あまりにも私的な少女幻想、あるいは束の間の光の雫。少女少年・映画・音楽・文学・絵画・神話・妖精たちとの美しきロマンの旅路♪


by chouchou
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タグ:マリー・アントワネット ( 3 ) タグの人気記事

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★7月14日は「パリ祭」或いは「パリまつり」と呼ばれている日。けれどこの呼称は日本でのことで、本国フランスでは「建国記念日」であるけれど、あのバスティーユ襲撃の日であること、そして、フランス革命という世界史に於いてもたいへんな劇的な転換をもたらした大事件だと思います。「自由・平等・友愛」をスローガンに人間の尊い自由なる精神を得る大偉業でもあり、また多くの犠牲、血なまぐさい恐怖政治という時代をも経なければならなかった、フランスの歴史、およそ100年近くのこのフランス革命には今も複雑な想いで揺れ動きます。

まだ幼い時に、池田理代子作の『ベルサイユのばら』が大好評となった頃。私がその作品を知ったのは、母に連れられて行った宝塚歌劇団の『ベルサイユのばら』が最初でどんなお話かも知らないし、タカラヅカのこともその時まで知らなかった。母にはとても感謝しています。今でも浮かぶのはラストシーンのマリー・アントワネットのお姿と「マリー・アントワネットは、フランスの女王なのですから」という台詞が焼きついています。あのタカラヅカの煌びやかな夢のような雰囲気に圧倒されていたのだと想うのですが、死にゆく王妃の気高き心が子供の私に何かを与えてくださったのだと想います。そして後にアニメ版、そして原作という順で作品に親しみました。

以前、ジャン・コクトーのマリー・アントワネットについての言葉に触れましたが、やはり「マリー・アントワネットについて考えるとき、首を斬られるということは、極端な悲劇的な意味をおびる」のです。僅か14歳でフランス王妃となり39歳の若さでギロチン(ギヨチーヌ)刑という生涯。フランス革命に限らず、歴史的な大事件は多角的に見たり考えたりすると、正と悪という短絡的な感情では収まらないものなのでしょう。フランスの文化が好きなのですが、「パリ祭」の日には華やぐ気分にはなれないのです。フランス革命の歌『ラ・マルセイエーズ』は、自由と解放の歌のように愛唱されている有名なフランス国歌でもありますが、歌詞はとても血なまぐさいものです。

起てや祖国の 健児らよ、 栄えある日こそ 来たるなれ、
われに刃向う 暴虐の、 血染めの旗ぞ 翻る、
君よ聞かずや 野に山に、 敵兵どもの 吠えるのを、
わが同胞を 殺さんと、 奴らはわれに 迫り来る、
いざ武器を取れ 市民たち! 隊伍を汲めや いざ行かん!
敵の汚れし 血潮もて、 わが田の畝を 潤さん。

このフランス革命歌、フランス国歌の軽やかなリズムゆえに、高らかに謳う陰に、貴族やデモクラシーに反対する人々(当時の体制派、保守派)は敵であり、アリストクラートと呼ばれた。1792年の夏に、『ラ・マルセイエーズ』はパリに集まって来た義勇兵たちが高唱したもので、フランス国民の統一と団結を謳うもの。けれど、もう一方では同じフランス人の多くの人々のギロチン(ギヨチーヌ)という悲劇は、尊い自由の代償として深く傷痕を残しているようです。けれど、フランスは長い複雑な歴史を国内からあらゆる視点で描く人々がいる。フランスに限らず先進国、大国と呼ばれる成熟した国ならそうでしょう。日本はいつの間にか、フランス国歌よりもずっと穏やかで美しい和歌「古今和歌集」を基とした『君が代』という国歌がありながら、合唱する機会は稀であるという状況。間もなくロンドン・オリンピックが開幕される。日本の選手が金メダルを獲得する折、あの場面すら放送されない局もあるのだろうか、と想うと何故?!と疑問は歳を重ねるほどに強く深くなっています。そんな諸々を想起していました♪
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by claranomori | 2012-07-14 23:56 | 想い・鑑賞・読書メモ
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まだ此方にソフィア・コッポラ監督の映画『マリー・アントワネット』のことを綴っていなかったと気付く...映画館で観てからもうすぐ1年になるのだ。観終えた直後の感想は『音楽と映画の宝石箱』にて少し書き、此方でも追記するとしておきながら今頃。DVDも発売・レンタルされているのでもう一度観たいと想っている。この映画は少女時代のマリー・アントワネットのお話なので、ソフィア・コッポラ流のガーリー感覚溢れた感性と綺麗な映像で、キルステン・ダンストも可愛いく音楽も80年代ものがいっぱいで愉しい作品だった。既に書いた感想と重複するけれど、脇役陣がさらに私の喜びでもあった。マリアンヌ・フェイスフルの女帝マリア・テレジア役を始め、ジュディ・デイヴィスやアーシア・アルジェントの存在感!!そして、小さな侍女たちがとっても可愛くてキュン♪となるのだった。今も思い浮かぶシーンはそのような少女たちや好きな女優様たち...やっぱり女性好きみたい(とは言え、好きな男性アーティストも比率は低くかなり偏っているけれど存在する。なので「男優館」もこっそり始めてみたところ)♪
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マリー・アントワネット/MARIE ANTOINETTE
       2006年・アメリカ映画
監督・脚本:ソフィア・コッポラ 撮影:ランス・アコード プロダクションデザイン:K・K・バレット 衣装デザイン:ミレーナ・カノネロ 音楽:ライアン・レイツェル 出演:キルステン・ダンスト、ジェイソン・シュワルツマン、リップ・トーン、ジュディ・デイヴィス、マリアンヌ・フェイスフル、アーシア・アルジェント、ローズ・バーン、ジェイミー・ドーナン ★こちらは初回生産限定版の方です♪

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※ちょっと不調で書きかけだったものなので時差がございます。
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by claranomori | 2008-01-18 23:38 | 銀幕の少女たち・少女映画
マリー・アントワネットは、マリー・アントワネット・ジョセファ・ジャンヌ・ド・ロレーヌ・オートリッシュ(Marie Antoinette Josephe Jeanne D'Autriche-Lorraine)という長い本名を持つ。何故に私は今もなお、この18世紀のフランスの王妃に魅せられ続けるのだろう...”魅せられる”という中には疑問も含まれているように想う。そもそも、この”最も憎まれ愛された王妃マリー・アントワネット”という歴史上の人物を知り興味を抱き始めたのは、宝塚歌劇による『ベルサイユのばら』の舞台。まだ幼い私は母に連れられて3度(記憶が交錯するけれど”Ⅲ”もあった!)観に行った。あの華麗なる世界に先ず魅入った!マリー・アントワネット役は初風諄さんで退団公演だと3度目の時に母が語っていた。そして、徐々にタカラヅカ~麻美れい様のファンとなる。池田理代子様の漫画の連載時はリアルタイムではなく歌劇鑑賞後、のちに友人のお姉さんに借りて読んだもの。感動して涙の嵐だった!テレビでアニメ化され再放送も観たりビデオも全巻持っていたりする。マリー・アントワネットに関する書籍も知らない内に結構ある...。
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     ♥『薔薇をもつマリー・アントワネットの肖像』 (1783年)♪

1755年11月2日~1793年10月16日という37歳の生涯。生涯を綴る作業や研究は大変なものだろう!時代はフランス革命だし、その民主主義のあり方も疑問視されていたり...私は単なる興味心から関連物を鑑賞しているにすぎない。本当のことなど分からないし、歴史に名を残すお方はどなたでも賛美者と批判者が存在するもの。私はただ魅せられている過程が長いけれど、訊かれたなら”私はマリー・アントワネットが好き♪”と答えるだろう。何故だろう...悲劇の王妃だから?豪華なロココ趣味や美しいものを愛したから?薔薇のお花がお好きだったから?...よく分からないけれど、オーストリアに生まれた少女マリア・アントニア・ヨゼファ・ヨハナが、ハプスブルク家の女帝マリア・テレジアの娘(15人目の子供)として生を受けたこと、僅か14歳のフランス王妃、その宿命や時代を想うことが好きではあるようだ。あまりにも悲劇でありドラマティックでもある。フェルセン(フェルゼン)伯とのロマンスや子供たちを愛した姿、贅沢な軽率な振る舞い...それらの奥底の心を勝手に想像したりして涙することもよくある。

マリー・アントワネットについて考えるとき、首を斬られるということは、極端な悲劇的な意味をおびる。幸運な時期における彼女の尊大な軽薄さは、事情がやむをえなくなったとき、不幸を前にした崇高な美しさと変る。儀礼の化粧をほどこした心ほど、品の悪いものはない。舞台が変り、喜劇が悲劇になったとき、宮廷の虚飾によって窒息させられた魂ほど、気高いものはない。  

ジャン・コクトーはこのように語っている (『世界悪女物語』澁澤龍彦)。”ベルばら”(宝塚歌劇~少女漫画)に始まり、このように私の好きな作家方の御本や絵画、アニメや映画も含め、年月と共に私の心にいるようだ。結局のところ、”好きだから仕方が無い”ということみたい☆
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by claranomori | 2008-01-16 19:48 | 私の好きな王宮物語と運命