あまりにも私的な少女幻想、あるいは束の間の光の雫。少女少年・映画・音楽・文学・絵画・神話・妖精たちとの美しきロマンの旅路♪


by chouchou
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★今年も今日で終わり。そして、明日からまた新たな年、一日が始まる。今年は東日本大震災という、戦後に於いて最も忘れられない年となった。3月11日から9ヶ月を経てもなお、仮設住宅で暮らす人々、これから寒さが厳しくなる中でなんとお気の毒なことだろう。そして、原発事故による人災もあり、まだまだ復興どころか復旧すら出来ていないという状況。瓦礫の処理作業も進まない。国難であるのになんだろう...と其々の人々の意見から複雑な想いが鬱積してゆくばかり。憂いてばかりではいけないと心に云い聞かせてもいる。けれど、私個人の心の憂いというちっぽけな問題ではない。国難とは国家、日本の危機である。ならば、日本人ならではの長い歴史の中での数々の危機、荒廃の後を気概を持って立ち直ってきたのだから、きっと、と信じ願う。

日本人の美徳を今回の大震災で世界中の方々が称讃してくださったことは支援と同様に新聞の活字を読む度に有り難いと想った。そして、同時に、私はこんな素晴らしい日本で生まれ育った日本人であることが嬉しいと感じた。こんな気持ちは生まれて初めてのことである。私の心の核に隠れていたのであろう、やはり我が国日本が大好きであるという自覚の年であった。ゆえに、震災病と云われるくらいに体調が狂いっぱなしでもあったけれど、元来健康体ではないことが幸いで、今想うのはそれよりもそんな心の目覚めに感謝したい。

初めての天皇陛下によるビデオ・メッセージに涙が溢れて止まらなかった。そして、先日の23日は天長節であり、皇后陛下とご一緒に、長きに渡る被災地への巡幸のお姿、お言葉の美しさ、優しさのようなものに救われる想いだった。日本にしかない日本の歴史、文化、言葉がある。時代の流れの中で消えてゆくものもあるけれど、美しいものはできるだけ大切に受け継いでほしいと想う。偏ったがちがちの頭ではなく、様々な人々の意見を聞き入れる寛容な心を以て。日本人でありながら日本が好きであるとちょっとした会話の中ですると、茶化されてしまい「右っぽいよ」などとからかわれたこともある。私は合理的とか技術の躍進とか拝金主義には身を翻す資質で生きている。面倒な作業でも探し物、調べものが好きだし、ネットの便利さを利用させて頂きながらも、どうしても手に取って、頁を捲りながら活字を読む作業をこのご時世でも好んでいる。時間の無駄と云われようが、その中で思考することを学ぶ。頁を進みながら、また戻ったりして再確認する多くの言葉の中にはかけがえのないものが詰まっている。文学を愛好し続けながら、新書好きでもあることも何となく性に合うのだと今なら合点が行く。私の好きな新書の中には世界中の文学、哲学、思想の引用が多々あり、著者の想いが綴られているものが多い。そうした導きにより、私はどう感じるか、どう思うかと考えることになる。人間は考える葦である。年々、度忘れも著しいもので、再読も増えるのもしかたないのかな。

決して日本至上主義ではない。各国其々の優れた歴史や文化があり、それらからの学びの日々である。そんな歴史の中に失敗もあるだろう。今年は世界中でデモや暴動が起きた。日本でも民放の報じない国民のデモや集会が各地で行われたという。これまでまったく知らなかったことが次々と。震災後暫く、民放は放射能漏れの危険を叫ぶ人々の声をまったく報じなかったのに、いつの間にやらあの菅首相までも反原発と云い出し、今ではメディアも真逆な感じ。民放はほとんど観ないのだけれど、ニュースだけは出来るだけ幾社もの報道をチェックするようにもなった。

そうそう、遂に今やバブルのブラジルがイギリスを抜いて第6位となったそうだ(世界経済ランキング調査発表による)。2020年にはドイツやフランスも追い抜かれるだろうとのこと。今やブラジルでは原発がどんどん建設され、街を闊歩するファッショナブルな人々の写真も目にした。けれど想います。順位なんてって。後退しても長い伝統を持つ英国は英国である。フランスはフランス、日本だって中国に追い抜かれたけれど別に良いではないかと想う。日本は日本であるのだから。いよいよ、来年はロンドン・オリンピック!今年は重苦しいニュースが続く中、なでしこジャパンがアメリカに勝ち優勝した、あの歓喜もまた忘れられないだろう。“大丈夫だよ、日本は。みんなで頑張ろう!”っていう明日への光のようだった。万の神々の眠る日本。自然と共存して生きて来たことをも再認識する。自然の豊かな恵みに感謝しながら、その恐怖をも痛感した。畏怖の念という想い。
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★今年はおそらく、これまで生きて来た中で最も多く日本人作家の書物や映画を鑑賞した年でもありました。中でも最も考えさせられた本のこと、感動した作品のことなどもまた新年から綴ってゆきたいと想っています。少女時代から愛してやまないヨーロッパの数々の素晴らしい人物や作品たちと共に。まったく不規則な更新ですのに、いつも気に留めてくださっている皆様、これから新たに出会う皆様とのご縁に感謝しています。ありがとうございます!来年もどうぞよろしくお願いいたします☆
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by claranomori | 2011-12-31 07:23 | 想い・鑑賞・読書メモ
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★三島由紀夫(1925年(大正14年)1月14日~1970年(昭和45年)11月25日)享年45歳。今年の11月25日の三島由紀夫の命日に、私は稚拙ながら真面目に深く思考していた。それも三島由紀夫という美の殉職者と今年の日本の大災害、国難という天譴とも云うべき事態の中で、重大かつ尊厳なるものであるのに忘れ去られてゆくものたちが何と多いことだろうと...。

毎年11月25日になると、母は「今日は三島の命日だ」と云っていた。私に云うのでもなく、まるで独り言のように呟くのだった。三島文学ファンの母、ドストエフスキーやリルケの分厚い書物が両親の本棚にあったこと、私が10代から好んで読んできたドイツやフランスの作家たちの作品などとが、時間がかなり必要だったけれど、今、ようやく繋がろうとしているように感じているところ。人生は楽ではないことを前提にしなくては謳歌もできないと想う。また、「生」と同じくらい「死」が常に傍に在るということも。フランス・ロマン主義(ロマン派)、英国ヴィクトリア時代のラファエル前派の保守主義が美に昇華する様がたまらなく好き。これらの作家や画家、音楽家という芸術家が政治の世界に身を投じることが多々あった。三島由紀夫から学ぶべきことは多い私です。「美について」の最後に「現代に於ける美の政治に対する関係について、ゆっくり考えたい。」と書かれたのは1949年6月25日。まだ日本がGHQ(連合国軍総司令部)の占領下にあった昭和24年のこと。そんな時代のこと、あの大きな戦争の終戦の傷痕を伝える映画や文学が好きであるのと、ナチス占領下にあったパリの時代が描かれた映画や文学が好きであるのは、なんとなく私の気分に合うものゆえに。なぜだか、涙が溢れます。

十九世紀を以て唯美主義は終りを告げた。しかし蒔かれた種子は饒多である。ワイルドのジッドへの影響、シュテファン・ゲオルゲのリルケへの影響は、単純なものではない。

日本に於いて美は、人間主義の復活を意味せず、「生の否定」という宗教性を帯びるにいたる。

仏教的厭世観と美の結婚(これは江戸末期まで続いた)は、実は、宿命観と現世主義との微妙な結合ではないのか?

『三島由紀夫のフランス文学講座』 より

★追記です。
フランス・ロマン主義作家のフランソワ=ルネ・ド・シャトーブリアンが政治的意味合いでの「保守主義」という言葉を使った最初のお方だと云われています。やはり、私の心が共鳴するものは変わりはしない。時代は移りゆくけれど、歴史や伝統の中から学ぶべきことはいつの時代にもあるのだと想います。私が死に至った後もなお、日本は日本として生き続けることの尊さを想うのです。
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by claranomori | 2011-12-29 22:19 | 想い・鑑賞・読書メモ
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★想い出の映画は数多いので、更新頻度を上げてゆかなければ...と思いつつも、まったりペースで、今日はマルセル・ムーシー監督の『赤と青のブルース』という1960年の映画を。この映画を初めて観たのは偶然テレビ放送でのこと。私もこの映画の主人公たちと同じ位の歳の頃だったので随分年月が経ちました。10代後半から20代前半頃の私は、このような生まれる前の古い映画のリバイバル上映を新作よりも優先して映画館に観に行っていました。この『赤と青のブルース』は、母が好んで観ていた映画番組での放送で、一緒に何となく。すると、あの『太陽がいっぱい』のマルジュではないですか!!ところが、観ているうちに、“あれ?この人は・・・”となり、ジャック・イジュランであると分かり、もうたいそう感動してしまったものです。映画のお話はほとんど覚えていなくて、兎に角、マリー・ラフォレとジャック・イジュランの動く若いお姿ばかり追っていたという状態。イジュランは先に音楽で知り、高校生の頃から好きで聴いていたのですが、その時は映画出演もされているなどとはまだ知らない頃の事。また、マリー・ラフォレの作品は映画は『太陽がいっぱい』しか知らない頃で、レコードもベスト盤を持っている程度でした。マリー・ラフォレは60年代から70年代頃は次第に女優業よりも音楽活動に重点を置いていたので、アルバムやヒット曲もこの時期には多数あります。歳月が流れ私のレコード棚のジャック・イジュラン、マリー・ラフォレ共にかなり増えました。なので、またそれらの素敵な音楽作品のこと等もと想っています。

『太陽がいっぱい』で映画デビューのマリー・ラフォレの第二作目となるもので、あのマルジュよりも髪型はショートで劇中、タイトル曲の『赤と青のブルース』と『タンブルウィード』の2曲を歌っています。イジュランとの『赤と青のブルース』を歌う姿がやはり強烈に焼きついています。原題は『サン・トロペ・ブルース』で、イジュラン扮するジャン・ポールが経営することになるクラブの店名でもあります。マリー・ラフォレを観る映画とも云えるコミカルな青春ロマンス作品ですが、イジュランの身のこなしはやはりただ者ではないと再確認できます。音感、リズム感の良さが動きによく表れています。けれど、ジャック・イジュランとしてスターになるのは1980年代に入るまで待たねばならなかったのですが。

劇中、ちょこっとクロード・シャブロル監督が登場されます。ヌーヴェル・ヴァーグ繋がりの友情出演という感じでしょうか。この『赤と青のブルース』の監督であるマルセル・ムーシーは、フランソワ・トリュフォー監督の1959年名作『大人は判ってくれない』を共同脚本していたお方。ステファーヌ・オードランも出演されています。おそらくこの当時、クロード・シャブロル監督の奥様であったと想います。『タンブルウィード』の作詞はジャック・プレヴェールで、邦題は「風まかせ」という曲です。南仏で過ごす若者たちのヴァカンス、アンリ・クロラとアンドレ・オディールによる楽曲たちもこの時代の空気を伝えるジャズ・ナンバーで素敵です♪
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赤と青のブルース/SAINT-TROPEZ BLEUS
1960年・フランス映画
監督・脚本:マルセル・ムーシー
製作:ジュール・ボルコン
撮影:ピエール・ロム
音楽:アンリ・クロラ、アンドレ・オディール
主題歌:マリー・ラフォレ 『赤と青のブルース』
出演:マリー・ラフォレ、ジャック・イジュラン、ピエール・ミカエル、
ファウスト・トッツィ、モニーク・ジュス、
ステファーヌ・オードラン、クロード・シャブロル

【あらすじ】 両親も避暑に出かけてしまい一人パリのアパートに残って試験勉強をしているアンヌ・マリー(マリー・ラフォレ)のところに、ジャン・ポール(ジャック・イジュラン)がドライヴのさそいにやって来た。勉強にもぼつぼつ飽きていたアンヌ・マリーは喜んで南仏サン・トロペへのドライヴに出発する。避暑客でにぎわうサン・トロペでアンヌ・マリーはジャン・ポールの紹介で愉快なグループと親しくなった。若い彼等とアンヌ・マリーはダンスにヨットにと楽しい時を過すのだった。ある夜、ジャン・ポールの発案で屋外パーティがひらかれた。モダンジャズとアルコールの興奮に、若い男女は次々に海に飛び込んでいった。アンヌ・マリーの大胆なビキニ姿の写真が土地の新聞のスキャンダル・ページをかざったのはその翌朝のことである。グループの一員になっていたジャック(ピエール・ミシェル)という青年にひかれてデイトを楽しんでいたアンヌ・マリーは、両親からの長距離電話でそのことを知った。おどろいた彼女はパリに連れて帰ってもらおうとジャン・ポールの姿をさがす。やっと近所の洞穴に壁画の制作にうち込むジャン・ポールを見つけた彼女に、ジャン・ポールの言葉はつめたかった。ジャックへの嫉妬が彼をそうさせたのだ。壁画の女はまがうことなきアンヌ・マリーであった。あきらめたアンヌ・マリーはパリまでの車を仲間に頼む。美しいアンヌ・マリーの頼みは二つ返事だ。だが彼女の心は晴れなかった。その時かけつけたジャン・ポールの唇から彼女に対する愛の言葉がささやかれた。今はジャン・ポールを愛していると知ったアンヌ・マリーは彼の胸にとび込んだのだった。 (参照:goo映画より)
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by Claranomori | 2011-12-28 11:07 | キネマの夢・シネマ万華鏡
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『DAVID BOWIE & BING CROSBY / PEACE ON EARTH ~ LITTLE DRUMMER BOY』

★メリー・クリスマス!今年は大変な年でした。まだ年末年始に何が起こるか分からないというのは日本に限らず世界中のことのようです。でも、クリスマスというのは子供の頃からとても楽しみにしていた日でした。幼き日には枕元に靴下を置いたりして、本当にサンタのおじさんが贈物を届けてくださるのだと思っていました。次第に、そのサンタさんはお父さんやお母さんであると判明してゆくのでした。なんだか懐かしい心象風景が蘇る日でもあります。

今日は久しぶりに我が永遠のカリスマ!デヴィッド・ボウイさまにご登場願うことに。それも、ボウイからしても大先輩の御大ビング・クロスビーとの歴史的デュエット曲で。1977年の『BING CROSBY'S MERRIE OLDE CHRISTMAS』というテレビ番組で実現した夢の共演なのです。『ピース・オン・アース(PEACE ON EARTH)/リトル・ドラマー・ボーイ(LITTLE DRUMMER BOY)』と題されたシングル盤も発売されていました。ビング・クロスビーのお亡くなりになる少し前の貴重な映像であること、そしてボウイはベルリン3部作時代の頃でカッコイイです(いつもですが)。ボウイの高音のヴォーカルとビング・クロスビーの渋い低音が織り成すハーモニーはやはり幾度聴いても素敵です。ポップス界の世代を超えたこのデュエットは、正しく歴史的デュエットだと想います。この番組の視聴者席の少年少女たちもみんな愛らしいです♪



少年は静かにドラムを叩き始めた。
生まれ来たりしイエス・キリストに捧げるために・・・

★『リトル・ドラマー・ボーイ』は、キリスト生誕をお祝いするクリスマス・ソングとして有名な曲の一つで、貧しい少年がキリストさまに何か捧げものをしたいけれど、お金がないので、ドラムの音色、音楽で捧げるというじ~んと来るお話です。こんな少年少女たちが大好きです。元々はスイス民謡由来の曲ですが、1958年のハリー・シメオン・コーラル(合唱団)のヒットより、今も多くの人々が歌い継ぐ有名なクリスマス・ソングとなっています。
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by claranomori | 2011-12-25 04:12 | 耽美派少女の愛した音楽
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『星空サロン 夢見 in あめりか村SOCIO』 VOL.12
2012/1/18
開場:20時
ADD/2500<1D別>
DOOR/3000<1D別>

道を歩けばギラつく雑踏耳障るノイズ.
見つけた扉開いてごらん.
こちら一夜のロマンチック.
星降るお部屋においでませら.

・Cast・
天憑
主宰ポピー中土井。
儀式や祭、信仰といった主に民俗学などを中心に研究、再編し新たな形で表現するパフォーマンスアートグループ。
行為に加え映像、音楽、造形などを総合的に使い表現する。

・OwaraiEntertainment・
モナリザス
西野ヒロシとB・カシワギによる画期的お笑いユニット。
過去のネタは、「リビングデッド漫才」「末期ガン漫才」「銃殺漫才」「ハイスピード撮影漫才」「勃起漫才」「アナル相撲漫才」など多数。
時事ネタの取り入れ方と無駄にクオリティの高い舞台装置には定評がある。

・AcousticLive・
血と薔薇
JET PEPPER TOWER、MAGIER SEXALICE、ALICE IN BATCAVEといったバンドでベースをプレイする傍ら、
2009年より久々のソロ活動を再開。
シモーヌ深雪、アリスセイラー等と共演を果たす。
昭和歌謡とニューロマンティックを融合し本物の贋作を目指す。

・DarkCabaretLiveShow・
秋葉原紫音
キラキラ耽美ロマンティストが贈る。
哀愁のダークキャバレーショーライブ。

・CabaretShowTime・
大坂レトロ座
2011年に始動した大阪での初の本格派キャバレー集団
メンバーは
じぇしぃ・なぎら・ちぃ・ぺちこ
シニカルでリディカル、煌びやかだけどどこか物悲しい。
どうぞご覧下さいませ。

・NewYearHeadAttack・
じゃんぼ
帰ってくるあの夏の衝撃…イカす巨漢が魅せる生瓦割!

・Art・
Tribal+Grotesque+Darkpop=∞
gaimon
genome
ぁず

・Photo・
光影寫眞

・DJ・
VELVET MOON
sion★akihabara
血と薔薇

・DreamingDolls・
夢子
一夜

・FashionCounselor・


・FOOD・
Trish
「食文化の表現者として邁進する流しの料理人」
~MENU~
酒肴・三種盛り
海老しんじょう椀
平目の信州蒸し

・booth・
死体屋
&more


【次回星空予告】
~SOCIO★2012/3/21 20:00~
前売りチケット問い合わせ先
心斎橋SOCIO
〒542-0086 大阪市中央区西心斎橋2-11-5-2F
【tel】 06-6213-2060
【fax】06-6213-2061 
【e-mail】 music_socio@livedoor.com
http://idea-estate.co.jp/socio/
http://blog.livedoor.jp/music_socio/
星空サロン夢見

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by claranomori | 2011-12-24 15:33 | お知らせ
華麗なる屈折美学
追憶の80年代・映画編


 文明と文化が拮抗し合う様相を窺う中で思考する魂。喩え、産業が発達し物質的に豊かになったとしても、歴史、伝統は脈々と継承されてもいる。家族の断裂と云われるけれど、都市と過疎の村ではやはり異なる風景があると想う。80年代、ニュー・ウェイヴと云えども。異国の文化を映画や音楽から感じ何かを得る。まったく異なるタイプの映画を前述の「音楽編」との関連で二つばかり。
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 一つは80年代のユーゴスラビア映画で想起するのは、エミール・クストリッツア監督作品である。カンヌ映画祭のパルム・ドールを『パパは、出張中!』と『アンダーグラウンド』で2度受賞のヨーロッパで絶大な評価を得ている監督。とりわけ『ジプシーのとき』(1988年)は不思議な映画で、幾度か観返しているお気に入り。“ジプシー”という言葉は差別用語だという。ならば“ロマ”と言い換えると良いのだろうか。動乱のユーゴスラビアの歴史は複雑で言語、宗教も多種存在する。この映画の舞台となる土地、生活する人々は流民する、漂泊の民人たち。エミール・クストリッツア監督と共同脚本家のゴルダン・ ミヒッチは、その土地で実際に生活し、映画に登場する出演者たちの大半は職業役者ではなくジプシーたちを起用。其処には彼等の歴史や文化があり、主人公の青年の夢やロマンス、また挫折を、悲哀とユーモアで叙情豊かに描いたファンタジックな秀作。花嫁衣装を着たまま子供を産み死に絶える美しい娘が空高く舞い上がるシーン、流れる音楽と一体化する美しさは言葉を超える。クストリッツア作品はどれも音楽も優れており、サントラ作品としても秀作が多い。本作での音楽担当は、ユーゴのロックバンド、「ホワイト・ボタン」で活動していたゴラン・グレゴヴィッチである。トラディショナルな楽曲をアレンジしたもの等、ジプシー音楽の魅力を伝えながらも斬新な音を奏で映像と共鳴する様は圧巻である。
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 もう一つは、ロシア(旧ソ連)出身のスラヴァ・ツッカーマン監督の1983年、アメリア映画で『リキッド・スカイ』という映画。主演のアン・カーライルは 男性と女性の二役を美麗に演じ脚本にも名を連ねている。世界一の大都市、ニューヨークを舞台にした異色カルトSF。主人公は女性版デヴィッド・ボウイ然たるエキセントリックな美しきアンドロジナス。大都市マンハッタンならではのスタイリッシュなアンダーカルチャーが描かれている。ペントハウスに宇宙船が出現し異星人がその住人の女性モデルに乗り移る。彼女と関係を持った男性たちは次々と精気を奪われ死に至る。サイバー・モンドなヴァンパイア・ロマンスはユニークである。映画の要である脚本は優れているとは個人的に思えないが、映像力、見せる力はあると想う。好き嫌いが分かれるのは当然のカルト映画ながら、 『リキッド・スカイ』に魅せられるのは、やはり女性と男性を演じるアン・カーライルの存在感であり、その一点に尽きるとさえ思う。私の幼少時からの謎でもあるが、古今東西の両性具有あるいは性別を超えた美の化身に惹きつけられる傾向は、歳月と共にかなり深刻な心の核となりつつある。音楽もコンラッド・シュニッツラー的、プログレ経由のニュー・ウェイヴ感覚を帯びた電子音楽で映像と絶妙に一体化し得た成功作であろう。
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 “無用でなければ、何も美しくはない。有用なものはすべて醜い。”と、オスカー・ワイルドが『ドリアン・グレイの肖像』の序文で引用していた テオフィル・ゴーティエの言葉が私に囁きかける。そうして、刻と云う時間の澱に微睡みながらロマンに心を馳せるのだろう。

ジプシーのとき/DOM ZA VESANJE
1988年・ユーゴスラビア映画
監督:エミール・クストリッツァ 
製作:ミルザ・バシッチ 製作総指揮:ミラン・マルティノヴィッチ
脚本:エミール・クストリッツァ、ゴルダン・ミヒッチ
撮影:ヴィルコ・フィラチ 
美術:ミリアン・クレカ・クリアコヴィッチ 音楽:ゴラン・ブレゴヴィッチ 
出演:ダボール・ドゥイモビッチ、ボラ・トドロビッチ

リキッド・スカイ/LIQUID SKY
1983年・アメリカ映画
監督・製作:スラヴァ・ツッカーマン 
製作総指揮:ロバート・フィールド
脚本:スラヴァ・ツッカーマン、アン・カーライル、ニーナ・V・ケローヴァ
撮影:ユーリー・ネイマン 
音楽:スラヴァ・ツッカーマン、ブレンダ・I・ハッチンソン
出演:アン・カーライル、パーラ・E・シェパード、スーザン・ドーカス、オットー・フォン・ヴァーンヘル

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by claranomori | 2011-12-24 15:31 | キネマの夢・シネマ万華鏡
華麗なる屈折美学
追憶の80年代・音楽編


 80年代は私の思春期から青春期という時代。日本はバブルであった。70年代後半から80年代前半にポストパンク或いはニュー・ウェイヴなる旋 風の巻き起こる頃。ヨーロッパの各地、ニューヨークから斬新かつユニークなバンド、アーティストの作品が日本にも入ってきた。関西ローカルのラジ オ、テレビ番組でそれらのバンドの音楽や映像を観る機会も稀にあった。MTVを根気強く観ていると、マニアックなアーティストのPVが流れる事も あり、その為に深夜遅くまでブラウン管を眺めていた。そんな私の洋楽熱がぐんぐん高まる時期で、愛と涙のレコード散財の始まりでもあった。

 日本は高度経済成長を遂げ物資的には豊かになったけれど、精神の豊穣には遂に至らなかったと想う。嫌ながら社会人となるも、多数派に属せない私は所謂“質より量”または“アート至上主義は終わった”と上司が会議で語る中、肩身の狭い全体の中の一人、隅っこの社員のようであった。ゆえに、 自分達の好きな音楽、 アートを求める為に独立することになり、紆余曲折の末、今日のヴェルヴェット・ムーンに至る。一長一短の道程ではないけれど今日もどうにか生きている。

 『ニュー・ウェイヴ』と称されていたムーヴメントは実に個性豊かで愉しい出会いの連続であった。レコードの時代の終焉はバブル崩壊の足音の聞こえる頃であったことも因果な関係に想う。80年代から時を経て、「ニュー・ウェイヴ名作100選」というような特集号が組まれることも多くなり、 CD化も進んでゆ く。けれど、未だに隠れた名作、忘れ去られた作品も多い。そんな微に入り細を穿つ好きな作品を音楽と映画を中心に書かせて頂きたいと想う。
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 データ管理の時代となり、数字には反映されない埋もれた名盤が世界中に存在する。イギリスやアメリカのインディペンデント作品よりも入手し難い東欧にもニュー・ウェイヴ・バンドは存在していた。思い入れの強いバンドの一つにDORIAN GRAYというユーゴスラビア社会主義連邦共和国(現:セルビア・モンテネグロ)のバンドが居た。アルバムは僅か2枚のみで解散。活動期間は1982年から1986年。アルバム『SJAJ U TAMI』は1983年の1st作品である。予備知識ゼロで「ドリアン・グレイ」というバンド名のみで躊躇なく購入。理由な安易でオスカー・ワイルド好きであることと、漠とした予感としてのアートロック感を期待して。見事に感覚の勝利であったと自負する。

 ヴォーカルとギター担当のマッシモ・サヴィッチの歌声、彼らの楽曲から連想されるのは、デヴィッド・ボウイ、デヴィッド・シルビアン(ジャパン)或いは ニュー・ロマンティックの芳香であり、ヨーロピアン・デカダンである。タイトル曲『SJAJ U TAMI』は、ウォーカー・ブラザーズの『太陽はもう輝かない(The Sun Ain't Gonna Shine Anymore)』のクロアチア語でのカバーでもある。私は80年代に限らず、やはりアートロックが好きで、欧州の歪曲した奇妙な音楽たちを愛好し続けており、ふとこの古いレコードが蘇る。激動のユーゴスラビアの歴史など、当時の蒼い娘が知る由もなかったけれど、時が流れ年を重ねる中でノスタ ルジーと共に新鮮な閃光を放ち続けているようだ。
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 音楽、映画、文学、ファッションは深く共鳴し合う関係で、アートロック、総合芸術家的なデヴィッド・ボウイと、「芸術至上主義宣言」に至るオスカー・ワイルドという奇妙な人生を送った唯美主義者の影響は英国は勿論、世界中に継承され続けている。19世紀のヴィクトリア時代を生きたオスカー・ワイルドと20世紀アートロックの美神のようなデヴィッド・ボウイは私にとって常にキーとなる存在である。ジェンダーを無化した存在の第三の性は重要で、同性愛、トランスジェンダーの壁は80年代に於いても厚く強固であったと想う。ワイルドの分身を垣間見ることの出きる『ドリアン・グレイの肖像』を、ボウイがミック・ジャガーと共に映画化との情報に狂喜乱舞した頃も懐かしい。
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 ユーゴスラビアのドリアン・グレイと同時代に結成され今も活動するスコットランドのニュー・ウェイヴ・バンド、CINDY TALK。彼らの幾つかの作品はCD化されている。英国の『4AD』というレーベルが好きで所謂“レーベル買い”をしていた。コクトー・ツインズやデッ ド・カン・ダンスと共に、このCINDY TALKのヴォーカルのゴードン・シャープも、THIS MOTAL COILのメンバーとして参加していた。当初から中性的な雰囲気は漂っていたが、彼は今では彼女でもある。不思議な事では無い。あのジェネシス・P・オー リッジまで今は女性となっている。彼とも彼女とも呼べる存在、第三の性はオスカー・ワイルドの時代(否、より遥か太古の時代から)から脈々と世界のアートの歴史に不可欠な存在と して刻まれ続けてゆく。

 このゴードン・シャープは10代の頃から音楽活動を開始しており、最初はTHE FREEZE(1976年1981年まで)というパンクバンドのヴォーカルを務めていた。ロキシー・ミュージックのカバー等もしており、パンキッシュながら後のニュー・ロマンティックのムーヴメントとも繋がりながら、ゴードン・シャープはさらなるデカダンを求め、ゴシッ ク色も深めながら動から静の美へと昇華させて行った。ゴードン・シャープもまた美の殉教者の一人なのかもしれない。

★上記の2つは東京発行のフリーペーパーに寄稿させて頂いたものです。
ご予約頂いております方々には年内に送らせて頂きます。部数が少なく、第一回目ということで、ちょっと編集ミスが生じたようで私のコラムに連絡先等が記されておりませんでしたので、ブログに掲載しない予定でしたが記録として残しておこうと思います。次号は来年4月に発行予定だそうです。『華麗なる屈折美学』としてシリーズ化してくださるそうなので、頑張りたいと思います♪
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by claranomori | 2011-12-24 15:15 | 耽美派少女の愛した音楽
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★ジャンヌ・モローはフランスを代表する大女優であり名女優であることは誰もが認めることでしょう。お若い頃のあのへの字な口元は好き嫌いの別れる点でもあるようです。私はフランソワ・トリュフォー監督作品がとても好きで、嫌いな作品は一つもないのです。ジャンヌ・モロー主演映画で最初に観た作品もフランソワ・トリュフォー監督作品で『黒衣の花嫁』(随分以前にこのブログを開始以前に書きました)。今現在も国際女優として現役で活躍されていることがとても嬉しいです。知的で品格のある老女役が最近は多く、皺がいっぱいのあの笑顔を拝見すると、つい心が綻びます。恐縮ながら、"なんて!可愛いのだろう!"と。素敵なジャンヌ・モローです。そして、「歌う女優」というと、やはり、ジャンヌ・モローは直ぐに浮かぶお方です。映画の中で多く演じてこられた悪女の姿とは違った、軽やかで優しい歌声もまた大好きです。今日は1961年のフランソワ・トリュフォー監督の『突然炎のごとく ジュールとジム』の中で、ジャンヌ・モローが歌う名曲『つむじ風』(Le Tourbillon)を♪

『つむじ風のシャンソン』は撮影が始まる前からずっと好んで口ずさんでいたのです。非常に予算も少なく、また少ないスタッフで撮られましたので、録音技師もいませんでした。『つむじ風のシャンソン』を録音したときだけ、臨時で録音技師を雇ったぐらいだったのです。
by ジャンヌ・モロー



ジャンヌ・モローという女優に捧げられた映画であると同時に、ジャンヌ・モローという女優にトリュフォー監督の女のイメージのすべてを結晶させた映画でもある。トリュフォーは30歳、ジャンヌ・モローは34歳であった。
by 山田宏一

『突然炎のごとく ジュールとジム』という邦題はリバイバル公開時からのものです。日本での初公開時(1964年)は『突然炎のごとく』だったようです。
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by claranomori | 2011-12-22 20:30 | シャンソン・抒情の浪漫
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★『沈黙の女 ロウフィールド館の惨劇』はクロード・シャブロル監督だし、主演がサンドリーヌ・ボネールとイザベル・ユペールなのでとても期待して鑑賞した1995年作品で、これまで数回観返してもいる。原作はルース・レンデル(Ruth Rendell:1930年2月17日、イギリス・ロンドン生まれ)で、別名バーバラ・ヴァインとしても知られる英国の推理作家の1977年小説。クロード・シャブロル監督はルース・レンデル原作の『石の微笑』も2004年に映画化されているのでお気に入り作家なのでしょう。

このルース・レンデルの『ロウフィールド館の惨劇』は先述のチャールズ・ディケンズの『荒涼館』からの影響を受けたもので、この原作を友人に奨められて先に読んでいたのです。読後に残った重苦しさのようなものと同時に何かが引っかかっていたように想う。映画化されてから後に、再び原作を読み返すとその気になる部分が鮮明化されたような晴れ晴れしい気持ちにもなれたものです。主人公のユーニス・パーチマン(映画の中ではソフィー)の幼き頃からずっと背負ってきた運命のようなもの、文盲(非識字者)であるが故の苦悩を想像してしまう。ルース・レンデルもユーニスに対して大惨事を引き起こした犯罪者ながら何か根性悪の悪人とは描いてはいない。小説の冒頭からあっさりと事件の動機が記されている。

ユーニス・パーチマンがカヴァデイル一家を殺したのは、読み書きができなかったためである。これという動機や予測もなく、金のためでもなければ身の安全を守るためでもなかった。

そして、もう一人の女性ジョーン・スミス(映画の中ではジャンヌ)は狂女として描かれている。しかしながら、このユーニスとジョーン(ソフィーとジャンヌ)は互いに暗い過去を持ち合わせており、心の奥底で何か共鳴し合うものがあった。小説の中でユーニスが母親を想い出す場面がある。僅か一行ながら其処で私はユーニスの少女の頃をふと考えてしまった。映画ではその後の裁判までは描かれていないけれど、あのいかにもシャブロルならではの終わり方はとても好きでもある。オペラが流れる中の二人の女性の破滅の行動は、見事に音楽的にも想えた。サンドリーヌ・ボネールイザベル・ユペールはお互いの演技を邪魔しない演技力のあるお二人であり、シャブロル作品とも縁の深い女優方でもあるので、"凄い!"と圧倒されてしまった。ジャクリーン・ビセットも10代の頃からのファンなので相変わらずお美しいお姿を拝見でき、監督、キャスト、原作、脚本、音楽と、とても私には豪華な作品に想えます。

原作に戻ると、ロウフィールド館の庭園は草木が伸び放題で荒れ果てていた、ユーニスが去ってからは。

館はいまや廃屋となり、ディケンズが、希望、よろこび、青春、平和、安息、命、ちり、もえがら、ごみ、欠乏、破滅、絶望、狂気、死、狡猾、愚昧、言葉、からす、くず、羊皮紙、強奪、先例、隠語、たわごと、ほうれん草と名付けた小鳥たちの巣にふさわしいたたずまいとなった。

と書かれており、最後はこう終える。

ちり、もえがら、ごみ、欠乏、破滅、絶望、狂気、死、狡猾、愚昧、言葉、からす、くず、羊皮紙、強奪、先例、隠語、たわごと、ほうれん草。

もうユーニスにとって、すべて手遅れなのだ。ユーニスの弁護士が、世界に、判事に検察官に警察に一般の傍聴者に、記者席でせっせとメモを取る新聞記者に、彼女が読み書きができないと語ったときに。「あなたは字が読めないのですか?」と判事に促され、ユーニスは真っ赤な顔をして顫えながら答える。そして、彼女のような障害を持たぬ人がそれを書き留めるのを見る。彼らはユーニスを励まし更生させようとするが、彼女はがんとして拒んだ。もうすべて手遅れなのだった。

きっと奇妙なことに違いない。ジョーのような状態で生きているのは!

この言葉はディケンズの『荒涼館』に登場する文盲の浮浪児ジョーの描写の一部です。19世紀のイギリスと20世紀は違うけれど、今もなお、世界中に多くの非識字者が存在するのだから、決して昔のことでもないと想う。印象的なのは、シャブロル映画の中でのソフィーは自室でとにかくテレビを観ている。読書などできないので、テレビの音声と画面、画像からことばを得ている。仲良くなるジャンヌにさえ、非識字者であることはひた隠しにしていた。どんなにユーニス(ソフィー)にとって、その事を暴かれることが怖かっただろうか...。犯罪の擁護ではなく、一人の女性の運命と破滅に至る悲劇もまた、原作、映画共に私に投げかけるものなのでした。

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沈黙の女 ロウフィールド館の惨劇/LA CEREMONIE
1995年・フランス映画
監督:クロード・シャブロル 製作:マラン・カルミッツ
原作:ルース・レンデル 『ロウフィールド館の惨劇』 
脚本:クロード・シャブロル、カロリーヌ・エリアシェフ
撮影:ベルナール・ジツェルマン 音楽:マチュー・シャブロル
出演:サンドリーヌ・ボネール、イザベル・ユペール、ジャクリーン・ビセット、ジャン=ピエール・カッセル、ヴィルジニー・ルドワイヤン、ヴァランタン・メルレ、ジュリアン・ロシュフォール

【あらすじ】 サン・マロの外れの大きな屋敷に住むカトリーヌ(ジャクリーン・ビセット)が、新しい家政婦ソフィー(サンドリーヌ・ボネール)を雇った。夫ジョルジュ(ジャン=ピエール・カッセル)や連れ子のジル(ヴァランタン・メルレ)もソフィーの仕事に満足する。大学生で週末だけ家に戻ってくるジョルジュの連れ子ミリンダ(ヴィルジニ・ルドワイヤン)は親切だ。だが実は彼女は非識字者で、そのことに強烈なコンプレックスを感じ、ひた隠しにしていた。郵便局員のジャンヌ(イザベル・ユペール)は彼女に興味を持ち、やがて親友になり、テレビを見るため度々屋敷に来た。ジャンヌはかつてわが子を殺したという噂のある女で、ブルジョワ一家に強烈な敵意を持っていた。彼女を毛嫌いしているジョルジュは、ソフィーに二度と家に連れてこないように言う。一方ソフィーにも、痛風で寝たきりだった父を殺した嫌疑をかけられた過去があった。二人の女は奇妙な共犯意識に結ばれる。ある日の午後、ミリンダが突然帰ってきて、ロンドンにいる恋人のジェレミーに電話をするという。ソフィーはその電話をこっそり盗み聞きする。ミリンダは妊娠していたのだ。その後、ミリンダがふとしたことからソフィーが非識字者であることを見抜いた。「読み方を教えてあげる」というミリンダに、ソフィーは口外したら妊娠のことを父親に暴露すると脅す。ショックを受けたミリンダは一部始終を両親に明かし、ジョルジュは即刻ソフィーに解雇を言い渡す。一週間以内に出ていくよう言われたソフィーを、ジャンヌが一緒にやっていこうと誘う。二人はソフィーの荷物を取りに屋敷に戻る。一家はテレビを見ていた。その隙に屋敷を見て回るうち、ジャンヌの行動は次第に常軌を逸し、二人は夫婦の寝室を荒らし、壁に飾られた猟銃を手に取る。ちょうど二人は台所でジョルジュを、居間でカトリーヌとミリンダ、ジルを次々と射殺。ジャンヌは記念にと居間にあったラジカセを持って車に戻る。後はソフィーが偽装工作をし、警察に強盗事件として通報する手筈だった。ところが表の通りでジャンヌの車のバッテリーが上がり、暗い夜道に立ち往生しているところを、司祭と愛人が乗った車が衝突。パトカーの音を聞いて表に出たソフィーは、ジャンヌの死体が運ばれていくのを見る。そして警官が車の中のラジカセを再生した。それはミリンダがちょうどテレビで見ていたオペラ『ドン・ジョヴァンニ』を録音しようとセットしていたものだった。軽妙なセレナーデの途中で、突然銃声が響く。そして「うまくやったわ」というジャンヌの声が……ソフィーは黙ったまま夜の田舎路を去っていく。

主演のサンドリーヌ・ボネールとイザベル・ユペールは、揃って1995年ヴェネチア国際映画祭の主演女優賞に輝き、さらにユペールは同年度のセザール賞女優賞も獲得した。 (参照:goo映画より)

★追記です。
ユーニス・パーチマン(ソフィー)は、読み書きが出来ない。故に大惨事を引き起こしてしまうことになったのですが、家政婦としては完璧に仕事をこなすのです。なので、彼女が去ってしまった後の庭園は荒廃した姿となった。彼女にとって、あたかも肉体の一部が欠落しているかのような不自由さを想います。それ故に、その欠如した部分を補うために、その他のことを精一杯する。知られたくない最大の秘密が法廷でさらに知らされてしまった。更生して生きてゆく道も残されていたのに、彼女はがんとして拒んだ。それほどまでに、彼女にとって文盲であるということは知られたくはない秘密であったこと、そうした一人の人間の幼き日から今日までの人生を想像してみると、ディケンズの描写のように、"きっと奇妙なことに違いない。ジョーのような状態で生きているのは!"と想うのです。
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by claranomori | 2011-12-18 22:34 | 文学と映画★文芸・史劇
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★ふと、高校から大学に入った時期に本や映画の趣味が合うので親交のあった友人を想い出す。彼女は所謂ミステリー小説愛好家でとても詳しく熱狂的で個性的な方だった。私はというと、ドイツやフランスの古典文学を中心に、雑多に心の赴くままに読み漁るお気楽な読書人生を今も継続中。映画も音楽も美術も大好きなもので、それらが自然と繋がることが愉しい。そんな連鎖する作品たちを鑑賞しては、私なりの感想や想いが後に残る。その友人に奨められたミステリー小説のことに触れたいのだけれど、その前に今日も19世紀の英国文学より。

以前にチャールズ・ディケンズの『クリスマス・キャロル』のことを少し書いたのですが、ディケンズの晩年期の大作『荒涼館』(1852年~1853年刊行)の主人公エスターとキャディの二人の少女(娘)の挿絵をお借りして。

『荒涼館』の語りとなる、主人公である賢明で美しい家政婦の少女エスター・サマーソンと、滑稽な慈善事業家のジェリビー夫人の娘キャディ・ジェリビーの友情、エスターの出生の秘密、浮浪児ジョー...など、ディケンズらしいユーモア溢れる人物描写の中で、19世紀イギリスの貧富の差などの社会の様子も窺える、推理小説的でもある群像劇。

上のエスターとキャディの絵は、フィズ(Phiz)として知られるイギリスのイラストレーター、ハブロット・ナイト・ブラウン(Hablot Knight Browne:1815年7月12日~1882年7月8日)によるものです。チャールズ・ディケンズの『デイヴィッド・コパフィールド』も担当しています。
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by claranomori | 2011-12-17 23:28 | 本の中の少女・少年