あまりにも私的な少女幻想、あるいは束の間の光の雫。少女少年・映画・音楽・文学・絵画・神話・妖精たちとの美しきロマンの旅路♪


by chouchou
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<   2009年 04月 ( 11 )   > この月の画像一覧

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リンゼイ・アンダーソン監督の『八月の鯨』(1987年)は、リリアン・ギッシュ90歳、ベティ・デイヴィス79歳、ヴィンセント・プライス76歳、アン・サザーン78歳、ハリー・ケリー・ジュニア66歳という、ハリウッド映画の各分野で活躍し続けてきた名優方を配しての名作。この映画が大好きで次はこれを綴ろう!と思っては書けなくて...好きなシーンがいくつも巡り、溢れる涙で胸がいっぱいになってしまう。初めて観た時はまだ20歳そこそこだった。映画の魅力は年を重ねてゆく中で作品がまた新鮮なものになる。なので、何度も観たくなる。この往年の名優たちの初期の作品はまだまだ未見のものが多い。古くからのファンのお方はこの作品が封切られた時、どんなに嬉しかっただろう!と、私もうっとり想像する。そんな優しい詩情溢れる品格のある作品。老練という言葉が相応しいのは随所に。
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娘時代に姉妹リビー(ベティ・デイヴィス)とセーラ(リリアン・ギッシュ)は幼馴染みのティシャ(アン・サザーン)と3人で、8月になると入江にやってくる鯨を見にかけて行ったものだった。でも、もう遠い昔のことになってしまった。その間50年もの歳月を色々な思い出と共に生きてきたのだ、それぞれに。出演者は主に年老いた5人の名優たち。あとは、海辺の別荘と美しい自然、そして別荘内の小物たちや衣装たち。特に野ばらや紫陽花が印象的。とてもシンプルに流れてゆく。

戦争で先立たれた夫への変わらない愛。薄化粧をし髪を整え、よそ行きのお洋服と靴に着替え、花一輪と蝋燭のともし火、そしてワインを用意する。そして、亡き夫のお写真を前にして語りかけるセーラ。私はリリアン・ギッシュがとても好きなのだけれど、何故好きなのかという答えが必要ではないことを、こういうシーンから得られる。幸せなのだ。”永遠の少女イコンであるリリアン・ギッシュ”の愛らしさ!この90歳を超えたお姿を拝見しても”可愛い~!!”と声に出してしまうくらい。たまらない。このセーラ役もリビー役も適役。ただ年老いた役者というだけではこの情感は表現出来ないと思う。そして、この撮影当時既に癌に侵されていたであろうベティ・デイヴィスの痩せこけたお姿。視力を失って自分の事が自分で出来ない、そんな苛立ちを流石の演技で見せてくれる。すべて自然な感じ。姉の白くなった長い髪を妹が梳くシーン。最後のこの老女優(名女優)お二人が固く手を握って微笑むシーン・・・私は、きっと年を重ねる度に、この人生を静かに謳い上げる名作を味わい続けるのだと思う☆
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八月の鯨/THE WHALES OF AUGUST
1987年・イギリス映画
監督:リンゼイ・アンダーソン 脚本:デヴィッド・ベリー 撮影:マイク・ファッシュ 音楽:アラン・ブライス 出演:リリアン・ギッシュ、ベティ・デイヴィス、ヴィンセント・プライス、アン・サザーン、ハリー・ケリー・ジュニア、メアリー・スティーンバージェン、マーガレット・ラッド、ティシャ・スターリング
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by claranomori | 2009-04-28 09:53 | 往還する女と少女
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★自分でも不可思議なことながら、「ボウイ館」をここ数日更新している。そして、5/29の『VELVET MOON15周年イベント』までは毎日更新しようと心に誓った。そんな中で、以前綴った映画『クリスチーネ・F』劇中でのボウイのライヴ映像を観ていて涙が止まらないのだった。「ボウイ館」でそのことは触れてはいない。今も目が痛くてたまらないけれど、綴っておかなければ...と想うままに。この映画の中のクリスチーネ(ナーチャ・ブルンクホルスト)は美少女。その少女が(友人たち少年少女も)転落の道を辿る。この画像は、その大好きなボウイのコンサートの舞台を見つめるクリスチーネ。周りの笑顔のファンとは違う。この眼差しに私は胸が締めつけられる程に感情移入できる。クリスチーネにとってデヴィッド・ボウイとは神に等しいのだ。プラットホームでボウイのコンサートを知る時、クリスチーネは劇中唯一の笑顔を見せる。あの瞬間、あの場面が大好き。また、このボウイのライヴを見つめ微かな笑みのようなものも感じられるけれど、夢か幻か、その場の自分さえ分からない。得たことの無い感情を初めて覚えた時の戸惑いは誰もが体験しているだろう。私はボウイを最前列で拝見したことはないけれど、このクリスチーネの心の拠り所である存在がボウイなのだと共感できる。13歳の美しい少女。私は少女映画(少年も)が好きなので色々なテーマのものを観るけれど、この映画は異色中の異色。おせっかいな説明(教訓)など一切無い。すべて少年少女たちの行動を映す。悲しいのは、大好きなボウイのレコードをお金に換えてまでヘロインという魔に引き寄せられてしまう...。少女たちに笑みを与えることができるのは日常を共に過ごす大人たちではない。ボウイだから感情移入できるのかもしれないけれど、この思春期の心の揺れ、葛藤、不安、孤独感をどのように通過してゆくのかは人それぞれ。立派な大人になれる人もいれば、まだこんな具合の私のような者もいる。少女から大人への通過儀礼に失敗したのだろうか。よく分からないので、こうして想いを綴る。いつになれば解放されるのだろうか。死に至るまでの覚悟が必要なのかもしれない。
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by claranomori | 2009-04-25 22:45 | 銀幕の少女たち・少女映画
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★1981年の西ドイツ映画『クリスチーネ・F』にボウイは本人役として出演し、劇中『Station To Station』を歌うライヴ・シーンで登場。とっても、カッコイイ!!(いつもながら♪)この映画のために、ボウイ自ら写真など資料を提供している。実在のクリスチーネ・F(当時は未成年だったので)こと、クリスチアーネ・ヴェラ・フェルシェリノヴの手記『かなしみのクリスチアーネ』、あるいは『われらツォー駅の子供たち(われら動物園駅の子供たち)』を、ウルリッヒ・エデル監督が映画化したもので日本公開は1982年。※音楽担当は、ボウイの9曲の楽曲とユルゲン・クニーパによるもの。
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★劇中デヴィッド・ボウイご本人役として登場され歌われる『ステーション・トゥ・ステーション』☆嗚呼、素敵!


●関連記事:『クリスチーネ・F (われら動物園駅の子供たち)』のナーチャ・ブルンクホルスト:NATJA BRUNCKHORST♪
●関連記事:ボウイを見つめる美少女クリスチーネ(ナーチャ・ブルンクホルスト) 映画『クリスチーネ・F』より再び♪
●関連記事:映画『クリスチーネ F』の中の素晴らしいボウイ・ライヴ
●関連記事:映画『クリスチーネ・F』とサウンドトラック

※『ボウイ館』に書いたものと重複いたしますが、何処でも観れるように(観たいので)!度々思いついては追記している映画『クリスチーネ F』です♪
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by claranomori | 2009-04-25 10:28 | 耽美派少女の愛した音楽たち
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1966年のロベール・ブレッソン監督の『バルタザールどこへ行く』。DVD化された折に購入して観たのが最初。何年か振りに観返し、またしてもこの作品の(監督の)厳しさに暫く心はざわめき続けた。再見する予定でいたけれど、重いものがのしかかるのを初見の折に痛感したので...。偶然にもテレビで放送していたものに遭遇したのだった。”今、観るべき時”ということなのだろうか。ブレッソン作品は好きである。難解だと言われる孤高の映画人。以前、『少女ムシェット』のことを少し綴ったけれど、私はこの『バルタザールどこへ行く』の方がより好きな作品かもしれない。難解と言えば難解なのだろう。しかし、私は難解だとは感じない。理解できるという意味ではなくて、社会、この人間と社会の有り様を寡黙に冷厳な眼差しで描いている。そんな世界だと知るまでに観ていれば私にはちんぷんかんぷんだったのかも知れない。この映画の主役は聖なるロバであるバルタザール。優しく悲しい目をして人から人へ。物や人を運び、棒切れやムチで叩かれる。凶悪な人々、残忍な人々、愚劣な人々、流され行く人々、利用される人々、騙される人々、辱めを受ける少女、自尊心を貫く人々、お金だけが人生だという人々、愚連隊の若者たち...をのろまで馬鹿だと言われもする聖なるロバはじっと見つめている。けれど、働き尽くめでなんの報いもない。悪事に利用され、最後は足を負傷し力尽き死に至る。その最後の場面は神々しい!群れをなす優しい羊たちが負傷したバルタザールを囲んでいる。本来あるべき(理想郷だろうか)世界の光景ならばこの映画は作られなかっただろう、人間の業をこれでもか!と映像は見せつける。
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いつものように、今の心を書き綴っている。ここは『少女愛惜』なので、もうひとりの主人公である少女マリー(アンヌ・ヴィアゼムスキー)のことも。映画の冒頭シーンは清らかだ。少年少女時代の幼き時の少女マリーと少年ジャック。彼等は永遠の愛を誓い合う。牧場主の息子であるジャックと教師の娘マリー。美しく成長したマリーとジャックは再会するけれど、その土地を巡る親の裁判沙汰やマリーは誰よりもバルタザールを愛していたのに、いつの間にか不良グループのリーダーのジェラールに魅了されていた。彼と会うためにもうバルタザールのことも、両親の言葉も耳に入らない(そういう年頃だろう)。よくあるお話。今もマリーを愛するジャックの気持ちを嬉しく思うマリーはジェラールに決着をつけに行くけれど、小屋に裸で閉じ込められてしまう。そして、家を出てゆく。意気消沈した父は病み死に至る。残された母にはバルタザールのみとなる。しかし、執拗にもジェラールは悪事にバルタザールを利用する。それまでにもアルノルドという中年男性やお金を墓場まで持ってゆくという男性(ピエール・クロソウスキー)などの下でも働いていたバルタザール。ああ虚しい!けれど、これが現実なのか、そうだと知っていても悲しい。ある啓示だというのだろうか。聖なるロバであるバルタザールはイエスのようだ。人間の業故に苦難の道のりをあの足音で幾道も歩いて歩いて。マリーは思春期の少女らしい存在ながら、無表情で無気力。現代的な気もする。しかし、私はこのマリーに感情移入はできないし、好きではないけれど、アンヌ・ヴィアゼムスキー(撮影当時17~18歳頃の初出演映画)は素晴らしい!また、こうような少女はいるのだ。善良で優しい少年にのみ恋をするものでもない。人間の底知れる魅力は人それぞれで出逢いや運命もある。どう考えても愚劣なジェラールにマリーは心惹かれ、”死ぬまでついてゆくわ”とも語る。あまり感情を出さない少女で不幸を望んでいるかのようにも感じる。”こんな汚いところで死にたいわ”という台詞もショックだった。翻弄されゆく少女とも言えるのだろう。バルタザールにお花の飾りをつけてあげる優しい少女なのに。美しく成長する中で失われてゆく(忘れてしまう)ものがある。堕落...これもまた人間的だと思う。もう少し思いはあるけれど、上手く言葉にならずもどかしい。ブレッソン作品は好き嫌いの分かれる作風だろう。観ていて想起する監督は大好きなイングマール・ベルイマン。けれど、全く違う。ベルイマンならこのように描かないだろうし、ブレッソンだからこそ描けるとも言える。しかし、思うのは”目線”!?”少女マリー”にしても”少女ムシェット”にしても...何かが私の心を不快にさせる。それは少女に対する”目線”というのかもよく分からない。けれど、好きな映画であるし、バルタザールが何よりも神聖で悲しく美しい。すべてを静かに見つめているあの目が忘れられない☆
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バルタザールどこへ行く/AU HASSARD BALTHAZAR
     1966年・フランス/スウェーデン合作映画
監督・脚本:ロベール・ブレッソン 撮影:ギスラン・クロケ 音楽:ジャン・ウィエネル 出演:聖なるロバ、アンヌ・ヴィアゼムスキー、フィリップ・アスラン、ナタリー・ショワイヤー、ヴァルテル・グレーン、ピエール・クロソフスキー

※画家であり作家でもあるピエール・クロソウスキーが出演している。クロソウスキーの弟はかのバルチュス。また、本名はバルタザール・クロソウスキー。ダリオ・アルジェント監督は、かなりバルチュスに影響を受けたと語っていた。それは納得。何が言いたいのかと言いますとそれは言わない方がよいように思ったり。まあ、色々と頭の中は相変わらずごった返しているけれど、果てしない旅は続きます♪
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by claranomori | 2009-04-23 10:58 | 銀幕の少女たち・少女映画
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ガブリエル・アクセル監督の1987年映画『バベットの晩餐会』は大好きな作品のひとつ。舞台となるのは19世紀後半のデンマーク、ユトランドという海辺の村(原作では、ノルウェイのベルレヴォーグという小さな町)に、初老の美しい姉妹と12年前にやって来た家政婦バベットが住む家。この姉妹の名はマーチーネ(ビルギッテ・フェダースピール)とフィリパ(ボディル・キュア)。姉妹の父は牧師で、敬虔な正統協会派を設立し、この宗派は国中に広まり厚い尊敬を受けていたお方。牧師の死後、年月が経ち、弟子たちも年老いて一派の名も薄れてゆく。けれど、彼等は共に集い、黄色い家に住む娘時代から知っているこの姉妹を愛していた。皆、清貧と禁欲を説くプロテスタント(ルター派)の亡き牧師の意志を継ぎ質素に生きている。しかし、嘗てこの姉妹は若き日(並外れて美しかった)に、お互いに恋焦がれる感情を体験している。結ばれることはなかったけれど、この映画の後には形ではない心の結びつき、永遠なる尊い心の通いを感じることが出来る。とても美しいと思う。それは、主人公であるバベット(ステファーヌ・オードラン)の牧師の生誕100年を祝しての晩餐会があってのこと。

バベットはフランス人。バベットはパリ・コミューンの戦乱により家族も財産も失い国外へ逃亡しなければならなくなった不幸な女性。質素な生活をしている姉妹に家政婦がいるのは不思議なことながら、この身寄りのない女性を姉妹は優しく受け入れる。バベットは姉妹への感謝の気持ちも込めて、初めてのお願いをする。”フランス流のお料理で晩餐会を”と。バベットは1万フランという大金をクジで当て、そのお金を一夜かぎりの晩餐会に全て費やすのだった。お金だけではない、嘗て、カフェ・アングレというお店の女料理長だったバベットのアーティストとしての精魂と共に。年老いた弟子たちは互いにいがみ合うようにもなっていた。けれど、牧師への敬愛心は失せない。この質素に暮らしている人々にとってフランスの豪華なお料理は理解できず、バベットに毒を盛られるのでは...とマーチーネは悪夢をみたりもする。しかし、嘗て心焦がした相手レーヴェンイェルム(ヤール・クーレ)と今は出世した将軍として30年ぶりにこの晩餐会で再会する。将軍はカフェ・アングレを知っているお方。皆は決して舌で味わうことはしまいと誓い合ったのだけれど、美味なるものを食しているうちに次第と心が和み豊かになる様は愉快。これぞ、バベットの晩餐会の真骨頂!宗教的な難しい対立はあったのだろうけれど、美味しいものは美味しい!美しいものは美しい!舌で味わう美味なる感覚とややグロテスクにさえ思える並ぶ芸術品でもある数々のお料理や一級品のワイン。老人たちの表情や会話が次第に柔和になってゆく様を静かに笑みをたたえながら悦ぶ姉妹。バベットは大金を使い果たしたけれど満足だった。そして、彼女がこの村にやってきた使命にも思えた。抑えた色調の美しい映像はフェルメールの絵のようだと言われる名作映画でもあり、アカデミー賞の外国語映画賞にも輝いたもの。私は綺麗事のように思われてもずっと思い続けていることでもある”豊饒”というものが伝わり、観ている私の心まで豊かになるような映画。”豊かさ”とは決してお金だけではない。お金持ちがすべて心豊かな人々であるとも限らないし、貧しい人々が心の狭い人々でもない。”心の贅沢”はお金ではない!大恐慌と言われる時代を生きているけれど、心まで貧しくなるのは虚しい。何が心を満たしてくれるかというと、やはり”美しいもの”であり”芸術”である私は今日もこうして生きてゆける。そして、老女(老嬢)もまた少女であるという思いを深めて愉しいのである☆
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バベットの晩餐会/BABETTES GASTEBUD
1987年・デンマーク映画
監督・脚本:ガブリエル・アクセル 原作:カレン・ブリクセン(アイザック・ディーネセン) 撮影:ヘニング・クリスチャンセン 音楽:ペア・ヌアゴー 出演:ステファーヌ・オードラン、ビルギッテ・フェダースピール、ボディル・キュア、ビビ・アンデルション、ヤール・クーレ

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by claranomori | 2009-04-19 11:36 | 文学と映画★文芸・史劇
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★ドジソン(ルイス・キャロル)ご自身も観劇されたという1886年(初演)の戯曲版である『不思議の国のアリス』。このアリス役を演じた少女はフィービ・カーロ。ドジソンも彼女の演技を称賛したという。アリスをオペレッタにしたものだというので、音楽も聴いてみたい。このお写真を拝見し、またしても19世紀末の異国の戯曲を想像する。劇作家であるヘンリー・サヴィル・クラークと原作者であるルイス・キャロルの間で、この戯曲化にあたり色々とやり取りがあったようだけれど♪
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by claranomori | 2009-04-11 01:36 | 写真の中の少女・夢の時間
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《内容紹介》
【解説】 1903年に世界で最初に「不思議の国のアリス」は映画化されました。監督のセシル・ヘプワースはカエルの役も演じました。そして1915年には有名なジョン・テニエルによる挿絵が飛び出したかの様な、見事な映像美でW.W.ヤング監督が完全映画化します。しかしこのフィルムは近年、発見されるまで、その存在を知る人はとても少なかった為、幻の映画と云われていました。このDVDにはその2作が納められています。
1903年版8分(完全版)
1915年版52分(完全版)
【同封特典】
ジョン・テニエルのイラストによるアリス・カード2枚付

《レビュー》
浅尾典彦(夢人塔)氏のコメント
文学史上、燦然(ルビ/さんぜん)と輝く“金字塔”。映画の歴史的にも大変価値のある幻の実写映画『不思議の国のアリス』が、遂にDVDで見られる事になった!『不思議の国のアリス』は、ルイス・キャロル(本名チャールズ・ラトウィッジ・ドジソン)が、たった一人の少女アリス・リデル(当時10歳)に贈るために創作した短編『地下の国のアリス』に加筆・修正して発行された。『アリス』は大評判で、キャロルは大いなる富ともに “元祖ロリコン小説家”という烙印を押されることに。『不思議の国のアリス』は児童文学の最高峰として、世界中で『アリス』が映像化された(別リスト参照)。今回発売されるのは、W.W.ヤング監督・脚本による「1915年版」である。原作の挿絵を描いたジョン・テニエルのイマジネーションを忠実に再現した伝説のバージョンなのだ。『アリス』の特徴は、何と言っても奇妙に擬人化されたキャラクター達や不思議な世界だが、「1915年版」では着グルミやかぶりモノを多様して、慌てモノのウサギ、濡れるネズミ、ドードー鳥、フクロウ、思慮深い芋虫、公爵夫人と、ニヤニヤ笑うチェシャ猫を表現した。ニセウミガメなどは口が開くギミックまで付き、腕がぶらぶらなグリフィン、ダンスをするロブスターなど珍しいキャラクターも多数登場する。また、二重露光などの特殊効果も使用し効果を上げた。この映画はファンタジーにありがちなセット撮影のみに留まらず、海、山、森、草原など野外ロケを敢行。ライブ感あふれる映像に仕上げている。なお、この「1915年版」のストーリーには、“イカレぼうし屋と三月ウサギのお茶会”シーンは無く、代わりにロバート・サウジイの教訓詩のパロディである「ウィリアム父さん」や、動物会議、詩を吟じるニセウミガメのシークエンスが入っている。構成の順序、抜粋の仕方からして、私はこれが『地下の国のアリス』を下敷きにしている作品であると解釈している。 (ちなみに『地下の国のアリス』は現在、大映博物館に収蔵されている)。今回素晴らしいことに特典として「1903年版」も加えられた。この短編は、セシル・M・ヘプワース監督(カエル役も!)、メイ・クラーク主演による記念すべき『アリス』の世界初映画化作品なのである。当時の特撮技術で『アリス』のエッセンスが全て詰まった貴重な8分間を堪能して欲しい。歴史の証人になれ!! いずれも日本初公開

※amazonさんの解説と推薦コメントを掲載させて頂きました。以前、「1903年のサイレント映画と1966年の英国TV映画 『不思議の国のアリス』 (ジョナサン・ミラー監督)」という記事を書きました。反応してくださる方々がおられることを嬉しく思います。『不思議の国のアリス』の最古の映画はこの1903年のサイレント映画。遂に観れる日が近づいて来たのです!お優しい嬉しいお知らせ(コメント)を頂きまして私はこのDVD発売を知りました。8分(本来は10分程)の中の『不思議の国のアリス』。アリスを演じるお方はメイ・クラーク。また、カップリングで1915年のW.W.ヤング監督作品も収録されているというお得なものです♪
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by claranomori | 2009-04-11 00:35 | 銀幕の少女たち・少女映画
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スタンリー・キューブリック監督の1975年映画『バリー・リンドン』はキューブリック作品で一等好きなもの。”少女愛惜”なら『ロリータ』というべきかも知れないけれど、どのキューブリック名作よりも私は『バリー・リンドン』が大好きなのだ。3時間を超える大作ながらまったく長く感じたことはない。好きな点は先ず映像美。レディ・リンドン役のマリサ・ベレンソン(このお方もルキノ・ヴィスコンティ映画で知ったお方)が纏う華麗なるお衣装やヘアスタイル(マリサ・ベレンソンは鬘ではなくご自分の髪だそうだ!)、壮大なる歴史ロマン...そして、何度観ても美少年ブライアン・パトリック・リンドン(デヴィッド・モーレイ:DAVID MORLEY)の可愛らしさ。こんなに可愛い少年が落馬により幼くして死んでしまう場面の前後は、もうずっと泣いてしまう。容姿だけではなく、お声があまりにも胸に痛く響く。今も浮かぶ”パパ、パパ..”という愛らしいお声や、死に際の”パパとママは喧嘩をしないで。愛し合うって約束して...そうしたら僕たちは天国で会えるよ。”...と語る場面が浮かびうるうるする。少年とも少女とも区別のつかぬ程の無性なる声!
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この二部構成の大作の魅力、好きな箇所を書き出すととても長くなるので、とりあえず大まかに。サッカレーのピカレスク小説『虚栄の市』をキューブリックが脚色したもので、撮影はアイルランド。素晴らしい音楽はチーフタンズがアイルランドの民謡を元に作ったものや、クラシック(ヘンデル、シューベルト、バッハ等)の楽曲たち。圧倒的な映像美はキューブリック特有の室内自然色を始め、撮影、コスチューム(徹底されている!)、ロケーション、俳優、スタッフ...と見事なまでに文学と映画と音楽と美術が結晶化されたかのように思える。ライアン・オニール扮するバリー・リンドンの野心。権力と財力と貴族の称号を得るために下層社会から這い上がってくる。第一部ではその様子が戦争の悲劇やロマンスと共に描かれている。そして、第二部である!ここからはバリー・リンドンの没落。美貌の貴婦人レディ・リンドンと恋に落ち、華麗なる一大資産に囲まれて暮らす身となる。レディ・リンドンとの間に生まれた愛息ブライアン(デヴィッド・モーレイ)をとても愛し可愛がっていた。けれど、お誕生日のプレゼントの子馬からブライアンは落下して死に至る。その頃のバリーは浪費と浮気と放蕩三昧。レディ・リンドンはブライアンの死後、鬱積していたものが心身を一気に破壊し始め狂乱状態で服毒自殺を図る。レディ・リンドンの前夫との間の息子ブリンドン卿は爵位継承者である。彼とバリーがお互いに憎み合う中で、妻であり母であるレディ・リンドンのお気持ちに私は感情移入してしまう。大切なものは失ってからその尊さを知るものだと感じるけれど、バリーは愛する息子の死にとても傷つき悲しむ。遂にはレディ・リンドンとの別離。母とアイルランドへと帰ってゆく。然程、興味のなかったライアン・オニールながら、このバリー・リンドン役はとても好きで見方が少し変わったようにも思う。

バリー・リンドン/BARRY LYNDON
    1975年・イギリス映画
監督・脚本:スタンリー・キューブリック 原作:ウィリアム・メイクピース・サッカレー 撮影:ジョン・オルコット 衣装デザイン:ミレーナ・カノネロ、ウルラ=ブリット・ショダールンド 音楽:レナード・ローゼンマン 出演:ライアン・オニール、マリサ・ベレンソン、パトリック・マギー、スティーヴン・バーコフ、ハーディ・クリューガー、マーレイ・メルヴィン、デビッド・モーレイ
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by claranomori | 2009-04-06 21:32 | 銀幕の美少年・少年映画
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ルキノ・ヴィスコンティ監督の1951年映画『ベリッシマ』。この映画は80年代に劇場で観たのが最初。そして、イタリアの名女優アンナ・マニャーニ出演作としても初めて観たもの。先ず、ヴィスコンティが大好きなので他の作品のこともと思いながらも好き過ぎて纏まらない...でも、思いつくままに。記しておくと便利なので(頭の整頓に)いつもより細かくスタッフ名を挙げておこう。これがまた、私の好きな美が繋がってゆくのだと再確認。

ラジオで”六歳から八歳までの女の子を一名募集”という知らせ。チネチッタ撮影所内のステラ社の最新作『今日と明日と別の日』の「ベリッシマ(美少女)・コンクール」の特設看板も掲げられている。翌日、わが娘を未来のスターにと夢見て多くの親子連れが集まっている。マッダレーナ(アンナ・マニャーニ)も娘マリア(ティーナ・アピチッラ)に夢を馳せて会場にやって来たのだけれど、肝心のマリアがいない。もうコンクールは始まっている。マリアはプールの傍で泣いている。受付に間に合わないのでマッダレーナはマリアをぶってしまう。しかし、親切な青年アルベルト(ワルター・キアーリ)が現れ一次選考を通過して気をよくするマッダレーナ。この青年は関係者でもあった。二次選考に向けてマリアは、元女優の下で演技指導を受けたりという日々が始まる。お洋服を購入したりとマッダレーナは楽しいのだ。夫は反対しているので口論もあるけれど、マッダレーナは映画が大好きな方(劇中、バート・ランカスターやモンゴメリー・クリフトの映画が流れる)。”バート・ランカスターの声って素敵だわ”と言ったりして愉快(バート・ランカスターは後にヴィスコンティ映画に欠かせないお方ともなる)。マリアなのだけれど、本人はあまり楽しくもない(多分5歳で幼いうえに大人しい少女)。ケーキのロウソクも上手く消せず、二次選考では泣いてしまった。そして、決定選考試写の日、居ても立ってもおられずマッダレーナは強引に試写の様子を覗う。マリアの泣きじゃくるフィルムを観て大笑いする製作関係者たち。監督(アレッサンドロ・ブラゼッティ監督が実名で出演)だけはマリアに関心を抱いていた。マッダレーナは泣くだけの娘のフィルムを見て呆れるものの、大笑いしている人達が腹立たしくなってくる。遂にはその部屋まで入ってゆくのだ。我が娘が笑い者にされ喜ぶ親はいないだろう!監督はマリアを気に入っていたので製作者たちは先回りして契約書を持って家にやって来ていた。けれど、バスを待つ帰り道、マッダレーナはマリアにとって良いことではないのだと儚き夢が消え去るのだった。そして、そんな契約書などもう要らないのだと夫に彼等を追い返してもらう。人情喜劇でもある素晴らしさ!
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この『ベリッシマ』はもう兎に角、このアンナ・マニャーニの魅力全開!天晴れである。デカダンの巨匠ヴィスコンティはこの時期はネオ・レアリスモ(ネオ・リアリズム)。下町の人々の生活や表情が生き生きと描き出されている。”ヴィスコンティは貴族なので一般庶民の生活など分かりはしない”と言われたことがある。けれど、ヴィスコンティは”赤い貴族”とも呼ばれたお方!大好きなので讃えることしか出来ないけれど、『ベニスに死す』や『ルートヴィヒ』だけが名作ではない!私はヴィスコンティから今なお多くのことを学んでいる過程。『若者のすべて ロッコと兄弟たち』を観て心が張り裂けそうだったのだ。何も知らない10代の私の心が、これ程映像を観て衝撃を受けたのはデヴィッド・ボウイのライヴ映像以来のことだった(その前の衝撃は『愛の嵐』)。後に『揺れる大地』を観て心揺さぶられた!今だと、貴族であるヴィスコンティならではの表現世界があるのだろうと思える。常に徹底しているし役者の選択も見事すぎる。”美学者”として私は敬愛しているお方でもある。監督の言葉(ヴィスコンティ語録)が好き。そんなお言葉のひとつを☆

下級階層にあり、娘を女優に仕立てあげようと夢に見る女を、マニャーニはある人間的な豊かさをもって演じてくれた。この庶民的な母親の顔が自由に生き生きとしていたのは、まったくマニャーニのおかげである。私は俳優の個性をそのまま生かしながら登場人物を描き、掘り下げていく。マニャーニはそういう私にうまく応えてくれる女優である。

ベリッシマ/BELLISSIMA
 1951年・イタリア映画
監督:ルキノ・ヴィスコンティ 助監督:フランチェスコ・ロージ、フランコ・ゼフィレッリ 製作:サルヴォ・ダンジェロ 原作:チェザーレ・ザヴァッティーニ 脚本:スーゾ・チェッキ・ダミーコ、フランチェスコ・ロージ、ルキノ・ヴィスコンティ 撮影:ピエロ・ポルタルーピ、ポール・ロナルド 衣装デザイン:ピエロ・トージ 音楽:フランコ・マンニーノ 出演:アンナ・マニャーニ、ティーナ・アピチッラ、ワルター・キアーリ、アレッサンドロ・ブラゼッティ
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by claranomori | 2009-04-05 03:17 | ♥ルキノ・ヴィスコンティ
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ジョディ・フォスター主演の映画『ネル』(1994年)。2005年に観直し映画ブログに感想を少し綴ったものに加筆。しつこい様だけれど、私はジョディ・フォスターが子役の頃から好き。イェール大学に通う頃のジョディはやや映画出演が減っていた。しかし、ジョディが30代になるかならないか頃からだろうか、何か関心が再度高まるお方であった。演じる中で感じられる知的でピュアな眼差しのようなものに”美”を感じたのかも知れない。そして、映画『ネル』を観て「ジョディ・フォスター大好き!」と確認出来たように思う。初めて観た時はあまりの感動とショックとかで涙が止まらず、暫く観れなかった。いつもの様に好きな作品は繰り返し観るのだけれど、いまだに泣いてしまう。でも、お涙頂戴映画では決して無い!
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この『ネル』はジョディが設立した映画製作会社エッグ・ピクチャーズの第1作。ジョディ演じる野生の娘の話す“ネル語"を創作する過程にも参加している。原作戯曲はマーク・ハンドレーの『構語不全(イディオグロシア)』。この原作は知らないけれど興味がある。このようにジョディが製作にも携わっている作品でもあり、全身全霊を込めた演技が実に素晴らしく美しい。また、舞台となるノース・キャロライナの森と湖の深い神秘の美しさ、彼女を守ろうとする医師役(ジェリー)のリーアム・ニーソンと精神科医役(ポーラ)のナターシャ・リチャードソンという配役も嬉しい(実際のご夫妻でもある)。

ネルは未開の森の中で育てられた娘。母親の死後もずっと独りで外界との接触を断ちながら生きている。その様はあたかも過去の幻影を甘受しているようでもある。ネルは普通の英語が話せない。独自のネル語と身振り手振りで表現する。その一言一言を真剣に受け止めようとするジェリーとポーラ。母と娘、人間性と自然、社会との問題など、随所に胸を打つものがある。夜、ヌードで湖に入るシルエットもとても美しい。でも、私が最も好きな場面は、ネルは双子で、幼くして死んでしまった(姉か妹)との森を駆ける懐かしい思い出のシーン。この幼き少女時代の思い出がネルの心の中に深く深く刻まれているようなのだ。

終盤、5年後という設定でネルはジェリーとポーラの娘ルーシーたちと森で再会する(ネルのお誕生日のお祝い)。その小さな少女と戯れる中でのネルの表情がまた素晴しい☆
   
   ネル/NELL
1994年・アメリカ映画 
監督:マイケル・アプテッド 製作:ジョディ・フォスター、レニー・ミセル 原作:マーク・ハンドレー 脚本:マーク・ハンドレー、ウィリアム・ニコルソン 音楽:マーク・アイシャム 出演:ジョディ・フォスター、リーアム・ニーソン、ナターシャ・リチャードソン、リチャード・リバティーニ、ニック・サーシー  
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by claranomori | 2009-04-03 22:27 | 銀幕の少女たち・少女映画