あまりにも私的な少女幻想、あるいは束の間の光の雫。少女少年・映画・音楽・文学・絵画・神話・妖精たちとの美しきロマンの旅路♪


by chouchou
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カテゴリ:耽美派少女の愛した音楽( 40 )

60年代以来、我が国でも熱狂的なファンを育ててきたフレンチ・ポップ。その勃興期から、70年代~2000年代以降までを幅広く見渡した本格的なディスク・ガイドがいよいよ登場!! 

書籍
~ ディスク・コレクション ~
『フレンチ・ポップ』
監修:佐藤篁之
A5判/192頁/本体価格2,200円+税
12月下旬発売予定が1月31日発売になりました。
出版社:シンコーミュージック
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時代を作ったトップ・スター達を筆頭に、ロリータ・ポップ、フォーク、ディスコ、テクノ・ポップなど、多岐にわたるスタイルを網羅。また、「リテレール(詩的)」「レアリスト(現実派)」「サンティマン(感傷派)」「ファンテジスト(夢想的)」「アーティスティック(感覚的)」「アヴァンセ(新規・革新)」といった傾向別の項目を設け、各人の魅力をわかりやすく掘り下げていきます。

掲載アーティストの一部:シルヴィ・バルタン/フランソワーズ・アルディ/フランス・ギャル/ミッシェル・ポルナレフ/セルジュ・ゲンスブール/ジェーン・バーキン/ジョニー・アリディ/クロード・フランソワ/ジャック・デュトロン/ルノー/ピエール・バルー/レ・リタ・ミツコ/ブリジット・フォンテーヌ 他

★全ページ・カラーで合計500枚のアルバムが掲載されています。
まだ完成したものを拝見していないのですが、
ライターの先輩方が選ばれた作品や紹介文もとっても楽しみです。

若輩者の私CHOUCHOUも1/4程担当させて頂きました。
好きで聴き続けて来て良かったとご縁に感謝しております。
この喜ばしき機会に恵まれ、多くの発見がありました。
日々、学びを痛感しながら、好きな世界をこれからも私なりに追求してゆきたいと思います。

2015年の2月、3月とVelvet Moon関連のイベントもございます。
決定次第、詳細等を随時お知らせさせて頂きます。

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『フレンチ・ポップス愛好館』 を始めましたので、お気軽にコメントなど頂けると嬉しいです。夏から初秋にかけ、原稿に取り組んでおりましたので、更新が進んでおりませんでしたが、ようやく落ち着きました。これからは此方の『クララの森・少女愛惜』を主軸にしながら、『フレンチ・ポップ愛好館』では、好きなフランスの音楽のこと(フレンチ絡みのボウイのことなども交え)気ままに綴ってゆきたいと思います。

今年も間もなく終わり新年を迎えます。
☆今後とも、どうぞよろしくお願いいたします☆

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by Claranomori | 2014-12-29 17:57 | 耽美派少女の愛した音楽たち
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 今日の早朝、ルー・リードが71歳で逝去、というニュースに心がざわめく。いつもの如く、直ぐにピンと来ない。驚いたのだけれど、またじわじわと悲しみが込み上げて来るのだろうか?と。そして、レコード棚に向い、ルー・リードの『ブルー・マスク』をターンテーブルに乗せ針を下す。その辺りくらいか、涙が溢れ今も泣き止んでは泣いている。10代の多感な時期に出会えた愛しき音楽たち。そんなミュージシャンやアーティストが亡くなってゆく。私もあれから30年以上という歳を重ね続けているのだから不思議ではない。ルー・リードは今年の5月に肝臓移植の手術を受け、闘病生活。再びライヴの予定も入っていたけれどキャンセルされた。奥様のローリー・アンダーソンは「かなり深刻な状態」とおっしゃっていた...。

 ヴェルヴェット・アンダーグラウンド!今では普通にCDが買えるけれど、私が10代の折はレコード屋さんに行っても無かったのです。私は「ヴェルヴェット・アンダーグラウンド」よりも先に「ルー・リード」や「ニコ」のソロ・アルバムを買い聴き始めました。きっかけはデヴィッド・ボウイ。私に限らず、ルーの影響を受けた次世代、また次の世代のミュージシャンたちはこの後も継承されてゆくのでしょう。世界的にまだルー・リードの名は有名では無かった70年代初頭。この優れたソングライターであり、ロック詩人をイギリスで紹介したのはボウイです。ボウイは、米国と英国のロックの橋渡し役を果たした事にもなります。イギ―・ポップの存在も同様に。
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 取り留めなく綴っています。今日は想いを綴っておきたいもので。何故、涙が溢れるのだろう、と考えてみる。タイムスリップするのです。いとも簡単に、あの頃に。あの学校の教室や廊下から眺めていた裏庭...色々と懐かしい風景に再会する。ずっと音楽が大好きで聴いているけれど、あの頃の、レコードを買うことが楽しくて、帰りの自転車での道のりのわくわくする気持ち。一目散に部屋に戻りプレーヤーにレコードを乗せる、あの瞬間の喜びは、その後、今の感動とも少し違う気がするのです。こうして、あの頃の私に思いがけず再会する度に、懐かしさと共に、何か寂しさのようなものも...。

 あの頃持っていたボウイのレコードは、所謂「ベルリン三部作」や、初めて映画館で観たドイツ映画の『クリスチーネ・F』のサントラなど数枚だけ。名盤!名盤!と音楽雑誌の記事で目にして来た『ジギー・スターダスト』はまだ買えずにいた。中古盤屋さんなど知らず、自転車で行けるレコード屋さんは日本盤がメイン。片隅に輸入盤のコーナーがあるのだけれど、毎月お小遣いをもらってはボウイのコーナーに一目散!でも、コーナーにあるレコードは変わっていない。次第に店長さんと会話するようになり、まだ聴けないでいる『ジギー・スターダスト』と双璧を成す、と記事に書かれていたルー・リードの『ベルリン』のレコードを尋ねた。「ああ、廃盤ですね。」って。音楽雑誌に「デビッド・ボウイー」という固有名詞を見つけたら、もう一言でも嬉しくてその文章を好きになっていた。そんな中、ボウイがルー・リードのプロデュースをした『トランスフォーマー』というアルバムの事を知る。すっかり行きつけのレコード屋さんになっていた私は、メモを店長さんに渡したりして探して頂く事も増えた頃。「ちょっと待ってくださいね。」と調べてくださる。「ルー・リード」というコーナーが無いので、私は何処かにあるのかも?と期待しながら。でもやはり、「廃盤ですね。」って。そんなお返事を幾度も頂いた。

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 けれど、その後結構直ぐにRCA盤の再発があり、ルー・リードの『トランスフォーマー』と『ベルリン』を買うことが出来た。『トランスフォーマー』ではボウイとの共作もあり、ボウイのバック・ヴォーカルも聴けるので、お気に入りのアルバムに。どんよりとした退廃的なベルリンの町を思い浮かべながら『ベルリン』を聴くうちに、物悲しき美しさを溺愛するようになって行った。映画が小学生の頃から好きだったので、音楽を聴きながら異国に思いを馳せる中で、乏しい知識ながらも浮かぶ景色があったのだと想う。そうして一途に耽美派ロック的な音楽に傾倒して行った。

 愛しき音楽たちに感謝!ありがとう、ルー!さようなら、って一応想うけれど、さようなら、ではない。だって、これからもずっとルー・リードの音楽を聴くだろうから。ただ、新作はもう聴けない。来日も無い。でも、二度ライヴを拝見できた。あの一曲一曲が心に突き刺さり、あのギターの音が心臓に悪いくらいに響く、あの感動は忘れない。今も「ニコ」は生きているような気がするのですが、きっと、ルーのことも、そんな風に想いながら、これからも生きてゆくのだと想えます。私の大切な心の住人たちなので☆
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★ルー・リードの初期大名曲の「Rock and Roll」!
もうお一人のギターはロバート・クイン(元リチャード・ヘル&ザ・ヴォイドイズ)です♪


★ボウイの究極のロックンロールはヴェルヴェット・アンダーグラウンドの「White Light/White Heat」だそうです。ボウイの50歳のバースデー・ライヴでの「キング・オブ・ニューヨーク」(ボウイ曰く)!ルー・リードとの共演ヴァージョンの「I'm Waiting For The Man」です♪


★ルー・リードの名曲は沢山ありますが、ボウイ繋がりの大名曲「Satellite of Love」も♪

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by claranomori | 2013-10-28 21:40 | 耽美派少女の愛した音楽たち
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 モッズ・アイコンあるいはモッズ・ファーザーとも呼ばれるポール・ウェラー(PAUL WELLER)はザ・ジャム(THE JAM)の頃から今も大好き。熱狂的なファンの方々には恐縮ながら、少女時代の私がまたしても動く映像から知り得たお方です。所謂ポスト・パンクとかニュー・ウェイヴという時代で、ザ・ジャムも後追い。最初に買ったのはラスト・アルバムとなってしまった『ザ・ギフト』でした。

 ザ・ジャム(THE JAM)という名は音楽雑誌の「パンク」という括りでもよく登場していたので名前は知っていた。思えば、小学生の頃、「今、ロンドンでは」とか「パンクファッションが大流行」というような記事を目にしていた。ストリートを歩くパンクファッションに身を包んだ人々が載っていた。けれど、私は特に感化されることもなく漠然としたイメージだけが残っていた。少女マンガの中の美少年や美少女、郷ひろみの方が断然「美しい!」存在でした。その時の私が中学生や高校生ならもっと違ったかもしれないけれど。

 そんな私がデヴィッド・ボウイという存在を知り、「この世の者とは思えない美!」を動くお姿に感じたことから一気に、瞬く間に洋楽へと傾倒してゆく。次第に多感な年頃にもなり体調を崩したりと帰宅組になって行った頃。多分、「パンク特集」のような紹介の中でのザ・ジャム(THE JAM)であったと想うけれど、それまでのイメージが吹っ飛んでしまった。先にパティ・スミスやリチャード・ヘル、テレヴィジョン等のニューヨーク・パンクが好きだったけれど、彼らとも違う。スーツとネクタイ姿の3人。ヴォーカル&ギターは若き日の10代のポール・ウェラー(PAUL WELLER)!「これがジャムなんだ!!」っと画面に釘付けとなる。スリムな体型でカッコイイのでした。また、お顔も実に美形であるので、私はその日から「ポール・ウェラー」のファンとなったように想います。どんなギターをお持ちでどんな音楽を作られても、ポール・ウェラーの作品なので気になるという存在。実にミーハーなのですが、私の心が躍るのだから理屈などどうでもよいと想う。

 私は白人音楽で育ったと想う。今も店主に比べてブラック・ミュージックの知識も希薄。「モータウン」という音楽を聴いてみようと想ったのはポール・ウェラーが影響を受けたと聞いて。カーティス・メイフィールドのアルバムを聴き感動できたのもポール・ウェラー経由のこと。ポール・ウェラーに興味を持てずに居たなら、今も聴いたことはなかったかもしれない。ボウイやルキノ・ヴィスコンティや耽美好きの私がポール・ウェラーに熱を上げる様を友人に「理解できない...」と云われた。きっとポール・ウェラーの「熱さ」のようなもの、基本にあるブラック・ミュージック的なものを強く感じ取られるからだろうと想った。けれど、ボウイだってルーツにはブラック・ミュージックは欠かせないけれど。私はボウイやポール・ウェラーが影響を受け、吸収して作られてゆく作品たちが好きなのであり、何よりも容姿が美しいことが私には大きなことでした。なので、「理解できない」と云われても上手く説明することすら出来ずにただ「カッコいいから♪」って、トキメクことしかできないのでした。

 「好きだ!」と想うことに音楽理論など無くても良いし、追求したければする。「カッコいいことは時にカッコ悪く、また、カッコ悪いことが時にカッコいい!」ことだってある。その感じ方は人それぞれだろうし。「好きだ!」と想うことを安易なイメージのみで否定された時ほど悲しいことはない。伝わらないから口籠ってしまう自分も情けないけれど。私は知らないことは知らないし、好きなことは好きを突き進むだけ。薀蓄は後から自然と付いて来るので、そうしたことを含めて日々発見と学びの連続です。
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 ●追記●
 多感な時期に出会った音楽たちに心から感謝しています。30年以上もずっと好きでいられる音楽たちがあること。また、今では動画も色々拝見出来る時代になり、遭遇してはドキドキ、きゃあ!って心ときめくのです。ポール・ウェラーという存在や音楽は、「耽美派ロック」ではないのですが、10代の私がザ・ジャムやザ・クラッシュの姿から何かを感じたのだと想えます。社会に対するメッセージ、彼等の主張が曲の中にあり、あの真っ直ぐな真摯な姿、眼差しに魅了されたのです。なので、次第に好きなものたちと社会や様々な思想が繋がり合いながら、今、私はどう感じ、どう想うのか、と。洋楽は英国が入口。英国と云えば、子供の頃、百科事典の世界の国旗がカラーで載っているページを眺めては、「ユニオンジャック」が一際カッコよく想えたものです。勿論、日の丸のシンプルな美しさをも痛感しているのですが。ザ・ジャムのライヴ、衣裳などでもユニオンジャックをよく目にしたものです。

 英国には労働者階級、中産階級、上流階級とあります(日本も次第に格差社会になっている気がして憂います)。政治思想も右派左派あれど、祖国を愛するという点では同じ想い。当たり前のことだと想います。どうも日本は直ぐに二項対立思考になりがちで変です。多様な意見や思想があって当然なので主張し語り合えば良いと想います。どこのお国の方でも、自国を誇りに想って当然。そして、異国の文化や歴史を尊ぶ。多文化交流は素晴らしい。けれど、反日教育をするお国が隣国という悲しさ。隣国との関係も複雑化しています。領土、原発、TPP、移民問題も気になりますが、感情的に陥らずに私はどう想うか、と、日本の大事な諸問題を受け止めながら日々を過ごしてゆきたいと想います。敢えて云うこともないのですが、「私の愛する世界」には「愛しき日本」もあることを幸せに想います☆

★初めて観た映像はポール・ウェラーが高くジャンプするライヴだったのですがファッションは似ています。1977年のジャム(THE JAM)の名曲「IN THE CITY」です♪


★心ときめくポール・ウェラーのお若き頃のお姿!「Going Underground」も♪

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by claranomori | 2013-10-25 21:05 | 耽美派少女の愛した音楽たち
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★ピーター・アシュワース(PETER ASHWORTH)は英国の写真家でデザイナー。生年月日は不詳ですが、80年代のNewWave系、殊に耽美派ロック系のアーティストとの交流、作品も多く手掛けています。私が最初に印象強く気に入ったアルバム・ジャケットは、ユーリズミックスのコニ―・プランクがプロデュースした1stアルバムでした。ヴィサージも今も好きです。マーク・アーモンド(マーク&ザ・マンバス)やガジェッツの作品等ではミュージシャンとしても参加されていたそうです。


☆麗人!アニーがお美しい!Eurythmics - Never Gonna Cry Again☆

一番の上のお写真はプリミティヴズの3rdアルバムなのですが、このジャケットも大好きです!キュートなトレイシー嬢が髪をブロンドに戻し、真っ赤な薔薇のお花の中に埋まっていて綺麗なので。どの作品も鮮やかな独特の色使いです。上からプリミティヴズ、ユーリズミックス、ビル・ネルソン、モリッシーです。モリッシーはオスカー・ワイルドの御本に囲まれています。この噎せ返るような世界!好き嫌いの別れそうな感覚ですが、私はジャン・ジュネの文学を知った折の印象を強烈に憶えていて、やはり好きな世界の一つのようです。

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by claranomori | 2013-08-06 23:05 | 耽美派少女の愛した音楽たち
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★ペニー・スミス(Pennie Smith:1949年生まれ)はイギリスはロンドン出身の女性写真家。詳しくは知らないのですが、私は音楽雑誌のザ・クラッシュやパティ・スミスなどのグラビアで惹きつけられ、この写真家の名を覚えるようになりました。アルバム・ジャケット等も多数手掛けておられ、70年代後半のあの英国でのパンク旋風、ミュージシャンをモノクロームな世界に刻み残された。それ以降現在もご健在です。ザ・クラッシュ、各メンバーのお写真は多数撮られています。昨日、・ザ・クラッシュの『ロンドン・コーリング』のジャケットの思い出を少し作業の合間に日記に記しました。その余韻が今朝も残っているもので、此方にもペニー・スミスの撮ったお気に入りのお写真を数枚掲載させて頂こうと思います。上から、パティ・スミス、デビー・ハリー(デボラ・ハリー)、ジョー・ストラマー、ザ・クラッシュです。その当時を知らないけれど、あの時代に想いを馳せることはできる気がします♪
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by claranomori | 2013-05-11 08:19 | 耽美派少女の愛した音楽たち
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★『愛煙家へのレクイエム』(requiem pour un fumeur)というセルジュ・ゲンスブール(セルジュ・ゲンズブール)の短編ドキュメンタリー映画が日本未公開作品ながらあります。監督はフレデリック・ソジェールで1991年製作なので、セルジュ・ゲンスブールの最晩年の出演作品の一つとも云えます。

先日の新聞で日本での喫煙者が20%を割ったというデータを拝見しました。私はまったく煙草を吸わないのですが、どうしたわけか、この世界的禁煙ムードの折でもなお、身近の友人たちに喫煙者は結構多いのです。それもどう見ても「愛煙家」としか想えない友人が確実に数人は居ます。いくら煙草の価格が上がっても何とか彼らなりに工夫して愛煙家としての道を歩んでいるようなのです。なかなか興味深いことです。また、「嫌煙家」というお方も多く存在するようですが、私の友人は寛容な人が多いのでそんな人はいないのですが、この「嫌煙家」というお方もまた興味深いです。かのヒットラーは「嫌煙家」として有名ですが、世界で初めて禁煙運動を始めたお方でもあるそうです。過度のクリーンなる風潮はちょっと危険でもあると感じています。ポイ捨てなどは良くないと想いますが、愛煙家の美学もあるのだと想えます。

煙草を持つ姿は幾つもの映画のシーンが浮かびます。愛煙家でもなく嫌煙家でもない私は鑑賞する対象として、煙草を吸う方々の姿を眺めるのが好きだとも云えます。「愛煙家」と云えば、セルジュ・ゲンスブールが真っ先に蘇るもので、今日はこの『愛煙家へのレクイエム』という7分程の短編映画のことをと想った次第です。肩身の狭い想いをされている愛煙家たち、そして生涯ジタンを放さず煙草を愛したセルジュ・ゲンスブールに捧げられた作品でもあります。

★セルジュ人形も登場します♪


※「クララの森・少女愛惜」を始めてずっと同じデザインのものをエキサイト様のスキンからお借りして来ましたが、初めて違うものに変えてみました。また元に戻すかもしれませんが、本文の幅が少し広くなったことと、夜桜とガルボというデザイン名が気に入ったもので♪
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by claranomori | 2012-02-08 15:58 | 耽美派少女の愛した音楽たち
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『DAVID BOWIE & BING CROSBY / PEACE ON EARTH ~ LITTLE DRUMMER BOY』

★メリー・クリスマス!今年は大変な年でした。まだ年末年始に何が起こるか分からないというのは日本に限らず世界中のことのようです。でも、クリスマスというのは子供の頃からとても楽しみにしていた日でした。幼き日には枕元に靴下を置いたりして、本当にサンタのおじさんが贈物を届けてくださるのだと思っていました。次第に、そのサンタさんはお父さんやお母さんであると判明してゆくのでした。なんだか懐かしい心象風景が蘇る日でもあります。

今日は久しぶりに我が永遠のカリスマ!デヴィッド・ボウイさまにご登場願うことに。それも、ボウイからしても大先輩の御大ビング・クロスビーとの歴史的デュエット曲で。1977年の『BING CROSBY'S MERRIE OLDE CHRISTMAS』というテレビ番組で実現した夢の共演なのです。『ピース・オン・アース(PEACE ON EARTH)/リトル・ドラマー・ボーイ(LITTLE DRUMMER BOY)』と題されたシングル盤も発売されていました。ビング・クロスビーのお亡くなりになる少し前の貴重な映像であること、そしてボウイはベルリン3部作時代の頃でカッコイイです(いつもですが)。ボウイの高音のヴォーカルとビング・クロスビーの渋い低音が織り成すハーモニーはやはり幾度聴いても素敵です。ポップス界の世代を超えたこのデュエットは、正しく歴史的デュエットだと想います。この番組の視聴者席の少年少女たちもみんな愛らしいです♪



少年は静かにドラムを叩き始めた。
生まれ来たりしイエス・キリストに捧げるために・・・

★『リトル・ドラマー・ボーイ』は、キリスト生誕をお祝いするクリスマス・ソングとして有名な曲の一つで、貧しい少年がキリストさまに何か捧げものをしたいけれど、お金がないので、ドラムの音色、音楽で捧げるというじ~んと来るお話です。こんな少年少女たちが大好きです。元々はスイス民謡由来の曲ですが、1958年のハリー・シメオン・コーラル(合唱団)のヒットより、今も多くの人々が歌い継ぐ有名なクリスマス・ソングとなっています。
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by claranomori | 2011-12-25 04:12 | 耽美派少女の愛した音楽たち
華麗なる屈折美学
追憶の80年代・音楽編


 80年代は私の思春期から青春期という時代。日本はバブルであった。70年代後半から80年代前半にポストパンク或いはニュー・ウェイヴなる旋 風の巻き起こる頃。ヨーロッパの各地、ニューヨークから斬新かつユニークなバンド、アーティストの作品が日本にも入ってきた。関西ローカルのラジ オ、テレビ番組でそれらのバンドの音楽や映像を観る機会も稀にあった。MTVを根気強く観ていると、マニアックなアーティストのPVが流れる事も あり、その為に深夜遅くまでブラウン管を眺めていた。そんな私の洋楽熱がぐんぐん高まる時期で、愛と涙のレコード散財の始まりでもあった。

 日本は高度経済成長を遂げ物資的には豊かになったけれど、精神の豊穣には遂に至らなかったと想う。嫌ながら社会人となるも、多数派に属せない私は所謂“質より量”または“アート至上主義は終わった”と上司が会議で語る中、肩身の狭い全体の中の一人、隅っこの社員のようであった。ゆえに、 自分達の好きな音楽、 アートを求める為に独立することになり、紆余曲折の末、今日のヴェルヴェット・ムーンに至る。一長一短の道程ではないけれど今日もどうにか生きている。

 『ニュー・ウェイヴ』と称されていたムーヴメントは実に個性豊かで愉しい出会いの連続であった。レコードの時代の終焉はバブル崩壊の足音の聞こえる頃であったことも因果な関係に想う。80年代から時を経て、「ニュー・ウェイヴ名作100選」というような特集号が組まれることも多くなり、 CD化も進んでゆ く。けれど、未だに隠れた名作、忘れ去られた作品も多い。そんな微に入り細を穿つ好きな作品を音楽と映画を中心に書かせて頂きたいと想う。
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 データ管理の時代となり、数字には反映されない埋もれた名盤が世界中に存在する。イギリスやアメリカのインディペンデント作品よりも入手し難い東欧にもニュー・ウェイヴ・バンドは存在していた。思い入れの強いバンドの一つにDORIAN GRAYというユーゴスラビア社会主義連邦共和国(現:セルビア・モンテネグロ)のバンドが居た。アルバムは僅か2枚のみで解散。活動期間は1982年から1986年。アルバム『SJAJ U TAMI』は1983年の1st作品である。予備知識ゼロで「ドリアン・グレイ」というバンド名のみで躊躇なく購入。理由な安易でオスカー・ワイルド好きであることと、漠とした予感としてのアートロック感を期待して。見事に感覚の勝利であったと自負する。

 ヴォーカルとギター担当のマッシモ・サヴィッチの歌声、彼らの楽曲から連想されるのは、デヴィッド・ボウイ、デヴィッド・シルビアン(ジャパン)或いは ニュー・ロマンティックの芳香であり、ヨーロピアン・デカダンである。タイトル曲『SJAJ U TAMI』は、ウォーカー・ブラザーズの『太陽はもう輝かない(The Sun Ain't Gonna Shine Anymore)』のクロアチア語でのカバーでもある。私は80年代に限らず、やはりアートロックが好きで、欧州の歪曲した奇妙な音楽たちを愛好し続けており、ふとこの古いレコードが蘇る。激動のユーゴスラビアの歴史など、当時の蒼い娘が知る由もなかったけれど、時が流れ年を重ねる中でノスタ ルジーと共に新鮮な閃光を放ち続けているようだ。
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 音楽、映画、文学、ファッションは深く共鳴し合う関係で、アートロック、総合芸術家的なデヴィッド・ボウイと、「芸術至上主義宣言」に至るオスカー・ワイルドという奇妙な人生を送った唯美主義者の影響は英国は勿論、世界中に継承され続けている。19世紀のヴィクトリア時代を生きたオスカー・ワイルドと20世紀アートロックの美神のようなデヴィッド・ボウイは私にとって常にキーとなる存在である。ジェンダーを無化した存在の第三の性は重要で、同性愛、トランスジェンダーの壁は80年代に於いても厚く強固であったと想う。ワイルドの分身を垣間見ることの出きる『ドリアン・グレイの肖像』を、ボウイがミック・ジャガーと共に映画化との情報に狂喜乱舞した頃も懐かしい。
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 ユーゴスラビアのドリアン・グレイと同時代に結成され今も活動するスコットランドのニュー・ウェイヴ・バンド、CINDY TALK。彼らの幾つかの作品はCD化されている。英国の『4AD』というレーベルが好きで所謂“レーベル買い”をしていた。コクトー・ツインズやデッ ド・カン・ダンスと共に、このCINDY TALKのヴォーカルのゴードン・シャープも、THIS MOTAL COILのメンバーとして参加していた。当初から中性的な雰囲気は漂っていたが、彼は今では彼女でもある。不思議な事では無い。あのジェネシス・P・オー リッジまで今は女性となっている。彼とも彼女とも呼べる存在、第三の性はオスカー・ワイルドの時代(否、より遥か太古の時代から)から脈々と世界のアートの歴史に不可欠な存在と して刻まれ続けてゆく。

 このゴードン・シャープは10代の頃から音楽活動を開始しており、最初はTHE FREEZE(1976年1981年まで)というパンクバンドのヴォーカルを務めていた。ロキシー・ミュージックのカバー等もしており、パンキッシュながら後のニュー・ロマンティックのムーヴメントとも繋がりながら、ゴードン・シャープはさらなるデカダンを求め、ゴシッ ク色も深めながら動から静の美へと昇華させて行った。ゴードン・シャープもまた美の殉教者の一人なのかもしれない。

★上記の2つは東京発行のフリーペーパーに寄稿させて頂いたものです。
ご予約頂いております方々には年内に送らせて頂きます。部数が少なく、第一回目ということで、ちょっと編集ミスが生じたようで私のコラムに連絡先等が記されておりませんでしたので、ブログに掲載しない予定でしたが記録として残しておこうと思います。次号は来年4月に発行予定だそうです。『華麗なる屈折美学』としてシリーズ化してくださるそうなので、頑張りたいと思います♪
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by claranomori | 2011-12-24 15:15 | 耽美派少女の愛した音楽たち
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★ヴェルナー・ヘルツォーク監督の初めて観た映画は『アギーレ/神の怒り』で1983年。梅田の映画館に貼られていた大きなポスターは衝撃的で異様な力を発しており、引き込まれるかのように。そして、名優かつ怪優と謳われたクラウス・キンスキーにも圧倒された。そして、その映画と一体化していた音楽を担当していたのはポポル・ヴーだった。ジャーマン・ロックはタンジェリン・ドリームが好きで聴き始めていた頃のこと。

そして、ポポル・ヴーの音楽にも傾倒してゆき、1984年頃に発売されたキングレコードの日本盤『ノスフェラトゥ』を購入。フランスの音楽がますます好きになり輸入盤で注文をお願いして取り寄せて頂けるお店で、このフランス盤を見つけた。知識も無いくせに、既にジャケ違いなどが妙に気になるので購入した。当時のフランス盤(ヨーロッパ盤)のレコードはアメリカ盤に比べるとかなり高かったけれど。買ってから気が付いたことながら、収録内容も異なるのでした。日本盤として初めて発売された『ノスフェラトゥ』は『幻日の彼方へ』と題されたテイチク盤だと解説で知る。キング版のB面はかなりオリジナルのドイツ盤及びフランス盤とも楽曲が異なり、未発表曲などを含む内容で日本独自の企画盤的な内容。他にも幾種類かのポポル・ヴーの『ノスフェラトゥ』が存在するようです。
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クラウス・キンスキーが1991年に死去され、ポポル・ヴーのリーダーであったフローリアン・フリッケ(フロリアン・フリッケ)も2001年に死去された。絶妙なトライアングルで描かれていたあの映像美と圧倒的な観る者を惹きつける映画の力!80年代の多感な時期にヘルツォーク映画に出合え、ポポル・ヴ―という至高のバンドの音楽に出合えたことは忘れえぬ心の宝石のように想えます。



ポポル・ヴー:POPOL VUH
●代表作● (サントラ)

キンスキー、我が最愛の敵 (1999)  
コブラ・ヴェルデ (1988)  
フィツカラルド (1982)  
ノスフェラトゥ (1978)  
ガラスの心 (1976)  
アギーレ / 神の怒り (1972)

※上記の作品はすべてヴェルナー・ヘルツォーク監督映画です。
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by claranomori | 2011-08-14 20:52 | 耽美派少女の愛した音楽
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★追悼!ミック・カーンよ、永遠に美しく!★

★ミック・カーン(Mick Karn)、本名アンソニー・ミカエリデス(Anthony Michaelides:1958年7月24日~2011年1月4日)の訃報で年始から風邪の私はかなりの打撃!けれど、まだ信じられないので実感が伴わない。そして、まったく追悼の気持ちすら追いつかないというのが本音です。ジャパン(JAPAN)との出会いはボウイやケイト・ブッシュとの出会いと近い頃なので中学生。私が洋楽に夢中になり始めた頃から好きだった思い入れの強いバンド。ジャパンのメンバーの中で最も好きだったのはミック・カーンであった。1982年のジャパン解散後のソロ活動、彫刻の腕前も凄いお方。同じくバウハウス(BAUHAUS)を解散したフロントマンのピーター・マーフィーとのユニットであるダリズ・カー(DALI'S CAR)。ウルトラヴォックスのミッジ・ユーロとのコラボレーション(MIDGE URE & MICK KARN)。ジャパンのメンバでのレイン・トゥリー・クロウ(RAIN TREE CROW)他の活動は、好きなアーティストたちとの繋がりもあり私なりに追っていた。けれど、まだまだ聴き続けなくてはいけないアーティストのお一人なので、こんなに早い死が悔やまれます。ご冥福をお祈りいたします。
元ジャパンのベース奏者、ミック・カーンが死去

昨年自ら肺ガンであることを公表していた元ジャパンのベース奏者、ミック・カーンが1月4日、ロンドンの自宅で亡くなったことがオフィシャル・サイトで発表された。52歳だった。

1月4日ロンドン・チェルシーの自宅で家族や縁の人たちに囲まれ息を引き取ったというカーンは、昨年6月に自らがガンであることを発表し、その後、闘病生活を送っていた。

70年代半ばにデヴィッド・シルヴィアン、スティーヴ・ジャンセンらとジャパンを結成。グラムロックを継承した化粧など奇抜なファッションは日本でもアイドル的人気を博し、特にヴィジュアル系ロックにファッション面で大きな影響を与えた。また後期の『孤独な影』や『錻力の太鼓』はロックに史に残る傑作とされている。

カーンのフレットレス・ベースを使用したオリジナリティ溢れるベース・サウンドは、ジャパン解散後もスタジオミュージシャンとして数多くの大物ミュージシャンに愛され、数多くの作品に関わった。また坂本龍一など日本のミュージシャンとの共演も数多く残したことも知られ、ビビアン・スー、土屋昌巳、佐久間正英、屋敷豪太らとユニットThe d.e.pを結成したことでも知られている。

リッスンジャパン 1月5日(水)13時1分配信 より引用させて頂きました。

JAPAN/QUIET LIFE
ジャパンの大好きな曲です!赤い髪で眉の無い妖しく美しいミック・カーン

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by claranomori | 2011-01-08 00:37 | 耽美派少女の愛した音楽たち