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カテゴリ:往還する女と少女
2012年 02月 20日
![]() ポール・ギャリコの描く悲哀はいつもやさしい。全編の柔らかな美しさに幾度も涙しました。この装画と挿絵は原マスミでファンタジックに作品を彩ります(新潮文庫)。訳者である矢川澄子は、「この小説『雪のひとひら』の主題はやはり愛のこと、もしくは美と愛との一致するところにあり、その答えは最後の甘美なささやきではありますまいか」と。これは、雪のひとひらが最期のこのときにあたり、幼き日々が蘇り、いままでいつぞ答えられなかった数々の疑問が舞い戻ってくる場面のことで、あたたかな涙と共に心が清められるかのようです。 そんな雪のひとひらの耳に最後に残ったものは、天と空いちめんに玲瓏と響き渡る、懐かしくも優しい言葉だった。老女の喜びと悲しみの一生を終える最後にこの言葉が残る。水の一滴、それは人間にも欠かせないものであり、大地や自然の恩恵を受けて生きている。どんなに小さなものでも、どんなに目立たないものでも、みんな其々の存在理由があり意味のあることなのだと想います。私はまだ人生の途中ですが老境に至るまでに、また最期の折にいったいどのような疑問が舞い戻るのだろう。きっと、雪のひとひらのように、幼き日の想い出が蘇りながらもその答えはないだろう。最後に聞こえる言葉がやさしい響きであれば幸せな人生だったと想えるのだろうか。それならばその為にも苦しみを望む。望まなくともいつもやって来るけれど、それらの苦しみがなければ幸せもないと想って今を生きてゆく。 2012年 01月 14日
★『小鳥たち』はアナイス・ニンの死後、1979年に公刊された作品で、日本では『リトル・バード』(訳:杉崎和子)として富士見書房から1982年に刊行。私が読んだものは新潮社から2003年に刊行されたもの。私はアナイス・ニンの作品というよりも、アナイス・ニンという女性の生涯に興味を抱いているように想います。矢川澄子さんがとても好きなことと、この御本の『小鳥たち』というタイトルに惹かれて購入したものでした。内容は13篇からなるエロチカ。それもどれも切ない。この『小鳥たち』のどの短篇が好きかと尋ねられたなら、どれもあまり好きではない、と答えるでしょう。けれど、アナイス・ニンによる「まえがき」と、矢川澄子の「訳者解説」は大好きなのだ、とも。私は、そういった作家グループのなかで懺悔聴問尼(マザー・コンフェッサー)のような役割であった。ニューヨークでは、なにごとも困難を極め、残酷さもいっそう増す。まるで、ジョルジュ・サンドみたいに世話しなければならぬ大勢の人間と問題を抱えていた。 アナイス・ニン 『小鳥たち』 まえがき 訳:小池一子 このような回想から、アナイス・ニン自身も周りの友人たち、恋人たちも絶望的に貧しかったという時代であることが窺われる。 矢川澄子 『小鳥たち』 訳者解説 ![]() アナイス・ニンは、西欧的・カトリック的な純潔教育の申し子として、内向的かつ閉鎖的な少女時代を過ごしてきた。パリでのヘンリー・ミラーとの邂逅をまって、アナイス・ニンは心身ともにはじめて解放された女性となったという。その後、ニューヨークに戻るも、徹夜で書きお金を稼がなくてはならなかった。匿名で幾つものエロチカ小説を書いた。この『小鳥たち』も大金持ちの老人の楽しみのために書かれたもの。それもお腹ぺこぺこの状態での幻想小説。究極の貧窮など知りもしない私にいったいアナイス・ニンの何が分かるというのだろう。11歳から日記を書き続けた所以とは。「薬と悪」だと云う日記を綴ることで人間の心理を分析すること、研究することで、「詩は不要」と云われても書き続けることが出来たのかもしれない。『小鳥たち』の中の少女たち、女性たちはアナイス・ニンでもあるのだろう。やはり希有なる女性作家である。 2011年 07月 28日
![]() 『ORANGE VELVET LOUNGE★MAMBO CAFE 6周年SPECIAL』7月29日(金)@マンボカフェ 明日7/29(金)は北区の広くゆったりした空間のマンボカフェさんの6周年記念パーティー!当店がオープン時からお世話になっているオレンジ・レコーズの方々とご一緒に。グルーヴあんちゃんが色々細かいことを決めてくださっているのですが、明日のトーク・コーナーのテーマをなんと!”シャルロット・ゲンズブール特集にしましょうか”と多忙な中メールをくださった。きゃあ!と舞い上がる私。即答で了解メール。けれど、それから時間が経つにつれドキドキしています。なので今の想いを。 シャルロットは私にとって「聖少女」のようなお方。まだ映画デビューする前から小さな男の子のような可愛い少女シャルロットのお姿をセルジュやジェーンのお写真と共に眺めていた頃は私もまだ10代だった。けれど月日は思いのほか流れている。シャルロットは今年の7月21日で40歳になられたのだもの!私も残念ながらもう少し年上なのだから不思議だけれど当然のこと。はにかんだ表情や仕草の真面目で内気な可愛いまだあどけない少女シャルロットを想う。私よりもっと大好きなお方もおられるだろう。私はシャルロット・マニアという意識は無くて、ずっと大好きで居られる数少ないアーティストのお一人なのです。音楽デビューも映画デビューも同時代性という中で共感して生きて来たことも光栄です。ゆえに、今はすっかり素敵な美しいシャルロットなのに、いつまでも少女シャルロットが共に在る。また当時の私の蒼い姿も。往還する女と少女。同じ時をシャルロットと生きていられることが本当に嬉しいです!この私の心の支柱としているブログ「クララの森・少女愛惜」の最も心を射られる大切なお方でもあるようです。 少女子役時代のシャルロットや今のシャルロット、その過程のシャルロットの姿を想うのが好き。きっとこの先もずっとずっと素敵なシャルロットに違いない。嬉しいなあ、共に時を刻めるなんて!明日のトーク、上手には無理ですが私の拙い言葉で想うことをお話するのだと思います。綴っていると少し落ち着いて来ました...そういう時はいつも泣いています。涙の効用はカタルシス。私の好きな世界の住人たちはこれまで、こうして幾度も私の心をなだめ、勇気づけてくださる。「少女愛好」という言葉、「少女愛」というイメージ...それらはますます危険なもののようにチェックされる。チェックは大切だと想います。少年少女が大好きな私たちは彼女たちを慈しむのです。危害から守る想いなのに湾曲された先入観や誤解も多い。私の綴ることも時にチェックされているようですが特に問題はないようです。自分の言葉に責任をもって書いているつもりです。何を間違ってか変なコメントを頂くこともありますが、申し訳ございませんが削除させて頂いております。同士、同志のような方々が訪れてくださること、お話ができること、知らないことを教えて頂けること...このブログを始めた折でさえ、時流は危ういものでしたので危惧しての開始でした。でも、今は皆様のお陰で少年少女を中心に、私の心に問いかける美しいものたちと共に、マイペースにですが愉しく更新を続けています。キーボードが打てる限り継続すると想います。気負いは無いのですが時折心痛も伴います。楽しいだけでは少女愛惜はできないことも学びました。なので道のりは長く終わりの無い旅路だと覚悟しています。苦行の末の姿は今の私には皆目想像すらできませんが人生は修行なのですから、ある意味、私の生きるテーマだということなのでしょう☆ More 2010年 04月 09日
![]() ![]() 多発性硬化症という難病がジャッキーを襲う。日に日に思うように動かない身体、聴覚まで薄れていく、その悪化する中での葛藤と苛立ち。そして、エルガーの協奏曲の美しくドラマティックな旋律がさらにシーンを盛り上げるので、息が詰まる程の複雑な感動を受ける。 「何も心配しないでいいのよ。」という言葉。幼い頃二人で海岸で抱き合っていたあの光景は共に永遠のものだったのだろう。最も大切な人、ジャッキーが最期に本当に会いたかったのはヒラリーだったと思う。でも、その直後亡くなってしまう...。 弟と車での帰り道、カーラジオから妹の訃報を知る。その、あのヒラリー、レイチェル・グリフィスの繊細な演技の見事なこと(オーバーアクトではないのでさらに感動が込み上げる)。何度観ても涙に溢れる大好きな作品、心に響き過ぎ苦しいくらいに素晴らしい! 1998年・イギリス映画 監督:アナンド・タッカー 製作:アンドリュー・ペイターソン、ニコラス・ケント 脚本:フランク・コットレル・ボイス 撮影:デヴィッド・ジョンソン 音楽:バーリントン・フェロング 出演:エミリー・ワトソン、レイチェル・グリフィス、ジェームズ・フレイン、デヴィッド・モリシー、チャールズ・ダンス、セリア・イムリー 2009年 11月 23日
★時折思い出す。今はもうご結婚され母親になっているだろう6年間親交のあったお友達のことを。中学と高校の6年間が一緒だった。中学になると違う小学校からもやって来る、そんな中で部活も一緒で仲良くなっていた。けれど、同じクラスになったのは最後の一年、高校三年生の時だけ。同い年なのにどこか大人っぽいクール・ビューティーな少女だった。最終的には同じくらいの身長になったけれど、私は身長が伸びるのが遅くて中学の時は前の方に居た。彼女は後ろの方。もっともお話するのはやはり部活の時間。私達は陸上部で彼女は主に跳躍の専門。私は短距離とハードル。
そうそう!「長距離ランナーの孤独」ではないけれど、陸上部って孤独だといつも感じていた。自己の記録が更新されている期間は短いけれど、その儚き時間を私は太陽光線が苦手なのに夏休みも練習していた。楽しかったのだ。真夏の想い出はそばかすが一気に顔中に増えたこと。みんなのように綺麗に黒くなれず、いつも真っ赤な顔で鼻先の皮膚が醜いと鏡を見ては悲しくなっていたこと。髪も日焼でさらに赤茶色になっていた。でも、日曜日は大会があればみんなで自転車で遠出した。帰りには美味しいコロッケ屋さんに行ったり。その女の子とは400メートル・リレーが同じだった。陸上で唯一のチーム競技。チームでダントツに早い凄い人がいたので彼女が第四走者と決まっていた。その他の三人はその都度記録(タイム)により決定された。私は何故かカーブ(第一走者か第三走者)のタイムが良かったみたいでいつの間にか第一走者と決まっていた。試合の前日はドキドキしてほとんど不眠だった。責任重大なのだ、第一走者って。フライングするともうアウトだし、最後の走者までに少しでもタイムを良くしてバトンを渡してゆく。バトンの受け渡しにタイムのロスが生じるのでその練習も幾度もした。私の個人の競技のどれよりもそのリレーが終るまで緊張していた。一位でメダルを頂いた時の感覚があまり思い出せない。中学の時に大会新記録を4人で出したことがある(すぐに更新されたけれど)。その翌日の朝礼で校長先生が私達の名を挙げ誉めてくださったのだけれど、朝礼は長いとすぐに貧血になり保健室へ向かう私。その顔ぶれは毎回大体同じ。私は運動部の体質ではなかったらしい。 その「スーパー・リッチでクール・ビューティーな少女」は第三走者を担うことが多かった。最後の年までは同じクラスでないので彼女がお昼ご飯をどうしているのか知らなかったのだけれど、試合にゆくとパンなどを一緒に買いにゆくことがあり、その時に驚いたのは、中学生の頃からお財布にお札がいっぱい!私はというと必要最低限のその日のお小遣いを貰っていただけなのでビックリ。学年を上る度に仲良くなっていてようやく高校三年生で同じクラスは嬉しかった。お誕生日とかクリスマスくらいしかケーキを食べることは普通なかったけれど、そのお友達はしょっちゅう食べていると云う。高校にもなれば学食を利用する人が多く、お昼休みに教室に残っているメンバーは決まっていた。ガランとした教室で、私は持参したラジカセと編集したカセットテープをそのメンバーに聴いてもらうことが楽しかった。どんな反応を頂けるかなって。その中にはブライアン・イーノやエルヴィス・コステロを知っている人が居て意気投合したり。彼女は演劇部。私は16歳で腎臓が悪化しドクターストップを受ける。診断書を先生に提出しみんなとお別れした時のことも想い出す。お陰で自由な時間ができた私は学校の図書館を利用することが多くなった。読書をする時間が退部届けと引き換えに与えられたみたい。校舎から見下ろすと中学から一緒に過ごしてきた彼女たちの姿がある。寂しかったな...。でも、その女の子とはクラスが同じなので部活が終ってからも一緒に過ごす約束が多くなった。彼女と私は校区の端と端というくらいにお家が離れていた。彼女達の通学路の近くに私のお家があったもので、制服のまま彼女たちが集まることになって行った。 私は両親によそのお家に遊びに行き門限を過ぎて帰宅すると凄く叱られた(私の10代の門限は夕方の6時だった)。なのに、彼女たちが家に居てくれる分には問題なくて、時には晩ご飯を一緒に過ごすこともあった。なんだか変なのだけれど、お友達と少しでも一緒にいるために、彼女たちのすっかり寄り道の場所に私の家(部屋)が役立っていたようだ。私は早々と私服に着替えて彼女たちがやって来るのを待っていた。そのメンバーに洋楽を聴く人は居なかったので、彼女たちが好きそうな日本の音楽(当時はニューミュージックと呼ばれていた)をエアチェックした専用のテープを用意して。偶に洋楽をかけたりしても反応はなく、ほとんどお喋りしていて耳を傾ける暇もない。「いつもこんな音楽聴いてるの?」とか「普段はこんな格好してるんだ!」とからかわれた。「ロックを聴いていると肌が荒れるんだよ」とか...懐かしい♪ そして、いつもお財布にお金をいっぱい持っているスーパー・リッチなお友達。彼女はいつの間にか、学食ではなく購買部でパンとジュースを買ってガランとしたお昼休みの教室メンバーに加わるようになった。そんな時に初めて知ったこと、その時のことが忘れられない。ポツリと「毎日お弁当で羨ましい...」って、そのクール・ビューティーな少女が云った。ドキっとした。その寂しげな表情と同時に「そうか!」という想い。私は毎日お弁当が嫌でみんなと偶には学食に行きたかった。母に云うと週に一度だけ500円を学食費に頂けることになり、姑息にそのお釣りを貯め翌月のレコード代に充てていた。私のお弁当と彼女のパンを半分ずつ交換することもあった。そうすることを喜んでくれるので。私の家で最も遅くまで居ても良かったのはそのお友達。帰っても外食ばかりだと母の煮物を美味しいと食べてくれていた。母はそのお友達のお母さんと電話でお話していたこともあったので、実は私より現状を知っていたのだろう。一度だけ彼女のお家に行ったことがあるけれど、自転車でも遠くて少ししか居られなかった。お兄さんとお母さんと三人暮らしだと知った。お兄さんは働きながら大学に通っていると。お母さんはお仕事が大変で、お弁当どころか、一緒にご飯を食べることも滅多にないと。なので、小さい頃から一ヶ月の食費としてお金を貰っていたのだった。私はその時、ずっとお金持ちのお嬢さんだという勝手な彼女への浅はかな思い込みが瞬間に散って行くようだった。そして、彼女の表情にいつも何か翳りを感じていた(それを美しいと想っていた)、その訳も理解できた気がした。あまり他のお友達は彼女の翳りに関心がなかったけれど、私はどうしていつでもケーキを食べることが出来るのかを知った。でも、そのケーキもいつも独りぼっちで食べていたのだと。よく連れ立って学校内を歩くようになったのに、進路は異なり卒業しなくてはならない日がやって来た。桜の咲く頃はこうした淋しい想い出ばかり。 私が陸上部だったと云うと驚かれることが多い。今から想うと自分でも信じられない位に練習していた。校庭はいっぱいにみんなで使っていた。野球部のボールが怖くてビクビクしながらキャッチもできず何度か頭に当たって痛かった。ソフトボール部、サッカー部、フェンス越しにテニス部、その奥にバレーボール部、バスケットボール部。反対側の隅に卓球部、演劇部の人たちも発声練習しながら時々ランニングしていた。英語部の人たちは窓からいつも手を振ってくれた。私は顧問の先生によく注意を受けていた。「何のためにスパイクを履いているんだ!?」って。先輩の真後ろに付いて走らされたことがある。スパイクで土を蹴りながら走る正しい姿なのだ。私の真後ろにいてもまったく土がかからないと云われた。自分では分からず結局上手く蹴りながら走ることが出来ずに終ってしまった。手を振ってくれる英語部の友人たちは私のそんなスーっと走る姿が好きだとフォローしてくれたけれど、実際に先生の指摘は正しいのだった。上手く活用していたならもう少しタイムは良くなっていたのだから。県大会のハードルで練習不足故に転倒してしまった。凄く叱られた。準決勝まではいける予定だったのに予選でのこと。そして、その上手く活用できないスパイクの針で足は傷だらけ。かなりサイテイで先生も叱った後は呆れて笑うしかなかった。私は呆然としていた...でも、今では大切な想い出たち♪ ※(追記) 腎臓を十代で患う羽目になったのは自業自得のことだと随分後に身に沁みた。大事な臓器であるのに、私はバカだとしか云いようのないことに、中学高校という時期に校内のおトイレを利用したことがほとんどない。校舎内の云えば秘密の場所。内緒話したり教室では云えない悩み話を聞いたり。そんな為に一緒に利用していた。あるいは、鏡を見て前髪や制服を整えたりする場所だった。また、長年、駅や公共の場のおトイレも抵抗があった。その為に極力水分を摂らないことが普通となっていた。その上、陸上部なので水分はバテることになるのでお砂糖漬けのレモンをお水の代わりに少しずつ食べていた。そんな愚かな時期を情けなく回顧できる歳になっている。そうして、あの頃の私を懐かしい私であるとも。でも、私に違いない。今も完璧に克服できたかは自信はないけれど、醜いと想っていたことが実は美しいことであったり、尊いことであると心から想えるようになった。あるお友達が「偶には太陽に当たるのも大切よ」って仰ってくださった。もう何年か前だけれど、今ようやくそのお言葉の有り難さを感じているところ。人間の日常には滑稽なことも多い。それらの悲喜交々はすべて美しい生きている姿なのだとも。最近、ノスタルジーに浸ることがさらに多くなったのは歳のせいだろう。本当に100歳まで生きられるのだろうか...その為の学びの日々なのだとポジティヴ・シンキングと水分摂取は欠かせない☆ 2009年 04月 28日
![]() ![]() 戦争で先立たれた夫への変わらない愛。薄化粧をし髪を整え、よそ行きのお洋服と靴に着替え、花一輪と蝋燭のともし火、そしてワインを用意する。そして、亡き夫のお写真を前にして語りかけるセーラ。私はリリアン・ギッシュがとても好きなのだけれど、何故好きなのかという答えが必要ではないことを、こういうシーンから得られる。幸せなのだ。”永遠の少女イコンであるリリアン・ギッシュ”の愛らしさ!この90歳を超えたお姿を拝見しても”可愛い~!!”と声に出してしまうくらい。たまらない。このセーラ役もリビー役も適役。ただ年老いた役者というだけではこの情感は表現出来ないと思う。そして、この撮影当時既に癌に侵されていたであろうベティ・デイヴィスの痩せこけたお姿。視力を失って自分の事が自分で出来ない、そんな苛立ちを流石の演技で見せてくれる。すべて自然な感じ。姉の白くなった長い髪を妹が梳くシーン。最後のこの老女優(名女優)お二人が固く手を握って微笑むシーン・・・私は、きっと年を重ねる度に、この人生を静かに謳い上げる名作を味わい続けるのだと思う☆ ![]() 八月の鯨/THE WHALES OF AUGUST 1987年・イギリス映画 監督:リンゼイ・アンダーソン 脚本:デヴィッド・ベリー 撮影:マイク・ファッシュ 音楽:アラン・ブライス 出演:リリアン・ギッシュ、ベティ・デイヴィス、ヴィンセント・プライス、アン・サザーン、ハリー・ケリー・ジュニア、メアリー・スティーンバージェン、マーガレット・ラッド、ティシャ・スターリング 2009年 02月 09日
![]() タイトルの”やさしい嘘”にあるように、この映画の中で思いやるがうえの嘘が二つある。一つは、マリーナの弟オタールはパリで暮らしているのだけれど、ある日、オタールの事故による死の知らせを受けるマリーナとアダ。その死を二人はエカおばあちゃんには言えない。二人はオタールの振りでエカおばあちゃんに手紙を書き続ける。けれど、アダはそんな状況に疑問を抱き始めていた。孫娘のアダはとてもおばあちゃんっ娘で得意なフランス語で通訳をしてあげたり、足のマッサージをしてあげたり。愛するが故の嘘を二人は続けるのだけれど、母親マリーナの心境はもっと複雑な気もする。しかし、突然エカおばあちゃんの膨大なフランス語の蔵書が無くなる。エカおばあちゃんはオタールの元気な姿を見に行くための旅券にそのお金を換えたのだ。マリーナとアダも遠いパリへ同行することになる。そして、オタールがもういないことを知る。心配するマリーナとアダ。しかし、エカおばあちゃんは言う”オタールはもういなかった。成功をめざす人たちの憧れの地、アメリカに行ったんだよ。でも、あの子ならきっとうまくやっていける。私たちのことをきっと忘れない。いつか手紙をくれるよ。”と...この尊大なる言葉に涙する。過酷な時代を生き抜いてきたエカおばあちゃんは、これまでにも幾度もの愛する者たちの死や別れを経験してきただろう。そして、娘マリーナのことも孫娘アダのこともよく分かっている。大きな愛。思いやりからの”やさしい嘘”。”嘘”は時に思いやりが伴う...私と弟は病院で寝たきりの母に父の死を伝えることが出来ずにいた。私は最期まで言えず心が痛んだけれど、優しい弟は母の死の直前に耳元で伝えたと言った。私は勇気もなく何もできなかった...けれど、母は知っていたのだろう...と今では想うこともある。親子や夫婦には言葉以上に伝わるもの、家族の絆というのは理屈ではない。このエカおばあちゃんの”やさしい嘘”により、マリーナもアダの心も解き放たれただろう☆ ![]() やさしい嘘/DEPUIS QU'OTAR EST PARTI... 2003年・フランス映画 監督:ジュリー・ベルトゥチェリ 脚本:ジュリー・ベルトゥチェリ、ベルナール・レヌッチ 撮影:クリストフ・ポロック 出演:エステル・ゴランタン、ニノ・ホマスリゼ、ディナーラ・ドルカーロワ、テムール・カランダーゼ ※何故か、”少女”を考える私は童女や思春期の少女だけでは物足らない。無性である時期の少年も必要なように、老境に至った老女までに及ぶ。90歳手前のおばあちゃんのお話なれど、彼女に”少女”を見た私なので仕方がない。表象的なことだけでもなく、楽の調べが心を揺さぶる時の慄きを想う。”少女”という言葉は永劫回帰するのだろうか☆ 2009年 01月 08日
![]() 此処は『少女愛惜』。何故、この年老いた姉妹が?と想われるお方もおられるかもしれない。ところが、私には大問題なのである!このベティ・デイヴィス扮するジェーンはベビー・ジェーンという子役スターとして人気を博していた。その頃の姉ブランチ(ジョーン・クロフォード)はそんな妹を羨ましくも嫉妬していた。後に姉がスターとなり立場は逆転する。しかし、自動車事故により半身不随となってしまうブランチ。そんな姉妹は古いお屋敷でひっそりと生活している。家政婦の女性が出入りする程度で、車椅子生活の姉は何かと不憫である。次第に妹ジェーンは美しい姉に対して抱いてきたと想われる鬱積したものが狂気に向いだす。陰湿な復讐を始めるのだけれど、その様は見事!というしかない。ここでもやはり”女優”という力量を見せつけられる。凄い!どちらも凄いと想うけれど、妹ジェーンの今はすっかり老醜の至りながらも子役時代の華やかな頃が纏わりついている。子供時代の想い出や体験は永遠に忘れることはないといつも想う私。それらは楽しい想い出もあれば悲しい想い出、辛い想い出たち...。モノクロームの映像は姉の気品と美しさ、不自由な身を黒い衣装で、妹は厚化粧の白塗りに真っ赤な口元、そして白いフリルのお洋服にロールされた髪型...このジェーンの様相は時に醜悪でもあり愛らしくもある。それはベティ・デイヴィスの様々な表情などにも言える。サイコ的でもありゴシックホラー的でもあると私は想う作品。緊張感で一気に観終える終盤の意外な展開。海辺でアイスクリームを買い、踊り舞うジェーンの姿は眩しい...深い余韻を残し私の心を捉え続けている。実際に姉妹女優のお方もおられるし、ベティ・デイヴィスとジョーン・クロフォードは共に名女優。そんな共演(競演)の中での秘話なども色々あるようだ。嘗て、ジョーン・クロフォードとグレタ・ガルボの挨拶事件(勝手にそう名付けている)等など...真相は分からなくていい。 ※昨年ポール・ニューマンがお亡くなりになられた。まだ何処にも綴っていないけれど、私だって哀しい...旧友のロバート・レッドフォードとの番組を昨年BSで観た。お互いに年老いていたけれど素敵だった。その番組の中で、年老いることについて、ポール・ニューマンが語っていた言葉。”ベティ・デイヴィスがこう言っていたよ。臆病者は老人には向かない。”と☆ ![]() 何がジェーンに起ったか? WHAT EVER HAPPENED TO BABY JANE? 1962年・アメリカ映画 監督:ロバート・アルドリッチ 原作:ヘンリー・ファレル 脚本:ルーカス・ヘラー 撮影:アーネスト・ホーラー 音楽:フランク・デ・ヴォール 出演:ベティ・デイヴィス、ジョーン・クロフォード、アンナ・リー、ヴィクター・ブオノ 2008年 12月 05日
![]() ![]() ![]() 1954年・イタリア映画 監督:フェデリコ・フェリーニ 製作:カルロ・ポンティ、ディノ・デ・ラウレンティス 脚本:フェデリコ・フェリーニ、エンニオ・フライアーノ、トゥリオ・ピネッリ 撮影:オテッロ・マルテッリ 音楽:ニーノ・ロータ 出演:アンソニー・クイン、ジュリエッタ・マシーナ、リチャード・ベースハート More 2007年 12月 26日
![]() ![]() ![]() このユダヤ人の美少女ルチアか、メリーベル(萩尾望都さまの『ポーの一族』)が最も幼少期から今まで私の中で生き続けている”少女幻想”の重要人物かもしれない...何か美しいパズル遊びをしているようで愉しい☆ 1973年・イタリア/アメリカ合作映画 監督:リリアーナ・カヴァーニ 製作:ロバート・ゴードン・エドワーズ 脚本:リリアーナ・カヴァーニ、イタロ・モスカーティ 撮影:アルフィオ・コンチーニ 音楽:ダニエル・パリス 出演:ダーク・ボガード、シャーロット・ランプリング、フィリップ・ルロワ、ガブリエル・フェルゼッティ、イザ・ミランダ、マリノ・マッセ (追記) ※このルチアを描く芽となったと語るリリアーナ・カヴァー監督のお言葉を再発見できましたので追記しておこうと想います。 ★『愛の嵐』のルチアを巡る想いなどを思いつくままに少し綴ってみたけれど、まだまだ想いは遥か...この衝撃の出会いが今も映画が大好き!でどうしようもない私となっているように想う。 久しぶりに、リバイバル上映時(1987年)の時に購入したパンフレットを眺めてみた。この映画の脚本は監督のリリアーナ・カヴァーニ、イタロ・モスカーティとなっていて、原作がある訳ではないけれど、実在する女性のお話などから監督が書き上げたものだと記してあった。この頁の内容はすっかり忘れてしまっていたので、再発見したようで今なお新鮮に受け止めることができて嬉しい。 「ダハウの収容所に18から21歳までいたあるユダヤ女性は、今もなお毎年のバカンスをダハウで過ごすのだと言っていました。でも、彼女はそれがなぜだか、自分にも分からないのです。また、かつてアウシュヴィッツにいた別のブルジョワ女性は、もう夫や子供のところに戻ることができず、ひとりで生きるために家を出ました。すでに収容所で極度の残酷さを知った彼女にはもう正常な家庭生活を送るにはあまりにも人間が歪んでしまっていることを自分で感じていたのです。そして彼女はこう言っていました、”犠牲者がみな純真で潔白だなんて考えないで”と彼女は私に言いました。これらドストエフスキー的な女性たちが私に不安を与え、それが『愛の嵐』の女性を描く芽となったのです。」 by リリアーナ・カヴァーニ監督 < 前のページ次のページ >
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★『小鳥たち』はアナイス・ニンの死後、1979年に公刊された作品で、日本では『リトル・バード』(訳:杉崎和子)として富士見書房から1982年に刊行。私が読んだものは新潮社から2003年に刊行されたもの。私はアナイス・ニンの作品というよりも、アナイス・ニンという女性の生涯に興味を抱いているように想います。矢川澄子さんがとても好きなことと、この御本の『小鳥たち』というタイトルに惹かれて購入したものでした。内容は13篇からなるエロチカ。それもどれも切ない。この『小鳥たち』のどの短篇が好きかと尋ねられたなら、どれもあまり好きではない、と答えるでしょう。けれど、アナイス・ニンによる「まえがき」と、矢川澄子の「訳者解説」は大好きなのだ、とも。















