あまりにも私的な少女幻想、あるいは束の間の光の雫。少女少年・映画・音楽・文学・絵画・神話・妖精たちとの美しきロマンの旅路♪


by chouchou
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<   2013年 10月 ( 4 )   > この月の画像一覧

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 スージー&ザ・バンシーズ(Siouxsie & The Banshees)の「DEAR PRUDENCE」(1983年)というビートルズのカバー曲があります。シングルでも発売され、下の画像は12インチのレコード・ジャケットです。当時はまったく知りませんでしたが、やはりボウイの影響でドイツ表現主義などの絵画に興味を持ち始め、幾年か経た後に、この日本の表現主義作品、田村榮の「白い花(White Flower)」(1931年)を知り得ました。この「白い花」は絵画的ですが写真です。スージーはこの作品に限らず、東洋的なるもの、オリエンタルな世界に興味を抱き何らかの影響を受けて来られたお方だと想います。私が幼い頃から、西洋の世界に魅了されて今に至るのも、何も政治思想などではなく、西欧的なるものに単純に感覚的に惹かれてのこと。スージーはファッションやメイクなども含めたアートに精通したお方。西欧人が感じる東洋的なもの、それらを作品を通じて知ることができる。素晴らしい文化交流だと想います。

 田村榮(1906年:明治39年9月17日~1987年:昭和62年7月22日)は、大正から昭和の日本戦前期に活躍した、芸術写真系統の写真家、写真編集者、写真評論家。田村榮について詳しくないもので、他に気になっている事柄もあるのですが纏まらずにいます。いつか、お詳しいお方にご教示願いたいので、此方の記事に綴ってみたいと想っています。「表現主義」と云っても、しっかりとした定義があるわけでもないようですが、やはりドイツ表現主義の影響は日本でも大きく、大正から昭和初期頃に、各分野で表現活動をしていた方々の作品や記録が残っています。中でも日本の表現主義としての写真表現は「視覚的表現」を目指し、「写真の表現主義」と名付けられたそうです。

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 表現主義は印象主義と対照的で、ドイツだけでなく他のヨーロッパにも表現主義はありますが、不穏で暗いです。でも生命力に溢れてもいます。そんな心象風景に魅せられます。日本では第一次世界大戦、関東大震災を経た時期です。第一次世界大戦はヨーロッパに於いては第二次世界大戦よりも、ある意味大戦争だったのではないでしょうか。敵味方関係なく、戦争や紛争によって多くの人々が傷つき、不安に陥る。そうした社会や生活を表現する。生きる時代や国を誰も選べない。その運命を受け入れながら人々は生きてゆく。素晴らしいです!


★ギターは一時期、バンシーズのメンバーでもあったロバート・スミス(ザ・キュア―)です♪



★スージー&ザ・バンシーズの多くの美麗写真で構成されています。
途中、日本の旭日旗を背景に漢字が描かれた和装姿のスージーも。
旭日旗は日本の自衛隊旗であり勝利祈願、応援の旗です。
いちいち変な事を云って来る、不思議な友好国なる隣国を憂いますが、デザイン的にも「ライジングサン・フラッグ」として海外では人気が高いのです♪

 
 ●追記●
 日本は大国米国と戦い負けました。戦争をしながら映画も撮っていた余裕の米国にです。でも、そんな日本を友だと想えるのも、また米国なのかもしれない...そんな気もしています。やや嫌米なのですが、米国の文化や人々に対してではなく。そういう意味で、昨今の中国や韓国の抗日、反日の政府方針を嫌悪。政治に関心の無い人でも嫌でしょう!日本も相変わらず自国の意志表示が出来ない政府で、国内、国民に対しては説明なしで公約違反を邁進。複雑な想いの日々ですが、長い歴史の中で、常に自然災害と共に生きて来た日本人ならではの連帯。イデオロギーを超えた、日本人特有の精神のようなものはそう容易く失われるものではないと想っています。受け継ぐものは形になったものだけではなく、もっと尊く崇高なものでもあると。そして、この様な日本人の精神的なものに美を感じる異国の人々もいる。

 どの国の民族にも誇りがある。愛国前提の右派左派を諸外国から教えて頂きました。日本では愛国=右翼、反体制=左翼のような世代ゆえに。誤解されている方が多いですが、尊敬しております石原慎太郎氏は保守ながら左派(国防に於いてはタカ派)という稀有なるお方。その上、政治家云々では捉えきれない。何よりも揺るぎない日の丸が刻まれた愛国者であるのは間違いない。愛国者の何が悪くて、左翼や右翼の何が悪いのだろう。直ぐに正義とか悪で片付けようとする米国の統治政策の賜物かもしれない。友人が「自民党の批判をすると左翼だと云われた。」と語っていました。なんでしょう?!翼には左右必要。どちらかに偏ると危ないです。今ではそんな安易なレッテル貼りが嘘だと分かり心は晴れ晴れ!そして、多様な意見に耳を傾け、理解出来なくても異国の其々の文化や歴史を尊ぶ寛容さをも大切にしたいと想います。発展途上国と云われる国々も文化や歴史、宗教や慣習を持つ人々にとっての大切な祖国。何も経済大国が一番だとは想えないのです。経済より大切なものもある、と☆
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by claranomori | 2013-10-31 17:05 | 想い・鑑賞・読書メモ
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 大好きなフランソワーズ・アルディの『私の詩集』より。下の映像にはピエロがふたり。私はお人形が好きですが、棺に入る折に一緒に居てほしい子は一人だけと決めている、今のところ。その子とはもう20年以上一緒に暮らしている。ちょっと大きいけれど成長しないで少女のまま。いつも静かに私に話しかける。音にならない声。私は愛おしくて声を出して話しかける。時に「ありがとう」と抱きしめる。凄く悲しい時、不安な時、怖い時...私の危機を幾度もその小さな少女は助けてくれた。幼い頃からお人形で遊ぶことが大好きだった私は、自分の心の中の言葉をお人形に託してお話してもらっていた気がする。あまり仲間外れはしなかったけれど、格別お気に入りのお人形には特別のお部屋を作ったりしたものです。

 この「私は知らない」は以前綴った「私の騎士」と同様に作曲はトゥーカ。でもこちらはアルディの作詞。やはり詩はアルディご本人のものの方がより好き。邦題は「私は知らない」で「Je ne sais pas」と始まり曲中幾度か出てくる。原題は「La question」。アルディの世界が好きなのは私の感情がすんなり入ってゆけるから。気負いなどなく。そして、問いかける、自分自身に。私が私に「なぜ?」と問う。答えが見つからないままのことばかり。それでも私は「なぜ?」と疑問をずっと抱えて生きている。それは性分だろう。子供の頃から両親に「どうして~」と尋ねてばかりいた。私の親友のような甥が似てしまったのか、小さな頃から私に「どうして~なの?」と質問攻めに合う事もしばしば。とても答えるのに躊躇したり考えたり、新鮮な感動を得たものです。

 自分の心を探ることで見えるものもある。永遠に分からないものもあるだろう。それでも「なぜ?」と問い続ける気がするのです。なぜ生きているのか?と問うと、大事なものが浮かんでくる。その時々で想いも違うけれど。このアルディの「私は知らない」の中に「あなた」も沢山出てきます。あなたと書いたのですが「tu」なので親しい間柄の人。その「あなた」の中にもう一人のアルディがいるようにも思えたりします。レコード世代なのでCDよりレコードの方が多いのですが、私のレコード棚で一等多いのはフランソワーズ・アルディなのです、ボウイではなく。「好き」の感情にも色々あるけれど、歌声がメロディーと共に、そして歌詞を想い、そこから私自身への問いへと繋がる。そんな音楽は私にとってはフランソワーズ・アルディが最高峰のようなのです。

フランソワーズ・アルディ / 私は知らない
FRANCOISE HARDY / LA QUESTION
作詞:フランソワーズ・アルディ 作曲:トゥーカ 1971年

私は知らない
あなたがどんなひとなのか
私は知らない
あなたの希望が何なのか
私はいつでもあなたを
知りたがり
あなたの無口が また
私の沈黙をおびやかす

私にはわからない
なぜここにとどまるのか
この海で 
私は溺れかけているのに
私にはわからない
なぜここにとどまるのか
この風で 
私は息がつまりそうなのに

あなたは血
私の傷口の
あなたは火
私のやけどの
あなたは問い
答えの無い
叫びは声にならず
私は沈黙する




★此処、「クララの森・少女愛惜」は私の心の支柱のような、そんな事をつらつらと綴っています。音楽のことは、大好きな映画や文学、絵画について想いを綴る折よりも、何か抑圧のようなものを感じたりして躊躇しがちでした。別に音楽ブログ的に開設したり。でも、もうずっと大好きな音楽の核なるものは変わらない。自分のブログなのだから、自分の言葉で拙くてもその時の想いを綴れば良いかな...と。なので、此方でも、音楽のこと、大好きな曲のこと、もう長くずっと好きであり続けているアーティストのことなどを、これからは気楽にその時々の想いを記しておこうと想います。不規則な更新ですのに、更新を待ってくださる方が居て下さる事に感謝しています。お気軽にコメントなどください。また、知らないことだらけなので、色々と情報交換させて頂きたいです。皆様、いつもありがとうございます!
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by claranomori | 2013-10-29 10:12 | 私的少女音楽★愛しき歌姫
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 今日の早朝、ルー・リードが71歳で逝去、というニュースに心がざわめく。いつもの如く、直ぐにピンと来ない。驚いたのだけれど、またじわじわと悲しみが込み上げて来るのだろうか?と。そして、レコード棚に向い、ルー・リードの『ブルー・マスク』をターンテーブルに乗せ針を下す。その辺りくらいか、涙が溢れ今も泣き止んでは泣いている。10代の多感な時期に出会えた愛しき音楽たち。そんなミュージシャンやアーティストが亡くなってゆく。私もあれから30年以上という歳を重ね続けているのだから不思議ではない。ルー・リードは今年の5月に肝臓移植の手術を受け、闘病生活。再びライヴの予定も入っていたけれどキャンセルされた。奥様のローリー・アンダーソンは「かなり深刻な状態」とおっしゃっていた...。

 ヴェルヴェット・アンダーグラウンド!今では普通にCDが買えるけれど、私が10代の折はレコード屋さんに行っても無かったのです。私は「ヴェルヴェット・アンダーグラウンド」よりも先に「ルー・リード」や「ニコ」のソロ・アルバムを買い聴き始めました。きっかけはデヴィッド・ボウイ。私に限らず、ルーの影響を受けた次世代、また次の世代のミュージシャンたちはこの後も継承されてゆくのでしょう。世界的にまだルー・リードの名は有名では無かった70年代初頭。この優れたソングライターであり、ロック詩人をイギリスで紹介したのはボウイです。ボウイは、米国と英国のロックの橋渡し役を果たした事にもなります。イギ―・ポップの存在も同様に。
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 取り留めなく綴っています。今日は想いを綴っておきたいもので。何故、涙が溢れるのだろう、と考えてみる。タイムスリップするのです。いとも簡単に、あの頃に。あの学校の教室や廊下から眺めていた裏庭...色々と懐かしい風景に再会する。ずっと音楽が大好きで聴いているけれど、あの頃の、レコードを買うことが楽しくて、帰りの自転車での道のりのわくわくする気持ち。一目散に部屋に戻りプレーヤーにレコードを乗せる、あの瞬間の喜びは、その後、今の感動とも少し違う気がするのです。こうして、あの頃の私に思いがけず再会する度に、懐かしさと共に、何か寂しさのようなものも...。

 あの頃持っていたボウイのレコードは、所謂「ベルリン三部作」や、初めて映画館で観たドイツ映画の『クリスチーネ・F』のサントラなど数枚だけ。名盤!名盤!と音楽雑誌の記事で目にして来た『ジギー・スターダスト』はまだ買えずにいた。中古盤屋さんなど知らず、自転車で行けるレコード屋さんは日本盤がメイン。片隅に輸入盤のコーナーがあるのだけれど、毎月お小遣いをもらってはボウイのコーナーに一目散!でも、コーナーにあるレコードは変わっていない。次第に店長さんと会話するようになり、まだ聴けないでいる『ジギー・スターダスト』と双璧を成す、と記事に書かれていたルー・リードの『ベルリン』のレコードを尋ねた。「ああ、廃盤ですね。」って。音楽雑誌に「デビッド・ボウイー」という固有名詞を見つけたら、もう一言でも嬉しくてその文章を好きになっていた。そんな中、ボウイがルー・リードのプロデュースをした『トランスフォーマー』というアルバムの事を知る。すっかり行きつけのレコード屋さんになっていた私は、メモを店長さんに渡したりして探して頂く事も増えた頃。「ちょっと待ってくださいね。」と調べてくださる。「ルー・リード」というコーナーが無いので、私は何処かにあるのかも?と期待しながら。でもやはり、「廃盤ですね。」って。そんなお返事を幾度も頂いた。

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 けれど、その後結構直ぐにRCA盤の再発があり、ルー・リードの『トランスフォーマー』と『ベルリン』を買うことが出来た。『トランスフォーマー』ではボウイとの共作もあり、ボウイのバック・ヴォーカルも聴けるので、お気に入りのアルバムに。どんよりとした退廃的なベルリンの町を思い浮かべながら『ベルリン』を聴くうちに、物悲しき美しさを溺愛するようになって行った。映画が小学生の頃から好きだったので、音楽を聴きながら異国に思いを馳せる中で、乏しい知識ながらも浮かぶ景色があったのだと想う。そうして一途に耽美派ロック的な音楽に傾倒して行った。

 愛しき音楽たちに感謝!ありがとう、ルー!さようなら、って一応想うけれど、さようなら、ではない。だって、これからもずっとルー・リードの音楽を聴くだろうから。ただ、新作はもう聴けない。来日も無い。でも、二度ライヴを拝見できた。あの一曲一曲が心に突き刺さり、あのギターの音が心臓に悪いくらいに響く、あの感動は忘れない。今も「ニコ」は生きているような気がするのですが、きっと、ルーのことも、そんな風に想いながら、これからも生きてゆくのだと想えます。私の大切な心の住人たちなので☆
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★ルー・リードの初期大名曲の「Rock and Roll」!
もうお一人のギターはロバート・クイン(元リチャード・ヘル&ザ・ヴォイドイズ)です♪


★ボウイの究極のロックンロールはヴェルヴェット・アンダーグラウンドの「White Light/White Heat」だそうです。ボウイの50歳のバースデー・ライヴでの「キング・オブ・ニューヨーク」(ボウイ曰く)!ルー・リードとの共演ヴァージョンの「I'm Waiting For The Man」です♪


★ルー・リードの名曲は沢山ありますが、ボウイ繋がりの大名曲「Satellite of Love」も♪

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by claranomori | 2013-10-28 21:40 | 耽美派少女の愛した音楽たち
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 モッズ・アイコンあるいはモッズ・ファーザーとも呼ばれるポール・ウェラー(PAUL WELLER)はザ・ジャム(THE JAM)の頃から今も大好き。熱狂的なファンの方々には恐縮ながら、少女時代の私がまたしても動く映像から知り得たお方です。所謂ポスト・パンクとかニュー・ウェイヴという時代で、ザ・ジャムも後追い。最初に買ったのはラスト・アルバムとなってしまった『ザ・ギフト』でした。

 ザ・ジャム(THE JAM)という名は音楽雑誌の「パンク」という括りでもよく登場していたので名前は知っていた。思えば、小学生の頃、「今、ロンドンでは」とか「パンクファッションが大流行」というような記事を目にしていた。ストリートを歩くパンクファッションに身を包んだ人々が載っていた。けれど、私は特に感化されることもなく漠然としたイメージだけが残っていた。少女マンガの中の美少年や美少女、郷ひろみの方が断然「美しい!」存在でした。その時の私が中学生や高校生ならもっと違ったかもしれないけれど。

 そんな私がデヴィッド・ボウイという存在を知り、「この世の者とは思えない美!」を動くお姿に感じたことから一気に、瞬く間に洋楽へと傾倒してゆく。次第に多感な年頃にもなり体調を崩したりと帰宅組になって行った頃。多分、「パンク特集」のような紹介の中でのザ・ジャム(THE JAM)であったと想うけれど、それまでのイメージが吹っ飛んでしまった。先にパティ・スミスやリチャード・ヘル、テレヴィジョン等のニューヨーク・パンクが好きだったけれど、彼らとも違う。スーツとネクタイ姿の3人。ヴォーカル&ギターは若き日の10代のポール・ウェラー(PAUL WELLER)!「これがジャムなんだ!!」っと画面に釘付けとなる。スリムな体型でカッコイイのでした。また、お顔も実に美形であるので、私はその日から「ポール・ウェラー」のファンとなったように想います。どんなギターをお持ちでどんな音楽を作られても、ポール・ウェラーの作品なので気になるという存在。実にミーハーなのですが、私の心が躍るのだから理屈などどうでもよいと想う。

 私は白人音楽で育ったと想う。今も店主に比べてブラック・ミュージックの知識も希薄。「モータウン」という音楽を聴いてみようと想ったのはポール・ウェラーが影響を受けたと聞いて。カーティス・メイフィールドのアルバムを聴き感動できたのもポール・ウェラー経由のこと。ポール・ウェラーに興味を持てずに居たなら、今も聴いたことはなかったかもしれない。ボウイやルキノ・ヴィスコンティや耽美好きの私がポール・ウェラーに熱を上げる様を友人に「理解できない...」と云われた。きっとポール・ウェラーの「熱さ」のようなもの、基本にあるブラック・ミュージック的なものを強く感じ取られるからだろうと想った。けれど、ボウイだってルーツにはブラック・ミュージックは欠かせないけれど。私はボウイやポール・ウェラーが影響を受け、吸収して作られてゆく作品たちが好きなのであり、何よりも容姿が美しいことが私には大きなことでした。なので、「理解できない」と云われても上手く説明することすら出来ずにただ「カッコいいから♪」って、トキメクことしかできないのでした。

 「好きだ!」と想うことに音楽理論など無くても良いし、追求したければする。「カッコいいことは時にカッコ悪く、また、カッコ悪いことが時にカッコいい!」ことだってある。その感じ方は人それぞれだろうし。「好きだ!」と想うことを安易なイメージのみで否定された時ほど悲しいことはない。伝わらないから口籠ってしまう自分も情けないけれど。私は知らないことは知らないし、好きなことは好きを突き進むだけ。薀蓄は後から自然と付いて来るので、そうしたことを含めて日々発見と学びの連続です。
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 ●追記●
 多感な時期に出会った音楽たちに心から感謝しています。30年以上もずっと好きでいられる音楽たちがあること。また、今では動画も色々拝見出来る時代になり、遭遇してはドキドキ、きゃあ!って心ときめくのです。ポール・ウェラーという存在や音楽は、「耽美派ロック」ではないのですが、10代の私がザ・ジャムやザ・クラッシュの姿から何かを感じたのだと想えます。社会に対するメッセージ、彼等の主張が曲の中にあり、あの真っ直ぐな真摯な姿、眼差しに魅了されたのです。なので、次第に好きなものたちと社会や様々な思想が繋がり合いながら、今、私はどう感じ、どう想うのか、と。洋楽は英国が入口。英国と云えば、子供の頃、百科事典の世界の国旗がカラーで載っているページを眺めては、「ユニオンジャック」が一際カッコよく想えたものです。勿論、日の丸のシンプルな美しさをも痛感しているのですが。ザ・ジャムのライヴ、衣裳などでもユニオンジャックをよく目にしたものです。

 英国には労働者階級、中産階級、上流階級とあります(日本も次第に格差社会になっている気がして憂います)。政治思想も右派左派あれど、祖国を愛するという点では同じ想い。当たり前のことだと想います。どうも日本は直ぐに二項対立思考になりがちで変です。多様な意見や思想があって当然なので主張し語り合えば良いと想います。どこのお国の方でも、自国を誇りに想って当然。そして、異国の文化や歴史を尊ぶ。多文化交流は素晴らしい。けれど、反日教育をするお国が隣国という悲しさ。隣国との関係も複雑化しています。領土、原発、TPP、移民問題も気になりますが、感情的に陥らずに私はどう想うか、と、日本の大事な諸問題を受け止めながら日々を過ごしてゆきたいと想います。敢えて云うこともないのですが、「私の愛する世界」には「愛しき日本」もあることを幸せに想います☆

★初めて観た映像はポール・ウェラーが高くジャンプするライヴだったのですがファッションは似ています。1977年のジャム(THE JAM)の名曲「IN THE CITY」です♪


★心ときめくポール・ウェラーのお若き頃のお姿!「Going Underground」も♪

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by claranomori | 2013-10-25 21:05 | 耽美派少女の愛した音楽たち