あまりにも私的な少女幻想、あるいは束の間の光の雫。少女少年・映画・音楽・文学・絵画・神話・妖精たちとの美しきロマンの旅路♪


by chouchou
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<   2007年 11月 ( 28 )   > この月の画像一覧

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『田舎の日曜日』(名作!)や『ダディ・ノスタルジー』他好きな作品多数のベルトラン・タヴェルニエ監督が北フランス、嘗ては炭鉱町として有名だったエルナンを舞台に、子供たちのために奮闘する幼稚園の園長ダニエル・ルフェーブル(フィリップ・トレトン)の姿を描いたもの。ダニエル園長のひたむきな行動を通して、教育現場の抱える諸々の問題、子供たちの権利の尊さ、不公正と闘う人たちの姿は、切々と心に沁み入るもの。ベルトラン・タヴェルニエ監督のお顔などを拝見していつも想うのは”お優しく誠実なお方だろうなぁ”と。そんな監督の誠実さと厳格さのようなものはこれまでの作品たちにも感じられるもの。”社会”というもの、その中で生きている私はこの行った事もない北フランスの町のお話なれど、この日本の現状にも充分なほどの共通した問題があり、この映画の中でそれらの厳しいテーマを語っているのだと感じる。

決して壊せないものがある
肉体の中に 大地の中にあるものだ
この大地に ひとつひとつ
小石を積んだ
父が 祖父が積んだのだ

雨にも 風にも耐えて
積み重ねた夜には
月光が影を作るように盛り上げた
ソリの遊びができ 星にも届くようにと
高く積んだ小山だ
子供たちにその事を語ろう
.............
子供たちに語ろう
先人たちや 父たちから引き継いだのだ
その小山と 彼らの勇気とを

詩人ドミニク・サンピエロ (字幕より)


b0106921_18593915.jpg今日から始まる/CA COMMENCE AUJOURD'HUI
         1999年・フランス映画
監督:ベルトラン・タヴェルニエ 脚本:ドミニク・サンピエロ、ベルトラン・タヴェルニエ、ティファー・タヴェルニエ 撮影:アラン・ショカール 出演:フィリップ・トレトン、マリア・ピタレシ、ナディア・カシ、ヴェロニク・アタリー、素人の子供たち
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”語っている”というのは私個人のとても大切に想うことのひとつのようで、好きな映画、好きな音楽、詩や小説の中の言葉、絵画の中の物語や視線の行方、語る友たち...その語り方は其々で多くを語らずとも、無言でも語ることが出来る。人間には五感というものがある。私の母は死の床の晩年、もう視力が無くなっていた。私がお見舞いに行っても私の顔が見えないのだ...片方の体は神経が無くなっており、唯一右手のみ(多くの針仕事をしてきた手)を握り締め耳元で声をかける。長い闘病生活だったので色々なことが想い出されるけれど、その母の指の感触と表情、時に涙を流す...これも母と私の会話だったのだ。また映画と関係の無いお話をしている。そうそう、この映画に出演している3歳~5歳の幼児たち30人は皆素人の子供たち。そして実際にある幼稚園の中で撮影されたそうだ。なので、ドキュメンタリー風でもあり素敵に思う。こんな幼い子供たちを生き生きと捉えることができるなんて!役者方と監督・スタッフ方のお人柄なしでは成り立たないだろう。炭鉱の閉鎖で失業した人々、彼らは子供たちの学費を払うのも困難、幼稚園の運営資金や先生たちも苦境な現状。社会はお調子者で弱者の切捨てもお手のもの。こんな時代だからこそ社会や家族、人と人との繋がりが大切なのではないだろうかと監督は詩情溢れる映像と共に伝えて下さり、私は嬉しく頷き涙する。そして、”今日から始まる”のだなと勇気をいただける。ありがとうございます☆
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※この映画は子供たちと大人たちのための作品だと想うので、カテゴリーなんてどうでもよいです♪
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by claranomori | 2007-11-27 21:36 | 銀幕の少女たち・少女映画
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スウェーデンのルーカス・ムーディソン監督の『ショー・ミー・ラヴ』に続く作品。主題歌はアバの 『S.O.S.』 (アバのヒット曲の中でも特に好き♪)。2000年の映画なのだけれど、70年代の雰囲気溢れる楽曲たち、ファッションやインテリア、時代の香りを感じさせる愉しい映画で観終えた印象も心が晴れる...そんな作品。70年代は好きな時代。当時はまだ幼くて追体験としてしか知らないけれど、世界的に色々な動きがあった。ここでは”コミューン”を舞台に、個性的な人々が集合住居で共に暮らす姿を生き生きと、かつコミカルに描いている。両親の喧嘩が原因で母に連れられて、この”コミューン”(Together)にやって来る破目となったエヴァとステファンの姉弟は奇妙な大人たちの様子になかなか馴染めないのだけれど、徐々に彼らの自由な生き様に何かを感じてゆく姿が可愛い♪

エヴァとステファンとすてきな家族/TILLSAMMANS
2000年・スウェーデン/デンマーク/イタリア合作映画
監督・脚本:ルーカス・ムーディソン 撮影:ウルフ・ブラントース 出演:エンマ・サミュエルソン、サム・ケッセル、 リーサ・リンドグレン、ミカエル・ニュクビスト、アクセル・スーベルアニア・ルンドクヴィスト、イシェカ・リードベリィ

”何故、コミューンを舞台に描かれたのですか?”という問いに以下のように語っておられた。私はとても興味深くこのインタビューを拝読した。そして、ファミリー映画やコメディ風味の映画を楽しみながらも考えさせられることは多分にある。”家族”という意味合いは色々あるけれど、とても大切なことなのだと想う。ヒット作を侮ってはいけない。レアな作品だけが価値があるのではない。音楽もすべてのことに共通する個人的な想いだけれど。

僕はこの時代のムーブメントにおいて、何が「善」で何が「悪」だったかという概念を理解したかった。それから理想が現実という壁にぶつかった時にどうなるのかということにも興味があったんだ。僕にとっての「善」は、公私共における反抗精神、連帯、共有という考え方。そして「悪」とは、何でも理論化する態度と原理主義だ。フリーラブと言えば聞こえがいいが、そのせいで人が嫌な思いをしたら、それはもう「良いもの」とは言えない。人を傷つけたり、遂には”社会を変えられるかもしれない”というムーブメントの持つ可能性までメチャクチャにしてしまう独善的支配だ。例えば、原理主義者はアバという、労働者階級に絶大な人気を誇る音楽が大嫌いだ。もし彼らが心を開こうと努力していたら、もっと変革の可能性はあったと思うんだ。

この映画の中で、コミューンを形成するのは非独善的な人々であり、政治意識の強い”普通の人々”。でも実は僕が、最も親しみを感じているのはコミューンきっての原理主義者エリックなんだ。エリックは愚直で、バーダー・マインホフ(西ドイツ赤軍)に参加したがったりもする。だけど、僕には彼の心中がよくわかる。エリックが抱える多くの憤りや反逆心は僕自身がもたらしたものだから。

ルーカス・ムーディソン監督(インタビュー記事より)


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    ♥10歳のステファンと分厚いメガネがキュートな13歳のエヴァ♪
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by claranomori | 2007-11-26 20:46 | 銀幕の少女たち・少女映画
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ミア・ファローが出演している作品は多分公開作品はデビュー作以外は観てるかな...かなり大好きなので!私にしては快調に更新していたのだけれど、ちょっとバタバタ落ち込んだり喜んだりと忙しくしていた。日記めいたことも最近混じってるみたい。今日は大好きなミア・ファローを想って綴るのだった。あちこちで、ちょこちょこ書いたりしているけれど、ロマン・ポランスキー監督の『ローズマリーの赤ちゃん』は代表作であり、出世作となったもの。ジョン・カサヴェテスが夫役で出演している。嘗て”恐怖映画”と呼ばれていた映画のジャンルのようなものも、今ではとても多様な作風に溢れている。私は心臓がドキドキしたりするのだけれど、”サイコ・ホラー”ものや”心理サスペンス”風が好き。ミステリー風味が好きなのかな...この完全版も観たけれどかなり怖かった。でも、好きで幾度も観る。この作品に出演するかどうかという問題は当時のミア・ファローにとっては大きな決断と選択に迫られていた。『くたばれ!ハリウッド』でその逸話が語られていた。19歳で30歳年上のフランク・シナトラと結婚していた頃で、シナトラはミアの映画出演をあまり好んでいなかったそうだ。ところが、監督と製作者はミアの出世作になることを強く信じ、自信を持って説得したという。シナトラは”それなら離婚だ”と仰ったそうだけれど、ミアは出演し一躍スターとなった。でも、平和な結婚生活は僅か2年で終えた。でも、フランク・シナトラと嘗ての義娘さまであったナンシー・シナトラ(歳はミアの方がお若い)との絆は深く、ウディ・アレン裁判にもミアを援護し続けたお方。

「彼は初恋の人。真の友人であり、必要な時はいつもそこにいてくれた。」
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           ♥可愛い☆19歳頃のミア・ファロー♪

映画監督と女優の両親を持つミア・ファロー。生まれた時から映画の世界が周りに存在していたのだから。キャンディス・バーゲンやライザ・ミネリとは娘時代からのお友だちで、映画女優の着ていたお衣装を真似て特注し仕立ててもらって遊んでいたお話も読んだ。生まれつきのお嬢様なので、『華麗なるギャツビー』のデイジー役もピッタリだったと想う。あの役は既に大物の女優様方も演じたい役だったそうでオーディションに普段行かないような方々も受けたというもの。でも、その羨望の役はミアが得たのは演じなくても素の要素が大きかったのだろう。個性派女優さまだけれど、決して演技派というタイプではない。20代でも10代の少女の役柄が似合う、それもちょっと風変わりな役がハマっていた。幸か不幸か...これも運命なのだろうけれど、ウディ・アレンとの10年余りの期間は突飛な役柄がすっかり減ってしまった。逆にそれまでにないミアの魅力をウディ・アレン作品で拝見できたけれど。オファーは沢山あったけれど、ウディ・アレンはご自分の作品専属にと要望しそれに従って、他の作品と言えば『スーパーガール』(これがまたB級ぽくって面白い!)のみ。スーパーマンのいとこであるスーパーガールを演じる可愛いヘレン・スレイターのお母様役で、少しだけ出演のこの作品以外はない。なのに、とんでもない裏切りが待っていた。

ミア・ファローもまたファザー・コンプレックスの強いお方に想う。幼くして大好きなお父様を亡くされている。フランク・シナトラとの仲睦まじいお写真はいっぱい拝見した。お仕事と結婚や家庭の両立は働く女性なら誰もが悩まされる問題だろう(我が身を振り返ってみたり)。ミアはマザー・テレサを敬愛している。子供時代に病気で学校に行けずにお家で読書をする孤独な少女の姿が浮かぶ。そんな体験からか、ご自分の子供以外にも多い頃は14人程も育てていた。子供が大好きだそうだ...でも、その最初の養女は今はウディ・アレンの奥様なのだ...どんなに心に穴があき傷ついただろう...50代になっていたミアは暫く大きな役は演じていなかったけれど、女優を続けている。ようやく『オーメン』で見事な名助演を見せてくださったと私はとても嬉しかった!そして、先日公開されていたリュック・ベッソン監督の『アーサーとミニモイの不思議な国』でアーサーの祖母役で出演。この作品は実写とアニメの融合した作品でアニメの役柄の声優には、デヴィッド・ボウイ様やマドンナ、ロバート・デ・ニーロ...と大物揃い!私はミアが観れるのとボウイ様の声優としての作品なので嬉々と劇場に向かった。ところが、近所の映画館だけだったのかは分からないけれど日本語吹き替え版での上映と書いてあったので未見のまま...。最近、ちょっとガクン!となることがしばしば起こる今日この頃なれど、人生は愉しいという変な具合☆
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by claranomori | 2007-11-25 05:32 | 往還する女と少女
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クロディーヌ・ロンジェは1942年1月29日フランス・パリ生まれ。1962年にジェリー・モスとハーブ・アルパートによって設立されたA&Mレコードと1966年に契約。翌年1967年にニック・デカロの協力の下『クロディーヌ』でデビューする。この時、既にアンディ・ウィリアムズと結婚していた。おふたりは1970年までご夫婦だった(別離に至る経緯は知らないのだけれど)。順調な夫婦生活(3人のお子様もおられる)とアルバムのリリース、1968年にはピーター・セラーズと共演したブレイク・エドワーズの映画『パーティ』にも出演されていた。運命のいたずらなのか、まさかの1976年3月21日の殺人事件(クロディーヌは恋人だったプロ・スキーヤーのスパイダー・サビッチを過失致死させてしまった)により、その後の活動は今も断たれたまま...。
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甘く可憐な容姿共々、お声の自然な優美さ♪技巧的に可愛く歌う方より自然な方が好き。ルックスも含めて私はそんな人たちが好き。ぶっ飛んだ個性派のお方の中に垣間見る少女性が可愛かったり、クロディーヌのようにピンクやお花柄のワンピースが草原の中であまりにも自然にマッチしてしまうお方にうっとりしたり♪総じて”ガーリィ”、”girly”と呼ばれたりする世界が好きなのだとは想う。このお言葉も色々な解釈があるものでお嫌いなお方もおられるけれど、私は好きなのだから仕方が無いなぁ...クロディーヌについてのみ綴っていればよいものの、やや日記のようだったり随想混じりだったりしているみたい...それも仕方が無いなぁ。私の体験や想い出はどうしても関係していて今の私から逃れることはできないし、逃れたいとも思っていない。大切な心の記憶だもの。クロディーヌ・ロンジェはウィスパーヴォイスの最高峰だと想っている、とっても大好きなお声。歌われる曲たちには好きな映画の曲もあるし、ポップな曲や儚げな淋しい曲もすべて好き。それは何を歌ってもそのお声に魅力があり、カバー曲であってもクロディーヌ・ロンジェの歌声の曲となる。とても素敵なことだと想う。各作品や格別お気に入りの曲など、また追記予定がいっぱいなのでのんびりと♪
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by claranomori | 2007-11-20 18:54 | 私的少女音楽★愛しき歌姫
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ディディエ・オードパンは1951年8月15日フランス・パリ生まれ。最近は製作や監督業で活躍されていて内容も私は好きなものが多い。でも、最近のお姿を拝見するとこの頃の美少年ぶりからは遠くに行かれてしまったかのようで...それも時の流れ♪1960年のピーター・ブルック監督、マルグリット・デュラス原作の『モデラート・カンタービレ』でジャンヌ・モローの息子役としてデビュー。その頃は8~9歳頃。そして、このジャン・ドラノワ監督の少年愛、兄弟のような関係でもありもっと深い友情愛を繊細に描いた作品の中で、13歳の少年アレクサンドルを演じたディディエ・オードパンは、まるで天使のように愛らしく可愛いお稚児さんのような少年で、もう胸が張り裂けそうだった!羊を抱えてのミサのアレクサンドル♪萩尾望都さまの『トーマの心臓』の原型としても(どちらも大好き!!)、もう私の好きな世界にずっと一緒にいてくださる作品。またもや60年代の古い作品なのにこんなに大切だなんて!時空を超えたこのような美しい世界をこよなく愛している。

13歳のアレクサンドルが寄宿学校で仲良くなった侯爵家の15歳のジョルジュ(フランシス・ラコンブラード)に寄せる思慕、愛くるしい眼差し...美し過ぎる!こんなに美しいままお話が終わるはずは無く、結末は悲しいのだけれど...。 竹宮恵子さまはディディエ・オードパンのこの少年時代を可愛いけれど、やや口元が...(もう少し引き締まった口元をお好みのような)というお話を読んだ記憶があるのだけれど、それも分かる気がする。でも、瞳と笑顔や憂いを湛えた表情やハイソックスを穿いた足下や仕草など...たまらなく可愛い!20代の出演作にもいくつか好きな作品(ロジェ・ヴァディム監督の『花のようなエレ』やルキノ・ヴィスコンティの『イノセント』他)があるけれど、やはり少年時代のディディエ・オードパンがどうしても、いつまでも美しく銀幕の中で生き続けている☆ああ、幸せ♪
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        ♥可愛い!アレクサンドルと美しいジョルジュ♪

寄宿舎 ~悲しみの天使~/LES AMITIES PARTICULIERES  1965年・フランス映画
監督:ジャン・ドラノワ 原作:ロジェ・ペルフィット 脚本:ジャン・オーランシュ、ピエール・ボスト 撮影:クリスチャン・マトラ 出演:ディディエ・オードパン、フランシス・ラコンブラード、ミシェル・ブーケ、フランソワ・ルチア、ドミニク ・モーラン、ルイス・セニエ
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        ♥この表情と仕草!可愛いという言葉を超える♪
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by claranomori | 2007-11-19 19:42 | 銀幕の美少年・少年映画
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★現役の女優様でメリル・ストリープはとっても大好きなお方。私がメリル・ストリープを知ったのは『フランス軍中尉の女』(でもテレビで『ジュリア』を先に観ていたのだけれど後から知ったので。そして、これまた大好きなジェレミー・アイアンズもこの作品で知った。)。続けて公開されたのが『ソフィーの選択』。今でも覚えている、阪急の神戸線で梅田駅に着く手前辺りに大きな広告のポスターが貼ってあった。美しいその雰囲気とは違い、まだ10代だった私には最初は正直なところよく分からない内容で、でも、どっしりと重い気分が残ったものだった。『フランス軍中尉の女』も母と一緒に行った。母は『クレイマー、クレイマー』ですっかりメリル・ストリープのファンになっていた。今の私は、メリル・ストリープの主演作だとこの『ソフィーの選択』が最も好きかもしれない。3時間弱の映画で観終えた後の余韻は決して気分の良いものではないけれど、時が経てばまた観てしまう。そして、ホロコースト、ユダヤ人の人達の罪無き悲劇、戦争の恐怖と愚かさ....を考えることは歳を重ねる度に深まってゆくように感じている。
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いくつかの人生の選択を強いられた女性ソフィー。究極の選択である我が子をSS隊に渡す母の気持ち...酷すぎる!その事を生涯背負うものであること、腕の番号...忘れたくても忘れられない消せないもの。耐え忍び生き延びた人々も殺されてしまった人々も、また死に追いやった立場の人でさえ悲しい出来事だと想う。人が人を殺めるなんて!家族が引き裂かれる不当な理由がどうしても...。

それにしても、素晴らしい!ポーランド人役のメリル・ストリープは訛った英語でソフィーのいくつもの側面を演じているのだから。主演女優賞を受賞した作品でもあり、各国で絶賛されたもの。そして、この頃の(ふっくらとされる前)お美しいこと!透き通るような白い肌と憂いを湛えた表情...魅力に溢れている。ネイサン役のケヴィン・クライン、スティンゴ役のピーター・マクニコル、この3人の窓辺の屋根の上での平穏なひと時の美しい風景と音楽が儚く蘇ってくる。また、このアラン・J・パクラ監督作品に好きなものが結構あるということも、比較的最近気が付いたこと。
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ソフィーの選択/SOPHIE'S CHOICE
1982年・アメリカ映画
監督・脚本:アラン・J・パクラ 原作:ウィリアム・スタイロン 撮影:ネストール・アルメンドロス 音楽:マーヴィン・ハムリッシュ 出演:メリル・ストリープ、ケヴィン・クライン、ピーター・マクニコル、リタ・カリン、スティーヴン・D・ニューマン、ジョシュ・モステル、ジョセフ・ソマー

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by claranomori | 2007-11-19 08:15 | キネマの夢・シネマ万華鏡
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またもやジョン・ウィリアム・ウォーターハウスの大好きな絵を選んでしまう。1903年の『エコーとナルキッソス(Echo and Narcissus)』と題されたもの。私は音楽、中でもとても歌う方々のお声に様々な魅力を感じてしまう。自分で歌うことは苦手なので耳を傾かせては心癒されたり、ときめいたり、考えさせられたり...と。今もまだまだこの魅せられし心の漂流は続く、きっと死に至るまでのようにも...そして、ナルキッソスというと美少年の代名詞でもあり、私が好きな少女漫画から映画、音楽、文学や絵画...もうあらゆる中で遭遇するというのか、”好き”な世界に欠かせないもの。自分善がりで狭い私の好きな世界のことだけれど。

『ナルキッソス』というカラヴァッジオの作品も好きなのだけど、この『エコーとナルキッソス』はとても思い入れの強いもの。どちらも欠かせないものだから。エコーはお喋り好きのニンフ。しかし、ユノに恨まれてしまった。ユノはユピテルの正妻で最高女神ともされている、ギリシャ神話のヘラと同一視することもできる、ややこしいけれど、ユピテルの姉というお話もある。このユノは結婚生活や出産を司る女神として信仰される一方、とても猜疑心が強く嫉妬深い性格でもあった。エコーはユノにより、話しかけられる最後の一言を繰り返す意外は口が聞けなくされてしまう。そんな彼女が美少年ナルキッソスに恋焦がれてしまうのだけれど、お可哀相に愛の言葉が出ない。彼女の心中はさぞかしもどかしくお辛かっただろう...。そんなエコーが近づくと少年は逃げてしまった。絶望したエコーの体は消え失せてしまい声(山彦)のみとなる。神は冷酷なナルキッソスに罰を与える。水に写る自らの姿に恋をするように...それは決して実らぬ報われない恋。彼の涙が水面に落ちその像をかき乱す。やつれた彼は水鏡に別れを告げる、「さようなら」...と。それを見ていたエコーの声が森に響く、「さようなら」...と。力尽きたこの美少年は死して水仙(ナルシス)のお花に姿を変えた☆悲しくも美しい...どうしてもこんな世界が大好き!
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by claranomori | 2007-11-18 18:18 | 19世紀★憂愁のロマンと美
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ジェシカ・マリー・エレノア・グリフィス&ミランダ・グリフィス姉妹の美しいルックスも嬉しいWOULD-BE-GOODSの1988年の1stアルバム。デビュー・シングルはこれまた大好きなサイモン・ターナーの楽曲だった。英国の老舗インディ・レーベルのCHERRY REDの流れの小さなレーベルだったけれど、私は今でもこのélレーベルの作品たちを忘れることはできない。私の青春時代に欠かせないもの。この淡い夢の世界に安堵する。楽曲提供・バックにはまたまた大好きなモノクローム・セットのビド、アンディ・ウォーレン、ニック・ウェソロフスキー!何て素敵☆夢見心地な世界を彷徨させるふんわりした空気が心地よい。アルバムの中のどの曲も好きだけれど、フレンチ・ポップ好きで薔薇が大好きな私は「Rose du Barry」はとってもお気に入りの曲。この曲はフランス語で歌われた、少女的な儚い悲恋の夢物語を想像してしまう美しい曲。針を下ろすと飛び出す「The Camera Loves Me」は極上ポップ♪

私が16歳の頃 あなたはとても美しかった
あなたが望んだ一輪のバラ ローズ・ドゥ・バリー
あなたが私を連れて行った秘密のお城で
私があげた一輪のバラ ローズ・ドゥ・バリー
あの頃の私はバラのように美しく
そして人生は謎でいっぱいだった
でも、あなたが小箱を隠した花
私は色褪せたバラのよう
私があげた純白の美しい花
ついに芯は枯れてしまった
そしてあなたは花いっぱいの美しい庭がある
新しい友達も
あなたが私に約束したすべてのこと
今はローズ・ドゥ・バリーのように枯れてしまった


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élレーベルが今でもずっと大好き。それはレーベル全体のトーンというのか、とってもファンタスティックな共通した空気があり、かつ各アーティストの個性で広がる世界。そして、映画好きの私にシネマティックな音楽を届けて下さるかの様に感じるからかもしれません。ジャケットの雰囲気やロゴや字体も好き。良質のひねくれたポップ・センス、アコースティック感、時にモンドちっくだったり♪そんな無国籍風でもあり英国の香り高き珠玉のワンダフル・ワールド!ありがとうございます!マイク・オールウェイさま☆
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by claranomori | 2007-11-18 05:40 | 私的少女音楽★愛しき歌姫
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孤独で純情な14歳の少女マヌエラ(ヘレタ・ティーレ)は、最愛の母を亡くし全寮制の寄宿女学校に入れられる。少女たちから慕われている毅然たる美貌のベルンブルク先生(ドロテア・ヴィーク)。1931年というトーキー幕開けのような時期にこの深い問題提起!ドイツも好きな国。物語の中盤から終末のマヌエラの死に至るまでの繊細な描写は素晴らしくも胸が苦しくなるものだった。私は映画を先に観、後からクリスタ・ウィンスローエの原作を読むことができた。どちらも好きだけれど、少女マヌエラとベルンブルク先生の心の奥深く、静かに燃える炎のようなものは小説の方がより胸に差し込むというのか、好きな繊細さのように想う。

「胸のこの奥に感じられるものは、もう、燃えるような幸福よ!これから先ずぅっと、あたしは美しい、清らかな心で生きていきたいわ。あたしは立派な人間になりたいのよ!もうなんにも世の中に恐ろしいものはないみたいよ!ああ、あの方さえ、いらしてくださったら・・・・・・」

マヌエラは両手を自分の胸に押し当ててこのように語る。この少女の気持ち、心のいったいどこが汚らわしいというのだろう!女性が女性を好きになり恋慕うことの何が...と。心の自由さを誰も奪うことなどできないはずなのに。どうして、マヌエラは死を選ばなくてはならなかったのだろう?!性的な描写などはない。純愛であり、乙女の死によって問うものはとても大きなもので、今の時代にも通ずる投げかけなのだと想う。

日本公開は1933年だそうで、それも大ヒットを記録した作品。本国ドイツ・ベルリンでひっそりと公開され、口伝えに広まりロンドン、パリ...と世界中で人気を博したという。それも、無名監督、無名の出演者たちによって僅か22日間で完成。原作、監督、主要スタッフ、出演者はすべて女性ばかり。同性愛のロマンスでもあるけれど、当時のドイツはワイマール共和国時代。ナチスの台頭の不吉な足音の聞こえ出す折だという歴史はこの映画の中でも大きなものだと想う。軍国主義者の女校長、厳しい規律、抑制された自由の無い制服の少女たちの青春とは...。謳歌しよう、すべきだという作者や監督の強い意思は、哀しいマヌエラの自殺を通して訴えかけてくるようで、”何故?!”と私にも悲痛に響く。清純な乙女の心を汚らわしいもの、学校の汚名だと校長はマヌエラを罰する。権力の下で身動きの取れない少女たちの閉ざされた心の殻は不自然なのに、そういう体制の時代。レオンティーネ・サガン監督はこの後、ナチスを逃れるために英国に渡り、オックスフォードを舞台にした作品を作られたそうだ(観てみたい!!)。このような感性、きめ細かな描き方は女性監督ならではのように想う。古い古い映画なのに、こうして時代を超えて共鳴させていただけることが嬉しい♪20年後に、若き日のロミー・シュナイダー主演でカラー・リメイクされているけれど、その映画は残念ながら未見なので死ぬまでに観てみたい☆

制服の処女/MÄDCHEN IN UNIFORM
       1931年・ドイツ映画
監督:レオンティーネ・サガン 監修:カール・フレーリッヒ 原作:クリスタ・ウィンスローエ 脚本:F・D・アダム 撮影:ライマール・クンシュ、フランツ・ワイマール 音楽:ハンソン・ミルデ・マイスナー 出演:ヘレタ・ティーレ、ドロテア・ヴィーク、エミリア・ウンダ、エレン・シュヴァンネケ、イルゼ・ヴィンター
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       ◆フリードリヒ大王の如き女校長と制服の少女たち!
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by claranomori | 2007-11-17 01:03 | 銀幕の少女たち・少女映画
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★『ネバーエンディング・ストーリー』に続くミヒャエル・エンデ原作の映画化『モモ』で、妖精モモを演じたラドスト・ボーケル。この瞳☆忘れられない!この作品でしか知らないのだけれど、クルクルと巻き毛の童話の中の主人公が、こうして映像と共に色褪せないでいることが嬉しい!ラドスト・ボーケルは1975年6月4日、東ドイツのバート・ラウゲンザルツァ生まれ。プロフィールには、素顔のラドストは真っすぐの黒髪で、成績優秀、友達と騒ぐこと、ミック・ジャガーとデヴィッド・ボウイ等の音楽を聴くこと(嬉しいです♪)、映画を見ることが大好きな女の子と記されていた。このモモ役に2000人の中から選ばれた当時10~11歳位の少女。盗まれた時間を取り戻すために、時間泥棒(灰色の男たち)に挑むファンタジックな愛しき物語♪
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子供の頃以上にこのお話が大好き!になってゆく。とても大切なこと、失いかけていたものを見失わないように...と想う。児童文学や童話の世界が子供のためだけのものではないという事を、日々痛感している。現実と幻想の曖昧さ、現在・過去・未来を往来する時間軸の揺らぎ等を考えると楽しい♪世界中の何処でも誰でも一日は24時間という時を生きている。”時間”とは瞬く間に過ぎ行くけれど、その速度や数字の経過や何をしていたかということよりも、その刻をどのように感じて生きているのだろう...と我が身を振り返る。生きるために人は必死。情報も溢れ色々なものが変化し進歩してゆくけれど、その速度に付いてゆけなくても良いのではないだろうか...と。心が付いてゆかないのなら意味はないように想う。私は田舎でもなく都会でもないような町で生まれ育った。初めて梅田の地下街を知った時、大げさな様だけれど眩暈がしそうだった、あの窒息感に似た感覚を覚えている。”なんて!早く歩く人達の街なのだろう”という感じだった。でも、同時にこれが都会であり、働く人達の姿なのかな...とも。私はせっかちなことが苦手。”のんびりまったりと”、一歩が大きくなくても速くなくてもいいのではと想う。猛スピードでお仕事をしている方や出来る方は凄いとも想うけれど、皆が時間に追い回されなくても...生活があるので安易には言えないけれど、お金よりも心の豊かさを優先したい。ミヒャエル・エンデ(この映画の冒頭にも出演されている)のお言葉をいつまでも胸に刻んで☆

《自作について》
『僕は、いつも自分が読みたいと思うようなものを書いてきた。多くの人がロマン主義は落日を迎えたと思っているが、現在こそ、世界を詩的に表現することが重要である。そうすることによって我々は生の内に多くの価値を見い出すことが出来るであろう。』

《モモ》について
『現在は「時は金なり」で、貴重な贈り物である「時間」が空費され「時間泥棒」が、はびこる時代である。そして、本来誰もが持っている多様な好奇心、知識欲、ファンタジーの追求が「時間の無駄だ」と決めつけられてしまう。「どこにもない家」とは豊富な想像力を持つ人達が素晴らしい喜びに出会う場所である。「モモ」は冒険ファンタジーであるが同時に、人間の権利を擁護する本である。』



モモ 時間どろぼうとぬすまれた時間を人間にかえしてくれた女の子のふしぎな物語/ミヒャエル・エンデ
★町はずれの円形劇場あとにまよいこんだ不思議な少女モモ。町の人たちはモモに話を聞いてもらうと、幸福な気もちになるのでした。そこへ、「時間どろぼう」の男たちの魔の手が忍び寄ります…。(「BOOK」データベースより)
モモ/MOMO
1986年・西ドイツ/イタリア合作映画 
監督:ヨハネス・シャーフ 原作:ミヒャエル・エンデ 脚本:ヨハネス・シャーフ、ローズマリー・フェンデル、マルチェロ・コスチア 撮影:クサファー・シュヴァルツェンベルガー 音楽:アンジェロ・ブランデュアルディ 出演:ラドスト・ボーケル、ジョン・ヒューストン、ブルーノ・ストリ、レオポルド・トリエステ、マリオ・アドルフ、アーミン・ミューラー=スタール、ミヒャエル・エンデ

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by claranomori | 2007-11-16 07:47 | 銀幕の少女たち・少女映画