あまりにも私的な少女幻想、あるいは束の間の光の雫。少女少年・映画・音楽・文学・絵画・神話・妖精たちとの美しきロマンの旅路♪


by chouchou
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<   2012年 06月 ( 4 )   > この月の画像一覧

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★毎月第一日曜日に開催されている『なんでもない日のお茶会』のお知らせです。
今回のフライヤーは格別美しいのでスキャンいたしました。
写真は関西が誇るカメラマン、谷敦志さんです。独特の世界で、あまりにも美麗です。
モデルの女性は主催のお店のお方でkayoさんという可愛らしいお方。
まるでお人形のような耽美な雰囲気が漂うこのお写真にしばしうっとりしたものです。

詳細及び会場へのアクセス等は→ dolldressさんのHP をご覧ください。

7.1(SUN)
OPEN 16:00  START 17:00  CLOSE 21:00

FREE FOOD&FREE DRINK (アルコール別途)
ご予約:2500円  当日:3000円

★ご予約・お問い合わせ★
DollDress GalerieBrocante(ドールドレス ガレリーブロカント)
06-4802-0155
info@brocante.jp
※ご予約は6月30日(土)深夜12:00まで承っております

当日は、バグパイプ奏者の方(『スコットランドの伝統楽器「ハイランド・バグパイプ」を演奏。山口県を拠点にその魅力を伝えるべく活動中』)のライヴ、
素敵な物販ブース、豪華なお料理がございます。
また、ドールドレスさんはベルギー・ビール専門のBar&Cafeでもあり、珍しいベルギー産のビールが多数揃っております。

私はまったりBGMを毎月担当、お手伝いさせて頂いております。

どうぞ、ご参加くださいませ。


※音楽ブログの更新のお知らせです。
「麗かな憂鬱・時の鐘よ鳴れ」にて、大好きな暗黒天使な歌姫、ダニエル・ダックス(DANIELLE DAX)の曲とその時の思いなどを綴ってみました。どうぞよろしくお願いいたします♪
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by Claranomori | 2012-06-30 17:15 | イベントのお知らせ
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 どこに行ってしまうのでしょうか、日本は?!と虚無的にもならざるを得ない日々、されど愛しき日本なのです。一昨日から、これまで好きで聴いて来た音楽たち、詩や言葉たちと今の私がどう向き合えるのかと、向き合ってみようと思い、まったく私的な音楽との出会いを綴り始めました。時々ぼやいたりもしてしまいますが軽く読み流してください。「耽美派ロック」なるものを愛好してきた私にとって、欠かすことのできない音楽雑誌「Fool's Mate」(現行のビジュアル雑誌になる以前の)編集長であった北村昌士というお方のこと。殊に、書かれる文章が大好きで影響を受けて来たように感じています。そんな訳で、「北村昌士氏に謝意、或いは愛惜...永遠なれ、美しきものよ!」という拙い今日の思いを少し綴ってみました。"何故、今頃、北村昌士?"と思われるお方。"誰?その人"と思われるお方も多いと思いますが、そうして忘れ去られてしまうにはあまりにも稀有なるお方なのです。私の蒼き刻の言葉や音楽との出会いに、思い入れが強すぎる故の綴りともなるのでしょうが、現実を見つめながらも、時にはノスタルジーに浸るのも好しと思っています。

 「北村昌士氏に謝意、或いは愛惜...永遠なれ、美しきものよ!」

 今年の6月も間もなく終わり7月、夏の扉へ...苦手な季節は子供の頃から変わらない。きっと私は夏に死ぬのだろう、などと想えたり。昨年の3月11日の東日本大震災は私に、同じ日本で生きる同胞の人々の姿から、痛ましい悲報の中で礼節極まる姿から、まだ残されていた共同体、日本人の美徳を思い起こさせてくださった尊いものだった。都会に暮らす私にも幼い頃にはあった、あの懐かしい風景が蘇り尊く想えたもの。まだ復興などしていない、イデオロギー云々で反原発も推進も勝手にしやがれ、と心が叫び続けて消えない。何が子供たちだ、何が人権だ、権利だ...本来自由を謳う精神は誰にもあるもの。人権だって、子供の権利だって。けれど、義務もある。「放射脳」という厄介な論調が蔓延する中、福島にも子供たちはいる。原発反対を当初から訴え続けて来た人々とは違う大人のイデオロギーが連携してゆく様は、もう一つの放射脳である「推進脳」もまた同じように感じたり...冷静に国家を思惟する政治家、真正保守主義(自由主義)である、石原慎太郎氏しか信用できない、こんな危機の折には「石原イズム」に託したい、そんな今日この頃。

 生活が音楽と共にあれど、ご飯を食べ、滅入るような毎日のニュースからも逃れることはできない。この6月というと、私にとってある恩人のようなお方の死が今も惜しまれてならない。北村昌士という音楽評論家であり、ミュージシャンでもあったお方。2006年の6月17日に49歳で死去された。現在はビジュアル系の雑誌となっている音楽雑誌「Fool's Mate」(まだ海外のNewWaveやインディーズ中心の、正統派のサブカル雑誌だった頃)の編集長でもあったお方で、私が最も影響を受けた音楽評論家は北村氏だろう。既に洋楽ばかり聴くようになっていた中で、北村氏の創設したインディーズ・レーベル「トランス」だけは好きで聴いていたものだ。何か相性の良さのようなもの、そういう言葉を超えた感覚は好きな音楽でも映画でも読書にも表れるのではないだろうか。言葉を超えた旋律が詩的に響く瞬間を幾度か感じた気がする。

 私が10代の頃、あるいは蒼い季節を共に過ごした友人たち。私が熱心な「Fool's Mate」の読者であり、北村昌士氏の、殊にあの文章の大ファンであったことは折り紙つきらしい。そんな私が北村氏に謝意を表することをこれまであまりしていない。そうした自戒の意も込めて、忘却の彼方へと去られてしまうには、あまりにも惜しい、北村昌士氏の言葉や音楽など、心に残るものを留めておきたい。懐かしい言葉たちに時を経た今の私の心がどう向き合うのか、向き合えるのか。永遠なれ、美しきものよ!

新しいモラル、新しい倫理、新しいおしゃれ、新しいイデオロギー。新しいということが輝かしさと同一だったあの平和なひとときはいつのまに過ぎ去ってしまったのでしょうか。
別に皮肉を言うつもりはありません。美は肯定されるものだからです。

北村昌士



★CANIS LUPUSの大好きな名曲「天使」です♪

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by Claranomori | 2012-06-29 08:01 | 想い・鑑賞・読書メモ
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★村岡花子(明治26年:1893年6月21日~昭和43年:1968年10月25日)というと『赤毛のアン』の翻訳者として有名なお方で、エレナ・ポーター、ルイーザ・メイ・オルコットの著作の翻訳も手がけた児童文学者でもある。村岡花子は、明治時代のミッション・スクールの寄宿舎へ、10歳の折に父に手を引かれ、麻布、鳥居坂の桜並木を歩いていた。七分咲きの桜のレース越しに見える空は青く澄み、枝の間にはガス燈が文明開化の名残をとどめる。時は明治36年(1903年)の春のこと。平民の花子には雲の上の人々であった華族や富豪の娘たちが多く学ぶ東洋英和女学校という、カナダ人宣教師によって設立されたミッション・スクールであった。花子は奨学生(給費生)として、クリスチャンである条件以外に、在学中は麻布十番にある孤児院の日曜学校での奉仕活動が義務付けられていた。そして、学費の免除の代わりに、学科の成績が悪ければ即、退校という境遇。カナダ人宣教師の教育はとても厳しいものであったという。

そんな少女時代を送った花子は、後にルーシー・モード・モンゴメリの「赤毛のアン」シリーズ全10巻を訳了し、新潮文庫の全訳と、講談社の抄訳、それぞれのシリーズが出版、という大偉業に達する。『赤毛のアン』『アンの青春』『アンの愛情』『アンの友達』『アンの幸福』『アンの夢の家』『炉辺荘のアン』『アンをめぐる人々』、そして、物語の主人公をアンから、アンの6人の子供たちの世代に移した『虹の谷のアン』『アンの娘リラ』を世に送った。

同じ時代を生きた人々との交流を想う。友人たちの思い出が書斎にはいっぱい。その中に、年下の林芙美子(明治36年:1903年12月31日~昭和26年:1951年6月28日)から贈られた直筆の詩が額装して壁に飾られているそうです。原稿用紙に、万年筆で丸い癖のある文字で。

風も吹くなり
雲も光るなり
生きてゐる幸福(しあわせ)は
浪間の鷗のごとく
縹渺とただよい

生きてゐる幸福(こうふく)は
あなたも知ってゐる
私も知ってゐる
花のいのちはみじかくて
苦しきことのみ多かれど
風も吹くなり
雪も光るなり

詩:林芙美子
『アンのゆりかご』
より

人気作家となった林芙美子は、いつも何かに追われ心のゆとりとは無縁であった。あらぬ噂を立てただの、常に泥臭い評判が付き纏い、成金趣味と周囲は冷笑していた。けれど、村岡花子の記憶の中では、友だちから誤解されて辛いと涙ながらに訴えていた芙美子、雑談では煙草をふかし「家庭なんて」とうそぶきながら大事にしていた家族、「母が村岡さんのファンなのよ」と云って母親を紹介してくれた芙美子・・・の可愛い姿だけ。恐らく噂の半分は本当で、もう少し心のバランスがとれていれば、あんなに早く命を落とさずにすんだのではないかと惜しまれるが、芙美子の過剰なまでの欲望が人々の心に訴える優れた作品を書かせていたのだろう。またこの詩に内面の真実があるのだろうとも。私もそんな風に想えます。時代と闘いながら生き抜いた明治の女性作家たち☆
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by claranomori | 2012-06-09 03:08 | 愛の花束・日本の抒情・文学
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★老いてこそ人生!私の人生に於いて最後のヒーローとも云うべきお方、石原慎太郎氏の文壇登場から57年。こんなに賞讃と批判のお方も珍しい。三島由紀夫氏がおっしゃったように、それは石原氏がエトランジェであるからだろうと、その意味合いも分かるようになりました。戦中、戦後派文学の中でも、やはり異色の存在。その上、大政治家でもある。思えば、ロマン主義の時代から文学者が政治の世界へも向かわざるをえない状況が度々あった。偉大なるゲーテ然り、シャトーブリアン然り。政治的イデオロギーを超えて、石原慎太郎氏を中心に、その時々を辿りながら日本を、世界を見つめてみようと想います。友人曰く、私は文化保守的人間だそうです。けれど、どちらかというとかなり左派の傾向も強いのです。右派左派と政治的スタンスで線引きできる現実ではありませんし、どちらが良いとかも想いません。ただ、日本人でありながら日本が好きだ、という意志表示がまるでタブーの如き日々を過ごしてきたことに疑問を抱き始めたのです。愛国という言葉がイコール右翼ですか?私はフランスという国や文化が好きで幼い頃から影響を受けて今に至ります。好きな男優のお一人でもあるイヴ・モンタンは奥様のシモーヌ・シニョレと共に、フランス共産党支持者でした。リベラル、左翼党です。けれど、その党のスローガンには「愛国主義」と謳われていました。本来、右も左も自国を愛する、という根本があったはずです。一党独裁国のようなお国は別でしょうけれど。

そんな訳で、今後は大まかなイメージですが、此方の「クララの森・少女愛惜」では母権的、少年少女、柔和。新ブログ→「石原慎太郎・憂国のエトランジェ」では父権的、実存文学や美学、ストイシズムのようなものを見つめ標榜できると良いと想っています。石原氏の書物は膨大ですが読破ものんびり目指したいです。映画の脚本も何十本も手掛けておられ、それらの映画も観たいのですが、ソフト化されていない作品も多数です。お芝居の脚本も仲良しだった寺山修司氏とは表現世界が異なりますが読んだりすると、わくわくします。私の年齢も人生の曲がり角を過ぎたとも云え、回帰し行き着く先はやはり少女時代からの憧れや好きな世界と繋がるのです。それがはっきりと、石原慎太郎氏という存在、その言葉たちに出会うことが出来ました。なので、難解な御本も読んだりしていますが、心は晴れ晴れと、快活に過ごしてゆけそうな気分を愉しんでいます。いつも、更新を待ってくださっている方々や気にかけてくださる方々に感謝しています。ありがとうございます!今後ともどうぞ末永くお付き合いください。

※上の画像は、今日更新した読書メモで、「セーレン・キェルケゴールの青年時代の覚え書き 『キェルケゴールの生涯と作品』 著:フリチオフ・ブラント」というものです。そちらにも、どうぞお気軽にコメント等にお越しくださいね。ブロブ名の「石原慎太郎・憂国のエトランジェ」のエトランジェは三島氏のお言葉から頂きました。
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by Claranomori | 2012-06-05 22:03 | 19世紀★憂愁のロマンと美