あまりにも私的な少女幻想、あるいは束の間の光の雫。少女少年・映画・音楽・文学・絵画・神話・妖精たちとの美しきロマンの旅路♪


by chouchou
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30
b0106921_18211435.jpg
 相も変わらず少年少女映画が大好き!なのですが、今日はちょっと懐かしい『ペーパー・ファミリー』という映画のことを。ドリュー・バリモアの映画デビュー作はケン・ラッセル監督の『アルタード・ステイツ / 未知への挑戦』(1979年)。その後『E.T.』で人気爆発。1984年には主役で『炎の少女チャーリー』と、この『ペーパー・ファミリー』、まだひと桁の幼き少女子役時代のドリューちゃんですが、既にかなり荒れた生活となっていたそうです。元々、映画一家のお嬢様で映画界への道は何の不思議もないお方ですが、子役スターの悲劇から復活され、現在もチャーミングな女優さまとして活躍されているのは嬉しい。お顔もあまり変わっていないですね。
b0106921_18205991.jpg
 9歳の少女ケイシー(ドリュー・バリモア)がなんと!「両親を離縁します。」との裁判場面から始まるお話です。1984年のアメリカ映画で日本公開は1988年。まだ幼い娘に裁かれる両親って?!どんな展開なのだろう、コメディ風な展開なのかと最初は思ったのですが、最後は何故かしんみりと泣いてしまいました。父アルバート(ライアン・オニール)と母ルーシー(シェリー・ロング)という配役も良かったです。ヒッチハイクで知り合ったアルバートとルーシーはその四日後に結婚。娘ケイシーが生まれ、小さなアパートで三人暮らし。歩く映画百科のようなアルバートは映画科の講師をしていたのだけれど、大物プロデューサーのデヴィッド・ケスラー(サム・ワナメイカー)に才能を買われ編集を任されることに。その映画『アメリカン・ロマンス』は大成功。二人は段々お金持ちになり、アパートから一軒家に。さらに大邸宅に住み、メイドを雇い、すっかり生活が変わってゆく。そんな日々をなんとなく淋しいと感じるルーシーも作家として成功したい夢がある。本来お料理上手なルーシーなのに、次第に娘の世話までメイド任せになってゆく。
b0106921_18204707.jpg
 二人の出会いは1972年という時代設定から9年間、この家族の経緯を回想しながら裁判は進む。裁判官や聴衆も呆れるほどの両親の身勝手さに言葉も出ない大人たち。少女ケイシーは裕福な生活でも心はひとりぼっち。最も懐いているのは世話をしてくれるメイドのマリア。マリアはスペイン系アメリカ人のようで、ケイシーは母親との会話でスペイン語を使うようになったり(小さな反抗)。虚ろな眼差しでテレビを観たり、9歳の少女が読むには過激な書物を読んだり。挙句の果てには父の浮気で両親は別居(浮気相手の素人女優役はシャロン・ストーン)。アルバートとルーシーは、喧嘩になると責任のなすり合い。孤独なケイシーの堪忍袋の緒が切れ、両親を離縁すると訴える羽目に。前代未聞の事でマスコミも駆けつけ大反響の渦中...。
b0106921_18203598.jpg
 アルバートは全財産を費やした『アトランタ』という映画が史上最低の不調作となり破産。一方、娘を連れて家を飛び出したルーシーは養育費はもらっているけれど、精神的にかなり疲労困憊。イライラしたり常に何か食べていたり(過食症)。ある日、スーパーで我が身の変化にハッとして奮起。アルバートとのこれまでの生活を基にした作品を一気に書き上げる。なんと、それがベストセラーとなり、今度はルーシーがアルバートの大豪邸を買い取ることに。なんだか、お話はテンポ良くコミカルながら実は深刻な問題が随所に見られる。それは都会の生活、仕事を持つ女性、両親と子供、また夫婦、メイドを含めた家族というもののかたち。9歳の少女は裁判の最後に自らの希望を告げる。「マリアの家族と一緒にくらしたい」と。「私は両親にとって犬(ペット)のような存在」と。マリアにも二人の子供がいる。こじんまりとした温かいマリアの家族たちとの暮らしを選ばなくてはならない9歳の少女って。ケイシーにはマリアという優しいメイドが長年居て良かった。メイドを雇えるアメリカ人は一部でしょうから。エンドロールで流れる曲は、フランク・シナトラの「You and Me」。その曲の意味(私なりの大意)は深いもので、ほろりとしてしまう。何かを得る代わりに何かを失う...。

 お互いの夢を掴んだけれど、
 小さな愛を失った

 後日、マリアの家族と暮らすことになったケイシーに週交代で逢いに行くアルバートとルーシー。失ってから大切なものを痛感した二人。ある日、ルーシーが面談日を間違え三人が顔を合すことになり、久しぶりに三人でのお食事。その時のケイシーは笑顔の輝く少女なのでした。アルバートとルーシーのお互いの心も完全に離れ切ってはいない。幸か不幸か、人生には色んなタイミングがある。一概にこの若き夫婦を非難できない。経済大国となった日本もよそ事ではなく家族崩壊が進む昨今、考えさせられる映画でもありました。

 所々笑える場面もありました。ライアン・オニールのアルバート役も良いのですが、ルーシー役のシェリー・ロングはやっぱりキュートなコメディエンヌ!同じ時期にベット・ミドラーと共演した『うるさい女たち』(1987年)もとっても素敵でした。ほっそりとしたスタイルとコミカルな動き(目や手の表現など)が実に愛らしい女優さまです。

ペーパー・ファミリー / IRRECONCILABLE DIFFERENCES
1984年・アメリカ映画

監督:チャールズ・シャイア
製作:アーリン・セラーズ / アレックス・ウィニツキー
製作総指揮:ナンシー・マイヤーズ
脚本:ナンシー・マイヤーズ / チャールズ・シャイア
撮影:ウィリアム・A・フレイカー
音楽:ポール・ド・セネヴァル / オリヴィエ・トゥーサン
出演:ライアン・オニール / シェリー・ロング / ドリュー・バリモア / サム・ワナメイカー
アレン・ガーフィールド / シャロン・ストーン / ルアナ・アンダース / ジェニー・ガゴ

●追記●
 エキサイト様のブログ機能が大きく変わり、ウロウロしています...機械音痴なので、慣れるまでもう少し時間が必要なようです。字体が表示と違うのはどうしてでしょう...ふむふむ。無料で使わせて頂いているので感謝しなくては☆

[PR]
by claranomori | 2013-11-19 00:18 | 銀幕の少女たち・少女映画
b0106921_1036278.jpg★この『母の庭をさがして』は今年の夏に読んだ御本の一冊で、ずっと何か考え続けていることをさらに突かれてしまったもの。今年の3月11日を忘れる事はないだろう!色々想いが巡る中、微妙に絡まる人間という尊い存在、そして国籍、肌の色、性別などの壁のことは長い歴史を遡る中で脈々と流れ続けている問題。私は日本人であるけれど、子供の頃から近所やクラスメイトに在日のお友達も居た。普通に楽しく遊んでいたし、今も友人知人に居られる。反在日、反米感情といった特定の国や人種に対する嫌悪感は私には希薄だと断言できる。けれど、今年の夏、必然的な偶然の廻り合わせか、広島の原爆に関する作品に接することになった。悲しくて悲しくて...。戦争という狂気の中で起こった悲劇であり、原爆投下された国は日本だけであることを幾度目かの再認識。私は欧州かぶれした子供時代から今に至るけれど、やはり、どうしたって日本が好きです。自分のブログなので想いを語る。もうそろそろ良いだろうと想うので。

この原爆のことは小学校の社会見学で広島を訪れた折の優しいおばあさんの姿を蘇えらせる。私の最も古い広島の想い出。あのおばあさんは今も御健在だろうか?病院で寝たきりなのに小さな私たちにあの優しい微笑みは何処から来るものだろうか?また、今回の震災で家を流され家族を失ってもじっと耐えて再び歩いてゆく人々の姿。多くの小説や映画で感動の涙を体験している私の心に日に日にグイグイと浸み込んでくるような...大自然の恵みと脅威を想う。そして、やや距離を置いてしまっていたことにようやく近づけそうな気がしています。

想いは簡単には纏まらないけれど、このアリス・ウォーカーのエッセイ集は心に刺さり続けている何かを刺激するものであったらしく、何だろう...とずっと考え(今も)続けていて想うのは、"母と娘"という奇妙な関係ではないかと。私個人の事で云えば、"父親"とは"父"以外のなにものでもない。尊厳なる愛。大好きな父を常に想うけれど、母を想う身近な存在とも違うように感じている。このアリス・ウォーカーは黒人でその母親の世代は黒人差別が当然という時代を生きたお方。その娘がアリス・ウォーカーで1944年生まれなので、次世代の激動のアメリカを生きて来たお方。そして娘レベッカへ...と継承されゆく。どんなに虐げらた状況下でも彼等の自尊心は失われはしない。そういう事だと想う。理屈で解き明かされない血の絆、同胞の絆のようなものが文化となるのだと。なので、素晴らしい多種多様な文化が世界中に存在するのだと。幼き日の祝日には玄関先に国旗が掲げられていた。弟は記憶に無いらしいので、私のとても幼少時までのことだろう。ご近所もそうだったけれど、次第にそんな風景は消えて行った。

在日の老夫婦が静かに生活されていた。ご近所付き合いも我が家以外はほとんどしないようであった。そのお孫さん姉妹の妹さんが私と同い年だったので、日曜日など祖父母の家に遊びに来た折にはよく遊んだ。日が暮れはじめ、明日は学校なのでちょっぴり憂鬱になる。その少女と同じ学校ではなかったので名残惜しかった、とても。何処にあるのかも知らないままのその少女の通っていた朝鮮学校。こういうお話をしたら嫌な気分になられるお方が居られることも知っている。何故なら、幾度もそうした事で泣いている少女たちの傍に居たから。傍に居ても私にはよく分からないことだった。それでも、私は遊びたいお友達と遊んでいた、それだけ。差別ってずっとある。日本人同士にだって。人種差別というと黒人やユダヤ人というイメージながら、日本人やアジアの人々は黄色人種で欧米(白人)社会からすればやはり奇異な存在で卑下されていたのだし。黒人の中でもやはり差別があるのだと、この『母の庭をさがして』の中で垣間見られる。少しでも白人の血が混ざった黒人は優位になり、アフリカ系の黒人とも違う。遥か昔にも、"魔女"という刻印の下、死に至った人々も居る。云わば世界の歴史はまるで差別の歴史のよう。それが良いとか悪いとかではなくて。

『母の庭をさがして』の初出は1974年。娘のように文学や言葉で語り、表現することはなくとも、アリス・ウォーカーの母もまた詩人であったのだと想う。庭仕事をしている活き活きとした姿が浮かぶ。きっとカラフルで美しいお庭だっただろう。そのお庭に託して母は歌っていたのだ。私の母もそんな感じ。勝手に手出し出来ない母の領域のようだった。精々、お水やりが私の日課という。懐かしさに噎せ返る幸福かつ光に満ちた風景が蘇る。けれど、同時に重いものを残してくれるので、まだまだ私には荷の重いことらしい。答えなど無くても良くて、考えることを教えてくれる。父や母の姿は言葉より大きなものであったのだと空を仰ぐ☆

アリス・ウォーカーが長い間、机の前のメッキの標識として貼っていた詩を掲載させて頂きます。私の好きな作家の名が並んでいるのも嬉しくて。

アリスへ
ヴァージニア・ウルフには狂気
ジョージ・エリオットは村八分
他人の夫を奪ったから
それで、自分の名前を
使う勇気がなかった
ジェイン・オースティンにはプライヴァシーがなく
恋愛もなかった
ブロンテ姉妹はどこにも行かず
若死した
そしていつも父親を頼りにしていた
ゾラ・ハーストンは(何ということ!)お金がなく
健康にも恵まれなかった

あなたにはレベッカがいる―彼女はずっとずっとたくさんの喜びを与えてくれる
それに悩みの種にもならない
かれらの
悲惨にくらべたら

●追記●
アリス・ウォーカー(Alice Walker:1944年2月9日生まれ)はアメリカの作家。公民権運動にも参加。1983年の『カラーパープル』でピューリッツァー賞を受賞。小説部門では黒人女性の初受賞となる。門戸を開いたパイオニア的存在でもある。けれどその軋轢に苛まれてゆく激動の時代を生きて来た女性作家。この著書『カラーパープル』はスティーヴン・スピルバーグ監督が1985年に映画化した原作で、ウーピー・ゴールドバーグが見事な主人公を演じていました。1990年の『ロング・ウォーク・ホーム』も実話に基づいた社会派映画で、これもまた抑えた名演技を想い出します。
[PR]
by Claranomori | 2011-10-11 09:03 | 想い・鑑賞・読書メモ
 今日は母の日。私の両親はもうこの世に居られないけれど、母の日、父の日、両親のお誕生日、命日は忘れることはない。私が小学生の頃はまだ毎月決まったお小遣いを貰っていなかった。学友たちとの会話の中でみんな毎月お小遣いを貰っていると知ったのだった。中学生になって毎月のお小遣いを貰い始め、ほとんど少女マンガに費やしていた。デヴィッド・ボウイに魅了されてからはレコードを買うようになっていった。

 母の日にカーネーションは学校の先生から頂いたりもした。多分小学二年生頃だったかな。母の日にプレゼントをと想い、お金が無いので手作りの手帳をプレゼントした。色紙とクレヨンと鉛筆で作ったもので、チケット風に切り込みを入れたりして。細かく覚えていないけれど、「お遣い券」「お皿洗い券」「洗濯券」「肩たたき券」・・・等で10回位分。期限など無くて、母が使いたいときにその切符を切り離して私に渡す、「はい、今日はこれでお願い。」と言った風に。結構嬉しかった。それを知った父も欲しい気がしたので、次には父にも作ってプレゼントした。父のには「肩たたき券」を多くした。お遣い券はタバコ屋さんに行くもの。その近所のタバコ屋さんはヤマザキのパン屋さんも兼ねていて、中にはお菓子や雑誌も売っていた。父はそのお遣い券を使ってもお駄賃をくれたので、私はマンガを買ったりしていた。肩たたき券を多くしたのは肩コリが酷かったのを知っていたから。私は両親の肩たたきをしながらよく郷ひろみの曲を歌っていたものです。大人になっても回数は減ったけれど父の肩たたきはしていた。次第に弟の方が力が強くなり、私より威力が増してゆくのを羨ましく、そして少し寂しく想ったり。前にも書いたかもしれなけれど、父と弟はキャッチボールが出来て羨ましかった。母は毎日お家に居るけれど、父は日曜日と祝日しかゆっくりできない。生涯で父との会話は母との会話よりずっと少ない。でも、私がバイトで頂いたお給与でプレゼントしたセーターをよく着てくれていた。そのセーターは父の棺に入れて天国へ持って行って頂いたのだった。

 キャンディーズのスーちゃんが亡くなり、追悼番組は嬉しくも悲しい。そして、私の少女時代とあまりにも時期が重なるので、どうしても家族との時間が蘇る。私はお家が大好きだったので、誘われないと外で遊ばない子供だった。マンガを読んだり、お人形と遊んだりという時間が多かった。音楽熱が高まる中で、さっさと自分の部屋で音楽ばかり聴くようになった。両親の死がそんなに早く訪れるとは考えたこともなく。誰のお陰でレコードや本が買えていたのだろう。なので、両親との想い出のレコードや本、映画やドラマの記憶は大切な心の財産。私のささやかな大切な宝物。宝物ってお金で買えないものも多い。心に刻まれた宝物なら、私が死んだ時にも一緒に居てくれる。両親の本棚はどちらの本か直ぐに分かるようになった。父は思想系のもの、母は文学もの。ドイツとロシアの作家が多かった。なので、敢えて私はフランス文学を自ら購入しては感想をお伝えしたりする事が歳を重ねる毎に増して行ったように想う。

 母の日に、いつまでも歳をとらない両親を想い、何も親孝行できなかった娘だけれど、感謝の気持ちはずっと忘れたくはないと想っています。本当に大切なものは失ってから身に沁みるものであると心底想うのです☆

 今日もよく泣いた!けれど涙の後の心は晴れやかでもある。カタルシスというものだろうか。それにしても、泣き虫は一向に治らない。赤ん坊の頃から夜泣きも酷かったそうなので、両親の睡眠を妨げていただろう。不思議なことに、どうしてだか子供の頃から何度も見る夢がある。今でも時々。真っ暗でひとりぼっちの私。そこから出たいのに出れなくて怖くて泣き声で目が覚める...なんなのだろう。
[PR]
by claranomori | 2011-05-08 21:32 | 想い・鑑賞・読書メモ
b0106921_12111640.jpg
★2005年のクリスマス・イヴに観て以来の幾度目かの再見。感動の鮮度は今なお新鮮!これぞ、映画の魅力なり。そんな訳で今年もフランク・キャプラ監督の『素晴らしき哉、人生!』を観る事にした。やっぱり最後はほっこりとした涙に溢れ気分爽快。さらに人生謳歌な私です。

この映画はジェームズ・スチュワート主演の1946年のモノクロ映画。信じられないけれど60数年も前の作品なのだ。今のハリウッド映画にはない優しさを感じてならない。私にとって最高の娯楽だと思っている「映画」。映画の発祥成長の地はアメリカだろうけれど、生まれたのはフランス(だと思っている)。好きな監督・俳優さんが出ているとどんな悪評でも機会があれば観てしまう。でも、ハリウッド映画ってアンチだったのだ、特に10代の頃は。オードリーもリズもみんなアメリカ人だと思っていたし、大きな偏見をアメリカ映画に持っていた。今ではそんな自分が青く愚かに思える。相変わらずヨーロッパ映画ファンではあるけれど、観て良かったと思えるものに国や年代やジャンル等は関係ない。
b0106921_12453423.jpg
この『素晴らしき哉、人生!』の主人公ジョージ(ジェームズ・スチュワート)は、8000ドルという大金の横領の疑いを受ける。それまでも幾度も挫折感の人生だった。でも遂に絶望の果てに身投げを考える程になってしまう。そんな折にクラレンスという老人(ヘンリー・トラヴァース)が登場する。この老人は実は2級天使。この愛らしい2級天使は2級なので翼がない。善行により格上げされるらしく、守護天使である使命(と翼が欲しいとう目的も)からそんなジョージを救おうとする。ジョージは「自分なんか生まれて来なければ良かったんだ。」と嘆き泣くばかりで、この天使の存在も言葉も信じない。それならば!と天使はジョージが存在しない世界に変えてしまう。すると、幼馴染みの妻メリイ(ドナ・リード)も子供たちも友人たちも建物も・・・ジョージを知らない、そんな世界を見せられ生きる事を神に縋る。行方不明になっていた夫を必死で探し回る妻や可愛い子供たち、裕福ではないけれど暖かい家庭があり友人たちがいる。ジョージに逮捕状まで出ていたので、そんな彼を助ける為に友人や近所の人々が少しずつ募金してくれ奇跡が起こる。警官も逮捕状を破棄しみんなで合唱するラスト。ジョージは家族や友人、そして生きている今のしあわせを想う。クリスマス・ツリーのベルがさり気なく音を鳴らす。あの2級天使に翼が貰えた合図なのでした・・・こんなお話が大好きです♪
b0106921_1212098.jpg
素晴らしき哉、人生!/IT'S A WONDERFUL LIFE
1946年・アメリカ映画 
監督・製作:フランク・キャプラ 原作:フィリップ・ヴァン・ドレン・スターン
脚本:フランセス・グッドリッチ、アルバート・ハケット、フランク・キャプラ
撮影:ジョセフ・ウォーカー、ジョセフ・バイロック 
音楽:ディミトリ・ティオムキン
出演:ジェームズ・スチュワート、ドナ・リード、ライオネル・バリモア、トーマス・ミッチェル、ヘンリー・トラヴァース、ボーラ・ボンディ、フランク・フェイレン、ウォード・ボンド、グロリア・グレアム

[PR]
by claranomori | 2010-12-25 11:55 | キネマの夢・シネマ万華鏡
b0106921_21415315.jpg
★クラシック映画ならではの魅力というものがあると想うけれど、このジョージ・スティーヴン監督の1948年の名画『ママの想い出』もそんな一つでとても感動した作品です。原作はキャスリン・フォーブスの『ママの銀行預金』を脚色し映画化されたもので、ブロードウェイで約2年ものロングラン・ヒットとなった戯曲でもあるそうです。

ママことマルタ(アイリーン・ダン)とパパことラース(フィリップ・ドーン)、そして長男のネルス(スティーヴ・ブラウン)、長女キャトリン(バーバラ・ベル・ゲデス)、次女クリスティナ(ペギー・マッキンタイア)、三女のダグマー(ジューン・ヘディン)の6人家族の物語。長女キャトリンの回想で綴られる。大工のパパのお給料を毎週土曜日にママが仕分ける。決して裕福ではないけれど両親と子供たちはその状況を毎週見て知っている。ママが「これで銀行に行かずに済むわ」と云う言葉に子供たちは安堵する。けれど、家庭の事情は意外な出来事で予定変更となるもの。まだ幼い末娘ダグマがある日高熱を出し入院手術という事態。小さな少女は家族と離れて病室で寝ている。ママは「一緒に居てあげる」と約束してくれた。ところが、手術は成功したものの明日まで面会謝絶。まだ幼い娘がどんなに寂しい想いをしているかと気が気でないマルタは、掃除婦に変装して病室に忍び込む。ダグマもママの顔を見るとホッとするのだった。また、長女と次女は高校生でキャトリンはもうすぐ18歳になり卒業。子供たちは日々成長している。パパのお仕事もストで収入が減ってしまい「小さな銀行」と家族が呼んでいる宝箱の中のお金も空っぽに。でも、銀行に貯金があるから子供たちはそんなに深刻でもない。
b0106921_2137118.jpg
この家庭には英国人の居候ハイド氏(サー・セドリック・ハードウィック)という老人が居るのだけれど、もう何か月も家賃を払えない人。でも、教養豊かで文学を読んで聞かせてくれたりする。そんなお陰で殊に長女キャトリンは自分で小説を書くことにも目覚める。ある日突然、そのハイド氏が使えない小切手を置いて出て行ってしまった。伯母達はハイド氏のことを悪く云うけれど、パパとママはお金に換算できないものを残してくれたと、置いて行ったシェイクスピアなどの書籍とこれまでの交流を重んじる。年頃になってゆくキャトリンとクリスティナ。キャトリンは高校卒業のお祝いにお化粧道具セットが欲しいとママに云っていた。運悪く家計の苦しい時期であるけれど、マルタは母の形見のブローチを売り娘のお化粧道具セットを買ったのだった。そのことは、キャトリンは知らない。年の近い次女クリスティナは姉に「勝手すぎるわ!ママはブローチを売ったのよ。」と喋ってしまう。結局ブローチは戻りお化粧道具セットはお店に返すことで納まった。

この家族はノルウェーからサンフランシスコへ移住した人たち。その伯母や叔父たちも個性的で、とりわけ声の大きな足の不自由なクリス伯父さんの存在も重要で、病死の後残された手帳で分かることに、この伯父さんは体の不自由な子供たちの医療費などを長年払って来たのだった。なので、まったく遺産を残すことはできなかった。でも、キャトリンはそんな伯父さんを誇りに想えるようになってもいた。『若草物語』のジョーと少し似た状況で、高校を卒業後は作家の勉強をしたいと作品を書き続けていたキャトリンながら、なかなか採用されない。有名な女流作家がお料理本を執筆中と知ったママは、ノルウェーの秘伝のお料理のお話と交換に出版社を紹介してもらい、キャトリンは家族のことを書くように奨められる。ママは「パパのことを書きなさい」と云うけれど、ママの事ばかり書いてしまうのだった。そうして完成した作品が『ママの想い出』という作品。このご本は採用され賞金も頂けた。キャトリンは家族のために銀行に預けるように両親に渡す。パパとママは子供たちに本当の事を話す時がやって来た。銀行に預金どころか口座も無いのだった。「小さな銀行」の宝箱の中のお金が全財産だった。子供たちに心配させたくないゆえの両親の嘘であった。嘘がこんなに美しいこともある!時に喧嘩もする、悲しい出来事も辛いことも、でも、助け合い想い合うことで笑顔が生まれる。素敵な家族なのである。荒んだ社会、家庭崩壊などと聞こうとしなくても聞こえてくる声。アメリカも今はこの映画の舞台のような時代ではないけれど、時代を超えて尊いものを古き映画から教えて頂けることをしあわせに想う。ママ役のアイリーン・ダン!とにかく素晴らしいのでした☆

ママの想い出/I REMEMBER MAMA
1948年・アメリカ映画
監督:ジョージ・スティーヴンス 製作:ハリエット・パーソンズ
原作:キャスリン・フォーブス 『ママの銀行預金』 
原作戯曲:ジョン・ヴァン・ドルーテン 脚本:ドゥウィット・ボディーン 
撮影:ニコラス・ムスラカ 音楽:ロイ・ウェッブ
出演:アイリーン・ダン、バーバラ・ベル・ゲデス、オスカー・ホモルカ、フィリップ・ドーン、ペギー・マッキンタイア、ジューン・ヘディン、スティーヴ・ブラウン、エドガー・バーゲン、エレン・コービイ、サー・セドリック・ハードウィック

[PR]
by claranomori | 2010-12-21 21:38 | 銀幕の少女たち・少女映画
b0106921_555183.jpg
★クシュラは1971年12月18日に生まれたニュージーランドの女の子。生まれた時から両手の指が一本多いことで直ちに手術を受ける。しかし、その後、様々な障害を持っていると両親や周囲の人々も認知してゆく。心臓に小さな穴が開いているという。視聴覚にも障害があるので発育は遅れて行った。絶望の中での両親の懸命さ、愛情に心打たれる。生後4ヶ月になったクシュラが母の読む絵本に関心を示した。クシュラと外の世界との繋がりは本だった。本から豊かな言葉たちをクシュラは得ることができ、3歳の頃には健常児を凌ぐ程であったという。

「さあこれで、ルービー・ルーに、ほんをよんであげられるわ。だって、このこ、つかれていて、かなしいんだから、だっこして、ミルクをのませてやらなくてはね。」

この言葉に私は胸を打たれた!1975年8月18日、3歳と8ヶ月の日のクシュラ。この時のクシュラは、ソファーに深々と身を沈め、両腕で布のお人形を抱きしめており、そばにはいつものように本の山があった。

懸命な両親と優しい妹という家族の愛に恵まれていて良かった。けれど、クシュラは不自由であった。命も何年持つかとう状況だったようだ。クシュラに何かしらの希望の光が見つけられたのは多くの本たちだ。本の中で多くのお友だちを持て、描かれる絵本の色彩は美しくあたたかなぬくもりを少女に与えたのだろう。想像することしかできないけれど、お話によっては時に怖くなったり寂しい想いもしただろう。そんな小さな少女クシュラの心を知っているのはクシュラの心の住人たちなのだと想う。「異常である」と診断されてきた少女。けれど、それは発育のこと。健常者以上に言葉の豊富な感性の持ち主なのに...。身体の不自由な子供たちがすべてクシュラのように育って行くとは限らないけれど、この書が示唆していること、希望や可能性を遮断することはいかなる医学の権威を振りかざしてもできないのではないだろうか...僅かな光を信じて辛抱強く目を見つめて語り、子供の多様な表情をしっかり見守ること。それに豊かな絵本や童話の世界の登場人物や風景たちも手を差し延べることは可能なのだと想う。

私には心の住人たちが沢山居る。遡れば幼児期の絵本との出会いや、児童文学のお話たちが絡まり合いながら今の私が居るようなのだから。クシュラの苦渋は私には到底分りはしない。けれど、あの本を持つ笑顔は私に生きることの勇気と希望を与えてくれるのだ。ありがとう、クシュラ☆
[PR]
by claranomori | 2010-02-12 06:05 | 本の中の少女たち・少年たち
b0106921_12533293.jpg
★ロベール・アンリコ監督がフィリップ・ノワレとロミー・シュナイダーを主役に描かれた1975年作品。勿論、音楽はフランソワ・ド・ルーベ!邦題のサブタイトルにあるように”愛と復讐と男の戦い”のドラマ。美しい妻クララ(ロミー!!)と可愛い娘フロランスと愛犬マルセルと共に幸せな日々を送っていた医師のジュリアン。時代は1944年の連合軍によるノルマンディ上陸作戦が決行時のフランスの片田舎。危機感を持ちながら過ごしている人々、負傷した人々の治療をしているのだ。けれど、悪夢が襲う!この世で最も大切な愛する妻子が惨殺されてしまった...もう、ここから、淡々とした巧い味わいのある演技でフィリップ・ノワレの行動を見守る。祖父の古いショットガンを手にして、ドイツ軍の兵士に次々と復讐してゆく。その間、ジュリアンの追想が常に過ぎる。美しいクララに一目惚れした日のこと、結婚式の日、娘の小学校の卒業式の日...この作品では美しいロミーの笑顔を沢山拝見できる。その美しさがさらに悲劇に哀愁を帯びる。血まみれの復讐劇ではなく、アンリコの描き方は此処でも冷静でカッコイイ!

フィリップ・ノワレも好きで、『地下鉄のザジ』で知ったお方。飄々としたとぼけたコメディ・ドラマも絶妙ながら、このような役も演じることができるお方。私はロミー・シュナイダーがとても好きなので、その短い悲運の人生を想うと哀しい。この映画の中で笑うロミー、悲しそうにしている場面...すべてが美しく涙を誘うのだ。これは、全く個人的な感情のことで、もっと冷静に映画だけを観ることができたなら...とも想うけれど、私はただの映画好きなのでこんな具合。

戦争映画が好き!でも、戦車や血まみれシーンは無くてもいい。戦地で闘う兵士たちにも様々で恐怖に怯えながら、戦後も何かにとらわれてしまった方も多いだろう。また、戦時下のその国々で生きていた人々を想うとたまらない。このような戦場の陰を描いたもの、そんな時代に芽生えた恋や友情、家族の絆...などを描くことで訴えてくるような作品が大好き!ロミーというと『離愁』というジャン=ルイ・トランティニャンと共演した作品が想起される。『追想』と同じくパスカル・ジャルダンによる脚本でもあるので不思議ではない。

追想 愛と復讐と男の戦い/Le Vieux Fusil
1975年・フランス映画
監督:ロベール・アンリコ 原案:ロベール・アンリコ、パスカル・ジャルダン 脚本:パスカル・ジャルダン、クロード・ヴェイヨ 撮影:エティエンヌ・ベッケル 音楽:フランソワ・ド・ルーベ 出演:フィリップ・ノワレ、ロミー・シュナイダー、ジャン・ブイーズ、マドレーヌ・オーズレー、ヨアヒム・ハンセン、カトリーヌ・デラポルテ、カロリーヌ・ベーム

[PR]
by claranomori | 2009-08-18 10:52 | キネマの夢・シネマ万華鏡
b0106921_10583796.jpg
ダイアン・キートンが好きなので彼女に関する映画は機会があれば鑑賞している。そんな中で知った作品『ワイルドフラワー』はテレビ映画として製作された1991年のもの。ダイアン・キートンは出演していなくて監督。真っ赤なバラのお花が香るような美しい映像。撮影はヤヌス・カミンスキー(ホリー・ハンターのご主人でもある)。原作は『アリス』。主人公の少女アリス(パトリシア・アークエット)は重度の難聴で発作も起こる不治の病。母親エイダ(スーザン・ブレイクリー)は夫に先立たれ娘と生活してゆくためにガスリーという乱暴な男性と暮らしている。兎に角このガスリーは凶暴で大嫌い!母親の立場や気持ちは分かるし娘との絆も深い。ただこの継父ガスリーは少女アリスを厄介者扱い。驚くべきことにアリスはボロボロの納屋に住んでいる。近所に住む兄妹がアリスの存在を知り友情を育んでゆく。この妹役のエリー(リース・ウィザースプーン)の魅力もいっぱい。この作品がリース・ウィザースプーンのデビュー作(『マン・イン・ザ・ムーン』と同年。こちらも好きな映画なのでまた♪)らしい。
b0106921_1059339.jpg
体中汚れて納屋に住むアリスは外の世界を知らない。学校へも行かせてもらえず言葉も知らないことだらけ。正確な設定は分からないけれど10代後半頃の少女のようだ。優しい兄妹と過ごす中、初めて草花の香りを知る。本も初めて見るもので詩の美しさを知る。まるで赤ちゃんのように無垢なアリス。最初はこっそりアリスに会いに行っていたふたりを叱る父ジャック(ボー・ブリッジス)もアリスを自分の家に住ませることにする。町のお医者さんもおばあさんも優しい。際立つ凶暴な継父の存在。何故母エイダは我が娘を納屋に住ませているのか...と疑問に思いながら観ていた。凶暴な継父と一緒よりも安全だからだった。エイダもアリスもこの乱暴者にしょっちゅう殴られている。継父は何もアリスに教えようともしない。アリスはようやく”愛”というものを知ったのだ。ジャック一家と触れ合う中で。泥だらけの少女は見違えるように美しくなった(本来の美しさだけれど)。そして、年頃のサミーとアリスは次第に友情から恋が芽生え始める。サミーの大学行きなど色々みんなが上手くは行かないけれど、クリスマスの感謝祭での町のパーティーを外から眺める母エイダの表情。そこに台詞はないけれど、その表情が如何に娘を愛しているのかが伝わる。女二人で生きてゆくのは困難なことだろう。難病の娘と一緒でもある。ジャック一家に住むアリスは新しい家族が出来た。けれど、母は一人!また、ジャックも妻に先立たれているので、ジャック家には母親がいない。まだ14.15歳であろうエリーはママが恋しい...。そんな其々の立場や思いを感じながら観ていた。匂い立つような赤いバラや木々などの自然と心優しき人々の姿は美しい。映像もとても綺麗。名女優ダイアン・キートンはやはり凄い!しかし、リース・ウィザースプーンの演じる少女エリーの存在が最も私には印象強く残っている。少女期の真っ直ぐな姿は大好き☆
b0106921_10592141.jpg

ワイルドフラワー/WILDFLOWER
    1991年・アメリカ映画
監督:ダイアン・キートン 原作・脚本:サラ・フラニガン 撮影:ヤヌス・カミンスキー 出演:パトリシア・アークエット、リース・ウィザースプーン、ウィリアム・マクナマラ、ボー・ブリッジス、スーザン・ブレイクリー
[PR]
by claranomori | 2009-03-17 10:55 | 銀幕の少女たち・少女映画
b0106921_1334599.jpg
主人公の少女スーシー(アンナ・リンデーン)は15歳。幼い頃に父親とは死別。母親はアルコール中毒。スーシーは子供の頃から里親から里親へ。親から愛されたことのない少女。愛をもっとも求めているのだけれど、愛されたことのない少女にはその受け入れ方も分からないのだろう...。このカイ・ポラック監督の『ラブミー』をとっても久しぶりに観返した。とても響いた。少女スーシーの傷ついた心や繊細さ。そして、義父なる存在との関係。これは度々映画や小説を読んでいても出てくる”ロリータ”というキーワード。そして、安易に”ロリータ映画”と括る、あるいは呼ぶことも好きじゃない。こういう疑問がいつも付き纏い頭と心が混乱するのは何故だろう。

初めて観た時は私もずっと若く、正直後味は良くない印象の映画だった。両親の愛をいっぱい頂いて育ったと思える私には少女スーシーの心の孤独さを感じることなどできなかったのだろう。逆にこのスーシーに対して不快な気持ちも抱いていたのかもしれない。なのに今回で3回目の鑑賞...何かが突き刺さったままだからかな。実の母親のアルコール中毒症はかなりの重度のよう。それでもそのママを愛しているスーシー。けれど、里親を転々としている。いまだに馴染む”家”が見つからずにいる。一番欲しいであろう”愛”と”家”。15歳のスーシーの新しい里親グンナー(トーマス・ラウスティオラ)とマルタ(レーナ・グラーンハーゲン)。殊にマルタはこの少女を我が娘のようにと望んでいる。彼女を助けようと精一杯の姿に心打たれる!他人でもこのような”愛”を持って接することのできる人はいる。人間の尊く美しい姿をマルタに見る。グンナー一家には18歳の少年トーマス(トーマス・フリュク)と幼い娘アン(イェニー・カイ・ラーセン)がいる。彼等はスーシーを優しく歓迎する。けれど、その初日から問題だらけ。スーシーは彼らの優しさが分からない。利発な少女なので頭では分かっているし感じてもいる。けれど、その優しさの受け入れ方を知らない。とても可哀想。苛立ちは乱暴な行動をとったり家出を繰り返したり。でも、時折とても美しい表情を見せる。幼いアンと一緒にピアノを弾く場面が好き。この小さな少女アンもとても可愛い。トーマスはスーシーに恋をするけれどまだ若い。15歳のスーシーは初めて純粋な恋をするかに見えたけれど、そうも行かない。義父を誘惑したりもするあたりの心を想う...。

でも、ようやく”家”を見つけたかのようだった。”長い道のりだった”という。15歳の少女が”長い道のり”と自覚するのだ。どんなに辛いこれまでだっただろう。でも、この先の方がずっと長い道のり。その後、スーシーがどのように成長し過ごしたのかは分からないけれど、最後に映るスーシーの立ち姿は美しく、表情には微笑みが見られた。そして、ピアノを弾くスーシーを見つめるアン。スーシーを渾身の力と強い愛で受け入れようとするマルタ。複雑ながらスーシーを放したくはないグンナーとトーマス。穏やかなグンナー一家を破壊しそうなスーシーだったけれど、彼等は彼女を愛している。そして、その微笑みと同じように今までとは違う新しい人生への光のようなものを残して映画は終わる。澄んだ北欧の景色と深い余韻を残して☆
b0106921_1342590.jpg

ラブミー/ALSKA MEJ
1986年・スウェーデン映画
監督・脚本:カイ・ポラック 撮影:ローランド・ステルネル 音楽:アラン・ペテション、グスタフ・マーラー 出演 アンナ・リンデーン、レーナ・グラーンハーゲン、トーマス・ラウスティオラ、トーマス・フリュク、イェニー・カイ・ラーセン
[PR]
by claranomori | 2009-03-15 11:59 | 銀幕の少女たち・少女映画
b0106921_2554790.jpg
スコット・マクギー&デヴィッド・シーゲル監督の『綴り字のシーズン』(2005年)は、宗教学者の大学教授ソール・ナウマン(リチャード・ギア)一家のお話。一見何不自由のない幸せな家庭、ナウマン一家。でも、それぞれに家族の誰にも言えない秘密の心があり、次第に均衡が崩れバラバラになろうとする。そのバラバラになったものをまた再生へと向かう優しい力に最後は泣いてしまった...。
b0106921_25301.jpg
完璧過ぎる夫を愛しながらも、実は息が詰まりそうな日々の妻ミリアム(ジュリエット・ビノシュ)。二人には可愛い息子アーロンと娘イライザがいる。父は優秀な息子アーロンに愛情を注ぎ、アーロンもまた誇りに思う父であり尊敬していた。しかし、ある日娘イライザが学校でスペリング大会に優勝して帰ってきた。地区大会でも優勝。とんでもないスペリングの才能を持つ11歳の少女イライザ(フローラ・クロス)。彼女は”目を瞑ると文字が浮かんでくるの”と母に語る。そんな娘の才能を知り、父の愛情の傾きがイライザに大きくなってゆく。イライザは父に抱きしめられ会話する時間が増えとても嬉しい。それまで兄を羨ましく思っていたので。でも、今度は兄が心寂しくなる。何となく分かるなぁ~という感じ...。意外な展開だったのは、ミリアムには幼い頃に両親を失ったことでのトラウマが今も心に強くあった。そのことはソールも知らない。ミリアムには窃盗癖がありその発覚に驚くソール。全国大会が近づく中、家族がバラバラになってゆく。イライザはその様子を見ながら戸惑うけれど、全国大会優勝目前でワザと間違う終わりのシーン、スペルは折り紙《origami》だった。崩れそうな家族の絆を結びつける役目となるこの少女。ミリアムも盗んだ破片たちで形にしていくという秘密の場所、それは心でもあるので、何となく普通の主婦のようで謎めいた役、次第に人格が破綻してゆくミリアムをビノシュは流石に上手く演じていたと思う。
b0106921_2504052.jpg
知らない単語が出てきてもイメージして答える大会。ただの暗記大会ではないので新鮮な感じ。映画初出演となるイライザ役のフローラ・クロスは、パリ生まれのフランス人なので次はフランス映画でお会い出来るかも?台詞は多くはないのだけれど静かな大きな役柄を見事にこなしていた。髪どめのスタイルと大きな瞳、万華鏡を覗くシーンなど、とても可愛く印象強く今も残っている!※この下のお写真のフローラちゃんにキュンとなります!!大スターのリチャード・ギアの手を小さな両手でこの表情☆こんな可愛い少女を見ると心に栄養を頂けます♪
b0106921_250319.jpg

綴り字のシーズン/BEE SEASON
    2005年・アメリカ映画
監督:スコット・マクギー、デヴィッド・シーゲル 原作:マイラ・ゴールドバーグ 脚本:ナオミ・フォナー・ギレンホール 撮影:ジャイルズ・ナットジェンズ 出演:リチャード・ギア、ジュリエット・ビノシュ、フローラ・クロス、マックス・ミンゲラ 

※2007年3月8日に綴ったものに画像を追加いたしました。この少女イライザ役のフローラ・クロスの愛らしさは今もしっかりと焼きついています!嘗てはあまり興味のなかったリチャード・ギアなのですが、実は結構作品を追っています。歳を重ねるごと素敵なお方で今では好きな男優さまとなりました。今年還暦ですね☆そして、ジュリエット・ビノシュも演技力のあるお方でオスカー女優さまでもあります。今年は関西では開催されず寂しいのですが、『フランス映画祭』の団長として来日です☆確定申告を終えたあと、風邪気味となりましたが、積もる一方のお仕事も頑張ってはおります。此方の『少女愛惜』に綴ったつもりでいたもの(『映画の宝石箱』に綴っていたもの)を此方へも記録しておきたいと思います。平行して新しい記事も更新してゆきます。いつもご覧頂いている皆様、ありがとうございます☆
[PR]
by claranomori | 2009-03-13 03:07 | 銀幕の少女たち・少女映画