あまりにも私的な少女幻想、あるいは束の間の光の雫。少女少年・映画・音楽・文学・絵画・神話・妖精たちとの美しきロマンの旅路♪


by chouchou
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それでも生きる子供たちへ

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★基本的に嘗て観た映画や再見したもの、最近観て知った映画などについて想いを綴っているのだけれど、これは例外。今年の夏に関西公開された7人の監督によるオムニバス映画。梅雨から猛暑の中、公開期間も短く見逃してしまってとっても後悔している。DVDに是非して頂きたい!と熱望しているもの。チラシをこうして何度も眺め書かれている文章は少ないけれど、こういう映画が作られることに希望を感じる。2002年、イタリアの女優マリア・グラッツィア・クノチッタ、キアラ・ティレシとその友人で、イタリアパートを監督したステファノ・ヴィネルッソが、世界中の子供たちの窮状を救うための映画を作ろうと立ち上がる。イタリア外務省の協力、国連の二つの機関、ユニセフ、WFP国連世界食糧計画の参加も、企画の実現に貢献。こうした世界中の情熱が奇跡のコラボレーションを生んだという作品。

両親の別離、ストリートチルドレン、HIV胎内感染、少年兵士...7つの国(ブラジル、イギリス、アメリカ、セルビア・モンテネグロ、ルワンダ、イタリア、中国)の監督たちが描く、子供ならではの恐れを知らない逞しさと、愚劣な状況をも新鮮な遊び場にしてしまう想像力。参加監督たちは、子供たちに敬意を表し、大人の視点から哀れむことをしていない。子供の目線と感受性を表現し、観客の問題意識を揺さぶりながらも、胸を打つドラマとして成立させたというもの。

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<参加監督は以下の7人>
監督:カティア・ルンド(ブラジル) 「ビルーとジョアン」
監督:ジョーダン・スコット、リドリー・スコット(イギリス) 「ジョナサン」
監督:スパイク・リー(アメリカ) 「アメリカのイエスの子ら」
監督:エミール・クストリッツァ(セルビア・モンテネグロ)「ブルー・ジプシー」
監督:メディ・カレフ(ルワンダ) 「タンザ」
監督:ステファノ・ヴィネルッソ(イタリア) 「チロ」
監督:ジョン・ウー(中国) 「桑桑(ソンソン)と子猫(シャオマオ)」

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「大人は誰も、昔は子供だった。でも、そのことを忘れずにいる大人はほとんどいない。」 アントワーヌ・ド・サン=テグジュベリ『星の王子さま』より

有名でも忘れてしまっている方が多いのが現実だと思う。子供を育てる親は大変な毎日だろう。私のような自分の子供を持たない者が偉そうなことは言えないけれど、それはいつも負い目のようにも感じている。不景気とはいえども豊かな日本に育ち生きている。少女や少年でもあり、”子供たち”が大好き。スラムに生きる子供たちは、貧しくても冒険心を忘れずに夢の世界を現実の貧窮の中で抱く。なんと!尊いことだろう。

★先月、”デヴィッド・ボウイ”(匿名ではなく)が、アメリカの黒人学生のために寄付された(ある少年達の事件があったけれど、あまり日本で話題になっていない)。

「デヴィッド・ボウイ、黒人学生のために訴訟費用を寄付」

デヴィッド・ボウイが、白人学生に暴行を加えた容疑で告発されている黒人学生のために1万ドル(約114万円)を寄付した。容疑者6人のうち1人は、事件当時16歳だったが、成人扱いされ2級暴行罪で有罪判決を受けた(後、上告裁判所によって覆されている)。一審の判決は、全員白人の陪審員のもと下されたという。

事件は、アメリカ、ルイジアナ州にあるジェナ高校で起きた。発端は、昨年、黒人の新入生がふだん白人学生のみが使用する“White Tree”と呼ばれる木陰に腰を下ろしたことにある。この学生は校長に許可をもらい座ったのだが、翌日、枝から首吊り縄が吊るされていたという。校長は縄を吊るした白人学生3人を退学にするよう要求したが、教育委員会は「誰を脅かすものでもない」とこれを拒否。3日間の停学のみを言い渡した。これをきっかけに、校内外で白人学生と黒人学生の争いが絶え間なく起きるようになったという。

1人の白人学生を6人の黒人学生が襲ったこの事件はJena 6と呼ばれ、人種差別問題を取り上げる団体National Association for the Advancement of Colored People(NAACP)が、Jena 6 Legal Defence Fundという基金を設立、訴訟費用を支援している。

ボウイは「同基金へ寄付したのは、間違った容疑や判決は阻止されるべきだという自分の信念を示すささやかな行為だ」との声明を発表している。NAACPの代表者はボウイの支援を歓迎し、「他の人にも続いて欲しい」と話している。

時代錯誤も甚だしいことだが、ジェナ高校では人種の違う生徒が一緒に座ることはほとんどなかったという。事件の後、“White Tree”と呼ばれていた木は切り落とされた。

裁判はまだ続いている。

(2007-09-21 ロンドン報道より)

お金持ちのボウイからしたら大金ではないだろう。金額ではない。この行動と声明に意味があると想う。名を出すことで問題提起し、ボウイは加害者の援護をしていると批判されることにもなるけれど、きっと他にも続いてこの基金に協力する方も出てくると想う。ブクブクと肥大しないボウイの真骨頂でもある!ボウイが大好きな私なのでこんなことを言ってるのではない(あまり説得力はないけれど)。そういうボウイだから今までずっと好きなのだろう!と此処でまた確信が持てたように想う。色んなことが絡み合って関係しあっている私の大切にしているものたち。それらにはどうしても”子供たち”という存在は不可欠。私は考える、そして今できることは限られているけれど、目を向けることを決して忘れたくは無い。”大人になれない子供たち”(アダルトチルドレン)と呼ばれることも可能。そんな私たちは少しは子供たちと距離が近いのではと嬉しくなる。子供に戻ることはできないけれど、子供だったという嘗てを忘れたくはないし、どうしても忘れられない。
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by claranomori | 2007-10-22 23:10 | 銀幕の少女たち・少女映画