あまりにも私的な少女幻想、あるいは束の間の光の雫。少女少年・映画・音楽・文学・絵画・神話・妖精たちとの美しきロマンの旅路♪


by chouchou
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 わあ!何と今年最初の投稿となります。いつも気にかけてくださっている皆様、ありがとうございます!年末年始とバタバタしており、確定申告も終えましたので、そろそろブログの更新ものんびりですが頑張ろうと思います。お正月の初詣の折のおみくじに書かれていた言葉は、私自身の想いととても重なる尊きお言葉でした。総じて「これまでの歩みに誠実に励みなさい」というような意味だと解釈しました。私の場合、気が付けばずっと「音楽」に関わるお仕事で、それには何か深いご縁をも感じています。10代の頃から「生きるということは何だろう?」「なぜ、大人になってゆくのだろう」「どうして、こんなに音楽が好きなのだろう?」「ボウイはどうしてこんなに美しいのだろう!」「美とはなんだろう?」...etc.と「なぜ?」ばかりの自問自答人生を続けています。

 大好きな音楽や映画、文学や絵画の中から数多の発見と学びの日々はずっと続くのだと思います。「たかが音楽、されど音楽」な訳で、どうした事か大好きな音楽の多くには各アーティストの主張があったり、抽象的な歌詞であっても強く響く言葉がある。また時に歌詞のない音楽のメロディから響く詩もある。それはどうしてだろう?その時の社会とは?と、その国々の歴史背景を調べてみたりしていると、太古の時を往来する事も多い。そんな音楽たちが大好きでたまりません。人其々の音楽の愉しみ方がありますが、どうも私は探求したいようです。その起源はデヴィッド・ボウイという稀有なるアーティストに魅せられた者の宿命だと拝受。答えの見つからない難題である「音楽ってなんだろう?!」という永遠のテーマを傍らに、愛しきものたちと人生を共に、これからも歩んでゆけたら本望だと思います。

 そんな想いの中、再読したフルトヴェングラーの最晩年(1954年)の『音と言葉』という音楽評論集の中に、とても共鳴した文章がいくつもありました。ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(WILHELM FURTWANGLER:1886年1月25日~1954年11月30日)は、西ドイツ、バーデン出身の指揮者であり作曲家。20世紀を代表する指揮者のお一人であり、また作曲家としては後期ドイツ・ロマン派の系譜にあるとされる。けれど、ご本人はその後期ロマン派との呼称に複雑な想いを抱いておられたようでもあります。第一次世界大戦、第二次世界大戦と大きな二つの戦争の時代を生きたお方で、ワーグナー、ベートーヴェン、バッハ、ブラームスの悲劇的生涯の中に問いつめ、悲しみ、哀惜せずにはいられないフルトヴェングラーの芸術家としての危機感、その想いは、生きた時代も国も異なる私にも伝わるような気がします。

 「私たちはもう芸術の中に生きているのではない。単なる傍観者になってしまった」というフルトヴェングラーの嘆き。それはもう後戻りできない科学の進歩の中で、時計の針を戻すような思考ではなく、人間の情、生命、故郷をも忘れてはならないのだという、悲痛なる嘆きに思えます。ある意味、わが国日本に於ける明治の維新が復古でもあったこととも通ずるような。
 ―少なくとも今日のための―基底となるよう、この国の中へ、家々の中に降りてきていただきたい。あがない得た歴史的な展望を、指針として用いるべきであって、支配せんとするために使用してはなりません。芸術作品という不回帰の出来事を、それは直接我々に関する出来事であるゆえに、歴史的な関連と同様に、いやむしろそれ以上に尊敬していただきたいのです。真の偉大さに対する愛、熱狂的な、なんの保留をも付けない献身的な愛情を持つことを、もう一度学んでいただきたい。 
 『音と言葉』 すべて偉大なものは単純である フルトヴェングラー
 一言にしていえば、「美しい心を取り戻す」という事だったかもしれない。この意味で彼はゲーテやトーマス・マンなどとは血縁であり、余り遠く隔たった所にいたのではない。彼の名演奏の秘密の一端はそこにうかがえるような気がする。
芳賀檀 あとがき より

ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮、リヒャルト・ワーグナーの『ジークフリート牧歌』です♪


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by Claranomori | 2014-03-21 23:16 | 詩人・作家・画家・芸術家
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芸術作品の本質とは、外界に対していささかの繋がりをも必要とせず、その糸の一本一本を再びその中心点に向って紡ぎ返しつつ、それ自体で以て一つの全体であるということである。 作品はそれだけより深く、またより完全に我々の内へと入ってくる。

だいたいにおいて、人間には救いがない。それゆえに、人間は慰めという素晴らしい範疇を形成してきたのである。― 人間は、ただ人々が慰める目的で彼に語る言葉だけから慰めを得るのではなく、世界の多種多様な所与からもそれを引き出すのである。
- ゲオルク・ジンメル -


●ゲオルク・ジンメル(Georg Simmel:1858年3月1日~1918年9月26日)は、ドイツ、ベルリン出身の哲学者、社会学者である。ジムメルと表記されることもある。19世紀末から20世紀初頭の社会学者のお一人。彼の哲学は、ニーチェ、ショーペンハウエルと共通点をもつ生の哲学だが、大学の世界で薫陶を受けているため、それをカント以来のドイツ観念論の系譜で一般的な用語法を持って語るという、なかなかユニークなもの。

「断章」などにも本人が書いているように、知的遺産の後継者には恵まれなかったが、彼の思想は彼の提唱する形式社会学に結実した。形式社会学に含まれるその考え方はアメリカにわたり、社会学のシカゴ学派、そしてシンボリック相互作用論に大きな影響を与え、定性的研究の源流のひとつとも言われるようになった。また、近年では、ドゥルーズ、ガタリ以降の生気論再評価の文脈で、社会化以前の生を捉えようとする後期ジンメルの論が新たに注目されている。(引用・参照:wikipediaより)


★台風接近だと尖閣に中国も台湾の船も近づけないですね。でも災害にはご注意ください。大好きな季節の秋です。去年の今頃はまだ暑くて秋がなくて一気に冬になったのでした。1000年に一度という大震災と原発事故も経験しました。郷里を後にしなければならなくなった人たち。復旧どころか、まだ東北の震災瓦礫はそのままの場所も。絆とかオールジャパンなどという空々しい言葉に涙した日が嘘のようです。今日は、日中国交正常化40周年という日ながら、正常化していない現実も露わ。個人的友好と国家間では異なるのですから困ったものですね...。

私は10数年前から「BRIGITTE フレンチ・女性ヴォーカル友の会」という音楽を主としたサークル活動をのんびり続けているのですが、そこには映画や文学、殊に少女愛惜というテーマがあります。広義のアート、芸術、それも私なりの美をもとめての探求のような作業でもあります。暫く、外に向けてのイベントをしていなかったのですが、今後、定期的に『サロン・ド・ヴェルヴェット~美と芸術を愛する友の会』として冊子制作も並行して再開してゆきたいと思います。

これまでの「BRIGITTE フレンチ・女性ヴォーカル友の会」の発展形として、「美」をさらに優先しながら、政治や哲学的な思想なども加えてのもの。世界を見つめながら、日本を考えることも。護るべきものは保守しなくてはならず、けれどイデオロギーは自由で様々な考えや想いの方がおられる。争論などではなく、対話、会話をする場でありたいです。冊子はイベントにご参加くださる方々には配布させて頂きます。ご予約を頂きましたお方にはセレクトCDもございます。遠方のお方やご都合でお越し頂けないけれど、冊子はほしい、とおっしゃって頂けるお方はご連絡ください。冊子は送付させて頂きます。また随時お知らせいたします。どうぞ、今後ともよろしくお願いいたします。この「美学と芸術哲学の断章」は読書や鑑賞からの覚え書きですが、忘れて行くので此方にメモしておこうと想います♪
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by claranomori | 2012-09-29 06:44 | 美学と芸術哲学の断章
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おれがお前たちにいってやる!おれたちが神を殺したのだ。―お前たちとおれがだ!おれたちはみな神の殺害者なのだ。だがどうしてそんなことをやったのか。どうしておれたちは海の水を飲みほすことができたんだ。地平線をのこらず拭い去る海綿を誰がおれたちに与えたのか、この地球を太陽から切り離したとき、おれたちはなにをやったか。地球はいま、どこへ向かって動いてゆくのか。われわれはどこへ向って動いているのか、すべての太陽から離れてゆくのか、われわれはひっきりなしに堕落してゆくのではないか。

ニーチェ 『悦ばしき知識』 より

★ニーチェは「神の死」を告げることにより、近代的人間の矛盾する根底をニヒリズムとする。「われわれはどこへ向って動いているのか、すべての太陽から離れてゆくのか、われわれはひっきりなしに堕落してゆくのではないか」と、自然科学の内包するニヒリズム。「神の死」は、この神の名によって支えられてきた超越的存在、生の究極的意味、目的と価値の世界がひっくり返る。「一切価値の転倒」であり、ヨーロッパ・ニヒリズムの当来である。

人間は自然のなかの故郷を喪失した。パスカルのように、その神をみることのできない、大いなる空間の無限の沈黙のなかに恐るべき不安をおぼえる。ニーチェはこのヨーロッパのニヒリズムからの克服する道として、「超人」や「永劫回帰」の哲学に求めてゆく。それは、「究極の知、究極の善、究極の権力のまえで永久に立ち止まり汝の思想の馬具をはずすことを拒否する」という思想。超人ツァラトウストラとは「末人」から「高人」を経て「超人」へと自己を克服してゆくニーチェその人の姿でもあり、この克服の過程に、存在の絶対的肯定へと転換する永劫回帰や運命愛が説かれる。

運命愛とは、「力は瞬間毎に自己の最終的帰結を引き出す」であり、「ある事のために命を捨てる」であり、「ひとはいつも犠牲をはらう」という意であると考える折に私の頭に浮かぶのは、今の(もっと以前からの)日本の混沌と堕落、それは私自身の反省をも含め、自責と共にやはり崇高なる「美」を求める心、あの思春期に毎日ニーチェの言葉の中で溺れそうになりながら「生」とは何だろう、という大きな疑問が解けないまま大人になってしまった私が、ようやく向き合うことのできるものを実感しているかのような微かな歓びがあります。人ぞれぞれの「美」があるという上で、「美しきもの」を求め仰ぐ心であるのだと、嘗ての蒼い私、少女時代の疑問に再び、否、今ようやく向き合っているように感じています。
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by Claranomori | 2012-04-12 12:19 | 19世紀★憂愁のロマンと美
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★アルトゥル・シュニッツラー(Arthur Schnitzler:1862年5月15日~1931年10月21日)は、オーストリアの小説家、劇作家であり医者でもある。その医者であったことが作品中で恋愛、愛欲の心理と分析の描写、繊細でメランコリックなウィーン世紀末とデカダン的な憂愁の美が漂うように想います。新ロマン主義作家と位置づけされてもいます。
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アルトゥル・シュニッツラーの1900年の戯曲『輪舞』の映画化されたものを二つ観ています。どちらもフランス映画で、豪華かつ美麗な役者方が揃っています。随分前にテレビで観たのが最初で、回転木馬の場面がとても印象強く残ったものでした。どちらも愉しめますが1950年のマックス・オフュルス監督作品の方が1964年のロジェ・ヴァディム監督作品よりも好きです。でも、モノクロ映画とカラー映画、やはり共にスター揃いなので魅入ってしまいます。

タイトルの『輪舞』あるいは『ラ・ロンド』のように恋愛劇を対話風に描き、最初の娼婦と兵隊から最後の士官と娼婦と連鎖しながら10人の男女が結局は一回りするというもの。マックス・オフュルス監督版ではお話を繋ぐ狂言回し役をアントン・ウォルブルックが演じておりますが、ロジェ・ヴァディム版にはこの役はありません。その点でもやはり狂言回し役の存在するマックス・オフュルス版の方が好きだと想えます。アルトゥル・シュニッツラーのこの戯曲は当時公演中止になっています。不道徳だということだったのでしょう。時代が移り変わり男女の恋愛模様も随分様変わり。シュニッツラーも戯曲中でやや皮肉を込めながらも軽妙にお話を進めてゆくようです。どうです、このダニエル・ダリューのお美しさ☆
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【配役】1950年マックス・オフュルス版
狂言回し:アントン・ウォルブルック
娼婦:シモーヌ・シニョレ
兵隊:セルジュ・レジアニ
小間使い:シモーヌ・シモン
若主人:ダニエル・ジェラン
人妻:ダニエル・ダリュー
夫:フェルナン・グラヴェ
売り子:オデット・ジョアイユー
詩人:ジャン=ルイ・バロー
女優:イザ・ミランダ
士官:ジェラール・フィリップ

輪舞/LA RONDE
1950年・フランス映画
監督:マックス・オフュルス
原作:アルトゥール・シュニッツラー 『輪舞』
脚本:マックス・オフュルス、ジャック・ナタンソン
撮影:クリスチャン・マトラ 音楽:オスカー・ストラウス
出演:ダニエラ・ジェラン、シモーヌ・シニョレ、ダニエル・ダリュー、アントン・ウォルブルック、セルジュ・レジアニ、ジャン=ルイ・バロー、イザ・ミランダ、ジェラール・フィリップ、シモーヌ・シモン、オデット・ジョワイユ

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【配役】1964年ロジェ・ヴァディム版
娼婦:マリー・デュボワ
兵隊:クロード・ジロー
小間使い:アンナ・カリーナ
若主人:ジャン=クロード・ブリアリ
人妻:ジェーン・フォンダ
夫:モーリス・ロネ
売り子:カトリーヌ・スパーク
詩人:ベルナール・ノエル
女優:フランシーヌ・ベルジュ
士官:ジャン・ソレル

輪舞/LA RONDE
1964年・フランス映画
監督:ロジェ・ヴァディム
原作:アルトゥール・シュニッツラー 『輪舞』
脚本:ジャン・アヌイ
撮影:アンリ・ドカエ 音楽:ミシェル・マーニュ
出演:マリー・デュボワ、ジェーン・フォンダ、ジャン=クロード・ブリアリ、アンナ・カリーナ、モーリス・ロネ、クロード・ジロー、カトリーヌ・スパーク、ベルナール・ノエル、フランシーヌ・ベルジェ、ジャン・ソレル、ヴァレリー・ラグランジェ、マリナ・ヴラディ


少数派ブログながら参加してみました♪
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by claranomori | 2012-03-17 23:01 | 文学と映画★文芸・史劇
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国家

花が緑の枝から咲き出るように、多くの思想は一般的文化から初めて生まれ出る。
ばらの季節には至る処にばらが咲いているのを見る。

引用: ゲーテ 「格言と反省」 より

主人のために一身を犠牲にした忠僕の例はどんなに感動的だろう。シェイクスピアはそういう実例をどんなに美しく描いていることだろう。真心というのは、この場合、自分より偉いものと同等になろうとする気高い魂の努力なのだ。不断の忠誠と愛とによって、下僕も主人と等しくなるのだ。主人はふだん下僕を給金でやとっている奴隷だと心得て怪しまない。実際、忠誠とか愛とかいう美徳はただ下層のものにだけあるものだ。またそれは彼らには欠くべからざずものであり、飾りともなるものなのだ。金で身のふり方を簡単につけることのできるものは、とかく感謝の念も忘れがちだ。この意味で、身分の高い人は友だちを持つことはあるが、友だちにはなれないと、主張できるように思う。

引用: ゲーテ 「ヴィルヘルム・マイスターの修行時代」 より

★ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe:1749年8月28日~1832年3月22日)はドイツの詩人、作家、自然科学者、政治家、法律家であり、ドイツ文学のみならずロマン主義文学にも欠かせない文豪。中学生の折に初めて読んだゲーテの『若きウェルテルの悩み』は私の初めて涙した海外の小説でした。また再読し今の想いなどを覚え書きしておこうと想います。相変わらず「国家」に関する想いが強いので、久しぶりにゲーテの格言を色々読み、興味深い言葉を書き留めておこうと想います。上の絵は1787年のヨハン・ハインリヒ・ヴィルヘルム・ティシュバインによる『ローマ近郊におけるゲーテの肖像』あるいは『カンパーニャのゲーテ』と題されたものです。この画家はゲーテを崇拝するドイツの新古典派に属するお方。ゲーテがシラーとの交友やイタリア旅行を経て、古典主義時代へと向かう頃の『ヴィルヘルム・マイスターの修行時代』の中の言葉と共に並べてみました。
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by claranomori | 2012-02-26 09:12 | 詩人・作家・画家・芸術家
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★第二次世界大戦が終わって10年余りたったある日のこと。語り手のボーイはハンブルグに向かう船上で、奇妙な鳥打ち帽の男性から「姪御さんのネレの物語」を書かないよう忠告される。けれど、遠縁のネレはハンブルグ中央駅近くのランゲ・ライエ通りに住むごく平凡な11歳の少女に過ぎない。幼い頃に、両親が離婚し今は教員の父親との二人暮し。母方のソーニャ叔母さんの居酒屋が家庭代わり。久しぶりにその居酒屋を訪れたボーイは「彼女は私と同じで泣くことができない。時代に合っているんだ」と電話で話す黒ずくめの痩せた紳士を目撃する。同じ日、ネレの天才的な歌声と踊りに驚嘆したレコードプロデューサーのマックス・マイゼがネレの父親と契約を成立させる。少女ネレは瞬く間に天才少女歌手と呼ばれ、世界的スターへの道を歩み始める。その過程でネレとボーイはショービジネスのイロハを体験することになり、スターの階段を上り、手に入るギャラの桁が増えるにつれ、ネレの心は不安定になり、しばしばパニックに陥る。丁度『笑いを売った少年』を書いていたボーイは黒ずくめの紳士が気になりネレが心配でたまらない。折良く再会したティム・ターラーが良い知恵を授けてくれそうな...ネレの涙を売ったのは誰?黒ずくめの痩せた紳士の目的は?なにより、ネレは笑ったり泣いたりできるようになるのだろうか?...というファンタジーであり、考えることの尊さを痛感する作品です。

「子どもたちに善悪の別を教えることはもちろん大切だが、私の最大の関心事は、善が悪に変わる可能性があること、どのようにして何時、善が悪に変わるかを教えることだ。つまり、昨日まで善であったことが今日を境に悪に変わりはじめる時があることを子どもたちに教え、その時を見極める力をつけてやることだ」

これが作者であるジェイムス・クリュスの最大の願いのようで、エーリッヒ・ケストナーと同様に、当初の教師になることを止め、子どもたちのための本を書き始めたという経歴のお方で、上記の言葉は『ある物語作家の略歴』(1965年)より。また、ケストナーとの親交も深い。ジェイムス・クリュスは「おはなし丸の船長」として親しまれているという。エーリッヒ・ケストナー、ミヒャエル・エンデと共に現在ドイツの3大児童文学作家とされている。

『涙を売られた少女』(1986年)が『笑いを売った少年』(1962年)の続編であること。私はいつも思う。しょっちゅう泣いている私はまたしょっちゅう笑ってもいるではないかって!これらの子どもたちのために書かれた小説は今の私にも生きる力を与えてくださる。「涙と笑い」はコインの裏表のようなもの。表裏一体のもの。苦しい現実の中をこうして笑っても生きていられる幸せに感謝したい。次々と困難なことがやって来るけれど、それは大人だけではなくて、子どもたちだって同じ。そこで「考えること」を学ぶというのか、「しあわせの世界」を頭に描きながら、考えながら生きてゆくことは困難に立ち向かう術でもあるのだと。似たようなことを、私は幸いにも子供の頃から両親と親しんできた本や映画の中から学んで来たと想える。

私はこの『涙を売られた少女』というタイトルと表紙の淡い色彩の絵(装画:大間々賢司)に惹かれて読みました。なので、続編から読んだことになります。先に書かれた『笑いを売った少年』も読むと、面白いくらいに「涙と笑い」が表裏一体であることに心が涼しくなりました。そんなものなのだ、人生は!って☆

b0106921_726763.jpg『笑いを売った少年』作:ジェイムス・クリュス 訳:森川弘子★少年は最後にシャックリのついてくる、だれの心をも明るくしてしまうとびきりの笑いを持っていました。彼は三歳のとき、陽気で優しいお母さんと死に別れ、貧しい人々が暮らす裏通りのアパートに引っ越します。大好きな父さんは仕事で留守がちです。大人は皆そうですが、とりわけ訳の分からない継母や、わがままで意地悪な義兄さんとつらい日々を送っていました。日曜だけ、優しい父さんと競馬場に出かける日曜日だけは、まだ明るい笑い声を響かせていました。十二歳のとき、その父さんまで事故で失ない、天性の明るい笑いを忘れてしまいそうになりました。父さんの葬儀の日に出会った謎の紳士と取り引きし、どんな賭けにも勝てる力、つまり莫大な富と引き替えに、その素晴らしい笑いを売ってしまいます。やがて、富は幸せをもたらさないこと、笑いこそ、人生に不可欠のものだと思い知った彼は、十四歳で家を跳び出し、ハンブルクの港から、笑いを取りもどす旅に出ます…まだ笑うことのできる全ての人々のために。夢見ることが忘れられない永遠の少年達のファンタジー。そして、『涙を売られた少女』作:ジェイムス・クリュス 訳:森川弘子 はどちらも出版社:未知谷より発行されています。

※あとがきによると、この「ティム・ターラーのテーマ」は「百一日物語」シリーズ(全17冊)で、1956年から1986年作品として刊行されているそうです。残念ながら邦訳されたものは今のところ僅かですが、上記の2冊を読むことができる現状に感謝したいと想います♪
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by claranomori | 2010-11-02 07:52 | 本の中の少女・少年
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★大好きな『金髪のエックベルト』(1797年)は、ドイツ・ロマン主義文学において欠かせぬものの一つで、著者はルートヴィヒ・ティーク(LUDWIG TIECK:1773年5月31日~1853年4月28日)。ゲーテ亡き後、長らくドイツ文壇の重要な人物であったけれど、死後の名声は生前のそれには到底及ばないとされている。けれど、この『金髪のエックベルト』は、ノヴァーリスの『ヒアシンスと薔薇の花のメルヘン(ヒヤシンスとバラ)』と双璧を成すドイツ・ロマン主義メルヒェンの代表作であると私はこれらを愛している。

世間で「金髪(ブロンド)のエックベルト」という通称だけで呼ばれている40がらみの騎士と、その妻ベルタは共に孤独を非常に好み、彼の小さな居城の囲壁の外で彼等の姿を見かける者は滅多にいない。二人はとても愛し合っているけれど、子宝が一向に授かりそうもないことだけが二人の日々の嘆きであった。そんな居城にしげしげと訪れる者がただ一人だけおり、彼の名はフィリップ・ヴァルター。エックベルトとヴァルターは、好きな考え方がほとんど同じでとてもうまが合った。年毎に彼等の親密度は増し、これまで随分と注意を払って隠し遂せて来たある秘密をヴァルターに語る。それは妻ベルタの若い頃の変わったお話。

ベルタは貧しい村の生まれで、幼い少女ベルタはなんとか両親の手助けをしたいと願うけれど、いつも不可思議な空想に浸りきって、役に立たぬお荷物だと父親に叱られていた。残酷極まる折檻の日々で、少女ベルタは死んでしまいたいくらいに寂しく泣き過ごしていた。その頃少女は8歳。ある朝、ほとんど無意識に小さい我が家を飛び出し、とある森へ行き走り続けていた。父に連れ戻されまいと必死で幾つもの村を走り抜け、喉もカラカラの時、岩場の端に辿り着く。少女は嬉しくて嬉しくて、地獄から天国へ入ったような思いは、寄る辺の無い孤独な境遇も、今はちっとも恐ろしいとは思わなくなっていた。滝に出会い一口飲んだ折に、一人の老婆と出会う。そして、少女ベルタはその老婆と小さな小屋で過ごしていた。一匹の小さな犬と不思議な鳥と共に。

お話を全部綴るのもなにかと思われますが、主役は金髪のエックベルトなので、彼の孤独と恐怖に苛まれ苦悩し狂気に至る姿もとても大切なのですが、私はこのベルタの少女時代の回想のお話が目に浮かぶように焼きついているのです。私の想像する姿ではありますが。貧しい少女が家を出た時は8歳。そして、森で出会った老婆との生活は平穏な日々であった。その生活は14歳まで続いた。このご本の中で少女の年齢が3つ出てくるのは8歳、12歳、14歳。これは少女の成長の記録でもある。12歳になると、すっかりおばあさんに家のことを任されてもこなせ、本を読むことも学ぶ。けれど、そんな読書の中に登場する素敵な騎士を想い描いても、この小屋での生活では現実には夢物語。次第に自我の目覚め、自立という芽生えの頃。14歳となると思春期でもあるので外の世界に興味を抱くのは何の不思議もなく真っ当だとも思える。ある日、老婆は長らく家を留守にする。その時に、少女ベルタはその小屋を出ることにする。といっても、お金は持ってないので、おばあさんの大事にしていた宝石箱を一つと鳥籠を持って。少女にとてもなついていた犬がワンワンと泣く中、彼女はその犬が飢え死ぬことも分っているけれど連れてゆけずに出て行ってしまった。

この鳥が奇妙かつ重要で、一日一個の卵を産むのだけれど、その中には真珠などの宝石が入っている。その卵から宝石を毎日老婆が大切に仕舞っていたことは、ベルタは幼い頃からなんとなく知っていた。8歳の時ではなく今14歳の少女はその宝石があれば生きていけることを知恵として得ている。罪なき罪...とも思えるけれど、やはり罪は罰として我が身に返るのだと想うので、私はなんとも云い様の無い不思議な悲劇の様相を静かに見守っているかのよう。

ただ一人の友人ヴァルターにベルタが少女時代の回想を話していると、すっかり夜も更ける。なので休むことにする。ヴァルターは彼女の手にキスをし、おやすみを云いこう云った。

奥様、ありがとうございました。ぼくは不思議な鳥とご一緒のあなたや、あなたが子犬のシュトローミアンに餌をやっておられるご様子が本当に目に見えるようですよ。

ベルタはこの言葉から以後病に伏せ、弱り果て死んでしまう。ヴァルターの言葉の衝撃はベルタには恐怖であっただろう!何故なら、幾度も夫のエックベルトにこの少女時代の回想話をしながらも、どうしても子犬の名前が思い出せないのであった。なのに、初めて聞くヴァルターが何故、その子犬の名前を知っていたのだろう...と。苦悩する妻を亡くし、エックベルトは森でヴァルターを矢で打ってしまう。次第にエックベルトの精神は朦朧とし、恐ろしい妄想が離れることがなく、夢うつつの状態となる。意識も思慮分別も失ってしまった中、元気のよい犬の吠え声と、白樺のそよぐ音、さらに不思議な音色で歌が聞こえて来る。

森のしずけさ 
還りし喜び、
悩み消えはて
妬みもあらず、
喜び新た
森のしずけさ

そこに腰の曲がった老婆が現れ、この夢虚ろなエックベルトに最後の矢を突き刺すかのような恐怖の戦慄を与える。ヴァルターもその後に出会った友人フーゴーもこの老婆が姿を変えたものだった。さらに、妻ベルタはエックベルトの妹だったと!エックベルトは発狂し、瀕死の身を地面に横たえた。彼の耳には、老婆の話し声、犬の吠え声、鳥が繰り返す歌声が、虚ろに縺れ合って聞こえていた。

「ああ、何ということだ!」「じゃあこの俺は、なんという恐ろしい孤独の中で生涯を送って来たんだろう!」

このエックベルトの死の間際の言葉は、鳥の歌声と共に私の心に悲しい音色を残すのでもある。
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by claranomori | 2010-10-10 09:50 | 本の中の少女・少年
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★今日もまたロマン派あるいはロマン主義的な気分で満たされている。本当に自分では良く分からないことながら居心地が良いのだからどうしようもない。10代の頃、文学なるものに興味を持ち始めたのはドイツという深い森であったのだから。そして、気がつけば、そのドイツを始め、フランス、イギリス、ロシア等のロマン派派生(内包)の定義のできない幻想文学的な作品たちを愛好している私を知る。社会を生きる人間がすぐ傍にある異界と共存している、現実と夢は共に生きているのだと思うと不思議な安堵感がある。時に恐怖を伴い、時に滑稽でもある不可思議な文学的なジャンルであってジャンルの領域は複雑に連なっている愛しき「ロマン派」あるいは「メルヒェン」よ!

ドイツのハインリヒ・ハイネの詩もまた大好き。現在のデュッセルドルフ生まれなので、プロイセン王国という時代に生きパリに移住し永眠された。ハイネの詩には好きなものが多いので追々に。新書好きという全く乙女度低しの私は河合隼雄氏(臨床心理学者でもある)の『無意識の構造』を以前読み、その中にハイネの詩『ドッペルゲンガー』 に触れた章が強く印象に残っていた。久しぶりに再読し、やはり気に入っているので記しておこうと思う。その章は『影』の中の『影の病い』と題されたもの。日本でも江戸時代に「影のわずらい」とか「影の病い」と呼ばれていたものがあり、「離魂病」とも言われる、人間の魂がその身体を離れ漂泊するという考えによる、影の遊離現象だという。ドイツの民間伝承に「ドッペルゲンガー」というのがあり、自分自身とまったくそっくりの人間に出会うという体験を指している。これは「影の病い」と同意だと考えてよいようだ。

『影法師 ドッペルゲンガー』 詩:ハインリヒ・ハイネ

静けき夜 巷は眠る
この家に 我が恋人は かつて
住み居たりし
彼の人はこの街すでに去りませど
そが家はいまもここに残りたり
一人の男 そこに立ち 
高きを見やり
手は大いなる苦悩と闘うと見ゆ
その姿見て 我が心おののきたり
月影の照らすは 
我が 己の姿
汝 我が分身よ 青ざめし男よ
などて 汝 去りし日の
幾夜をここに 悩み過せし
わが悩み まねびかえすや

訳:遠山一行

フランツ・シューベルトの歌曲(リート)『白鳥の歌 第13曲』の『影法師(ドッペルゲンガー)』としても有名で、ハインリヒ・ハイネの『歌の本』の詩の一つ。嘗ての恋人の家の前に立ち苦悩している男性。その姿を月影の中に見た時、実はそれは自分自身、もう一人の自分であったという驚きと恐れ。自分は恋人をあきらめ、決心してそこを立ち去ったつもりだったのに、もう一人の自分はずっとそこに立ちつくしていた。河合隼雄氏は、このハイネの詩と「ドッペルゲンガー(二重身)」の現象と、ドイツ・ロマン派のE.T.A.ホフマン(エルンスト・テーオドール・アマデウス・ホフマン)の『悪魔の美酒(霊液)』、ドストエフスキーの『二重人格』、スティーヴンソンの『ジキル博士とハイド氏』なども挙げている。どれも好きな作品たちである。また、このような「影」の存在は子供の頃からなんとなく好きで、よく自分の影を追ったりして遊んでいた光景が浮かんで来たりもする。

(追記)
※「新書」を好む読者の大多数は男性だという。実は、私の本棚にはその「新書」が結構固まって並んでいるのです。乙女本ばかりが並ぶ本棚だと良いのだけれど、ニーチェ好きだし、理解不能な難解な書物もなぜか同居しています。10代の頃から紀伊国屋書店に行くのが好きで、入ると先ず向かう先は海外文学コーナー。装丁の美しい単行本はお小遣いではなかなか買えないので文庫という時代。その文庫コーナーで一等好きだったのは「岩波文庫」。今は各文庫デザインも随分と変容していますが、当時から今もやはり「岩波文庫」に愛着があります。「新書」が好きになったのはもう少し後で、白水社の「白水Uブックス」の虜になって行った頃からだと想います。やはり読書が好きなので、忘れてしまうことが多いので偏っておりますが、これからも好きな文学作品や作家のことも綴ってゆこうと想います♪
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by claranomori | 2010-09-12 21:52 | 詩人・作家・画家・芸術家
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★テオドール・シュトルムの『みずうみ』は、「老人」~「幼馴染」~「森にて」~「道のべに乙女子は立ちて」~「ふるさと」~「ある手紙」~「インメン湖」~「母の願いは」~「エリーザベト」~「老人」からなる1849年のシュトルムの代表作。文学的な流れではドイツロマン主義~写実主義という辺りのシュトルム。この『みずうみ』(原題Immensee:インメンゼー)は石丸静雄訳によるもの。最近はすっかり幼少期の童話、あるいは10代から20代という時期に出会った作品や作家に再び回帰という傾向が強いようなのだけれど、やはり文学はドイツ文学に魅せられ読書が好きになって行ったこともあり、こうして最も心の落ち着く作品を再読したりしている。

月光の流れる部屋に散歩から帰って来た孤独な老人ラインハルトは、壁にかかった少女エリーザベトの肖像画を見入るうちに、幼き日の彼女との忘れえぬ思い出に耽り始める。清らかな愛情で結ばれながらも他郷の大学での勉学中に友人エーリヒとエリーザベトは結婚してしまう。この苦い現実に深い人生の悲哀を感じながら、その後も孤独を守り続けて老後を送っている老人の回想で、現在から過去、その嘗てから今という形式のリリシズム溢れる美しい小説。シュトルムは元来、抒情詩人でもあるのでお話の中に甘美な詩が幾つも出てくる。私はそんな詩たちが大好きなのです。

少女が5歳くらい、少年は10歳くらいの頃からの「幼馴染」~「森にて」の中の少年ラインハルトがノートに書いた詩。オランダイチゴを探しに森に出かけた幼き日の眩い光景の少年ラインハルトと少女エリーザベトを思い浮かべ、安楽椅子に座る老人ラインハルトの心を想う。

ここの山腹には
そよとの風もなく
しなだれる枝の
その下に乙女は憩う

あたりいっぱいに
タチジャコウソウのかんばしい香り
青い羽虫が ぶんぶんと
宙に舞ってきらきら光る

寂として音もない森
この子のかしこい目つき
とび色の髪の毛に
日の光が流れまつわる

遠くのほうから郭公の声
わがこころは思う―
この乙女こそ森の女王の
黄金のまなこ持てりと

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by claranomori | 2010-08-26 10:25 | 19世紀★憂愁のロマンと美
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グレース・ケリー(GRACE KELLY)

神が思いあまって白鳥のなかへ入ったとき
彼は白鳥の美しいことにほとんど愕然としながら
まったく狼狽してその中に姿を消した
だが このまだ経験したことのない存在の感触を

試すひまもなく 既にその偽りの姿が
彼を行為へと導いたのだった そしてあけひろげのレダが
白鳥となって近づいてくる者を知り
一つのものを求めていたことを悟っていた

引用: リルケ 「レダ」より
 
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by claranomori | 2010-08-12 21:07 | キネマの夢・シネマ万華鏡