あまりにも私的な少女幻想、あるいは束の間の光の雫。少女少年・映画・音楽・文学・絵画・神話・妖精たちとの美しきロマンの旅路♪


by chouchou
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<   2009年 06月 ( 8 )   > この月の画像一覧

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★80年代半ば、スローイング・ミュージズというバンドをお気に入りの英国レーベル「4AD」より知った。私は「4AD」のアーティストの多くと相性が良いまま20年以上の時を過ごしている。その「4AD」がアメリカ・ボストン出身のアーティストと契約した最初のバンド。姉妹が存在すること、不思議なリズムとフォーク・ロックな感覚が気に入り継続し今に至る。姉のクリスティン・ハーシュの1stソロ・アルバムが1994年に発売された。先ず、興味深かったのはプロデューサーがレニー・ケイだったこと!あのパティ・スミス・グループのである。妹のタニア・ドネリーも別のプロジェクトで活動し始める。お互いの表現したい世界があるだろう。また、どちらもヴォーカリストながら、スローイング・ミュージズではメインはクリスティンの方に重きを置かれていた。お二人にしか分からない確執のようなものもあったのではないだろうか。まだお若い女性アーティストが世界的にデビューを果たした。このクリスティン・ハーシュのソロ・アルバムを聴いた(VELVETオープンの年)。久しぶりに聴き返してしまった。これだから困るのだ...私の心のバランスが時に崩れるタイミングと調和してしまったようだ、溢れる涙はそのままに。クリスティンはこのアルバムを作る前に色々な事情から精神不安定となってしまったという。それでも、この作品の中で歌われる曲には今では母親となった一人の女性でもあるクリスティンの言葉が胸に突き刺さる。詩的な世界ながら悲痛さを伴うもの。けれど、こうした表現者に出会えたことを嬉しく思える私。それは”崇高さ”を思わせてくださるから。苦痛を伴うポエム。時に少女のように、時にパンクロックのように、ストリングスの美しいサウンドは優しく響き、紡がれる言葉と声はクリスティンの繊細な心模様。

海原に揺られ、海水を飲み干し
そんな私の上を
ありとあらゆる鳥が飛び交う......
憂鬱あり詩心あり
楽しい時間あり......
争いを避けたくてボクサーに嫁ぎ
お酒を止めたくて造り酒屋に嫁ぎ......
どちらにも踊らされてばかり......
ようやく全て丸く収まった

「ヒップス&メイカーズ」 対訳:染谷和美

※女性ヴォーカル好きはやめられないので、今後は此方で掲載した記事と「女性ボーカル専門店LilithFairyVelvet」あるいは「リリスの館」を連携してゆこうと思います。嘗てプログレ・ファンのお姉様が仰った。「プログレばかり聴いていると疲れるから時々シンプルな女性ボーカルが聴きたくなる」と。なるほど...と思ったものだ。私はというと逆とも云える。女性ヴォーカルばかり聴いていると泣いてしまうことが多く埒が明かないので、時々男性ヴォーカルやあるいはヴォーカルの無い音楽を聴く。疲れると云っても何かしらの糧になっているのだけれど。そもそも、『BRIGITTE』は女性ヴォーカルを愛好する会でもある。先日、在庫の整理を少ししていて眩暈がした。立ち眩みと同時に途轍もない量を抱えていることに。何からすれば良いのか...特に大好きなことから。そして、さらに好きな世界をもっと好きになりたい!とこうして聴いていると強く思う。VELVETと重複もするのですが、こちらも頑張って登録してゆきますので、メンバー登録してくださいね♪
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by claranomori | 2009-06-29 10:24 | 私的少女音楽★愛しき歌姫
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フランス・ロマン主義から想い巡りある古い映画を観返していた。1956年のジャン・ドラノワ監督の『ノートルダムのせむし男』。幾度も映画化され、バレエやアニメにもなっている名作。原作の『ノートル=ダム・ド・パリ 1482年』の作者はヴィクトル・ユゴー。フランス・ロマン主義を引っ張っておられたお方。『レ・ミゼラブル』以前の歴史小説でもあるけれど、”ロマン派”と言えどもフランスの場合はちょっと異なる。簡単な時代背景として、フランス大革命からナポレオン帝政、王政復古と目まぐるしく変容した社会情勢。革命と戦争の相次ぐ当時のフランス。文学者たちは既成の価値観に疑問を抱き、異議を唱え、”人間とは何か”と再び問い直し始める。そうして、ロマン主義文学運動も生まれたようだ。今も私はいつも思い葛藤することでもあるけれど、合理主義的な考えでは解決できない人間というもの。不合理、不条理なものを見つめ、幻想文学へとも誘う。ヴィクトル・ユゴーの描いた『ノートル=ダム・ド・パリ』は1831年。けれど、小説の中では七月革命に沸き立つパリの民衆を中世の世界に置き換えている。ゴチック(ゴシック)建築の華であるパリのノートルダム寺院を舞台に、暗黒の中世社会と群集たちを生き生きと描いている。真実の愛、高貴な魂とは・・・。

原作と映画の大筋は同じだけれど、私はジャン・ドラノワとジャック・プレヴェールによるコンビ作品を贔屓しているのでアメリカ映画やアニメ映画も観たけれど(未見作も多い)、やはりこの1956年版のフランス映画が特に好き。生まれつき骨格の奇なる醜い男性カジモド(アンソニー・クイン)は親に捨てられノートルダム寺院の鐘つき男として成長していた。美しく艶やかに躍り歌うジプシーの娘エスメラルダ(ジーナ・ロロブリジーダ)は民衆を魅了するだけではなく、聖職者フロロ(アラン・キュニー)の心を捉えてしまった。このフロロのかなり屈折した感情表現も素晴らしい!王室親衛隊長のフェビュス(ジャン・ダネ)は美男だが婚約者のいる身ながらエスメラルダとの逢引きをする不実な男性でもある。けれど、エスメラルダはこのフェビュスに恋をしている。嫉妬に狂うフロロはカジモドを利用してエスメラルダを誘拐させたりもする。名場面のひとつ!群集の前で両腕を後ろに繋がれ拷問を受けるカジモド。彼は耳も不自由で醜い容姿ながら心は美しく優しい。嘲笑の中、カジモドは”水をくれ”と懇願するが誰一人聞く耳すら持たない。そこにエスメラルダが現れ彼にお水を飲ませてあげる。カジモドは初めて優しさを体感したのではないだろうか。そして、この優しく美しい娘に心惹かれてしまう。しかし、主にこの4人の感情と絡み合いは上手くはゆかない。エスメラルダとフェビュスの逢引きを阻止しようと付けまとうフロロはフェビュスを刺して逃げる。彼の死は免れたけれど、その罪はエスメラルダに着せられる。エスメラルダをカジモドは助け出し寺院にかこまう。エスメラルダはようやく彼の美しい心に気づくのだけれど、心は美男のフェビュスにある。結局は悲しいエスメラルダの死(絞首刑)を知ったカジモドは彼女に寄り添うように自らの命を断つ。幾年か経て、その二人の遺骨は共に灰となる...。

均整のとれた美を古典主義とするのなら、美男の騎士フェビュスだろう。王権の象徴でもある。対して醜い怪奇なカジモドこそ、歪なゴシック建築の神秘の美。グロテスク美学である。カジモドはその象徴的存在であり、生命力あふれる民衆の力でもある。また、聖職者フロロは教会権力の象徴なのだろう。美しい娘エスメラルダを巡るこの図式はフランスの権力闘争の縮図とも云える。エスメラルダを取り戻そうとする民衆たちはノートルダム寺院を襲う。それは七月革命というパリの社会を重ねている。ユゴーは当時のフランス社会を歴史小説の中に潜入させている。そうした事柄が今だと少しは分かるようになり、さらに歴史と文学、そして映画の融合する中で私はなにかを感じ学ぶことができる。愉しい娯楽として鑑賞しながらなのでこれほど素敵な資料はない。今回の再見でまた愉快な発見があった。前半の僅かの場面だったと思う(もう一度確認しようと思っているけれど)、枢機卿役でボリス・ヴィアンが出演していた。また、シャンソン歌手のダミアが町の歌手のような役どころで歌を歌ってもいた。これだからやめられない☆
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ノートルダムのせむし男/NOTRE-DAME DE PARIS
         1956年・フランス映画
監督:ジャン・ドラノワ 脚本:ジャック・プレヴェール、ジャン・オーランシュ 原作:ヴィクトル・ユゴー 音楽:ジョルジュ・オーリック 出演:アンソニー・クイン、ジーナ・ロロブリジーダ、アラン・キュニー、ジャン・ダネ、ダミア、マリアンヌ・オズワルド、ボリス・ヴィアン、ヴァランティーヌ・テシエ
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by claranomori | 2009-06-17 03:25 | 文学と映画★文芸・史劇
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『もう森へなんか行かない』というフランソワーズ・アルディの曲(歌)を知ってから随分と年月を経て知った小ロマン小説の『もう森へなんか行かない』(原題は『月桂樹は切られて』)。この長く”幻の書”とされていた作者はエドゥアール・デュジャルダン(EDOUARD DUJARDIN)。1971年に刊行された和訳で読み、ここ数日の頭の中でまたよみがえって来た。もうアルディの曲と対となって私の心に居るのだろう。私はこうした繋がりや発見をしては喜び生きている。ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』と深い関わりのある小さな書。すぐに読み終えてしまえるものながら、まるで主人公の青年たちとご一緒に過ごしていたかのような奇妙な感覚が残る。この初刊は1887年で僅か420部というもの。フランス文学の流れの中でも紹介されずにいた、フランス本国で埋もれていた書。それが再販されたのは35年を経た1922年のこと。私の好きな英国文学とフランス文学が繋がる場面でもある!ジェイムズ・ジョイスがフランスでこの書を見つけ、友人のヴァレリー・ラルボーに紹介したという。ラルボーは最初はジョイス程の感動を示さなかったそうだけれど、ラルボーによって生き返ったご本。しかし、ラルボーはその後、病気から活動は途絶えてしまう。この小ロマン小説はまたしても忘れ去られていた中、奇跡的な2度目の復活。それは1968年!アルディの『もう森へなんか行かない』が世に出た同年のこと。ああ、愉し!

そして、私個人の好きなロマン逍遥は各国入り乱れて大騒ぎとなる。19世紀の幕開けのようなノヴァーリス。ゲーテを忘れるわけはない。キルケゴールやショーペンハウアー、そしてニーチェ。フランスはこれらのドイツ・ロマン主義や英国文学からの影響を受けてフランス・ロマン主義の時代へ。スタール夫人やシャトーブリアンに始まる。そして、ユゴーやバルザック、デュマやスタンダール、ミュッセもいいな...そして、ボードレールやネルヴァル。ヴェルレーヌにランボー。ジョルジュ・サンドも。ロシア文学だとツルゲーネフやドストエフスキー、トルストイもいる。ああ、イプセンもいるし、19世紀末英国にはオスカー・ワイルド!!私の生まれる遥か彼方の方々や作品、登場人物たちが共に今ここにいることの喜びに心奮えるのだ。古典を継承しつつ忘れられていた音の響き。抒情の復活である!これこそ私の最も好きな”ロマン”の所以かも知れない。よく分からないけれど、エドゥアール・デュジャルダンやジョイスの「内的独白」という形体は好きだし、ロマン派の社会や現実とのズレから孤独や幻想世界へ誘う心の漂流が好き。”生きる”ために”苦しむ”。当たり前のことのように今は思える私。社会とのズレの大きさは時に疎外感ともなる。けれど、私の心のおもむくままに。どんなに人生が苦しく嶮しくとも、生きるため、幸福を、人生謳歌するためには目を背けるわけにはゆかない。受け入れよう。そして、出来るだけ”美”へと昇華しながら小鳥のさえずりや草花の美しさに微笑んでいたい♪

※上の挿絵(挿画)はアリス・ラーフリンというお方によるものです。


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by claranomori | 2009-06-14 05:27 | 19世紀★憂愁のロマンと美
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★1968年という年のフランスは五月革命がどうしても浮かぶ。大好きなフランソワーズ・アルディの好きな曲はいっぱい!けれど、最初に買ったアルディのレコードはやはり色褪せない。嘗ての洋楽の日本盤(国内盤)は邦題が様々と付けられていて素敵だった。最近はそのままカタカナにした曲が多くなってしまったようで寂しい気もしている。アルディがご自身のイポポタンというレーベルを設立して発売し始めた最初のアルバムの中の曲。日本ではドラマ「沿線地図」の主題歌にもなり、その時に発売されたシングルも購入した。1968年のアルディは24歳~25歳頃。私がアルディの存在を知ったのは16歳。アルデイはこの歌の中で幾度も”私の青春は行ってしまう”と歌う。16歳の私は高校2年生でそろそろ卒業後の進路のお話もしていた。日に日に迫りくる大人や社会というものが私を襲っていた。大袈裟なようだけれど、ちょっとあの時期の私は今から回顧してもかなりの深刻さだった。青い悩みというのだろうけれど...。既にアルバムは多く発売されているお方で知的な佇まいの大人の女性だった。けれど、今もあの時よりももっともっと大好きでいる。心がとてもほっこりと自然な感じでいられる音楽なのだ。アルディのご自身の心を歌う世界が。奮い立たせるようなもの、刺激を求めることもあるけれど、アルディはそのままいつも自然にす~っと私の心にいてくださる。なので、安堵する。好きな曲の多くは淋しげで孤独。けれどいつも美しい!その孤独の影の美しさに心打たれる。私の好きな美しきものたちはリンクし合う。また少し連想ゲームを続けてみようと思う♪

「もう森へなんか行かない」

私の青春は行ってしまう
詩に沿って
韻から韻へ
腕をぶらぶらさせて
私の青春は行ってしまう
かれた泉の方へ
柳を切る人達が
私の20才を刈り取る

・・・・・・

私の青春は行ってしまう
ギターの調べにのって
それは私自身から抜け出て行った
静かに
私の青春は行ってしまう
それは、錨を切って漂流した
それは、髪に
私の20才の花をさしている

・・・・・・

私達はもう森へなんか行かない
私達はもう一緒に行かない
私の青春は行ってしまう
あなたの足どりのように
あなたが知っていたら
それがどんなにあなたに似ているか
でもあなたはそんな事は知らない
でもあなたはそんな事は知らない


※ドラマ「沿線地図」は結局未だに観たことがない。再放送されていたりするのだろうか...。観たこともないのに、サントラのような仕様のLPレコードも持っている。ジャケットにアルディは写っていなくて残念。


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by claranomori | 2009-06-13 23:37 | 私的少女音楽★愛しき歌姫
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★この絵は1854年、オルレアンでのジャンヌ・ダルク記念祭で初めて公開されたという、ジャン・オーギュスト・ドミニク・アングル(Jean Auguste Dominique Ingres)による有名なもの。そして、オルレアンの乙女が聞いた、「王太子シャルルを戴冠させてフランス王位につけよ」という天の声を、深い信仰心故に、その神のお告げに従い軍隊を率いて、かなりの劣勢であったにもかかわらず見事にオルレアンを解放し、それのみならず「ランス大聖堂でのシャルル7世の戴冠式を行った」のである!輝かしきジャンヌ・ダルクの栄光の瞬間を絵にしたものを眺めては、その勇敢なお姿や崇高さと共に浮かぶ哀しみが付き纏うのだけれど。

17歳の少女がフランスを救うために神のお告げによってやって来たというお話をシャルル7世と初めて会った時には信じてはもらえず、査問会が開かれた。シノンのお城での初めての王との会見は1429年2月、オルレアンの解放は同年の5月、そして、戴冠式が7月である!フランスとイングランドの100年戦争。この時期のフランスは明らかに絶望的な状況であったとされている。当時のフランスの武将たちはオルレアンの解放を機に、ノルマンディ攻撃の続行を望んでいた。戦争の最中、戴冠式よりも敵を倒すという武将たちの主張は真っ当な気もするけれど、ジャンヌはひとり強靭にも反抗し続け、ランスの進撃を決行させてしまう。天晴れである!この辺りから、色々と読み漁り私の頭の中は未だに愉快な歴史模様に混乱させられ続けているのだけれど、ジャンヌの、オルレアンの乙女の使命は見事に果たされたのだ。ランス大聖堂でシャルル7世の戴冠式が行われるということの使命、そして、その歴史的事実の持つ意味は大きい。敵国イングランドに与えた打撃のみならず、驚くべきことに敵はシャルル7世の実母である王妃イザボー・ド・バヴィエールでもあったというのだから!僅か14歳でフランス王シャルル6世の妃となったお方である。フランスの歴史の中でも悪名高き女性でもある。なかなか愛らしい容姿の少女であったようだけれど、心の中はかなりの野心を持つ異常としか思えないことがらを行い続けた恐ろしい女性であった。息子を殺害する企てまでしていたという。ジャンヌ・ダルクはそのフランス王妃の策略を見事に打ち砕いたのでもある。王妃イザボー・ド・バヴィエールは、娘カトリーヌ王女をイギリス王ヘンリー5世の妻として、いわば娘とフランス全土を献上するという1420年のトロワの和議を結ぶ。結局のところ、王妃は自身がイギリスとフランスの両国を支配しようというものだったのだろう。この辺りはシェイクスピアの『ヘンリー五世』でも描かれている。しかし、ヘンリー5世、シャルル6世もこの和議の2年後に死去される。そこでイギリスは生まれて1歳にもならない王子ヘンリーを、そして、王太子シャルルも我こそが正統な継承者であると宣言した。当時のフランスにおいて二人の国王を名乗る者が存在した。そんな状況に登場したのがジャンヌ・ダルクであった。この絵のジャンヌには神に選ばれし者の円光が見られる。ジャンヌの後ろで本を読むフランチェスコ派の修道僧、手を合わせる従者、そして、剣を杖にした馬丁の姿。このお方はこの絵を描いた御本人であるアングルだそうだ。自らもこの輝かしき祭儀に参列したかったのであろう。

しかし、この戴冠式から1年も経たないうちにジャンヌは捕らえられ裁判にかけられる。そして火刑台へ...。ジャンヌの鎧の前の銘文板には「その火刑台は、天上の王座と変わった」と書かれているという。当時、まだ”魔女”という概念よりも”異端者”としてジャンヌは刑に処された。当時は土葬が通常の時代に火刑、そしてその灰は土に返ることも許されずにセーヌ川に撒かれたという苛酷な最期。しかし、1900年代になり、ジャンヌ・ダルクは”聖人”とされた...純粋で勇敢な少女はイギリスまでも救ったとも言われるに今は至る。異端者としてのジャンヌは当時女性が男装することは禁じられていた。けれど、その処刑には野望を打ち砕かれた王妃イザボーがイギリスの摂政ベッドフォード公にジャンヌの処刑の要請を手紙にしてまで送っていたという。ルーアンの広場で20歳にもならない少女ジャンヌの命は苦しい火炎の中で燃え尽きてしまったのである。
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by claranomori | 2009-06-09 11:27 | 少女イコン・不滅の少女
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★ああ!胸高鳴る。哀しくも聖なる少女”ジャンヌ・ダルク”あるいは”オルレアンの乙女”のことを想うだけで。いつの間にかこの”ジャンヌ・ダルク”という勇敢な17歳の少女の名を知り、気がつけばすっかり私の中の重要なキーワードのように組み込まれてしまっているのだった。映画でジャンヌ・ダルクを演じたもの、フランスとイングランドの100年戦争、その時代背景や絡み合う人間絵巻などをあれこれ観たり読んだりすることが好き。実在の人物で最古の私にとっての”少女イコン”あるいは”聖なる少女”はこの”ジャンヌ・ダルク”なのだ。まだまだ興味は尽きないけれど、整理してゆくためにも別に「ジャンヌ・ダルク」のカテゴリーを設け、続けてみます♪
※上の彫像はフランソワ・リュード(François Rude)によるジャンヌ像。
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by claranomori | 2009-06-07 10:45 | 少女イコン・不滅の少女
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by claranomori | 2009-06-06 07:41 | 愛の花束・日本の抒情
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1981年のロバート・マーコウィッツ監督映画『ロングウェイ・ホーム』。この映画は当初はテレビ用に作られたものだそうだ。私は90年代になってから観たもので、既に主人公のドナルド(10代後半から青年期)を演じるこの映画の主役であるティモシー・ハットンは有名だし知ってはいた。けれど、この映画を観て好感を持てるようになったので思い出深いもの。この映画は”少年映画”とも云えるけれど、兄弟妹の離れても心の繋がりは断ち切ることはできないのだという”家族”という絆の尊さを奇を衒うことなく描いている秀作に思う。当時の私はこのような作風を優先して観ることはなかった(最初はロザンナ・アークエットをお目当てに観たのだから)。けれど、感動して号泣した。今感じるのは”アメリカの一風景”であるということに何か向かうものもある。このお話は実話に基づいたものだそうだし、このような子供たちが普通に暮らしているという現代アメリカという大国。そんなお話を新聞で読んで知るよりもずっとリアルに響くのはやはり映画な私。
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長男のドナルド7歳、次男のデヴィッド4歳、末っ子の妹キャロライン3歳という実の兄弟妹。娼婦の母親と職の定まらない父親に捨てられてから幼い3人だけとなる。そんな状況下に置かれた幼い子供たち。けれど、長男のドナルドはその日から弟妹の兄でありながら父親の役も担うことになる。どこから調達してくるのかコーンフレークやミルクなどの食料を分け与える。けれど、そんな彼らは施設に送られ里親の家へと離れ離れとなる。ドナルドはひと時も弟と妹のことを忘れることはなかった。擁護施設のカウンセラーの女性リリアン(ブレンダ・ヴァッカロ)にドナルドはしつこく彼等の居場所を尋ねるのだけれど、規則故に18歳になるまでは教えてもらえない。ドナルドは自分が18歳になる日をまだかまだかと待ちわびる。高校生のドナルドは美しい少女ローズ(ロザンナ・アークエット)と出会い、二人は卒業して結婚する。大切な妻との生活の中でもやはり弟と妹に再会できる日を願い続けていた。リリアンの尽力もあり先ず弟デヴィッドと再会。お互い成長した姿で兄弟なのにぎこちない様子に私は胸が熱くなるのだった。そして、名場面のひとつかな。幼い時、僅かな食料しかない日々。冷蔵庫のミルクをデヴィッドが勝手に全部飲んでしまった。再会した今、デヴィッドが飲み干す姿を見つめてあの日がオーバーラップするドナルドの心。妹キャロラインとは最後の最後でようやく再会!3人が時を経てまた抱き合うシーンをローズも優しく見つめている。決して大味ではないと思う。製作者であるリンダ・オットーはカウンセラー経験のあるお方で、リリアンの役どころにかなり彼女の視点を重ねることに成功しているようにも思う。私は女性なので、どうしても女性の目、視線を強く感じる傾向が過敏になって来ているようだ。女性だからすべて好きな描き方とも限らないけれど。ドナルドの子供時代を演じているのはウィル・ウィートン!後にリヴァー・フェニックスたちとの『スタンド・バイ・ミー』でさらに有名になったけれど、この『ロングウェイ・ホーム』(映画デビュー作のようだ)でも存在感を残しているので素晴らしい。親に捨てられバラバラになった兄弟姉妹たちは多い。それら皆がこのように再会できることは多くはないだろう。これは映画ながら現実の生活の中で見られることなのだ。里親が新たな家となる。そこで成長してゆく。けれど、”心の家”はただ一つ。あの汚れた顔の幼い子供たちの精一杯のコーンフレークとガランとしたテーブルが深く焼き付いている。きっと今もそんな子供たちが世界中にいる。それでも生きる子供たちに光をと願う☆
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ロングウェイ・ホーム/A LONG WAY HOME
      1981年・アメリカ映画
監督:ロバート・マーコウィッツ 製作:リンダ・オットー、アラン・ランズバーグ 撮影:ドン・バーンクラント 出演:ティモシー・ハットン、ブレンダ・ヴァッカロ、ロザンナ・アークエット、ポール・レジナ、ウィル・ウィートン、ジョン・レーン、ボニー・バートレット、セヴン・アン・マクドナルド
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by claranomori | 2009-06-05 08:12 | 銀幕の美少年・少年映画