あまりにも私的な少女幻想、あるいは束の間の光の雫。少女少年・映画・音楽・文学・絵画・神話・妖精たちとの美しきロマンの旅路♪


by chouchou
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<   2011年 10月 ( 6 )   > この月の画像一覧

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★『白のシンフォニーNo.2 白衣の少女』或いは『団扇を持った白い服の娘』或いは『白い少女』と題された、ジェームズ・マクニール・ホイッスラーの「白のシンフォニー」の第二作で1864年の作品。ジェームズ・アボット・マクニール・ホイッスラー(James Abbott McNeill Whistler:1834年7月10日~1903年7月17日)は、19世紀末を代表するアメリカ人の画家ながら、パリで美術を学び、画家としては大半をロンドンで過ごしているので英国画家であるとも思います。この絵画はテート・ギャラリーに所蔵され、ラファエル前派の動きとも呼応します(ラスキンとの論争も長きに渡る)。けれど、美術史の中の位置づけは印象派及び印象主義、耽美主義に属します。さらに、このホイッスラーの絵画を鑑賞して感じるあの感傷的な雰囲気、正しくヨーロッパの憂愁なのです。ホイッスラーの父親はオランダ人だそうですが、土木技師であった為、鉄道建設の仕事でロシアに赴く。その後、イギリス、アメリアと渡り、フランスに移住という流民の人であった。そうした父の人生とホイッスラーの人生が重なり合う、鏡のようでもあります。

この『白のシンフォニー』の頃は「白の時代」で、当時の英国はヴィクトリア朝時代なのでジャポニスムの影響も絵の中に表れています。物憂い少女の面持ちと柔らかなモスリン風の白い衣服に団扇を持ち、朱色の碗も見られます。全体を包む白のイメージは、私の好きなロマン主義的な感傷へと誘います。ホイッスラーはとても音楽を好んだ画家のお一人で、やはりロマン派を愛好されていたように何かで読んだことがあります。アメリカ人ながら異邦人のようなホイッスラーは、複雑怪奇な脈々と流れる長いヨーロッパの歴史、芳香を受け、汲み込みながら作品に投影されていたように思います。この絵の「白い少女」の憂いと倦怠のようなもの、そして全体の構図としての穏やかな調和は、やはり私には「音楽」あるいは「詩」を奏でる作品です。ホイッスラーの心にはそうした心の音楽、心の詩が流れていたのでしょう。優美で大好きです。
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by Claranomori | 2011-10-31 11:18 | 絵画の中の少女・女性たち
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アルフォンス・マリア・ミュシャ(Alfons Maria Mucha:1860年~1939年)のサラ・ベルナールをモデルに描いた『トスカ』のことを4年程前に書きましたが、久しぶりに大好きなミュシャの作品を。好きな作品ばかりですが、今回から「私の好きな美少女・魅惑の美女を数珠繋ぎ的に、時折画集等から取り上げさせて頂きたいと思います。ミュシャ展には2度行きました、かなり前になりますが。美しさの中に漂う独特の神秘的な世界がとても好きです。美しい女性たちや草花、四季、音楽、演劇・・・といった私の好きな芸術世界に溢れています。19世紀末から20世紀初頭に、多くの作品を残してくださり、後世の私たちがそれらの美にふれることができる幸せに感謝したいです。

この『星』(Les Etoiles)と題された1902年のシリーズ作品は、『月光』(Clair de Lune)『宵の明星』(Etoile du Soir)『北極星』(Etoile Polaire)『明けの明星』(Etoile du Matin)からなるものです。中でも一等好きな作品が『月光』なのです。うら若き女性はまだ少女の面影を残しつつもどこか妖しげで、目が合うものでドキンとします。ミュシャの絵の外縁の草花はアール・ヌーヴォー芸術としても不可欠ですが、この色彩も華やかな色合いの作品とは違った魅力です。少女の仕草と背後の薄明かりな月光。青白い月光と夜空は詩的モチーフにピッタリです。神秘と幻想の淡き星空、そして美しい少女。

※まったく不規則な更新で申し訳ございません。ちょっと最近の近況を。当店(RECORD&CD SHOP VELVET MOON)のサイトがサーバートラブルに遭い、2週間弱反映されないアクシデントで落ち込んでいました。けれど、今は無事復旧しておりますので安心しています。そして、多分、年内に刊行されるフリーペーパーに執筆することになりまして、その原稿の締め切りがもう僅か!東京発のものですが、当店にも幾部か頂けると思いますので、また完成しましたらお知らせさせて頂きます。次号にも継続されるということで、私のコーナーのタイトルを真剣に考えているのですがどうも...。音楽と映画のコラムになりますが、敢えて少女や女性ヴォーカルに拘らずに作品を候補に上げているところです。私の思春期から青春期は紛れもなく80年代ですので、とりわけ音楽は80年代の作品に思い入れの強いアルバムや楽曲が多数あります。ちょっとマニアックなNew Wave作品(CD化されていないアルバム、DVD化されていない映画など)をとの事で進めています。有名なミュージシャンやアーティストの記事も掲載されるそうで、恐縮ですが私の器内で頑張りたいと思います。
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by Claranomori | 2011-10-29 18:55 | 絵画の中の少女・女性たち
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『星空サロン 夢見 in あめりか村SOCIO』 VOL.11
2011/11/16
開場:20時
ADD/2500<1D別>
DOOR/3000<1D別>

Cast
・SpecialGuestShow・
Rose de Reficul et Guiggles
ヴィクトリアンアンダーグラウンドというオリジナルジャンルを明示し風変わりな連中と舞台を踏むユニット。
ロウズ ド レフィクァル エ ギグルス
ひたむきに呼吸するその活動は2008年には書籍化、2009年には自らの謳うダークメルヒェンショウを副タイトル、そして軸にしつつ映画化された。
即興無言劇、観る人それぞれの解釈でここに在るダークメルヒェンショウをご高覧あれ。

・SpecialGuestLive・
シモーヌ深雪
怪奇と官能と愛の不毛をこよなく愛するシャンソン歌手。
また、1980年代より活動しているドラァグクイーンの一人。
デウス・エクス・マキナ的手法を用いたステージングアクトは、正統派ロマンティシズムとアンチリアリズムの信条に裏打ちされ、観る者全てに其かの鮮烈な印象を残す。
他に、パーティーオーガナイザー、ステージディレクター、コラムニスト、モダンホラー研究家などの顔を持つ。
DJ LaLaと共にオーガナイズするエンタテインメントパーティー“Diamonds Are Forever”は、去年末に20年目を迎えた。
(現在は京都CLUB-METROのレジデンツパーティーとして、月末の金曜日深夜に開催中。)

・AcousticLive・
血と薔薇
JET PEPPER TOWER、MAGIER SEXALICE、ALICE IN BATCAVEといったバンドでベースをプレイする傍ら、2009年より久々のソロ活動を再開。
シモーヌ深雪、アリスセイラー等と共演を果たす。
昭和歌謡とニューロマンティックを融合し本物の贋作を目指す。

・DarkCabaretLiveShow・
秋葉原紫音
キラキラ耽美ロマンティストが贈る。
哀愁のダークキャバレーショーライブ。

・CabaretShowTime・
大坂レトロ座
2011年に始動した大阪での初の本格派キャバレー集団
メンバーは
じぇしぃ・なぎら・ちぃ・ぺちこ
シニカルでリディカル、煌びやかだけどどこか物悲しい。
どうぞご覧下さいませ。

・TalkShow・
シモーヌ深雪×chouchou
そろそろお馴染みマニア必聴タイム.

・Art・
Tribal+Grotesque+Darkpop=∞
gaimon

genome
ぁず

・DJ・
VELVET MOON
sion★akihabara
血と薔薇


・DreamingDolls・
夢子
一夜

・FOOD・
Trish
「食文化の表現者として邁進する流しの料理人」
~MENU~
coming soon

・booth・
経年色雑貨屋店
淑女雑貨トゥココット

死体屋&MORE

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by claranomori | 2011-10-28 19:55 | イベントのお知らせ
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ゆめ

「ああ、だれかいまやさしい声が
わたしの耳もとちかく
ゆめですよ、みんなゆめですよ、と
ささやくことはないであろうか、―
そうして目をひらくと
あたりはかがやかしい十六のわかい朝で
まくらべにあの昔なつかしい父と母が
ほおえんでいることはないであろうか」―
しずかにふけゆく春の夜と、
母親の目には、いつか
幼児のようななみだがわいていました。

作:西条八十
「世界少年少女詩集 世界童謡集」(少年少女世界文学全集 第50巻)より

★西条八十は日本の童謡及び少年少女詩を多数残されました。好きな作品は多数あるのですが、今日は前日の記事の流れで"母と娘"、"親と子"の優しき言葉を超えた情景を。この『ゆめ』の後半部分を引用させて頂きました。前半は三つになる女の子が夜なかのゆめで眠りながら声たてて笑っていました。母親はその子を揺り覚まし「嬢や、ゆめですよ、起きて、お母さんの顔をごらんなさい」、と。幼き娘は母の顔を見て安心し、再び安らかな眠りに入ります。娘を優しく寝かせて臥所に戻った母親は、何故だか眠れず物悲しい心が、その胸をとらえてしまうのです。この詩を読むと、娘の様子も母の様子もとても懐かしく私の胸に響き涙しました。今も赤ん坊の頃から同じような夢を時々みます。この少女のように声立てて笑うことも、怖くて大声で泣いていることも。自分の声で目覚めるくらいです。いつの間にか、自分のお部屋で寝るようになり、父や母と一緒に眠っていた頃は遠い昔。けれど、今もしっかり覚えています。こうした懐かしい想い出を蘇らせてくださるのです、美しい日本語で。西条八十は大正期に多くの童謡集、浪漫詩を残されていますが、このような親子の風景は今も残っているのだと想います。残っていて欲しいと想います。
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by Claranomori | 2011-10-12 11:14 | 愛の花束・日本の抒情・文学
b0106921_1036278.jpg★この『母の庭をさがして』は今年の夏に読んだ御本の一冊で、ずっと何か考え続けていることをさらに突かれてしまったもの。今年の3月11日を忘れる事はないだろう!色々想いが巡る中、微妙に絡まる人間という尊い存在、そして国籍、肌の色、性別などの壁のことは長い歴史を遡る中で脈々と流れ続けている問題。私は日本人であるけれど、子供の頃から近所やクラスメイトに在日のお友達も居た。普通に楽しく遊んでいたし、今も友人知人に居られる。反在日、反米感情といった特定の国や人種に対する嫌悪感は私には希薄だと断言できる。けれど、今年の夏、必然的な偶然の廻り合わせか、広島の原爆に関する作品に接することになった。悲しくて悲しくて...。戦争という狂気の中で起こった悲劇であり、原爆投下された国は日本だけであることを幾度目かの再認識。私は欧州かぶれした子供時代から今に至るけれど、やはり、どうしたって日本が好きです。自分のブログなので想いを語る。もうそろそろ良いだろうと想うので。

この原爆のことは小学校の社会見学で広島を訪れた折の優しいおばあさんの姿を蘇えらせる。私の最も古い広島の想い出。あのおばあさんは今も御健在だろうか?病院で寝たきりなのに小さな私たちにあの優しい微笑みは何処から来るものだろうか?また、今回の震災で家を流され家族を失ってもじっと耐えて再び歩いてゆく人々の姿。多くの小説や映画で感動の涙を体験している私の心に日に日にグイグイと浸み込んでくるような...大自然の恵みと脅威を想う。そして、やや距離を置いてしまっていたことにようやく近づけそうな気がしています。

想いは簡単には纏まらないけれど、このアリス・ウォーカーのエッセイ集は心に刺さり続けている何かを刺激するものであったらしく、何だろう...とずっと考え(今も)続けていて想うのは、"母と娘"という奇妙な関係ではないかと。私個人の事で云えば、"父親"とは"父"以外のなにものでもない。尊厳なる愛。大好きな父を常に想うけれど、母を想う身近な存在とも違うように感じている。このアリス・ウォーカーは黒人でその母親の世代は黒人差別が当然という時代を生きたお方。その娘がアリス・ウォーカーで1944年生まれなので、次世代の激動のアメリカを生きて来たお方。そして娘レベッカへ...と継承されゆく。どんなに虐げらた状況下でも彼等の自尊心は失われはしない。そういう事だと想う。理屈で解き明かされない血の絆、同胞の絆のようなものが文化となるのだと。なので、素晴らしい多種多様な文化が世界中に存在するのだと。幼き日の祝日には玄関先に国旗が掲げられていた。弟は記憶に無いらしいので、私のとても幼少時までのことだろう。ご近所もそうだったけれど、次第にそんな風景は消えて行った。

在日の老夫婦が静かに生活されていた。ご近所付き合いも我が家以外はほとんどしないようであった。そのお孫さん姉妹の妹さんが私と同い年だったので、日曜日など祖父母の家に遊びに来た折にはよく遊んだ。日が暮れはじめ、明日は学校なのでちょっぴり憂鬱になる。その少女と同じ学校ではなかったので名残惜しかった、とても。何処にあるのかも知らないままのその少女の通っていた朝鮮学校。こういうお話をしたら嫌な気分になられるお方が居られることも知っている。何故なら、幾度もそうした事で泣いている少女たちの傍に居たから。傍に居ても私にはよく分からないことだった。それでも、私は遊びたいお友達と遊んでいた、それだけ。差別ってずっとある。日本人同士にだって。人種差別というと黒人やユダヤ人というイメージながら、日本人やアジアの人々は黄色人種で欧米(白人)社会からすればやはり奇異な存在で卑下されていたのだし。黒人の中でもやはり差別があるのだと、この『母の庭をさがして』の中で垣間見られる。少しでも白人の血が混ざった黒人は優位になり、アフリカ系の黒人とも違う。遥か昔にも、"魔女"という刻印の下、死に至った人々も居る。云わば世界の歴史はまるで差別の歴史のよう。それが良いとか悪いとかではなくて。

『母の庭をさがして』の初出は1974年。娘のように文学や言葉で語り、表現することはなくとも、アリス・ウォーカーの母もまた詩人であったのだと想う。庭仕事をしている活き活きとした姿が浮かぶ。きっとカラフルで美しいお庭だっただろう。そのお庭に託して母は歌っていたのだ。私の母もそんな感じ。勝手に手出し出来ない母の領域のようだった。精々、お水やりが私の日課という。懐かしさに噎せ返る幸福かつ光に満ちた風景が蘇る。けれど、同時に重いものを残してくれるので、まだまだ私には荷の重いことらしい。答えなど無くても良くて、考えることを教えてくれる。父や母の姿は言葉より大きなものであったのだと空を仰ぐ☆

アリス・ウォーカーが長い間、机の前のメッキの標識として貼っていた詩を掲載させて頂きます。私の好きな作家の名が並んでいるのも嬉しくて。

アリスへ
ヴァージニア・ウルフには狂気
ジョージ・エリオットは村八分
他人の夫を奪ったから
それで、自分の名前を
使う勇気がなかった
ジェイン・オースティンにはプライヴァシーがなく
恋愛もなかった
ブロンテ姉妹はどこにも行かず
若死した
そしていつも父親を頼りにしていた
ゾラ・ハーストンは(何ということ!)お金がなく
健康にも恵まれなかった

あなたにはレベッカがいる―彼女はずっとずっとたくさんの喜びを与えてくれる
それに悩みの種にもならない
かれらの
悲惨にくらべたら

●追記●
アリス・ウォーカー(Alice Walker:1944年2月9日生まれ)はアメリカの作家。公民権運動にも参加。1983年の『カラーパープル』でピューリッツァー賞を受賞。小説部門では黒人女性の初受賞となる。門戸を開いたパイオニア的存在でもある。けれどその軋轢に苛まれてゆく激動の時代を生きて来た女性作家。この著書『カラーパープル』はスティーヴン・スピルバーグ監督が1985年に映画化した原作で、ウーピー・ゴールドバーグが見事な主人公を演じていました。1990年の『ロング・ウォーク・ホーム』も実話に基づいた社会派映画で、これもまた抑えた名演技を想い出します。
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by Claranomori | 2011-10-11 09:03 | 想い・鑑賞・読書メモ
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宝石の城

2011.10.8(土)~15(土) 
12:00~18:00会期中無休/入場無料

小さい芽GALLERY HP
 〒 662-0046
 兵庫県西宮市千歳町6-20
 TEL&FAX 0798-33-3345 (お問い合わせ TEL 0798-23-8573)  

あきこ様(人形)
稲村志摩子様・稲村佳菜子様(人形)
江村あるめ様(人形・オブジェ)
おぐらとうこ様(人形)
木本黒陽様(人形・オブジェ)
CandyJane様(ペン画)
清水真理様(人形・オブジェ)
中井結様(鉛筆画)
natume様(人形)
中村キク様(鉛筆画)
古川沙織様(ペン画)
ミストレス・ノール様(服飾・オブジェ)
田村陽子様(人形作家)・・・9/27 サプライズ参加決定
(敬称略・順不同)

★『宝石の城』という素敵なイベントが開催されます。お友達の作品も出展されるので早く告知のご協力をと思いながら遅れてしまいました。10月になり、ようやく本格的な秋の到来を感じさせる気候となりました。先月が最も夏バテ状態という情けない状態だったのですが、大好きな季節!儚き秋、白い冬が大好きなので、少しずつ更新頻度を上げていければと想っています。気にかけてくださっている皆様、いつもありがとうございます♪

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by Claranomori | 2011-10-03 06:01 | イベントのお知らせ