あまりにも私的な少女幻想、あるいは束の間の光の雫。少女少年・映画・音楽・文学・絵画・神話・妖精たちとの美しきロマンの旅路♪


by chouchou
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先述のマリアンヌ・フェイスフル、フランス・ギャル、デヴィッド・ボウイ、イギー・ポップ...と皆同い年である私の好きなアーティスト方の中に、ジェーン・バーキンも居られる。初めて知ったのは音楽からだった。同時期に映画『太陽は知っている』の脇役で出演されているのを拝見した(アラン・ドロンとロミー・シュナイダーを観る目的だったのだけれど動くお姿を拝見できて嬉しかった)。私が18歳頃のこと。そして、今も女優ジェーン・バーキンよりも歌手ジェーン・バーキンの方がより好きでいる。セルジュとの出会いは運命だろう!ジェーン・バーキンはイギリス人。まだ女優としても主役を得ていなかった頃。長身で長い脚は当時のロンドン・ファッションにお似合い。けれど、ミニの女王ツィッギー(TWIGGY)が居るし、モデルはワンサカ溢れていた。そのファッションも含めて英国からフランスへジェーン・バーキンは橋渡しをされたお方に想う。メイクもこの当時のジェーンは本来の目の大きさの倍位でアイラインは寝る時も欠かせない(読んだ噂だけれど)という頃。80年代以降だと想う。日本で一気に人気が出てきたのは。特に女性ファンを多く今も持つ理由のひとつに、「自然体で生きる美しさ」のようなお姿に共感できたのだと想う。私はまだ10代で社会に出る手前頃であったので、とても不安な気持ちでいっぱいだった。なので、その時はその「自然体で生きる」という感覚もファンション雑誌で取り上げられている記事を読んでも今ほど理解できない有様。でも、あの綺麗なお声が大好きだった!高音の危うい感じに胸が締めつけられた。才人!セルジュ・ゲンスブールというお方の歌唱指導の賜物なのだろうけれど。

主にジャズをお好きな知人が居て、ロックやポップスと幅広く聴かれる音楽好きのお方。私がフランスの音楽が好きであるということで、ジェーン・バーキンを聴かないといけないだろうと想われたらしい。けれど、「下手過ぎて最後まで聴けなかったです」と笑っておられた。「そうですか...」とそこでまたしても、グッと言葉に出来ない複雑な気持ちが心に残るのだった。感じ方は人それぞれなのだから、そうした意見を聞けて良かったとも想う。けれど、私はジェーン・バーキンは歌が下手なお方ではないと想う。ジャズだとサラ・ヴォーンが好きで詳しくないけれど素晴らしい!ニーナ・シモンも好き!でも、ブロッサム・ディアリーが一等好きだと想う。なにか「ジャズ」とか「クラシック」や「シャンソン」というと高尚な音楽のようで、「ロック」とか「ポップス」、「アイドル」っていうと低俗なイメージをお持ちのお方も居られる。でも、私は好きな音楽を愛でるだけ。そして、私の生きている世界は「俗」である。その日々の中で音楽を聴いてトキメク瞬間が得られたなら、それはどんなジャンルでも素敵ではないだろうか!何もかも、世界中の音楽を聴けるわけではないので、各々の優先順位で好きな音楽を選択されているのだろう。私は幸か不幸か、因果なものでこの得体の知れぬ限りなき魅力を秘めた「音楽」というものと共にいつの間にか生きている。決して、ひと時も離れはしない。私は歌は下手だしリスナー専門!技術的なことなど勉強しようともしないので無知のまま。ただ、「好き!」と想ったアーティストは追い続ける、自然と遠のくことがあっても心の住人たちであり続ける。なので、どうしてもキャリアの長いアーティスト方を先ず挙げてゆくことにもなるのかもしれない。

1969年が歌手としてデビューされた年(ジェーンは22歳か23歳頃)。初めて好きになった曲は『ジェーン・B. 私という女(JANE B.)』。初めて買ったベスト盤に収録されていた。ジェーン・バーキンよりもさらに大好きになるセルジュ・ゲンスブールだけれど、その時はセルジュのことなど何も知らずにいた。随分、年月が流れ、セルジュはこの世に居られないけれど、不思議なものでそんな気がしない。「ポップス」といっても様々。テンポが良くてキャッチーな曲だけではないと想う。私はメロディーがいつの間にか頭や心の中でふと流れ出す、そんな曲たちはスローな曲調でも寂しげでもやはり「美しいポップス」として愛してしまう。
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by claranomori | 2009-10-31 09:45 | 私的少女音楽★愛しき歌姫
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★私が最も大好きな女性ヴォーカルを一人だけ選ぶとしたなら、やはりマリアンヌ・フェイスフル!当時のブリティッシュ・ポップ界はアメリカン・ポップ界のようにしっかりとシステム化というのかな、そういう機能的なものがまだ未完の状態で曖昧だったようだ。そんな当時のロンドンは所謂「スウィンギング・ロンドン」な時代で若者たちが活き活きと音楽業界でも活躍していた頃。マリアンヌ・フェイスフルはそうした時代の中、1964年7月に歌手としてデビューされた(17歳)。その曲は『アズ・ティアーズ・ゴー・バイ(涙あふれて)』。曲提供はローリング・ストーンズのミック・ジャガーとキース・リチャーズ(嘗てはキース・リチャードと記されていた)。今でもマリアンヌ・フェイスフルというとこの曲という位有名。しかし、自ら歌手になりたくてなった訳でもなく、可憐な容姿を見初められてのこと。ストーンズの二人が作った曲ということもあり一躍「英国ポップス界の華」となる。けれど、この曲も含めたアイドル時代のマリアンヌのアルバムでのベスト10入りは無い。このシングル『アズ・ティアーズ・ゴー・バイ(涙あふれて)』の最高位は全英9位、全米22位とデータにある。またアルバム・デビューは1965年(1st&2nd同時発売)でセカンド・アルバム『MARIANNE FAITHFULL』にこのデビュー曲は収録されている。英国デッカ(DECCA)時代の初期のおよそ1年半程が実質的なアイドル時代とも云える。そして、ストーンズとの交流、とりわけミック・ジャガーとのロマンス、破局...お嬢様アイドルのマリアンヌ様が次第とドラッグ騒ぎにも巻き込まれスキャンダルの女王と転落してゆく。そして、その地獄からの帰還に至るまでには10年もの時が必要であった。ああ!凄まじい人生である!壮絶である!強靭である!素敵である!崇高である!と讃えることしか出来ないお方。

多くのアイドルは長くは続かず何処かに消えて行かれる。たった1曲だけのヒット曲で消えてしまった方も多い。アイドルから幾十年もの間人気と実力を備え続けるお方はそう多くはいない(古今東西のそのような方々は皆凄いのだと想う)。ドラッグやアルコール(煙草もだろう)などですっかりアイドル時代の清楚なお声は潰れての復活であった。でも、そこから以降がアーティスト:マリアンヌ・フェイスフルの今日までの軌跡でもある。しかし、アイドル時代もどん底時代もまたマリアンヌ様の軌跡である。全体を時代と共に見てしまう。大好きなお方の場合はどうしても。歌唱力が素晴らしいというお方でもないけれど、今ではあのお声は「呪詛」とまで云われる程の存在感あるお声。そのお声にはそれまでの生きてこられたものが沁み込んでいるのだと想う。普通ならあの荒廃した時期に消えていただろう。此方では追々に、作品の感想などを綴ってゆきます。私が16歳の時。それ以来、今もずっと大好き!ある意味、ボウイに匹敵する位好きかもしれないとも(ボウイと同い年でもある)...生まれ持った気品や知性はお歳を召されても失うことは永遠にないだろう。
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by claranomori | 2009-10-29 11:50 | 私的少女音楽★愛しき歌姫
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★シルヴィ・ヴァルタン(シルビー・バルタン)はフレンチ・ポップス界のクィーンで、今なお本国での人気は物凄いお方。嘗て夫でもあられたジョニー・アリデイも然り!このお二人を欠かしてイェイェ(ye-ye)もフレンチ・ポップスも始まらない。デビューは1961年なのでフランソワーズ・アルディより1年早い。当時17歳。60年代は日本でも大変な人気だったらしく母もレコードを持っていた。人気の火付けとなったのは映画『アイドルを探せ』の出演とその主題歌のヒットからだという。映画にはほんの数分しか出演されないけれど、豪華な顔ぶれの並ぶコミカルで素敵な映画で大好き。この曲の作詞をされているのは、御大シャルル・アズナヴールでご本人も映画にも出演されている。この映画と主題歌のことを『映画『アイドルを探せ』 シルヴィ・ヴァルタンやミレーヌ・ドモンジョ達ご本人がいっぱい♪】として以前少し綴っています。

シルヴィ・ヴァルタンのアイドル時代とその後、今日までの歴史は長く音楽も雰囲気も時代ごとに異なる魅力なのですが、60年代のイェイェのアイドル時代は殊に可愛いです。フランス・ギャル、フランソワーズ・アルディ、シェイラ...etc.みんな、それぞれ違う可愛らしさ、女の子っぽさ、少女的な雰囲気があるのです。シルヴィの清楚なワンピース姿とブロンドの内巻き変形ボブからセミロングの髪(初期はショートでしたしロングヘアー時代も多いです)はとっても可憐。お声はどこかしっとりした魅力があり、私個人的にはスローな曲調の楽曲がかなり好きです。フレンチ・ポップスはやはり大好きなようです。個人的に蒐集したレコードの半分以上を占めています。ずっと持っていても...と想うので、当店でお好きなお方にお届けできたら幸いかとも想っています。此方でも、シルヴィのシングルやアルバムなどを追々、かなり時間がかかりそうですが綴ってゆこうと想います。
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by claranomori | 2009-10-28 11:03 | 私的少女音楽★愛しき歌姫
1989年頃に発行された古いサブカル雑誌の中の、『いごこちのいい「少女世界」』と題された文章を読んでいた。当時の同人誌に熱い想いを馳せる少女たちの全体像のようなことが書かれている。私は同人誌という世界には無知に等しい。けれど、そのような文化が今も根強く存在することになんの抵抗もない。私が好きな世界を妄想したりして脳内で描くのと似ているのかもしれないと想うから。この記事の中に、「これは私のことか!」とドキっとした記述の部分もあり、分かるような分からないような部分もあった。けれど、興味深く読んでいた。その一部を。

10代、20代の女のコといえば、スキーやテニスをし、ディスコで遊び、海外旅行に夢中。そんなものだと思っていた。男のコと大好きな恋愛をし、たとえそのことで悩んでいたとしても女のコ同士相談に乗り合い、文句を言い、グチをこぼしながらもけっこううまくやっていると。(中略)

思えば、新撰組の土方歳三と沖田総司に夢中になる少女たちは昔からいた。「少女時代の潔癖性」などということばでは括られてきたアレだ。あるときは歌舞伎の女形であり、あるときはランボーやワイルドなどの世紀末文学であり、あるときはデビッド・ボウイやJAPANなどの耽美的ロック・ミュージシャンであったりした。中性的なものへの憧れ。が、かつて彼女たちは思春期を過ぎて、大人の女になるにつれて、そうした潔癖性からも卒業していくはずだった。結婚をし、子供を産んで。

「同人誌活動のほうがおもしろい」。彼女たちは今メディアを手に入れた。そして溢れる情報のなかから、好みに合わせてマンガやスポーツ選手からさえも、主体的に記号を選び出す方法を。 (梨本敬法氏)


1/3程を記しました。私は沖田総司が好き。ランボーもワイルドも。そして、ボウイやJAPANなどの耽美派ミュージシャンにマンガ。スポーツ選手は女子か女性が主だけれど子供の頃からトキメク存在のお方がいた。中性的なものへの憧れは今もある。理解のある相方がいてくれるけれど、未婚で子供もいない。子供が大好きなのにである...これは長年の愛する世界が築かれる過程において何か因果なものが私の人生を方向付けてきたようにも想う。私は今のお仕事も「したいから」ではない。知らない内に此処に居たという感じなので不思議。流されたのでもなく、愛するものたちのある世界へ導かれたのかな...。元々、虚弱体質とやらだけれど歳のせいか、風邪をひきやすくなってしまって今も咳き込んでいる。けれど、思考ばかりしている。夢をみたり、現実に叩きのめされたり。でも、一度決めたことを投げ出す事をとても嫌っていた父の姿が浮かぶのだ。「また、メソメソしてるな!やると決めた以上頑張りなさい!」って。そして、少女時代からずっと心の住人である美しき方々やモノたちも私を宥めてくださる。だから、生きて来れたのだし、体が動く限りまだまだ出来ることはいっぱいある。弱音を吐くこと、投げ出すこと、やめてしまうことはいつだってできるのだから。

こんなことを考えては泣いていた。「泣いても泣いても、人生謳歌!」これはスローガンである。みんな、頑張っているのだから、それぞれの環境や年代や立場は違っても!私はもっと頑張るべきだとも。
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by claranomori | 2009-10-27 11:27 | 少女愛考・少年愛好
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★まだ幼き頃を懐古してトキメク気分を維持している私。とは云えど、焦りと葛藤もあるので、あまり体調はすぐれない。それでも、「人生謳歌」して生きてゆきたい。当店主は私より少し年は上ながら昭和のアイドル(殊に70年代の女性アイドル)の好みがピッタリ!みたい。相変わらず私が1000文字程話し、2.3文字返って来るという会話ながら。ひろみのことも好きだけれど、ジュリー、さらにショーケンには少年の頃からの強い想い出があるらしい。少女マンガはあまり読まないけれど、手塚治虫は大好きなので結構読んでいる。少女マンガの歴史に手塚治虫を欠くことはできないのだから!こんな具合で古いレコードや雑誌などをごちゃごちゃと引っ張り出していると、里中満智子さまの「少女へのポエム」のようなものを再発見できた。ちょうど、私は今小学生~中学生頃にタイムスリップ中なので、優しいそよ風と共にノスタルジックなセピア色の風景の中に少女たちをみる♪

女の子が大好き
女 というひびきが好き
心 優しさ 一途 おもいやり
そんな言葉がぴったりする
真剣な生き方にひかれる
強さ きびしさ 哀しさ ほほえみ
女にうまれたよろこびと涙

わたしは
そんな女性に
あこがれながら
自分もそうありたいと願い続け
えがき続けて きたけれど
いったい何人の登場人物を
不幸な目にあわせたか
みんな愛しい だから生半可な
生き方をしてほしくない

- 里中満智子 -

◆関連記事も綴ってみました → 「里中満智子マンガの中の郷ひろみ」
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by claranomori | 2009-10-22 21:12 | 少女愛考・少年愛好
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★上から『ベルサイユのばら』のオスカル、『キャンディ・キャンディ』、『郷ひろみ』です。『前代未聞の美少年アイドル★郷ひろみと少女漫画耽溺』と思春期以前のまだ幼少時の記憶と思い出たちが巡り、すっかり、いい大人の私ですが小さな子供時代にタイムスリップしているここ数日です。私はアイドルにしても、音楽、映画...と少し年上のお姉さんやお兄さん方とお話が弾む子供であったこと。どうみても見かけはおぼこい青い青い普通の少女でした。その理由がはっきり今も分かりません。ある遠方の古い友人がメールをくださったのですが、当店VELVETを応援頂いているお気持ちは充分伝わっています。けれど、現実は厳しいということもご存知。「VELVETは小学生でキング・クリムゾンを聴く店主と、小学生で「愛の嵐」に感動する二人が営んでいるんだから、やっぱりユニークだよ。利益を生むのは大変だろうけど、そのままでいてほしい。」というような。苦しい現実なのに、殊に私は苦しいからこそ、心の安堵する世界が必要。それらのお陰で生きて来れた。当店で扱っている商品のことをもっと書くべきだというお声も頂く。けれど、それが上手くできない。時に、「私はいったい、何をしているのだろう」とも想うのだけれど、すべて繋がっている。ご理解頂ける方々や友たち、店主に感謝しています。いつも皆様ありがとうございます!!

「永遠のアイドルとガールズポップ愛好館」に私の最初のアイドルである「郷ひろみ(HIROMI GO)讃歌」のカテゴリーを設けました。その他、60年代から80年代を中心に欧米や昭和のポップス等(偏愛ポップスばかりですが)を、此方の「少女愛惜」と連携しながら、これからもミーハーな調子で綴ってゆきます。私は自分の体験してきた中でのお話しかできないのです。ここ数日、頭の中でヘヴィー・ローテーションしているのはHIROMI GOの『花とみつばち』(1974年・8枚目シングル)です。日本で初めて登場した「女の子みたいな男の子」アイドルでヒット曲が多数あり、今も健在であること、そこに「郷ひろみ」であるために大きな犠牲もどんなにあるだろう。ストイックでなければ!私の好きな世界に共鳴くださるお方が今は居る。本当にそれらを信じつづけて生きてきた頑固者で良かったと幸せです。多くの偏見と「変わってる」という奇異な眼差しや言葉をいっぱい受けて来たのです。特に小学生から思春期までの私は。何と云われ様が「そうかなあ?」って笑い返し口論することなど一度もなかったけれど、心の中で、またはお家に帰って泣いた数は少なくはない。でも、これらの想い出たちから多くの事を学び続けている。いじめに遭わなかったけれど、からかわれたことはいっぱい。けれど、その度にさらにその愛するものたちへの愛は深まってゆき、今もまだまだ継続中なのだと想えます。夢の世界からエネルギーを頂いて厳しい今を生きている。そうでなければ生きてはゆけないみたい。


◆1974年・18歳の時のシングル曲です。私が初めて胸焦がれた「可愛い!」という「男の子」です。ずっとお兄さんなのに「可愛い!」と思える存在だった。その後、そのような美少年は少女マンガや絵の中、外国の美少年子役しか居ない。今も美しいあの姿勢。兎に角体の線が綺麗です♪
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by claranomori | 2009-10-21 19:27 | 想い・鑑賞・読書メモ
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★80年代はやはり私には大切な時代だった。私が10代だった頃に同世代の可愛いアイドルたちに愛を込めて!となると、当時、フランスのアイドルはソフィー・マルソーだった。ジョディ・フォスターやナスターシャ・キンスキーは格別今でも大好きだけれど、既にデビューされていた。薬師丸ひろこが日本では人気で「私のライバルはテイタムよ」って語ったりしていたのだけれど、テイタム・オニールもリアルタイムではないのでちょっと私のアイドルという感じではなかった。映画『ラ・ブーム』(1980年・13歳頃)の日本公開は1982年。ソフィーは15歳頃で、とびっきり可愛くてトキメクのであった。翌年続けて公開された『ラ・ブーム2』共に懐かしい想い出。主題歌の『愛のファンタジー』もヒットしていて、ソフィーを讃える『ビバ!ソフィ』やハート型のレコードも今引っ張り出し眺めてスキャンしたりしていた。こうして長い間一緒に居るレコードやパンフレットって愛おしい。
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ソフィー・マルソーはフランソワ・ヴァレリーとのデュエット曲、あとはオスカルやパリジャン三銃士なる方々の歌が収録されている...いったいどんな経歴の方々なのか、いまだに不思議な存在。ソフィーの好きな本に『青い麦』とあった。嫌いな食べ物がほうれん草だったり、嫌いな科目が数学だったりというのも同じだったので、そうした事に感激していた。今の私はすっかりほうれん草も好きになっているのだけれど。コレットの『青い麦』は私も好きだった。ソフィーのデビューよりもさらに小さな少女ポレットとして『禁じられた遊び』でデビューされたブリジット・フォッセーが、映画『ラ・ブーム』での母親役というのも嬉しいものだった。今も素敵なお方。ソフィーの映画はこの『ラ・ブーム』から今なお追い続けている。あまり好きではなかった作品もあるけれど観てしまう。だんだん大人っぽくなる様子に戸惑いを感じながら観ていた時期もある。すっかり成長した豊満な肢体を見るとショックを受けたものだ...でも、今でもやはり好きでいる♪
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by claranomori | 2009-10-17 11:19 | 銀幕の少女たち・少女映画
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★上から『長くつ下のピッピ』『ピーター・パン』『にんじん』のことを 少年少女映画大好き!Cinema ChouChouに追記いたしました♪
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by claranomori | 2009-10-16 19:15 | 銀幕の少女たち・少女映画
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★ドイツ・ロマン派というとノヴァーリス(NOVALIS:1772年5月2日~1801年3月25日)の『青い花(ハインリヒ・フォン・オフターディンゲン』(1801年)の小説は欠かせない。私が「ロマン主義」という言葉から直ぐに想起するお方でもある。29歳という若さでこの『青い花』を未完のまま死に至ったお方。そして、この作家の作品たちと共に常に居るのは少女ゾフィー。12歳の少女と出会い、この幼い許嫁は15歳で死に至る。9歳の頃に病に伏した少年は、その頃から天才的な才能を発揮したというけれど。この少女の死は生涯、ノヴァーリスの作品と結ばれた慈悲偏在無辺の光となる。不思議な霊的な源泉ゾフィーという少女にゲーテも会っているそうだ。特に教養のある少女というのでもないけれど、実年齢より成長したように見える少女であったという。この初恋は儚き刻ながら、ノヴァーリスの死、きっとその後も静かに夜の光の中で渾然と結合しているのだろう。

『ザイスの弟子たち』は1798年に執筆され、これまた未完の書。その中に織り込まれた『ヒアシンスと薔薇の花のメルヘン』。暗い孤独感に包まれ森に佇む美青年ヒアシンスと、お互いに心が通じ合っていた「薔薇の花」と呼ばれる少女。ある老人に「だれにも読めない小さな本」を手渡され、ヒアシンスは美しい薔薇の花のことも忘れたかのように旅に出る。万物の母である、ヴェールを被った女神イージス(イシス)の居場所を求めて。泉と花たちに導かれてイージスの居場所へ辿り着く。壮麗なヴェールをとりのけるとそれは薔薇の花の少女にほかならぬものであった。(参照:宮下啓三訳)

この別れの後の再会。ここにもやはり少女ゾフィーの姿が見える。このゾフィーは「薔薇の花」にも『青い花』の娘マティルデにも居る。初恋の許嫁への想い、その早過ぎる死は悲痛なものであっただろう。けれど、現実を生き抜くために虚無を克服しようとする様は壮絶であるけれどメルヘンでもある。メルヘンとは甘美なものだけを意味するのではないとも想う。

下賎なものに高い意味を、平凡なものに不思議な姿を、
限りあるものを無限なものとして見せる

このように記されている。悲しみの体験と追憶が静謐な美しさで満ちている。このようなロマンが心震えるほど好き。夜の静寂さとロマン派の絆は強い。また深い森も欠かせない。ロマンから光は放たれる。そうして、童話も生まれるのだろうし、アンチ・メルヘンとも呼ばれるカフカへとも繋がる。絶望の果てからの希望を求める姿。メルヘンとはドイツ語派生であり、その深い森の中で、あのナチスの迫害をも乗り越えて今も息吹くので興味は尽きない。お伽話や童話というのは子供のためでもあり大人にも感銘を与えるのだといつも想う。それらの世界とロマン派との絆も強い。そんな世界が大好きなので、束の間のこの季節にそれらを耽読してばかりいる。


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by claranomori | 2009-10-15 21:51 | 詩人・作家・画家・芸術家
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★スウェーデンの児童文学というと浮かぶのはアストリッド・リンドグレーン(1907年~2002年)。数々の映画化もあり、私の初見は『やかまし村の子どもたち』でとても想い出深い。けれど、『長くつ下のピッピ』の少女ピッピのキャラクターはいつの頃からか自然と強力にある。あの赤毛を編んだ独特のヘアースタイル、そばかすのお顔には笑顔がいっぱい。おてんばだけれど優しくて繊細。あんなに華奢なのに力持ち。さらにお金持ちである。

お馬とおサルのニルソン氏と共にやってきた田舎町。隣に住むトミー(パー・サンドバーグ)とアニカ(マリア・パッセン)と仲良しになる。思い出すのは「床におりないごっこ」!今もその様子が浮かび笑ってしまう。みんな可愛いけれどアニカも大好き。ピッピの名は、ピッピロッタ・シャンデラリア・ヤナギノハッパ・チョコミンサ・エフライム。ごたごた荘で一人暮らしの変わった女の子。お父さんは、エフライム・ナガクツシタ船長で、ホッペトッサ号で世界の海を回っている。お母さんは、お空の天使。お父さんに貰った金貨がぎっしり詰まった鞄を持って、歌いながらやって来た少女。奇想天外なことをするし、初めは誤解されたりする個性はピッピのもの。暫くするとピッピの優しい気持ちも伝わってゆく。笑っていること、そんな姿を見ることは至福でもあると、ピッピを想い浮かべ安堵する。

1969年から1970年頃に製作された映画。5作シリーズで、『長くつ下のピッピ』『続・長くつ下のピッピ』『ピッピの新しい冒険』『ピッピの宝島』『ピッピ船にのる』なのだけれど、結構記憶がごちゃまぜなので観直したい。全作とも監督はオル・ヘルボムで、ピッピとアニカとトミーも同じ。スウェーデンの美しい自然の景色、今の映画では味わえないあの色彩がとても好き。そんな綺麗な自然の中に可愛い三人。ピッピは、草の上に寝転び、青い空や緑の木の頂を見上げながら夏の詩を歌う♪

夏って すてきと
さあ うたおう!
だって 木々は なんなに きれいで
大地は あんなに みどり
花は あんなに 美しく
野いちごは こんなに おいしいの
お日さまは きらきらと かがやき
そばかすは どんどん ふえて
てんてんだらけの 夏のかお
だから うたうの
夏は わたしの ものよと

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◆「赤毛」というのは私の子供時代のちょっとしたコンプレックスでもあった。そして、夏にそばかすが増えるというのも同じ。なので、私は太陽光線は苦手で今に至る。ピッピのように、「夏はわたしのものよ」と想えたことなど一度もなく生きている。なので、ピッピが羨ましい。そして、私に欠けているものに気付く瞬間でもあり苦笑してしまう。
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by claranomori | 2009-10-14 11:52 | 銀幕の少女たち・少女映画