あまりにも私的な少女幻想、あるいは束の間の光の雫。少女少年・映画・音楽・文学・絵画・神話・妖精たちとの美しきロマンの旅路♪


by chouchou
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<   2007年 12月 ( 18 )   > この月の画像一覧

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リュドヴィック少年を演じたジョルジュ・デュ・フレネ君は、1985年(1984年説も)11月30日、フランス・ストラスブール生まれ。この『ぼくのバラ色の人生』が映画初出演で、撮影当時は11歳位。でも、違和感無く7歳の”女の子になりたい男の子”リュドヴィック少年を演じている。この映画が大好き!なので、2年程前にも『ぼくのバラ色の人生』のことを映画ブログに少し綴ったことがある。音楽はドミニク・ダルカン(後のSNOOSEとしての方が有名かも)で、ザジ(ZAZIE)の『ROSE』の歌も流れるので、フレンチ・ポップス好きの私はさらに嬉しいもの。リュドヴィック少年の周りを囲む大人たちを演じるのは、数々の作品で私なりに思い入れのある俳優方がしっかりと脇を固めている。映像の美しさ、色彩のポップさは欠かせない作品で、美しいものが大好きなリュドヴィック少年の夢の世界をファンタジックに彩るもの。最後は男の子になりたい女の子と出会いお友達になる。その後はどうなったかは分からないけれど♪

現実にこのリュドヴィック少年のような気持ちのお友達がいる。そして、”男の子だから男の子らしく”という言葉や、”女の子だから女の子らしく”という言葉(こちらは非常に厳しく言われて育った)が普通なのかもしれないけれど、今の私はそれらの言葉の意味や仰る方の気持ちも分かるつもりながら、あまりどうでもいいなぁ...と想う。そのように出来る人はそうするだろうし、出来ない人もいるのだ。それを無理に強制しなくても良いと想うし、しないでほしいな。この映画はジメジメしたところがなく愛らしい映画。ジョルジュ・デュ・フレネ君はこの後、『見出された時 「失われた時を求めて」より』(マルセル・プルースト原作)に出演している。髪を切られてからのリュドヴィック少年のような感じで脇役ながら印象強く残っている☆
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ぼくのバラ色の人生/MA VIE EN ROSE
1997年・フランス/ベルギー/イギリス合作映画
監督:アラン・ベルリネール 製作:キャロル・スコッタ 脚本:アラン・ベルリネール、クリス・ヴァンデール・スタッペン 撮影:イヴ・カペ 音楽:ドミニク・ドルカン 出演:ジョルジュ・デュ・フレネ リュドヴィック、ジャン=フィリップ・エコフェ、ミシェル・ラロック、エレーヌ・ヴァンサン、ダニエル・ハンセン、ジュリアン・リヴィエール

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by claranomori | 2007-12-29 23:59 | 銀幕の美少年・少年映画
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映画が子供の頃から好きだけれど、この『愛の嵐』をテレビで観た時の衝撃が今もずっと映画が好きでいられる私に繋がっていると想う。音楽もボウイしか聴かない訳ではないけれど、自然と音楽と映画、ファッションなどが連なり、今の私の好きな世界があるのだと想うと不思議でもあり愉しい♪この映画を隠れる様にして一人でこっそり観ていた小学6年生の私。随分昔の事なのに今でもフラッシュバックすることが多い。1987年にリバイバル上映で大きなスクリーンでも観る事ができた。私の初恋の女優さまであるシャーロット・ランプリング!母はドミニク・サンダさまの方が好きだった。そして、私もそうなるのだけれど...。嘗ては風変わりな作風や映像美ばかりを優先して観ていたけれど、今では観る映画の幅もとても広がってもう死ぬまでこの楽しみは続くとしか思えない程。でも、幼い子供時代にいきなりこの映画に遭遇したのもご縁というのだろうか...友人からは”変ってる”だの”いやらしい”だのと言われたものだ(お喋りの中でのことなのだけれど、ある時期まで自分の大好きなもののことを自ら他言することを止めてしまった)。両親は寛容だったので外ではおとなしくお家ではずっと喋ってるような時期があった...。私は”子供時代は良かったね~”というお話にはピンと来ない。気持ちは分かる気がするけれど、あの時代の風景を懐かしく想ったりしても、”子供時代が良かった”とは言い切れない...そこら辺のことは自分でも上手く説明できないので、こうして私なりの”少女幻想”を思いつくままに綴ったりしているのかも。”少女幻想”だもの、ちょっとした瞬間に崩れ散るものだろうし、角度を変えると地獄図にも成り得る。
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この映画の内容は深い。まだ子供だった私は何を感じたのだろう...とずっと想ってきた。でも、”観てはいけないものを観てる”感覚は強烈だった。ナチスだし、性倒錯した世界が描かれ死へ向かうしかない運命の二人。やっぱり変なのかなぁ...”いやらしい”という表現は私は感じなかった。それよりも”美しい!”と思えたのだから。何と言われようが、ヨーロッパの頽廃映画の代表作に違いないのだから良し。あるお友達とこの映画のお話をしていて、”どこが好き?”と訊かれたので、それはもう!最初に観た時から今もあのダーク・ボガード扮するマックスがユダヤの少女ルチアのことを”僕のかわいい子”と語る、その言葉!なので、それを告げると、”ほ~ら、お父さんじゃない。”と言われハッとしたものだ。彼女はいつも確信を突く...言葉にされ、ようやく自分で思考する鈍感な私なのだ。ファザコンだということを突かれたのも彼女だった。なので、父の死は今も母の死の受け止め方とは違う。母のことも大好きだけれど違うのだ...言葉にできないけれど、寡黙で厳格な父の姿に憧れと誇りを持って生きてきたし、今もその気持ちは変らない。何故に『愛の嵐』からこうなるのか...ダーク・ボガード!!に幼い私は父的な美を見たように想う。似ている訳ではないけれどハンサムではあった。そして、この時点でこのお二人の他の作品も観たい!と映画チェックが始まり家にある古い映画雑誌を毎日眺めていた。そして、母との共通の趣味が持て影響を受けた。私がボウイを教えてあげたのだけれど、母も美形には弱いので一緒に『戦場のメリー・クリスマス』を観に行った。戦時中、私の両親は学生だったけれどあの恐怖を知っている。特に母は怖かったと語っていた。父は仲の良かった兄を亡くしている。そんな両親と私の育った時代は大きく違うけれど、こうした映画を通じて共鳴し合うことができた。想いは其々だけれど。
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長くなる!もっと具体化すると面白い。この『愛の嵐』の監督はイタリアの女性監督リリアーナ・カヴァーニ。ルキノ・ヴィスコンティの助監督をされていた。また、製作者であるロバート・ゴードン・エドワーズは、『ベニスに死す』や『ルートヴィヒ 神々の黄昏』も手掛けたお方。また、音楽はダニエル・パリスなので『ルー・サロメ 善悪の彼岸』が直ぐに浮かぶお方。そして、劇中の名場面のひとつでもある、ユダヤ人のルチアが裸体にサスペンダー姿で『望みは何と訊かれたら』(後にマレーネ・ディートリッヒのレコードの中で見つけた時の歓喜!)を歌う。ディートリッヒというと『地獄に堕ちた勇者ども』や『ジャスト・ア・ジゴロ』...と共通するものが多い。既に私は10代の頃にこれらの作品やアーティストたちに出会い今も”我がミューズ”の方々ばかりが此処にいる!この衝撃を超えるものはこの後あるだろうか...と想う程にゴージャス☆遭遇の過程を大まかに辿ると、アラン・ドロン~マレーネ・ディートリッヒ~シャーロット・ランプリング~ダーク・ボガード~デヴィッド・ボウイ~ヘルムート・バーガー~ルキノ・ヴィスコンティ~ドミニク・サンダ~ビヨルン・アンドレセン~ロミー・シュナイダー...と今の私に欠かせない大好きな方々ばかり!年月が必要だったけれど、今はこうした流れが不思議だけれど自然なので愉快な気持ち。また、大好きなオスカー・ワイルドの存在も欠かせないので、この『愛の嵐』と『サロメ』の結びつきも嬉しい。

このユダヤ人の美少女ルチアか、メリーベル(萩尾望都さまの『ポーの一族』)が最も幼少期から今まで私の中で生き続けている”少女幻想”の重要人物かもしれない...何か美しいパズル遊びをしているようで愉しい☆

愛の嵐/IL PORTIERE DI NOTTE
 1973年・イタリア/アメリカ合作映画
監督:リリアーナ・カヴァーニ 製作:ロバート・ゴードン・エドワーズ 
脚本:リリアーナ・カヴァーニ、イタロ・モスカーティ
撮影:アルフィオ・コンチーニ 音楽:ダニエル・パリス
出演:ダーク・ボガード、シャーロット・ランプリング、フィリップ・ルロワ、ガブリエル・フェルゼッティ、イザ・ミランダ、マリノ・マッセ

(追記)
※このルチアを描く芽となったと語るリリアーナ・カヴァー監督のお言葉を再発見できましたので追記しておこうと想います。

★『愛の嵐』のルチアを巡る想いなどを思いつくままに少し綴ってみたけれど、まだまだ想いは遥か...この衝撃の出会いが今も映画が大好き!でどうしようもない私となっているように想う。

久しぶりに、リバイバル上映時(1987年)の時に購入したパンフレットを眺めてみた。この映画の脚本は監督のリリアーナ・カヴァーニ、イタロ・モスカーティとなっていて、原作がある訳ではないけれど、実在する女性のお話などから監督が書き上げたものだと記してあった。この頁の内容はすっかり忘れてしまっていたので、再発見したようで今なお新鮮に受け止めることができて嬉しい。

「ダハウの収容所に18から21歳までいたあるユダヤ女性は、今もなお毎年のバカンスをダハウで過ごすのだと言っていました。でも、彼女はそれがなぜだか、自分にも分からないのです。また、かつてアウシュヴィッツにいた別のブルジョワ女性は、もう夫や子供のところに戻ることができず、ひとりで生きるために家を出ました。すでに収容所で極度の残酷さを知った彼女にはもう正常な家庭生活を送るにはあまりにも人間が歪んでしまっていることを自分で感じていたのです。そして彼女はこう言っていました、”犠牲者がみな純真で潔白だなんて考えないで”と彼女は私に言いました。これらドストエフスキー的な女性たちが私に不安を与え、それが『愛の嵐』の女性を描く芽となったのです。」 by リリアーナ・カヴァーニ監督


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by claranomori | 2007-12-26 23:26 | 往還する女と少女
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シシー・スペイセク:SISSY SPACEK
1949年12月25日  アメリカ・テキサス州生まれ 
本名:Mary Elizabeth Spacek

★シシー・スペイセクは70年代から今日も様々な役を演じ続ける演技派女優さま!オスカー女優ながらインディペンデント映画にも出演されます。元来のファム・アンファンな不思議な魅力と色素の薄いそばかす顔にブロンドの髪。華奢な体型も今も健在で、老眼鏡をかけていても愛らしいお方で大好きなのです♪

●代表作●
フォー・クリスマス (2008)  
ホット・ロッド/めざせ!不死身のスタントマン (2007)
アメリカン・ホーンティング (2006)
ザ・リング2 (2005)
スタンドアップ (2005)
美しい人 (2005)
イノセント・ラブ (2004)
アメリカン・ニューシネマ 反逆と再生のハリウッド史 (2003)
エバーラスティング 時をさまようタック (2002)
イン・ザ・ベッドルーム (2001)
沈黙の森 (2000)
タイムトラベラー/きのうから来た恋人 (1999)
ストレイト・ストーリー (1999)
白い刻印 (1998)
スリーウイメン/この壁が話せたら (1996)
荒野の追跡者・ラレード通り (1995)
グラスハープ/草の竪琴 (1995)
ワイルド・メン (1994)
プライベート・マター/幸せの行方 (1994)
マミー・マーケット (1993)
アニーは愛された (1993)
いつも隣にいてほしい (1992)
JFK (1991)
ロング・ウォーク・ホーム (1990)
すみれは、ブルー (1986)
ロンリー・ハート (1986)
目撃者マリー (1985)
ザ・リバー (1984)
ミッシング (1982)
歌え!ロレッタ愛のために (1980)
三人の女 (1977)
キャリー (1976)
ロサンゼルス・それぞれの愛 (1976)
地獄の逃避行 (1973)
未婚白書 (1973)
ブラック・エース (1971)
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by claranomori | 2007-12-25 09:25 | 女優館★銀幕の名花たち
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シシー・スペイセクは1949年12月25日、アメリカ・テキサス州生まれ。私はテレビで『キャリー』を観たのが最初で子供の頃だった。それ以来、幾度も観ていてシシー・スペイセクが出演している作品は可能な限り観ようと想う気持ちは今も変らない。不思議な魅力のお方。キャリーを演じた頃は既に26歳位だったけれど、10代の女学生を演じていた。こういうファム・アンファンな魅力は天性のもので、可愛い娘ぶったり、子供じみているのとは違う。色素や皮膚が薄くソバカスも多い。ブロンドの細い髪と緑の美しい瞳。華奢な体型は今も変らず70年代~80年代~90年代~2000年代...と代表作があり、多くの映画賞に輝く演技派女優さま!作品によって様々な役をこなすけれど、オーバー・アクションでもなくいつも素敵♪私は今もシシーが大好き!映画館で初めて観たシシー作品は『三人の女』で、シェリー・デュヴァルも良かったけれど私はシシーの変りゆく様に入り込んでしまっていて、映画館を出た後も暫くシシー演じるピンキーの気分でいたものだった。単純なのでこのようなことが時々起こる。でも、こんなに強烈で複雑な気分は初めての体験だった。このロバート・アルトマン監督作品は未だに日本ではソフト化されてはいないけれど、1977年の未公開映画が1985年になって公開されたこと、このタイミングに遭遇できたことを嬉しく想う。シシーの出演作品はデータを参考に調べてみると30本程観ているようだ(オタクと言われるけれど好きだから仕方がない)。風変わりな役柄からコミカルなもの、社会派(ジャック・レモンとの『ミッシング』大好き!)、シリアス、ホラー...と凄い!あのちょっと掠れたお声も愛らしい。今日で58歳のお誕生日のシシーなので、昨日書こうと想ったけれど今日になった。
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舞台美術・監督のジャック・フィクスとは70年代に結婚して今もおしどり夫婦。ハリウッドの世界にもこういうオスカー女優さまがいる。シシーのインタビューをお聞きしていても、とても家族を愛し大切にしていることが伝わる。夫や娘、両親たち、また生まれ育ったテキサスをとても愛している。『ロンリー・ハート』も劇場で観て感動したもの。ダイアン・キートン、ジェシカ・ラング、シシー・スペイセクというオスカー揃組が姉妹役だった(サム・シェパードも共演♥)。それぞれタイプが違うけれど好きなお方ばかり。この映画の撮影時に、ダイアン・キートンは”音楽”、ジェシカ・ラングは”香り”、そして、シシーは”子供時代の風景”というようなお話があった。それは役作りに参考にするものだそうで、とても興味深いと想えた。50代になっても少女時代の風景を忘れず、その心の財産がお仕事に役立っているのだなぁ~と、あのファム・アンファンな魅力の要因となる鍵を見つけたようで嬉しかった。そして、そんなシシー・スペイセクがさらに大好きだと涙した♪

好きな作品は色々あるので、また此方や映画ブログの方でと想っているけれど、まだまだ現役女優さまなので新作も追わなければならず大変☆
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by claranomori | 2007-12-25 05:05 | 少女イコン・不滅の少女
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『クリスチーネ・F』は、クリスチアーネ・ヴェラ・フェルシェリノヴの手記『かなしみのクリスチアーネ』、あるいは『われらツォー駅の子供たち(われら動物園駅の子供たち)』を原作とした映画化。何から書き出せばよいだろう...という程、この作品から多岐に渡る想いがある。やはり、この映画を知るきっかけとなったのは、私の何処までもいつまでもヒーローであり続けているデヴィッド・ボウイ様のサントラから。ボウイはこの原作が出版された1977年はベルリンに住んでいた(かの「ベルリン三部作」の名作を作り出した時代)。実在するクリスチーネ.F.は1962年5月20日、北ドイツ生まれ。そして、この1981年の映画の中でクリスチーネに扮するナーチャ・ブルンクホルストは、1966年9月26日、ドイツ・ベルリン生まれ。日本公開は1982年。私は正しく思春期でボウイが出演していなければ観ただろうか...と想ったもの。かなりの衝撃を受けた!そして、陰惨たる想いの中、原作も買って一気に読み終えたものだ。この映画に主演している少年少女たちは初出演の素人の可愛い人たち。また、驚くべきことに、実在のクリスチーネもとても美少女だった!そして、12インチ・シングルをリリースしたりもしていた(そのバックにはアインシュテュルツェンデ・ノイバウテン(Einsturzende Neubauten)に僅か15.6歳の頃にメンバーとなっていたアレキサンダー・ハッケ(Alexander von Borsig)ことボルジヒもおり、当時のボーイフレンドだった)。ハッケはSprung aus den Wolkenにも在籍していた早熟の天才。こんな具合に繋がってゆくので面白い。
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13歳の少女の青春映画というにはあまりにも冷徹に監督は描き出す。クリスチーネの現実に向き合うことは死の直前であるという凄まじいもので、監督の姿勢には一切甘えのようなものは感じられない。故に、”ツォー駅の子供達”の心象風景がドキュメンタリーのようにヒリヒリと伝わるように想う。ウルリッヒ・エデル監督作品はこの映画が日本初公開で、その他『ブルックリン最終出口』や『ラスプーチン』など幾つか観ている。また、音楽の担当はボウイの9曲の楽曲の他、ユルゲン・クニーパーが参加している。ヴィム・ヴェンダース作品などでも有名なお方。こんな風に今の私にも大きな影響を与え続けるデヴィッド・ボウイという存在は、いったい何だろう!と不思議で仕方がない。お話が行ったり来たりするけれど、このクリスチーネの友人だったバブシーという少女の死が報道される。この実在のバブシーがまたとても美少女だったので、この早すぎる死(犠牲)が痛く感じられた。クリスチーネはデートレフ(この少年も可愛い)に恋をしている。このボーイフレンドが先に薬物に手を染める。そのお金を調達するために、彼は男娼となっていた...そして、この13~14歳の少年少女たちの生活は薬物依存に突き進んでゆく。これらのお話が全て実話であるということ。そして、実在のクリスチーネがその死を目前にその世界から脱却できたこと、其処に至るまでの心の空虚さや心理状態などを私なりに想う...良かった!死なずに。ボウイは映画の中でも”David Bowie”として出演していて、ベルリン・ツアーの中で『ステーション・トゥ・ステーション』を歌うボウイ(とても素敵♪)を、夢見心地に見上げるクリスチーネの表情が忘れられない。地下鉄のポスターで大好きなデヴィッド・ボウイのコンサートを知る。その時の微笑んだ愛らしい表情!その気持ちは私にもあまりにも伝わるものだったから。

地下鉄のプラットホームに一人残されたクリスチーネの目の前で、公演をしらせるデビッド・ボウイーの大ポスターが貼られる。それを目にした時の彼女の微笑。それは何といったらいいのだろう。実に ― それこそ神に対面した時の笑顔で ― 見事な微笑をうかべ、これが映画を通じて唯一の微笑である。

作詞家の阿久悠氏がパンフレットに寄せたものの中でこのように記されている。さらに、この映画に詩を感じるとも。なので、ポエメンタリーだと興味深いお言葉が記されていた。

家にいる時の私には、デビッド・ボウイーのメロディだけが安らぎだった。彼の曲を聴いているとき、私は”普通の女の子”に戻れた。

このように語るクリスチーネはヘロインに手を出し、転落の道を辿る。その姿をウルリッヒ・エデル監督は淡々と描く。これもまた、感じ方は世代感というもので様々だろうと想う。私は幸いにも薬物に縁のない、バブリーな世代を思春期として過ごしてきた日本人。だからと言って、”私には関係ないわ、こんな荒んだ世界の汚い少女たち”とは想わない!私自身とは違う世界、環境の人々の生活や心をこうして感じることができる。クリスチーネの心の闇や苦悩は分からないかもしれないけれど、想像したり思考したりすることは出来る。もっと、彼女に共感できる少年少女(だった人々も含めて)は、きっと想像以上に沢山世界中にいて今を生きているようにも想う。

クリスチーネ・F/CHRISTIANE F.
    1981年・西ドイツ映画
監督:ウルリッヒ・エデル 原作:カイ・ヘルマン、ホルスト・リーク 脚本:ヘルマン・バイゲル 音楽:デヴィッド・ボウイ、ユルゲン・クニーパー 出演:ナーチャ・ブルンクホルスト、トーマス・ハルシュタイン、イェンス・クーパル、クリスチーヌ・ライヒェルト、クリスチーヌ・レハル、デヴィッド・ボウイ
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by claranomori | 2007-12-23 19:17 | 銀幕の少女たち・少女映画

リー・ミラー:LEE MILLER

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リー・ミラー!本名エリザベス・ミラー(1907年~1977年)はアメリカ・ニューヨーク生まれ。父シオドアと母フローレンスの間に生まれた長女。父は工場支配人で科学・技術への関心の強いお方だったらしく、その影響はリー・ミラーの凄まじい生涯を追ってみると欠かせない存在であるように強く感じている。私がこの稀なる美貌の才女に興味を抱いたのは、80年代半ば頃だっただろうか...大阪(確か大丸)での『マン・レイ展』に行き、その数々の作品を鑑賞した後に、年月と共にじわじわとという感じ。興味は尽きない過程なので大まかな事しか知らない。マン・レイとの共同製作(モデルに留まらない!)、若き日の美しいリー・ミラーのお姿に先ず魅入ってしまったことから始まる。シュールレアリスム的なアート関連の書物を読み耽っていた頃のこと。そうして、今(の時点)では、マン・レイよりもリー・ミラーの方が私には欠かせない魅力のアーティストとなっている。何で読んだのか覚えていないけれど、幼少時の不幸な性的事件が起こったと記されていた。その当時(ざっと90年も前)の精神科医は、この少女の罪悪感を減じる方法として、性的関係を単なる肉体運動にすぎず、軽視させる療法を施したというもの。僅か7歳の少女のそのトラウマは後々の奔放な生涯を見ると因果なものに想えて悲痛でもある。また、年の離れた男性を愛したようにも思う。この辺りは父親への憧憬や愛情が強いのだろうとも...。
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前衛的な芸術(アーティストたち)からファッション、ジャーナリストとして自らもカメラで捉えた、それは戦争という時代へ突き進む。このようなリー・ミラーの勇ましい姿は神々しいようでもあり、時に怖いものをも感じる。ヒトラーのポーランド侵攻という頃、ヴォーグ誌のスタッフとなり、さらにアメリカ軍の従軍記者としてノルマンディーへと渡り、戦場を駆け巡っていたのだ。連合軍が開放した収容所に逸早く駆けつけ写真を撮った。また、ライプチヒが連合軍に占領され市長一家は自殺。その死の娘も撮っている。私が最も慄いたのは、ヒトラーの使っていた浴槽の中でのリー・ミラーの写真(撮影はデイヴ・シャーマン)だった。その時の彼女はいったいどんな気持ちだったのだろう...と。私などには到底分かりはしないもの。ただ、リー・ミラーという幾つもの肩書きが並ぶような時代のミューズは、被写体やアートの世界に安住してはいなかった。それらの活動よりも、その瞬間、時代の中で生きている刻に自ら走りこむような姿を想う。きっと、それは彼女の権力(ファシスト)への憤りや多くの犠牲者たちの姿を記録し伝えるという内なる力。それらの写真(記録)をファッション雑誌に掲載した女性。心の赴くままに行動し続けた女性。クールな眼差しと美意識が混在するのは彼女の捉えた写真だけではなく、リー・ミラーという女性の生き様にも見られるように想う。リー・ミラーが好きなのか羨望なのか、私はまだ分からないけれど、ひとりの時代と共に生きた女性として、興味が失せないでいるのは確かなよう。ジャン・コクトーの映画『詩人の血』の中で、リー・ミラーは大理石であり人間でもあるというヴィーナスを演じていた。流石のコクトーだ!多くの男性を魅了した。その陰で恋人や夫を奪われた女性の苦しみ(自殺に追い込んだ方もいる)、去られたマン・レイも自殺願望の書を残している。ファム・ファタルである!輝く美神のような美貌と知性は息を呑むほどゆえに。

金色の髪を短く切り、アッピア街道から来た、太陽にキスされた  
羊飼いの少年のような 若い女性


このようにセシル・ビートンも語っている。私が美しい!と想うのはこの点が大きい。リー・ミラーは美しい女性ながら、どこか男性的なものを感じる。科学に興味を抱き、外へ働きかけるその躍動感のような姿勢だろうか...。軍服に身を包み戦場をカメラを持って駆け巡ることのできる女性。新しい女性(当時では)の姿を凛々しく想いながら、複雑な気持ちを抱いてもいる。
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by claranomori | 2007-12-21 23:52 | 往還する女と少女
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    ♥スペイン版のDVDジャケット『El Despertar del Amor』♪

もうひとつの『エコール』(原作はフランク・ヴェデキントの『ミネハハ』)として、この2008年2月発売のDVDを心待ちにしている。こちらは英国のジョン・アーヴィン監督作品(好きな作品は『湖畔のひと月』『海に帰る日』『チャンピオンズ』『フォース・エンジェル』...と英国名優方のお顔が並びます♪)。この『ミネハハ 秘密の森の少女たち』は2005年作品ながら日本公開されなかったものだけれど、こうしてソフト化されるだけでも嬉しい!また、主役のハナ・テイラー・ゴードンは『愛と精霊の家』の頃から好きな少女子役さまで、だんだん知的なレディ然としてゆく様を作品毎に感じている。清楚さが好き。身長も随分スラリと伸びている(当然ながら)。1987年3月6日(英国ロンドン)生まれなので、この『ミネハハ 秘密の森の少女たち』撮影当時は17歳位、『聖なる嘘つき』の頃は12歳、『愛と精霊の家』の頃はさらに幼くて6歳位だったのだなぁ~と想うと懐かしい。大好きなジェレミー・アイアンズとメリル・ストリープが夫婦役でその娘役はウィノナ・ライダーだった。そのウィノナ扮するブランカの幼少時代の娘役としてハナ・テイラー・ゴードンが少し出演していた。この映画は大好きなので長くなるのでこの辺で...。また、2001年には、これまた私の大好きな『アンネ・フランク』(テレビ映画)でアンネ役を演じていてとても素晴らしかった!お父様役はベン・キングズレーだったので嬉しさ倍増の感動作だった。そして、2005年の『ミネハハ 秘密の森の少女たち』 をもうすぐ観れると思うと待ち遠しいかぎり☆2月は『小さな悪の華』の初DVD化も決まり、こちらも念願だったので嬉しく待っているところで、どちらも、観てから感想をと想う♪

ミネハハ 秘密の森の少女たち/MINE HA-HA
    2005年・イタリア/イギリス合作映画
監督:ジョン・アーヴィン 製作:マリオ・コトネ、アルベルト・ラトゥアーダ  原作:フランク・ヴェデキント『ミネハハ』   撮影:ファビオ・ザマリオン 音楽:ポール・グラボウスキー 出演:ジャクリーン・ビセット、ハナ・テイラー・ゴードン、ナタリア・テナ、アンナ・マグワイア、アンヤ・ラヒリ、メアリー・ナイ

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      ♥名優ベン・キングズレーと(「アンネ・フランク」より)♪

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  ♥ロビン・ウィリアムズと(「聖なる嘘つき/その名はジェイコブ」より)♪
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by claranomori | 2007-12-20 11:58 | 銀幕の少女たち・少女映画
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★『アルプスの少女ハイジ』というと、子供の頃からアニメ版としてとても馴染み親しんでいる。今、頭の中であのテーマ曲が流れているところ♪1年半前に此方のブログを始めた頃、このエマ・ボルジャーのことを書いていた。ハイジ役がピッタリ!だと想っていたけれど、やっぱりピッタリだった♪とっても天真爛漫な純粋な少女の姿は、見ているだけで心洗われるもの。映画は1時間半程のもので長くはないけれど、コンパクトにあっという間に終える。クララも大好き!(このブログ名とは関係はないけれど)そして、アルムのおじいさん(おんじ)がさらに大好き!このおじいさんと孫娘(両親のいない少女)の愛と絆、ハイジの美しい心が周りの人々を幸せにし、笑わないクララに笑顔が戻り歩けるようにもなる。昔気質な頑固なおじいさんの心がハイジの存在と共に解れてゆく様子...後半から最後まで、終わってからもずっと泣いていた。充分知ってるお話なのに、この原作が幾度も映画化、テレビ化、アニメ化され続けるのも納得!おじいさん役のマックス・フォン・シドーがとても好きなのだけれど、ここでもあまりにも素晴らしかった!!ふとした仕草や表情、動き...に感動してしまう。年老いたおじいさんがハイジの将来を心配するけれど、その後も安心。空に向かって大きなお口を開けたハイジの笑顔で終わる☆涙のあとに爽快な気分が残る♪
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1937年のアメリカ映画で、ハイジ役をシャーリー・テンプルが演じているのを観てみたい。その他多数興味のあるものがある。初のカラー版の実写となるのは1965年のもの。こちらはようやくDVDになった。このハイジ役のエヴァ・マリア・ジンクハイマーはブロンド。エマ・ボルジャーは栗色の髪、それぞれ可愛い。でも、おじいさん役、ロッテンマイヤーさん、ゼーゼマン夫人...と優れた名優揃いでどの場面も良かったので2005年版の方が感動した。セバスチャン役のデル・シノットが英国的美青年で優しい役柄をコミカルに演じていてさらに愉しく鑑賞できたし♪永遠の児童文学は、大人になった今の私にも十分に訴えかけてくる力がある。素晴らしいことだと想う☆
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ハイジ/HEIDI
2005年・イギリス映画
監督:ポール・マーカス 原作:ヨハンナ・スピリ 脚本:ブライアン・フィンチ 撮影:ピーター・シンクレア 音楽:ジョスリン・プーク 出演:エマ・ボルジャー、マックス・フォン・シドー、ダイアナ・リグ、ジェラルディン・チャップリン、デル・シノット、ポーリン・マクリン、ジェシカ・クラリッジ、サム・フレンド





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ハイジ/HEIDI
1965年・西ドイツ/オーストリア合作映画
監督:ウェルナー・ヤコブス 原作:ヨハンナ・スピリ 脚本:ミカエル・ハラー 撮影:リハルト・アングスト 音楽:フランツ・グローテ 出演:エヴァ・マリア・ジンクハイマー、グスタフ・クヌーツ、ゲルトラウト・ミッテルマイヤー、マーゴット・トルーゲル、イアン・ケスター ★この作品が初カラー実写映画だそうです♪

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by claranomori | 2007-12-15 20:02 | 銀幕の少女たち・少女映画
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ヴィルジニー・テヴネ監督作品はどれも独特の個性、感性に溢れている(女優さまでもある)。好き嫌いの分かれる作風だとは想うけれど私は好き。古い映画も好きだけれど、どうしても80年代は特別な時代なので!ジャン・コクトーの『恐るべき子供たち』のテヴネ版という感じ。綺麗な美術・デザイン・映像にユニークな顔ぶれが並んでいる。ミリアム・ダヴィッドとガエル・スガン(可愛い美少年!)のよく似たお二人はこの映画が初出演。監督の実の妹様のフリケット・テヴネやご本人、クロード・シャブロル監督やアリエル・ドンバール、エチエンヌ・ダオー(テヴネ監督とは友人♪)、エヴァ・イオネスコもちょこっと出てくる。エリザベートがエリザとなり、ポールがエリックとなって描かれる。社会から隔絶した二人だけの世界で暮らしている。二人はコラージュ作りをして遊んでいるのだ。訪れる友人ジャックは密かにエリザを慕っている。そんな思春期の姉弟に外の世界が近寄って来る...。奇抜で斬新な舞台装置でもあるだまし絵や秘密の部屋も面白い。女性監督が両性具有的なものを描くというのも興味深いもの。どうかなぁ...こういう映画は世代感などで左右されることもあるような気がする。このユニークな非現実感に共鳴できる人もいれば、バカバカしいとつまらないものに思える人もいるような気がする。音楽などもそうだけれど、総じてそういう80年代が私は好きだったし、今もどうしても好き!

80年代は大好きです。逆説的な時代ですね。ロマンティックでもあり、実際的でもある。これ以上の逆説的な時代は、ちょっと想像できません。70年代は理想主義的で少し悲しい。68年以降、あの世代は自由な理想社会というものを知り、自分たちがそうでないことに気づいたのです。当然のこととして。しかも70年代は”5月革命”で終わりました。未来はなくなったのです。その後に続いた80年代は、少し絶望していて同時にダイナミックでもあります。悲しみや絶望の中には何か人を陶酔させるものがあり、それが創造力を生むのです。70年代に人は夢を見、80年代にそれを造りました。80年代は軽薄さと深刻さ、ダンディズムと実用性が混じり合った時代なのです。


また、両性具有と思春期というテーマは、とても今日的だと思うと語り、代弁してくださっているかのように共感できる以下のお言葉で決定打♪

思春期は、いわゆる”モラトリアム”の状態です。18歳から30歳 - あるいはもう少し上までの年代で、大人になることを、何かを選択することを拒否する人々...。エリザとエリックは猶予の状態にあるのです。自己の発見、自らの性を知ること、性の目覚め、成熟、そういったものすべての猶予状態にあるのです。

(ヴィルジニー・テヴネ監督のインタビューより)

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b0106921_2252131.jpgエリザとエリック/JEUX D'ARTIFICES
      1987年・フランス映画
監督・脚本:ヴィルジニー・テヴネ 撮影:パスカル・マルティ、ダリウス・コンジ、マルタン・ルグラン 音楽: アンドレ・デュメイ 出演:ミリアム・ダヴィッド、ガエル・スガン、ルドビク・アンリ、エチエンヌ・ダオー、アリエル・ドンバール、クロード・シャブロル、フリケット・テヴネ、ヴィルジニー・テヴネ

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      ♥わ~!お若いエチエンヌ・ダオー♪今も素敵です☆
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by claranomori | 2007-12-13 23:56 | 銀幕の少女たち・少女映画
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エルマンノ・オルミ監督作品は残念ながら大半が日本公開されていない...こういう事がとても多い。『木靴の樹』はカンヌでパルム・ドールを受賞していて世界各国で絶賛されたもの。お陰でようやく日本でもエルマンノ・オルミ監督初公開となった作品。監督の特色でもあるけれど、出演者は全て素人のその土地で生きる人々。農民が地を耕す姿を演じるのではなく耕す姿を映し出している。なので、3時間を越える大作ながら、終始一貫したもの、統一感のようなものがあり、私は長く感じない。主に4つの家族の姿を四季を通じバッハのオルガン曲と共に綴られてゆく...監督のお優しい心の眼差しに溢れ涙する。辛気臭い映画だと思われるお方もおられるかもしれない。巨大な製作費とセットや優れた俳優方の揃う豪華さは微塵もないのだから。でも、それを超えることを可能にするのだから凄い!低予算で役者は素人の人々、脚本から撮影まで監督が担う。この徹底した姿勢が一体感となり感動を伝えるのだろう。繊細で細部のあらゆる箇所に反応してしまう。あまりにも物質的な豊かさの中で成長した無知な私故に。この映画が大好きで、また、19世紀末という世界中の時代が好きなこともあり、社会勉強のように関する歴史ものを読んだりもした。ほんの少しだけれど知らない世界を感じることが出来て嬉しい。これらが心の糧だと想っている。お金では買えない、形として残るものだけが財産ではないし、私は歳と共に心の財産を優先するようになっているとなんとなく感じているところ。
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ミネク少年の父バティスティは、神父の熱心なすすめにより息子を学校に行かせることにする(農民の子に学問は不必要だという諦念があるようだ)。その往復12キロの道程をミネク少年はたった一足しかない木靴で通う。しかし、ある日片方の木靴が割れてしまう。明日学校に履いてゆく代わりがない。父は”母さんには内緒だぞ。”と立ち木を伐って新しい木靴を夜中じゅうかけて作ってくれた。しかし、そのことが地主に知れ一家は村を追われることになる。その夜の光景はまるで19世紀末のイタリアの風景なのではと想うくらい伝わるものがある。この場面に限らず!農民たちが力を合わせて...という美談ばかりではなく、逆に生きるために精一杯の人々のずるい一面も描き出す。洗濯物を手押し車で押す少女たち、かくれんぼして遊ぶ幼い子供たち、心痛な面持ちの神父、君臨する地主...そして、物乞いする者の登場場面も印象的!子供たちはその乞食をくすくすと笑う。そこで、母が子供たちをたしなめるように言う。

     ”貧しい者ほど、神に近いのだ。”

という言葉は力強いものに想えた。そして、ミネク少年の笑顔と共に忘れられない言葉かもしれない。私は此処で、”少女幻想”だのと好き勝手に長年思い巡る鈍い頭の中を整理し、断片的に乱雑に記しているに過ぎない。映画に限らず、得たものは年月が経つ中で私の中で大きな心の財産となるように想う、今もその過程ながら。『木靴の樹』を80年代半ばに知った。バブルな日本でその頃を思春期として過ごしてきた私なんぞがこの映画の中の貧窮に喘ぐ農民たちの生活をどう分かると言うのだろう...でも、ずっと忘れられない映画であり、この小さなミネク少年の愛らしい表情と共に焼きついてしまっている(※所謂”美少年映画”ではない!)。書き綴るとかなり長くなりそう...。私は同じイタリアのミラノ出身のルキノ・ヴィスコンティ監督が大好きだけれど、エルマンノ・オルミ監督の作品とは全く異質のもの。どちらが優れているという問題ではないけれど、ヴィスコンティ作品を先に観ていたお陰でその差異の中に考えさせられるものがあったようにも想う。それは、厳然と其処に在る階級制度の歴史。その中でも農作民たちの生活の痛ましい程の貧窮。それを哀れだと想うのとも違う。そういう厳しい歴史を知ることに喜びを感じる。

木靴の樹/L' ALBERO DEGLI ZOCCOLI
       1978年・イタリア映画
監督・脚本・撮影:エルマンノ・オルミ
出演:ルイジ・オルナーギ、オマール・ブリニョッリ、ルチア・ペツォーリ、フランコ・ピレンガ、ロレンツォ・ペドローニ


※いつもの如く、思いつくままに取り留めないなぁ...想いはまだまだあるのですがとりあえず♪
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by claranomori | 2007-12-11 11:59 | 銀幕の美少年・少年映画