あまりにも私的な少女幻想、あるいは束の間の光の雫。少女少年・映画・音楽・文学・絵画・神話・妖精たちとの美しきロマンの旅路♪


by chouchou
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タグ:三島由紀夫 ( 7 ) タグの人気記事

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★老いてこそ人生!私の人生に於いて最後のヒーローとも云うべきお方、石原慎太郎氏の文壇登場から57年。こんなに賞讃と批判のお方も珍しい。三島由紀夫氏がおっしゃったように、それは石原氏がエトランジェであるからだろうと、その意味合いも分かるようになりました。戦中、戦後派文学の中でも、やはり異色の存在。その上、大政治家でもある。思えば、ロマン主義の時代から文学者が政治の世界へも向かわざるをえない状況が度々あった。偉大なるゲーテ然り、シャトーブリアン然り。政治的イデオロギーを超えて、石原慎太郎氏を中心に、その時々を辿りながら日本を、世界を見つめてみようと想います。友人曰く、私は文化保守的人間だそうです。けれど、どちらかというとかなり左派の傾向も強いのです。右派左派と政治的スタンスで線引きできる現実ではありませんし、どちらが良いとかも想いません。ただ、日本人でありながら日本が好きだ、という意志表示がまるでタブーの如き日々を過ごしてきたことに疑問を抱き始めたのです。愛国という言葉がイコール右翼ですか?私はフランスという国や文化が好きで幼い頃から影響を受けて今に至ります。好きな男優のお一人でもあるイヴ・モンタンは奥様のシモーヌ・シニョレと共に、フランス共産党支持者でした。リベラル、左翼党です。けれど、その党のスローガンには「愛国主義」と謳われていました。本来、右も左も自国を愛する、という根本があったはずです。一党独裁国のようなお国は別でしょうけれど。

そんな訳で、今後は大まかなイメージですが、此方の「クララの森・少女愛惜」では母権的、少年少女、柔和。新ブログ→「石原慎太郎・憂国のエトランジェ」では父権的、実存文学や美学、ストイシズムのようなものを見つめ標榜できると良いと想っています。石原氏の書物は膨大ですが読破ものんびり目指したいです。映画の脚本も何十本も手掛けておられ、それらの映画も観たいのですが、ソフト化されていない作品も多数です。お芝居の脚本も仲良しだった寺山修司氏とは表現世界が異なりますが読んだりすると、わくわくします。私の年齢も人生の曲がり角を過ぎたとも云え、回帰し行き着く先はやはり少女時代からの憧れや好きな世界と繋がるのです。それがはっきりと、石原慎太郎氏という存在、その言葉たちに出会うことが出来ました。なので、難解な御本も読んだりしていますが、心は晴れ晴れと、快活に過ごしてゆけそうな気分を愉しんでいます。いつも、更新を待ってくださっている方々や気にかけてくださる方々に感謝しています。ありがとうございます!今後ともどうぞ末永くお付き合いください。

※上の画像は、今日更新した読書メモで、「セーレン・キェルケゴールの青年時代の覚え書き 『キェルケゴールの生涯と作品』 著:フリチオフ・ブラント」というものです。そちらにも、どうぞお気軽にコメント等にお越しくださいね。ブロブ名の「石原慎太郎・憂国のエトランジェ」のエトランジェは三島氏のお言葉から頂きました。
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by Claranomori | 2012-06-05 22:03 | 19世紀★憂愁のロマンと美
この作品について「禁欲主義の再評価」と述べた林房雄氏の意見は、傾聴すると思っている。家父長制思想の代表者、石原慎太郎は、みずから「十九世紀的人間」と称する通り、モラルの解放者ではなくて、秩序の味方である。性に対する見解が、大江健三郎と真向から対立するのも、故なしとしない。

ところで、奇妙なことに、大江氏が「アルジェリア」と叫べば、石原氏は「スエズ」と答える。後進国のナショナリズムが、どうしてそんなに気になるのだろう。わたしでさえ、「明治は遠くなりにけり」という感慨が浮かぶ。もっとも、『行為と死』には、ファナティックな民族主義に対する露骨な嫌悪が示されているが、それでも随所に、「日本人ここにあり」といった気概が隠見するのは否めないだろう。

書評:澁澤龍彦 著:石原慎太郎 『行為と死』

★この書評で石原慎太郎の『行為と死』と大江健三郎の『日常生活の冒険』を続けて読み、若い世代のホープと目されていた頃のこの二作家の対比はおもしろかったと、澁澤龍彦は語っている。「家父長制思想」というのは、澁澤氏にある小説家M氏からの私信によるもので、「家父長制思想」と「母権制思想」との対立について言及してあり、その図式にあてはめてのこと。澁澤氏が『行為と死』の冒頭の「スエズ」の場面を読みながら浮かべたという山中峯太郎の文体。短い内的独白を挟みながら、端切れの良い速度で、適度にハードボイルドな描写を続けてゆくところは、アンドレ・マルローというよりも、あの日本的な冒険小説の大家、山中峯太郎そっくりと言うべきである、とも。

この澁澤龍彦氏の書評を読み、私の中の漠たるものが解け始めるかのようでした。私は日本に限らず世界的に19世紀という時代がとても好きである。石原都知事が会見で「わたしは古い人間だから」と仰る折に、私は一昔前の世代という安易な受け取り方をしていたのですが、さらに古い19世紀的人間だという意味を想うと、数々の作品や発言にさらに、あるいは違った深い意味合いを持てるように感じ、ますます石原慎太郎というお方の文学と政治、長きに渡りぶれずに己の中に国家を抱き続ける姿から、なんとも云えぬ爽快な、嘗てのお若き日よりもまして若々しき突抜けたものを感じるようです。また、あの『太陽の季節』の折から既に、石原慎太郎文学は「死」と「理想」を「我あるがゆえに我あり」という自己肯定を持って、あの戦後社会に挑戦した登場であった。敗戦後、主流は「自虐の時代」である中、石原慎太郎は価値意識を掲げていたのだということも。

みんな戦後文学の作家たちが左官級になったわけだ。僕は万年騎手で、いつまで経っても連帯旗手をやっていたのだが、今度、連帯旗を渡すのに適当な人が見つかった。石原さんにぼろぼろの旗をわたしたい。それで石原さんの出現を嬉しくおもっている。この人なら旗手適任でしょう。それで石原さんになぜみんな騒いでいるかというと、原因は簡単なんで、この人はエトランジェなんだね。

by 三島由紀夫

この三島由紀夫の言葉、石原慎太郎を「エトランジェ」と語っていたことを想い出します。石原慎太郎が文壇に登場しておよそ一年後の昭和31年の三島氏と石原氏の対談での言葉より。「最後のご奉公」と石原都知事が仰った折、その他、書物の中でも度々、三島由紀夫を感じてしまう。生きていて欲しかった、一緒に、この日本のために、と石原慎太郎の心のなかでずっと三島由紀夫が生きている。そのように想えるお方は三島が仰った昭和31年から今の平成24年の年月の中、どう見渡しても石原慎太郎しかいなかったし今もいない。そういった点でも三島の先見の明、鋭敏な洞察力を再認識いたします。人それぞれ完璧な人などいない。私は好きな人を好きだと想い、どうしてそう想うのかと考えるのが好きです。嫌いな人の言動を事細かく引っ張り出しバッシングするようなことは好きではない。また政治家は外交と防衛に対してはっきりと日本としての立場で発言できるお方が私は相応しいと想うので、そんな意味でも文学と政治が離れない石原慎太郎というお方の存在は興味深いものであり、やはり好きなのです。

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『行為と死』 著:石原慎太郎 新潮社
●1956年スエズを襲った英仏軍とアラブ軍の対戦のさなか、日本商社員の皆川は、侵略軍の輸送船撃沈に向った。それは、エジプト娘ファリダとの愛の完成であったが、同時に美奈子の呪縛からの脱出でもあった・・・愛と性の存在の深部を鋭く剔抉する異色長編。(1964年作品)
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by Claranomori | 2012-04-04 22:04 | 詩人・作家・画家・芸術家
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★三島由紀夫の「ギュスターヴ・モロオの「雅歌」 ― わが愛する女性像」と題されたエッセイがあります。昭和37年(1962年)4月23日の婦人公論増刊に寄せられたものです。三島由紀夫の小説も然りながら、エッセイの中にも興味深いものは多数あります。殊に私の好きなロマン主義(ロマン派)や象徴主義(象徴派)の絵画や文学に関するお言葉は、耽読することが多いようです。ギュスターヴ・モロー(Gustave Moreau:1826年4月6日~1898年4月18日)は、フランス、パリ生まれの象徴主義の画家。聖書やギリシャ神話を題材に幻想の世界を描き、19世紀末のフランスのみならず、象徴主義の先駆者として多大なる影響を与えた神秘の画家であります。三島由紀夫が取り上げているギュスターヴ・モローの『雅歌』(The Song of Songs)は1853年の作品です。マスネエの音楽とは19世紀から20世紀初頭のフランスの作曲家のジュール・マスネのことで、ギド・レニはグイド・レーニのことでかのゲーテも「神のごとき天才」と讃えた17世紀イタリアのバロック画家です。

ギュスターヴ・モロオの「雅歌」 ― わが愛する女性像
三島由紀夫


浪漫派絵画で、男性的な雄渾なドラクロアと、女性的な典雅なモロオとは、共に私の敬愛する画家だが、テオフィル・ゴーティエの小説の女主人公や、フロベールの「サランボオ」を思わせる絵すがたは、モロオのものだ。この絵でも、近東風の物憂い官能性、典雅な淫逸、肉体の抒情と謂ったもののあふれるばかりの女人像は、そのきらびやかな宝石のきらめきと相俟って、しばし観る者を夢幻の堺へ誘う。マスネエの音楽もひびいて来るようで、いわば最も贅沢な「二流芸術」の見本だ。大体、二流のほうが官能的魅力にすぐれていることは、ルネッサンス画家でもギド・レニを見ればわかることで、私の好きなものも正直その点である。

昭和37年4月23日の婦人公論増刊
引用 : 「三島由紀夫の美学講座」 編:谷川渥 ちくま文庫

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by claranomori | 2012-02-16 13:55 | 19世紀★憂愁のロマンと美
 「被災地の仙台にパンダを」という動きが去年から報じられていた。暫く聞こえなくなっていたので立ち消えたかなっと思いきや、何を想ってか近藤真彦及びジャニーズが全力で取り組んでいるらしい。中国との友好を望むゆえでしょうが、「子供たち」というキーワードを利用するような感じで、何とも不気味な違和感を抱くのは私だけではないだろう。親米のジャニーさんの方がずっと良かったな。「被災地」とか「子供たち」を想うのなら、其処に政治的とか企業的なるものを匂わさないでほしいです。善意からの発想でしょうが、「パンダ」はチベットのものだと今でも想っている方も多い。中国の「パンダ外交」なるものを想う時、チベットの人々の姿も浮かぶ。

 今年2012年は日中国交正常化40周年あるいは日中友好40周年と昨年から親中の方々は大喜びらしい。パンダに気を取られていて、いつの間にか尖閣諸島が中国のものになっていては大変なこと。私たち一般庶民には到底見えない大きな権力がうごめき合っているのだろう。ああ、グロテスク!いたいけな少年少女たち、それも被災地の子供たちの笑顔と引き換えにパンダに数十億円ものお金が必要だなんて想えない。仙台に中国の領事館建設の計画もあるという。中国は国策として長期計画の基に今年は色々と進めて来るだろう。暢気な民主党政権ではどうしようもない。こんな国難の折のリーダーは、少々荒っぽくても独自の言葉を持ち発言し行動する方が必要だと想うのです。橋下市長の国家的思想はまだ窺えないけれど、懸命に大阪の溜まりに溜まった膿みを出そうとされているのだと想う。また、石原慎太郎都知事を党首とする新党の動きの27日のニュースには歓喜した。石原都知事の定例会見が実は毎週楽しみなのです。暴言と云われる荒っぽい言葉も石原節。ずっと発言に耳を傾けている中で感じられるものは「日本」である。所謂、正論としての国家感が石原慎太郎というお方の言葉の数々の中にはっきり見て取れる。それをマッチョイズムと批判するのはあまりにも短絡的すぎる。また、言葉尻ばかりの揚げ足を取ることはメディアのお好きなことですが、そんなにみんな馬鹿ではない。私の世代は学校教育も報道も偏向がちであった、残念ながら。でも、あれ?と疑問に想い、自分で調べたり考えたりする人々も居る。

東京も大事だが、東京より国家が大事だ by 石原慎太郎

 この石原都知事の言葉を聞き涙が出ました。以前、"私は年を取り過ぎた"、とも仰っていたけれど、国家のために毅然と立ち向かう姿は凛々しい。こんな事を堂々と今云える政治家が何人いるだろう!

石原慎太郎を総理大臣にでもしてみたいね by 立川談志

 故、立川談志師匠の言葉。不思議なことってある。立川談志師匠の落語をまだ暑い夏の終わりに聞いていたのです。この映画を愛した破天荒な天才落語家が子供の頃から好きだった。何故かな。闘っている人に想えたのかな。己の意志と言葉を以て行動する人が好きなので、どうも敵も多いお方のファンになる傾向がある。好きな人が好きでいい。アンチ意識よりも応援したいと私の心が躍るお方を応援する。ごく単純なこと。

 今年の4月28日はサンフランシスコ講和条約が発効した日本の主権回復記念日であり、今年は主権回復60周年の年。主権とは、と考えること、学校で深く教えて頂けなかった事柄の多くに、国家を考える大切なものがあった。国家とは主権、領土、国民であることは学校のテストにも出たけれどよく分からずに生きて来た。けれど、今の私は私なりに先人方の言葉を右派左派といった安易な先入観無しに心を傾け、私が想う「日本」という「国家」を考えたいのです。私であるが為にも大切だと感じています。「私」などはちっぽけなもので、いつか死が訪れた後も「日本」は在る。そう祈るためにも。そこで、今再び三島由紀夫の残された言葉が付き纏う。大義としての死の意味が心底理解できるにはまだ時間が必要な私ですが、この知性と気概はやはり美しい!と心に旋律をおぼえるのです。


●三島由紀夫の言葉(発言)と演説☆

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by claranomori | 2012-01-29 14:25 | 想い・鑑賞・読書メモ
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★三島由紀夫(1925年(大正14年)1月14日~1970年(昭和45年)11月25日)享年45歳。今年の11月25日の三島由紀夫の命日に、私は稚拙ながら真面目に深く思考していた。それも三島由紀夫という美の殉職者と今年の日本の大災害、国難という天譴とも云うべき事態の中で、重大かつ尊厳なるものであるのに忘れ去られてゆくものたちが何と多いことだろうと...。

毎年11月25日になると、母は「今日は三島の命日だ」と云っていた。私に云うのでもなく、まるで独り言のように呟くのだった。三島文学ファンの母、ドストエフスキーやリルケの分厚い書物が両親の本棚にあったこと、私が10代から好んで読んできたドイツやフランスの作家たちの作品などとが、時間がかなり必要だったけれど、今、ようやく繋がろうとしているように感じているところ。人生は楽ではないことを前提にしなくては謳歌もできないと想う。また、「生」と同じくらい「死」が常に傍に在るということも。フランス・ロマン主義(ロマン派)、英国ヴィクトリア時代のラファエル前派の保守主義が美に昇華する様がたまらなく好き。これらの作家や画家、音楽家という芸術家が政治の世界に身を投じることが多々あった。三島由紀夫から学ぶべきことは多い私です。「美について」の最後に「現代に於ける美の政治に対する関係について、ゆっくり考えたい。」と書かれたのは1949年6月25日。まだ日本がGHQ(連合国軍総司令部)の占領下にあった昭和24年のこと。そんな時代のこと、あの大きな戦争の終戦の傷痕を伝える映画や文学が好きであるのと、ナチス占領下にあったパリの時代が描かれた映画や文学が好きであるのは、なんとなく私の気分に合うものゆえに。なぜだか、涙が溢れます。

十九世紀を以て唯美主義は終りを告げた。しかし蒔かれた種子は饒多である。ワイルドのジッドへの影響、シュテファン・ゲオルゲのリルケへの影響は、単純なものではない。

日本に於いて美は、人間主義の復活を意味せず、「生の否定」という宗教性を帯びるにいたる。

仏教的厭世観と美の結婚(これは江戸末期まで続いた)は、実は、宿命観と現世主義との微妙な結合ではないのか?

『三島由紀夫のフランス文学講座』 より

★追記です。
フランス・ロマン主義作家のフランソワ=ルネ・ド・シャトーブリアンが政治的意味合いでの「保守主義」という言葉を使った最初のお方だと云われています。やはり、私の心が共鳴するものは変わりはしない。時代は移りゆくけれど、歴史や伝統の中から学ぶべきことはいつの時代にもあるのだと想います。私が死に至った後もなお、日本は日本として生き続けることの尊さを想うのです。
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by claranomori | 2011-12-29 22:19 | 想い・鑑賞・読書メモ
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畏怖の念を抱きながらもやはり綴っておきたいので珍しく日本映画を。1968年の深作欣二監督映画『黒蜥蜴』。主演は尊敬してやまぬ美輪明宏様の改名前の丸山明宏時代で、黒蜥蜴こと緑川夫人。そして、名探偵:明智小五郎は木村功が演じている。原作は江戸川乱歩、戯曲は三島由紀夫という豪華さ。美術は森田郷平とデータに掲載されているけれど、美輪様も大きく携わっておられるに違いないと思っている。映画の冒頭から終盤の壁画(オーブリー・ヴィンセント・ビアズリーの「サロメ」が描かれている)、恐怖美術館の舞台セット、お衣装や小道具...すべて一貫した美意識。耽美!素晴らしい!勿論、お美しい美輪様のお姿も完璧。何よりも好きなのは、日本語の美しき詩的表現の数々である。それらの台詞を聞くだけでも充分に美しいのであるが、宝石商の所有する「エジプトの星」を手に入れる目的で繰り広げられるサスペンス。このお話は屈折した愛の物語でもある。名台詞のひとつ「追われているつもりで追っているのか 追っているつもりで追われているのか 最後に勝つのはこっちさ」とお互いが語る。船中で黒蜥蜴は間もなく海に眠ることになる明智小五郎への思いを語る。本人が聞いているとは知らずに。恐怖美術館での雨宮潤一(川津祐介)の裏切りと宝石商の娘:岩瀬早苗(松岡きっこ)の替え玉...結局は変装して屋敷に潜り込んでいた明智の勝ちだったのだけれど、死んだ(殺してしまった)と思い込んでいた明智が生きていたことを自分の死よりも喜ぶ黒蜥蜴は悪女であるけれど、明智が語る「本物のダイヤはもうなくなってしまった」と。黒蜥蜴こと緑川夫人の心は本物の宝石(ダイヤ)だったのだ。この辺りの絶妙な男女の綾なす秘めた心に胸を打たれる。三島由紀夫も特別出演されており、恐怖美術館の生人形(剥製)の青年として僅かに登場される(この人形化されている三島氏ですが静止するのは難しい体勢だったのか揺れています)。美輪様のお芝居での『黒蜥蜴』は3度拝見しているのだけれど、舞台と映画はまた異なる魅力。詳しいお話は原作を!

ぼんやりしたおぼろげな記憶。幼い頃、テレビでよく明智小五郎ものを観ていたのだけれど、その役は天地茂だったもので、長年、私の中での明智イメージはあの血の気の薄いお顔と冷たいお声が今も響くのです。その番組は連続ドラマだったのか、なんとか劇場だったのか...思い出せないでいます。ご存知のお方は教えてください★
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   黒蜥蜴
1968年・日本映画
監督:深作欣二 原作:江戸川乱歩 原作戯曲:三島由紀夫 脚色:成澤昌茂 撮影:堂脇博 音楽:富田勲 美術:森田郷平 出演;丸山明宏、木村功、川津祐介、松岡きっこ、宇佐美淳也、西村晃、小林トシ子 特別出演:丹波哲郎、三島由紀夫
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by claranomori | 2009-08-11 06:30 | 文学と映画★文芸・史劇
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「悲劇を成就せねばならぬ。崩れるものはすべて醜い。」という全篇の主題は、登場人物の心理というよりは、この詩人の作者の制作心理に近いのである。映画という即戦即決の、はかないジャンルに対するコクトオの熱情をも、この主題が告白しているようにも思われる。

この映画を見たあとで、ふしぎに細部を思い出さない。コクトオの映画では、いちばん大味なもので、また大味なところを狙ったものであろう。この大味が気に入らない人は、きっと悪口をいうだろう。しかし私はコクトオびいきだから、この作品ではわざと、粗い太い線を使ったのだと考えたい。

by 三島由紀夫

★三島由紀夫の映画評論は多数残されて嬉しい。ジャン・コクトーを「コクトオ」と書かれているので、私も若い頃は作文を書くとき等はこの様なカタカナ表示を使っていたことを思い出す。三島の映画好き、ことにジャン・コクトー好きは有名でコクトーに関する興味深い文章はとても多いので、また他にも色々綴らせて頂くと思う。私は単純に綺麗で壮大なドラマティックなこの映画(映像もお話も)『双頭の鷲』が好き。美輪明宏さまのお芝居も素晴らしいものだったので、この様な方々の繋がりに慄く。
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ジャン・コクトーとエドウィジュ・フィエール♪

双頭の鷲/L' AIGLE A DEUX TETES
1947年・フランス映画
監督・原作・脚本:ジャン・コクトー 製作:アレクサンドル・ムヌーシュキン
撮影:クリスチャン・マトラ 音楽:ジョルジュ・オーリック
出演:エドウィジュ・フィエール、ジャン・マレー、ジャック・ヴァレーヌ、シルヴィア・モンフォール、ジャン・ドビュクール、イヴォンヌ・ド・ブレー

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by claranomori | 2006-10-26 18:37 | キネマの夢・シネマ万華鏡