あまりにも私的な少女幻想、あるいは束の間の光の雫。少女少年・映画・音楽・文学・絵画・神話・妖精たちとの美しきロマンの旅路♪


by chouchou
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悲運の皇太子アレクセイ

b0106921_189742.jpg★皇太子アレクセイは日露戦争勃発の年1904年に誕生。しかし、翌年には「血の日曜日事件」を機に第一革命が起こる。日露戦争が終結した後、1914年には第一次世界大戦勃発。1916年ラスプーチンが貴族たちにより暗殺される。ニコライⅡ世は1917年二月革命で退位し、ロマノフ王朝滅亡。1918年、エカテリンブルグのイパチェフ館にて、家族・従者等と共に処刑される。由って、皇太子アレクセイは僅か14年程の短い生涯を悲劇で終えた。生まれつきの血友病故、両親や姉達からも大切に見守られていた。
(参考資料「ロマノフ王朝歴史年譜」より)

私はイングリッド・バーグマンがいつの間にか大好きになっていた。いつ頃だったか『追想』という映画を母と一緒に観た時、その時に母が”悲劇の皇族”という言葉で少し当時のロシア、ロマノフ王朝時代のお話をしてくれた。こうした歴史、史劇の映画は今でも大好きで『ニコライとアレクサンドラ』も観た。これまた知らず知らずのうちに、この”悲劇の皇族”たちに纏わる書籍も機会があれば読んでいる。しかし、あまりにも謎が多い。なので、史実と謎が交錯するこの一族への興味は今も尽きない。皇后アレクサンドラは、唯一の皇太子アレクセイの生まれながらに血友病を案じ、その祈祷からグリゴリー・ラスプーチンを招くことになる。元を辿ればアレクセイの血友病は、ヴィクトリア女王の家系に保有されていた遺伝子であるとされている。皇位継承者である体の不自由な一人息子への不憫さからか、皇后はラスプーチンを神格化するようになる。様々な逸話が残されているけれど、真相は不透明なまま。ニコライ夫妻に寵愛されたこのミステリアスなラスプーチンという人物についても謎だらけなのだ。映画『ラスプーチン』では英国の名優アラン・リックマンが扮していた。映画を観るとさらに謎が深まるばかり。もう少し整理して、この辺りの事を追記したいと思っています。ミステリー中のミステリー!皇女アナスタシアについて、少し続けます。※上のアレクセイのお写真(古いものでもあり、スキャナーが安物なので画像が粗いのですが、生前最後のお写真だそうです。)
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    ♥美少年の悲運の皇太子(男の子のセーラー姿も大好き)♪
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by claranomori | 2007-10-12 19:30 | 私の好きな王宮物語と運命