あまりにも私的な少女幻想、あるいは束の間の光の雫。少女少年・映画・音楽・文学・絵画・神話・妖精たちとの美しきロマンの旅路♪


by chouchou
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国家

花が緑の枝から咲き出るように、多くの思想は一般的文化から初めて生まれ出る。
ばらの季節には至る処にばらが咲いているのを見る。

引用: ゲーテ 「格言と反省」 より

主人のために一身を犠牲にした忠僕の例はどんなに感動的だろう。シェイクスピアはそういう実例をどんなに美しく描いていることだろう。真心というのは、この場合、自分より偉いものと同等になろうとする気高い魂の努力なのだ。不断の忠誠と愛とによって、下僕も主人と等しくなるのだ。主人はふだん下僕を給金でやとっている奴隷だと心得て怪しまない。実際、忠誠とか愛とかいう美徳はただ下層のものにだけあるものだ。またそれは彼らには欠くべからざずものであり、飾りともなるものなのだ。金で身のふり方を簡単につけることのできるものは、とかく感謝の念も忘れがちだ。この意味で、身分の高い人は友だちを持つことはあるが、友だちにはなれないと、主張できるように思う。

引用: ゲーテ 「ヴィルヘルム・マイスターの修行時代」 より

★ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe:1749年8月28日~1832年3月22日)はドイツの詩人、作家、自然科学者、政治家、法律家であり、ドイツ文学のみならずロマン主義文学にも欠かせない文豪。中学生の折に初めて読んだゲーテの『若きウェルテルの悩み』は私の初めて涙した海外の小説でした。また再読し今の想いなどを覚え書きしておこうと想います。相変わらず「国家」に関する想いが強いので、久しぶりにゲーテの格言を色々読み、興味深い言葉を書き留めておこうと想います。上の絵は1787年のヨハン・ハインリヒ・ヴィルヘルム・ティシュバインによる『ローマ近郊におけるゲーテの肖像』あるいは『カンパーニャのゲーテ』と題されたものです。この画家はゲーテを崇拝するドイツの新古典派に属するお方。ゲーテがシラーとの交友やイタリア旅行を経て、古典主義時代へと向かう頃の『ヴィルヘルム・マイスターの修行時代』の中の言葉と共に並べてみました。
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by claranomori | 2012-02-26 09:12 | 詩人・作家・画家・芸術家
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★もう何度も書いている『クリスチーネ・F』ですが、この度パッケージも新装版にてDVD再発売が決定いたしました。発売は今月2月24日です。この画像はそのチラシの表紙です。痛々しい美少女クリスチーネの後ろには彼女が大好きだったデヴィッド・ボウイのポスターも写っています。今回のDVDでの特典は映像特典として、「当時を振り返る監督インタビュー」、封入特典として、「飾っておきたいCDジャケットサイズ フォトデザイン・ライナーノーツ(音楽ライター 小田島久恵)」と嬉しい内容です。

私は当時劇場で鑑賞し、たいそう衝撃を受けた想い出の映画です。長らく廃盤状態でビデオを友人にプレゼントする為に保存しているのですが、DVD化されたらそちらの方が良いだろうなと発売日が待ち遠しい朗報でした。少女映画としても異色の内容で、またデヴィッド・ボウイのファンにも必須な作品です。これまでにこの『クリスチーネ・F』について書いたものを以下に再度掲載させて頂きます。『クリスチーネ・F』は、私が映画館で鑑賞した最初のドイツ映画でもあります。随分年月が経ちましたが、あの日の光景、観終えひとり帰宅する中での複雑な想いを抱いていたあの頃が蘇ります。私もまだ10代でした。あの時期に観れた幸運はかけがえのないもので、涙が出ます。デヴィッド・ボウイとは、私にとっても、いつも片時も離れず閃光を放つ美の化身「神に近い存在であった」のです。

13歳のクリスチーネは、デヴィッド・ボウイが好きな普通の少女であった。誘われて始めたドラッグにすっかりハマリ、人生は大きく変わってしまった。薬を買う金欲しさに街に立ち体を売り、禁断症状にのたうち回る。抜け出せない苦しみは延々と続く。死と隣り合わせのクリスチーネはどうなってしまうのか?クリスチーネが焦がれたデヴィッド・ボウイの歌が、まるで救いのようにただ流れるだけだった―


★劇中デヴィッド・ボウイご本人役として登場され歌われる『ステーション・トゥ・ステーション♪

●関連記事:『クリスチーネ・F (われら動物園駅の子供たち)』のナーチャ・ブルンクホルスト:NATJA BRUNCKHORST♪
●関連記事:ボウイを見つめる美少女クリスチーネ(ナーチャ・ブルンクホルスト) 映画『クリスチーネ・F』より再び♪
●関連記事:『クリスチーネ・F』音楽デヴィッド・ボウイ★劇中歌われる『ステーション・トゥ・ステーション』(1981)
●関連記事:映画『クリスチーネ F』の中の素晴らしいボウイ・ライヴ
●関連記事:映画『クリスチーネ・F』とサウンドトラック
※以前に書いたもので、内容が重複する箇所もございます。

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クリスチーネ・F 新装版DVD
1981年・西ドイツ映画
監督:ウルリッヒ・エデル
原作:カイ・ヘルマン、ホルスト・リーク 
脚本:ヘルマン・バイゲル
音楽:デヴィッド・ボウイ、ユルゲン・クニーパー 
出演:ナーチャ・ブルンクホルスト、トーマス・ハルシュタイン、イェンス・クーパル、クリスチーヌ・ライヒェルト、クリスチーヌ・レハル、デヴィッド・ボウイ(本人役)






●追記です●
★デヴィッド・ボウイとはなんであろうか!!実は、最近ボウイについて何も書けなくなっています。理由は自分でも分からず、ボウイが今も一等大好きなアーティストであり音楽であることには変わりはない。けれど...。私は長い間、大人になること、社会人として生きてゆくことに途轍もない戸惑いと葛藤が続きました。バカなお話のようですが、どうしようもない事実で、あの10代後半期(特に16歳から18歳の頃は神経症なまでに)はある種の病的なまでもの潔癖性を保ち、私はある自分の殻の中に閉じこもり問答していたのです。クラスメイトの誰にも告げることもできないこと。大人になってもまだ続き、先輩の女性に少しお話してみたのですが、やはり「そんな考えは病的だよ」と云われ、それ以後また自己問答。きっと、今も完全に解き放たれてはいないのかもしれない。それでも、私はもう子供ではないし戻ることもできない。ただ、いつでも無邪気な幼い頃、そして思春期の光と影の自分が蘇る。その時にデヴィッド・ボウイというお方がいつも、絶体にいつも、一緒に居た。私の心はデヴィッド・ボウイの美のお陰で均衡をどうにか保たれていたように今も想えます。もう23時頃から涙が止まらなくて、久しぶりに号泣しています。そんな私なもので、心の旅路の記録として、この「クララの森・少女愛惜」があるのだとも想えます。皆様、いつもありがとうございます☆
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by claranomori | 2012-02-04 23:55 | 銀幕の少女たち・少女映画
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★ヴェルナー・ヘルツォーク監督の初めて観た映画は『アギーレ/神の怒り』で1983年。梅田の映画館に貼られていた大きなポスターは衝撃的で異様な力を発しており、引き込まれるかのように。そして、名優かつ怪優と謳われたクラウス・キンスキーにも圧倒された。そして、その映画と一体化していた音楽を担当していたのはポポル・ヴーだった。ジャーマン・ロックはタンジェリン・ドリームが好きで聴き始めていた頃のこと。

そして、ポポル・ヴーの音楽にも傾倒してゆき、1984年頃に発売されたキングレコードの日本盤『ノスフェラトゥ』を購入。フランスの音楽がますます好きになり輸入盤で注文をお願いして取り寄せて頂けるお店で、このフランス盤を見つけた。知識も無いくせに、既にジャケ違いなどが妙に気になるので購入した。当時のフランス盤(ヨーロッパ盤)のレコードはアメリカ盤に比べるとかなり高かったけれど。買ってから気が付いたことながら、収録内容も異なるのでした。日本盤として初めて発売された『ノスフェラトゥ』は『幻日の彼方へ』と題されたテイチク盤だと解説で知る。キング版のB面はかなりオリジナルのドイツ盤及びフランス盤とも楽曲が異なり、未発表曲などを含む内容で日本独自の企画盤的な内容。他にも幾種類かのポポル・ヴーの『ノスフェラトゥ』が存在するようです。
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クラウス・キンスキーが1991年に死去され、ポポル・ヴーのリーダーであったフローリアン・フリッケ(フロリアン・フリッケ)も2001年に死去された。絶妙なトライアングルで描かれていたあの映像美と圧倒的な観る者を惹きつける映画の力!80年代の多感な時期にヘルツォーク映画に出合え、ポポル・ヴ―という至高のバンドの音楽に出合えたことは忘れえぬ心の宝石のように想えます。



ポポル・ヴー:POPOL VUH
●代表作● (サントラ)

キンスキー、我が最愛の敵 (1999)  
コブラ・ヴェルデ (1988)  
フィツカラルド (1982)  
ノスフェラトゥ (1978)  
ガラスの心 (1976)  
アギーレ / 神の怒り (1972)

※上記の作品はすべてヴェルナー・ヘルツォーク監督映画です。
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by claranomori | 2011-08-14 20:52 | 耽美派少女の愛した音楽
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★テオドール・シュトルムの『みずうみ』は、「老人」~「幼馴染」~「森にて」~「道のべに乙女子は立ちて」~「ふるさと」~「ある手紙」~「インメン湖」~「母の願いは」~「エリーザベト」~「老人」からなる1849年のシュトルムの代表作。文学的な流れではドイツロマン主義~写実主義という辺りのシュトルム。この『みずうみ』(原題Immensee:インメンゼー)は石丸静雄訳によるもの。最近はすっかり幼少期の童話、あるいは10代から20代という時期に出会った作品や作家に再び回帰という傾向が強いようなのだけれど、やはり文学はドイツ文学に魅せられ読書が好きになって行ったこともあり、こうして最も心の落ち着く作品を再読したりしている。

月光の流れる部屋に散歩から帰って来た孤独な老人ラインハルトは、壁にかかった少女エリーザベトの肖像画を見入るうちに、幼き日の彼女との忘れえぬ思い出に耽り始める。清らかな愛情で結ばれながらも他郷の大学での勉学中に友人エーリヒとエリーザベトは結婚してしまう。この苦い現実に深い人生の悲哀を感じながら、その後も孤独を守り続けて老後を送っている老人の回想で、現在から過去、その嘗てから今という形式のリリシズム溢れる美しい小説。シュトルムは元来、抒情詩人でもあるのでお話の中に甘美な詩が幾つも出てくる。私はそんな詩たちが大好きなのです。

少女が5歳くらい、少年は10歳くらいの頃からの「幼馴染」~「森にて」の中の少年ラインハルトがノートに書いた詩。オランダイチゴを探しに森に出かけた幼き日の眩い光景の少年ラインハルトと少女エリーザベトを思い浮かべ、安楽椅子に座る老人ラインハルトの心を想う。

ここの山腹には
そよとの風もなく
しなだれる枝の
その下に乙女は憩う

あたりいっぱいに
タチジャコウソウのかんばしい香り
青い羽虫が ぶんぶんと
宙に舞ってきらきら光る

寂として音もない森
この子のかしこい目つき
とび色の髪の毛に
日の光が流れまつわる

遠くのほうから郭公の声
わがこころは思う―
この乙女こそ森の女王の
黄金のまなこ持てりと

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by claranomori | 2010-08-26 10:25 | 19世紀★憂愁のロマンと美
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子供は子供だった頃 
いつも不思議だった
なぜ 僕はここにいて そこにはいない?
時の始まりは いつ?
宇宙の果ては どこ?
この世で生きてるのは ただの夢?
見るもの 聞くもの 嗅ぐものは
この世の前の世の幻?
悪があるって ほんと?
悪い人がいるって ほんと?
いったい どんなだった
僕が僕になる前は?
僕が僕でなくなった後
          いったい僕は 何になる?         

「ベルリン・天使の詩」わらべうた 第2連より
原詞:ペーター・ハントケ

★ペーター・ハントケ(Peter Handke)はオーストリア出身で現在はフランス在住の作家。ヴィム・ヴェンダース監督とは『ゴールキーパーの不安(1971)』『まわり道(1974)』『ベルリン・天使の詩(1987)』で原作及び脚本を担当しており親交が深かったけれど、ユーゴスラビア紛争でのメディア批判での意見の違い以降は仲がよくないという。自ら監督・脚本の『左利きの女(1977)』ではヴィム・ヴェンダースは製作、ブルーノ・ガンツも出演していました。

ベルリン・天使の詩/DER HIMMEL UBER BERLIN
1987年・西ドイツ/フランス合作映画 
監督:ヴィム・ヴェンダース 脚本:ヴィム・ヴェンダース、ペーター・ハントケ
撮影:アンリ・アルカン 音楽:ユルゲン・クニーパー
出演:ブルーノ・ガンツ、オットー・ザンダー、ソルヴェーグ・ドマルタン、クルト・ボウワ、ピーター・フォーク

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by claranomori | 2010-05-21 20:19 | キネマの夢・シネマ万華鏡
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『すきすきーエレポナイト ドイツ特集 "pre WGT2010 special" 』

4月23日(金)
場所:あめりか村SOCIO

open 22:00- 入場料 1500円 (2drink+エレポ会場内専用通貨付き)

レクチャーショー WGT2010 WGT2010出演アーティストプロモビデオ紹介 など

私もミニ・レクチャーすることになりました☆
私の好きなドイツ映画とドイツ音楽のことです。
上手く出来ませんが、どうか応援よろしくお願いいたします(ペコリ)♪

【DJ】
12-Matrix
picorin
Helvete
Velvet Moon

【Shop】
Velvet Moon
Candy Jane

今回もDJとVELVET MOONのブースも出させて頂きます♪
DJは今回はジャーマン・オンリー!なので、yamaten und chouchouで参加させて頂きます。

久しぶりの「エレポ・ナイト」☆とっても楽しみです!

皆様、是非ともお越しくださいね。
どうぞ宜しくお願いいたします!!

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by claranomori | 2010-04-18 18:11 | お知らせ
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★ニナ・ハーゲン(NINA HAGEN)は旧東ドイツ(東ベルリン)生まれ(1955年3月11日)で本名はカタリナ・ハーゲン。父親は劇作家、母親は反体制派の女優。10代の頃からテレビのオペラ番組に出演。その後、ポーランドでバンド活動を始めたそうだ。1976年頃にはロンドンに渡り、その頃「ザ・スリッツ」のメンバーとの交流を持つ。この辺りの繋がりは面白い。けれど、ニナ・ハーゲンはドイツ語と英語でオペラのベルカント唱法や演劇的要素、ハードロックからパンク~ニューウェーブに、かなりの傾倒で有名なインド的なものからハウス・サウンド...と時代と共にアルバムも変容してゆく。1978年に「ニナ・ハーゲン・バンド」としてデビューし現在に至る。私は80年代になってから存在を知った。やはり音楽雑誌で奇抜なメイクとコスチュームのルックスに興味を抱いた。私はこのような”存在がパンク”であるお方が好きなようで、10代の頃に出会ったこれらの女性ヴォーカルの多くは突飛で個性に溢れていた。なので、奇抜なお方に慣れ親しんでもいるのであまり驚くことは最近はない。でも、奇を衒うだけの存在なら長年好きであり続けてはいないだろう。独自の世界があり、ニナ・ハーゲンのヴォーカルが存在する。サウンドがロックでもレゲエでもハウスでもヴォーカルの魅力は失せない。そして、歳と共に過激さが失せるお方も多いけれど、今もユニークなファッションで特異な活動を続けているのも素晴らしいと思う。ジャン・ポール・ゴルチェやピエール・エ・ジルとの交友、また90年代に入ると、同じくドイツ人のメレット・ベッカーとの交流も伝え聞くと思わず嬉しくなる。戸川純さんもニナ・ハーゲンに影響を受けたお方として有名。30年以上のキャリア。あの奇抜なファッションも含めてニナ・ハーゲンの表現。そして時折見え隠れする愛らしさが好き。ボウイの「ジギー・スターダスト」のカバーも最高に素敵なので、「ボウイ館」に映像を貼らせて頂きました♪
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by claranomori | 2009-05-13 08:24 | 耽美派少女の愛した音楽
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★1981年の西ドイツ映画『クリスチーネ・F』にボウイは本人役として出演し、劇中『Station To Station』を歌うライヴ・シーンで登場。とっても、カッコイイ!!(いつもながら♪)この映画のために、ボウイ自ら写真など資料を提供している。実在のクリスチーネ・F(当時は未成年だったので)こと、クリスチアーネ・ヴェラ・フェルシェリノヴの手記『かなしみのクリスチアーネ』、あるいは『われらツォー駅の子供たち(われら動物園駅の子供たち)』を、ウルリッヒ・エデル監督が映画化したもので日本公開は1982年。※音楽担当は、ボウイの9曲の楽曲とユルゲン・クニーパによるもの。
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★劇中デヴィッド・ボウイご本人役として登場され歌われる『ステーション・トゥ・ステーション』☆嗚呼、素敵!


●関連記事:『クリスチーネ・F (われら動物園駅の子供たち)』のナーチャ・ブルンクホルスト:NATJA BRUNCKHORST♪
●関連記事:ボウイを見つめる美少女クリスチーネ(ナーチャ・ブルンクホルスト) 映画『クリスチーネ・F』より再び♪
●関連記事:映画『クリスチーネ F』の中の素晴らしいボウイ・ライヴ
●関連記事:映画『クリスチーネ・F』とサウンドトラック

※『ボウイ館』に書いたものと重複いたしますが、何処でも観れるように(観たいので)!度々思いついては追記している映画『クリスチーネ F』です♪
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by claranomori | 2009-04-25 10:28 | 耽美派少女の愛した音楽
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ほら、ごらん、
あそこに居るのは去年のロリータ
もうすぐ彼女も
ただの無邪気な女
そうなればもう
ロリータとは呼べない
ロリータはいつでも余計な知恵がついていて
本心以上のことをやってしまう
ロリータは正真正銘のあばずれ
メイクなしで軽くパウダーをはたいたあばずれ
まず微笑んで、ふてくされて
その後で意味ありげな視線を送る
そして急に激しく泣きじゃくって
小さな脚を乱暴にばたつかせる
でもこの脚に腰がつくと
ロリータはただの無邪気な女になる

「ルル」の愛称を持つ無邪気な女は
女だけど、まだヴァージン
ルルは口をとがらして
子供っぽさを失ってはいけない
そうしないと すぐに
オバアチャンになってしまう

シワだらけになって 誰にも振りかえられなくなって
精神的な価値を失ってしまう
みんなが ディーヴァやファム・ファタルになれるわけじゃないし
極めて平凡な年寄りになってしまう娘が多いから

『ロリータ』 対訳:岡本和子

★メレット・ベッカーはドイツの女優であり歌手でもある。この『夢魔』はセカンド・アルバムで日本盤はこの作品しか発売されていない。私は「アインシュテュルツェンデ・ノイバウテン」や「ニック・ケイヴ」人脈にとても興味を持ち続けている中で知ったお方。二ナ・ハーゲンとの親交もあるお方。メレット・ベッカーのこのアルバムが彼女の世界だと思うと物足らない。映画を観ても、他の作品でも、この『夢魔』の中でさえ、様々なお顔を見せてくださる。これぞ!表現者的なるもの。私の好きなヴォーカリストには”表現者”という言葉の似合う方々が結構多い。ノイバウテンのメンバーでもあるアレクサンダー・ハッケ(アレックス)はメレット・ベッカーのご主人で、このアルバムのプロデュースを始め、不気味なメルヘン世界、ノイズ・コラージュやギター、ヴォーカル参加と欠かせない存在。解説には書かれていないけれど、ドイツの名優でメレット・ベッカーの父親でもあるオットー・ザンダーのヴォイスがアルバムの中で聴けるのも個人的に嬉しい発見でもあった。ノイバウテンとルイス・キャロルの融合する世界・・・正に”夢魔”★私の好きな歌姫。少しブリジット・フォンテーヌ、少しダグマー・クラウゼ、そしてロッテ・レーニャ、ワイマール時代のドイツ...マレーネ・ディートリッヒのお姿も連鎖する♪
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by claranomori | 2009-04-01 19:14 | 耽美派少女の愛した音楽
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★クララ・シューマン(CLARA SCHUMANN:1819年9月13日~1896年5月20日)は19世紀を生きたドイツの女性音楽家として歴史に名を刻んだお一人。父親フリードリヒ・ヴィークは優れた音楽家であり教育者であったとされている。その生徒とも言える娘クララ。少女時代からクララは”天才少女ピアニスト”と讃えられていた。フリードリヒ・ヴィークの弟子でもあった(2年間ほど)ロベルト・シューマンとクララのロマンス物語は好き、謎とされている部分も含めて。また、父親の過剰なクララへの愛情も気になる(気にしても遠い昔のことながら)。父親の猛反対を押し切りふたりは生涯を共にする。ロベルトの晩年の精神錯乱、そして精神病院での生活、そして死。その時、クララは36歳であった。その後、ヨハネス・ブラームスとの親交は色々な説があるのだけれど、私はクララのロマンティシズム溢れる人生を尊重したいので彼らの友愛説を思い描いてうっとりしている。ブラームスはクララよりも14歳年下でクララの死の翌年に死去している。1896年と1897年のドイツ世紀末。ドイツ・ロマン派の終焉とも言われている。クララの夫ロベルトへの献身さ、子供たちの母としても。また、ブラームスのクララへの献身さ(彼は生涯独身を貫いている)などを想い、人生の浮き沈みは誰にでもある。いくら天才的な才能を得た者たちでさえ。クララはあまり体の丈夫なお方ではなかったというけれど、76年余を生きた。そこには支えとなる愛する者たちと彼女自身の強い信念をも感じてならない。
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何故に、私がクララ・シューマンに強い思い入れがあるかというと、あまりにも単純なこと。大好きなナスターシャ・キンスキーがクララ・シューマン役を演じた『哀愁のトロイメライ クララ・シューマン物語』のクララが重なって焼き付いているからというミーハーな理由。けれど、またしても映画から一人の実在の女性音楽家について知りたいという思いを抱くことが出来、こうしてつらつらと。また、映画のことも此方に綴りたいと想います♪
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by claranomori | 2009-03-24 21:16 | 19世紀★憂愁のロマンと美