アンナ・ギャスケル:ANNA GASKELL
2007年 10月 20日
★アンナ・ギャスケルは1969年10月22日、アメリカ・アイオワ生まれ。イェール大学のアート・スクールで学び、その折に『不思議の国のアリス』をモチーフにしたセットアップ写真シリーズの『WONDER』(1996年~1997年)を制作発表し注目を浴びる。以後は、世界各国で個展やグループ展の活動を続け、現在はニューヨーク在住だそうだ。2000年にはシティバンク主催のフォトグラフィー・プライズ賞を受賞している。
一貫して少女の内に秘められた陰湿さや残酷さをファンタジックに描いているかのよう。綺麗な色合いや陽光や木々、美しい少女(顔が隠れていることが多い)の髪や足...。時に、凶暴なものもある。私はそういうものも含めて”少女”だと想うけれど、生理的にあまり好みではない。あるお方が”少女とは醜いもの”と断定的に語っておられた(筆者名は何故かふせてあったけれど女性ではないだろうか...)。下のお写真は分身に分かれてしまったアリス。二面性というものを表現しているかのよう。それにしても、どの少女も浮かぬ表情で機嫌が悪そうだ。可憐な笑顔をも持っているのだろうけれど、アンナ・ギャスケルはその反対の姿を暴こうとしているかのよう。
私は少女時代の記憶の多くを幸運なことに輝かしき刻として体験し記憶している。嫌なことは忘却の彼方へ放り去った訳ではない。年月が経ち、嫌な思い出も受け入れることが出来るようになったという感じだろうか。私のお家のすぐ近所には同級生や前後した少女たちが多かった。男子は少なく遊び相手は限られていたようだった。私が幼稚園くらいの頃、同い年の女の子たちともう一人よく一緒に遊んでくれていたお姉さんがいた(多分その頃、4.5年生だったと思う)。とても活発で頼りになる楽しい少女だったけれど、幾度か私は遊んでる中で手の甲の皮膚をチクっと抓られた。他の少女たちも同じようにされていたのだろうか...。でも、ニコニコしてみんなで仲良く遊んでいるのだった。大抵はお優しいので、その時驚いた!そして痛いので泣きそうになっていたと思うけれど、その後は何もなく楽しく過ごしていた。公園で遊んでいた時、名前が出てこないのだけれど、グルグルと回る乗り物があり、私は酔い易い上にスピードが怖いので回してあげる役目が多かった。でも、ある日、中に座っていると急にそのお姉さんが猛スピードでグルグルと回し出し、怖くて怖くて”止めて~!”と叫んだので、他のお友達が止めてくれた。そのお姉さんはケタケタ笑って”ごめん、ごめん。”とその後は優しくなる。年が離れていたので中学も高校も一緒ではなかったので、ある時期だけのお友達だった。アンナ・ギャスケルの写真の中に、頬を抓られてる少女や長い髪を引っ張られているものもある。そういうお写真を見ていると、このような幼い日の記憶が甦ってくるので不思議。私が思うに、その年上の少女は私を虐めたくてではないというのが、なんとなく分かっていた(思い違いだろうか...)。愛情というまでは言えないけれど、可愛がってくださっていたので時に悪戯心が表れたのではないだろうかと思う。快活な少女だったので、私のような泣き虫で怖がりの年下の子を遊び心で。でも、それが高じたら虐めになっていただろう。また、今もそのような人は居ると思う。とにかく、断言などできないのだ。少女は複雑怪奇。意図的に計算して行動をとる子もいれば、無意識に残酷なことをしてしまう子もいる。お目出度い人間かもしれないけれど、私はその時のことは無意識なことと思っている。そういう体験があって思い出せる。その時の風景や私の気持ちは思い出せるけれど、その女の子のお顔はもうぼんやりしてしまっている。”少女=残酷あるいは醜い”と思えない私で幸いに想う。そういう部分もあるし、そういう部分が顕著な少女もいるということは分かってるつもり。伊達に泣いてきた訳ではない(苦笑)。心から純粋な少女もいる(不幸に遭うことがあるけれど)。簡単に分類など出来ない。色んな少女の心があるのだから。私はそれらがたまらなく好きなのでこうして想うことを勝手気ままに綴っているに過ぎない。