あまりにも私的な少女幻想、あるいは束の間の光の雫。少女少年・映画・音楽・文学・絵画・神話・妖精たちとの美しきロマンの旅路♪


by chouchou
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『ミア・ファローのダルフールを語る』b0106921_19321473.jpg

ユニセフ親善大使ミア・フォローのダルフール紛争についての発言
(訳 fussyvet)

==引用===
Halimaに会われた方はいらっしゃいますか?
彼女の話は私が2004年以降話を聞いた数えきれないほど多くの女性の話と同じで感覚が麻痺するほどです。

彼女は自分の村の空が突然爆撃機と攻撃ヘリに埋め尽くされ、眠っていた、あるいは朝食の用意をしていた、あるいは祈りを捧げていた家族の上に爆弾を降らせた朝のことを語ってくれました。

Halimaは自分の子供たちを呼び集めて走りましたが、民兵がラクダや馬に乗り、銃を撃ち人種差別的な言葉を叫びながら村へやってきました。

まだ乳児だった彼女の息子は抱いていた彼女から無理やりもぎ取られ、彼女の眼前で銃剣で突き刺されました。
5人いた彼女の子供のうち3人はその日に殺されました。

彼女はこのベールを首から外してお守りとして私が身につけるよう差し出してくれました。
その私は彼女を全く守ってあげることができませんでした。

彼女は私の手をしっかり握って言いました。
「ここで起こっていることをみんなに知らせてください。私たちは皆殺されてしまうと伝えて下さい。助けが必要だと伝えて下さい。」

これは2004年の話です。

私はHalimaが今でも生きているかどうか知りません。
しかし、少なくとも子供と女性を含めて200万人の人々が今現在完全に人道的援助を受けられない状態にあることはよく知っています。
====
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『日本の声をダルフールへ』
ダルフールでの虐殺を終わらせる為のG8緊急署名を開始しました!
ヒューマンライツナウ、ジャパニーズ・フォー・ダルフール共催
http://japanesefordarfur.org/modules/formmail/index.php?id_form=6

2008年6月26日~6月30日まで。
7月1日の夕方頃まで署名可、だそうです。
ご意志があってまだの方お願いします!


G8各国同時実施。 日本は日本政府に提出します。
あなたの声で世界の首相を動かしてみませんか?

ダルフールG8緊急署名
Call on G8 to Stand uo for Darfur

ヒューマン・ライツ・ファーストを中心に各G8国首脳に送った声明に基づいた、緊急署名を6月26日から各国一斉に始めます。30日までの予定です。

すでに署名できるようになっておりますので、下記の趣旨に賛同される方はジャパニーズ・フォーダルフールの次の署名フォームにアクセスして署名してください。署名は日本政府(内閣)に持参します。
http://japanesefordarfur.org/modules/formmail/index.php?id_form=6

またブログ・サイトを運営されている方は、ぜひリンクをしてより多くの方が署名に参加していただけるようご協力お願いいたします。添付した画像をご利用ください。

またご友人知人の方にお知らせいただけると幸いです。

次が統一の趣旨です。
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G8署名の趣旨

ダルフール平和キャンペーンに賛同の皆様
G8首脳が日本で会するサミットまで2週間となり、今こそ、ダルフール和平へ向けた行動を起こすよう、各国首脳に強く迫るチャンスです。
G8サミットは、ダルフールとスーダン全体にとって、危機的な時期に開催されます。アメリカ、カナダ、日本、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、ロシアの首脳は、世界的な懸念事項に対する行動を討議するため、サミットで会合を開きます。ダルフールではますます激しくなる暴力がさらなる死者と避難民を生んでいます。また、スーダン・アビェイ地域における最近の戦闘を見ても、南北和平協定が脆弱であり、無益となる危惧が高まっています。ダルフール問題は、まさしくG8サミットで議論されるべき、世界的懸念事項ではないでしょうか。

スーダン政府及び世界が、じっとG8サミットを注視しています。先週、すべてのG8各国とスーダンを代表する40以上のNGOは、すべてのG8首脳と外務大臣に公開書簡を送り、次の要請をしました:

*ダルフールにおける暴力の即時停止
*国連の武器禁輸決議に反する、ダルフールへの直接間接の武器移送の停止
*ダルフール国際平和維持軍(UNAMID)の迅速な配備
*和平交渉の再活性化
*犯された残虐行為に対する正義と責任

ダルフールとスーダンの暴力に対抗して、G8首脳に強固な姿勢と行動の約束を強く望む、世界中の活動家に参加するようご協力ください。

よろしくおねがいします。

★大好きな女優さまのミア・ファローは、ユニセフ親善大使としても活動されております。このような紛争への声明に私は胸を熱くしています。
教えてくださった皆様にも感謝しております。
署名に間に合いました、ありがとうございます!!
同意しご協力くださった友人や皆様にも感謝しております☆


※ユニセフ(国連児童基金)と日本ユニセフ協会は違うものです。黒柳徹子さんが親善大使である方が国連ユニセフです。嘗て、オードリー・ヘプバーンも親善大使として活動されておりました。今はミア・ファローも。好きな女優さま方がこうした活動をされているお姿や発言に耳を傾けないわけにはゆきません。募金をすることだけではない、心を傾けることで少しの協力ができるのではないかと私は想っています☆
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by claranomori | 2008-06-30 18:53 | 未分類
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マーヴィン・ルロイ監督の1956年映画『悪い種子(たね)』(原題は「THE BAD SEED」)。8歳の少女ローダ役のパティ・マコーマックの恐るべき演技力(生意気さ)に天晴れ!ブロンドに三つ網におリボン、可愛らしいワンピース姿とタップ靴、テイーパーティーごっこをするときなどは実に子供らしく愛らしい。しかし、非情なまでに良心に欠け、善悪の区別がなく、人の死や悲しみに微動たりともしない落ち着きぶりが恐ろしい。この”悪い種子”というのは遺伝のことで、この作品では間隔遺伝であるとされている。ナンシー・ケリー演じる母親は美しく上流階級のお方で優雅で心もお優しい。実は、彼女の母親(少女ローダの祖母)は殺人鬼で我が子も殺そうとしていたところ、当時の事件担当者の養女として育てられたのだった。彼女が2歳の時のことながら、幼い記憶が幾度も悪夢に現れるのだった。夢だと想っていたことが父を問いただし真実が分かる。ローダは書き物コンテストで優勝できずに2位だった。その優勝者の男の子は素敵なペンダントを貰う。それが欲しくて仕方がない。奪おうとして抵抗する少年を海で溺死させてしまう。その他にも近所に住むご夫人の置物を死後頂けると約束していたけれど、我慢できずにわざと階段で滑って事故死させてしまう。この少女の性悪なものを感じ取っている雇い人のリロイという男性がローダをからかったりする。そんな彼も納屋で焼け死ぬ...そんな時も常に心の動揺など無く、ピアノを弾いたり遊びに出かけたりするのだ。ああ、恐ろしい!
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原作は共に、ウィリアム・マーチによるものが基になっているけれど未読。『悪い種子(たね)』の方のローダは8歳。そして、レイチェルの方は9歳で此方では父が亡くなっているという設定。大まかなお話の流れはどちらも同じだけれど、少女の印象が大きく違うので良い。個人的にはレイチェル役のキャリー・ウェルズの方が好きなのだけれど、この作品でしか知らない。ローダ役のパティ・マコーマックは演技力のある子役時代から今も女優業を続けておられる。脇役の大人たちも其々個性的。これはサイコスリラーとしてとても秀作だと想う。一見天使のような少女の邪悪な魂...それを遺伝という描き方をしている点も興味深いように想う。
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このパティ・マコーマックは見るからに気が強そうでしっかりした少女。なので、リメイクである『死の天使レイチェル』(1985年)での少女レイチェル(名前はローダからレイチェルに変っている)を演じるキャリー・ウェルズの方がさらに怖さは倍増な私。見た目があまりにも愛らしい少女で、彼女は涙も流す。そんな表面とは裏腹に心の邪悪さがさらに恐怖に感じるのだと想う。こちらの母親役はブレア・ブラウン。どちらも母親が最も悲傷で罪は自分にあると責めるのだ、血のせいだと。でも、掛け替えのない我が子をこれ以上放っておくことも出来ず、人をこれ以上殺めてはならないのだと決断をする。二人共に死へと...しかし...。結末はこの二作品では異なる。
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悪い種子(たね)/THE BAD SEED
     1956年・アメリカ映画
監督:マーヴィン・ルロイ 原作:ウィリアム・マーチ 脚本:ジョン・リー・メイヒン  出演:パティ・マコーマック、ナンシー・ケリー、ヘンリー・ジョーンズ、アイリーン・ヘッカート、イヴリン・ヴァーデン、ウィリアム・ホッパー

死の天使レイチェル/THE BAD SEED
     1985年・アメリカ映画
監督:ポール・ウェンドコス 原作:ウィリアム・マーチ  脚本:ジョージ・エクスタイン  出演:キャリー・ウェルズ、ブレア・ブラウン、デヴィッド・キャラダイン、リン・レッドグレイヴ、リチャード・カイリー
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by claranomori | 2008-06-30 01:02 | 銀幕の少女たち・少女映画
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イングマール・ベルイマン監督の1952年映画『不良少女モニカ』はいったい何だろう!!と私は衝撃を受けたもの。原題の『モニカとの夏』の方がノスタルジックでメランコリックだろうか。強烈なインパクトをモノクロームの映像と共に感じる。この作品で映画デビューしたハリエット・アンデション(ハリエット・アンデルセン)は撮影当時19~20歳頃。この17歳の少女モニカは自由奔放でわがまま、でも、今という刻の空気を全身で感じている、社会に反抗する象徴のようでもある。新しい女性、これからの女性!という感じでこの躍動感のようなものは途轍もなくダイナミック!そして、生き生きとした若さに溢れた圧倒的な存在感なのだ!
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1955年にナボコフの『ロリータ』が、そして1956年にはブリジット・バルドーの『素直な悪女』が登場するけれど、それ以前の1952年のスウェーデンからこの17歳の少女モニカは登場していたのだ。両親は仲が良いけれど父親はいつも酔払っている。兄弟たちも多い家族でモニカは今にも家から飛び出したい様子。ある日、陶磁器の配達をしている19歳の青年ハリーと出会い恋をする。ハリーは母を亡くし病気の父との暮らし。ハリーはボートを借り、モニカの夢でもある旅に出ることにする。短い北欧の夏のひととき。二人は若い。モニカははすっぱな魅力に溢れた少女(不良という言葉も出てくる)、ハリーは真面目で今後のことを考えエンジニアになる勉学をする。そんな若い二人に子供が生まれる。お腹の中にいる頃は無邪気な様子で幸せそうだったモニカながら、いざ誕生すると家で毎日赤ん坊を抱いての生活などまっぴら!となってしまう。ハリーは三人で少しでも豊かにとお仕事と勉学に励んでいる。二人の心の距離は離れる一方。そんな折、モニカが他の男性と浮気をしているところをハリーは目撃してしまう。もう修復不能となり、さっさとモニカは出て行き、ハリーは残された赤ん坊を抱いて、あの幸せなモニカとの夏を回想する...。
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モニカに感情移入は全くできない私。でも、この存在感はなんだろう!!とずっと想っている。終盤、他の男性とデート中にジュークボックスから音楽が流れ、モニカの顔のアップが続く。最初は目が合うような感じでドキリ!と息を呑む程凄い...何?モニカが問いかけてくるかのようでもある。そして、モニカは”私はモニカ。これが私。”という毅然たる表明のようにも想える。また、ラストでハリーの顔のアップが鏡に映る...目の下にヤツレタ疲れが顕著で切ない。それでも回想する、あの夏の日を。ハリエット・アンデションの見事な演技力と存在感に圧倒される。ベルイマン一家のお一人として、また数々の難役を演じ続けている素晴らしい女優様として健在なり☆

不良少女モニカ/SOMMAREN MED MONIKA
       1952年・スウェーデン映画
監督・脚本:イングマール・ベルイマン 原作:ペール=アンデシュ・フーゲルストルム 撮影:グンナール・フィッシェル 音楽:エリック・ノードグレーン 出演:ハリエット・アンデルセン(ハリエット・アンデション)、ラーシュ・エクボルイ、オーケ・グリュンベルイ、ベント・エクルンド
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by claranomori | 2008-06-28 09:40 | 銀幕の少女たち・少女映画
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ロベルト・ベニーニが監督・脚本・主演で、海外の各賞を多数受賞された『ライフ・イズ・ビューティフル」(1998年・イタリア映画)。この映画の感動はまだ私の記憶にも新しく時折観たくなる大好きなもの。でも、10年経っているのだ。グイド(ロベルト・ベニーニ)とドーラ(ニコレッタ・ブラスキ)の愛息子ジョズエを演じるのはジョルジオ・カンタリーニ君。1992年12月5日・イタリアのフロレンス生まれ。撮影当時は劇中と同じく5歳の幼い愛らしい少年でこの作品がデビュー作。この後、出演以来が殺到したそうだけれど、彼はまだ小さいので詳しいプロフィール等は公開されなかった。私はこの作品でしかまだ知らないけれど、その後も出演した作品があるようだ。
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舞台は1939年のイタリアのトスカーナ地方。本屋を開く志を抱くグイドは詩人の友人と、叔父の住むアレッツォの町にやって来る。そこで魅惑的な女性ドーラと出会う。彼女のことを”お姫さま”と呼んでいたのだけれど、偶然にも度々会うあたり運命の出会い!そして、彼女はドーラという小学校の教師であると知る。ドーラには婚約者がいたけれど、次第にこの二人は惹かれあい結ばれる。数年後、念願の本屋も開店し、息子と三人幸せに暮らしていた。しかし、周りではユダヤ人の権利を阻止する動きが広がっていた。グイドは楽観的に想っていたけれど、遂に彼らは時代の嵐に飲み込まれてしまう。息子ジョズエの5歳のお誕生日に強制収容所行きの列車に乗せられてしまう。グイドは幼い息子に説明しなくてはならない...でも、彼は息子に自分たちがゲームに参加しているかの如くに語るのだ。”泣いたり、ママに会いたがったり、おやつを欲しがったりする者は負け。家に戻されてしまう。でも、1000点集めると戦車がもらえるんだ”と。その父のお話を信じ賞品の戦車を思い目を輝かせる純粋さで父を待ち続けたりする。
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感動的なことの一つに、ユダヤ人では無い妻ドーラも自らの意志で収容所へ行く決意をする。その中でも三人は生きる希望を忘れない!そして終戦がやってくる。悲劇の中で、笑いと希望と勇気を忘れずに”人生は美しい”と想い続けることの尊さ。しかし、実際に愚かな戦争の中で多くのユダヤ人は殺されてしまった。そんな事実もベニーニは百も承知で、このようなファンタジックな映画を描くことに成功した。これも勇気だと想う。また、スターリン政権下のトロツキーが隠れ家で今にも暗殺者がやって来ると恐怖に怯える中に残した言葉、「いまでも自分は「人生は美しい」と思っている」と。この言葉から大きなインスピレーションを受けたのだそうだ。また、”ベニーニはイタリアのウディ・アレン”と称されることもあるそうで、そのことについてベニーニは、「ロシアのマストロヤンニである方が、イタリアのウディ・アレンであるよりずっと難しいと思うし、僕はロシアのマストロヤンニにはほど遠い。」と語っている、素敵だと想う。音楽も美術や衣装デザインも大好き!素晴らしいがいっぱいの映画☆笑いが感動の涙を届けてくださる、尊いと想う!そして、私も「人生は美しい」と想い続けて生きてゆきたい♪
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ライフ・イズ・ビューティフル/LA VITA E BELLA
        1998年・イタリア映画
監督:ロベルト・ベニーニ 脚本:ロベルト・ベニーニ、ヴィンセンツォ・セラミ 撮影:トニーノ・デリ・コリ 美術・衣装デザイン:ダニーロ・ドナーティ 音楽:ニコラ・ピオヴァーニ 出演:ロベルト・ベニーニ、ニコレッタ・ブラスキ、ジョルジオ・カンタリーニ、ジュスティーノ・デュラーノ、マリサ・パレデス、ホルスト・ブッフホルツ、セルジョ・ブストリック 
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by claranomori | 2008-06-26 11:50 | 銀幕の美少年・少年映画
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ソフィア・ローレン:SOPHIA LOREN
1938年9月20日 イタリア・ローマ生まれ
本名:Sofia Villani Scicolone

★イタリア映画史のみならず、この大女優さまが今なお華やかにご健在なのは嬉しいかぎり。大好きなマルチェロ・マストロヤンニとの名コンビ作品、シリアスからコメディまで演じられる銀幕の永遠の名花のおひとり♪

●代表作●
NINE (2009)
マルチェロ・マストロヤンニ 甘い追憶 (2006)  
微笑みに出逢う街角 (2002)
アルマーニ (2000)  
ラブリー・オールドメン 釣り大将LOVE LOVE日記 (1995)  
プレタポルテ (1994)  
ふたりの女 (1989)  
ルシアの生涯(前・後) (1988)  
勇気 (1986)  
美女誕生/ソフィア・ローレン (1980)  
リベンジャー (1979)  
愛の彷徨 (1978) 
ブラス・ターゲット (1978)  
特別な一日 (1977)
カサンドラ・クロス (1976)
ガンモール/おかしなギャングと可愛い女 (1975)  
愛の終りに (1974)  
逢いびき (1974)  
旅路 (1974)  
ラ・マンチャの男 (1972)  
結婚宣言 (1970)  
ひまわり (1970)  
イタリヤ式奇跡 (1967)  
伯爵夫人 (1967)  
アラベスク (1966)
栄光の丘 (1966)  
クロスボー作戦 (1965)  
レディL (1965)  
ああ結婚 (1964)  
ローマ帝国の滅亡 (1964)  
アルトナ (1963)  
昨日・今日・明日 (1963)  
ボッカチオ'70 (1962)  
真夜中へ5哩 (1962)  
エル・シド (1961)  
戦場を駈ける女 (1961)  
西部に賭ける女 (1960) 
ナポリ湾 (1960)  
バラ色の森 (1960)  
ふたりの女 (1960)  
求むハズ (1960)  
私はそんな女 (1959)  
鍵 (1958)  
黒い蘭 (1958)  
月夜の出来事 (1958)  
楡の木蔭の欲望 (1958)  
失われたものゝ伝説 (1957)  
島の女 (1957)  
誇りと情熱 (1957)  
河の女 (1955)  
殿方ごろし (1955)  
バストで勝負 (1955)  
侵略者 (1954)  
ナポリの饗宴 (1954)  
無常なるかな人生 (1954) 
クォ・ヴァディス (1951)
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by claranomori | 2008-06-24 21:12 | 女優館★銀幕の名花たち
ラッセル・トレイナーによる『ロリータ・コンプレックス』(原書1966年・翻訳1968年)をとても久しぶりに再読した。やはり気分は重くなる...でも、嘗てよりも私の思い描く好きな少女像がさらに浮き上がる。歳を重ねたこと、でも、好きな少女像は今も変りはしないという頑なさ。でも、色々な関連するものを読んだり鑑賞することは好き。その中で記述され、描かれる少女たちが全て好きなわけでもない。それを痛感し、また悲哀をも。かなり古い御本ながらその中で検証例として記されている実在の少女たちと男性たち。そもそも、『ロリータ・コンプレックス』という言葉は、ウラジミール・ナボコフの小説『ロリータ』からの由来であることは相違ないだろう。この小説が世に出た(発禁処分も受けている)後、口火を切ったが如くに精神科医たちによる診断報告書に”ロリータ”や”ハンバート”、”ニンフェット”や”ロリータイズム”、そして”ロリータ・コンプレックス”という名称が使われるようになったのだと書かれている。そして、小説よりもさらに読むに耐えない程の実例がいくつも挙げられている。なので、好んで幾度も読もうとはしなかったのだけれど...。でも、読まなければ!と想ったのだ。そして、よく耳にする”ロリコン”という言葉がイコールで"変質者”であるが如くに想われたり、また利用して(言葉に語弊があるかもしれないけれど)ファッション化されている現象はさらに加速化し大きなものになっているように感じる。それは其々の趣味や考え方の違いからなので、何が正しいというお話ではない。

この御本の中で、私にとって極めて大きな共感を覚えるものは、所謂”ロリータ”は誘惑者であるということ。ロリータとはニンフェットである(ナボコフの定義は9歳から14歳、『ロリータ』の中では12歳、ハンバートが50歳)。体は子供ながら心の中で女であることに目覚めている少女たち。きっと世界中にこのようなロリータたちはこの御本が書かれた時代よりもさらに増えているだろう。また、ハンバートは少女性愛者、あるいはチャイルド・ラブという言葉で記されている。現代ではさらに幼児(童子)への虐待や犯罪も増え、規制も厳しくなっている。規制されるとさらに増え、また湾曲化された誤解をも招くこともあるだろう。私も危ない人に想われるだろう、ある人たちからすれば。でも、私は何と言われようが言動に責任を持っているし、ナボコフが蝶の収集家であったというように、私は脳内で鑑賞しているのかもしれない。”愛すべきもの”や”美しいもの”たちと共に。単なる”カワイイもの”が好きな大人ではないと想っている...まだまだ青二才ながら。

以下は、興味深いラッセル・トレイナーの考察の一部。

ロリータイズムの浸透を防ぐためには「警戒」と「知識」こそ分別のある人のモットーであるが、「知識」がなければ、「警戒」もできない。このため―すべての人びとによりよく理解してもらうために―それ自体ショッキングで、ときとすると恐ろしい病症記録をこのリポートのなかに記録し、現代の世界へ警告とするのである。

子供への大人の責任と共犯関係について、ウラジミール・ナボコフは『ロリータ』の「はしがき」でつぎのように述べている。

「・・・・・この深刻な個人の苦闘の底には、ある一般的な課題がひそんでいるからである。ひどく気まぐれな少女、気まま勝手な母親、欲望にもだえる狂人など、それらは、一つの珍奇な物語になまなましく描かれた登場人物であるばかりでなく、われわれのなかにひそむ悪の力を指摘しているのである。さらに『ロリータ』は、安全な社会のなかで、よりよき世代をはぐくむ仕事にたずさわっているひとたち―両親や社会事業家や教育者たちすべてに対して偉大な警告と洞察力とを与えるであろう。」(大久保康雄氏訳)


他にも興味深い箇所がいくつかあり、ドキリとさせられるのだけれど、さらに確信するように感じた。”少女”という中で避けて通れない"ロリータ”を自分なりに考えたりする(しなくても良いのだけれどしてしまう)。そして、私はやはり、儚き束の間の”少女から大人になる狭間の刻”が好きであり、ファッション化された少女像やロリータというイメージから離れた処に立ち返るようだ。故に、実年齢も見た目もすっかり大人の女性ながら少女の心をも持ち合わせ、複雑な社会の中で生きる”往還する女と少女”に魅せられる...誘惑者のロリータたちよりも。または、身も心も少女である無垢なる存在は神聖なものだと愛するのかもしれない、ルイス・キャロルのように♪

※少女愛惜、少女幻想...私は何故だかずっとそれらを考えて生きている。その幻想を追う作業のようなことは自らと向き合うことにもなるので拙い想いを綴らないわけにはゆかない。でも、まだまだほんの途中なのだ。子供のときに、社会がこんなに苛酷だとは考えもしなかった。今は社会人となりその現実の中を生きている。私の愛しい少女たち(少年たちも)はそんな私に生きる力をも与えてくださるのだ。美しき心の住人たちには大人もいる。それら全てのお陰で呑気なように想われるかもしれないけれど、人生謳歌しているつもり。泣き悲しむことはいくらでもある、心が毒されるものが蔓延している。でも、心穏やかに生きてゆきたい。なので、まだまだ誤解されることを書いたりするかもしれないけれど、私は私の求める少女たちを大切に、そして、できるだけそぉっと耳を澄まして見守るかのようにありたい☆
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      ♥「乞食ルックの6歳の頃のアリス・リデル」(1858年)
           ヴィクトリア朝時代の永遠の少女♪

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by claranomori | 2008-06-23 21:50 | 少女愛考・少年愛好
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サンドリーヌ・ボネール:SANDRINE BONNAIRE
1967年5月31日 フランス・クレルモン=フェラン生まれ

★いつまでも素敵な女優様は多いのですが、このお方もそんなおひとり。演技力もあり、その秘めた情熱の炎のようなものが大好きです♪

●代表作●
彼女の名はサビーヌ (2007) 監督・脚本・撮影
灯台守の恋 (2004)
親密すぎるうちあけ話 (2004)
戦場のレジスタンス (2003) 
マドモワゼル (2001)
イースト/ウェスト 遙かなる祖国 (2000)
嘘の心 (1999)  
沈黙の女/ロウフィールド館の惨劇 (1995)  
ジャンヌ/愛と自由の天使 (1994)  
ジャンヌ/薔薇の十字架 (1994)
百一夜 (1994)  
プレイグ (1992)  
プラハ (1991)  
黄昏に瞳やさしく (1990)  
仕立て屋の恋 (1989)
僕と一緒に幾日か (1988)  
悪魔の陽の下に (1987)  
ふたりの女 ブランシュとマリー (1985)  
冬の旅 (1985)  
蒼い暴走 (1984)
ソフィー・マルソーの刑事物語 (1984)  
愛の記念に (1983)
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by claranomori | 2008-06-23 21:06 | 女優館★銀幕の名花たち
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         ♥ジャンヌ・エビュテルヌの肖像 (1918年)♪
アメデオ・モディリアーニ(モジリアニ)は1906年に祖国イタリアを離れパリに赴く、その時21歳。モンマルトルの「洗濯船」近くのアトリエを借りて住んでいた。その頃、ピカソやマックス・ジャコブと出会ったそうだ。この頃の巴里に想いを馳せることが好き。でも、エコール・ド・パリ(パリ派)と呼ばれていた画家(芸術家)たちの多くは異国からやって来た人々。そして、ユダヤ人であるお方が多かった。貧しく結核を患っていた病身で、お酒と薬物に溺れていたモジリアニの絵。奇妙に首が長く目に惹きつけられる女性の肖像画たち。私はモジリアニの絵よりもその人生に興味を覚えた。それは、ジェラール・フィリップとアヌーク・エーメのフランスを代表する美男美女コンビで映画化された、ジャック・ベッケル監督の『モンパルナスの灯』(1958年)を観た時から。最初はこのお二人が好きであったので観たのだけれど、貧しくとも信念を貫くお姿は尊く、お金の為に魂までは売らないという頑な性格(純粋さと不器用さを併せ持つ)に美しさを感じた。男女を問わずそういうお方が好き!そして、見惚れる程にお美しいジャンヌ役のアヌーク・エーメもまだお若い頃、そのお姿とモジリアニの妻となるジャンヌ・エビュテルヌが長年私の中で一緒になって留まっている。なので、モジリアニの熱狂的なファンのお方の知識は私には無く、『モンパルナスの灯』が想起され、その中で描かれている様子が中心となってしまう。
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          ♥16歳の美少女ジャンヌ・エビュテルヌ♪
それが、2004年の『モディリアーニ 真実の愛』を観て、少しだけ広がった気もしているところ。この映画では、アンディ・ガルシアがモディリアーニを演じ、妻ジャンヌはエルザ・ジルベルスタインが演じていた。実際のお写真を拝見すると、こちらのお二人の方が雰囲気的に近いようにも感じた。こちらは伝記を基にしたフィクションとしての愛の物語として、また、ライバルであったピカソやスーチン、ユトリロやリベラ、そしてキスリングたちも登場していた。また、映画の感想は追記いたします。
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           ♥アメデオ・モディリアーニのお写真♪
1916年12月にモジリアニ(32歳)とジャンヌ(18歳)は出会う。ジャンヌは良家の娘で二人の恋は許されぬものだった。けれど、ジャンヌはモジリアニを追ってやってくる!友人である画商のズボロフスキーの提案で、療養も兼ねて南仏のニースへ。そこで娘ジャンヌ・モディリアーニも生まれた。しかし、そんな穏やかな陽光と幸せは長くは続かず1920年1月26日、モジは警察病院にて死去...その二日後、ジャンヌはアパルトマンから身を投げモジの後を追ってしまった。家を捨ててもモジを選び愛し続けたその純真さ、哀切と感動で胸がいっぱいになる☆
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     ♥大きな帽子を被ったジャンヌ・エビュテルヌ (1918年)♪
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by claranomori | 2008-06-21 11:29 | 詩人・作家・画家・芸術家
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この映画を最初に観たのはハッキリしないのだけれど、まだ幼かった。夜の洋画劇場ではなくお昼か夕方の放送で母と一緒に観ていた。母にとって多分古い名画なので何か想い出があったのかもしれない。私は何となく一緒に。ところが、だんだん引き込まれて行くのだった、主人公のヴィクトリアに。赤い靴を履いて踊り周る。踊り続ける。綺麗な映像と共にとても怖い気もした。最後は可哀相だし。当時こんなに古い作品には思えなかったのは、ジャック・カーディフのカメラワークのお陰だろう。うん、そうに違いない!何を観ても好きみたい。このバレエ映画の名作は元々はアンデルセン童話のお話を脚色したもの。そして、一流のバレエ・スタッフを集めて大成功したものだという。監督や出演者のお名前もずっと後で知るのだけれど、この映画の影響からバレエが好きになったと言える。それから後、少女漫画で有吉京子さまの 『SWAN』 の連載が始まり愛読していたのも懐かしい。そんな入り混じった記憶が今も忘れられずに蘇るのだから不思議。
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この『赤い靴』に登場するバレエ団の団長ボリス・レルモントフ(アントン・ウォルブルック)のモデルとなるお方は、バリエ・リュス(ロシアバレエ団)の主宰であったセルゲイ・ディアギレフなのだそうだ。勿論その活動は伝え聞くのみで観たことはないのだけれど(やっと観れました!)、かのニジンスキーやアンナ・パブロワを率いて、フランスを中心に世界中の注目を浴び、バレエ界の革新的な偉業を残すお方。何事もだけれど、何か運命を背負った者はそこから逃れることは出来ず、華麗に舞う姿の陰には常に血のにじむような日々が共にある。名バレリーナとなる代わりにヴィクトリア(モイラ・シアラー)は死ぬまで踊り続けなければならず、恋も許されぬという運命。赤い靴に魅せられ履いてしまう、その日から。美しさと残酷さが共存し、かつ現実と幻想を彷徨うかの如く夢の世界のようでもある。モイラ・シアラーは実際にプリマとしてロンドンで活躍していたところを抜擢されたという。続いて出演された『ホフマン物語』も好きなのでまたいつか♪

去年2月に「音楽と映画の宝石箱」で綴ったものに少し追記いたします。劇中、靴屋を演じるレオニード・マシーンは、弱冠21歳という若さで早くも世界中の舞台で振り付けを担当していたという。そんなレオニード・マシーンを見い出したのは、この映画のバレエ団長のモデルとなったセルゲイ・ディアギレフ。天才舞踏家のニジンスキーを育てたお方でもある。そして、ディアギレフの恋人としてもニジンスキーの後継者となったことは、当時、公然の秘密ごとでもあったそうだ。また、ディアギレフはジャン・コクトーとの親交も深かったのだから恐るべきお方なのだと、あれこれ想い巡るのでした☆

※映画ファンのお友だちがいてくださるのだけれど、意外なことに、あまりミュージカルや舞踏映画はお好きでないお方も多い。私は音楽も大好きなので嫌いなはずはない映画ジャンル。欧州映画を好んで観ていた私が”アメリカにはミュージカルがあるのだ!”と歓喜した、フレッド・アステアに魅せられし以降、今もバレエに限らず舞踏ものとなるとワクワクしてしまう♪

★『バレエ・リュス』やその他のバレエ・舞踏に関することも、追々(更新予定ばかりでのんびりですが、宜しくお願いいたします)♪

赤い靴/THE RED SHOES
  1948年・イギリス映画
監督・脚本:マイケル・パウエル、エメリック・プレスバーガー 撮影:ジャック・カーディフ 音楽:ブライアン・イースデイル 出演:モイラ・シアラー、アントン・ウォルブルック、レオニード・マシーン、ロバート・ヘルプマン、マリウス・ゴーリング、リュドミラ・チェリナ、アルバート・バッサーマン
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by claranomori | 2008-06-20 11:54 | バレエ・ミュージカル
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★基本的にアンドレイ・タルコフスキー作品が好きな私。敢えて選ぶのはその作品の中の女性像に惹かれる、あるいは印象強く残っている場面...今回はそういう意味で『鏡』(長編としては第4作目)を選んでみました。この作品はタルコフスキーの少年時代の回想から現在までの時空間を自由に眩暈を伴う様な美しい描写で描いて行く。もっと観るとまだ見えないものが見えて来るだろう。スペイン戦争、第2次世界大戦、 中国文化革命などの歴史を読み解かなくてはならないくらい、心理的な読みは難解な部分が多い。私はこの映画を6回くらい観たくらい。観ているうちに、歳を重ねるうちに理解出来る事が増えて行く。ただ、大好きな場面は初めて観た時のぼんやりとした「綺麗だなぁ~」「悲しくて美しい」と感じた場面。それは変わらないので不思議なくらい。元来、美しい映像を眺めている事が好きだからかもしれません。

主演のマルガリータ・テレホワは母と妻の二役を見事に演じ分けています。忘れら れない大好きな場面は、母役のマルガリータが盥で髪を洗うシーン。したたる濡れた髪と緩やかな動き(スローモーション的)はハッとする程の美しさでした。鏡という存在は過去と現在、夢と幻想、実像と虚像のどちらをも観る者に投げかけてくるには最適だったのでしょうか?タルコフスキーの詩的な印象の強いこの作品では、アルセニー・タルコフスキー(監督の父)による挿入詩があり、その朗読をするのはアンドレイ・タルコフスキー自身。監督自らの声で父の詩を朗読する事によって、この幻想的な世界に実を伴ったものを与える事が出来る様です。ラストのシーンで「心配ない...すべて 何とかなるものだ....」と作者の声、そして若い頃の父と母...そして母は子供を連れて歩いていく...涙ながらも微笑を帯びた母の顔が大写しになる...幼い頃の主人公が大声で叫ぶ...だんだんとそれらの姿は遠ざかって行く。この最後の声は叫び...全てこの少年の叫びによって行き交う時間、飛び交う幻想が美しい調和 を生みます。このラストでのマルガリータ・テレホワの強くて優しい涙を伴った微笑みも一生忘れられない場面なのです。

未来もここに現れる、光も永久に残るだろう
  過ぎ去った日々を、私はこの肩に積み重ねて
深い時の森を抜けて来た
私は自らこの世紀を選ぶ.....
埃を巻き上げながら、我々が南を目指したとき、
草原は熱気で私と馬に襲いかかり
修道僧の様に死をもって脅かした
運命を鞍に結びつけ、私は今、
少年の様にあぶみに腰を浮かせ、未来を眺めよう
私の血が絶えようと、私は不死を求めない、
暖かで、確かな一隅を私は命にかえもしよう
この世のどこに連れてゆかれようと

- タルコフスキーの朗読する父の詩より抜粋 -

鏡/ZERKALO
1974年・ソビエト映画
監督:アンドレイ・タルコフスキー 脚本:アンドレイ・タルコフスキー、アレクサンドル・ミシャーリン 撮影:ゲオルギー・レルベルグ 音楽:エドゥアルド・アルテミエフ 出演:マルガリータ・テレホワ、オレグ・ヤンコフスキー

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by claranomori | 2008-06-19 18:16 | キネマの夢・シネマ万華鏡