画
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★スウェーデンの児童文学というと浮かぶのはアストリッド・リンドグレーン(1907年~2002年)。数々の映画化もあり、私の初見は『やかまし村の子どもたち』でとても想い出深い。けれど、『長くつ下のピッピ』の少女ピッピのキャラクターはいつの頃からか自然と強力にある。あの赤毛を編んだ独特のヘアースタイル、そばかすのお顔には笑顔がいっぱい。おてんばだけれど優しくて繊細。あんなに華奢なのに力持ち。さらにお金持ちである。

お馬とおサルのニルソン氏と共にやってきた田舎町。隣に住むトミー(パー・サンドバーグ)とアニカ(マリア・パッセン)と仲良しになる。思い出すのは「床におりないごっこ」!今もその様子が浮かび笑ってしまう。みんな可愛いけれどアニカも大好き。ピッピの名は、ピッピロッタ・シャンデラリア・ヤナギノハッパ・チョコミンサ・エフライム。ごたごた荘で一人暮らしの変わった女の子。お父さんは、エフライム・ナガクツシタ船長で、ホッペトッサ号で世界の海を回っている。お母さんは、お空の天使。お父さんに貰った金貨がぎっしり詰まった鞄を持って、歌いながらやって来た少女。奇想天外なことをするし、初めは誤解されたりする個性はピッピのもの。暫くするとピッピの優しい気持ちも伝わってゆく。笑っていること、そんな姿を見ることは至福でもあると、ピッピを想い浮かべ安堵する。

1969年から1970年頃に製作された映画。5作シリーズで、『長くつ下のピッピ』『続・長くつ下のピッピ』『ピッピの新しい冒険』『ピッピの宝島』『ピッピ船にのる』なのだけれど、結構記憶がごちゃまぜなので観直したい。全作とも監督はオル・ヘルボムで、ピッピとアニカとトミーも同じ。スウェーデンの美しい自然の景色、今の映画では味わえないあの色彩がとても好き。そんな綺麗な自然の中に可愛い三人。ピッピは、草の上に寝転び、青い空や緑の木の頂を見上げながら夏の詩を歌う♪

夏って すてきと
さあ うたおう!
だって 木々は なんなに きれいで
大地は あんなに みどり
花は あんなに 美しく
野いちごは こんなに おいしいの
お日さまは きらきらと かがやき
そばかすは どんどん ふえて
てんてんだらけの 夏のかお
だから うたうの
夏は わたしの ものよと

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◆「赤毛」というのは私の子供時代のちょっとしたコンプレックスでもあった。そして、夏にそばかすが増えるというのも同じ。なので、私は太陽光線は苦手で今に至る。ピッピのように、「夏はわたしのものよ」と想えたことなど一度もなく生きている。なので、ピッピが羨ましい。そして、私に欠けているものに気付く瞬間でもあり苦笑してしまう。
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by claranomori | 2009-10-14 11:52 | 銀幕の少女たち・少女映画