あまりにも私的な少女幻想、あるいは束の間の光の雫。少女少年・映画・音楽・文学・絵画・神話・妖精たちとの美しきロマンの旅路♪


by chouchou
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<   2007年 06月 ( 12 )   > この月の画像一覧

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19世紀の英国文化に欠かせないお方、ウィリアム・モリス(1834年3月24日~1896年10月3日)。詩人であり工芸デザイナーであり、熱心なマルクス主義者としても有名な社会主義者。オックスフォード大学時代からの親友にバーン・ジョーンズやダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ等がいる。この絵はウィリアム・モリスが唯一残した油彩。

モデルとなるのはジェーン・バーデン(ジェイン・モリス)で、モリス25歳、ジェーン19歳の1859年にお二人はご結婚されている(厳格で裕福なモリス家は猛反対だった)。なので、ご結婚の前年の作品。しかし、ジェーンを取り巻く関係は複雑でもある。ラファエル前派の主要なモデルのお一人であったジェーンは、イギリス人的というよりも、ギリシャ的な容姿が魅力だったようだ。この、モリスは内気で純情なお気持ちでこの絵を愛情一杯に描かれたように思う。「トリスタンとイゾルデ」の中世騎士さながらに、労働者階級の若き娘ジェーンを王妃に喩え、ロマンス(夢物語)を作ったようだ。

ランスロットは、”本当に私を殺してください、そうすれば癒されるのです”と言い、王妃の前にひれ伏してしまう詩を残している。そして、この絵を描いている。ランスロットはモリス自らというところなので、なんとも、ロマンティックというかこの初々しいお心に感動さえ覚える(後に、その妻は不貞を犯すのに...)。

この絵(1858年)のタイトルは『Queen Guinevere (La Belle Iseult)』王妃グウィネヴィア(麗しのイズー)となっている。副題にフランス語を付けている。元々は『トリスタンとイゾルデ』はケルトからフランス、そしてドイツ...と渡ってゆき、リヒャルト・ワーグナーの曲やオペラ等の歌劇、そして、映画化と、今日も今後も様々なものとして残ってゆくものだろうから。アーサー王と騎士物語はオックスフォード時代からもっとも重要な主題であるとロセッティ達とも意見が合致していたそうだ。個人的には、クリスチャン・ヴァンデ(フランスのプログレ・バンド:マグマのリーダー)のソロ・アルバムなどを想起してしまうのだけれど。

最近も、映画『トリスタンとイゾルデ』が公開された。90年代の『トゥル-ナイト』という映画も結構好きだったりするので、そういう私もこのような主題、題材ものには滅法ヨワイようだ。不倫の夢物語、そして最期は死。悲恋の結末...。100年以上も前の絵、さらに古い伝承物語や詩などから、こうして21世紀に生きる私は何かを受け取ることが出来るのだと思うと嬉しくてしかたが無い☆
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by claranomori | 2007-06-27 23:19 | 19世紀★憂愁のロマンと美
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1951年 フランス映画

監督:ルネ・クレマン
製作:ポール・ジョリ
原作:フランソワ・ボワイエ
脚本:ジャン・オーランシュ、ピエール・ボスト
撮影:ロベール・ジュイヤール
音楽:ナルシソ・イエペス

出演:ブリジット・フォッセー、ジョルジュ・プージュリー、シュザンヌ・クールタル、ジャック・マラン

禁じられた遊び/JEUX INTERDITS

★ルネ・クレマン監督のとても古い名作ですが、この小さな少女と少年を通して、静かに訴えかけてくるものは色褪せないものです。原作や音楽、全てが素晴らしく、何度観てもラストシーンは画面が涙でぼやけてしまいます。

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†森の中で愛犬のお墓を作る11歳の少年ミシェルと5歳の少女ポレット
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♥今作で映画デビューした少女ブリジット・フォッセー:Brigitte Fossey(撮影当時4歳~5歳)。その後も素敵なお方で、今も現役女優さまです♪

★愛らしい少女を主役に少しお兄さんとの友情(ロマンス)、生き物の死骸を土に埋める(禁じられた遊び)子供たち、少女は戦争で両親を亡くしたけれど幼いので死の意味が分からない。最後は少女と少年を引き裂いてしまうことにより、少女ポレットは痛切に別れと両親の死を突きつけられるかのよう...。当時は、本国よりも日本での方が評価が高いものだったそうだ。十字架を立てたり、宗教的な意味合い(反カトリック的な)も感じ取ることができるからだろうか。モノクロームの叙情あふれる美しくも悲しい、ルネ・クレマン監督の静寂な反戦映画でもあります。私は”少女映画”というと、無邪気で無垢な可憐な少女ながら、苛酷な現実、運命の物語にも好きな作品が多い様です。戦争を知らない世代の私には、露骨な大仕掛けの反戦映画よりも、ずっと戦争の恐怖、戦争がもたらす狂気と悲劇から考えさせられるものが大きいのかもしれません。
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by claranomori | 2007-06-24 21:39 | 銀幕の少女たち・少女映画
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1984年の『愛人/ラマン』は日本でも大ベストセラーとなり、映画化された。当時の私は活字に貪欲だったのでデュラスは女性作家ということもあり、とても気になる存在だった。でも、本屋さんに山積みされたあの光景にやや退いてしまった、という感じだった。『モデラート・カンタービレ』や『インディア・ソング』を先に知った幸運と衝撃は今も失せることはなく、再見、再読を不定期に繰り返すとても好きな作品。『愛人/ラマン』は空前の売れ行き。代表作に違いは無いしやはり好き。売れ過ぎたので今では古本屋さんであまりの安さで安易に買える程。

映画のことは「映画ブログ」でその内(気紛れなので予定は狂うけれど)。デュラスは多くの重要な言葉を残した。重要というのも人それぞれの価値観だけれど。

フランス人という人種、というよりフランス国籍に属しているのは偽りだった。私は自分がフランス人であるとは感じていません。私は何処にも生まれなかった。フランスに、つまり腐敗した祖国に住んで以来、たぶん私は執行猶予の身なのよ。

デュラスは当時のフランスの植民地インドシナ(ヴェトナム・サイゴン)に生まれ、18歳帰仏している。母ひとり、子供3人の家族。貧しい少女時代に中国人の年上の男性と恋に落ちる。デュラス15歳。小説は自伝的なものを基に描かれた小説なので、全てがデュラスの実話ではない。

”18歳でわたしは年老いた。あの青年と出会ったのは、靄にけむる暑い光のなか、メコン河の渡し船のうえだった。すべてが、死ぬほどの欲情と悦楽の物語が、そのときからはじまった。”という有名な文章に惹かれて購入されたお方も多いのだろうと思う。

先述のデュラスのお言葉たち。徹底して”私はフランス人ではない”と語る。生まれ故郷は砕かれてしまった。フランス人作家であり映画監督であるというのは活動の大半がフランスだったから。生まれた処がないというデュラスは、私が”生きる”という言葉と同意語で”書く”あるいは”語る”。私は、と。彼は、と。難解でもあり不思議な独特の文体と共に、生き様が素敵なお方。レジスタンス運動に参加、共産党に入党、5月革命に参加...と激動の時代に自ら飛び込むようなお方。アルコール中毒に陥りながらも執筆は続けた。次第に評価が高まり、38歳年下のヤン・アンドレア(彼はそれまで同性愛者だった)と80年代から最期まで一緒だった。1996年の遺稿『これでおしまい』を残し、3月3日に死去された。親友のジャンヌ・モローがデュラス役を演じた映画『デュラス/愛の最終章』(愛人/ラマン 最終章)も興味深い作品で記憶に新しいけれど、あまり話題にはなっていなかったように思う。

 ”我々の唯一の祖国、それはエクリチュールだ、それは言葉だ。”とユダヤ人の歴史(迫害の)に自らをなぞりこう語っている。”語る、女たち”が好きだ。それは表現者という意味に於いて。デュラスはカッコイイ!かのジャン=リュック・ゴダールに影響を与えたのも然り(『ゴダールの映画史』にも登場される、これも超大作、大偉業作品。必見!)☆

※1年程前に書いたものです。移行したつもりがまだでしたので此方に♪
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by claranomori | 2007-06-22 04:46 | 詩人・作家・画家・芸術家
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ジャン=クロード・ブリアリ:JEAN=CLAUDE BRIALY
生年月日:1930年3月30日 牡羊座 アルジェリア・オマール生まれ 
没年:2007年5月30日

★陸軍大佐であった父に連れられ、赴任地を転々としながらの少年時代。大学では哲学を専攻しながら、ストラスブールのコンセルバトワールで演劇の勉強をする。その後、陸軍に入隊し、軍の映画部で、フィリップ・ド・ブロカ監督やカメラマンのピエール・ロム等と知り合い、芝居熱が沸騰しパリへ出向く。そして、1956年に映画デビュー。ヌーヴェル・ヴァーグ作品には欠かせない存在のお方。病に侵されても最期までお仕事をされていた(最晩年は未公開が多い)。主役も準主役も脇役も、ブリアリが登場すると引き締まるというのかカッコイイのだ。ゴダールやシャブロル監督は口を揃えて「彼に任せておけば安心だ。」と仰っていたという。また、アラン・ドロンも何かあれば、すぐにブリアリに相談に行ったそうだ。映画人、仲間から信望の熱いお方だったことが窺える。

最初に知ったのはトリュフォー監督の『黒衣の花嫁』。ジャンヌ・モローを知った作品で、私はブリアリも知ることができた。公開作品などを挙げてみると観た作品は約8割程度だろうか。まだ未見ものが色々あるので観たいし、未公開作品も多数。60年代映画ながら、長い間公開されずにいたピエール・コラルニック監督、セルジュ・ゲンスブールが音楽担当(ミシェル・コロンビエも)とちょっと出演もしている『アンナ』の公開も記憶に新しく、私は映画を拝見する前に既にそのサントラをよくイベント等で使わせて頂いたものだ。セルジュ大好きな上、アンナ・カリーナが主役、そして、役名セルジュに扮していたのはブリアリだった。そして、歌声も素敵♪大好きなカルト映画なので、また作品についても綴ってゆく予定。ブリアリが公の場に姿を現した最後は4/19のジャン=ピエール・カッセル(ヴァンサン・カッセルのお父様)の葬儀の日だったそうだ。ご自分の死の一ヶ月程前のこと。御辛かっただろうと思う、お身体も精神的にも。それでも駆けつけないではいられない、そんな心意気があのお姿からも感じることができる。素敵なお方です。私は残された作品たちをこれからも再見を繰り返すだろうし、ジャン=クロード・ブリアリというフランスの名優を忘れることはないと思う。まだ実感もないけれど、兎に角好きだった...。でしゃばる様な演技をしない。そして、自らゲイであることを公認されていたお方でもある。意外とこのことは触れられないけれど、感覚だろうか?その様に感じていたので知った時は嬉しかった(という表現も変だけれど、そうだろうなぁ...という香りが当たっていたので)。5/31の葬儀には多くの映画人や友人が駆けつけたその記事をちらっと拝見し悲しくなった。特にジャンヌ・モローのお言葉は胸が締め付けられるように感じてしまった...。
ご冥福をお祈りいたします。


パリ・5月31日のブリアリの葬儀にて。
(ジャンヌ・モロー)
「ジャン=クロード・ブリアリは、私にとって弟のような存在でした。私よりも先に旅立ってしまった...悲しみでいっぱいです。彼のことを、もう、この世にいない人として話すのは、辛く耐え難い思いです。」

(クロード・ルルーシュ監督)
「ジャン・クロードは、自分の仕事をよくわかっていました。あらゆるものごとに関心を持っていました。好奇心旺盛で、とても魅力に溢れた人でした。」

(ロベール・オッセン)
「彼の死の知らせに私は打ちのめされました。彼は本当に特別な人でした。とてもあたたかで素敵な人、同時に高いプロ意識を持った人でした。」


●代表作● 
青い自転車 (2000)
モンテ・クリスト伯 (1998)
恋人たちのポートレート (1996)
ボーマルシェ/フィガロの誕生 (1996)
フランスの女 (1995)
王妃マルゴ (1994)
百一夜 (1994)
ロベルト・ベニーニのMr.モンスター (1994)
恋の病い (1987)
大迷惑 (1987)
マーシェンカ (1987)
ザ・クライム/陰謀の罠 (1986)
なまいきシャルロット (1985)
トリエステから来た女 (1983)
サイキックゾーン (1982)
愛と哀しみのボレロ (1981)
カンヌ映画通り (1981)
華麗なる女銀行家 (1980)
2人のロベール/花嫁募集中 (1978)
脱獄の報酬 (1976)
バロッコ (1976)
判事と殺人者 (1976)
麗しのカトリーヌ (1975)
自由の幻想 (1974)
ロミー・シュナイダーの情事 (1973) 監督
殺人代理人 (1972)
小さな約束 (1972) 監督・脚本
ランボー/地獄の季節 (1971)
クレールの膝 (1970)
キャサリン大帝 (1968)
黒衣の花嫁 (1968)
愛すべき女・女(め・め)たち (1967)
奇襲戦隊 (1967)
奇想天外・泥棒大作戦 (1967)
恋のマノン (1967)
まぼろしの市街戦 (1967)
アンナ (1966)
私は彼女をよく知っていた (1965)
男を追って (1964)
ピストン野郎 (1964)
輪舞 (1964)
いっちょう頂き (1963)
俺は知らない (1963)
新7つの大罪 (1962)
スエーデンの城 (1962)
火刑の部屋 (1962)
フランス式十戒 (1962)
女は女である (1961)
5時から7時までのクレオ (1961)
素晴らしき恋人たち (1961)
ダンディ (1961)
ヒッチ・ガール (1961)
いとこ同志 (1959)
いまだ見ぬひと (1959)
大人は判ってくれない (1959)
学生たちの道 (1959)
狂った夜 (1959)
男の子の名前はみんなパトリックっていうの (1959)
恋ひとすじに (1958)
水の話/プチ・シネマ・バザール (1957~1989)
死刑台のエレベーター (1957)
美しきセルジュ (1957)
恋多き女 (1956)
王手飛車取り (1956)

1987年度セザール賞:助演男優賞受賞
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by claranomori | 2007-06-21 08:58 | 男優館★麗しの男優
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by claranomori | 2007-06-21 04:33 | 想い・鑑賞・読書メモ
リオちゃん、遂に登場♪ちょっとばかり思春期に影響を受けたものやアイドルたちを探していたりする私。少しお姉さまだけれど同世代感覚の、それも好きな女性アーティストのアイドル♥リオちゃん。本名は長くて、Wanda Maria Ribeiro Furtado Tavares de Vasconcelosなり。ポルトガル生まれのベルギー育ち、フランスで大ブレイクして大人気となる。発売当時、伊丹のレコード屋さんで一枚のLPジャケットを見つけ即買い!それは日本盤で帯のキャッチフレーズとジャケットに写る可愛いお顔に反応しない訳にはいかなかった。正直なところ、音楽は後回しだった。そのキャッチフレーズとは、”ネコにコカコーラにミニスカート、そしてデヴィッド・ボウイー”☆きゃぁ~!となるのは当然の私なのでした。ボウイ・ファンでこんなにキュート!
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”フレンチ・ロリータ”という特集が偶に雑誌で組まれたりするけれど、あまりリオちゃんは入っていないので残念。フランス人ではないお方もその中におられたり、まぁそんなことはどうでもよいのだけれど。このリオちゃんは私にとっての聖少女な少女期のシャルロットや、小悪魔的な可愛さのヴァネッサちゃんとも違う。かなりパンク少女!からそのまま大人になり常にエネルギーに溢れダイナミック☆結婚、離婚を繰り返し今時珍しい子沢山。忘れた頃に新作が届くようになっているけれど、地味ながらも映画にも結構出演されている。今は歌手兼女優というところかな。16歳でレコード・デビューしたリオちゃんの音楽は当時のパンク~ニュー・ウェイヴな波の中、テレックスやエチエンヌ・ダオーなどの協力の下、エレポップ、テクノポップなサウンドにあのキュートな歌声♪元気いっぱいの曲もちょっと寂しげな曲もどれも大好き!”バナナ・スプリット”は最も有名な代表曲のひとつだろう。90年代の初めにそのリミックス盤が再び登場したのだけれど、とってもへんてこりんなイカレタ可愛いヴァージョンがありお気に入り♥
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★1stアルバム:日本盤のタイトルは『美少女リオ』可愛いです♪
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by claranomori | 2007-06-15 11:36 | 私的少女音楽★愛しき歌姫
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★マーティン・スコセッシ監督の1976年の『タクシードライバー』。最初に観たのはテレビで多感な頃。何かがこの作品に対して残ったまま今日に至る気がしてならない。幾度か再見してしまう。年月が経過する中で病めるアメリカ、世界の大都市ニューヨークで生きる人々、街の光と影。時代への叛逆。若者の孤独と混沌としたものが不気味に胸に突き刺さるばかり。この頃のロバート・デ・ニーロの蒼白な顔つきは好きだけれど、ここでのトラヴィス役は何だろう...凄まじい。脚本はポール・シュレイダーだし。70年代のアメリカ、アメリカン・ニューシネマの名作に違いないのだろう。マーティン・スコセッシ監督はカンヌでパルムドール受賞作品ながら、本国アカデミーは候補に挙がりながら受賞を逃した。デ・ニーロもジョディも。バーナード・ハーマンの珠玉のスコアも...映画賞の受賞ってなんと困難で大きな意味があり、またあまり関係ない気もする。
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トラヴィス(ロバート・デ・ニーロ)が恋心を抱く女性ベッツィー役のシビル・シェパード、街に立つ娼婦アイリス役の撮影当時12歳~13歳のジョディ・フォスター!お若いハーヴェイ・カイテルは壮絶な最期を迎えるスポーツ役(ジョディとハーヴェイ・カイテルはスコセッシ監督の前作『アリスの恋』に続いての出演)。スコセッシ監督もちょこっと出てくる。凄く豪華な脇役と主役のデ・ニーロにため息。
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私はこの映画が好きか?と問われたなら、今もまだ答えられない。でも、この恐怖感は今を生きる私達にとてもリアルな感覚も持ち合わせているように思う。30年前の作品なのに!一見、英雄のように映るトラヴィス。そこが怖いと思うし、今日的な気もする。華やかな街のざわめきを照らすネオン。タクシーで徘徊しながらトラヴィスは不浄な世界が目に付き苛立ちと持って行き場の無い怒りと孤独が募る。ベトナム戦争から帰って来たというのも要因だろう。恋も実らず、ますますやるせない気持ちが狂気を伴ってゆく様から終盤へ...壮絶だ。見事過ぎて怖い!

この映画の公開後、ジョディ・フォスターは、ジョディの熱狂的なファンによるレーガン大統領が襲われるという事件が起こり大きなショックを受ける。演技者として優れた才能は映画を離れても予期せぬ形で影響を与えてゆく。現実と妄想の境目が不安定になるというお方も多い。幸い、どうにか私は映画が大好きで感情移入し過ぎて時に暫く境界を彷徨う一瞬がある。それが魅力だとも思っているし、映画は最良の娯楽だと思っているので、美しい風景の中にいつまでもいたいと願う作品に感銘を受けても、また現実に戻ることができる。多くの映画好きなお方はそうだろうし、もっと細かい分析をされたり、かなり精神的な衝撃を受け深い思考に陥ることもあるだろう。何が言いたいのだろう...よく自分でも分からないけれど、デ・ニーロは優れた名優だけれど役柄のトラヴィスではない。そして、トラヴィスは結果的にアイリスを救ったけれど彼女のためという英雄劇ではなく、己との葛藤や憤り、都会の孤独や寂寥が痛ましいデス・コミュニケーション。この残像が30年以上経た今もリアルに色褪せないものとして伝わってくるように感じる。

サイドには欧州映画やアート系作品を多く並べている私。映画も音楽もだけれど、メジャー作品、ヒット作品、マイナー作品、インディー作品...とどこにも素晴らしいものがある(面白くないものもあるけれど)。マニアックな作品やアート系を好む私もいるけれど、語り継がれる名画、優れたスタッフが集結して生まれる素晴らしき世界を見逃すには勿体無い!そして、また観たいと思う映画に出会えることが嬉しい。

この少女アイリス役をまだ少女のジョディ・フォスターには困難であろうと懸念されていた製作者方。彼等に「彼女なら大丈夫!」だとジョディの女優としての才能と可能性を見抜いていたのはデ・ニーロ。デ・ニーロの推薦によって、ジョディは心理学的なテストも見事にパスしての出演だったという。才女のジョディだもの!
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★タクシーの乗客はマーティン・スコセッシ監督です♪

タクシー・ドライバー:TAXI DRIVER
1976年・アメリカ映画
監督:マーティン・スコセッシ 製作:マイケル・フィリップス、ジュリア・フィリップス 脚本:ポール・シュレイダー撮影:マイケル・チャップマン 特殊メイク:ディック・スミス 音楽:バーナード・ハーマン
出演:ロバート・デ・ニーロ、シビル・シェパード、ジョディ・フォスター、ハーヴェイ・カイテル、ピーター・ボイル、アルバート・ブルックス

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by claranomori | 2007-06-12 11:55 | 銀幕の少女たち・少女映画
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私がとっても小さな頃、従兄弟のお兄さんが東京に行って来たお土産に頂いたものの中にポストカード・セットと東京タワーの日めくりみたいになったブリキのカレンダーがあった。多分、私の記憶する最も古いポストカードのこと。兵庫ののどかな町で生まれ育った私には、東京は同じ日本でもとても遠い存在と感じていたものだ。仲良しのお友達から頂いたアンティーク・カードやちょこちょこと自分でも買っていた(レプリカものも含めて)そんな生まれる前の絵葉書がいつの間にかファイルに何冊かとなっている。私はコレクションしてはいないのだけれど眺めるのが好き♪ひとつの芸術、文化、通信手段として今も世界中で使われているものなので。

さて、起源は...と調べてみると実はドイツだった(説は他にもあり複雑)。私は大好きなサラ・ベルナールなどの女優さまのポストカードたちやミュシャたちの活動に興味を持つ中で、フランスかイギリスかと思っていた。何事にも起源があり、そこから広く開花し受け継がれていくもの。ドイツの工場の広告用に製造されたのが最古で1888年だそうだ。ベルリンに住むフライリッヒ・フォン・ヘンデルという工場主がお得意様たちに宛てたもの。しかし、その実物は現存しないらしくどんなものだったのかは知る由もない(私製絵葉書のことだと思うのだけれど、どのように異なるのか資料でもその様子が残っていれば...と残念に思うし、よく区別出来ずにいる私)。

絵入りポストカードとなると、1867年のウィーンのエマヌエル・ヘルマン博士というお方が作り、19世紀末以降フランス(ベル・エポック)や英国(エドワーディアン)では隆盛を極めることになる。その後の戦争が無ければ、もっと現存した多種に渡る素敵で愛らしく面白いものが見れたかもしれない。著名な芸術家たちだけではなく、名も知れぬ人々がどなたかに贈ったものやお祝いに添えたものたちが膨大な数として世界中で往来していたのだと思うと楽しい。

好きな題材を含むのでまた、時折ポスターなど(映画にも繋がるもの)と共にこの素敵な愛すべき芸術について綴ってみようと思う。日本では明治時代に隆盛を極めたようで、海外の絵葉書の中にはジャポニズムと分類されるものもあるので、欧州と日本の文化がお互いに影響しあった(絵画など芸術全般に言えることだろうけれど)のだという歴史を眺めたりするだけでも心地良いものだ♪
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by claranomori | 2007-06-11 22:49 | 想い・鑑賞・読書メモ
b0106921_22543628.jpg★1984年13歳のはにかんだ少女シャルロットは、カトリーヌ・ドヌーヴの娘役として映画デビュー(『残火』)した。早くもこの稀有な存在は注目され、1986年の『なまいきシャルロット』でセザール賞(フランスのアカデミー賞のような大きな映画賞)の有望若手女優賞に輝いた。同じ年に『シャルロット・フォー・エヴァー』発売。まだ父セルジュ・ゲンスブール(セルジュ・ゲンズブール)は健在の頃。セルジュは溺愛していたのだろう!我が命の残りと愛娘シャルロットの貴重な少女期を映像と音楽共に残している。流石のセルジュ!ナボコフのロリータを愛していたお方なので百も承知なのだ。少女の儚い刻を。賛否両論が巻き起こったようだった。セルジュはご自分のアルバムと映画の中で実の娘との近親相姦を描いたのだから。

か細く消え入りそうな小鳥の囀りのようなお声のシャルロット。いかにも内向的な少女だと分かる。でも、音楽や映画は生まれた時から周りにあったもの。自然と身に付いたものがあるのだろう。インタビュー嫌いで有名。『なまいきシャルロット』の主演デビュー作のタイトルのイメージが先行したのか、そんなシャルロットをなまいきな少女だと勝手な思い込みをされていた方も多かったようだ。親の七光りはもう既に軽く超えていると思う。女優シャルロットは母ジェーン・バーキンよりも遥かにアクトレスとしての静かな存在感に満ちている、そしてまだまだこの先が楽しみで仕方のない女優さまのお一人。ジェーン・バーキンは歌手としての方が個人的にはより好きなように感じている。

ジェーンは高校生の頃から好きだった。そしてセルジュ。そしてシャルロットのデビュー!気にならないはずは無い。でも、既に大人の入り口にいた私の戸惑いは暫く続いていた。そんな私の前に現れた”聖少女”♪そして、可愛いシャルロットのはにかんだ表情を見ては戻りたいと思ったりもした(馬鹿なことだと、病的だと忠告されたこともある)...。そんなシャルロットは今もとっても大好き!2児の母親になって、主役や脇役、フランス映画に留まらず国際女優としてゆっくり歩んでいるようだ。気負いも感じられず、とても自然な感じで美しくなってゆく。すっかり長身で手足が長くスレンダーな美しさ。へヴィー・スモーカーはお父様譲りのよう。笑ったお顔はさらに似ていて嬉しくなる。お母様とお父様の素敵な部分をいっぱい受け継いだようなシャルロット(贔屓目たっぷり!)が大好き☆
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by claranomori | 2007-06-08 21:52 | 少女イコン・不滅の少女
b0106921_1843234.jpg★私のこれまでって、ほとんど全てに於いて感覚、”これはっ!”といった直感的なものばかりの連続だと、こうして色々綴っていると再認識する。ところが、それらの多くは大当たり!なのだから良しと自己フォローしておこう。このリオちゃんにしても、日本盤のLPを近くのレコード屋さんの新作コーナーで見つけたのが出会い。もう、買うしかないと即買い。そして、今日までずっと忘れた頃に届けられるようになった新作や、女優さまとしても活動されているので出演していると知るとそれらの映画も観てしまう。もう20数年も前のあの日から年月の経過を感じるけれど、大したことはない。これからも積み重ねていくだけのこと。今現在も、興味を失せることのないリオちゃんの魅力って凄いと思う!

ポルトガル生まれのベルギー育ち、フランスで大ブレイク!キュートなルックスとロリータ・ヴォイス、初期はテレックス(マルク・ムーランとルー・デプリックだったかな)が曲を提供と、とっても可愛いエレポップ、テクノポップなサウンドだった。"ラテン娘の人生を楽しむのよ!"パワーは笑顔や生き様をみても感じられるもの。パンク少女がそのまま大人になったようなお方で伝説のライヴの逸話もあるけれど、”パンク”とは音楽のジャンルに留まらずその人の生き様にも形容可能だと思う。16歳でレコード・デビューした、80年代のフレンチポップス界の可愛いロリータ・アイドルのリオとは、大人になってもそんなイメージの私。ファッションも突飛な過激さを伴うキュートなものが多いし、時にドキリとするメイクや出で立ちも数多い。なので、楽しい!おしとやかでお行儀の良い可憐な少女も大好きながら、こういう少女の魅力も愛惜する私です♪

※2007年6月に書いた(閉鎖したブログ)ものです。
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by claranomori | 2007-06-05 18:18 | 私的少女音楽★愛しき歌姫