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クララの森・少女愛惜
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あまりにも私的な少女幻想、あるいは束の間の光の雫。少女少年・映画・音楽・文学・絵画・神話・妖精たちとの美しきロマンの旅路♪

by Claranomori
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『泥の河』 監督:小栗康平 原作:宮本輝 (1981年)★大好きな日本映画! 失われてゆく日本人の美徳を想う
★宮本輝の『泥の河』を映画化した小栗康平監督の1981年映画。原作は1977年に刊行され太宰治賞を受賞。作者である宮本輝の幼少年期に刻まれたものを回想し、滅び行く者たちの姿や風景を主人公の少年である信雄の眼によって描いている。原作で舞台は昭和30年の大阪であることがはっきり記されている。昭和10年代の名残りのある風景、馬車引きや水上生活者たちがいた頃、高度経済成長の始まる直前であり、そうした生活風俗の最後の時代を知ることができる。私は先に映画を観て、たいそう感銘を受けた作品です。そして直ぐに宮本輝の原作を読み、さらなる深い想いを抱いたものです。滅び行くもの、失われてゆく日本人の美徳を想う中、この大好きな日本映画のことを少しばかり。

モノクロームな美しい映像の中の二人の少年と一人の少女。そして、親たちや同じ街に住む人々の姿。見事な映画化で、日本の名優のお一人であった故、田村高廣の姿が今も浮かぶ。ご自身でも、出演された作品の中で最も好きな作品であると語っておられた『泥の河』。子役の三人、大人たちを演じる個性溢れる俳優方、すべて素晴らしい。初めは声だけで登場する夫を亡くし夜になるとその舟で男性の相手をして過ごす女性(母)を演じる加賀まりこも美しい。そうして娘と息子を辛うじて育てている(二人の子供は小学校に行っていない)、何とも云えぬ悲哀もまた焼きついている。この原作も映画もやはり「哀切」という言葉が相応しい。その哀切の中に見える「美」を想う。貧しさの中の美学だってある。以前触れた、『木靴の樹』というエルマンノ・オルミ監督のイタリア映画の、"貧しい者ほど、神に近いのだ"と語る母親の言葉も蘇る。綺麗ごとではなくて、やはりお金より心や志の方がずっと尊いと私は強く想う。貧しくて心まで荒んでゆく人々も多い。けれど、そうではないのだと、この『泥の河』が日本の嘗て確かに在った日本人の美徳を刻んでいる。人情であったり思いやり、また慎ましさや慈しみが誰に強制されることなく自然と家族内にもご近所の人達、地域に在った。それは私の子供の頃の情景としても憶えている。

お米、温《ぬく》いんやで

お米がいっぱい詰まってる米櫃に手ェ入れて温もってるときが、いちばんしあわせや。
・・・・・うちの母ちゃん、そない言うてたわ

主人公の少年信雄の家に遊びに来て、調理場の米櫃に手を入れて語る、少女銀子がまた愛おしい。少年は、その少女の母親とはまったく違う二重の丸い目を見つめて、近所に住むどの女の子よりも銀子は美しいと思った。けれど、水上生活者である一家(母と少女と少年)は、信雄に別れも告げずに他に流れてゆく別れの場面で終える。一隻のポンポン船が舟の家を曳いてゆく。少年信雄は、同じくらいの年である少年きっちゃんの名を呼びながらその船の後を追う。「きっちゃん、きっちゃん」と川筋の道を小走りに上ってゆきながら大声で呼ぶ。「きっちゃん、きっちゃん」といくら呼んでも船の母子は応えてくれなかった。何本目かの橋にかかった折に、川波の中で何やら光るものを見る。いつぞやに見た「お化け鯉」。「お化けや。きっちゃん、お化け鯉や!」信雄は必死で叫ぶ。「きっちゃん、お化けや。ほんまにお化けがうしろにいてるんやでェ」と最後にもう一度声をふりしぼって叫び、とうとう追うのをやめる。熱い欄干の上に手を置いて、曳かれてゆく舟の家と、そのあとにぴったりくっついたまま泥まみれの河を悠揚と泳いでゆくお化け鯉を見つめる少年の姿で終える。お化け鯉は高度経済成長の影の姿でもあるのだろう。

★映画化されたのは1981年。既に日本は高度経済成長を続け、一億総中流の日本人となって行った。その私たちが忘れてしまったもの、失ってしまったもの、消えて行こうとするものたちの中に、生きてゆくことの哀しみと共にある日本人特有の美徳が確かに在ったことを忘れたくはない。そして、再び想い起こし考え取り戻すこともできると想う。朽ち行くものを解体及び破壊し、新たなものへ。それは私たちの生活が豊かになるのと同時に、何か心を悪魔に売り渡したようにさえ想う。それは、今回の原発事故によって大きな精神的衝撃を受けることで目が覚めたこと。アメリカ型の生活形態となってゆく過程は、今となれば「アメリカン・ドリーム」という妄想に翻弄されていた時代だったのだろう。でも、それを否定はできない。何故なら、戦後の焼け野原からの再構築に戦前戦後を生きた先人方の命がけの姿は尊いのだから。そんな時代も知らず、ぬくぬく育った私に何も云う資格はない。それでも、私たちの次の世代、その後の世代と続く。生きている私よりやはり日本が亡国になる危機感の方が強い。そうした気持ちが私の心の中にはっきり刻まれたこと、それは自然と共に常に生きて来た日本人の根幹とも云える豊かな土壌の東北での大地震と大津波、そして原発事故による、復興ままならぬ状況の今、再び想い起すべきものは何か。それは失われてゆく、まだ消え失せてはいない日本人の美徳なのではないかと想います。

泥の河
1981年・日本映画
監督:小栗康平 
助監督:高司暁 製作:木村元
原作:宮本輝 『泥の河』 脚本:重森孝子
撮影:安藤庄平 美術:内藤昭
編集:小川信夫 音楽:毛利蔵人
出演:田村高廣、藤田弓子、朝原靖貴、加賀まりこ、桜井稔、柴田真生子、
初音礼子、西山嘉孝、芦屋雁之助、蟹江敬三、殿山泰司、八木昌子


【あらすじ】 舞台は昭和三十一年の大阪。河っぷちの食堂に毎日立ち寄っていた荷車のオッチャンが事故で死んだ。ある朝、食堂の息子、信雄は置き去りにされた荷車から鉄屑を盗もうとしていた少年、喜一に出会った。喜一は、対岸に繋がれているみすぼらしい舟に住んでおり、信雄は銀子という優しい姉にも会った。信雄の父、晋平は、夜、あの舟に行ってはいけないという。しかし、父母は姉弟を夕食に呼んで、暖かくもてなした。楽しみにしていた天神祭りがきた。初めてお金を持って祭りに出た信雄は人込みでそれを落としてしまう。しょげた信雄を楽しませようと喜一は強引に船の家に誘った。泥の河に突きさした竹箒に、宝物の蟹の巣があった。喜一はランプの油に蟹をつけ、火をつけた。蟹は舟べりを逃げた。蟹を追った信雄は窓から喜一の母の姿を見た。裸の男の背が暗がりに動いていた。次の日、喜一の舟は岸を離れた。「きっちゃーん!」と呼びながら追い続けた信雄は、悲しみの感情をはじめて自分の人生に結びつけたのである。船は何十年後かの繁栄と絶望とを象徴するように、ビルの暗い谷間に消えていく。 (参照:goo映画より)

by claranomori | 2012-02-15 14:37 | 文学と映画★文芸・史劇 | Trackback | Comments(2)
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Commented by mummie at 2012-02-15 15:05 x
「泥の河」...私がひょっとしてひょっとすると日本映画の中で最も好きな一本になるかもしれません。この映画を初めて見た頃、私は子供たちと田村高廣さんの御年のちょうど間でした。トリュフォーの「大人は判ってくれない」と双璧で大好きな子供が出て来る映画です。私は、この映画では田村高廣さんの御優しさと厳しさ、大人である事のかなしさを背負った姿に感銘を受けました。そして、最後に出て来る言葉としては、ルイ・マルじゃないですが「さよなら子供たち」という言葉で締めくくりたくなるのです。思えば私もこの映画を観て、子供である事にさよならを告げたのかもしれません。信雄くんやきっちゃん、銀子ちゃん達の季節を私は「確かに」通り過ぎて行ったのだ...、その「季節」は通り過ぎてあとは何もかも変わるだけなのだ...とたいへん胸を締め付けられました。きっちゃんが蟹に火をつけて、涙を流すシーンで信雄くんと一緒に、私も泣いていましたよ。昨年、九条にある某ミニシアターでこの映画が上映された時、ひとりで観に行きました。胸の奥に、大切にしまっておきたい、そんな映画である事には変わりがありませんでした。心から、うつくしい、うつくしい映画だと思っています。
Commented by chouchou at 2012-02-16 11:06 x
mummieさま、おはようございます。

コメントありがとうございます。
mummieちゃんも「泥の河」は大切な映画のようで嬉しいです。昨年、公開されていたのですね。まったく知りませんでした。泣かせるための映画はあまり好きではないのですが(でも泣きますが、笑)、この映画は違いますものね。初めて観た折からずっと大好きですが、今、この原作を書き留めておきたかった宮本輝氏の想いを想像し、考えさせられることはとても大切なことだと再認識しています。

はい、心から美しい映画ですよね。本当にあった嘗ての日本の心であり風景が刻まれていますものね。

いつも、ありがとうございます!!
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