あまりにも私的な少女幻想、あるいは束の間の光の雫。少女少年・映画・音楽・文学・絵画・神話・妖精たちとの美しきロマンの旅路♪


by chouchou
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<   2010年 11月 ( 33 )   > この月の画像一覧

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★ピエール・エ・ジル(Pierre et Gilles)。ピエール&ジルともピエールとジルとも呼ばれているお二人で、ピエール(ピエール・コモワ)が写真を撮り、ジル(ジル・ブランシャール)がペインティング等の加工をするという二人組。このお二人のウェディング写真など、愛らしくて毒気もある、正しく「キッチュ」な世界が全編を覆っています。私の好きなアーティストが多数登場されるので贔屓目いっぱいでが、好き嫌いの分かれるアート作品のようです。ピエール・エ・ジルは1976年からの活動なので30年以上のキャリア。初期の作品を拝見してもまったく古くない。独特の色使いやコスチューム、宗教的なテーマ、ゲイ・カルチャーが音楽や映画など様々なアートと融合して生まれる美しき芸術作品たちにうっとりいたします。時に冒涜的でありながら遊び心を忘れない。多くの好きな作品があるのですが、今日はフレンチポップス界の女性アーティストの1回目で、女王シルヴィ・ヴァルタン様(1994年)といつまでもキュートなリオちゃん(1991年)です♪
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by claranomori | 2010-11-28 21:26 | 詩人・作家・画家・芸術家
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★ルイス・キャロル(Lewis Carroll:1832年1月27日~1898年1月14日)は、イングランド北西部チェシャー州ダーズベリ出身のイギリスの数学者、論理学者、写真家、作家、詩人であり、19世紀に生きた少女愛好家。 本名はチャールズ・ラトウィッジ・ドジソン 。そのルイス・キャロルの詩人としての最初の作品とされるのは13歳の折(1845年頃)のもので『ぼくの妖精』というもの。「汝すべからず」と、少年チャールズ・ラトウィッジ・ドジソンは、既にルイス・キャロルであったようです♪

ぼくの妖精 

ぼくについてる妖精が
眠っちゃいけないって言うんです
あるとき怪我して叫んだら
「泣いたりしてはいけません」

つい楽しくてニヤリとすれば、
笑っちゃいけないって言うんです
あるときジンが飲みたくなると
「ものを飲んではいけません」

あるときご飯を食べたくなると
「ものを食べてはいけません」
勇んで戦に馳せ参じたら
「喧嘩をしてはいけません」

悩み疲れてぼくは訊く
「していいこと なにかあるの?」
妖精しずかに答えていわく
「質問してはいけません」

《教訓》 汝すべからず

訳:高橋康也

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by claranomori | 2010-11-28 13:47 | 19世紀★憂愁のロマンと美
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★前回観たのは桜が満開の折に久しぶりに市川崑監督の『細雪』(1983年)に三度感動。「桜」は綺麗で可愛く儚げ。そして桜の木から想像されるイメージは実はあまり愉快ではない私。毎年家族で行ったお花見の想い出たちと、すっかりお花見から遠ざかってしまった私の心が「桜」を見ると不思議な感覚を覚えるような。なので、実は春はあまり好きな季節ではなくなってしまった。「桜」というと谷崎潤一郎、あるいはもう少し怖い所では坂口安吾などが浮かぶ。

『細雪』は谷崎潤一郎の原作。3度映画化されているけれど、私は世代的にこの1983年の市川崑監督の作品が好き。さらに、長女:鶴子役の岸恵子さんが子供の頃から好きで今も大好きな女優さま。嘗て観た時と年齢も環境も変わっているので、感動もまた違ったものだった。でも、最後は涙が溢れていた。京都の嵯峨での宴、見事な桜吹雪の映像はいつ見ても圧巻!そして、4姉妹のそれぞれの性格、テンポの良い会話、美しい関西弁、美しいお着物、髪飾り、家具等、そして豪華な俳優陣(故人も多い)...を堪能。特に、長女:鶴子と次女:幸子(佐久間良子さん)のやり取り、言葉も仕草も素晴らしい!昭和13年という戦争が近づく頃の昭和、大阪の船場。

三女:雪子役の吉永小百合さんの内に秘めた演技も美しいと思った。四女:妙子役の古手川祐子さんも、みんな今から思うととてもお若い。もう20数年以上前の作品なのだ。洋画を観る方が多いのだけれど、日本の映画も好きな作品はいつまでも色褪せることは無い。邦画は情けない程、昭和で止まったままだけれど、また観たくなる日本映画のことも追々に。

すっかり日本も変わったけれど、忘れたくないものって大切にしたいと思う。温故知新、好きな言葉。この映画を観てさらに強く胸に言い聞かせている気がする。子供の頃、おじいちゃんのお家に行くと、母がよく「本家に挨拶に行って来るからついておいで。」と言われてトコトコ付いて行った。「本家」って何だろう?と思いながら。昔の人は今の少子化と違い兄弟姉妹が多いから羨ましい。でも、それぞれの立場や家族、色んな葛藤や言い争いもあるのだと思う。「みんな、ええようになったらええなぁ~。」と最後に岸恵子さんが見事に語る。名台詞!

東宝の50周年記念作品というだけあって、脇役の方も名優さんがいっぱい。三宅邦子さんや白石加代子さん、根岸明美さんも好き。江本さんも出ていたのだった。お久役の三條美紀さんも好きなので再会出来て嬉しく思えた。嘗て綴ったものに加筆したものですが、やはりこの映画が大好き!

細雪
1983年・日本映画 
監督:市川崑 原作:谷崎潤一郎 脚本:日高真也、市川崑
撮影:長谷川清 美術:村木忍 編集:長田千鶴子
音楽:大川新之助、渡辺俊幸 助監督:吉田一夫
出演:岸恵子、佐久間良子、吉永小百合、古手川祐子、伊丹十三、石坂浩二、岸部一徳、三條美紀、江本孟紀、仙道敦子、常田富士男、小坂一也、三宅邦子、根岸明美、白石加代子、細川俊之、浜村純

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by claranomori | 2010-11-27 19:12 | 文学と映画★文芸・史劇
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『風』  詩:クリスティーナ・ロセッティ

誰が風を見たでしょう?
ぼくもあなたも見やしない、
けれど木の葉をふるわせて
風は通りぬけてゆく。

誰が風を見たでしょう?
ぼくもあなたも見やしない、
けれど樹立ちが頭をさげて
風は通りすぎてゆく。

訳:西条八十

★クリスティーナ・ロセッティは、生涯独身を通され、慎ましやかに長きに渡る静かな生涯の中で多くの作品を残された、19世紀ヴィクトリア朝時代の英国を代表する女性詩人。本名はクリスティーナ・ジョージナ・ロセッティ(Christina Georgina Rossetti:1830年12月5日~1894年12月29日)。兄はラファエル前派の中心的人物の画家であり詩人でもある ダンテ・ガブリエル・ロセッティ。この『風(The Wind)』はクリスティーナ・ロセッティの初期の童謡詩の一つで、西条八十の訳詞に草川信による作曲で大正10年(1921年)に、日本の童謡としても有名な詩となりました♪
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by claranomori | 2010-11-26 11:06 | 愛の花束・日本の抒情・文学
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The Monochrome Set/
Eine Symphonie Des Grauens

1979年 2ndシングル
ROUGH TRADE RT 019
SIDE A:Eine Symphonie Des Grauens (Bid)
SIDE B:Lester Leaps In (Lester Square)


★ザ・モノクローム・セット(THE MONOCHROME SET)の『EINE SYMPHONIE DES GRAUENS』(1979年)2ndシングルです。在庫の整理をしながら、今もトキメク音楽や映画のことは、随時ドンドン書いてゆこうと想います。英国インディー・レーベルの『ラフ・トレード(ROUGH TRADE)』は最初にレーベル買いを始めた思い入れの強いレーベルです。ヴォーカルのビドのお声が大好き!モノクローム・セット(白黒テレビ)は「ネオ・アコ」の代表とも云われますが、「ネオ・アコ」も「ニュー・ウェイヴ」!そして、私はモノクローム・セットというと「ニュー・ウェイヴ界の貴公子:ビド」となります。この『吸血鬼ノスフェラトゥ』捩りの歪んだ奇妙なメロディと歌詞。アート・ロック好きなのでやはりこうした捻じ曲がった美学のアート・ポップがたまらなく好きです。このシングルでのメンバー以下の構成です。ギターのレスター・スクエアもお気に入りです。元アダム&ジ・アンツに居られました。耽美派ロック少女時代の私は、やはり王子様や貴公子風の美形に弱いミーハーで、今も映像を拝見すると嬉しくてトキメクのです。まだまだ蒼い幻想を胸に生きているようです。美形かつ歌声良し!これは凄いことです。耽美派ロック系に限らず、パンク~ニュー・ウェイヴのヴォーカリストは個性的な歌声で上手な方が実は多いです。奇を衒ったようなサウンドやビジュアル面ゆえに見逃されがちなのですが♪

Bass・Percussion - Jeremy Harrington
Drums - J.D. Haney
Guitar・Vocals - Bid
Lead Guitar・Backing Vocals - Lester Square
Mixed By - Dave Hunt
Producer - The Monochrome Set

★1979年のライヴ映像です。スタジオ録音されたものより素敵に歪んだアート・ポップ感!それにしてもビドのハンサム声♪

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by claranomori | 2010-11-25 17:50 | 耽美派少女の愛した音楽たち
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★オーストラリアのジリアン・アームストロング監督の『オスカーとルシンダ』(1997年)。レイフ・ファインズはもうこの作品時には注目されていたけれど(オスカー候補にも挙がっていたし、レイフ・ファインズと共演された女優様の受賞ケースは多いので、やはり素晴らしい俳優だと想います)、ケイト・ブランシェットは『エリザベス』の前の作品なので、大ブレイク直前。私はこのお二人共のファンなので、この共演が嬉しくて!そして、美しい光景と切ないロマンス感覚。時は英国ヴィクトリア朝時代。

オックスフォード大学で学び、敬虔な牧師となったオスカー(レイフ・ファインズ)は伝道師としてオーストラリアに赴くのだけれど、その道中の船中でルシンダ(ケイト・ブランシェット)に出会う。彼女はオーストラリアで親の莫大な遺産を受けガラス工場を営んでいる女性。この二人、実はギャンブルが大好き同士。オスカーは止めよう止めようと誓うけれどギャンブルの魅力から離れられないで苦悩している。ルシンダは子供の頃に母親から涙ガラスをプレゼントされて以来、ガラスの美しさに魅せられている。しかし、大のギャンブル好き。とてもこの辺りが面白い。次第に二人は惹かれ合うのだけれど、お互いの気持ちを伝えられないでいる。愛し合っているのに、オスカーはルシンダが好きな男性は共同経営者だったハセット牧師(サイアラン・ハインズ)だと思い込んでいる。もう、この辺りのいじいじした感じの気弱なオスカーで大好き!
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★この場面でも互いに愛し合っているのに告げることができないのです♪

レイフ・ファインズは作品によっては冷酷な役もあるけれど、こういう役が実はとても私の好みでハマリ役だとも思っている。そして、このオスカーは水恐怖症なので船中でもおろおろしている。ところが、男オスカー!愛するルシンダの夢の設計からガラスの教会を作って、彼女の愛する(愛しているのはオスカーのことなのに!)ハセット牧師の赴任先のオーストラリアの奥地まで運ぶ決意をしその賭けをする。大変な作業なわけで、今の時代ではないので当時高価なガラスを破損無きように解体して運び、遂には組み立てられたガラスの教会が静かに筏にのってゆっくりと渡ってゆく・・・とってもキラキラして美しいシーン。

無事、届けられたのだけれど思わぬハプニング。その地で男性をいつも狙っている未亡人ミリアム(ジョゼフィーヌ・バーンズ)が、長旅で衰弱したオスカーの看病を口実に誘惑(完璧に汚された立場!)し、子沢山のミリアムはオスカーの子を宿す。愛しているルシンダへの気持ち、身を汚され、水辺の筏に浮かべたままの教会で神に懴悔する。ところが、ガラスに石が当たり壊れてしまう・・・重いので次第に沈んでいくガラスの教会、オスカーを閉じ込めたまま。彼の水死の訃報が届き駆けつけるルシンダの悲しみ。もう号泣な私。ルシンダはオスカーの子供を引き取り育てる。そんな昔話を子供にしてあげるシーンも美しい。そして、ナレーションを担当しているのがジェフリー・ラッシュ。オスカーとルシンダ、レイフ・ファインズとケイト・ブランシェット。個人的にながら感じる香りが似ているようにも思う。なので、原作はブッカー賞受賞のピーター・ケリーの文芸作品の主人公に違和感もなく、オーストラリア映画ながら英国の香り漂う作品でとてもお気に入り♪
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★オフショットの素敵なお二人!ケイト・ブランシェットとレイフ・ファインズ♪

オスカーとルシンダ/OSCAR AND LUCINDA
1997年・オーストラリア映画
監督:ジリアン・アームストロング 製作:ロビン・ダルトン、ティモシー・ホワイト 原作:ピーター・ケアリー 脚本:ローラ・ジョーンズ 
撮影:ジェフリー・シンプソン 音楽:トーマス・ニューマン
出演:レイフ・ファインズ、ケイト・ブランシェット、シアラン・ハインズ、トム・ウィルキンソン、リチャード・ロクスバーグ、ジョセフィン・バーンズ

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by claranomori | 2010-11-25 05:19 | 文学と映画★文芸・史劇
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前述のウィリアム・ゴールディングの『蝿の王』の原作をハリー・フック監督が映画化した1990年のイギリス少年映画。この映画を観直してから書こうかと想いながら、どうも気が進まず、脳裏に焼きついている美しいジャック少年役を演じるクリス・フュール君のお姿を眺めていました。こんなに美しい少年が悪のリーダーとなってゆくので、かなり衝撃でした。この映画(原作共に)を観ずに少年映画もないでしょうが、やはりヘヴィです。原作では舞台は近未来でしたが、ハリー・フック監督映画では舞台をアメリカに置き換え、陸軍幼年学校の生徒たちを乗せた飛行機が墜落し、漂流する24人の少年たちを描いています。やはり最後は救出されますが、少年ラルフの涙が観る者の心に焼き付いているのではないかと想います。
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この映画出演しか知らないブロンドの髪の美少年クリス・フュール君。ラルフ少年役のバルサザール・ゲティ君は成長した現在も俳優を続けている。この美しいジャック少年(原作を後で読んだものでこのジャック少年の姿はどうしてもクリス・フュール君となってしまいます)が次第に"蠅の王"を掲げる野性派のリーダーとなり残忍になる。『蝿の王』とは聖書の中に出てくる言葉。「ベルゼバブ」という大悪魔はヘブライ語で「蝿たちの王」となるそうです。なので、ジャック率いるグループは「悪魔」の象徴で、対して、ラルフ少年を中心に"ほら貝"を「秩序」の象徴ということのようです。最初は規則を作り助け合って共同生活を誓う少年たち。次第にジャックをリーダーに野蛮になってゆく。ラルフやジャックたちより年少の子供たちは豚のお肉が食べたいのでジャックのグループに入ってゆく。漂流生活を想像しただけで私のような者は直ぐに死に至るだろうと想う。大人が誰も居ない中で何とか生き延びなければならない。お腹も空くし食べなければ体力は維持できない。サバイバルの世界...ああ!苦手。死んでしまう少年たち。最後に救出されてもラルフ少年の涙が全てを物語っているかのように、やはり、「無垢の終焉、人の心の暗黒」を知ってしまった少年の心。以前は"戦争ごっこ"だったのだろうけれど、現実には遊びではないことを知ってしまった少年の心。けれど、このラルフ少年の涙に私は希望を見い出したい!と願う。彼がそこで助かって良かったと笑顔で終えるよりも、失ってしまったもの(あるいは内在している醜悪な人間の姿)、その喪失感が涙で噎ぶのだと。人間なんて所詮こんなものだ!とは想いたくは無い...。

蝿の王/LORD OF THE FLIES
1990年・イギリス映画
監督:ハリー・フック 製作:ロス・ミロイ、ルイス・アレン 
製作総指揮:ルイス・アレン、ピーター・ニューマン
原作:ウィリアム・ゴールディング 脚本:サラ・シフ
撮影:マーティン・フューラー 音楽:フィリップ・サルド
出演:バルサザール・ゲティ、クリス・フュール、ダニュエル・ピポリー、バジェット・デイル、ゲイリー・ルール、アンドリュー・タフト、エドワード・タフト、マイケル・グリーン

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by claranomori | 2010-11-24 00:50 | 銀幕の美少年・少年映画
b0106921_15403421.jpg★少女が大好きながら少年も欠かせない。それは映画に限らず児童文学なども。けれど、少女が主役のお話の方をやはり優先してしまうので、後回しになり読んだり観たりする機会が随分遅くなることも多い。このウィリアム・ゴールディングの『蝿の王』は、イギリスのハリー・フック監督の映画を先に観て、後に原作を読んだ。けれど、どちらも大好きな作品とは思わない。でも、「少年少女愛好」も年月と共に重度になっているようなので、この作品に触れない訳にはゆかないと思う。やや気が重いけれど...。

ウィリアム・ゴールディング(William Gerald Golding:1911年9月19日~1993年6月19日)は、イングランド南西部コーンウォル、セント・コラム・マイナーに、学校教師の父と婦人参政権運動家の母を両親に、次男として生まれた。ウィリアム・ゴールディングが本格的な作家活動に入る以前は、オックスフォード大学に在籍し(1934年には『詩集(Poems)』を出版している)、翌年卒業後はロンドンで社会事業に従事しながら、演劇活動(脚本や俳優として)もしていた。1939年からはビショップ・ワーズワス校の教壇に立ち、英語と哲学を教えていた。けれど、1940年、海軍に入隊。1944年6月"D.Day"のノルマンディー上陸作戦に参加。作家ウィリアム・ゴールディングはこの5年間の軍隊経験が生んだとも云える。1945年には教師として復職しながら作家活動も平行していたそうだ。『蝿の王』は戦争体験の傷跡が持たらした結実(1954年刊行)。

『蝿の王』は、ロバート・マイケル・バランタイン(Robert Michael Ballantyne :1825年4月24日~1894年2月8日)の『さんご島の三少年』(1857年)を下敷きに、無人島に不時着陸した飛行機に乗った少年たちの、次第に野蛮になってゆく様を描いた小説で、数々の出版社から拒否され、フェイバー社から1954年に刊行された後も、国内で論議沸騰というウィリアム・ゴールディングの作家デビューは衝撃的であったという。本人自ら「寓話作家」を自認してもいる。

第二次大戦前は、私は社会的人間の完全性を信じていた。しかし、戦後は信じられなくなった

無人島に漂着した少年たちが、12歳のラルフを中心に生き延びること(救援されることを望みに)を目標に、島での生活を始めるけれど、次第に無垢を喪失し悪に目覚め統制が崩れてゆく。預言者的な存在のサイモンやピギーが殺され、獣性をあらわに示すジャックのグループの力が増してゆき、ラルフもギリギリまで追いつめられる。ジャックは聖歌隊の隊長だったけれど、狩猟隊を率いて豚肉を見せては小さな子供たちを仲間に加え、その暴力性と共に勢力を帯び、グループの独裁者となってゆく。

ロバート・マイケル・バランタインの『さんご島の三少年』のラルフ・ローヴァー(15歳)、ジャック・マーティン(18歳)、ピーターキン・ゲイ(13歳)の少年たちは、常に一致団結し助け合って、外に在る「悪」が少年たちを恐怖に陥れるように描かれているけれど、そのヴィクトリア時代の『さんご島の三少年』から100年近い年月の経過、戦争という、"ごっこ"ではない現実を体験してしまったゴールディングは、同じ名の少年たちでも、殊にジャックの描写を大きく変え、「悪」が子供たちの中に内在する恐怖として描いた。大人たちから解放され孤島の生活を最初は喜ぶラルフながら、英国海軍により救出された最後に涙に噎ぶ。それは「無垢の終焉、人の心の暗黒」を知ってしまった少年の心ゆえ。この最後の少年の涙の深さが私を捉えている何かなのだと想う。子供は決して純真な天使ではないのだと...けれど、根源悪なのだろうかと想いながらも、否、社会や大人たちの影響によって無垢が終焉となってしまう現実ではないだろうかと、私はまだ子供たちの純真な真っ白な尊い存在を信じていたいのか、絶対的に根源悪であるとは想いたくは無いのです。そんな事をいつも考えさせられながら、少年少女小説や映画を観ている気もします。

また、海洋小説としては、児童文学の代表作でもあるロバート・L・スティーヴンソンの『宝島』や、ジュール・ヴェルヌの『海底二万里』、アーサー・ランサムの『ツバメ号』(『ツバメ号とアマゾン号』で始まる)シリーズ、そして、フランシス・コッポラ監督の『地獄の黙示録』の基となるジョゼフ・コンラッドの『闇の奥』等も関連想起する。

1990年のハリー・フック監督の映画『蝿の王』のことを続けます!映画ブログは今後、此方で継続しようと想います。やはり「少年映画」(殊に美少年は大好きです!)も沢山好きな作品があります。私の好きな世界...自分でもまだまだその旅路の最中なので、音楽や文学、その他雑多に気ままに綴ってゆきますが、どうぞ宜しくお願いいたします♪
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by claranomori | 2010-11-23 23:29 | 文学と映画★文芸・史劇
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★ジュール・ルナール(Jules Renard:1864-1910)はジュウル・ルナアルとされているものもある。外国語の日本語表記は難しい。この自然主義文学とも作風は異なり、なんとも異色の作家と思えるジュール・ルナールの『にんじん』は私が生まれる以前から家の本棚に並んでいた。『少年少女世界文学全集』の「フランス編」の中に。私はというと、ジュリアン・デュヴィヴィエ監督の映画『にんじん』を観たことで、この作家の原作とようやく一致した。ジュール・ルナールの『にんじん』が刊行されたのは1894年。児童文学の中にも入るけれど、年少の子供たちがそのまま読むとかなり怖い場面も多い。暗鬱であり残酷なのは執拗に折檻する母親の姿や無味乾燥な家族の情景だけではなく、にんじんことフランソワ少年の姿にも。作者であるジュール・ルナールの半自伝的な作品ということながら、ルナールは自らの少年時を美化するでもなく描いている。でも、それらの子供たちの姿は普通なのだとも思う。子供は純粋ゆえに残酷なことをしたり云ったりする。

1887年から1910年頃に執筆されたという膨大な『日記』がルナールの死後発表された。これはフランス文学史を少しばかり受講していた折に知ったこと。その日記の全貌は知らないけれど、ルナールの実の父親が病を苦に自殺されたこと、母親もその後井戸に落ちて亡くなっている(事故か自殺とも定かではないようだ)。こうした「事実は小説より奇なり」なことに時々遭遇してはゾクっとする。ルナールの描き方は淡々としていて簡潔。けれど鋭敏な洞察眼が魅力。その視線を見事に、ジュリアン・デュヴィヴィエ監督は脚色し映像化されたと思う。

にんじんを演じるロベール・リナンも素晴らしい!レジスタンスという時代にリナン自身は身を投じ22歳の若さで死に至る。それまでに、『にんじん』以外でもジュリアン・デュヴィヴィエ監督作品の『我等の仲間』(1936年)、『シュヴァリエの放浪児』(1936年)、『舞踏会の手帖』(1937年)、またマルク・アレグレ監督の『家なき児』(1935年)にも出演されていた。『シュヴァリエの放浪児』と『家なき児』は未見なので観てみたいと思っているけれど...。

私は今のところ、やはりフランス文学とフランス映画を多く読んだり観たりしてきたよう。”フランス”だからと目くじらを立て読むのでもなく観るのでもない。そう云えば音楽もやはりフランスの音楽は好きである。意識しなくても気になるから興味があるから心が向かうのだろう。長い歴史のフランスという国の残した文化遺産のようなものたちに(英国やその他の国も同じように)。その中に、私の好きな「美」が山のようにあるのだから。知らないことだらけなので、まだまだ興味は尽きないけれど。

そんなことで、このルナールの同時代に同じジュールという名の作家がもうお二人浮かぶ。ジュール・ヴァレス(Jules Valles:1832-1885)とジュール・ヴェルヌ(Jules Verne:1828-1905)である。それぞれ勿論趣は異なるけれど、ヴァレスは自伝小説を書いている。小説家でありパリ・コミューンの闘士でもあったというお方。また、ヴェルヌは最も有名かも知れない。『海底二万海里』(1870年)や『80日間世界一周』(1873年)など、並外れた科学知識と空想力、ドラマティックなお話は人間ドラマであり文明批判をも含むもの。ルナールにしてもヴェルヌにしても、児童文学作家でもあるけれど、其処に留まるものではない。世界中の多くの優れた児童文学及び作家がそうであるように。

にんじん/POIL DE CAROTTE
1932年・フランス映画
監督・脚本:ジュリアン・デュヴィヴィエ 原作:ジュール・ルナール 
撮影:アルマン・ティラール、ティラール・モンニオ 音楽:アレクサンドル・タシスマン 出演:ロベール・リナン、アリ・ボール、カトリーヌ・フォントネイ、ルイ・ゴーチェ、クリスチアーヌ・ドール、コレット・セガル、マキシム・フロミオ、シモーヌ・オーブリ

前述の【『にんじん』 フランソワ少年と少女マチルド 監督:ジュリアン・デュヴィヴィエ 原作:ジュール・ルナール】にもう少し追記いたしました。
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by claranomori | 2010-11-23 06:53 | 銀幕の美少年・少年映画
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★当時は意識などしていなかったのですが今から想うと、私は「耽美派ロック少女」だった、というよりも今も継続しているようです。なので、10代の頃から好きな「耽美派ロック(ポップス)」の事なども書いてゆこうと想います。カテゴリーも作りました。ボウイやジャパンと同時期に知り大好きになったロキシー・ミュージック(ブライアン・フェリー)。ロキシー・ミュージック(ROXY MUSIC)の1975年のアルバム『サイレン(SIREN)』は、前述の『STRANDED』以上にジャケットに魅せられて買ったレコード。美しき人魚となってジャケットに写るお方はジェリー・ホールで、ブライアン・フェリーの恋人でもあったお方。けれど、ミック・ジャガーに取られてしまう...この辺りのロック・ミュージシャンと美しき女性たちとの恋愛遍歴は傍目にはとてもドラマでもある。けれど、遠い存在の方々のお話なのでお気楽な傍観者なのだ。ブライアン・フェリーの愛するジェリー・ホールへの失恋の痛手はたいそう大きなものだったと勝手に想像してしまう。その後の悲恋の歌を聴けば、何となく私も複雑な想いと妄想が入り混じってしまうのだった。今は時も経たので楽曲の美しさ、ブライアン・フェリーの詩的な歌詞やヴォーカルにうっとりと耳を傾けることができるけれど。また、ブライアン・フェリーは中年期以降の方が雰囲気は好きです。

★このアルバム『サイレン(SIREN)』の中の「LOVE IS THE DRUG」という曲です♪

さて!「人魚」というテーマはこれまた大好き!神話物語からラファエル前派の数々の絵画が浮かび、簡単には纏まらない状況ながら少しだけ今の気分で綴っておきます。ギリシャ・ローマ神話のお話の中の「セイレン(SIRENS)」は、キルケの島を離れて一行は故郷を目指して海原へ進む。すると、恐るべきセイレンたちの島に近づいてゆく。彼女達は上半身は女性、下半身は鳥の姿をした怪物で、その甘い歌声は船乗りを引き寄せ、その犠牲者達は死ぬまで彼女達の音楽を聴き続けなければならない。ホメロスの描写からヴィクトリア朝の画家たちは次第に「セイレン」を怪物から「人魚」の姿として描くことも多くなってゆく。美しくどこか無邪気なのだけれど、やはり「誘惑者」であることは変わらない。彼女達の蜜のような甘い歌声に半ば正気を失いかける者もいる。クリムトとなるとさらに、この誘惑者を妖婦的な色合いを濃く描写し美しき魔物のよう。下の絵はジョン・ウィリアム・ウォーターハウス(Jhon William Waterhouse)の『セイレーン(The Siren)』(1900年)です。
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このようなお話が大好きな私は尽きることなく続いてしまうので、また色々追記したいと想います♪

【お知らせ】
●大変申し訳ございませんが、記事に全く無関係な宣伝や、稀にですが不快感を抱くようなコメントを頂きました折は削除させて頂きます。スパム的なコメント意外は削除等したくありませんので、宜しくお願い致します!
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by claranomori | 2010-11-22 06:45 | 耽美派少女の愛した音楽たち