あまりにも私的な少女幻想、あるいは束の間の光の雫。少女少年・映画・音楽・文学・絵画・神話・妖精たちとの美しきロマンの旅路♪


by chouchou
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レプラコーンという妖精の靴屋さんがいるらしい。背丈は人の指くらいで、妖精たちが踊りですり減らした靴を修理する、たいそう腕の良い職人さん。このレプラコーンを見つけても、ちょっと目を離すと姿を消してしまうそうだ。人間にはなかなか捕まらないらしく、騙すのも逃げ足も速いという。くしゃみをしているうちに逃げられてしまったという例もあるそうだ...残念☆
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この優美な絵画は英国画家ジェイムズ・サント(JAMES SANT)による『フェアリー・テイル』と題された作品。1860年~1916年という生涯のいつの年に描かれたものかは不明(勉強不足)。100年程彼方の英国。やはり生来の英国贔屓であると実感...と云いながらも空想の異国の旅をしている。最近は本業のVELVET MOONのお仕事に費やす時間が大抵(当然なのだけれど)で、なかなか更新出来ずにおりますが、頭の中は120%以上溢れかえっております。整理しながら、でも、まだまだ果てしなき旅は続く作業のようです。皆様、いつもありがとうございます♪
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by claranomori | 2008-11-28 20:13 | 神話・お伽噺・妖精譚・伝承
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りすが駆けてゆく
リボンが翻るように
昼下がりのせみが
この地に魔法をかけた
湖のほとり、大きな波が
砂浜に打ち寄せた

ねえ、ノーニ
ようやく分かった
素敵な人が現れるまで
探し続けるのね
キングスヘッドの奥の席
平凡な男に用はない
この世の全ての美しい
ラブソングを歌え

それから、デューワー、
ようやく分かった
酒を浴びなきゃ
満たされないのね
憂鬱に乾杯、
酒場がゆっくり回る
そうね、彼女は可愛かった
何度も聞かされた
月の下で

りすが駆けてゆく
リボンが翻るように...


★カナダの女性ヴォーカリストであるジェーン・シベリーが10代の頃に作った作品。『TEENAGER』と題されたアルバムをリリースしたのは1996年。最初に書いた曲は『パパへの歌』で16歳。やはり早熟な才女である。私は女性ヴォーカルがたいそう好きで、もうジャンルは気にしないし国籍も言語も気にしない。女性の声、ヴォイスに魅せられる...なぜだろう。甘いヴォーカルだけでは満足できない。すべてはバランス。そして、出来ればご自身で曲を作り歌うお方がさらに好き。シンガー・ソング&ライター。夢を描いていたり、自伝的な内容だったり、ある人に捧げた歌だったり...その中にはなにかしら歌うお方のお姿が見え隠れするように想う。女性監督、女優、女性作家...やはり同性ならではの感性というものがある。この愛らしい歌詞、1970年代前半から半ば頃に作られた曲のようだけれど、異国のカナダの自然を想う。そして、その土地で過ごす人々の名が呼ばれる。ノーニという名の少女を想像する。きっと仲良しのお友達だったのだろう...少女らしい、とても☆

”少女らしい”・・・って?と私は自分で綴り自分に問う。答えは一言で語れることではないことだけは分かっている。愛らしい、可愛いだけが”少女らしい”のではないことも。先日、あるCDジャケットを再見し聴きながら今も頭の中にその少女が刻まれていて困っている。初めて見た時もそうだったけれど...もう少し纏まるとメモしておこうと想います。
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by claranomori | 2008-11-23 23:45 | 私的少女音楽★愛しき歌姫
雨がふります。 雨がふる。
遊びにゆきたし、傘はなし、
紅緒の木履も緒が切れた。

雨がふります。 雨がふる。
いやでもお家で遊びましょう、
千代紙折りましょう、たたみましょう。

雨がふります。 雨がふる。
けんけん小雉子が今啼いた、
小雉子も寒かろ、寂しかろ。

雨がふります。 雨がふる。
お人形寝かせどまだ止まぬ。
お線香花火もみな焚いた。

★明治から昭和を生きた北原白秋は詩人でもあり、童謡作家でもあったお方。”雨”をうたったものがいくつもあるけれど、この『雨』(大正7年)は知らないうちに口ずさめる。母が歌っていたのだろうか...私は”雨”が好き。”ええ~!”と想われるお方ほど健康的ではないのかもしれない。そのうえ、わがままなことに雨の日の外出は嫌い。お家の中で遊んだり、窓の外の雨模様を見つめたり、雨の音を聞いたりするのが子供の頃からとても好きだった...今もそう。真夜中の雨、早朝の雨は特に好きで心が落ち着く。この詩の中の少女を想う。なんと愛らしいのだろう!

下の絵は須藤しげる画で『幼き友』(1929年・昭和4年)と題された作品。これまた、小さなお人形をおんぶしてまるで我が子のような少女。お履もきちんと揃えてお遊びしている少女たち。幼き日に”おままごと”や”お人形あそび”が好きだった私にはこの小さな少女が懐かしいようで、また愛おしい。一枚の童画、一曲の歌なれど。私はお仕事上、洋楽(英語やフランス語やドイツ語が多い、それも風変わりな曲を好む傾向強し)を聴く毎日なのだけれど、ふと、こうした古い日本の世界を求めてしまう。お陰で、不安定がちな心のバランスを保つことができるのかもしれない。
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by claranomori | 2008-11-19 22:03 | 愛の花束・日本の抒情・文学
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『マリリン・モンロー・ノー・リターン』という野坂昭如氏のとんでもなくカッコいい曲がある。”この世はもうじきおしまいだ”というフレーズが浮かぶ。マリリン・モンローは”聖少女”だと想っている私。お写真を眺めているとなんとも言えない哀切な感情を抱いてしまう。私が生まれた時には既にこの世におられないお方だった。この世紀の女優さまを知っても関心はなく、先行するイメージにまんまと騙され続けていたのだ。でも、出演映画を観て行くうち、歌声も好きでレコードも購入...『マリリン・モンローの真実』という御本に出会う。一気に読み終え、その時からやっとマリリン・モンローが好きになり今も深まるばかり。生まれ持った曲線美の肢体は幸か不幸か。
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1926年6月1日~1962年8月5日という僅か36年の生涯。未だに謎に包まれた死。書かれたものも全てを鵜呑みにできないように想う。色々と”真実は?!”と詮索したところで戻っては来られない。”ロリータ”ということを考えた時にどうしても浮かぶお方。おそらく、マリリン・モンローは”少女好き”の方々の蚊帳の外におられると感じている。セックス・シンボルとしてのマリリン・モンローばかりが誇張される。映画を観ているだろうか、彼女の屈託のない笑顔を見逃している。マリリン・モンローは孤児である。父親の顔も知らない(一度だけ写真を見たことがあるというものを読んだけれど)。母親は産んですぐにマリリンを近所の人に預けたという。その母親もマリリンが9歳の時に精神を患い入院。その間だけでも10数回程養家を転々と...ノーマ・ジーン・ベイカーの時代。この不遇な少女期はいくら世紀の大スターとなれども付いて廻る。クラーク・ゲーブルに似ていたという父親。そのクラーク・ゲーブルと共演した『荒馬と女』は共に遺作。どんな気持ちで撮影していたのだろう...。私は幸運にも両親の愛情をいっぱいに育てて頂いた。そして過度のファザコンのよう。なので、どんなに哀しく孤独だっただろうと想う。その孤独を想像しただけで居た堪れない。想像を超えるものだっただろう。16歳で最初の結婚と離婚。アーサー・ミラーとの3度目の結婚が一番長く続いたけれど破局。イヴ・モンタンとの浮気もありシモーヌ・シニョレは辛い思いをした。ジョン・F・ケネディ大統領、弟のロバート・ケネディとの噂。30代半ばになっていたマリリンは何か迫り来る危機感に覆われていたようだ。女ざかりなのに、歌も歌えて色んな役をまだまだ演じられたのに。アメリカという国のシンボルでもあり、またベトナム戦争へと突入する狂気のアメリカという時代。自殺とも他殺とも憶測されるけれど、やはりあの狂気の時代がマリリンを死に追いやったのだろう。天衣無縫なイノセンス。これこそ、マリリン・モンローの生まれ持った最大の魅力だと想えてならない。スカートを翻す姿は画期的だっただろう。でも、そんな場面が無くてもとても可愛いお方だしコメディも楽しい。上手く纏まらないけれど、表面的な少女愛好から離れたところにこのお方は永遠と存在する私☆
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by claranomori | 2008-11-12 20:54 | 少女イコン・不滅の少女
太宰治の昭和14年(1939年)秋頃の小説『女生徒』の中の少女。彼女の年齢ははっきり書かれていないけれど、15歳から17歳頃のように感じる。時代が違うので今の少女たちの方が早熟なお方が多いだろうけれど、昔も今も変わらないものは変わらない。この小説はある少女の日記を基にされているという。けれど、太宰の創作。ひとりの女生徒の起床から就寝までの一日が描かれている。私は所々自分と似ている箇所を見つけたり、こんな気持ちは嫌いだけれど少し分かる...などととても愉快。外国かぶれした子供だったので、日本文学をまだまだ知らない。太宰は中学生の時に課題図書とされ知った。太宰の虚無感や厭世観のようなものが私は好きになった。まだ小さな童女の頃は少し頭だけませていて、古いフランス映画を観ては綺麗な女優さまに憧れた。黒いヒール姿にタイトなスーツ姿は上品で”大きくなったらば・・・”と夢を馳せた。しかし、思春期(人より長いかもしれない)の私はそんな夢など行方知らず。大人や社会に対する言葉にできない抵抗があり”時よ止まれ!”と真剣に願った。友人たちの身長や体型に変化が大きく表れだす頃。私は”このままでいい”と強く願った。お陰で貧弱なまま至るが後悔はない。前髪の1cmの差が死ぬほど大事なことのようだった。制服の襟やスカートの皺は許せなかった。鞄や靴が汚れるのが嫌だった。男子に脚を見られたりするのが嫌で校則ぎりぎりまでの長さのスカートを穿いていた。その頃の不良っぽい女子生徒は短いスカートだったので運良く思いっきりロングにして穿いていた。少し前までは叱られたことだったけれど時代の流れが幸いした。今の私も少しはまだ残っているかもしれないけれど、あの頃は神経が張り詰めていた。母に尋ねても大したことじゃないと言われる事柄たちが私には大問題だったのだ。

この小説の中の少女の姿に感情移入できるのは、この頃ならではの潔癖性のようなものかもしれない。それも人それぞれだけれど。また、この少女は近眼で眼鏡をかけている。その顔が好きではない様子もとてもよく分かる。似た感情を持っていたのでとても好きな箇所がある。

朝は、いつでも自信がない。寝巻きのままで鏡台のまえにすわる。めがねをかけないで、鏡をのぞくと、顔が、少しぼやけて、しっとり見える。自分の顔の中で一ばんめがねがいやなのだけれど、ほかの人には、わからないめがねのよさも、ある。めがねをとって、遠くを見るのが好きだ。全体がかすんで、夢のように、のぞき絵みたいに、すばらしい。きたないものなんて、何も見えない。大きいものだけ、鮮明な、強い色、光だけが目にはいってくる。めがねをとって人を見るのも好き。相手の顔が、皆、優しく、きれいに、笑って見える。それに、めがねをはずしているときは、決して人とけんかをしようなんて思わないし、悪口も言いたくない。ただ、黙って、ポカンとしているだけ。そうして、そんなときの私は、人にもおひとよしに見えるだろうと思えば、なおのこと。私は、ポカンと安心して、甘えたくなって、心も、たいへんやさしくなるのだ。

だけど、やっぱりめがねは、いや。めがねをかけたら顔という感じがなくなってしまう。顔から生まれる、色々な情緒、ロマンチック、美しさ、激しさ、弱さ、あどけなさ、哀愁、そんなもの、めがねがみんなさえぎってしまう。それに、目でお話をするということも、おかしなくらいできない。


それから幾年も流れ私の近眼はさらに進んだので、似合わない眼鏡だけれど無くては何も見えない。眼鏡の似合うお方を見るのは好き。そして、今でも眼鏡をはずしてポカンとしているのが好き。下の挿絵はこの少女が二匹の犬と一緒のもの、ジャピイとカアという名。楽しく遊んでいるのがジャピイ。ショボンと寂しそうなのがカア。ジャピイは真っ白で綺麗だから可愛がる。カアは体が不自由で汚いから、わざと意地悪くしてやる、というような箇所がある。こういう少女は嫌いだけれど、そんな意地悪さを知っている。私も綺麗な美しいものばかりを見たりするので、高校生の時に指摘された。でも、意地悪くしたりはしなかったつもり。汚いと想うものを見ようとしなかったその頃の私、つけが廻って今になり目を見開いて見つめる試練を得ている。ああ、まだまだ青二才。
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by claranomori | 2008-11-06 08:01 | 本の中の少女たち・少年たち
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ずっと以前にテレビで観た1938年のフランス映画『格子なき牢獄』の少女ネリーを演じたコリンヌ・リュシエールの表情が焼きついていた。私も歳を重ねたお陰で今回の2度目の鑑賞で、さらにこの映画が深く沁み入ったように想う。少女ネリーを演じるのは、当時新人だったコリンヌ・リュシェールで役柄と同じ17歳の頃のもの。舞台となるのは少女感化院(私立更生院から更生教育院へと変わる)で過ごす少女たちと先生たち。男性は保険医マルシャル(ロジェ・デュシェーヌ)のみで他は全て女性たち。少し以前綴った『制服の処女』が過ぎるようでもあるけれど趣は異なる。ここに連れて来られる少女たちは盗みをはたらいた罪、家庭環境の問題から親に放り出された少女...と問題を抱えた若き少女たち。院長のアペル先生は彼女たちを腐った人間と規則と厳しい体罰により性根を鍛えなおすというような方針で長年営んでいた。不服を言う者は監禁室に閉じ込められる。しかし、新しい院長が任命され公立となる日がやって来た。新しい院長は若く美しいイヴォンヌ先生(アニー・デュコー)。イヴォンヌ先生はこれまでの教育方針を一変する。心に残る言葉が幾つかある中、”少女時代の思い出は一生つきまといます”と彼女たちに手を上げることを禁止する。”罰するのではなく更生させるのです”と、それまで歌うことすら禁じられていた少女たちが歌を歌いながら作業をする場面も美しい。脱走していた少女ネリー(コリンヌ・リュシェール)が連れ戻された。イヴォンヌ先生はネリーの瞳を信じ、あるお使いを頼む。それはネリーが外出して町へ出ることなのでアペル先生は猛反対。帰ってくるはずはないと想っている。でも、信用されて用事を頼まれ陽光を浴び外を駆ける姿のネリーは愛らしい少女でその笑顔は爽やかなもの。遅くなったけれどちゃんと戻り頼まれたものを持って帰って来たのだ。ネリーは信用されてとても喜ぶ。次第にネリーは更生してゆく。そして、イヴォンヌ先生を信頼し慕っている。しかし、その先生の婚約者だとはまったく知らずに保険医マルシャルを愛するようになるのだった。
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監禁室の鉄格子は外され、お食事もシャワーも改善されてゆく。少女たちはそれぞれ幾年かをここで過ごせば社会へ出てゆくのだ。その教育にイヴォンヌ先生は夜もろくに睡眠を取らずに励む。婚約者のマルシャルとの関係は次第にうまくゆかなくなる。聖女(聖職者)か妻になるかとの選択。イヴォンヌ先生はマルシャルを愛しているけれど、この感化院に永住することを決意する。”格子なき牢獄”とは少女たちだけではなく、実は永住する先生達のことでもある、そのことの方がずっと今の私は胸に突き刺さるものだった。婚約者を諦め、更生したネリーが巣立つ日。ネリーが出てゆくと門がまた閉まる...FIN。イヴォンヌ先生のお心の高潔さ、気高き聖職者としての信念に胸を打たれる。また、少女ネリーが”先生の婚約者だと知っていたら彼を愛しませんでした...”と先生への忠誠を告げる場面も感動的!彼女のその言葉は嘘ではないから。悪知恵の働く少女ルネの存在も物語に欠かせない。この古いモノクロームのフランス映画を観ながら浮かぶ緑の自然、まるで囚人のような黒い服装の少女たちと院内...モノクロ映画でも色が浮かび、黒の陰影から伝わるもの、音楽から伝わるものを一心に浴びるようであった。優れた作品は色褪せぬ。でも、一躍スターになったというコリンヌ・リュシェールはその後、第二次世界大戦のドイツ占領下のフランス時にドイツ軍の愛人となり、投獄され病死したという。まだ29歳の若さで。戦争による悲劇が女優の人生、ひとりの人間の生を絶ったのだと想うと感慨深く、またこのテーマにぶつかる私をなんだろうとも想う。

格子なき牢獄/PRISONS SANS BARREAUX
        1938年・フランス映画
監督:レオニード・モギー 監督:レオニード・モギー、ハンス・ウイルヘルム 撮影:クリスチャン・マトラ、クロード・ルノワール 音楽:ウィル・グロス 出演:アニー・デュコー、コリンヌ・リュシエール、ロジェ・デュシェーヌ
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by claranomori | 2008-11-02 09:08 | 銀幕の少女たち・少女映画