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あまりにも私的な少女幻想、あるいは束の間の光の雫。少女少年・映画・音楽・文学・絵画・神話・妖精たちとの美しきロマンの旅路♪


by chouchou
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カテゴリ:写真の中の少女・夢の時間( 18 )

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 「悠久の時の流れ」を想うことが好きです。その中で幾つもの戦争があり今日も。そんな時の中で技術革新は続けられ、それらの影響は経済産業や人々の生活は勿論、芸術への影響もとても大きいです。ただただ経済優先のグローバル化に懸念を感じながらも、ひとつの時代の転換期、変革には様々な人々の尽力と同時に、変わりゆく時代との鬩ぎ合いに様々な想いもある。それらはそれぞれの思想ともなる。

 オリンピックには世界中の方々が観戦に開催地に赴く。また報道関係の人々も写真や映像を記録し本国へいち早く届ける。想い出にと観戦者もカメラやビデオに記録する。2020年は東京で開催されるのですから時差が無いのですね。オリンピックの折はついつい時差ゆえに、朝晩逆転しながら好きな競技をテレビで観戦していたので新鮮な感じです。

 19世紀末から20世紀初頭の写真史は、ピクトリアリズムと呼ばれる手法からモダニズムへと移行する転換期で、上のお写真はピクトリアリズム手法の1903年のもの。画面をぼかした絵画的理論から写真を追求していたような。このやわらかで美しい少女写真が私はとても好きです。写真表現の追及も美学であることをも再認識します。

空気遠近法を意識し、実際に肉眼に見えるように、近景にコントラストのはっきりしたものを置き、遠景を曖昧にする。地平線の位置などを厳密に合わせたうえで、表現のために風景写真に雲などを合成する。過剰な細部を省略して表現したいモティーフや感情を表そうとする。 
引用:wikipediaより

 けれど、モダニズムの台頭期に伴いピクトリアリズムは退潮。そこで下のお写真はコダック・カメラを手に喜ばしそうな乙女。これはこれで素敵だなあ、と想えます。何か時代が変わろうとする折、人々の心は揺れ動く。時代に必死で抗う人々もいれば、新しい時代を信じて前進しようとする人々。そうして世界は動き歴史は流れ続ける。物事の賛否はあれど、出来るだけ大局的に歴史的時間の流れ、背景に学びながら、今という時を生きてゆきたいと想います☆

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by Claranomori | 2013-09-14 02:11 | 写真の中の少女・夢の時間
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サラ・ムーン(SARAH MOON)という女性写真家の作品を初めて知った(鑑賞した)のは1986年のこと。今も私は写真よりも古い絵画を鑑賞する方が遥かに好きなのだけれど、写真ならではの魅力というものがある。サラ・ムーンは殊にお気に入りの写真家のお一人。

このお写真は中でも印象強く残っている作品のひとつで「DEAD ROSES」と題されたもの。薔薇のお花は大好きだし、また枯れてしまったお花にも美は残る。お花という生き物はなんて美しく儚い存在なのだろう!この枯れた薔薇はどんな色をしていたのだろうか。色褪せて枯れ朽ちてしまっても、まだ「美」を与えてくださる。この薔薇の鮮やかに咲き誇っていた時間を想う。過ぎ去りし夢の時間。

サラ・ムーンは確かにいつも同じ歌を歌っている。しかし、同じ歌になるように操作しているのではなく天性の問題なのだ。一定の音階の中で彼女の声は揺れ動き執拗に思い出と失恋の歌、過ぎゆく時とはかない幸福の哀歌を口ずさむ。サラは冬の朝の灰色の光と雨上がりの水のきらめきを歌う。また見捨てられた子供の恐れも歌う。ポール・ヴァレリーは美とは絶望するものであると言った。サラは美を歌うが希望をもつことに絶望はしない。 ロベール・デルピール (フランス国立写真センター理事長)
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by claranomori | 2010-07-24 07:10 | 写真の中の少女・夢の時間
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★サラ・ムーン(SARAH MOON)の写真は私のお気に入りである。サラ・ムーンが女性カメラマンであることはとても大きいように感じている。映画でも音楽でも同じように想うのだけれど、私はいつの間にか「男性視線」というのか「男性目線」というのか...そのような作品よりも好きなものの多くが「女性視線(視点)」による少女たちであり女性たちであると気付き始めた。いったいいつ頃からかは正確には分らないけれど、10代後半から20代半ばまでの私は今から想うとやはりかなり危なかった。この言葉は想いの一部しか表わしてはくれないけれど。屈折と歯痒さ、時はバブルの時代、まだ両親も健在で私はいつまでも巣立つことのできない状態だった。巣立とうという気持ちも持ってはいなかった。何故?怖くてしかたがなかったから。家族や友人たちには今も恵まれ続けている。彼等のお陰でどうにか生きてこれたとしか思えない。一日は瞬く間に過ぎ行く。その儚き瞬間に本当は私も消えてしまいたいと想っていた。大学生の頃に知り合った年上の女性と相性が良く、好きな女優や音楽のお話を沢山させて頂いた。私が社会人になり、相変わらずまだ大人の世界に馴染めずにいること、まだ過ぎ去りし少女時代を引き摺っていることを指摘された。友としての言葉ながら辛辣に響いた。私の思考が"病的である"と。歳相応に成長しなくてはならないのだというニュアンスに想えた。頭では分っているつもりでいたけれど、どうしようもないものが私から離れることはその後も無い。

今の私。どうだろう...少しは病的な思考から解き放たれたようでもあり、いまだに拘り続けているようでもある。自分では自覚がないので、病的な思考を頭で理解しても心はかなり頑固なまま揺るぎない。どうしたものか...そんな自分の想いを綴るために始めたようなものが、この『クララの森・少女愛惜』でもある。いつまで綴るのかも分らないけれど、もうすっかり私の中に組み込まれてしまったようなものなので無いと不自然な気がする。「少女愛好」あるいは「少女愛考」が大好きなのだ!言葉で云うと「少女愛惜」の方がしっくりくる。

「私が写真を通して一番表現したいと思うのは、いつも、時間とあまりにも短くてはかないもの、そう、つかの間の関係なのです」

サラ・ムーンはこのように語っていた。消えてゆく瞬間や時間、滅びゆく美が私は大好き!モノクロームに着色されたロマンティックな夢の時間のようなサラ・ムーンの世界はあまりにも私の心に安らぎを与えてくださる☆
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by claranomori | 2010-07-24 06:26 | 写真の中の少女・夢の時間
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恋するアリス 寺山修司

100人のアリスが恋をしたので
不思議な国は大さわぎ!

チェシャ猫はやきもき
気狂い帽子屋はやきもち
台所でくすぶるやきもつ
まがい海亀はやきもの

しかも
相手はたった一人の詩人だというのです

何をかくそう
その詩人というのは ぼくです

という想いをしました
1000人の女の子の詩をよむのは
1000人の女の子の恋文をよむのと
同じくらいたのしい仕事でした

ルイス・キャロルこと 数学者のドジソンおじさんも言っています
「恋をすれば 誰でも不思議な国へ旅ができるのだ」と


★私は寺山修司が大好きですので、こんな優美な詩も前衛的な戯曲や映画も愛しています。そんな寺山修司が編集した「あなたの詩集」企画シリーズの『恋するアリス』。本を読むこと、音楽を聴くこと、映画を鑑賞すること、時空を超えた美しい絵画を眺めること...これまでの私のちっぽけな歩みの中で育まれ、私の生きる糧となり心に栄養をたくさん与えて頂いてきたこれらの愛するものたちに、あらためて感謝したい気持ちです。
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by claranomori | 2010-05-02 05:24 | 写真の中の少女・夢の時間
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★フレッド・アステア:Fred Astaire(1899年5月10日~1987年6月22日)のエレガントで美しいダンスシーンを観るのが好き。映画ファンのお方でも様々な趣向があるのでそれぞれ。私はミュージカル映画も大好き。お話があって音楽があって踊りが一体化していて思わず軽やかな気持ちになれる。フレッド・アステアはマイケル・ジャクソンにも大変な影響を与えたお方だと云われている。このお写真はアステアの10歳頃のもので、左のお方は二つ年上の姉アデール。アデールがご結婚されるまでご一緒にステージに立たれていた。こんなに幼い頃からお二人の軽やかな足並み。愛らしく仲の良い姉弟のお姿を拝見してほっこりする私です♪
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by claranomori | 2010-02-06 00:21 | 写真の中の少女・夢の時間
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★シドニー=ガブリエル・コレット(Sidonie-Gabrielle Colette:1873年1月28日~1954年8月3日)の少女時代のお写真。15歳頃のものを拝見すると、すっかりふくよかになられていたのでもう少し前の頃だと想う。12~15歳辺りは個人差はあれど、私のとても好きな刻。そろそろ大人の階段を上ってゆく手前...。後に20世紀のフランス文学に代表作を残され、数多くの恋愛遍歴(コレットは”性の解放”を唱え実践されたお方で、性別も年齢も関係ないロマンスが繰り返された)、演劇や舞台との関連など81歳で亡くなられるまでの生涯はとても興味深いものがある。

このお写真の頃の少女コレットを想う。ブルゴーニュの美しい自然の中で育った。20歳で結婚しパリに出ることになるなんて、この時は知らないのだ。こうした「一枚の写真」はその刻を封じ込める。正確な年月日は分からないけれど、この瞬間はただ一度っきり。どこか物思いに耽るような少女コレットを勝手に想像する私。

コレット原作の映画も多い。マチルダ・メイがコレットを演じた『コレット 水瓶座の女(1991年)』では最初の結婚生活が描かれていた。その夫(アンリ・ゴーティエ=ヴィラール)の名義「ヴィリー(ウィリー)」で出版されたという『学校のクロディーヌ(1900年)』と『パリのクロディーヌ(1901年)』は実質上のコレットの処女作ということになる。けれど、シドニ=ガブリエル・コレットというと、やはり、『シェリ(1920年)』、『青い麦(1923年)』、『牝猫(1933年)』、『ジジ(1945年)』などが代表作だと想う。とりわけ映画化された『青い麦』は私が最初に読んだコレット作品だったこともあり思い出深い。この小説は2番目の夫アンリ・ド・ジュヴネルの息子との関係が作品に与えたものも大きいという。その後、3度目の結婚は17歳年下のモーリス・グドケ。最初の夫は15歳年上でバイセクシャルなお方だったそうだ。

大きな二つの大戦の中でもコレットであった。この「コレットであった」と想うのはおそらく生涯活き活きと、かつ瑞々しい文体を維持された。私生活面でも自由奔放で、殊に夫が居ながらも同性との恋愛も謳歌されていた姿を想うからかもしれない。時代を切り開く新しい女性像のおひとりだったと。そして、その源泉は生まれ育った環境、美しい草花や動物たちとの自然に包まれた少女時代が深く関係しているのだとも想う。
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by claranomori | 2009-12-29 11:22 | 写真の中の少女・夢の時間
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★パリと東京を中心に活動されている写真家のMIKA POSA(ミカ・ポサ)さんの卓上カレンダー。上の少女たちはその中の特にお気に入りの少女たち。いつものことだけれど、年末をバタバタと過ごしている私のことなので、”きっと、買う時間がないだろう”というお優しいお友達から頂き今年を共に過ごしたもの。もうすぐ今年も終わりだなぁ...と想うと少し寂しい。このカレンダーは来年になると私の頂いたもの箱に保存させて頂きます♪

上の少女たちのお写真にちょっとした文が添えられている。その言葉も好きなものから選んだように想う。上から順に(1月~3月~5月~12月)。

●お菓子があると笑顔になっちゃう。
●これから、春をみつけにおでかけするの。
●ベリーの森は、あまい香りでいっぱいなの。
●雪といっしょに、すてきなことがふってきますように。

ああ、可愛過ぎて涙が出ます。おんぼろのパソコンの調子が悪いので配置を変えたばかり。それでなくても環境に馴染めない私。今までと違う場所に色んなものも移動してウロウロしたり、機械音痴のくせに配線をいじったりして音が出なくなり元に戻せず落ち込んでいたり。こうして時間は過ぎ行く。けれど、今日を生き、明日を生きるために、優美なもの、美しいものたちを大切に自分の歩幅で歩いてゆこうと想うのです。
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by claranomori | 2009-12-19 03:42 | 写真の中の少女・夢の時間
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★ナディア・コマネチ(本名ナディア・エレーナ・コマネチ:Nadia Elena Comaneci)は1961年11月12日生まれのルーマニア出身の体操選手。1976年のモントリオール・オリンピックで史上初の10点満点を出した女子体操選手!私はこのオリンピックをコマネチのことだけしか覚えていない。体操は日本男子も元来得意とする種目でもあるので、当時ケーブル放送などのない時代、ニュースやハイライト・シーンなどで映像が焼きついているのだろう。僅か14歳という少女があの10センチしかない幅の平均台や段違い平行棒や床などで軽やかに宙を舞うお姿。華麗に見えてもとても筋力も超人並だしメンタルな面でもどんなに大変だったろう!私はこのコマネチの存在を知ったゆえに、以後、オリンピック開催の度に女子体操をワクワクして鑑賞することになってしまった。ルーマニアは何故か今も応援してしまう。コマネチは今も体操の世界の指導者として貢献されているけれど、ルーマニアの激動の時代で決して平坦な人生ではない。それでも、世界中の少女たち、とりわけ体操を目指す少女たちに夢と希望を与えた少女に違いない。私は小学生ながらあの感動は言葉に表わせないけれど、胸高鳴る鼓動が今も感じられる。”凄い!”とか”可愛いのに素敵!”っとピタっと静止する体勢、微塵の狂いも無い躍動なのに軽やか。最近は採点方法も変わってしまい、難易度の高い技術面が重視されるようになり、あの柔和な少女の舞いがアクロバット風になってもいる気がして少し寂しい。けれど、年々凄い少女たちが世界中から出現されては消えてゆく。コマネチの頃の白いユニフォームにポニーテールにおリボン。この絵がどうしても離れない。最近はメイクも濃い少女たちが多く、筋力は凄いのだけれどどうもガッチリした体型の選手たちが目立つ(特にアメリカ、強いけれど)。
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後に、ビート・たけしのギャグにも使われていた(漫才ブームの時だっただろうか)。けれど、一度も笑ったことはない。ビート・たけしは面白いお方だけれど、あのギャグが何故受けているのかさっぱり分からないのだった。ギャグに使われる程、お茶の間に強烈な印象を残した少女であったのだろう。コマネチはその後もオリンピックや世界選手権に出場されていたけれど、いつだったか、すっかり身長も伸びふっくらと女性らしい体型に変わっての出場だった。それでも、応援していたけれど、嘗てのような感動ではなかった。そして、何か去りゆくものを感じていたようにも想う。でも、私が初めて好きになったスポーツ選手!あの「白い妖精ナディア・コマネチ」。笑顔で手を振るお姿が今も目に浮かぶ。ああ!可愛い☆
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by claranomori | 2009-11-03 09:51 | 写真の中の少女・夢の時間
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このお写真は、点呼を受ける髪を切られた少女たちと女性看守の写ったもの。このユダヤの子供たちはユダヤ人であるとの理由のみで死の宣告を受け大量虐殺が行われた。一万二千人の子供たちが収容されていたけれど、解放後、生還できたのはほんの数人であったという(ポーランドでのこと)。これは『戦争と子ども(1936-1945ポーランド ナチスにさらされた子どもたちの受難)』というご本を参考にさせて頂いている。

私はロマン派詩人やロマン主義という世界がとても心の安堵する処のように想っている。けれど、どうしてだか幼い命を不当な理由で犠牲にしなくてはならなかった、戦争による悲劇の子供たちに関するものに出会うと読まずにはおられないし、見ないわけにはゆかない。覚えている古い記憶を辿ると、小学校の授業時間(7歳か8歳頃)に先生が広島の原爆のお話を読んでくださった。そのお話は教科書ではなく先生が聞かせてくださったもので、その中の少女は当時の私と同じくらいの歳の少女だった。その衝撃は今も忘れない。本当の戦争の姿を知らない。今では記録映像など、昨今の戦争は瞬時にニュースでその映像が映し出されるけれど、当時の私はまだ原爆ドームを訪れる前のこと。どのように想ったのだろう...「かわいそう」であり「こわい」であったのだろうけれど、大きなショックであったことは違いない。そして、母が買ってくださったアンネ・フランクの児童用のご本に出会う。それは決定的だったように想う。私が「少女」という言葉から連想される幾人もの愛でる少女たち。その中にアンネ・フランクは必ず居る。もう長い間私の心のお友だちみたい。今なお、多くのことを教えて頂いている。

ポーランドの収容所での子供たちは5,6歳から20歳未満の少年少女たち。年齢とともに分けられ、幼すぎて労働できない子供たちは皆殺されている。また、収容所に送られた子供たちの平均寿命は9ヶ月という惨さ。これらの資料は現実の悲劇を記録している。子供たちは一日10時間から12時間の労働を課され、規律は非情なまでの厳しさ。栄養失調にならない子供は皆無であったという。けれど、一切の医療保護も受けられずにいた。

ウルシュラ・カチマークレからボズナニのお父さんへ

愛するお父さん、お母さん!
今わたしはウッチの収容所にいます。愛するお父さん、お母さん、できれば小包を送ってください。郵便でなんでも送っていいのですから、ここはまだましなほうです。手紙は月に一度、小包は二週間ごとに送っていいのです。だから、わたしに短くてもいいですから手紙をください。愛するお父さん、お母さん、石鹸と洗剤をすこし送ってください。コートと食べ物も送ってください。これでこの短い手紙は終ります。お元気で。


この手紙はナチスによる入念な検閲がされたうえ、収容所管理局を通して送られた中の一通。この少女が解放時に生きていたのかは分からない。

この少女の手紙をキーボードで打ち記す中、この短い手紙を打ち記すことに随分時間がかかりました。いつも、大抵は一つの記事に20~30分程なのですが、時々このようなことになります。可愛い少女のお写真を眺めることも好きですが、笑顔を忘れた少年少女たちをも見つめなくてはならないのです。小さな痩せ細った姿から感じるものがあるからです。こうして、時々私は叩きのめされる!苛酷な現実に。上の短い手紙の中に「愛するお父さん、お母さん」という箇所が3回。そして、最後は「お元気で。」と...多くの優れた詩人たちの詩篇を読むことが好き。顔も知らぬ幼いポーランドの少女の手紙は、それらの詩人たちの美しい詩と優劣など無く、私の心に響くもの。これらの少女達を無視して「少女愛好」は有り得ない、私には。そして、これらの事柄に接する折は私なりのある心構えも必要。無ければかなりの打撃を受ける。それでも、吹き飛ばされど学びは大きい。この少女は「ここはまだましなほうです」との言葉を記している。極限状態の中で生きる希望をまだ失ってはいない、そんな純白な心はやはり気高く美しい!
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by claranomori | 2009-10-10 11:36 | 写真の中の少女・夢の時間
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★更新が大変遅れ気味ですのにご覧頂いている皆様、いつもありがとうございます!早くも暑さとの闘いの中、膨大に積もるばかりのお仕事をしております。そんな中でも気になる少女や少年を発見すると心和みます。やれやれ...。今回の3つのお写真や絵は歌姫ものではないので、こちらのカテゴリーへ。上から、英国のニューウェーブ時代から今日も(少しお休みされていましたが)活動を続けるダン・トレイシーをリーダーとする、テレヴィジョン・パーソナリティーズのレコードより。2つ目は我らがBAUHAUSの名曲シングルより。最後は、VELVETでは取り扱いのない作品なのですが友人が送ってくれました。荒木一郎さんのシングル盤に載っているレトロな美少女がとても可愛いのです。どんな曲かはまだ知りません♪
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by claranomori | 2009-07-15 22:54 | 写真の中の少女・夢の時間