あまりにも私的な少女幻想、あるいは束の間の光の雫。少女少年・映画・音楽・文学・絵画・神話・妖精たちとの美しきロマンの旅路♪


by chouchou
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<   2010年 12月 ( 12 )   > この月の画像一覧

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★2005年のクリスマス・イヴに観て以来の幾度目かの再見。感動の鮮度は今なお新鮮!これぞ、映画の魅力なり。そんな訳で今年もフランク・キャプラ監督の『素晴らしき哉、人生!』を観る事にした。やっぱり最後はほっこりとした涙に溢れ気分爽快。さらに人生謳歌な私です。

この映画はジェームズ・スチュワート主演の1946年のモノクロ映画。信じられないけれど60数年も前の作品なのだ。今のハリウッド映画にはない優しさを感じてならない。私にとって最高の娯楽だと思っている「映画」。映画の発祥成長の地はアメリカだろうけれど、生まれたのはフランス(だと思っている)。好きな監督・俳優さんが出ているとどんな悪評でも機会があれば観てしまう。でも、ハリウッド映画ってアンチだったのだ、特に10代の頃は。オードリーもリズもみんなアメリカ人だと思っていたし、大きな偏見をアメリカ映画に持っていた。今ではそんな自分が青く愚かに思える。相変わらずヨーロッパ映画ファンではあるけれど、観て良かったと思えるものに国や年代やジャンル等は関係ない。
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この『素晴らしき哉、人生!』の主人公ジョージ(ジェームズ・スチュワート)は、8000ドルという大金の横領の疑いを受ける。それまでも幾度も挫折感の人生だった。でも遂に絶望の果てに身投げを考える程になってしまう。そんな折にクラレンスという老人(ヘンリー・トラヴァース)が登場する。この老人は実は2級天使。この愛らしい2級天使は2級なので翼がない。善行により格上げされるらしく、守護天使である使命(と翼が欲しいとう目的も)からそんなジョージを救おうとする。ジョージは「自分なんか生まれて来なければ良かったんだ。」と嘆き泣くばかりで、この天使の存在も言葉も信じない。それならば!と天使はジョージが存在しない世界に変えてしまう。すると、幼馴染みの妻メリイ(ドナ・リード)も子供たちも友人たちも建物も・・・ジョージを知らない、そんな世界を見せられ生きる事を神に縋る。行方不明になっていた夫を必死で探し回る妻や可愛い子供たち、裕福ではないけれど暖かい家庭があり友人たちがいる。ジョージに逮捕状まで出ていたので、そんな彼を助ける為に友人や近所の人々が少しずつ募金してくれ奇跡が起こる。警官も逮捕状を破棄しみんなで合唱するラスト。ジョージは家族や友人、そして生きている今のしあわせを想う。クリスマス・ツリーのベルがさり気なく音を鳴らす。あの2級天使に翼が貰えた合図なのでした・・・こんなお話が大好きです♪
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素晴らしき哉、人生!/IT'S A WONDERFUL LIFE
1946年・アメリカ映画 
監督・製作:フランク・キャプラ 原作:フィリップ・ヴァン・ドレン・スターン
脚本:フランセス・グッドリッチ、アルバート・ハケット、フランク・キャプラ
撮影:ジョセフ・ウォーカー、ジョセフ・バイロック 
音楽:ディミトリ・ティオムキン
出演:ジェームズ・スチュワート、ドナ・リード、ライオネル・バリモア、トーマス・ミッチェル、ヘンリー・トラヴァース、ボーラ・ボンディ、フランク・フェイレン、ウォード・ボンド、グロリア・グレアム

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by claranomori | 2010-12-25 11:55 | キネマの夢・シネマ万華鏡
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NHK「みんなのうた」半世紀 元日に特番 
NHK総合で午後5時から
2010年12月21日(火)08:00
(産経新聞) より引用
 
 ■各時代の音楽や映像つめたショーケース

 「ちいさい秋みつけた」「大きな古時計」「おしりかじり虫」-など、童謡からJ-ポップまで多くの名曲や流行歌を生み出したNHKの音楽番組「みんなのうた」。来年4月に放送開始から50年を迎え、その歴史を振り返る「愛されて50年♪ みんなのうた新春スペシャル!」が元日に放送される。NHKエンタープライズの松坂華子チーフプロデューサーは「“売る”ための曲ではなく、子供の感性に訴える“聴かせる”曲にこだわった制作者の思いも届けたい」とし、番組秘話を交えながら、楽曲の数々を一挙に紹介する。(萩原万貴枝)

 「みんなのうた」は昭和36年にスタートし、これまでに約1300曲を放送してきた。30年代までは「バラが咲いた」など既存の童謡や外国の民謡などをモチーフにした歌が多かったが、40年代以降はオリジナル曲に路線を変更。「山口さんちのツトム君」(51年)や「切手のないおくりもの」(53年)は売り上げ100万枚を超えるヒットとなった。

 番組の特徴の一つに、楽曲と映像を一体化させた「ミュージックビデオ」のスタイルを最初に作り上げたことが挙げられる。曲に合わせるアニメーションもセル画からデジタルに移行するなど技術の変化が色濃く反映。広岡篤哉チーフプロデューサーは「時代ごとの音楽や映像表現の可能性をつめ込んだショーケースだった」と説明する。

 正月特番では約60曲を放送予定で、第1回のチェコ民謡「おお牧場はみどり」と詩人、谷川俊太郎(79)の作品に和田誠(74)のイラストを合わせた「誰も知らない」の2曲のほか、約2分半の尺に4コーラスを入れた谷山浩子(54)の「恋するニワトリ」(60年)などを紹介。影絵作家、藤城清治(86)が映像を担当した「ゆりかごのうた」(42年)は、当時のモノクロ映像が今回はカラーでよみがえる。

 広岡氏によると、30、40年代は16ミリフィルムを繰り返し使うなどしていたため、音源や映像が失われた曲は約500曲に及ぶ。しかし、今年亡くなった谷啓さんが歌う「シャーロック・ホームズとワトソン博士」(50年)など2曲が発掘され、番組で披露される。元日には公式サイト内でデータベースを開設し、番組で未収集の曲の提供も呼びかける。

 出演は井上順、榊原郁恵、ベッキーら。

★こんな嬉しいニュースが!!私はNHK番組や放送が好きなのですが、殊に子供の頃から『みんなのうた』や『おかあさんといっしょ』等の影響を知らず知らずに受けて育ったように想います。その『みんなのうた』は50年という半世紀の歴史があることをこのニュースで知りました。大好きな谷川俊太郎さんや和田誠さん、影絵作家の藤城清治さんの手がけた貴重な映像も観れるそうで嬉しくてしかたがありません。知ってる曲も知らない曲もあるけれど、また新鮮な発見があるのだと今から待ち遠しいです。

「“売る”ための曲ではなく、子供の感性に訴える“聴かせる”曲にこだわった制作者の思いも届けたい」というお言葉にも感動!そんな素敵な曲たちを子供の頃に聴き、学校でも口ずさむ人も多かった。私も歌は苦手だけれど、みんなと一緒に歌っていた、あの頃を想い出せます。今年お亡くなりになられた谷啓さんが歌う「シャーロック・ホームズとワトソン博士」(50年)という歌も知らないので楽しみです。愉快な曲だろうな♪

「山口さんちのツトム君」というと、斉藤こず恵さんが幼い少女時代に歌っていた曲(1976年)として認知しているのですが、この『みんなのうた』での唄は(川橋啓史(NHK東京児童合唱団)、アニメーション制作は田中ケイコ)で、どちらも可愛いです!作者はみなみらんぼう。幼馴染のツトム君が元気がないなって、ユミちゃんのツトム君の様子を心配する愛らしい気持ちが今聴いても心に響きます。とってもかわいい大好きな歌です♪
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by claranomori | 2010-12-22 20:12 | 愛の花束・日本の抒情
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★クラシック映画ならではの魅力というものがあると想うけれど、このジョージ・スティーヴン監督の1948年の名画『ママの想い出』もそんな一つでとても感動した作品です。原作はキャスリン・フォーブスの『ママの銀行預金』を脚色し映画化されたもので、ブロードウェイで約2年ものロングラン・ヒットとなった戯曲でもあるそうです。

ママことマルタ(アイリーン・ダン)とパパことラース(フィリップ・ドーン)、そして長男のネルス(スティーヴ・ブラウン)、長女キャトリン(バーバラ・ベル・ゲデス)、次女クリスティナ(ペギー・マッキンタイア)、三女のダグマー(ジューン・ヘディン)の6人家族の物語。長女キャトリンの回想で綴られる。大工のパパのお給料を毎週土曜日にママが仕分ける。決して裕福ではないけれど両親と子供たちはその状況を毎週見て知っている。ママが「これで銀行に行かずに済むわ」と云う言葉に子供たちは安堵する。けれど、家庭の事情は意外な出来事で予定変更となるもの。まだ幼い末娘ダグマがある日高熱を出し入院手術という事態。小さな少女は家族と離れて病室で寝ている。ママは「一緒に居てあげる」と約束してくれた。ところが、手術は成功したものの明日まで面会謝絶。まだ幼い娘がどんなに寂しい想いをしているかと気が気でないマルタは、掃除婦に変装して病室に忍び込む。ダグマもママの顔を見るとホッとするのだった。また、長女と次女は高校生でキャトリンはもうすぐ18歳になり卒業。子供たちは日々成長している。パパのお仕事もストで収入が減ってしまい「小さな銀行」と家族が呼んでいる宝箱の中のお金も空っぽに。でも、銀行に貯金があるから子供たちはそんなに深刻でもない。
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この家庭には英国人の居候ハイド氏(サー・セドリック・ハードウィック)という老人が居るのだけれど、もう何か月も家賃を払えない人。でも、教養豊かで文学を読んで聞かせてくれたりする。そんなお陰で殊に長女キャトリンは自分で小説を書くことにも目覚める。ある日突然、そのハイド氏が使えない小切手を置いて出て行ってしまった。伯母達はハイド氏のことを悪く云うけれど、パパとママはお金に換算できないものを残してくれたと、置いて行ったシェイクスピアなどの書籍とこれまでの交流を重んじる。年頃になってゆくキャトリンとクリスティナ。キャトリンは高校卒業のお祝いにお化粧道具セットが欲しいとママに云っていた。運悪く家計の苦しい時期であるけれど、マルタは母の形見のブローチを売り娘のお化粧道具セットを買ったのだった。そのことは、キャトリンは知らない。年の近い次女クリスティナは姉に「勝手すぎるわ!ママはブローチを売ったのよ。」と喋ってしまう。結局ブローチは戻りお化粧道具セットはお店に返すことで納まった。

この家族はノルウェーからサンフランシスコへ移住した人たち。その伯母や叔父たちも個性的で、とりわけ声の大きな足の不自由なクリス伯父さんの存在も重要で、病死の後残された手帳で分かることに、この伯父さんは体の不自由な子供たちの医療費などを長年払って来たのだった。なので、まったく遺産を残すことはできなかった。でも、キャトリンはそんな伯父さんを誇りに想えるようになってもいた。『若草物語』のジョーと少し似た状況で、高校を卒業後は作家の勉強をしたいと作品を書き続けていたキャトリンながら、なかなか採用されない。有名な女流作家がお料理本を執筆中と知ったママは、ノルウェーの秘伝のお料理のお話と交換に出版社を紹介してもらい、キャトリンは家族のことを書くように奨められる。ママは「パパのことを書きなさい」と云うけれど、ママの事ばかり書いてしまうのだった。そうして完成した作品が『ママの想い出』という作品。このご本は採用され賞金も頂けた。キャトリンは家族のために銀行に預けるように両親に渡す。パパとママは子供たちに本当の事を話す時がやって来た。銀行に預金どころか口座も無いのだった。「小さな銀行」の宝箱の中のお金が全財産だった。子供たちに心配させたくないゆえの両親の嘘であった。嘘がこんなに美しいこともある!時に喧嘩もする、悲しい出来事も辛いことも、でも、助け合い想い合うことで笑顔が生まれる。素敵な家族なのである。荒んだ社会、家庭崩壊などと聞こうとしなくても聞こえてくる声。アメリカも今はこの映画の舞台のような時代ではないけれど、時代を超えて尊いものを古き映画から教えて頂けることをしあわせに想う。ママ役のアイリーン・ダン!とにかく素晴らしいのでした☆

ママの想い出/I REMEMBER MAMA
1948年・アメリカ映画
監督:ジョージ・スティーヴンス 製作:ハリエット・パーソンズ
原作:キャスリン・フォーブス 『ママの銀行預金』 
原作戯曲:ジョン・ヴァン・ドルーテン 脚本:ドゥウィット・ボディーン 
撮影:ニコラス・ムスラカ 音楽:ロイ・ウェッブ
出演:アイリーン・ダン、バーバラ・ベル・ゲデス、オスカー・ホモルカ、フィリップ・ドーン、ペギー・マッキンタイア、ジューン・ヘディン、スティーヴ・ブラウン、エドガー・バーゲン、エレン・コービイ、サー・セドリック・ハードウィック

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by claranomori | 2010-12-21 21:38 | 銀幕の少女たち・少女映画
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ステファーヌ・オードラン:STEPHANE AUDRAN
1932年11月8日 フランス・ヴェルサイユ生まれ

★ステファーヌ・オードランもまたヌーヴェル・ヴァーグのミューズのお一人だと思います。クロード・シャブロル監督や名優ジャン=ルイ・トランティニャンとご結婚されていた時期もあり、俳優のトマ・シャブロルは息子さまです。主演も脇役もこなせる個性派女優さまです。劇場鑑賞としてのリアルタイム作品は『バベットの晩餐会』ですが、最初に知ったのはルイス・ブニュエル監督の『ブルジョワジーの秘かな愉しみ』です。まだレンタルショップなどもない頃で、洋画熱に任せてテレビ欄を必死でチェックしていた頃が懐かしいです。代表作を挙げてみると、観た作品はまだ20数本だと分かりました。フランス映画のみならず、現在も現役で幅広い役を演じて活躍されているのは嬉しいかぎり。料理人役も演じておられますが、実際にお料理の腕前はプロ級だとのことです。素敵なステファーヌ・オードランです♪

●代表作●
キャスター 裸のマドンナ (2008) 
青い自転車 (2000) 
マドレーヌ (1998) 
アルレット (1997) 
マキシマム・リスク (1996) 
パリのレストラン (1995) 
ホワイト・ナイトメア (1992) 
クリシーの静かな日々 (1990) 
マニカの不思議な旅 (1989) 
父の恋人 (1989) 
シャンペンチャーリー (1988) 
フェイスレス (1988) 
呪いの迷宮/ラビリンス・イン・ザ・ダーク (1988) 
プア・リトル・リッチ・ガール (1987) 
バベットの晩餐会 (1987)
彼女はジタン (1986) 
ウエディングベル/Mr.レディMr.マダム3 (1986) 
ナイト・マジック/幻想夜曲 (1985) 
他人の血 (1984) 
ミストラルの娘 (1984) 
死への逃避行 (1983) 
最後の標的 (1982)
華麗なる貴族 (1981) 
最前線物語 (1980) 
イーグルス・ウィング (1979) 
ヴィオレット・ノジエール (1978) 
チェイサー (1978) 
刑事キャレラ/血の絆 (1977) 
シルバー・ベアーズ (1977) 
ブルース・ダーンのザ・ツイスト (1976) 
友情 (1974) 
そして誰もいなくなった (1974) 
殺人代理人 (1972) 
ブルジョワジーの秘かな愉しみ (1972) 
刑事キャレラ/10+1の追撃 (1972) 
殺意の週末 (1970) 
肉屋 (1969) 
不貞の女 (1968) 
女鹿 (1968) 
殺意 (1966)
パリところどころ (1965) 
ジャガーの眼 (1965) 
虎は新鮮な肉を好む (1965) 
世界詐欺物語 (1964) 
青髭 (1963) 
ダンディ (1961) 
気のいい女たち (1960) 
赤と青のブルース (1960)
獅子座 (1959) 
いとこ同志 (1959) 
暴力組織 (1957)
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by claranomori | 2010-12-20 18:04 | 女優館★銀幕の名花たち
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マリー・ラフォレ:MARIE LAFORET
1939年10月5日 フランス・ジロンド県スーラック生まれ

★マリー・ラフォレは『太陽がいっぱい』で知り、10代後半に偶然レコードを購入し歌手でもあることを知る。その時はまだ出演映画は『太陽がいっぱい』しか知らず、レコードが少しずつ増えて行った。リアルタイムの映画作品は『恋にくちづけ』『タンゴ ガルデルの亡命』と80年代半ばの事。殊に『タンゴ ガルデルの亡命』には思い入れが強い。お若い頃も好きですが、30代、40代の頃の雰囲気がさらに好きです。映画ではジャン=ポール・ベルモンドとの共演作が多いですね。女優から歌手の道へと重点を置かれて活動されていた頃、80年代以降映画に戻って来られた頃、マリー・ラフォレはどの時代も美麗です♪

●代表作●
デザート・オブ・ファイアー (1997) 
ティコ・ムーン (1997) 
レプスキー絶体絶命/その男凶暴につき (1989) 
タンゴ ガルデルの亡命 (1985) 
ソフィー・マルソー/恋にくちづけ (1984) 
J=P・ベルモンドの エースの中のエース (1982) 
ジャン=ポール・ベルモンドの 道化師/ドロボー・ピエロ (1980) 
警部 (1978) 
ダイヤモンド・ジャック (1967) 
ジャガーの眼 (1965) 
国境は燃えている (1965) 
男を追って (1964) 
女は夜の匂い (1962) 
金色の眼の女 (1961) 
素晴らしき恋人たち (1961) 
赤と青のブルース (1960)
太陽がいっぱい (1960)
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by claranomori | 2010-12-18 11:38 | 女優館★銀幕の名花たち
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★2010年ももうすぐ終わってしまいますが、愛しき80年代のニュー・ウェイヴ・シーンは決して色褪せぬもの。下手でもユニークな音がいっぱいでした。中には飛びっきり巧いミュージシャンも多く、今も現役で活躍しているアーティストも多いです。"アイ・ラヴ・80’s"とデニム(フェルト)のローレンスも云っておりました。当時は結構バカにもされてきた愛しの音楽たちも、時を経る中で再評価されることも増え何よりだと思います。気ままにですが更新に励みたいと思います。「サブカルムーン」のメンバーは相変わらずニュー・ウェイヴ大好き!なのです。私もやはり多感な時期に出会った音楽なので、久しぶりに聴くと愉しくてしかたがありません!今日はクレプスキュール・コレクション4の『DEATH LEAVES AN ECHO』を。

A面はポール・ヘイグ、イザベル・アンテナ、ウィム・メルテン、ペイル・ファウンテンズ、ピッシーヌ・エ・シャルル、フレンチ・インプレッショニスツ、フィリップ・オークレーことルイ・フィリップのボーダー・ボーイズ名義の曲、B面はウィンストン・トン、52ndストリート(プロデュースは同郷マンチェスター出身のBミュージックことニュー・オーダー)、スタントン・ミランダ、ルーダスと、全11アーティストの11曲を収録しています。実に豪華でお得な気分になります。このコンピレーションの中では個人的にはトップを飾るポール・ヘイグのボウイ系の英国ハンサム声で一気にトキメク訳です。ウィム・メルテンだけはすぐに終わってしまう短い曲で少し寂しいのですが、続くのはネオ・アコースティックと云えば!の大名曲ですし、タキシードムーンのウィンストン・トン、そして、女性ヴォーカル好きの私には嬉しい並びで終えます。やはりレ・ディスク・デュ・クレプスキュール(Les Disques Du Crépuscule)は今もお気に入りレーベルの一つです。

V.A./DEATH LEAVES AN ECHO
1986年 BEL Les Disques Du Crépuscule

FACE A
1.LOVE ETERNAL - PAUL HAIG
2.SEASIDE WEEKEND - ISABELLE ANTENA
3.NOLI ME TANGERE - WIM MERTENS
4.THERE'S ALWAYS SOMETHING ON MY MIND - THE PALE FOUNTAINS
5.EMPIRE - PISCINE ET CHARLES
6.PICK UP THE RHYTHM - THE FRENCH IMPRESSIONISTS
7.WHEN WILL YOU BE BACK - THE BORDER BOYS

FACE B
1.REPORTS FROM THE HEART - WINSTON TONG
2.COOL AS ICE - 52ND STREET
3.WHEELS OVER INDIAN TRAILS - STANTON MIRANDA
4.COMPLETEMENT NUE AU SOLEIL - LUDUS
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by claranomori | 2010-12-13 21:07 | 耽美派少女の愛した音楽
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★市川崑監督の1961年映画『黒い十人の女』。私は1997年のリバイバルまで知らない映画だった。バブル世代ゆえに80年代当時は1万円以上の定価だったビデオをよく買っていたのだけれど、この頃は3000円台で買えるようになっていたことを思い出す。私は市川崑監督作品が好きであったし、岸恵子さんに岸田今日子さんが出演されているというのでワクワクした。母が云っていた「ミス日本だった」山本富士子さんも(勿体無いお話ながら五社協定により、1963年を最後に映画界から舞台女優となられ、映画界にはその後戻っておられない)!内容はよく知らずに観たもので、最初はサスペンス色の濃い作品なのだと思っていたけれど、なんともクールでコミカルでもあった。意外な予想外の感動作品とも云える。

風氏役は船越英二。テレビドラマの『時間ですよ』を思い出すお方(とっても面白かった!)だけれど、この1961年のお若い頃も素敵で、役柄の「風さん」にピッタリの飄々とした軽妙さが愉快。奥様の双葉役は山本富士子。これまたモダンでござんすなマダムで素敵!この風さんはテレビのプロデューサーというお仕事で、かつ誰にも優しい(なので誰にも冷たいとも言われる場面もある)。ハンサムで人当りも良く軽く、お仕事上の立場など、モテルお方。美人の奥様が居るのになんと関係のあった(継続中も)女性が他に9人も!プレイボーイと呼ばれる人だと珍しい事ではないのかもしれないけれど。中でも最も古い愛人は女優の石ノ下市子(岸恵子)で、市子は双葉とも今や友人のような関係。二人の会話の中で風氏を殺害する冗談が発端となり、10人の女たちが本当に殺害する計画を企てる。ところが、未亡人三輪子(宮城まり子)は情け深い女性でその計画を本人に伝えて忠告する。自分がそんな目に遭うなどとは寝耳に水の風さんは、妻の双葉に訊いてみる。その二人のやり取りがとても可笑しくて愉快!結局二人でお芝居をして死ぬふりをしようと。双葉の持つピストルは空砲に替えたのだけれど、なかなかタイミングが悪く云えないまま。女たちは揃いその時がやってきた。共犯者である女たちはそれぞれに苦しみを抱えたまま黙秘を続ける。新しい生活を始める人もいれば、三輪子のように自殺してしまう人も。この三輪子はその後も幽霊として登場するのもユニーク。
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風氏は死んだことになっているので、外に出歩けない。女優の市子は引退を決意し風氏との生活を選ぶ。風さんは仕事も妻も無くなってしまうことに...一時は彼女たちに殺される妄想に悩むこともあったけれど、思いもよらぬ展開で人生が狂ってしまったようだ。けれど、身から出た錆というところだろうか。市子の引退パーティーに双葉とすっかり仲良くなった元愛人たちも駆けつけた。最後の場面は不思議な余韻を残し、車を運転する市子の表情は暗く涙を浮かべているよう...この終え方や、白黒の陰影、女性たちのワンピースやお着物など、ヨーロピアンな雰囲気を感じる作風に思う。今観てもまったく古くない!名画とはそういうものなのだけれど、この『黒い十人の女』は1961年の作品だと思うと、やはり驚いてしまう!流石の市川崑である!岸恵子である!山本富士子である!そして、市川崑監督の奥様の和田夏十の脚本!芥川也寸志の音楽!カメラワーク...すべてにおいてスタイリッシュでモダン!今の映画では味わえない美学で大好き☆

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黒い十人の女/TEN BLACK WOMEN
1961年・日本映画
監督:市川崑 助監督:中村倍也 
製作:永田雅一 脚本:和田夏十 
撮影:小林節雄 特技撮影:築地米三郎
美術:下河原友雄 編集:中静達治 
音楽:芥川也寸志
出演:船越英二、山本富士子、岸恵子、宮城まり子、中村玉緒、岸田今日子、宇野良子、村井千恵子、有明マスミ、紺野ユカ、倉田マユミ、
森山加代子、永井智雄、大辻伺郎、伊丹一三、佐山俊二、中川弘子、浜村純、伊東光一、ハナ肇とクレージーキャッツ
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by claranomori | 2010-12-11 11:50 | キネマの夢・シネマ万華鏡
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★80年代の幕開け!ボウイはアルバム『スケアリー・モンスターズ(SCARY MONSTERS )』の先行シングル『アッシュズ・トゥ・アッシュズ(ASHES TO ASHES)』をリリースし全英NO.1を記録。その頃(正確には1970年代末期から)ヴィサージ(VISAGE)が「デヴィッド・ボウイ・ナイト」というクラブ・イベントを開催。そのクラブにボウイも現れたそうだ。私は当時読んでいたいくつかの音楽雑誌の中で、「ニュー・ロマンティック(ニュー・ロマンチック)」と呼ばれ、ロンドンではファッショナブルな若いミュージシャン達と共にボウイやロキシー・ミュージック、T-REXが毎晩かかるという記事に夢を馳せた。そして、ウルトラヴォックス!(ULTRAVOX!)やデュラン・デュラン(DURAN DURAN)の音楽に魅せられていた。美しくデカダンなエレクトロ・サウンドが心地良かった。それも、ボウイやクラフトワークの音楽を聴いていたお陰だろうと思う。けれど、私の好きな洋楽はやたらと批判を受けるものが多かった(音楽に限らず)。この「ニュー・ロマンティックス(ニュー・ロマ)」と呼ばれていたムーブメントに属していたアーティスト達は、みんな煌びやかで美麗だった。しかし、当時の洋楽のメジャーシーンはアメリカン・ハードとかヘヴィメタという頃で、それらのギタリストは巧いテクニックを誇示されていた(ミーハー故に美形のギタリストに好きなお方が2人いたけれど)。でも、此方は”英国の美学”あるいは”ダンディズム”という品性を誇っているのだ!と私は批判にグッと口ごもりながらも心の中やノートの中で叫んでいた。根性なしなので彼等に反論することができずにいた。でも、小学生の頃からそんな具合だったので、”あ~あ...”と私の心に仕舞い込んでしまうことに慣れてもいた。ロンドンには綺麗な男の子がいっぱいいるのだと思い、クラスを見渡しクールでいた。

私は「ニュー・ロマ」が大好きだったので、私服に着替えると出かける予定がなくてもフリルのブラウスを着ていた。校則ギリギリにジョン・テイラーの前髪を真似てみたり。若気の至りながらその時は愉しかったのだろう。ヴィサージやボーイ・ジョージに始まるこの「ニュー・ロマ」については、メンバーが交錯しているので整理するためにも追々に好きなグループのことを綴りたいと思う。「ニューロマ」~「エレポップ」(シンセポップとも呼ばれる)は80年代のNewWaveの特徴のひとつ(オルタナティヴやゴシックロック、ネオ・アコースティック等との関連も勿論のこと、これら総てをニュー・ウェーヴと呼んでいたのだから)。80年代に入るとようやくこうした同時代音楽を体験することが出来るようになった。そして、ボウイの『ジギー・スターダスト』を手にする日もやって来たのだ。ヴィサージのスティーヴ・ストレンジはボウイの『ASHES TO ASHES』のビデオクリップにも登場されているので嬉しかった。ボウイの映像はいつも素晴らしい!そして、続々と出会えることになる”ボウイ・チルドレン(Bowie's Children)”も然り!

★ヴィサージのスティーヴ・ストレンジも登場するボウイの『ASHES TO ASHES』の美麗ビデオ・クリップです♪

悲しいかな...このような時期から30年も経過している現実に!またしても私の前には現実という大きな壁がやって来る。けれど夢を与え続けてくれる好きな世界が傍らに。そうして私は生きて来たのだし、もっともっとそれら美しき住人たち、世界を愛してゆきたい。まったく過去形にならない。これは私の心の財産であり現実を生きてゆく中のエネルギー源でもある。
「美こそすべて!」「美あればこそ!」
なのである。人それぞれの音楽への愛があるだろう。私は人の愛する音楽を批判などしない。嫌と云うほど批判されてきたからかも。そして、頑固者で良かったとも。今も変わらず私にとっての「耽美派ロック」の基本はデヴィッド・ボウイとジャパン(デヴィッド・シルヴィアンの)。そして、ケイト・ブッシュとミレーヌ・ファルメール!この基盤はかなり強固なようです。なので、このカテゴリーはまったく私的な10代からの好きな音楽(美形アーティスト多し!)ということになります。間違った記憶も多いと思いますが、そんな折は教えて頂けますと嬉しいです。上記の「ボウイ・チルドレン(Bowie's Children)」は英国雑誌の記事から拝借しています。

ジャパン(JAPAN)はニュー・ロマンティック・ムーブメントともリンクするのですが、中学生から洋楽に目覚めてからというものすっかり邦楽に疎くなって今に至りますが、唯一「ミディ系」の音楽は好きでした。Y.M.O.は校内放送でも流れていたし市民権を得ていた。よく放送部にボウイやイーノをリクエストしに行ったものです(暗いと却下されることも多かったけれど)♪
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by claranomori | 2010-12-09 00:05 | 耽美派少女の愛した音楽
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★麗しのアニー・レノックスを続けます。1981年のクィーンとデヴィッド・ボウイの共作シングル『アンダー・プレッシャー(Under Pressure)』 。この曲は過激な内容だとされ、英国でも放送禁止になっていると当時雑誌のニュース欄で読んだ。けれど全英1位となった。MTVだったか何かの番組でそのビデオ・クリップを観たのだけれど、ボウイが出てこないのでガクンとなった。そして、ボウイのアルバムには収録されずにクィーンのアルバムに入っていると知りそのアルバムを買った。そして、シングル盤にもなっていたのでそれも買った。フレディ存命中のクィーンが他のアーティストと共作・共演したのはボウイだけ!やっぱりボウイって凄いのである!

クィーンを知ったのはテレビの来日情報でだった(初期から本国より日本では人気だったそうだ)。まだ子供時代でコンサートに行ったことなどない頃。何度目かの来日だったのだろうけれどはっきり分からない。ただ、英国の貴公子然たる容姿の頃でフレディも長髪だった。その絵が何故か焼き付いていたようで、後に行きつけのレコード屋さんの片隅の輸入盤を一枚。最初は『華麗なるレース』だったように想う。その後、立て続けに『ジャズ』や『オペラ座の夜』を買ったのでごちゃごちゃと遠い記憶。ジョン・レノンの曲を聴いた時、ボウイを初めて聴いた時のような感動はその時は得られなくて、でもフレディのヴォーカルは焼きついた。そうして、次第にクィーンはアメリカでも大人気となり、モンスター・バンドとなり世界に君臨していたと想う。でも、1991年11月24日にフレディはエイズにより死去されてしまった。どのくらいの人達がその死を悲しみ今も忘れずにいることだろう...。

★リハでもお洒落なアニーとボウイです♪

翌年1992年の4月20日、ロンドンのウェンブリー・スタジアムにて追悼コンサートが行われた。7万人とも8万人とも言われるファンが集まり、出演者も豪華!ボウイは3曲。その中の一曲は『アンダー・プレッシャー』だった。フレディのパートはアニー・レノックス。私はアニー・レノックスが好きなので、アニーが”女版ボウイになりたい”と語っていた嘗ての言葉も忘れない。なので、この共演は嬉しいものだった。このコンサートにはミック・ロンソンもイアン・ハンターもロバート・プラントも...出演されたので書きたいことは色々あるけれど。先ずはボウイ&アニー、そしてクィーンのリハーサル映像を。ボウイは煙草を手にいつでもお洒落。後ろにはイアン・ハンターも映っていた。またそのリハを見つめる中に出演者でもあるジョージ・マイケルがいて大先輩のリハを真顔で見つめながら一緒に口ずさんでいる。横のお方は彼氏さまかな...と少し気になるミーハーな私。
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そして、本番。アニー・レノックスのメイクと黒い美しいドレス姿に感激!ボウイは嘗てクィーンのライヴで共演した時と似たスーツ姿。そして、胸にはリボンが付いている。このリボンはリハの時からおふたりとも。アニーのリハのファッションも素敵だけれど。そして、歌いながら感情が入ってゆく様はボウイに抱きつきお顔もくっついてゆく。ボウイは流石にアドリブなので驚いただろうけれど、クールにその大舞台を続ける...プロフェッショナルなエンターテイメントをこの美麗なお二人の場面で堪能。そして、アニーのその時の感情を勝手に想像し感動したりしていた...♪


ゴージャス!アニーのブラックドレスとメイクでボウイとの夢のデュエット実現♪

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by claranomori | 2010-12-08 11:02 | 耽美派少女の愛した音楽
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★ユーリズミックス(EURYTHMICS)の1983年の全米NO.1に輝いた大ヒット曲『スイート・ドリームス(SWEET DREAMS)』。当時はMTVでも第二次ブリティッシュ・インヴェンジョンなる旋風で全米チャートに続々と英国のバンドやユニットが登場していた良き時代。この男女ユニットのユーリズミックスは1980年の結成で、アニー・レノックス(ANNIE LENNOX)とデイヴ・スチュワート(DAVE STEWART)が、前身ユニットであるザ・トゥーリスツ(THE TOURISTS)を経てのこと。このツーリストは1977年からユーリズミックスと変名するまでの3年間の活動で、メンバーは同様のアニー・レノックスとデイヴ・スチュワートながら、当時のお二人は恋人同士であった。そうした関係を解消後もますます世界的に彼らは羽ばたいてゆくのでした。私はもうユーリズミックスというかアニー・レノックスが直ぐに大好きになってしまい、MTVで流れるビデオクリップを観てはうっとり!中性的なルックスながら実はもの凄く美人であるアニー・レノックス。その上、歌唱力も抜群でカッコイイ。さらに決定打となったのはアニーのインタビューで「女性版デヴィッド・ボウイになりたいと思っていた」というお言葉!きゃあ☆素敵過ぎなのです。けれど、この全米NO.1となった以降も、ユーリズミックスのPVでアニー・レノックスの男装やユニセックスな表現云々ゆえに、制御がかかったという時代でもありました。そういう事を読んだり耳にする度に「どうしてだろう...?」と不思議に思う私というのは、遡ってみれば自分でも意識などしてもいない子供時代からのことのようです♪

★懐かしい美麗なユーリズミックスの『スイート・ドリームス』です♪

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by claranomori | 2010-12-08 09:43 | 耽美派少女の愛した音楽