あまりにも私的な少女幻想、あるいは束の間の光の雫。少女少年・映画・音楽・文学・絵画・神話・妖精たちとの美しきロマンの旅路♪


by chouchou
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<   2013年 03月 ( 4 )   > この月の画像一覧

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★アニエス・ヴァルダ監督の『冬の旅 (さすらう女)』(1985年)。原題は「屋根も無く、法も無く」あるいは「ヴァガボンド」。美しく詩的な映像で始まる寒い冬の南仏の木々。アニエス・ヴァルダ監督のナレーションが聞こえる。その中で、少女モナは”海からやって来たのかもしれない”と。凍てつく寒さの中、海で泳いでいる。この18歳の少女の死を映し出し、彼女に出会った人々の証言たちが。彼等はモナが死んだ事を知らずに語ってゆく。初めて観た折の私は正直モナを好きになれなかった。ヴァルダの作品はそれでも美しく、また、モナの何かが私に記憶され続けていた。年月を経て、今想う事はモナの反抗、自由、孤独の中に見る崇高さのようなものに憧れるのだろうか。イデオロギーに反発するのでもなく、モナは失うものを持っていない。それは孤独と表裏一体。「孤独」や「自由」って何だろう...人は誰もが孤独ではないか。でも、モナの孤独は死を持って崇高さを獲得したようにも想う。私は「自由」というものを真剣に求めたことなどない。育った環境や教育、モナの年の頃はバブルな時代を過ごしていた。また、私は「失いたくないものがある」。それ故に、社会との鬩ぎ合いの中でバランスを保ちながらどうにかこうにか生きている。ちっぽけな私の愛する王国のために。人生は苛酷なものであるという前提にそれでも、空を見上げることを忘れたくはないと。蒼い幻想...。

アニエス・ヴァルダは戦中、戦後、60年代という、激動の時代を体験して来たお方。この映画の中でプラタナスは重要。アメリカからやって来た菌に侵されたプラタナスは、後30年で朽ちてしまうという(ドアーズの音楽が使われている)。それを放っておいてはいけないと研究している独身の女性教授ランディエ。証言の中で、彼女はモナを置き去りにしたことを後悔し、助手にモナを探して連れ戻すように依頼している。しかし、終盤、助手はモナを駅の構内で見つけるけれど、ランディエ教授には見つけたと言わなかった。彼は当初からモナの汚れた髪や衣服、悪臭を敬遠していた。教授は寛容で「もう慣れたわ」と語っていた。私もモナと知り合えたら慣れていただろうか。毎日幾度も手を洗う癖のある私がモナの垢だらけの指を我慢できただろうか(これは、単なる私の病理的なことに過ぎないのだけれど)。複雑な想いが巡る中、それでもこのモナは光の少女として映る。美しいとも想う、このアンビバレントな気持ちは何だろう。きっと、私には持ち合わせていない「自由」を持つ少女が羨ましいのかもしれない。

それにしても、ヴァルダというお方は強靭だ。純粋無垢な少女として敢えて描いてはいない。モナは行きずりの男性と共に過ごすし、少女の汚れた爪を映し出す。女性監督ならではの感性、と言っても様々なのだと幾人かの女性監督が浮かぶ。私は映画を娯楽として愉しみ、また、多くのことを学び思考を強いられ苦しくなることもある。この作品はそんな一つ。サンドリーヌ・ボネールは撮影当時このモナと同い年位。素晴らしい女優さま!

モナは旅を選んだ。路上には、日常的な暴力があり、飢えと渇き、恐怖、そして寒さがある。彼女はそれを生き凌ぎ、何事が起ころうと、誰に出会おうとも意に介さない。私自身、彼女にひどくぞんざいにされた。が、それだけいっそう、彼女の孤独に胸をうたれる。

アニエス・ヴァルダ

このお言葉にあるラスト「私自身、彼女にひどくぞんざいにされた。が、それだけいっそう、彼女の孤独に胸をうたれる。」を読み、私は涙に溢れた。救われた気がしたのです。上手く心を綴れないけれど...。
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【あらすじ】 少女がひとり、行き倒れて寒さで死んだ。誰に知られる事もなく共同墓地に葬られた少女モナ。彼女が誰であったのか、それは彼女が死ぬ前の数週間に彼女と出会った人々の証言を聞くほかなかった。また、証言でわかるものでもない。少女の名はモナ(サンドリーヌ・ボネール)、18歳。寝袋とテントを担いでヒッチハイクをしながらのあてどのない旅。時折、知り合った若者と宿を共にしたり、農場にしばらく棲みついたりすることはあったものの、所詮行きずりの人々にモナがその内面を垣間見せることは滅多になく、また何処ともなく消えてゆくのが習いだった。ある時、プラタナスの病気を研究している女性教授ランディエ(マーシャ・メリル)がモナのことを拾う。ぽつりぽつりと自らのことを語るモナ。ランディエも彼女に憐れみを覚えるが、結局どうすることもできず、食料を与えて置き去りにする。モナは森の中で浮浪者に犯された。またしても放浪の旅を続けるモナはついにはテムの街で浮浪者のロベールたちと知り合い、すっかり荒んだ様子になってしまった。そしてそこへ、前にモナと空き家の別荘で暮らしていたユダヤ人青年ダヴィッド(パトリック・レプシンスキ)がやってきて、マリファナの取引きのことでロベールといさかいになってモナの住んでいたアジトは火に包まれてしまう。すっかり薄汚れて再び路上に戻ったモナはパンを求めて近くの村に赴くが、今しもそこはブドウ酒の澱かけ祭のさなか。何も知らないモナは彼女に澱をかけようとする屈強の男たちに追われ、恐怖に顔をひきつらせ、そのまま力尽きて路傍に倒れ込む。

冬の旅 / SANS TOIT NI LOI
1985年・フランス映画
監督・脚本:アニエス・ヴァルダ 
撮影:パトリック・ブロシェ 音楽:ジョアンナ・ブルゾヴィッチ 
出演:サンドリーヌ・ボネール、マーシャ・メリル、ステファン・フレイス、
ヨランド・モロー、パトリック・レプシンスキー、マルト・ジャルニアス

関連:いつまでも大好き!★カトリーヌ・ランジェ:CATHERINE RINGER(レ・リタ・ミツコ:LES RITA MITSOUKO)♪

※この『冬の旅』は2009年に綴ったものに画像追加いたしました。
以前の映画雑記を少しずつ整理しています♪
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by claranomori | 2013-03-24 15:54 | 銀幕の少女たち・少女映画
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★「なぜ?」と問いながら生きてゆく。それが人生なのだと想いながら、ふと懐かしいフランス映画が脳裡に蘇り、深夜観返していました。多分3度目ですが、前回観た折は超平和ボケの頃で、ただただ少年同士の友情や別れに号泣するばかりでした。けれど、今回は細部の台詞や時代背景などを注意しながら観ることが出来、戦中戦後、現在の日本の状況とも重なり合う部分が多々あることに気づき想いもさらに。

前々から、フランスに親近感を抱いているのですが、そんなお話を友人にすると、私が長年フランス贔屓なので日本との親和性を見つける脳になっているのでは、という愉快な会話。自分でもそうかもね...と想うので、出来るだけ冷静に鑑賞してゆきたいです。けれど、やはりシンパシーを抱きます!フランスは戦勝国ながらドイツ、ナチス占領下にありました。日本は敗戦後GHQ占領下にありました。お国柄も人種も異なりますが、この『サンドイッチの年』の中で描かれる幾多の共通項故に。主人公はヴィクトール少年(演じるトマ・ラングマンはクロード・ベリの息子さん)と彼を雇い面倒をみてくれるマックス小父さんとも云えます。共にポーランド系ユダヤ人で家族を失っています。マックスはクズ屋(字幕に依る)を営んでいるけれど、戦後のどさくさで闇市商売をしている人々、GI(アメリカ)、フランスのキリスト教者たちに対して距離を置いて生活している、やや頑固な小父さん。近隣の人々が戦後すっかりGI及びアメリカ製、英語、米国という異国に憧れを抱いている様子とは対照的なユダヤ系フランス人で、ユダヤ人としての誇りを強く持ち続けて生きているのですが、異教である十字を切ることも出来る。
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日本ではユダヤ人ということでの排他的気運からは離れて来たものの、イラン、イラク、イスラエル、パレスチナへの姿勢はアメリカに倣え。朝鮮戦争もあり二つに分かれた韓国と北朝鮮との関係もねじれたまま、根本的な問題を棚上げにしながら混沌化。白洲次郎氏の「アメリカは食料だけはくれた」というような記述を読んだ事があります。日本を奴隷制度にしなかったアメリカは、嘗てのフランスやイギリスのアジア諸国で強いていた植民地制度とは異なり良かったと想います。今想うのはやはり異国、異教徒の人々との共生は言葉では「お互い寛容に」と想いながらも、そんな言葉も薄っぺらいものに過ぎず、分からないものは分からない。けれど、異なる国家や文化に対してお互いが理解を示そうと歩み寄る対話は拒絶してはならないように想うのです。それらを戦後日本はお金で解決しようとばかりして来たのではないでしょうか。故に、隣国(中国、北朝鮮、韓国、ロシアと地政学的に大変ピンチな状況!)との摩擦が生じたまま解決策も見いだせないまま今日に至るような。

陽がまた昇る限り いい日も来る。
今年のような年は、ハムの薄切れのようなものだ。
2枚の厚いパンの間にはさまって、つまり、サンドイッチの年だ。
そういう時はよく噛みしめなきゃならん。
カラシが一杯で涙が出ても 全部食べなきゃならんのだ。
全部だ、いいな。

このように終盤、ヴィクトールにマックスが語ります。ここで込み上げてくるように涙が溢れました。嗚呼、美しくも儚く過ぎゆくけれど、決して失われはしない10代の風景!兎に角、再確認できた事の一つはマックス役のヴォイチェフ・プショニャックはやはり素晴らしい俳優だ、という事です。ポーランド(現在はウクライナ)出身の、アンジェイ・ワイダ監督作品に欠かせないお方であり、大好きな『コルチャック先生』でヤヌシュ・コルチャックを演じていたお方です。歳を重ねる毎にアンジェイ・ワイダ監督や石原慎太郎氏が好きになってゆく私ですが、色々と合点!因みに、この主人公のヴィクトールの年齢は15歳(石原慎太郎、浅利慶太、大島渚は皆ヴィクトール少年と同年齢)。この『サンドイッチの年』での舞台となる年は1947年7月~8月。第二次世界大戦中と戦後を、サンドイッチの年として現体験している世代の方々なのです。これは逃れようのない運命とは云え、その体験から来る想いは書物で詰め込んだ歴史観、国家観よりもずっしりと重く響くようです。日本を想い社会と共闘して来た先輩方にイデオロギーや思想の差異はあれど、私の世代などには希薄な何か連帯、仲間という意識が強く心に刻まれているのだと想え、憧憬のような気持ちも抱きます☆

サンドイッチの年 / LES ANNEES SANDWICHES
1988年・フランス映画
監督:ピエール・ブートロン
製作:フィリップ・デュサール
原作:セルジュ・レンツ 脚本:ピエール・ブートロン、ジャン=クロード・グルンベルグ
撮影:ドミニク・ブラバン 音楽:ロマン・ロマネッリ
出演:トマ・ラングマン、ニコラ・ジロディ、ヴォイチェフ・プショニャック、ミシェル・オーモン、クロヴィス・コルニアック、フランソワ・ペロー

【あらすじ】 1947年7月、15歳の少年ヴィクトール(トマ・ラングマン)は、両親がナチスに連れ去られて以来、初めてパリに戻ってきた。地理に不案内な彼は地下鉄構内で、伯父さんの仕事を手伝うためにパリに到着したばかりの金持ちの息子フェリックス(ニコラ・ジロディ)と出会い、すっかり意気投合する。彼の案内でかつて住んでいたアパートを訪ねるヴィクトールであったがそこにはもう彼の知る人は誰も住んでいなかった。途方にくれて街を彷徨い歩いているうちに古物商の戸に貼られた求人広告を見つけ、行く宛のない彼は店主のマックス(ヴォイツェフ・プショニャック)に雇ってくれるように頼み込み、やがて屋根裏部屋に住み込みで店の手伝いをする事になったヴィクトールは、おこりんぼで皮肉屋、一筋縄ではゆかない偏屈者、しかしユーモラスで傍若無人の頭の裏には温かい心が隠されている複雑な人柄をもつマックスにあたふたと振り回される日々と、親友フェリックスとの心躍る出来事に満ちた楽しい休日の中で生活してゆくことになる。ところがそんな時に、闇取引をしている少年ブブル(クローヴィス・コルニヤック)と接し、その取引の場に首を突っ込むことになった二人は、予期せぬ事件からフェリックスが大怪我をうけたことにより、彼の家族から交際を禁じられてしまう。すっかり落ち込んでしまうヴィクトールに、マックスは静かに穏やかに、そして優しく温かく彼をなぐさめるのだった。だれの人生にも“サンドイッチの年”がある。人生の中で最も中味の濃い時期、噛めば噛むほどに味わい深くなる人生のちょうどつなぎの年、ヴィクトールにとって今がその“サンドイッチの年”なのだ、と……。(参照:MovieWalkerより)
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by claranomori | 2013-03-21 10:36 | 銀幕の美少年・少年映画
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★川端康成(1899年:明治32年6月14日~1972年:昭和47年4月16日)の『美しい日本の私』 という講談社新書から引用させて頂きながら日本を憂う日々です。この川端康成の『美しい日本の私』は1969年に刊行されたもので、前年1968年にノーベル文学賞を受賞された折の講演文です。なのでそんなに長い文ではないのですが素晴らしいのです。日本の美を作品の中で描き続けて来られた文豪の晩年は、1970年の三島由紀夫の死とも呼応するかのようで感慨深いものがあります。

一輪の花は百輪の花よりも花やかさを思はせるのです。開き切った花を活けてはならぬと、利休も教えてゐますが、今日の日本の茶でも、茶室の床にはただ一輪の花、しかもつぼみを活けることが多いのであります。冬ですと、冬の季節の花、たとえば「白玉(しらたま)」とか「侘助(わびすけ)」とか名づけられた椿、椿の種類のうちでも花の小さい椿、その白をえらび、ただ一つのつぼみを生けます。色のない白は最も清らかであるとともに、最も多くの色を持ってゐます。

引用: 川端康成 『美しい日本の私』 より

川端康成は、この九年間座り続けながら思考沈黙の果てに悟りの境地に達したとされる、達磨大使の道歌を例えに無念無想の境に入り、「我」をなくして「無」になる修行に触れています。この「無」は西洋風の虚無ではなく、寧ろその逆の、万有が自在に通う空、無涯無辺、無尽蔵の心の宇宙なのだと。思索の主はあくまでも自己、さとりは自分ひとりの力で開かねばならなず、論理よりも直観です、とも。

問へば言ふ間はねば言はぬ達磨どの
心の内になにかあるべき
一休

もうひとつ一休の道歌を例えに道元や、日本の花道や庭園の「枯山水」に触れています。「山水」といふ言葉には、山と水、つまり自然の景色、山水画、つまり風景画、庭園などの意味から、「ものさびたさま」とか「さびしく、みすぼらしいこと」とかの意味まであり、茶道が尊ぶ「わび・さび」は勿論、寧ろ心の豊かさを蔵してのことであり、却って無辺の広さと無限の優麗とを宿しているのだ、と述べています。

心とはいかなるものを言ふならん
墨絵に書きし松風の音
一休

そして、最初に引用させて頂いた『美しい日本の私』 での川端康成の言葉。私はとても好きです。この「色のない白は最も清らかであるとともに、最も多くの色を持ってゐます」とは何とも日本人的美意識でしょう!けれど、今の日本はこの美学からかけ離れ、きっといつの日にかこのような日本は失われてゆくのではないだろうか、と懸念を抱く今日この頃なのです。以前に岡倉天心の 『茶の本』と日本の美を考えていた折からさらに、この憂国の念は深まるばかりです。進歩と変化は必要だと想うのですが、戦後アメリカによる日本解体の威力はやはり大成功であったのだ。アメリカン・ドリーム、ましてや北朝鮮の地上の楽園などは嘘だったのに、何かを信じながら戦後焼け野原になった日本を、ここまで立て直してくださった先輩方に敬意を表する気持ちと重なり合う複雑な想いが募ります。

●追記●
「美しい日本」と安倍首相がおっしゃる。先の衆議院選挙での自民党のポスターはどう書いていたのか?「ウソつかない」「TPP断固反対」「ブレない」「日本を耕す」と。でも先日TPP参加表明されました。よく分からない会見のまま突き進むことに懸念。川端康成の云う「美しい日本」とは「かつての日本」、「かつてあった日本」なのではないでしょうか。「TPPの交渉参加に反対!」「比例代表は自民党へ」と云いながら、まるでペテンのようなTPP交渉参加、そして日中韓FTAの交渉も今月26日から開始されると報道。日本は世界に開かれているではないですか。私は決して反米ではないのですが強国アメリカに追従の道は、もうそろそろ軌道修正する時ではないのだろうか、と想うのです。自国を守ることすら出来ない日本、伝統や文化を守ることが出来ない今の日本を、先人たちはどう想われるでしょう。あゝ、憂国の日々☆

b0106921_1264344.jpgb0106921_1262022.jpg嘘ばっかり!TPPも日中韓FTAも反対です。もっと説明と議論を!・・・でも邁進の道のようですね。日本が再び経済バブル?希望の光だとか。違う気がします。「美しい日本」っていったい何?

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by Claranomori | 2013-03-20 23:57 | 愛の花束・日本の抒情
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★確定申告や風邪気味続きのバタバタした日々を送っているのですが、久しぶりに懐かしい想い出の映画のことを。ジム・ジャームッシュ監督の『ストレンジャー・ザン・パラダイス』という映画を先月観返していました。1984年作品ですが日本公開は1986年。80年代初頭辺りからヴィスコンティやフェリーニ等のイタリアの巨匠のリバイバル映画、トリュフォーやゴダールなどのヌーヴェル・ヴァーグ作品を後追いする日々がとても愉しかったものです。そして同時代の新しい映画も今よりずっと観ていました。このジム・ジャームッシュ映画に興味を抱いたのは、ジョン・ルーリーが出演されていると知った事が大きい。所謂〝NO NEW YORK”一派で、弟のエヴァン・ルーリーやアート・リンゼイ等によるラウンジ・リザーズというバンドの音楽が好きで、中でもジャケットに写るジョン・ルーリーが素敵だなあ、って。そんなミーハーな気分でこの『ストレンジャー・ザン・パラダイス』、『パーマネント・バケーション』、『ダウン・バイ・ロー』とジム・ジャームッシュ作品が一気に日本公開されたものでした。音楽は全てジョン・ルーリーが手掛けており、御大トム・ウェイツも出演していて歓喜!ジム・ジャームッシュはカンヌ映画祭で強い。本国アメリカより日本での人気の方が高かったとも云われていました。

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この『ストレンジャー・ザン・パラダイス』の劇中に、さり気なく小津安二郎監督の『東京物語』の事が出て来たり、ジム・ジャームッシュ監督の独特の表現手法の中に日本的な〝間”、ジャームッシュ解釈による日本の和の精神からの影響を垣間見ることが出来、また新鮮な想いを抱きました。かなり時を経る中で私なりに多少の薀蓄も積もる故の発見。当時の私の今作の印象は、ざらついた映像的な新鮮さ、淡々とした人物描写、飛行機、コミカルなロードムービー...そんな断片的な映像が残像としてこれまで漠然とあったに過ぎず。けれど、今の私の関心はやはり〝ストレンジャー”とは?或いは〝パラダイス”とは?に向う。ハンガリーからアメリカへやって来て10年になるウィリー(ジョン・ルーリー)と、アメリカにやって来たばかりの16歳の従妹エヴァ(エスター・バリント)によって、パラダイス=アメリカをシニカルに感じることが出来たという感じ。アメリカに馴染もうとする青年と、醒めた少女の対比と結末が面白い。

そこで〝ポストコロニアリズム”に再会する事になり、想えばかなり長年、この問題が気になっているのです。この映画のアメリカに住む異国人の主人公たちのみならず、世界中で今も問題はなかなか解決出来ず深い根を下ろすことになっていること。1984年というとまだ米ソによる冷戦状態で、この年の夏にはアメリカのロサンゼルス・オリンピックが開催された。けれど、ソ連を始め東側14か国が不参加でした。オリンピック競技では体操が一等好きな私はとても残念な物足らない大会だったことだけは憶えています。

ポストコロニアリズムとは、20世紀後半、第二次世界大戦後、世界が脱植民地化時代に突入すると、それまで植民地だった地域は次々に独立を果たしたが、こうした旧植民地に残る様々な課題を把握するために始まった文化研究のこと。
(参照:wikipedeiaより)

けれど、今一つ日本では馴染まないポストコロニアリズムなる理論なり運動な気がします。フランスでも然り。それはやはりこのポストコロニアリズムがアメリカ的だからではないでしょうか。ソ連の崩壊後、世界の中心は強国アメリカである。多文化共生、人類皆兄弟の思想は素晴らしい。けれど、今世界中で民族、宗教、文化の差異による諸問題は大問題となっています。差異を、権利を主張し過ぎると逆に際立たさせる事にもなる。日本でも在日外国人(殊に在日朝鮮人)問題が深刻化しているのは、日本で生活する人間同士として長く生きているのに、韓国や中国は国家政策として抗日、反日教育をして来た。日本の状況も複雑ながら、ヨーロッパもかなり複雑。陸続きの戦争の繰り返し、アメリカの肌の色の差異よりも、ヨーロッパは概して云えばユダヤ人やジプシー(ロマ)に対する排斥の方が根強いように感じます。戦争に良いも悪いも無く、また勝った国が善で負けた国が悪であるわけもなく。ただ大きな時代の流れ、歴史のうねりの中で逃れようのない運命のような。

幼稚園から高校まで一緒だった友人の祖父母が韓国人であった。日本で生まれ日本語を話し同じ学校に通っていた。家族同士も家が近いので仲が良く、今想起しても懐かしい風景しか浮かばない。ただ、小学四年生頃に、同じ級友がその少女に「○○ちゃん、朝鮮人やろ?」と云った。きっと幼いし深い意味も悪気もなかったのだと想う。けれど彼女は泣いてしまった。私は前後の会話も意味も良く分からず何故泣いているのかが気になった。結果として泣かしてしまった少女は帰ってしまい、私はその時、まだ泣いている友人が可哀想だと想い、今も時折想い出す。その時のその友人の小母さんの眼差しもまた。幼い私に向ってあんなに真剣な眼差しと口調で「おばちゃんも○○も日本人なんよ。」と。それ以後、その少女とは洋楽の情報交換などをして引っ越すまでお互いのお家を行き来していた。高校では一度も同じクラスにならなかったけれど、帰宅後、彼女の好きな米国音楽(ウエストコースト辺りの爽やかな)、私の大好きなデヴィッド・ボウイのレコードを抱えて一緒に聴いたり。紛れもない私の大切な想い出。今の韓国や中国の日本に対する抗日的態度はやはり残念!私はどうしても日本人であるとさらに自覚し日本を想う。けれど、あの小母さんの言葉はきっと一生忘れる事はないだろう。そして、保守だとか革新、右派左派というイデオロギーを超えて、どの国にも民族の誇りがあることを踏まえた上で、私なりにもっともっと考えながら生きてゆきたいと想います。


ストレンジャー・ザン・パラダイス / STRANGER THAN PARADISE
1984年・アメリカ映画
監督・脚本:ジム・ジャームッシュ
製作:サラ・ドライヴァー 製作総指揮:オトー・グローケンバーガー
撮影:トム・ディチロ 音楽:ジョン・ルーリー
出演:ジョン・ルーリー、エスター・バリント、リチャード・エドソン、セシリア・スターク

【あらすじ】 ウィリー(ジョン・ルーリー)は、10年来ニューヨークに住んでいる。ハンガリー出身で本名はベラ・モルナー。クリーヴランドに住むロッテおばさん(セシリア・スターク)から電話が入り、彼女が入院する10日間だけ、16歳のいとこエヴァ(エスター・バリント)を預かるこどになった。エヴァはアメリカで新生活を始めるため、ブダペストからやって来るのだ。やって来たエヴァに、TVディナーやTVのアメリカン・フットボールを見せるウィリー。彼にはエディー(リチャード・エドソン)という友達がいて、2人は、競馬や賭博で毎日の生活を食いつないでいる。エヴァの同居をはじめ迷惑がっていたウィリーも、彼女が部屋の掃除や万引きしたTVディナーをプレゼントしてくれるうちに、親しみを覚えていった。お礼に贈つたドレスを、エヴァはうれしそうにもらうが、気持ちだけ受けとって、その趣味の悪いドレスをゴミ箱に捨てた。彼女がクリーヴランドに発った直後、ウィリーとエディーは、いかさまポーカーで大儲けして、借りた車でクリーヴランドヘ向った。クリーヴランドは雪におおわれており、ロッテおばさんの家で暖まった2人は、ホットドッグ・スタンドで働いているエヴァを迎えに行く。エヴァと彼女のボーイフレンドのビリー(ダニー・ローゼン)とクンフー映画を見に行ったり、エリー湖に行ったりした2人。数日を過ごした後、ウィリーとエディーは、ニューヨークに帰ることにするが、いかさまで儲けた600ドルのうち、まだ50ドルしか使ってないことに気づき、エヴァも誘つてフロリダに行くことにする。サングラスを買って太陽のふりそそぐ海辺に向かう。2人分の宿賃で安モーテルにもぐり込む3人。翌朝、エヴァが起きるとウィリーとエディはドッグレースに出かけており、有り金を殆どすって不機嫌な様子で戻って来た。やがて競馬でとり返すと言って彼らが出て行き、エヴァは土産物店でストローハットを買うが、その帽子のために麻薬の売人と間違えられ大金を手にする。競馬に勝って勇んで帰って来た2人は、エヴァのおき手紙と大金を発見して驚く。飛行場に急ぐ彼ら。しかし、エヴアは、その頃、考え直して安モーテルに戻ることにするのだった。(参照:goo映画より)


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by claranomori | 2013-03-08 13:31 | キネマの夢・シネマ万華鏡