あまりにも私的な少女幻想、あるいは束の間の光の雫。少女少年・映画・音楽・文学・絵画・神話・妖精たちとの美しきロマンの旅路♪


by chouchou
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ライモンド・デル・バルツォ監督のイタリア映画である『メリーゴーランド』(1974年)は高校生頃にテレビで観てただただ号泣していた記憶がある。今だとまた違う思いもあり、さらに心に沁み入る作品。嘗て、このような不治の病による親子の悲しい別れを描いたものは多く、私は今もそのような作品がやはり好きなよう。ブロンドの髪とそばかす顔の愛らしい10歳の少年ルカ(レナート・チェスティ)は母親を亡くし父親と二人暮し。弁護士でお仕事が多忙な父ロベルト(ベキム・フェーミュ)はなかなかルカと一緒に過ごす時間を持てない。寄宿学校に通うルカはいつも寂しさを抱いて亡き母の姿を想ったりしている。ルカには仲良しの少女ステファネラ(マルゲリータ・メランドリ)がいる。彼女には両親がいるけれどあまり仲良くないようだ。この少女も印象に残るお方で、やたらとお腹が空く大食家。ルカは父親が大好きだけれど、一緒にお食事する時間も遊びに行く時間もあまりない。学校がお休みになり、海に行く約束をする。本当はパパとふたりが良いのだけれど、父の恋人であるヴェロニカ(アゴスティーナ・ベリ)も同行することになる。”パパは僕のものだ”と彼女に対して不機嫌な態度のルカ。その気持ちもとても分かるのだけれど、このヴェロニカは心の広い女性で、ロベルトは再婚を考えているけれど彼女はルカの気持ちを常に優先している。そんな大人の事情など10歳の少年には分からないながらも、いつの間にかルカとヴェロニカの絆も育まれてゆく。しかし、悲しい予期せぬこと。ルカは白血病で余命僅かという過酷な現実が訪れる。父の苦悩は冒頭から表れている...美しいメロディのシングル・レコード。このレコードはルカが”大好きなパパへ”とジャケットに書いてプレゼントしたもの。やや脱線するけれど、ルカがそのレコード店で試聴している時に、カウンター内にデヴィッド・ボウイさまのLP『アラディン・セイン』が飾られているのにトキメク私♪

終盤、病院で過ごすルカの治療はもう限界だと医師は告げる。ルカが父に”遊園地に行きたい”と言う。もう遅い時間ながら父は遊園地に向かい誰もいない夜の遊園地をふたりで過ごす。”ごめんなさい。お別れだね。でも泣かないでね...”というルカの最期の言葉を聞き息絶えた可愛い我が子を抱きしめながら、メリーゴーランドは回っている...その光景を見つめるヴェロニカも涙が溢れる。映画の最初にジャック・プレヴェールの詩が表れるのだけれど、私の持っている詩集とは少し違うけれど、おそらく『楽園』の「この愛」の中の一節だと想う。好きな美しい詩である☆
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メリーゴーランド/L'ULTIMA NEVE DI PRIMAVERA
          1974年・イタリア映画
監督:ライモンド・デル・バルツォ 脚本:ライモンド・デル・バルツォ、アントニオ・トロイソ 原作:マリオ・ガリアッツォ 撮影: ロベルト・デットーレ・ピアッツォーリ 音楽:フランコ・ミカリッツィ 出演:レナート・チェスティエ、ベキム・フェーミュ、アゴスティーナ・ベリ、マルゲリータ・メランドリ
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by claranomori | 2009-01-31 20:07 | 銀幕の美少年・少年映画
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レイチェル・グリフィス:RACHEL GRIFFITHS
1968年6月4日 オーストラリア・メルボルン生まれ

★『日蔭のふたり』で知り、決定的に好きになったのは『ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ』。主役より脇役が目立つけれど知的さはコミカルな役でも失せはしない。スラリとした長身でシリアス作品からコメディまで役柄の幅も広いお方♪

●代表作●
ブラザーズ&シスターズ (シーズン3) (2008~2009)
ブラザーズ&シスターズ (シーズン2) (2007~2008)
ブラザーズ&シスターズ (シーズン1) (2006~2007)
ステップ・アップ (2006)
シックス・フィート・アンダー (シーズン5) (2005)
シックス・フィート・アンダー (シーズン4) (2004)
ケリー・ザ・ギャング (2003)
シックス・フィート・アンダー (シーズン3) (2003)
オールド・ルーキー (2002)
トエンティマン・ブラザーズ (2002)
シックス・フィート・アンダー (シーズン2) (2002)
ブロウ (2001)
シックス・フィート・アンダー (シーズン1) (2001)
シャンプー台のむこうに (2000)
ベリー・アニー・メアリー (2000) 
アメリカン・ショート・ショート2000 (2000) 監督  
ディープ・ハプニング (1998)  
マイ・スウィート・シェフィールド (1998)  
ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ (1998)  
ディボーシング・ジャック (1998)
ベスト・フレンズ・ウェディング (1997)
エイミー (1997)
日蔭のふたり (1996)
ハーモニー (1996)  
革命の子供たち (1996)  
ミュリエルの結婚 (1994)
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by claranomori | 2009-01-30 11:13 | 女優館★銀幕の名花たち
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オーストラリアの女性監督ナディア・タスによる映画『エイミー』(1997年)は、公開される10年前に脚本は既に出来上がっていたのだと監督は語っている。予算が集まらなかったこと、そして少女エイミー役がなかなか見つからずにいたという。8~9歳位の黒い髪、青白い肌でモナリザに似ていて、歌が歌える少女を監督は世界中を探し巡りようやくシドニーのオーディションで、このアラーナ・デ・ローマ(アラーナ・ディ・ローマ)と出会ったのだそうだ。私は最初はお気に入りのレイチェル・グリフィスの出演作で少女も出ている映画だというので観たもの。そして、とても感動した!

9歳の少女エイミー(アラーナ・デ・ローマ)は聾唖という状況。4歳の時にロックミュージシャンの父がコンサート中に雨による感電が原因で亡くなるのを目の前で見てからのこと。大好きだったパパの死がトラウマとなり心を患ってしまったのだ。母親タニア(レイチェル・グリフィス)も同じくそのステージの端で娘と最愛の夫の死を...心の傷は消えないし癒えない。児童福祉からの圧力もかかる。娘エイミーを聴覚障害児学校へ行かせるように役人たちは言う。そんなふたりはメルボルンの素朴な町に引っ越してきた。近所にはザックという少年がいて仲良くなる。彼の家庭は両親の喧嘩が絶えない。毎日路上や草木に水撒きをする老女たちの住む町。売れないミュージシャンのロバート(ベン・メンデルソーン)が弾き語りで歌っているとエイミーがその歌の歌詞を聞き、消え入るようなか細く愛らしいお声で”死んだら...”と声を発した。ロバートはエイミーの耳は聞こえるし声も出るのだと母親に告げる。けれど、普通の会話ではエイミーの変化は依然ない。嘘をついてると娘に近寄らないようにと怒る母親。ロバートはなんとかしてエイミーの力になりたいと思い、会話を全て歌にする。そして、ある日ふたりで公園に遊びに行った。その時のエイミーの清々しく可愛らしい姿を緑の景色や鳩たちと共に映像は美しい!でも、相変わらずお役所の方たちが訪れる。

紆余曲折あれど、遂に母親タニアがラジオから流れる死んだ夫ウィル(ニック・バーカー)の曲に合わせて歌うエイミーの声を聞く!ロバートに感謝の気持ちと謝罪を告げふたりの交流も始まる。終盤のクライマックス。野外コンサートでウィルの曲を歌うミュージシャンの声を聞き、エイミーが”ダディー!ダディー!”と叫ぶ場面が忘れられない...まだ幼かったエイミーは父親の死を受け止めることが出来なくて、想像の世界ではまだ生きていたのだろう。そして、思いもよらぬ父親の死を自分のせいだと思い込んでいた。そうではないのだと良き理解者である児童心理学の専門医アーカートは、あの日、エイミーはママとずっと一緒にいたことを優しく話す。エイミーの心の殻がようやく...歌声も素晴らしいけれど純真な姿のエイミー、ロバートや隣人の人々の優しさ、警察の方々まで歌いながら捜索する場面も微笑ましい。そして、母親役のレイチェル・グリフィスはオーストラリアを代表する演技派女優のお一人だと思っている私は、このタニア役でもふとした表情や仕草、地味ながら複雑な心の描写は見事だと感涙した☆
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   エイミー/AMY
1997年・オーストラリア映画
監督:ナディア・タス 脚本・撮影:デヴィッド・パーカー 音楽:フィリップ・ジャド(スプリット・エンズ) 出演:アラーナ・デ・ローマ、レイチェル・グリフィス、ベン・メンデルソーン、ニック・バーカー
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by claranomori | 2009-01-29 19:10 | 銀幕の少女たち・少女映画
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☆セレクトショップ『RECORD&CD SHOP VELVET MOON』隔週末オープン致します♪オープンは本日1/24(土)です!

営業日:毎月隔週の土日
(変則月ございますがBBSにてお知らせさせて頂きます) 
時間:お昼12時~夜7時まで
場所:GOHAN-YA CAFE KITCHEN'S 2F
住所:大阪市北区中崎3-2-10 *地下鉄谷町線 中崎町駅から徒歩3分

★先月『VELVET MOON 期間限定 SHOP』として3週間お世話になった:GOHAN-YA CAFE KITCHEN様のお2階に、今月1/24・25から毎月隔週末にVELVET MOONがセレクトショップとしてオープンさせて頂くことになりました!時々愉しいイベント企画も考えています。当店をずっと応援くださる皆様、これからお会いできる皆様、どうぞ宜しくお願い致します。

スタンプカードをお持ちのお方は無期限ですのでお持ちください。また、ご利用頂きましたお代金は全てVELVET MOON通販WEBのメンバーズ・ポイント(新規登録に費用は不要で特典もございますので是非とも皆様ご登録くださいね!)に加算させて頂きます。セレクトショップのVELVETですが、さらにセレクトしての内容になります。CDメインとなりますが英国ロック・NewWave・ブリットポップ~フレンチポップス~女性ヴォーカル~私の好きな映画関連や御本などを、随時補充入れ替えさせて頂きます。お気軽にお問い合わせください。持参してご来店をお待ちしております。

GOHAN-YA CAFE KITCHEN様のメニューから1オーダー(私がオーダーをお聞き致しましてお運びさせて頂きます。不慣れなもので階段から落ちないように素敵な食器を壊さないようにゆっくりですがご了承ください!このお代金もVELVET MOON通販WEBのメンバーズ・ポイントに加算!)もお願いすることになりますが、ご飯やデザート、お飲み物どれも美味でメニューも豊富です♪中崎町は古い町並みのまったりした佇まいで私は大好きで相性の良さを想います。KITCHEN様や乙女屋様のご好意から去年初めてイベント参加させて頂いたのが最初。その後、毎回お誘い頂き時々出没するという状態でしたが今年からは毎月☆

今月は本日1/24と1/25、そして来月から4月までのスケジュールがほぼ決定したので、またご報告とチラシも各地に置かせて頂く予定です。VELVET(BRIGITTE含む)を応援くださる皆様はお会いしたことのないお方も多い!これは信じ難いことながらこれまでの通販やメールやお手紙、先月の『期間限定SHOP』でわざわざ遠方からお越しくださったお方ともお会いできた!多くの方々のそうした想いを大切に感謝の気持ちを忘れずにいたい!そして、これからもVELVETは私個人の修行も兼ねての道のり。それは果てしないけれど弱小だけれど頑張るつもり。大好きな世界が私を助けてくださり力を与えてくださる。それなのに恩返しはできない。苦難の道のりであればある程、何故か想いは深まるし捨てることのできないものとなっている。身軽な方が良いのだろうけれど私の持つものは身体や精神力が追いつかない程重い。でも大好き!

VELVET MOONのオンライン・ショップもオフライン・ショップも、
『BRIGITTE』『Sub‐Culture 通称サブカル』共々、皆様、今後ともどうぞ宜しくお願い致します!!というわけで、私が初めて”美しい!”と想ったお方であり、今も私のミューズであり続けるDAVID BOWIE様☆
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by claranomori | 2009-01-24 00:32 | イベントのお知らせ
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        ♥メーダ・プリマヴェージの肖像 (1912年頃)♪

★グスタフ・クリムト(1862年7月14日~1918年2月6日)の実物の絵画を目にした時の気持ち!最初は80年代だった。そして、2000年代になり神戸での展覧会に友人たちとご一緒した。その時の私の体調は良くない頃だった。けれど、今もあの心の歓ぶ様を想像できる。焼きついた作品群。画集を眺めているのとは違う!まったく。美輪明宏様が仰っておられた。”写真は好きじゃない”というような。私はまた救われた想いだった。古い幾百年も前の絵画の方が写真より遥かに好きなので。その瞬間を捉えているのは同じだろうけれど、絵画が好きなのはその時代から今も生き続けているというような気持ち...を想像するのが愉しい。でも、美麗な写真集を眺めることもあるけれど。クリムトは19世紀末のベル・エポックの時代、ウィーンの著名な画家なので多くの人々を今もなお魅了し続けているお方。クリムトというと、ウィーン分離派や象徴主義の流れでも語られる数々の美しい作品を多数残されている。その多くに描かれる”宿命の女(ファム・ファタル)”や”女性のエロティシズム”。少女を描いた作品もあるので此方にと想う。初期の作品と晩年の作品を...時代の流れを想像する。クリムトは当時の皇帝から勲章も授けられ、ウィーン社交界でも歓呼の声で迎えられる存在でありながらも、バッシングも大きかった。それは、当時の退廃的なウィーンでさえヴィクトリア調の偽善的抑圧という時代で、クリムトの作品は拒絶されることも多かったのだそうだ。けれど、挑戦し続けたお方☆
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          ♥タナグラの乙女 (1890年~1891年)♪
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by claranomori | 2009-01-21 07:03 | 絵画の中の少女・女性たち
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「ミューズとは我々の夢に最大の影、あるいは最大の光を投げかける存在である。」とシャルル・ボードレールは語った。私はこの言葉が好き。さらにそれらのミューズ達は美しいだけでは無かった。太古の時代からこの現在に至る歴史の中のそんな宿命の女(ファム・ファタル)に魅せられる。時代も国籍も越え、神話や妖精、文学や絵画、映画や音楽に至る私の好きな世界に必ず!存在するそんな女性達とはいったい?という疑問が付きまとう...重ねてゴシックとは?というテーマも未だに追いかけている対象。此処は自分でも綴ってみないと分からない場所。愛読書の「世紀末の夢」(フィリップ・ジュリアン)から多々引用させて頂であろう。愛するニンフ達の美しいお姿と共に。
(2004年8月8日付)

★嘗て、『宿命の女捨遺』 ~泉のほとりの妖精たち~と題してこのような説明書きをしていたようだ...なんとまあ!此処、『クララの森・少女愛惜』は私の愛する世界の源泉のようでもあり果てしない旅路の跡となるのだろう。”我思う、故に我あり”とデカルトの言葉が浮かぶ。私が想うことや感情がしばしば世の常識から悦脱しているかのように想われるお方もおられるだろう。ましてや”少女愛好”や”美少年”という言葉を多用しているのだし。言葉は誤解を生みやすいし難解である。人それぞれの解釈は様々。それでいい。邪な見方をされ批判されることも覚悟のうえ。”私は私である”と苦痛でもある長年抱き持つ心が叫ぶ、声にはならない。でも、そろそろ本音で自分のブログ(サイト)なのだから、言葉に責任を持てばどうって事はないではないか?と想ったのが2004年頃。病理的なことは自分でも不可解であるけれど、何かしらある。心と神経のバランスが時に崩れてゆく...その均衡をできるだけ保てるようにと私は私である以上、自分でなんとかしていたい。そして、途方も無い大きな夜空を見上げる。数々のお星様たちや月光の優しさを浴びる。亡き尊大なる父、愛すべき母の存在を想う...そう想えるようになった今の私。いつも支えてくださる家族や友たちの存在や言葉と同じように、私に常に勇気を与え続けてくださる心のミューズの存在を想う。核なるものは限られているのだろうけれど、其処から派生してゆくものたち...それが『BRIGITTE』であろうと想う。

おこがましいけれど、私の少女時代から今もずっと大好きである心のミューズ(女神)たち。ここ最近、少し私の心がまた語り返す。好きな音楽、好きな声、好きな映画、好きな女優、好きな書物、好きな詩、好きな絵画、好きな時代、好きな香り...すべてが”返す”という繰り返し。其処へ回帰するということでもあるだろうし、心に突き刺さったままのものがあるからだろう。そして、その繰り返す作業は常に新しいなにかを与えてくださる。”往還する少女と女”...行ったり来たりを繰り返す。これもまた”返す”。今を生きているのだけれど、"古典”への懐かしさのようなものをいつも感じる。なので”19世紀末”や”神話”の知らない古い時代を想ったりもする。荒んだ世界を嘆いてばかりでは心が晴れない。人生謳歌しながら心豊かに生きてゆきたい!現実逃避でもない。伝わるお方がいてくださることに感謝して☆
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by claranomori | 2009-01-20 23:52 | 想い・鑑賞・読書メモ
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★原作フレデリック・フォーサイスの同名小説(1970年)の映画化である『ジャッカルの日』。この映画を昨年秋頃に、どれ位ぶりだろう...とっても久しぶりに観てかなり愉しかった。直ぐに書いておかないと忘れるのにと思いながらバタバタしていたもので今頃。最初に観た理由はいつもの如く、お目当てである女優さま!デルフィーヌ・セイリグが出演されていると教えて頂いたので。”いつ、登場されるのか?”とその事しか覚えていない状態で久しぶりに観返す機会に恵まれた。とっても素晴らしい!!カッコいい!!のです。エドワード・フォックスが!!

1962年8月26日、フランスの大統領ドゴール暗殺の殺し屋として英国から任務を受けやって来たのがジャッカルなる男性(エドワード・フォックス)。原作を読んでいないのだけれど、映画の魅力ははかり知れない。観ているとまるでこの映画は実話のように思われるのだから。どうなるのだろうか...とハラハラ・ドキドキしながらもジャッカルから目は離せない。英国人ならではの出で立ち、ファッションから歩く姿や行動すべてがダンディというのか美しい。コレット夫人(デルフィーヌ・セイリグ)は後半登場される。一匹狼であるジャッカルに隙などない。一流の殺し屋なのだからそうだろう。いちいち、ポーズがキマル!でも、結構コミカルな場面も多く、テンポも最高に良い。警察との絡みも面白く、大統領の式典は何事もなかったかのように終える。実に後味も良いクールで秀逸なサスペンス映画だと感動☆フレッド・ジンネマン監督作品とは相性の良さを感じすっかり好きである!

ジャッカルの日/THE DAY OF THE JACKAL
1973年・イギリス/フランス合作映画
監督:フレッド・ジンネマン、原作:フレデリック・フォーサイス 脚本:ケネス・ロス 音楽: ジョルジュ・ドルリュー 出演:エドワード・フォックス、アラン・バデル、トニー・ブリトン、シリル・キューザック、ミシェル・ロンスデール、エリック・ポーター、デルフィーヌ・セイリグ、ミシェル・オークレール

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by claranomori | 2009-01-19 08:58 | 文学と映画★文芸・史劇
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先日BS放送で”ロックの歴史”を追ったような番組を観て感涙していた私。やはり大好きなデヴィッド・ボウイ様の音楽や映像とインタビュー等が多く流れた『アート・ロック特集』の回で!ミーハーながらボウイが大好きで仕方が無い。此処ではボウイは”少女愛”よりは”少年愛”のお話で今後も登場予定がいくつか...なんて想ってもいる。日々混雑する私の頭と心の中の大切な住人たちが出会うこともしばしば。勝手な私の脳内世界・心的なファンタジーの仮想世界のお話。”出会う”というのはそういう意味で偶然のようであり必然なことだとも痛感する。以前少し綴ったジョナサン・ミラー監督の英国映画『不思議の国のアリス』(1966年)で、アリス役を演じていた(撮影当時13歳頃)アン=マリー・マリック(アンヌ=マリー・マリック)♪彼女はとても私の好きな少女像のお方であるけれど、この英国映画でしか知らない。脇役も豪華な英国俳優方たちながら今もまだ日本盤のソフト化はされてはいない。モノクロームの映像は、如何にも英国調で”アリス”のイメージも他の映画とは趣が異なる。此方ではYouTubeは貼らない主義なので(大きな意味はないけれど、なんとなく)、『ボウイ館』とリンクさせて頂きます。私が感涙した理由はボウイが大好きで影響を受けてきたシド・バレット、そしてボウイ、そしてアン=マリー・マリックが結びついた映像を拝見しながら、巡る心模様はかなり複雑ながらも美しい世界に噎ぶので☆
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※題に”伝説の”と付けましたが、勝手に伝説化してるに過ぎません♪
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by claranomori | 2009-01-18 09:42 | 銀幕の少女たち・少女映画
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”もうひとつのヴァージン・スーサイズ”という宣伝を目にして反応しない訳はない。これは2003年のカナダ映画の『フォーリング・エンジェルス』というスコット・スミス監督作品。元軍人で暴君的な父親(カラム・キース・レニー)、結婚するまでは美しい天使の様な踊り子だったけれど、今はアルコール依存症で精神を患ってもいる母親(ミランダ・リチャードソン)、子供の頃から太っていて眼鏡をかけた内気で繊細な心を持つ長女ノーマ(モンテ・ギャグネ)、父親に反抗的で自分の意見を率直に言えるハッキリした気性の次女ルー(キャサリン・イザベル)、ブロンドの髪と艶やかなお洋服や髪型が愛らしい三女サンディ(クリスティン・アダムス)という5人家族。舞台はカナダの1969年から1970年という時代。テレビはジョンとヨーコの反戦運動の模様も映し出していた。ルーの夢は”パパの銃でニクソンを撃つ事”という台詞も出てくる。父親はソ連がミサイルを発射し放射能を防ぐためにと、一家には防空壕が作られ2週間そこで暮らした体験がある。家族それぞれにその時の思い出は今も引き摺っている。幼少時のこと。母親のバッグに大切に保管されていたある赤ん坊の写真と新聞記事を見つけるノーマとルー。”生きていたら21歳だわ”とノーマはその写真を今も隠し持ち、その兄に祈りを捧げている少女。原作を知らないので細かい部分に分からないことが残されているけれど、どうもその赤ん坊は事故で死んでしまったようだけれど、母親は今もその死に責任と悲しみを抱き続けているようだ。

三姉妹たちはノーマがもうすぐ卒業というのだから皆高校生だと想う。歳はほとんど近い姉妹たち。”お人形みたいだ”という既婚の男性と恋をする(双子の男性で結婚歴2回でどちらの妻もレズビアンだという)、そして懐妊してしまうサンディ。ルーはアメリカからの転校生の男の子に惹かれ、彼の影響で政治的、哲学的な話題をしながらLSDを。私が一番好きなのは長女ノーマで、彼女は母親の面倒をよく見ていて外出もできずお家の切り盛りをしてもいる。近所に可愛い同級生の女の子がいてノーマに挨拶する。遊びたくても遊べない...でも、後にふたりは抱き合いながらダンスをする場面があり、その時のノーマのはにかんだような嬉しそうなお顔。その少女はステラ(イングリッド・ニルソン)という同性愛者だという設定のようだけれど、この辺りの描き方はもう少し丁寧に描いていただけると嬉しいと想うけれど、想像するもの愉しいかな。
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終盤、屋根の上に上り転落してしまう母親...この母親の死から回想してゆくというかたちでお話は展開される。その中で時々、彼女たちの幼少時(防空壕での生活の頃)と現在が揺れ動く。彼女たちの成長と思春期の多感な時期の心、そして家族というものを感じる。『ヴァージン・スーサイズ』というよりも、時々『ギルバート・グレイプ』を想起していた私。ノーマはお家の中を自分で改築して行く才能があり父親と仲良しである。サンディも華やかなお洋服はご自分で作るという才能が。ルーは最も社会にも反抗的ながら一番美人かな。幼少時の小さな子役たちがこの三人を演じている中で、ルー役のカルメン・フィールディングという少女がとても可愛くて印象に残っている。また、両親役のおふたりは英国俳優で、演技派女優のミランダ・リチャードソンは台詞は多くないけれど、やはり存在感があり素敵だった。キャサリン・イザベルは最初、観たことのあるお方だと想っていたら『素顔のゾーイ』(ミア・ファロー主演作品で観たもの)に出演していたお方であった。お話はやや散漫な気もしたけれど、母親の死は家族に大きい。けれど、反抗的だったルーが父親に歩み寄ってゆく最後の場面は好き、家族の再生というのだろうか。そして、姉妹はこれからも助け合いながら大人になってゆくのだろう...という光を感じるもので、それも良いと想った☆
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フォーリング・エンジェルス/FALLING ANGELS
     2003年・カナダ/フランス合作映画
監督:スコット・スミス 原作:バーバラ・ゴウディ 脚本:エスタ・スポルディング 撮影:グレゴリー・ミドルトン 音楽:ケン・ホワイトリー 出演:ミランダ・リチャードソン、カラム・キース・レニー、キャサリン・イザベル、キルスティン・アダムス、モンテ・ギャグネ、イングリッド・ニルソン
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by claranomori | 2009-01-16 18:50 | 銀幕の少女たち・少女映画
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★以前にも綴ったことのあるリオ(LIO)ちゃんを昨夜も懲りずに聴いていた...まったく飽きないのだから素敵!ルックスもお声も可愛いし、特に80年代初期の作品の曲は女の子の気持ちがよく表れている曲が多く、思わずグッとなったり嬉しくなったりする。たとえばこんな歌詞♪

女の子だけが泣く
どんな女の子でも
一番強い女の子たちですらも
女の子だけが泣く
そしてそれを誇りに思う

・・・・・

女の子はけちけちしない
女の子は、豪華なメロドラマを見せてくれる
少なくとも一万粒の涙
しかも最も美しい水の


※『女の子だけが泣く』より

私は絵のようにおとなしい
絵のように
ページで輝いているの
でもあなたのためじゃない

・・・・・

大好きなレコードが
私に話しかけ、守ってくれる
夜を過ごすには
レコードをかけさえすればいいの
まるでほつれたポケットのように
何も感じなくなってしまいたい


※『絵のように』より
対訳:Maki Shimokawa
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by claranomori | 2009-01-15 09:39 | 私的少女音楽★愛しき歌姫