あまりにも私的な少女幻想、あるいは束の間の光の雫。少女少年・映画・音楽・文学・絵画・神話・妖精たちとの美しきロマンの旅路♪


by chouchou
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★ヨーロッパのところどころに「悪魔の橋(devil's bridge)」と呼ばれる橋が存在し、その橋架けに悪魔が手を貸したという伝説がある。日本にも似たお話があるようですが、色々読んでいる中で面白く印象強かったお話の一つに、世界文化遺産でもあるスペインの「セゴビアの水道橋」のお話のこと。このセゴビアの水道橋の構想は紀元前80年(紀元前1世紀)頃の古代ローマまで遡るようなので共和政ローマ時代。そして、このセゴビアの水道橋を建造したのはトラヤヌス皇帝(在位:98年~117年)とされているので、所謂ローマ帝国時代の1世紀から2世紀初頭頃のもののようです。二段のアーチ119個を連ねた高さおよそ30メートル、幅4メートル、全長876メートルという巨大な建造物は、とても人間技では不可能で、きっと悪魔が作ったのだという伝承から「悪魔の橋」と呼ばれるようになったのではないかというものです。とりわけ、それに纏わる伝説物語が私には興味深いもので、悪魔と美しい娘の物語。

悪魔がセゴビアの町の美しい娘に恋をしてしまい熱心に言い寄る。たまたま水汲みに疲れてその白い腕の病める夜、娘は悪魔に、「もし明朝夜が明けるまでに、私の家の前まで水道をひいてくれるなら、そのお礼にあなたの言う事をきいてもいい」と返事をしてしまう。悪魔は大張り切りで一晩中、それこそ気狂いのようになって働いた。けれど娘は日の出とともに黒いつぶらな瞳をあけ、悪魔が最後のアーチに石を置くのを見てしまった。太陽の最初の光が、悪魔のしっぽを照らして輝いていたのです。

悪魔は約束通り一晩で完成させたと云う。けれど娘は見たので間に合わなかったのだと云う。そしてこの悪魔と娘の事件はセゴビアの法廷にまでもちこまれた末、結果は悪魔が日の出前に橋を架けることに失敗したという裁定で娘は救われた、と、ちょっと面白いお話です。この物語は『歴史のなかの 橋とロマン』という御本を参照させて頂きました。
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世界遺産であるセゴビア旧市街と水道橋には、ゴシック様式のセゴビア大聖堂とアルカサルの古城もあります。アルカサルの古城がまたとても幽玄たる美しい佇まいなのですが、ディズニー映画の『白雪姫』のモデルにもなったお城です。行ったことなど無いのですが、映画や音楽の源泉を辿ることが好きなもので、遥かなる歴史を書物などを通して読んだり眺めたり。史跡巡りをしながら神話や伝承物語にも遭遇できるので愉しいのです。
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by claranomori | 2011-07-31 20:50 | 神話・お伽噺・妖精譚
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『ORANGE VELVET LOUNGE★MAMBO CAFE 6周年SPECIAL』7月29日(金)@マンボカフェ

 明日7/29(金)は北区の広くゆったりした空間のマンボカフェさんの6周年記念パーティー!当店がオープン時からお世話になっているオレンジ・レコーズの方々とご一緒に。グルーヴあんちゃんが色々細かいことを決めてくださっているのですが、明日のトーク・コーナーのテーマをなんと!”シャルロット・ゲンズブール特集にしましょうか”と多忙な中メールをくださった。きゃあ!と舞い上がる私。即答で了解メール。けれど、それから時間が経つにつれドキドキしています。なので今の想いを。

 シャルロットは私にとって「聖少女」のようなお方。まだ映画デビューする前から小さな男の子のような可愛い少女シャルロットのお姿をセルジュやジェーンのお写真と共に眺めていた頃は私もまだ10代だった。けれど月日は思いのほか流れている。シャルロットは今年の7月21日で40歳になられたのだもの!私も残念ながらもう少し年上なのだから不思議だけれど当然のこと。はにかんだ表情や仕草の真面目で内気な可愛いまだあどけない少女シャルロットを想う。私よりもっと大好きなお方もおられるだろう。私はシャルロット・マニアという意識は無くて、ずっと大好きで居られる数少ないアーティストのお一人なのです。音楽デビューも映画デビューも同時代性という中で共感して生きて来たことも光栄です。ゆえに、今はすっかり素敵な美しいシャルロットなのに、いつまでも少女シャルロットが共に在る。また当時の私の蒼い姿も。往還する女と少女。同じ時をシャルロットと生きていられることが本当に嬉しいです!この私の心の支柱としているブログ「クララの森・少女愛惜」の最も心を射られる大切なお方でもあるようです。

 少女子役時代のシャルロットや今のシャルロット、その過程のシャルロットの姿を想うのが好き。きっとこの先もずっとずっと素敵なシャルロットに違いない。嬉しいなあ、共に時を刻めるなんて!明日のトーク、上手には無理ですが私の拙い言葉で想うことをお話するのだと思います。綴っていると少し落ち着いて来ました...そういう時はいつも泣いています。涙の効用はカタルシス。私の好きな世界の住人たちはこれまで、こうして幾度も私の心をなだめ、勇気づけてくださる。「少女愛好」という言葉、「少女愛」というイメージ...それらはますます危険なもののようにチェックされる。チェックは大切だと想います。少年少女が大好きな私たちは彼女たちを慈しむのです。危害から守る想いなのに湾曲された先入観や誤解も多い。私の綴ることも時にチェックされているようですが特に問題はないようです。自分の言葉に責任をもって書いているつもりです。何を間違ってか変なコメントを頂くこともありますが、申し訳ございませんが削除させて頂いております。同士、同志のような方々が訪れてくださること、お話ができること、知らないことを教えて頂けること...このブログを始めた折でさえ、時流は危ういものでしたので危惧しての開始でした。でも、今は皆様のお陰で少年少女を中心に、私の心に問いかける美しいものたちと共に、マイペースにですが愉しく更新を続けています。キーボードが打てる限り継続すると想います。気負いは無いのですが時折心痛も伴います。楽しいだけでは少女愛惜はできないことも学びました。なので道のりは長く終わりの無い旅路だと覚悟しています。苦行の末の姿は今の私には皆目想像すらできませんが人生は修行なのですから、ある意味、私の生きるテーマだということなのでしょう☆

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by claranomori | 2011-07-28 18:37 | 往還する女と少女
★記憶という装置はいったいどんな具合にできているのだろう・・・と想う日々なのですが、「児童文庫」なる偉大な発刊により、何世代にも渡り今日も各社から様々なかたちで児童文学にふれることができることを嬉しく想います。先日からそんなことを考えていてふと蘇ったのが澁澤龍彦氏の言葉の断片でした。10代後半から10年強、かなり、どっぷり澁澤龍彦作品を愛読し耽溺していたように想えます。美麗な装丁は読み辛いので最近は文庫も好きです。膨大な作品のどの御本のどの頁に「児童文庫」のことが書かれていたのか?思い出せそうで思い出せないというのは何とも歯痒いものですがようやく再会できました。映画や音楽、絵画などの鑑賞、また読書(拾い読み含む)の感想とは云えないものでも覚え書きとして、このカテゴリーに軽くメモしてゆこうと想います。最近、度忘れが著しいもので。私は今もノートに鉛筆でメモする癖が止められないのですが、それもめちゃくちゃな曖昧さ故、余計に気になって再会を気長に待つという事も多いです。そんな訳で、以下、一部をキーボードにてメモ書きしておきます。

いわゆる大正リベラリズムの名で呼ばれる大正時代は、童話や童謡の空前の流行を見た時代である。それが一段落して、昭和の時代にはいるとともに、やがて講談社ジャーナリズムに支配された児童文学の大衆化の波が滔々と押し寄せてくる。昭和とともに発足したアルスの「日本児童文庫」は、いわばこの谷間に咲いた、大正時代の童話・童謡の黄金時代の最後の花、最後の総決算であろう。なつかしい大正文化の夕映えのようなものだと思えばよいかもしれない。

澁澤龍彦 『魔法のランプ』 推薦文六篇 
大正文化の夕映え (『日本児童文庫』)
より
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※『日本児童文庫』は昭和3年4月5日から昭和5年11月11日までに全76巻発刊されたそうです。西暦だと1928年から1930年となります。大正の終わりが1926年なので、まだ大正ロマンの芳香を感じることができた時代だったのだと夢を馳せます。前述の山本有三氏が編纂した『日本少国民文庫』は昭和10年から12年の新潮社よりの刊行なので、その約7年程前です。その時代時代で変容するのは書物に限ったことではないけれど、やはりロマン香る時代の作品は心がほっこりするようです。
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by claranomori | 2011-07-27 10:51 | 想い・鑑賞・読書メモ
年輪の話
人間、苦労はむだじゃない


南風と太陽をいっぱいに受けて育つ南側は肉づきもよく、豊かに成長する。つまり、それだけ年輪と年輪の目の幅が広い。だが、北風を受け、日にあたらない中で生きる北側は、寒さから自分を守るために戦う。だから年輪の幅が小さく、しんがその方に寄っていくんだ

だがな、伐採され、材木として利用されるときになると、太陽をいっぱい受けた南側は『板』になる。が、北風を受けて育ったしんの寄った部分は角材として、つまり『柱』になるんだ。
柱は家を支える。
同じように逆境に生きぬいた人間は『板』にはならないが『柱』になれる。
人間、苦労はむだじゃない

★中学三年の秋、父と一緒に山登りをし、その折に伐採された大木の新しい切り株に出合う。「年輪のしんは、どの切り株を見ても同じように北側に寄っているのはなぜか」というお話。著者の柴山一郎氏は、その少年時代の、今は亡き父の言葉を今も自分に言い聞かせているそうです。

人生を3で割ると一日の時間に当たります。卒業生は15歳ですから15割る3で5、つまり午前5時です。これから太陽が昇り、一日の活動が始まる時間です。皆さんの人生はこれからです。

★上記の言葉は、ある中学校の卒業式での二年生代表による「贈る言葉」の一節だそうです。著者である柴山一郎氏はこの少年の言葉を聞き愕然とされた。ご自分の時間を計算され。けれど、父兄による謝恩会でのお話で語られた言葉も素晴らしいのでした。50歳を過ぎて『青春』という詩を壁にはってご自分に言いきかせているという詩です。

青春とは
年を重ねただけでは人は老いない


青春とは人生のある時期をいうのではなく、心の姿をいうのだ。すぐれた創造力、燃ゆる情熱、卑怯を退ける勇猛心、安易をふり捨てる冒険心、こういう姿を青春というのだ。年を重ねただけでは人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる。歳月は皮膚のしわを増すが、情熱を失う時に精神はしぼむ。希望ある限り若く、失望と共に老ゆる。

作:柴山一郎 『児童生徒に聞かせたい さわやか1分話』より

★「児童生徒に聞かせたい」というタイトルが気になり読んだ御本です。中にはたくさんの感動的な、また考えさせられる学びの言葉があります。教師生活を終えた後も教育活動を続けている著者ならではの言葉たち。そして、上からの物言いではなく、しっかり生徒たち、子供たちの言葉に耳を傾け、嘗てご自分が少年時代だった頃の体験や両親の姿や言葉も心の糧として生きて来られたことが感じられます。とりわけ、年輪のお話を読んだ折に、今の東日本大震災の東北の人々、殊に子供たちが直結してしまい、そして私自身のこれまでとこれからを想い、とても心に響く言葉でもありました。私は太陽は苦手だし、北風に耐え抜く精神力すら希薄な人間です。けれど、決してこれまでの人生に後悔は持っていません。いくらちっぽけな人生だとしても。考えれば苦しくて泣いてばかりの人生のようです。けれど、楽しかったこと、感動して泣いたこと、笑ったこともいっぱい!「笑い」「笑う」という尊い姿は逆境の中にこそ、崇高な魂と共に在るのではないだろうか・・・とも想え、また泣きながらも妙な心の爽快さを感じています。
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by claranomori | 2011-07-25 11:16 | 想い・鑑賞・読書メモ
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★吉野源三郎の名著として長く読み継がれている『君たちはどう生きるか』は、15歳の少年コペル君と叔父さんとの会話とおじさんのNoteで綴られ、少年コペル君の精神的成長を物語るもの。コペル君のお父さんは亡くなっていて叔父さん(お母さんの弟)という親しい身内がいる。コペル君の日常での出来事、勇ましい友もいれば、貧しき友もいる。英雄ナポレオン、ニュートンの林檎と粉ミルク、友達が上級生に殴られる事件ではコペル君は怖くて何もできず友を裏切ったという後悔を覚える。友達には貧しいお家の子もいれば洋館に住む子もいる。なぜ貧富の差が生まれるのだろうと考えながら、コペル君はそうした差別なく友を思う。色んなことが中学生の少年少女にだって日々起こる。大人からすれば大したことではないような事が大問題だったり!そこで自分なりに感じ思考するコペル君。そんなコペル君が好きです。コペルという呼び名はコペルニクスからの由来であると本文にあります。

お話の中で殊に好きなのは「水仙の芽とガンダーラの仏像」という章。仏像は東洋のものだと思い込んでいたコペル君の心がわくわくするのが伝わってくるので。仏像は仏教思想からだけのものではなく、古いギリシャ彫刻の技師、技術だけで生まれたものでもない。両方が結びついて生まれたものだと、叔父さんの説明で知る。

コペル君は、自分の眼がいきいきして来るのを感じました。
ギリシャから東洋の東の端までの遠い距離―二千年の時の流れ―生まれては死んでいった何十億の人々―
そして、さまざまな民族を通して、とりどりに生まれて来た、美しい文化!
それは、なんというすばらしい広大な眺めでしたろう。コペル君は、自分の胸がふくらんで来て、何か大きく揺すられているような気持でした。丁子の花の香を運んで来る、夜の風に吹かれながら、コペル君はしばらく黙りこんで、卓上電灯を見つめていました。
―昼間庭に立って感じた、あの延びてゆかずにいられないものは、何千年の歴史の中にも大きく大きく動いているのでした。

この世界の長い長い歴史が色んな所で繋がっていること、そんなことを想うのが大好きな私にも、似た心のときめきがこれまで幾度もありました。学校の授業の折も、映画や音楽を鑑賞していたり、古い絵画を眺めていたり、読書の中で知り感じたことたちが、ごちゃごちゃでも緩やかに頭の中で結びついてゆく、あの感じ!愉しい感動!

この『君たちはどう生きるか』は残念ながらコペル君と同じ年の頃には知らない御本でした。もっと成長してからの80年代の岩波文庫で。岩波文庫でも古典やヨーロッパの文学を優先して読んでいたことが機会を逃していたのだと思います。『君たちはどう生きるか』というタイトルはちょっと教訓めいたもののように最初は感じたものですが、そんなお説教がましいものではないのでした。作者のこれからを生きる少年少女たちへの愛のこもった問いかけのようです。

元々は1935年10月に新潮社から山本有三氏の『心に太陽をもて』という作品が刊行され、これは山本有三氏が編纂した『日本少国民文庫』全16巻の第12巻で最初の配本。そして、1937年7月に完結し、吉野源三郎氏の『君たちはどう生きるか』はその最後の配本だったそうです。当時の日本は、満州事変が起こり、日中戦争となり、ヨーロッパでもムッソリーニとヒトラー政権によるファシズムの脅威という時勢。この『日本少国民文庫』は、そんな時勢の中でも、少年少女に訴える余地はまだ残っており、少年少女たちこそ、次の時代を担う大切な人々であり、守りたいし希望はあると、執筆制限も強くなっていながらも刊行を計画し実行されたという歴史の背景を見逃してもならないと思います。幾度も再販されていて、ポプラ社の『ジュニア版吉野源三郎全集1 君たちはどう生きるか』もあります。その時代の風潮によって戦後版削除、訂正箇所も幾つもあったようですが、時代に拮抗する著者の強い信念、想いが『君たちはどう生きるか』の全編から柔和に、かつひしひしと感じられ、伝わるので長く読み継がれているのだと想います。私もまた読み返すと想います。

★『君たちはどう生きるか』 著:吉野源三郎 岩波文庫 
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by claranomori | 2011-07-23 11:40 | 本の中の少女・少年
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★吉野源三郎(1899年4月9日~1981年5月23日)というお方の名は岩波文庫の『君たちはどう生きるか』という作品で知り、とても深く感銘を受けた大好きな御本です。このお話の事も続けようと思いますが、今朝はその吉野源三郎氏の寄せた名文である、「岩波少年文庫発刊に際して」(1950年)を記しておこうと想います。3月11日以来のあの衝撃的映像と諸々・・・すっかりブログの更新もままならぬ体調不良に陥ってしまった。そんな折に懐かしいあの名文がおぼろげに蘇り、手許にある「岩波少年文庫」で確認したのでした。

岩波少年文庫発刊に際して 

一物も残さず焼きはらわれた街に、草が萌え出し、いためつけられた街路樹からも、若々しい枝が空に向かって伸びていった。戦後、いたるところに見た草木の、あのめざましい姿は、私たちに、いま何を大切にし、何に期待すべきかを教える。未曾有の崩壊を経て、まだ立ちなおらない今日の日本に、少年期を過ごしつつある人々こそ、私たちの社会にとって、正にあのみずみずしい草の葉であり、若々しい枝なのである。

この文庫は、日本のこの新しい萌芽に対する深い期待から生まれた。この萌芽に明るい陽光をさし入れ、豊かな水分を培うことが、この文庫の目的である。幸いに世界文学の宝庫には、少年たちへの温い愛情をモティーフとして生まれ、歳月を経てその価値を減ぜず、国境を越えて人に訴える、すぐれた作品が数多く収められ、また名だたる巨匠の作品で、少年たちにも理解し得る一面を備えたものも、けっして乏しくはない。私たちは、この宝庫をさぐって、かかる名作を逐次、美しい日本語に移して、彼らに贈りたいと思う。

もとより海外児童文学の名作の、わが国における紹介は、グリム、アンデルセンの作品をはじめとして、すでにおびただしい数にのぼっている。しかも、少数の例外的な出版者、翻訳者の良心的な試みを除けば、およそ出版部門のなかで、この部門ほど杜撰な翻訳が看過され、ほしいままの改刪が横行している部門はない。私たちがこの文庫の発足を決心したのも、一つには、多年にわたるこの弊害を除き、名作にふさわしい定訳を、日本に作ることの必要を痛感したからである。翻訳は、あくまで原作の真の姿を伝えることを期すると共に、訳文は平明、どこまでも少年諸君に親しみ深いものとするつもりである。

この試みが成功するためには、粗悪な読書の害が、粗悪な感触の害に劣らないことを知る、世の心ある両親と真摯な教育者との、広範なご支持を得なければならない。私たちは、その要望にそうため、内容にも装釘にもできる限りの努力を注ぐと共に、価格も事情の許す限り低廉にしてゆく方針である。私たちの努力が、多少とも所期の成果をあげ、この文庫が都市はもちろん、農村の隅々にまで普及する日が来るならば、それは、ただ私たちだけの喜びではないであろう。(一九五〇年)


★岩波少年文庫の歴史は60年を経ました。岩波のみならず講談社やポプラ社等の思い出深い子供の頃の読書体験は、今の私にとって如何に尊いものであったかと痛感している日々です。幼年期、小学生の低学年、中学年、高学年辺りの私の子供時代が時を超えて。思春期から20代は欧州文学に浸っていたのですが、30代後半頃から再び児童文学を読み返したくなり進行中です。相性の問題かとも想いますが、欧米や日本の様々な児童文学や児童文庫というものが好きなようです。子供の読み物と侮るなかれ!主役が少年少女ということも好きな要因ですが、彼らが作品の中で体験すること、想い考えること、家族や兄弟、友人や先生との交流の中で少しずつ成長してゆく様はやはり魅力です。ただ夢と希望があるだけではない、世界中にその時々に戦争という大人の起こした大変な状況下での少年少女たち(軍国少年たちにとっての思春期や青春でもあったと思いますが)、苦境の中での孤独や恐怖だってある。そして冒険譚も多くわくわくしながら、今ならその主人公を遠くから、そおっと応援できるのが嬉しいです。そして、岩波少年文庫に必ず記されていた「岩波少年文庫発刊に際して」という文章は、今の日本の情景とも私にはとても重なり合うのです。けれど、岩波少年文庫の創刊50年以後の刊行物では文章が変わりました。吉野源三郎氏は岩波書店の歴史にも欠かせないお方のお一人だと思いますが、60年以上も前に書かれた文が色褪せないのです。如何に普遍的なこと、想いが込められていたのだろう!とやはり胸が熱くなります。
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by claranomori | 2011-07-22 07:53 | 愛の花束・日本の抒情
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★この『さいこうのいちにち』という絵本は、イギリスの絵本・児童文学作家であるジーン・ウィリスの文と、同じイギリスの絵本作家・挿絵画家であるトニー・ロスの綺麗な絵で綴られたもの。地上に出てきたカゲロウの最初で最後の一日を美しく描いています。僅か一日だけの命。でも悲しがるよりもこの一日を自然や出会う子供たちと共に楽しんでいます。そして、夜になり、残される愛しき我が子たちのしあわせを願い、お月さまがのぼり、お星さまの光が薄れてゆく中、カゲロウは今日という一日に感謝を捧げて終えます。元来泣き虫の性分ですが、最近さらに涙脆くなってしまい、この美しい絵本を読みながら見ながらうるうる・・・でも、心は妙に平静であります♪

カゲロウはタマゴをうむ。
しずかな夜に。
さいじょう、さいこうの夜に。

そして、さいごにいのる、「いとしい子たち。
あすからの日々が、わたしのきょうのように
しあわせでありますように!」

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★絵本 『さいこうのいちにち』 文:ジーン・ウィリス 絵:トニー・ロス 
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by claranomori | 2011-07-21 11:07 | 童話・絵本・挿絵画家
『あゆみ』 詩:石川啄木

始めなく、また終りなき
時を刻むと、柱なる
時計の針はひびき行け。
せまく、短く、過ぎやすき
いのち刻むと、わが足は
ひねもす路を歩むかも。

詩集『あこがれ』より

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★猛暑覚悟とは云え、関西電力も節電要請・・・嘗てこのような状況を誰が想像しただろうか。強い勢力の台風が関西を去ったばかり。東日本大震災から4か月を経過。復興に向かいながらも三次災害のような日々が続く。気象ニュース、それも全国の週間予報をチェックする習慣になっている。東北ではまだまだ瓦礫の中、お盆も近づく。東北出身の作家は多い。なんとなく、明治の詩人であり歌人の石川啄木(1886年2月20日~1912年4月13日)の詩集を読んでいた。私は詩篇が好きなので、時折、訳もなく時代も国籍も気にせず手に取る詩集たち。この『あゆみ』は石川啄木の処女詩集『あこがれ』より。1905年の刊行で啄木は19歳。肺結核で27歳の若さで死去されたお方。妻節子との新婚生活と政治的、社会的事件の中での貧窮作家人生を想う。

明治という時代は遠い日のようであり、またそんなに昔でもないとも想える。思いがけぬ自然災害や事故・・・4ヶ月程前の心とは違ってしまった私が居るようです。心は不思議なもので自分でもさっぱり分からない。けれど、嘗てより強く「死」を考えるようになった。故に「生きる」意味をも考えさせられるのでもある。相も変わらずどうしてだか、16歳の私は常に居る・・・あの図書館通いの私の幼い心で日々「大人になる」という意味、「生きる」という意味を想い悩んでいた、あの蒼い刻。随分年月を経た今の想いとは違うけれど、いまだにあの頃の私に立ち返る。最も青白い思春期の痩せこけた私の姿。啄木は魔の27歳という夭折の詩人。「ひねもす路」は私にはまだまだ続くけれど、明日より今日、今という時間を自分の歩幅でゆっくりと歩いてゆきたい。未来より、これまでの歩み、歴史が教えてくださる歩み、遠き日の人々を想うことの方が性に合う。

※「昭和」、私の大好きな70年代を体現されていた名優、原田芳雄さんがお亡くなりになった。遺作となった阪本順治監督の『大鹿村騒動記』も観たいと想っていた矢先の訃報。悲しいのだけれど、涙がじわじわ溢れるのだけれど、心がついて来ない。私の幼き少女時代が、好きなお方の死と共に巡る。私もそんな歳になっているということ・・・宙ぶらりんの正念場の年かな。原田芳雄氏のご冥福をお祈りいたします。
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by claranomori | 2011-07-20 22:06 | 愛の花束・日本の抒情
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★猛暑がまだまだ続く中、相変わらず複雑な想いは常に傍らに。不安定な体調・・・どうにか心のバランスを保てますように!という日々を過ごしています。それにしても、凄いことになっている日本。ある意味、この時代を生きること、体験できることは崇高なる学びだとも想える。東北も梅雨明けしたそうなので暑いでしょうね。どうか頑張ってください!

 クロード・ドビュッシー(CLAUDE DEBUSSY:1862年8月22日~1918年3月25日)という、フランスの19世紀から20世紀初頭の生涯をふと想うことがある。偉大なる作曲家であり詩人でもあったお方。優れた好きな楽曲は多数あるのですが、今日は『もう家の無い子のためのクリスマス』あるいは『家なき子等のクリスマス』と題された、1915年のドビュッシーの残した最後の歌曲で作詞作曲共にドビュッシー自身によるものです。1915年のこの『もう家の無い子のためのクリスマス』は、第一次世界大戦の悲劇がドビュッシーの心を深く動揺させたとされ、ドビュッシーは癌という重い病と闘いながらも、フランスが敵軍に占領され、不安と恐怖に怯える荒廃した地方の子供たちに捧げられた悲痛な想いの詩でもあります。

もう家もない!
敵はみんな、みんな、みんな取ってしまった

僕たちの小さな寝床まで!
学校も先生も焼いた
教会もキリストさまの銅像も焼いた
動けなかった乞食のおじいさいも焼いた!

もう家もない!
敵はみんな、みんな、みんな取ってしまった

僕たちの小さな寝床まで!
そうだ!お父さんは戦争に行っている
お母さんはこんな目にあうまえに死んだ!

・・・

どうぞ毎日のパンを下さい。

キリストさま! きいてください。
もう小さな木靴もありません。
でも、フランスの子供に勝利を与えて下さい!

もう家の無い子のためのクリスマス 作:クロード・ドビュッシー
 
 音楽ジャンルに深く拘りはないし偏見もない。ただ心に響く曲、相性の良い曲を好んで聴いている気がします。クラシック音楽から見た歌曲は、これまた大好きなシャンソンとの繋がりは強いながらも敬遠されがちなようですが、私はそんなお堅い音楽論は苦手だしあまり興味もない。このクロード・ドビュッシーは、私の好きな音楽家たち(シャンソンでもロックでもポップスでも)のように、メロディーと詩のハーモニーが絶妙であり、前人未到の域のお方でさえあると想う。楽想と詩想、音楽と言葉というものを見事に融合し一つの作品(楽曲)と成し得ているのだから☆
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by claranomori | 2011-07-19 11:48 | 詩人・作家・画家・芸術家
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ORANGE VELVET LOUNGE
MAMBO CAFE 6周年SPECIAL

日時:2011年7月29日(金)
時間:OPEN / START 19:00 ~ 23:00
会場:MAMBO CAFE
大阪市北区大淀南1-1-14 (梅田Shangli-la 2F)
料金:前売り1500円 当日1800円 (ともにドリンク代別)

LIVE:
maho

DJ:
グルーヴあんちゃん
社長と専務 (Orange Records
Yamaten et Chouchou (Velvet Moon

トークショー:
グルーヴあんちゃん&Chouchou
☆トークの内容は「シャルロット・ゲンズブール特集」という感じで、
あんちゃんに色々質問されたりするようです。
上手くお話できると良いのですが何訊かれるのかドキドキします☆

●特典●マンボカフェさんからのプレゼントもあります。
どうぞお楽しみに!


【チケット予約お問い合わせ】 
オレンジレコーズ info@orangerecords.biz
MAMBO CAFE 06-6343-8602 ※14:00~24:00

★オレンジ・レコーズとヴェルヴェット・ムーンによる
パーティー・イベントです!
今回はマンボカフェさんの6周年を記念してのもので、
詳細等、随時お知らせさせて頂きます。
皆様、どうぞよろしくお願いいたします♪

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by claranomori | 2011-07-18 11:58 | お知らせ