あまりにも私的な少女幻想、あるいは束の間の光の雫。少女少年・映画・音楽・文学・絵画・神話・妖精たちとの美しきロマンの旅路♪


by chouchou
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カテゴリ:美学と芸術哲学の断章( 2 )

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セットの扉は、いつも開け放っておきなさい。
扉の向こうをだれが通り過ぎるかわからないし、扉を抜けてだれがセットに入ってくるかもわからない。
それが映ると、リアリティが出るのだよ。

~ ジャン・ルノワール ~

そして、批評家であり翻訳家である柴山幹郎氏の「映画は監督で回っている」というコラムで綴られていた言葉にも頷きながら拝読。ベルナルド・ベルトルッチ監督の、あの『ラストタンゴ・イン・パリ』(1972年)のいくつかの場面が蘇るかのようです。哀切な初老の男性を演じた名優マーロン・ブランドと不思議な小悪魔的な魅力を湛えたまだお若き日のマリア・シュナイダー。

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説得力のある助言だ。この言葉を、ベルトルッチは映画作りの憲法にしてきたのだろう。実際、彼は広大な空間の派手なドラマを好む一方、小さな扉や窓の向こう側でうごめく意外な細部も描き出す。人の土地も光も影も、彼の映画では思いがけない変化を見せる。
~ 柴山幹郎 ~

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★ジャン・ルノワール監督は、印象派画家のピエール=オーギュスト・ルノワールの息子でもある。また、美の巨匠というと欠かせないルキノ・ヴィスコンティもまた、お若き日にジャン・ルノワールの助監督を務めていたのでした。継承されゆく美意識。こうした美の系譜から生み出された数多くの作品が、作者の手から離れて世界中の受け手へと届く。その中の一人に私もいるのだろう、などと想うととても嬉しいものです。芸術は美的であることによって、概念的支配を批判することもでき、デヴィッド・ボウイが問いかけたリアリティ。美が仮象の現象であるのならば、現実存在を超越するという主体。美こそすべて!
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by claranomori | 2012-10-04 11:56 | 美学と芸術哲学の断章
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芸術作品の本質とは、外界に対していささかの繋がりをも必要とせず、その糸の一本一本を再びその中心点に向って紡ぎ返しつつ、それ自体で以て一つの全体であるということである。 作品はそれだけより深く、またより完全に我々の内へと入ってくる。

だいたいにおいて、人間には救いがない。それゆえに、人間は慰めという素晴らしい範疇を形成してきたのである。― 人間は、ただ人々が慰める目的で彼に語る言葉だけから慰めを得るのではなく、世界の多種多様な所与からもそれを引き出すのである。
- ゲオルク・ジンメル -


●ゲオルク・ジンメル(Georg Simmel:1858年3月1日~1918年9月26日)は、ドイツ、ベルリン出身の哲学者、社会学者である。ジムメルと表記されることもある。19世紀末から20世紀初頭の社会学者のお一人。彼の哲学は、ニーチェ、ショーペンハウエルと共通点をもつ生の哲学だが、大学の世界で薫陶を受けているため、それをカント以来のドイツ観念論の系譜で一般的な用語法を持って語るという、なかなかユニークなもの。

「断章」などにも本人が書いているように、知的遺産の後継者には恵まれなかったが、彼の思想は彼の提唱する形式社会学に結実した。形式社会学に含まれるその考え方はアメリカにわたり、社会学のシカゴ学派、そしてシンボリック相互作用論に大きな影響を与え、定性的研究の源流のひとつとも言われるようになった。また、近年では、ドゥルーズ、ガタリ以降の生気論再評価の文脈で、社会化以前の生を捉えようとする後期ジンメルの論が新たに注目されている。(引用・参照:wikipediaより)


★台風接近だと尖閣に中国も台湾の船も近づけないですね。でも災害にはご注意ください。大好きな季節の秋です。去年の今頃はまだ暑くて秋がなくて一気に冬になったのでした。1000年に一度という大震災と原発事故も経験しました。郷里を後にしなければならなくなった人たち。復旧どころか、まだ東北の震災瓦礫はそのままの場所も。絆とかオールジャパンなどという空々しい言葉に涙した日が嘘のようです。今日は、日中国交正常化40周年という日ながら、正常化していない現実も露わ。個人的友好と国家間では異なるのですから困ったものですね...。

私は10数年前から「BRIGITTE フレンチ・女性ヴォーカル友の会」という音楽を主としたサークル活動をのんびり続けているのですが、そこには映画や文学、殊に少女愛惜というテーマがあります。広義のアート、芸術、それも私なりの美をもとめての探求のような作業でもあります。暫く、外に向けてのイベントをしていなかったのですが、今後、定期的に『サロン・ド・ヴェルヴェット~美と芸術を愛する友の会』として冊子制作も並行して再開してゆきたいと思います。

これまでの「BRIGITTE フレンチ・女性ヴォーカル友の会」の発展形として、「美」をさらに優先しながら、政治や哲学的な思想なども加えてのもの。世界を見つめながら、日本を考えることも。護るべきものは保守しなくてはならず、けれどイデオロギーは自由で様々な考えや想いの方がおられる。争論などではなく、対話、会話をする場でありたいです。冊子はイベントにご参加くださる方々には配布させて頂きます。ご予約を頂きましたお方にはセレクトCDもございます。遠方のお方やご都合でお越し頂けないけれど、冊子はほしい、とおっしゃって頂けるお方はご連絡ください。冊子は送付させて頂きます。また随時お知らせいたします。どうぞ、今後ともよろしくお願いいたします。この「美学と芸術哲学の断章」は読書や鑑賞からの覚え書きですが、忘れて行くので此方にメモしておこうと想います♪
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by claranomori | 2012-09-29 06:44 | 美学と芸術哲学の断章